「学問をする喜びとは形而上なるものが、
わが物になる喜びだったに違いない」(小林秀雄:
『本居宣長』より)
「学問が調べることになっちまったんですよ」(同上)
「説きにくい意味合いが、表現のくどさによく現われている、
そこが大事なのだ。だから、私には大変たくさんの引用が
必要になったんです。宣長さんの学問は、引用して、その
物の言い方を読んでもらわないとわからないものでできて
いるんですよ。また、その事を彼自身、よく知っていたの
ですよ。」(同上)
『本居宣長』をめぐって、と題された江藤淳との対談での
小林秀雄の言葉を上に書いたのはあることに気づいたから。
旧事本紀の学び方と小林が本居宣長を読んだ(研究した)
方法はよく似ているということ。
もちろんわたしはカメの講義を聴かなくては自ら研究など
できていない。カメの講義の論法が『本居宣長』の特徴と
重なるということだ。
カメの講義は、旧事本紀という古書にある言葉の意味を説く
のに引用と比喩を重ねていき、現代語と今の時代に通じる
物事に置き換えて解説される。そうでないと今の人には
やまとことばの意味をダイレクトにわかることはできない
からだろう。
しかし、「つまり小林さんのおっしゃる道というものは、
発見を続けていって、その果てに見えはじめるという
ようなものだろうと思いますが……」と江藤淳が対談で
答えている通り、引用と比喩から始まったまねびがいつか
直感で伝わりひらめくときがやってくるのだ。
その喜びがまなぶことの醍醐味である。
理解しがたい言葉の数々と向き合って、実践しなければ
わからない、なぜなら言霊は実感であるからと言われても
何をどう行うかもあいまいに歩み始める、たいていの人は。
知ったかぶりや生かじりが通じる世界ではないので仕方
ないのである。その我慢ができずに道から降りて勝手な
方向へ踏み出すというか踏み外す人のほうがもちろん多い。
けれど、ある日ひらめきがやってきて、一と聞けばその一
の意味がどの一を指すか、五なら、九なら、何のことか、
それらが脳内で形をとって表れ次に比喩の言葉も引用も
浮かんでくるようになる。その興奮がたまらない。
おもしろいことは他にもないことはないが、わたしには
カメに学ぶ旧事の世界が世界の扉であり、渡る橋である。
もうずっと前、共にカメの元で学んでいたI君にわたしは
エテカッテ大明神とあだ名をつけ、当人もヘラヘラと自称
したりしていた。怒らないし奮起しないし意味がなかった。
その彼が学びを止めてもう何年もたつある日、よからぬ噂が
聞こえてきた。
知り合いに声をかけ教団を作ろうという話を持ちかけ勧誘
して歩いているというのである。
迷惑がって断った人は今も学び続けている人だから自然に
伝わってくる。
よりによって誘う相手が違うだろ、そういう分別がとんと
ないところなど、エテカッテ大明神らしさ全開であるが、
あのバカが、やりおったなあ…と私は苦い気持ちであった。
「知が足りない」のである。
教団とは作るものではなく、聖人の足跡を辿る人が集って
自然とできあがるものが本来の姿で、勧誘して組織すれば
それを維持しよういう「私事」と信仰のあるべきようとは
矛盾を生むこと必須である。
それに勧誘と布教とは似て非なる事だよ、絶対に。
エテカッテ大明神は教祖にはなる器ではない。で、傍らに
ひっついていたある女性のことが思い浮かんだ。
当時テレビで有名になっていた霊能者女史を真似てか霊感が
強いと言っていた。
霊感アルアル、霊能者女史と同様にド派手大阪風ヒョウ柄系、
髪型は今でいえば盛り系(キャバジョウスタイル、当時は目を
引いたなあ)早く言えばお水系なファッションの女性であった。
職業はたしかアパレル関係と言っていたが扱う商品はバッタ物
であった。
彼女もまたカメの元に出入りしていたが、あることから
「先生は私の頼みを聞いてくれないんですね!!!」と叫び、
出て行ったらしい。そんな、聞かないだろうさ勝手な頼みなど。
それきり消息がなかったが、ある時メトロの入り口でバッタリ
会った。真正面からだったので向こうも逃げようがなかった
らしく、気まずそうな挨拶をされた。
「私、とんでもないことを先生に言ってしまって、すみません
でした、うさこさんにも顔向けできなくて」とか言ってたなあ。
別人のような地味さだったが、漂う波動は昔と同じものであった。
元気にしてるの?と尋ねただけでその時は別れ、それきりだ。
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(食べ終わって夜更けまで話し込んだ夜、月が明るかった)
そもそもこの二人組がなぜカメのところへ出入りするように
なったのかは門戸を開けているカメの学び舎だから問うても
せんなきことだが、わたしは初めから天敵みたいな存在だった
ようである。なぜなら学ぶことと霊能者ごっこは相反するので
彼らを真っ向から批判したし、彼らが霊能力と思い込んでいる
レベルは迷信の類であることを事あるごとに証明したからで
ある。それよりあんた、己を知る方が先だろ、と言い続けた。
カメの講義録や書籍や機関紙の類を引用、いやパクッている姿
を想像するに難くない。
エテカッテの彼がかつてレポートの束をわたしに持ってきた
ことがあったが(何のためかわからんが)、その内容はすべて
カメの講義録のパクリであった。
いやパクル自覚もないレベルである。ただ真似て引き写して、
それを反復することでわかったつもりになっていた。
その先をつきつめるんだよ、当時あきれて、何度そう言ったか
しれないが、そのうちいなくなったので束だけ残った。本一冊
分くらいのレポート用紙の束はコピーされたもので使用した紙
は勤務先のロゴ入りの用紙。勤務中に書いていたらしい。
本末転倒、その後彼は管理職だった勤め先を解雇されている。
そういう人が教団とかなんとか銭儲けを企むのはいかにもな
ことで驚かないが、他人をまやかして不幸にすることは大きな
罪である。家を建てたと吹聴したり、教団作ろうぜと言ったり
自由すぎる(アホな)行動はカメの元では絶対にできなかった
ことばかりだから、ほとんど反動にも映るが本音の表れでも
あるだろう。
それでもわたしは、あんた馬鹿だねえと言うだけで怒る気には
なれない。本当に無知ゆえのことであると思うからである。
そういうバカ者の言葉につられ、これまた金銭を巻き上げられ
ありもしない運命を言い含められては不安におちいり、その
たびに金を払ってなんとかしてもらおうとする、さらに愚かな
人も存在する。
しかし、そう騙され続けた者も、どうにか助かろうという本気が
あるならば、学ぼうとする者ならば、不幸にはならずにすむ。
バカを踏み台にして真実に目覚める可能性もあるからだ。
そのことを祈っている。非力な者が救われないわけではない。
まねび、つまり学ぶ相手は何も聖人と限ったことではないので
否定することから知を高めていくという方法もある。
疑問は知ることの始まりだ。カメは最初に我を試せと言われた。
信じよとは言われないが試すにはまず素直にならねば出来ない。
下心のある者はこの最初の一歩で、「信じます」と言い何も
試さないので学ぶことも、発見することもないのである。
回り道、寄り道は至難のこと。だけどつまるところ果てまで
あきらめずに辿りつけた者が喜び、笑える時が訪れる。
そのとき、悪党には蹴りを一発入れてやればよし。
もちろん、自分の肉体なぞ使わずに…神業を以って。
この場合の神業とはどういう意味か? それはまたいずれ。