想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

ジュリー、ジュリーー

2015-01-27 02:08:52 | Weblog
えーと、タイトルから樹木希林さんを連想された方々
ありがとうございます(笑)
ジュリーは今もジュリー、なおのことジュリーで…
すてきです。3.11後のジュリーは変わったわけではなく
もともとのジュリーです。

ジュリーは有名無名に関わらず人を大切にし、約束を
守ろうと努力する人だ。
それはポーズや人気取りではなく、誰も見ていないところで
ふつうになされていること、それを見聞きした人が伝え、
知ってる人は知ってるという話。
あたりまえがなかなか無い世間で、ごくあたりまえに
そういう生きかたをしているスター。

あたりまえのことを言うスターが年々消えていくのが
さみしい、と健さんが亡くなり文太さんが亡くなりで
思ったことだった。
ジュリーが歌い続けて、あの声が聞けるのは嬉しいことだ
そう思っていた。CDやDVDの声ではなく…。


けれども…けれども…

イスラム国に拉致されている後藤さんと湯川さんを思って
の発言だったのだろう。ジュリーはステージ上から客席へ
「皆さん大変な事態になりました…」と呼びかけた。
客席からは「歌って~」という声。
そして、「黙っとれ!誰かの意見を聞きたいんじゃない
嫌なら帰れ」と言い放ったという。(日刊ゲンダイ)
そこまでならいい、あっぱれジュリーと拍手だ。

けれど、「楽曲を楽しみにしているファンに向かって、
嫌なら帰れはやはり暴言だろう」と記事は結ばれている。
ぼんくらやな~、どんくさいやっちゃと思ったのである。
記者は何歳くらいなのだろうか、歳は関係ないか、近頃
はいい歳をしたアホがたくさんいるから。

後藤さんの二度目の写真と音声が届き、湯川さんの死が
伝えられた。
テレビニュースでは、政府に要求がないので対応しようが
ない、長期戦。と政府関係者のコメントを告げている。
あいたくちがふさがらない、とはこういう時出てくる言葉。
ぼんくらである。
いや、こちらのほうはもう人として壊れていて、
ぼんくらやないか~、ではすまされない。

結局、捨てられる。棄民である。

首相の中東訪問には大企業担当者が何人随行したのか、
何を買いに行ったのかは報じられないが2億ドル。
そんな金あるんだったら、使いみち、ちがうだろと
思うのは私だけではないだろう。



国内には鶏小屋の被災住宅。
広い田畑に囲まれた家を失い、薄い壁の箱のような住居で、
冬を過ごすお年寄りたちがたくさんいる。
カツカツの利益を回しながら操業し続ける零細企業が
円安でたちゆかなくなり、シェアする仕事を失った人々は
補償も手当もない、地方はずっと苦しいままだ。
若い人が希望がなく、働く場もなく、都会へ出て行く。
非正規雇用がこれほど蔓延すると、奴隷、という言葉が
リアルに感じられるようになった。
日本は戦前へ逆戻りしつつある。


国家という組織に義務を負って生きてきた国民が、
いとも簡単に捨てられる、日本はそういう国ではないか。
安心安全だと思って暮らしている人は、自己責任という
言葉を真似、したり顔でいう。
自分で行ったんだから…と。
ほんとにそう言えるか? そう言っていいのか?

けれど、ミナマタ、フクシマ、いやそれ以前にヒロシマ
ナガサキ、いやもっと以前に日本列島の津々浦々で、
命は祖末にされてきたのだ。
それら一人一基の墓碑を建て、社を築く手間を省いて
合祀というカラクリを作って死へ追い立てた戦争は
ついこないだのことだ。死んだ者は物が言えないが、
想えば聴こえるはずだ。想えばつながるはずだ。
弔うとは無念さを想いやり、その命を尊ぶことだ。

「テロと戦う」を大義に仕立てあげたのは軍需産業と
金融グローバリゼーションであるのに。
経済優先とテロに屈しないと演説する首相に追従するなら
真の大義はなくなり、鬼畜の国になってゆく。

嘘をついてはいけない。

それも国家と呼ぶならば、イスラム国を非難する資格が
あるだろうか。
ヨルダン国王が自国の人質を優先すると発言したが、
当然のことである。我が国の首脳陣は、どうしようもないと
繰り返し言い、かたや人命第一と言葉を添える。

生きて帰ってこられることを心から祈ってやまない。
同時に、後藤さんの勇気、やさしさが讃えられる時が
くることも願っている。





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地吹雪のあと

2015-01-19 16:54:05 | Weblog
ひゅうひゅう、ごう ごう 風の音を言葉にするのは
難しくて、童話みたいなありきたりのコレになる。
ごう、と言っても、ただの ごう じゃないのであるが。

雪は粉雪が舞っているくらいでたいした降りではない。
風がうなりをあげて吹き、時々、地吹雪が視界を遮る。
昨年の大雪には懲りたので、風だけなら心配ない。

そして数時間後、残された風の芸術にみとれた。
このなめらかな曲線は、人が次第に失いつつあり、
そして強く憧れるしかない力である。




風の合間をぬって夕刻まで雪かきをし、終えた後、
瞑想をした。
夜、表に出てきたM君が、言った。
知らなかった~、ここは無音なんですねえ。
? 無音? じゃないよ、それは君の頭の中。
すっきりしたってことです、妄想が消えて。

今夜は星がたくさん見えるよ、ほら、見て。と
M君に言うと、おおおおおおと喜びの声を上げた。

自然にじかに触れることと、自らにじかに触れる。
どちらも失い、失ったことさえ気づかない人々が
今見ている方には何があるのだろうか。



17日の「女の平和・国会包囲ヒューマンチェーン」
赤いマフラーや赤い帽子をつけた女性たち、若い
男性もいる、子ども、おばあさん。
その画像をtwtで発信してくれた人がいたので、
竜巻の風に乗せて、気持ちは国会前へ。

「寛容な共生社会をつくっていくというメッセージ
を世界へ発信したい」と外遊前の安倍首相は語った。
貧富の差と差別のこれまでにない拡大が、日本の
現状だが、これをつきつけられると、お約束の言葉、
アベノミクスが成功すれば豊かになります、と応答。
そんなもの、ないし、いらんわ、ともう皆知っている。

末期的状況のなか、座って愚痴っている場合では
ないと、多くの女が思って駆けつけたわけで。
今欲しいのは、景気回復ではなく、未来永劫平和の国
という約束である。
そんなことは幻想、というあなたこそ、防衛という名の
戦争は必要なのだと洗脳されてしまった人でなし。

こどもを戦争に行かせない。
誰にも人を殺させない。
人殺しの武器を他国へ売り歩かない。

武器輸出三原則も、憲法9条も、我が国の美徳で
あるものを、これ以上失ってしまっては悲しすぎる。

次は参加します。










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猫も雪が好きである

2015-01-11 18:23:47 | Weblog
ゆきやこんこ あられやこんこ
降っても降ってもまだ降りやまず
犬はよろこび 庭かけまわる
猫はこたつで丸くなる

童謡「ゆき」の歌詞は誰でも覚えているでしょ、
ソラで歌えますね、子犬みたいに遊んでた頃に
親しんだメロディーと詞。
二番の最後の二行にある、犬と猫の対照を
本当だと思い込んでいる人が多いのではない
かしら。

どっこい、江戸ちゃんとジョリパパのファミリーは
こたつを知らないからでしょうか…。
雪の上をかけてきます。
そして、ごらんのように、ごろんちょして
お愛想してくれます。

縁側の前は根雪がこんもりと積もって固まったまま、
真っ白なステージ。
子猫がおっかけごっこしてるのが、月に照らされて
見えたときはおどろきました。
夜行性とはいえ…。

縁側でご飯をいっぱい食べたから、腹ごなしということですな。









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勘違いでした

2015-01-04 10:10:37 | Weblog
謹んで新年のお慶びを申し上げます。
本年こそよき年となりますことをお祈り申し上げます。

誰にとってじゃ~ と聞いてもせんなきことでございます。

猫一家が勢揃いしたので、記念撮影しました。
みなさま、眼福とまではいきませんが笑ってやって下さいませ。

さて新情報をお知らせせねばなりません。
写真向かって右から二番目は御名はジョリ、これまではジョリ姐御と
呼ばれたりもしていました。
それはヒトの大いなる勘違いで、正しくは、ジョリパッパ、
つまり江戸姫のダンナだったのであります。
その証拠は昨年初の写真で、ベタベタしているツーショットが
ありましたが、それは姉妹仲良しで江戸ちゃんが姉ジョリに甘えて
いるのだろうと推測していたのでした。

左端のジョリパパとそっくりの柄の子はジョリの子(ピンクちゃん)
と呼び、ジョリが産んだ子の略だったわけですが、ジョリの子で
間違いはなく、これまた正解なのかそうではないのか言葉上では
なんともビミョ~であります。

年の瀬も押し迫ったある昼ひなか、江戸とジョリの密やかなる
行動を目撃したのはカメでありました。
なんだ、そういうことだったのか~とわかってすっきりしたような
化かされていたこちらとしては拍子抜けしたような、フクザツな
心持ちののち、新年、こうしてうち揃っている一家を見る眼が
なんとなく旧年とは違ってしまうのは否めません。

ヒトのよくすなること、ああ、勘違い。
今年はよくよくお勉強していこうと思う、元旦の初心。
できれば暮れまで続きますことを願掛けておきます。



うつむく猫はよろしくよろしく、の姿勢なのでありますが
視線の先には大きなお皿が二枚、五匹分+アルファ
(大食いパパは+∞)のごはんが盛ってあるわけで、もちろん。

今年もどうぞヒトともどもよろしくお願い申し上げます。


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