あけぼの

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ご飯が美味しい!:長い旅から帰国しました 

2011-11-23 11:51:53 | アート・文化

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ホテルからすぐ近く、美しいアンスバタ湾の風景      ニッケル鉱山労働者や伊17号潜水艦の英霊を祀った日本人墓地

結婚50周年特別企画:今年のうちだけで50カ国歴訪しよう、という掛け声で地球千鳥足バックパックの旅を続けた。日本に丸々いたのは7月と9月だけ、最後のPart Vは1カ月半の長旅だった。夫の体調に合わせ何度も日程を調整したが、大きな病気や事故もなく何とか無事にこの旅を終えて帰国できたこと感謝している。どこから書こうか迷うが、やはり『天国に一番近い島』(森村桂さんのタイトル)からにしよう。

浜辺を染める桜貝、貝の数ほど人の親切

 淡いエメラルド色の美しい海に囲まれ、その浜辺には無数に桜貝が打ち寄せている。年を忘れて拾わずにはいられないきれいな色の貝が惜しみなく行列している浜辺、だがきりのない貝拾いはいつしか諦め、歌が口を衝いて出る。「麗しき桜貝ひとつ、去りゆける君に捧げん…」ひとつは千個に替え、あとはそのまま歌いながら延々と続く貝交じりの砂浜を歩く。砂浜のすぐ前はプチ・パリだ。美味しいフランスパンや菓子パン、アイスクリーム屋が並ぶ。我々の中級ホテルでも海まで1分、バス停もすぐそこだ。バスを乗りこなせば行動半径が拡がる。何より嬉しいことは高い安全度で、人の親切にも星の数ほど出会うことだ。海の好きな夫はせっかく天国の海に来たのだからと連日海辺へ、森林の好きな筆者はバスを乗り継いでヌメアやチバウ文化センターへと遠出した。ヌメアでチバウへのバスを待っていた時、外国人と見て救急指導中の隊員が筆者をテント内へ誘い、この椅子で待って、と申し出た。例によって別行動の多い夫婦だが日本人墓地訪問は一緒だった。日本人墓地には様々な悲話や美談等の歴史が隠れている。この国はニッケル産地で有名で、1900年前後に5575人が鉱山労働者として移住し、殆んどこの地で没したのだ。刻まれた百数十人の名前を見て往時を偲んだが、出稼ぎ当時の日本の貧しい暮らしが容易に想像できた。いつの時代にも勇気ある者は新開地を求めて国を飛び出す。日本の大先輩たちの歴史的海外移住経緯を知るために墓地を訪ねるのも私たち夫婦の旅である。バスで最寄りまで行ったがわからず、聞く人もいなかった。が、やがて車で通りかかった青年に救われた。車に乗せて墓地の入口まで送って頂き、果物や水まで頂いた。彼は名も言わず素早く去った。その親切に感謝して墓参、帰りも別の家族連れの車に拾われ、メヌアまでバス回数の多いバス停まで乗せてもらった。大先輩たちの苦難の人生は歴史的事実、日本人として忘れてはならないと肝に銘じた。街を歩けば次々と親切や優しい言葉に出会う、まさに天国のような国だった。(彩の渦輪)


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