若年寄の遺言

リバタリアンとしての主義主張が、税消費者という立場を直撃するブーメランなブログ。面従腹背な日々の書き物置き場。

公務員とヤクザの違い ~合法的略奪の反道徳性~

2012年10月10日 | 労働組合
以前に書いた記事に対し、次のコメントをいただいた。

=====【引用ここから】=====
ヤクザとの決定的な違い
1.社会保障給付をする(財の再配分)
2.公務員が整備するインフラで、国民が経済的な恩恵を受ける
3.公務員が産み出す秩序で、国民が安全を享受できる

例外も多数あるが、公務員が国民に与える利益と比べて、圧倒的に微量。

=====【引用ここまで】=====


果たして、公務員は国民に「利益」を与えているのか?

公務員の人件費や事業費は、国民から強制的に奪った税金が原資になっている。「公務員が国民に与える利益」は、「公務員が実施した事業による国民の満足、生活の改善」から「税金がなければ個人が本来得られたはずの満足、生活の改善」を差し引くことで出てくる。

もし、「公務員が実施した事業による国民の満足、生活の改善」よりも「税金がなければ個人が本来得られたはずの満足、生活の改善」の方が大きかったら、これを「公務員が国民に与える利益」と呼ぶことはできない。逆に「公務員が国民にもたらした損失」と言わなければならない。

「公務員は、何かしら役に立っている」
「公共事業は、ある程度は役に立っている」

では駄目なのだ。国民から見れば、税金を徴収された、というマイナス地点からのスタート。このマイナスを上回るサービスが公務員から国民に提供されて、はじめて「利益」と言いうるのであって、

「例外も多数あるが、公務員が国民に与える利益と比べて、圧倒的に微量」

という判定は、上記のような差し引きを経てはじめて為しうるものである。

インフラ整備が進んでいない時代では、インフラ整備が大きな経済的恩恵、効用を生み出すことにつながった。多くの場合で、「公務員が実施した事業による国民の満足、生活の改善」が「税金がなければ個人が本来得られたはずの満足、生活の改善」を上回ったであろうと推定される。

しかし、今は違う。インフラはある程度整った。「必要なインフラ」がある一方で、「不要なインフラ」の問題が多々指摘されるようになった。税金を強制的に徴収しながら、この金でろくな効用をもたらさない「不要なインフラ」の整備を続けるのは、ドブに金を捨てるようなもの。

社会保障給付による所得再分配も同じこと。(秩序維持に至っては、ヤクザでさえも一定の機能を有し秩序を形成している。) 社会保障、インフラ整備、秩序維持のいずれも、国民から税金を奪うというマイナスの上に成立しているものなので、このマイナスを上回るプラスでなければ、ヤクザと同様、公務員は社会に損失を与える存在となる。

公務員の実施する事業で国民に「利益」を与えている個別事例はあるだろうが、国地方の債務残高が900兆円(計算によっては1000兆円)超えという点を考えると、公務員は総体としてはヤクザ側、損失を与える側なのではなかろうか。


さて。


公務員とヤクザの決定的な違いは、ここにあると私は考えている。

ヤクザは、現在活動している人たちを暴力で脅し、そこからお金を巻き上げている。しかし、将来世代を脅して金を巻き上げるということは、物理的にできない。
一方、公務員は、現在活動している人たちを刑罰で脅し、そこからお金を巻き上げている。加えて、公務員は国債、地方債という形で将来世代に負担を強いることができる。

以前の記事で「公務員-合法性=ヤクザ」と書いたが、非合法のヤクザには、将来世代に負担を転嫁するという反道徳的な離れ業はできない。合法的な統治機関に所属する公務員が、議会の議決という合法的手続を経ることで、ヤクザを超えた反道徳性を発揮できるというのは皮肉なもの。

バスティアの言う「合法的略奪」が、合法であるがゆえに、非合法的略奪よりも大規模に広範囲に行われるという、悲しいお話でした。
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なんでデマ流すかなぁ、毎日新聞

2012年10月01日 | 地方議会・地方政治
行橋市:保育園開設へ 希望者増加で14年春に /福岡 毎日新聞 2012年09月02日 地方版
=====【引用ここから】=====
保育園の入園希望者が年々増加していることから、行橋市は同市南大橋に90人規模の新しい保育園の開設を決めた。
【山本紀子】〔京築版〕

=====【引用ここまで】=====


という、毎日新聞記者【山本紀子】がお送りしたデマでした。

なんで「デマ」かって?
予算案が計上された段階では、決定とは言えないから。

首長が予算案を作成し、議会に上程し、委員会で審査し、本会議で可決して、その段階で初めて「決めた」と言えるようになる。それまでは、あくまでも消える可能性のある「案」でしかない。


行橋市:一般会計補正予算案を撤回 保育園新設など再協議 /福岡 毎日新聞 2012年09月11日 地方版
=====【引用ここから】=====
 行橋市の八並康一市長は10日の市議会で、保育園新設と改修の費用約2億5000万円を盛り込んだ一般会計補正予算案を撤回すると述べた。議会に提案後に議案を撤回するのは異例。関係機関との調整が不十分だったうえ、新聞報道の先行に議会から反発が出たため。今後は有識者による第三者機関を設け、既存園の定員見直しから議論をやり直す。新設する場合は運営事業者を公募する方針。

【山本紀子】〔京築版〕

=====【引用ここまで】=====


このような「撤回」はかなりレアケースだが、他にも「予算案の否決」「予算案の修正可決」などがあるのだから、議決前に決定事項として報道したのは記者として未熟だったと言わざるをえない。デマでないとしても、不正確な報道で読者に誤解を与えるものである。
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