アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

少子化に一石を投じているスマホのアプリ…?

2013年04月09日 | Weblog
 「もしもし、赤鬼です!今から行きます」スマホに“鬼”が電話を掛けてくるアプリ、子育て世代ママに人気なのだそうで…。スマートフォン(高機能携帯電話)で鬼が電話をかけてくるアプリ…
 あ、あのね!鬼の力を借りなければ、子どもに言うことをきかせられんのかね?近頃の母親はどうなってんだぁ?

 もっとも、「鬼の力を借りる」のは、近頃の母親に限ったことではないかぁ。近頃の母親の皆さんゴメンナサイ。昔から…
 「寝ないと鬼が来るよ…」
 「言うことをきかないと、カマスの爺さんに連れて行かれるよ」
 恐怖で子どもに従わせておりましたね。

 えっ?「カマスの爺さん」ってなんだって?カマスを持ち歩いている爺さんですよ。「カマス」とは、「藁筵(わらむしろ)を、二つ折りにして作った袋」です。紙袋(石灰・肥料・穀物・塩などを入れる)も、麻袋もない時代…カマスの時代でした。カマスの爺さんは、悪い子をカマスに入れて、どこかへ連れて行ってしまうのでした。

 現代版カマスの爺さんが、スマホのアプリ…!
 着信音が鳴る。応答ボタンを押すと、画面いっぱいに赤鬼の横顔が現れる!不気味な男の声…
 「もしもし、赤鬼です。えっ、また言うことを聞かないんですか!今から行きます。住所はどちらですか?…コラッ!言うことを聞かないと、食べちゃうぞ!」
 これは怖いです。カマスの爺さんは、子どもが想像するしかなかったのですが、スマホの鬼の場合は、想像しなくても顔が画面に現れる。

 小一の担任の先生が、聞き分けのない子がいると…
 「もしもし、○○動物園ですか?サルが一匹教室にいますから、捕まえに来てください」
 と、電話してました。もちろん、「うそっこ」の電話なのですが、子ども達は、緊張して大人しくなりました。

 動物園からの追っ手でも怖いのですから、「鬼」は怖すぎます。スマホ…子育てにも役だっている…!

「かさこじぞう」のようなぁ?ゴミ捨て犯人…

2013年04月08日 | Weblog
 またまた、ゴミの話なんですけどね…。我が家の前にゴミを捨てる輩については何度か書きました。で、…このごろ、ゴミのポイ捨て犯人は、方針を変えたらしいのです。どうゆうことか?
 我が家は、市指定のゴミ袋(購入しなければならない)にゴミを入れて、指定日に家の前に置いておきます。で、そのままおいておくと、カラスが来てゴミ袋を破りゴミを漁る。家の前は、ゴミをまき散らした状態になる。そのため、工業高校の学校祭で販売されていた鉄製のゴミ箱を入手。この箱にゴミ袋を入れておく。カラス対策は万全。それで問題なかったのですが…。

 ゴミ収集の指定日以外は、鉄製のゴミ箱は空ですよねぇ!と、ところが、指定日ではない日に…我が家のゴミ箱へ、ゴミを入れる奴がいるのです。指定ゴミ袋ではないので…そのゴミを私が指定ゴミ袋へ入れなければ、収集の人が持っていってくれない…。
 酷いと思いませんか!よその家のゴミ箱に、ゴミを捨てていく輩がいるんです。

 大阪維新の会所属の井戸正利大阪市議が、東日本大震災で発生した可燃がれきの受け入れに反対する陳情書をゴミ箱に捨てた…!

 これだもんねぇ…!「陳情書」とか「嘆願書」の扱いが、ゴミ並。これだから、「書名お願いしマース」は、相手にしない。どうせ捨てられるのに、書名などしていられるか!律儀に書名している人たちのいい加減なこと!どのへんがいい加減かって?一族郎党の名前を片っ端から書いている!!

 井戸市議、自身のブログで、陳情書をゴミ箱に捨てた写真を掲載した。ブログに写真を載せるという高度技術を持っているところが凄い。えっ!そうゆう問題じゃないだろうってかぁ。
 井戸市議は、陳情書をゴミ箱に捨てた写真とともに、「大半は市外からの扇動家が送り付けてきたデマだらけのメチャクチャなもの」「仮置き場である机の上に山積していたの(陳情書のこと)が片付きました。あとは焼却処理あるのみ」と書き込んでいた…。
 そして、問題になりそうになってから、「市民を非難する言葉もブログに書いて傷つけた。深くおわびしたい」と改めて陳謝。
 なーんだ!ただ調子に乗っただけだったのかぁ。ガッカリしました。陳情書をゴミ箱へ捨てる議員さんがいる…。
 
 我が家のゴミ箱へ捨てられるよその家のゴミ…そのゴミに陳情書はないでしょうけど…現金が捨てられるかも知れない…今後、チェックさせていただきます。現金が捨てられていたらいいなあ~!
 えっ?欲深いって?お金が欲しいのではありません。お金を拾得物として警察へ届けると、ゴミ捨ての犯人が、名乗り出てくるんじゃないかと思ってさ!なんちゃって。

「うその中にほんとを探せ」…認知症に、ほんとはあるか…

2013年04月07日 | Weblog
 浅田次郎さんは、「小説家はうそつきだ」と。フィクションを「うそ」と表現しているわけで、生活のためのうそですね。浅田さんには、どんどんうそをついて頂きたい。いいうそですから。

 企業や電力事業者のうそ…これは、止めていただきたい。「うそをつけなければ、政治家と弁護士にはなれない」こういうことを声高に言う、某党代表。どうゆうことだ!国民を騙してはいけません。悪いうそはダメ。
 マスメディアの「誤報」?これもいわば「うそ」ですね。謝罪すればいいというものではない。当然、悪いうそです。
 
 いいうそなのか、悪いうそなのか…我が家で介護している88歳の認知症の老女のうそは…
 「薬を飲んでね」
 「もう、飲んだ!」
 薬は、テーブルの上に置いたまま。飲んでやしない。簡単にすぐバレルうそをつく。そして、「のんでないでしょー!」と、うそを責めると、「ウルセエー!」と、大声で反撃してくる。88年も生きているので、口喧嘩の強いこと強いこと。「要介護4」とは、とても思えない。自分の名前が分からない、オムツに失禁し放題なのに、こういう時だけは会話に不自然さがない。もっとも、責めなければ反撃はなく普通の認知症の「暴言老女」のままなんですけどね。人の尊厳を大切にしたいからこそ、責めることもあるのですが…。自宅介護で一番難しいのがこれです。

 「(トイレから出てきたので)手を洗ってね」
 「洗った!」
 「洗ってないでしょ!」
 「洗ったってば!うそこいて、オレ(老女が興奮すると、1人称は、オレ)をいじめるのか!うそばかりこきやがって!」(注:うそをこく=うそを言う)
 全く洗っていないのに、内に顧みて反省することがない。それが認知症というものなのでしょうがぁ…。

 老女の場合、「自分のクビを締めるうそ(放置しておけば死ぬ)」ですから、止めてもらいたい。しかし、「要介護4」という高度な認知症ですから、「止めて」と、言っても止めてもらえません。

 「うそ」…その場しのぎや悪意のうそ(我が家の老女)。相手を思ってのうそ(このうその場合、陰に感動がありますよ)。本人も気づかぬうそ。楽しいうそだってある。うそも方便。きっとコミュニケーション手段なのだろう…。

あの谷川俊太郎さんも、認知症のうそにまでは言及していません。「うそとほんと」という俊太郎さんの詩がある…

 うそとほんとはよく似てる
 ほんとはうそによく似てる
 うそとほんとは双生児

 ほんとはうそとよくまざる
 うそとほんとは化合物

 うその中にうそを探すな
 ほんとの中にうそを探せ
 ほんとの中にほんとを探すな
 うその中にほんとを探せ

 認知症の「うそ」ってなんなんだろう?

不思議の国日本に「新不思議」登場!

2013年04月06日 | Weblog
 外国人から見た、「不思議の国日本」が、おもしろおかしく放送されることがあります。最近では…
 1 買い物をした後にレシートを見ない(よく日本人を観ていますねえ!私など、レシートをチェックしないで損したことがありましたよ。確かに、レシートのチェックは必要ですね)
 2 青信号になるまで必ず待つ(都市部ではそうかも知れないけど、地方ではそんな日本人は少ないよ。車も人も全く見えない十字路で、青信号になるまで待っているバカがいますか!地方では、信号無視は当たり前。日本人が、青信号まで待っているというのは幻想に過ぎない。えっ?自分がそうだから幻想だなんて言うんじゃないのかって?私は、愚直なまでに信号を守ります)
 3 買わない客にも接客態度が良い(これも大間違い。態度の悪い店員が多いのが日本。客の方がオドオドしています。ホント腹が立ちます。酷すぎます!)
 4 チップをとらない(まあ、チップの習慣は日本にはありませんから)
 5 立ち読みする人が多い(これ、なんなんでしょうねえ!確かに、日本人のおかしなところです)
 6 タクシーは自動ドア(確かに!これは日本ならではです。私など、外国でタクシーに乗っても日本の感覚があるのでドアを閉めない。ドライバーにドアを閉めてくれと言われて、ここは日本じゃなかったと気づきます)
 7 グルメ番組では必ずおいしいと言う(!)
 8 毎日の満員電車(これを言われては…返す言葉がありません)
 9 外食で女性も支払う(女性も割り勘の国は…まさか日本だけなのか?)
 10 マスクをしている人がやたら多い(私もマスク愛好者です。悪かったね!)

 よく観察しているなあと感心させられたのは、「グルメ番組では必ずおいしいと言う」ですね。
 グルメ番組の多いこと多いこと。味見するのは、「お前に、味が分かるのかぁ?」と、いいたくなるような、「アンチャン」だったり、「ネエチャン」だったり…小生意気な初老の役者だったり。そして、外国の方が指摘されるように…
 「美味しーい!」と、言う。今だかって、「美味しくないです」と、いうセリフを聞いたことがない。たぶん台本に、「ここで、美味しいと言えっ!台本に従わなかったら、わかってんだろうな!コラ!」と、書かれているのでしょう。
 テレビの前の私など、アンチャンが食べ物を口へ含んだ瞬間、アンチャンより先に、「美味しーい!」と叫んでしまいます。習慣化というか、反射的に、「美味しーい!」が出ます。家内まで感染して、私に負けずに、「美味しーい!」と…! と、いうわけで、グルメ番組では、家中(といっても、2人ですが)、「美味しーい」が、響きます。「家族がハーモニーで、美味しーいと、言う」。これも、不思議の国日本に入るんじゃないかな。

イエズス会?イエス様の会なら、「イエスズ会」でしょう!?

2013年04月05日 | Weblog
 3月末の送別会のとき…送別される女性介助員の挨拶に驚かされました。どんな挨拶だったか…
 「この度、イエズス会出身のローマ法王が誕生しました。私は喜びでいっぱいです…」そうだったのか!この介助員さんは、イエズス会だったんだぁ!恥ずかしい話、「イエスズ会」だとばかり思っておりました…!そうゆう話じゃないか!
 退任の挨拶がそれだけだったのかって?格調高く、「ローマ法王」で始まった挨拶でしたが、後半はオカルト…

 「去年の4月、この職場の駐車場に車を停めました。帰りにフロントガラスのワイパーに紙が挟まっていました。その紙に、『ここに駐車しないでください』と、書かれてありました。私は、ああ、今年限りで辞めてくれという意味だなと感じました。ですから、辞めます」
 なんなんでしょうか?これも、イエスズじゃなかった、イエズス会の陰謀か?

 イエズス会と聞いてすぐに頭に浮かぶのは、もちろん、新渡戸稲造さん。「武士道」には大変お世話になりました。私の思想と、ピッタリ一致。恩師って感じです。NHKの大河ドラマ「八重の桜」の人気から、新渡戸さんの「武士道」が、読まれているのだそうで…なぜかって?会津藩校日新館「什の掟」の、「ならぬことはならぬものです」が武士道を謳っているからです。

 武士道の全てがいいですが、特に選べといわれると…第5章の仁(benevolence)、惻隠の情(the feeling of distress)でしょうか。
 愛、寛容、他者への愛情、同情、哀れみは、常に至高の徳である。仁は、優しい母のような徳。孟子は「惻隠の情は仁のルーツである」と。か弱き者、敗れたる者、虐げられた者への仁の愛情は、とくにサムライに似つかわしいものと称揚されたわけで…素晴らしい!

 稲造自身、「仁」を実践しておりまして…人助けの逸話が多い。
 札幌から旭川に農業を教えに行った帰りの馬車に、初老の男と若い娘が乗り合わせた。男は旭川で娘を買い、札幌に売りに行くところだった。稲造は男が娘を買った以上の金で娘を買い取った。すぐに旭川へ返すわけにはいかなかった。なぜなら、娘が戻るとその家はまた食うものにも困る暮らしが待っており、再び娘を売らなければならなくなるから。稲造は、娘を自宅へ連れ帰り、妻とともに育てた。武士ですよ!そして、中学にも通わせた。仕事が出来るようになった娘を旭川に帰した。

 私だって、人助けの逸話は…あるにはある。一昨年は、倒れている老婆を助けたし…しかも二人も!今年は、雪山に突っ込んで動けなくなっていた乗用車を助けました。ドライバーはお婆さんでした。どーも、婆さんばかり助けるなあ?!娘さんをたすけたことは…ないなあ。
 札幌へ、娘を売りに行く途中の男には遭遇していないので、娘を買値以上で買い戻すことは、まだできていません。なかなか馬車をみつけられないもので…

嗚呼、運命 幸運は前から掴め!

2013年04月04日 | Weblog
「運命」…終活する年齢になって、運命のいたずらに翻弄されております。まさか、老老介護することになろうとは…。
 運命の女神さんは、一体どんな根拠で人々へ不運やら幸運やらをあたえるのかねえ。自宅介護は不運かって?幸運とは言えません。全てが認知症老人中心の生活。残り少ない我が人生を、認知症老人に捧げる…。やはり、不運ですかね。

 中華料理屋へ行くと、テーブルの皿に、「フォーチュンクッキー」が載っている。せんべいの中におみくじが入っているアレ。だいたいやね!食べ物の中に、おみくじを入れるなよなーっ!

 フォーチュンは、ローマ神話の運命の女神、「フォルトゥナ(Fortuna フォーチュナ)」からきたもの(つまり、フォルトゥナは英語で「富」を表す「フォーチュン」の語源ということ)。フォルトゥナは、運命の車輪を司り人々の運命を決める。

 で、フォルトゥナのルックスは…
 1 運命を操るための「舵(船の舵)」を持っている。舵の上に、小さな人が乗っている場合もある。・・・運命は舵で操られていた!だけど、どうして船の舵なのか?ウイッシュボーンではダメなのか?ま、そこは詮索しなくてもいいかな。

 2 運命が定まらないことを象徴する不安定な「球」を持っている。というか、わりと大きな球なので、乗っていたり、傍らに置いていたり。・・・運命って、玉乗りのようなものだったのか!そりゃあ不安定だわ!どこへ行くか分からない。

 3 幸運の逃げやすさを象徴する、「羽根の生えた靴」を履いている。・・・えっ?ワラジみたいなものを履いていたって?そ、そうゆうこともあるらしい。水虫の季節(?)は、ワラジでしょう!幸運は、逃げやすい。そうだったのかぁ。女神さんのお力をもってしても逃げやすいのか…。

 4 幸福が満ちることのないことを象徴する、「底の抜けた壺」を持っている…。えっ?ススキ(芒)を持っているのを見た?た、たぶん、「かんざし」にするつもりだったとか?・・・幸運は、満ちない?そんなもんなのかねえ?

 5 チャンスは後からでは掴めないということを表しているために、フォルトゥナには後ろ髪がなく前髪しかない。・・・日本の諺に、「後ろ髪を引かれる」というのがありますが、フォルトゥナの髪から来ていたのか!ローマ神話と日本の諺に関係があったとは!えっ?大分意味が違うって?
 「チャンスは、前から掴む」…いい言葉ですねえ。いただきます。今度の講演の時に使わせていただきます。また、人気が出てしまうなあ。

 不運と、幸運については、よく解りました。早い話が、「幸運は訪れない」と、考えた方がいいってこと。
 フォルトゥナにお願いしたいことがあります。後ろ髪がない頭の上に、「千切れた浮き雲」を載っけてほしい。
 理由?「千切れた浮き雲」。浮き雲→浮雲(ふうん)→不運→千切れた不運。つまり、不運は、千切れる。いつまでも続かないということで…よろしくお願いしまーす。

国歌斉唱は?起立でしょう!

2013年04月03日 | Weblog
 入学式シーズンがやって来ました。つまり、卒業式に引き続いて、「国歌斉唱」のシーズン。
 国歌斉唱は、「起立」でしょう!千秋楽の国技館だって、お客さんは起立して国歌を斉唱する。甲子園の開会式でも。このセンバツの開会式では、札幌の私立女子高生が国歌を歌いました。上手でした。サッカーの国際試合の前に国歌を歌う「プロの歌手」の10倍は上手。100倍かも。

 閑話休題。東京都は、国歌斉唱時の不起立教職員には断固たる態度で臨んでいる。当たり前だが、ほかの道府県のいい加減さに比べると立派。これまでの東京都の不起立の処分のあり方は…
 1回目・・・戒告
 2回目、3回目・・・減給
 4回目以降・・・停職
 最高裁の判決は、このように段階的に決めるのはおかしいんだと…。
 4回目以降は停職。これでも、甘いですよ。1回目、2回目は大目に見るとして、3回目で懲戒免職にしなければいけません。免職が嫌な教職員は、起立すればいいだけの話。思想的に相容れないのなら、とっとと辞めて北朝鮮へでも行けばよい。誰も止めません。えっ?そういう教職員は、北朝鮮はもとよりどこの国でも相手にしてくれないって?ま、まあ、そうですけどね。日本だから、起立しない人でも威張って暮らしていける。

 猪瀬東京都知事さんは、
 「全員起立というときに座っているのがおかしい。起立して口パクやっていればいいわけでしょ。基本的なルールがわからない人は不適格。そんなね、『起立』って言ったときに座ってては、先生が生徒に対してしつけとかできない。そんなアホみたいな話。くだらないよ」

 猪瀬さんの言うとおり。ただ、少々気にくわんは、「口パクやっていればいい…」。一体どっちの味方なんだ?知事としては、「朗々と歌ってこそ、入学生(卒業生)を歓迎(歓送)することになるのです」これぐらい言ってほしかった。「口パクでもいい」と受けとめられる発言は、「国歌」に対して失礼だと思いまーす。

 それにしても最高裁、「職務命令に従わなかった教職員への処分のあり方について、抑制的な判断をすべきだ」。この文面だけから判断すると、「職務命令に従わなくても、あんまり処分しなくていいんじゃないの」。これが判決か…!
 
 入学式…大切にしたい儀式です。国歌斉唱の時は起立しましょう。起立はするけど、歌わなくてもいいかって?どーぞどーぞ!口は真一文字に結んでくださってOKです。 教職員の皆様へ情報としまして…式場内に、「起立したかしなかったかのチェック係り」および、「(歌っているかどうか)口元をチェックする係」がおられます。そのことを念頭に置いて行動してください。それは、おとり捜査じゃないかって?お言葉ですが、起立せずに、「起立、不起立をチェックする」ならおとりですが、起立して、国歌を斉唱しながらチェックするならおとりではないでしょう。職務命令違反者は、どんどん摘発しなきゃあね。

4月1日に、知名度アップの「姓」

2013年04月02日 | Weblog
 昨日、「4月1日」の各新聞…目立ったのは、「四月一日」と書いて「わたぬき」と読む珍しい姓についてのコラム。もちろん、全国の新聞を読めるはずもなく、数紙を読んだだけですがね。
 どうして「四月一日」を、「わたぬき」と読むか?由来は江戸時代にさかのぼります。公家や武家社会では、わずらわしい更衣(衣替え)のしきたりが厳格に守られていました。庶民の間にもそれなりの習慣があり、そこから外れることは恥だった…恥の文化ですから。庶民の面目躍如。
 春の衣替えは旧暦の四月一日。綿入れの着物から袷(あわせ)に替えたため、四月一日を「わたぬき」と読むようになった。岡田芳朗さんの「春夏秋冬暦のことば」の受け売りですけどね。「綿貫(わたぬき)」という姓がありますが、その姓の別の表現になったということで。なお、「四月朔日」と書いて、「わたぬき」と読む姓もある。由来は、「四月一日さん」と同じ。

 「四月一日」という姓があるのなら、ほかの「○月×日」の姓もあるだろう。そう考えるのが、世界野次馬根性ランキングの上位1%に入っている私です。

 「五月七日」これは、「つゆり」と読む。「梅雨の入り」を短縮したのかと思ったら、違うようで…旧暦五月七日に、「栗花落(つゆり)祭り」という雨乞いの祭りが行なわれたかららしい。場所は、神戸市北区山田町(←調べました)。

 「六月一日」という姓の読み方は、「うりはり」「うりわり」「くさか」「さいぐさ」「むりはり」…一体どうなってんだあ!どうやら、読み方は好き勝手で良かったと思われます。

 「八月一日(八月朔日)」の読み方も多い。「はっさく」「ほずみ」「ほそみ」「やぶみ」。「八月」の部分の、「はっ」「ほ」「や」は、なんとなく読めそうだがぁ…。

 興味深いのが、「十一月二十九日」このような姓があったとは!以前、かなり勉強したのですが、その時には見つけられませんでした。漢字7文字の姓ですよ!それでいながら、読み方は、「つめずめ」!これは凄い!平均「1.75文字に1音」。長いこと日本人をやっておりますが、こんな姓に出会えるとは!生きてて良かったです。
 読み方の由来ですかぁ…枕草子の世界じゃないでしょうか?あと1日で師走。「嗚呼、詰めだぁ。寒い。七輪で火を熾こさなければ…」これが、「つめずめ」。ホントかって?もちろん、私の考えたことですがね。正解だと思いますよきっと。つまり、日本中探しても、「十一月二十九日」という姓を「つめずめ」と読む由来を知っている人はいない。知っている人がいたとすれば、その人の勝手な説ですから。絶対の正答などない。

 分かりやすいのは、「十二月晦日」と「十二月一日」という姓の読み。「十二月晦日」は、「ひずめ」「ひなし」。「日が詰まってしまうから、日詰め」「もう、日がないから、日なし」分かりやすいっ!
 「十二月一日」は、「しはすだ」。そのまんまです!
 
 「正月一日」という姓もある。おめでたいですよ!読みは、「あお」「あら」。由来っ?そのまんまでしょう。「新しい年、青々しているから、あお」「新たな一年のはじまりだから、あら」…私の考えですがね。

「お国」が消えるお国柄?

2013年04月01日 | Weblog
 人間が考えることって、洋の東西を問わないもので…日本語と英語、その「発想」が似ている単語があります。
 「country」…この単語は、「国家」の意味と、「生まれ故郷や出身地」の意味があります。日本語の、「国」も同様で、「国家」の意味と「生まれ故郷や出身地」の意味がある。実に興味深い。

 ただ、日本の場合、「国」は、国家のみになってきている。県外出身の若者に、「国はどこ」と、尋ねたら、「日本です」という答えが返ってきたという…出来すぎた話を聞きました。その若者には、「お国訛り」という言葉は通じないのでしょうねえ。

 「お国自慢」も「お国柄」も…
 「お国自慢?うーん…桜?寿司?天ぷら?」
 「お国柄?うーん…丸い赤かな(そ、それは日の丸の図柄)」
 出身地に誇りが持てないのか?そんなことはどーでもいいのか?
 これは、「あたかも地方がなくなったかのような日本の構図」のなせる業ですね。地方をおだて上げた政治に原因がある…かな?もっとも、それだけではないわけで、「郷土愛」などと言うと、真っ向から否定してくる人たちの、「根無し草のような教育」…。郷土愛を認めると、かの人たちが最も嫌う、「愛国心」を認めることになってしまいますから…。

 「お国」に似た言葉に、「さと」があります。漢字では、「里」とか「郷」と、書く。いい言葉です。「里」の場合、「お里が知れる」という言葉がありまして、これは、「言葉遣いや態度で、生まれ育った環境がわかる」と、言う意味。侮蔑的な言葉ですかね。その使い方を除くと、「里」という言い方には、「ぬくもり」があります。
 ただ、この言葉も、死語になりつつあるので…
 「お里が知れるって?えっ!どーして、私の出身地が分かるの?教えて、教えて!」ということに。

 私は、初対面の人と話をするときは、「名字」について会話の糸口を探します。
 「この名字、珍しいですねえ!御先祖はどちらの人ですか?」
 この一言で、お互いの遠い祖先が知り合いだったかも知れないという話にまで発展したことも。

 と、いうわけで、「お国」「お里」大切にしましょう。えっ?東京出身だから「お国」がないって?あなたのお国は、「東京でしょう!」。全国に桜の名所は多々あれど、東京ほど桜が見事なところはありませんよ。お国に誇りを持ってください。

 国家も、お国も、今日から新年度です…。お里も新年度。