想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

「カナルタ 螺旋状の夢」と秋の森と

2021-11-14 12:46:38 | Weblog

10月上旬、コロナ規制が緩やかになり
1年半ぶりに映画館へ出向いた。
自粛生活後に見る一作目、納得の高揚感
を与えてくれる作品に出会えるとは
思いもよらなかった。
予備知識もなく観たのだが、世の中まだ
捨てたもんじゃないという明るい気分になった。

イメージフォーラムで上映中の
太田光海(Ota Akimi)監督のデビュー作、
「カナルター螺旋状の夢」である。
アマゾンに棲む先住民シュアール族に密着し
監督が一人で自らハンディカメラを持ち
密林の中を主人公とともに歩き、語り、
耳を傾け、心を通い合わせていった
濃密な時間が描かれている。

東西のこの分野の先達によってなされた
調査記録の業績に全くひけを取らない、
さらに先へ進めた秀逸な作品かと思う。
新しい眼線と方法、そして選択を示して
観る者は改めて自らと立ち位置を考えさせられる。

熱帯雨林の濃い緑と空と土が発する力を
まっすぐにとらえ非日常的な日常を祝祭の
ように描いている。魅力的だ。
人類社会の今と未来への重要なメッセージが
いくつかの挿話を挟んで構成され(巧み!)
おしつけがましくなく伝えられていた。
驚きつつ笑いつつ、森へいっときの間、
誘われてしまう。
学術的云々はわからないが映画的センスが
秀でているのは確かで、河瀬直美の濃緑と
また違った魅力に溢れ力強い。
ラストシーンに唸った。

薬草狩りは古伝を学んでいるので身近な話、
親近感を覚えた。
自然の理を尊んだ人々を愚かな未開のことと
思うのは誤りである。
世界各地にある神話に近似性があるのは
元は一つだからだ。
元を知り、自然の一部として存在する人の
謙虚さと畏怖の意味をどれも示唆している。

ネタバレになると面白くないので詳しくは
書かないけれど、主人公セバスティアンに
起きた奇跡(まったく私たちには奇跡だ!)
は彼らには日常だということだ。
奇跡とは天地のはたらきと人が一体になる
証として現れる。
目の前に起きたことをどうとらえるか、
見える者と見えない者、
見ようとしない者、それぞれ平等に
自然の摂理は働きその命運を分ける。

セバスティアンが大きな樹の根の洞の前
に立ち、「この下に土器が埋まっている
と思う、いつか掘ってみよう」という。
そのときこれは未開時代のことではなく、
現代であることにふと気がつく。
ああ、彼は私たちと同じ今にいて、
けれど先祖を想いながら今を生きている。
その堂々として明るく前向きな姿に
胸を打たれた。

太田監督と上映後のロビー外で話を聞けた。
出版の予定についてなど尋ねたいことが
あったからだが、マスクをした顔に
深い澄んだ眼があった。
淀みのない言葉と礼儀正しさが印象的、
作品の完成度と対照的にとても若く
清冽な情熱が迸っていたから、つい歳は?
と尋ねてしまった。失礼でした。
自主上映で公開し自ら道を拓いていくのは
並大抵の努力ではないだろうと思った。
毀誉褒貶の波がそのうち押し寄せるだろうから
呑まれず、淡々と進んでいってほしいと思った。
全国まだこれから上映の輪が広がることだろう。

イメージフォーラムではまだ上映中。

森の紅葉はすっかり終わりました。

















コメント
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