若年寄の遺言

リバタリアンとしての主義主張が、税消費者という立場を直撃するブーメランなブログ。面従腹背な日々の書き物置き場。

SEALDSは立憲主義を理解しているか? 安保と就職と辞職勧告のエトセトラ

2015年08月20日 | 地方議会・地方政治
日本テレビの女子アナウンサーの内定取消と三菱樹脂事件/間接適用説と契約自由の原則|なか2656の法務ブログ
=====【引用ここから】=====
そもそも近現代における憲法とは、「国家権力を制限することにより個人の自由を保障しよう」とする考え方、すなわち「立憲主義」にたっています(野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法 Ⅰ(第4版)』4頁)。そのため、憲法は基本的には個人の人権や自由を守るために国家権力を縛るためのものであるから、本採用を拒否された元学生と三菱樹脂という私人間の紛争には直接は適用されないとこの判決は判断をしました(いわゆる直接適用説の否定)。
  ~~~~~(中略)~~~~~
企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて(略)原則として自由にこれを決定することができる」「特定の思想、信条を有する者をそれゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法と」はならないと判示しました。
=====【引用ここまで】=====

立憲主義とは、憲法が
「『個人 対 国家権力』の法規範」
であることを重視し、憲法の存在理由を
「憲法は国家権力を縛るためにある」
と理解する考え方である。
この中で自由権とは、国家権力に対する妨害排除請求権と理解することができる。政府は口出しをするな、介入してくるな、邪魔をするな、ということだ。思想信条の自由は「政府は個人の思想信条に口出しするな」ということになる。

「求職者 対 企業者」すなわち「個人 対 個人」の関係において、憲法の規定を持ち出して
「憲法は思想信条の自由を保障している。特定の思想信条を持つことを理由に、経営者や面接官が採用しないというのは憲法上許されない(だから政府は規制しろor裁判所はその採用拒否を無効にしろ)」
とする主張は、企業者の契約締結の自由に対し国家権力の介入を求めるものであり、立憲主義的でない。

「安保法制は違憲だ。安倍首相は立憲主義を分かっていない」と批判するSEALDSとその賛同者であれば、私人間において憲法の規定が直接適用されるものではなく、特定の思想信条を有していることが就職に影響する可能性を考えておくべきだ。これが現在の判例の立場であり、これが立憲主義なのだから。

ところで、

#SEALDs の皆さんへ①就職できなくて #ふるえる | 小坪しんやのHP~行橋市議会議員

というブログに対し、

脅迫、デモ潰し、屁理屈・・・学生の抗議活動を「就職できなくてふるえる」と揶揄した小坪慎也議員にNoを! · Change.org
=====【引用ここから】=====
1) 就職差別を逆利用し学生の抗議活動を脅迫
小坪氏は、2015年07月26日の「SEALDsの皆さんへ 就職出来なくてふるえる」(※1)と題されたタイトルその他5本のブログ記事(以下、本ブログ等)で特定の学生デモを名指し、就職差別の可能性を示唆してデモに参加しないよう呼びかけています。

=====【引用ここまで】=====

と主張し、辞職勧告の決議を求める請願書を提出するのだそうだ。最高裁の判例を紹介し、これに現在の状況を当てはめて論じることが「脅迫」に当たるというのは、ちょっと理解に苦しむ。
(「就職できなくて #ふるえる」というタイトルが揶揄にあたるのは何となく分かるのだが、では揶揄したことが議員辞職に相当するのかと言われてもピンと来ない。上記小坪氏のブログを読んでの私の印象は、良く言えば「若い学生を心配している」、悪く言えば「いらぬお節介」というところだが、これが「脅迫」・・・?)

就職できなくて SEALDs #ふるえる - 職ヲ探シ之助 / 就活100社落ちの軌跡
=====【引用ここから】=====
個人的には、デモに参加するような学生に広く門戸を開けて待っている会社もあると思います。デモを「好意的」に取り上げているマスコミなどは代表的な例だと感じます。会社としての風土や政治的な考えにも一致しているのだから、活躍できる余地があると思います。逆にデモ参加に対して否定的な対応をとる会社に入っても、その後同僚とうまくやっていけるか不安なところが大きいと思いますし、経営者からの視線も厳しく感じることもあるでしょう。
=====【引用ここまで】=====

このように、デモを企画・実施・参加する側は、就職において不利益となることがあるかもしれない、デモを快く思わない会社もあるかもしれない、と考えた上で、テレビやフェイスブック、ツイッターに顔を晒すべきだったろうと思う。そうでなければ、「デモに参加していることを理由に採用しない会社には入らない」という覚悟と信念を持って動くかのどちらかだ。

そういう点で、SEALDSの学生と比べて、ヘルメットとマスクで顔を覆い、身元を伏せ、卒業後に影響が出ないよう配慮をしていた60年安保の学生の方が、良く言えば一枚上手、悪く言えば姑息な感は否めない。今の学生は昔の学生と比べて頭が悪くなったのか、より純粋な信念に基づいて動いているということなのか。

(ちなみに、私は「純粋である」ということで高評価はいたしません)

保育の質を要望して、公費補助は青天井

2015年08月12日 | 政治
日本保育協会 保育所あれこれ~保育所への入所と費用の流れ~
=====【引用ここから】=====
保育単価のしくみ(全体像の⑤)
■保育時間については上記の「最低基準」で8時間を原則とし、家庭の状況等を考慮して、保育所長が定めるとされています。実際の開設時間は施設によって違いがありますが、近年長くなる傾向にあります。
■特に、時間延長の必要なケースについては、別途保育料負担と公費助成で延長保育を実施している保育所があります。
保育単価表(児童1人月額:平成24年度)
その他地域 乳児149,120円 1,2歳児88,100円 3歳児42,310円 4歳以上児36,210円

=====【引用ここまで】=====

我が国における幼児教育の経済的負担状況について 文部科学省
=====【引用ここから】=====
【参考】私立保育所(0~5歳児)
一人当たり公費負担 54万円
(国費負担 27万円)
一人当たり実質保護者負担36万円(月額3万円)
総額90万円

=====【引用ここまで】=====

第2回守口市子ども・子育て会議
=====【引用ここから】=====
●公立保育所と私立保育所の公費投入額比較表(平成24年度決算ベース)
公立保育所 園児1人当たりの額 1,842,814円
私立保育所 園児1人当たりの額 1,085,813円

=====【引用ここまで】=====

保育園の運営費用負担割合と園児一人にかかる費用と保護者負担額 板橋区
=====【引用ここから】=====
保育園児1人にかかる費用と保護者の平均保育料(月額)(平成25年度決算数値より)
保育園の児童1人あたりにかかる経費は下の表のとおりです。
板橋区では国の定めた保育費用に大幅に上乗せして園児の安全を確保し、よりよい保育を行っているほか、保護者の保育料の負担軽減を図っています。
・園児一人にかかる費用と保護者の負担額 (月額)
園児1人にかかる費用
0歳児 406,134円 1歳児 202,984円 2歳児 181,759円
3歳児 108,011円 4・5歳児 97,985円

=====【引用ここまで】=====

乳幼児の場合、保育園に預けると月額でおよそ15万円~40万円かかる、ということのようだ。乳幼児は手がかかり目を離すと何をするか分からないため、1人の保育士が多数の乳幼児を同時にみることはできない。年齢が下がれば下がるほど園児1人にかかる費用が高いというのは、保育士の人件費とみて間違いないだろう。地域によって差はあるものの、非常に高額な費用がかかった「超高級サービス」となっている。

さてここで。

保育園に乳幼児を預けている親は、これだけ稼いでいるだろうか。

本来なら、月収20万円の親は、月額で園児1人当たり25万円かかる保育園に子供を預けることは不可能である。親が月30万円稼いでいたとしても、保育園に預けたら可処分所得は5万円である。預けたら一家どん底の貧困生活となる。国・県・市の公費補助が入ることで親の見かけの負担が月額数万円となり、これによって保育園に預けることが可能となっている。

1~2年間のスパンでみて、かつ、親による保育と保育士による保育との間に質の差は無いと仮定すると、保育園に乳幼児を預けるのは不経済である。両親のうち、片方が月収15万円、片方が月収20万円の家庭であれば、15万円の方が育児休暇で乳幼児の間は育児に専念するほうが良い。15万円稼ぐために25万円かかる保育園に預けるよりも、親のどちらかが育児に専念する方が良い。

・園児1人あたり月25万円(内、公費負担24万円、保育料1万円)

というケースがあるとして、月15万円稼ぐ片親家庭の親がいるとしたら、この親に20万円の生活保護を出して我が子の保育に専念させた方が公費負担を削減できるし、親の収入も増える。

乳幼児を保育園に預けることの合理性があるとすれば、親が早期に仕事復帰することでキャリアの切れ目がなくなりその後の収入増が見込める場合や、早期に仕事復帰しないと職場に席がなくなってしまう場合などが考えられる。いずれも、1~2年間のスパンではなく長期的に同じ職場で働き続けることを念頭に置いたものだ。乳幼児期の1~2年を保育園に預ける経済的負担を上回るだけの将来的な収入増が見込めないのであれば、乳幼児を保育園に預けることを奨励するのは合理的でない。

公費補助を出して「超高級サービス」である乳幼児の保育を普及させることは、それ以外の人に多大な負担を強いて生活を圧迫することを意味している。公費補助がなければ誰も通えない現行の保育園システムは、持続可能性の乏しい、問題の大きい金食い虫制度である。

残念ながら、現行の保育園システムのコストは高すぎる。高すぎるのだが、公費補助を出している限り高コスト体質は是正はされないだろう。少子化を理由に保育園への公費補助を増やし続けることで、税負担が重くなる。このことで、現在子供のいない人が経済的理由により子供を持つことを断念してしまい、かえって少子化に拍車がかかっている・・・ということはないだろうか。

あちらを立てればこちらが立たず。
行政の「見える手」でこの調整をすることは無理だと思うのだが、いつまで行政信仰は続くんだろうか。

ミーゼス『自由への決断』を読もう! ~ミーゼス読書会in原村~

2015年08月11日 | 政治
2015年8月2日に、「ミーゼス読書会in原村」というイベントに参加してきた。
普段、職場では
「行政の責任で○○を手厚く行うべき!」
「役所が地域振興を主導すべき!」
「役所が助けてあげなきゃ!」
みたいな言説が飛び交っているので、こういう自由主義者、小さな政府論者の集まりに出るとホッとできる。

読書会では、
・公共財の私的生産は可能なのに、日本ではあまりにも少ない。
・起業家が経済のエンジンだ。
・インフレは物価が全体的に上昇することであるが、一律に上昇するわけではない。
・インフレで得をする者、損をする者がいる。
・「銀行による信用創造は当然のこと」という価値観が、経済を不安定にしている。
・インフレが進むと、壁紙を買って貼るよりも紙幣を直接貼った方が安上がりになる。

・・・等々の話題が挙がり、政府介入とインフレがいかに経済に悪影響を与えるかを再確認することができた。

ちなみに、今回の「読書会」の読書対象は、ミーゼスの『自由への決断(自由経済研究所版)』。
以前、当ブログでもチラッと触れたことがあるのだが、あの当時は中古でしか入手できなかった。
『自由への決断』というミーゼスの著作があるそうな 若年寄の遺言

これがなんと現在は、PDF化されて無料で公開されている。
お知らせ・イベント一覧 | CATALLAXY.JP

訳者をはじめ、公開にご尽力くださった皆様に本当に感謝。
この『自由への決断(自由経済研究所版)』は分量も手ごろで読みやすいので、リバタリアンはもちろん、そうでない人にも考えるきっかけとして是非一読してほしい。

『自由への決断』を読んでの感想とかは、後日アップを予定・・・アップできるかな?

遡及適用、できる?できない?していいの?だめなの?

2015年08月11日 | 政治
突然だが、条例改正等を行う前に、改正後の内容で実施してしまっていた場合、遡及適用で対応することは可能であろうか。

改正漏れの遡及適用 自治体法務の備忘録
=====【引用ここから】=====
先行した事実行為について、後日、規則改正を行い、是を遡及適用して先行した事実行為にいわば法律行為としてのお墨付きを与えようとしているわけですが、仮に、これを遡及適用しようとしても、この場合は、その事実関係は既に済んでいるため、遡及適用するにもその余地が残されていないわけです。したがって、遡及適用することは、不可能のことと考えます。
「自治体法務例規担当者のための主要法令トピックス第10版」38ページ」

=====【引用ここまで】=====

遡及適用(上) 自治体法制執務雑感
=====【引用ここから】=====
遡及適用とは、法令が過去の時点までさかのぼり、過去の事象に対して適用されることであるとされている(法制執務研究会『新訂ワークブック法制執務』(P272)参照)。そして、佐藤達夫『法制執務提要(第二次改定新版)』(P347)では、「遡及適用によつて過去の事実関係を法律の認める関係に正当化する場合などもある」とも記載されている。
=====【引用ここまで】=====

遡及適用(下)自治体法制執務雑感
=====【引用ここから】=====
この法律の改正対象である法務省設置法第13条の17は、法務省の組織の定員を定めている規定であり、昭和39年法律第182号は、昭和39年12月21日に公布されている。そうすると、同年4月1日から12月21日までの間は、法務省には法律に規定する定員よりも多い人数の職員がいたのであるが、その事実を追認したということであろう。
=====【引用ここまで】=====

このように、解説本では「不可能」とするものと「正当化する場合などもある」とするものとに真っ二つに分かれている。また、法律では遡及適用により追認した事例もあるようだ。

では、過去に条例制定の誤りや改正漏れがあって、それを誰も気づかないまま放置していて、本来条例制定しておくべき・改正しておくべき内容で実施してしまっていたことを発見した自治体の担当者としては、どうすれば良いのであろうか。

個人的には、遡及して改正すべきと考えている。遡及適用が禁止されている場合(罪刑法定主義を定めた憲法第39条、租税法律主義を定めた憲法第84条)は当然駄目だが、それ以外の場合、明確に禁止を定めた法令や判例は見当たらない(厳密にいうと、憲法第84条も明確に遡及適用は駄目とは書いてない)。遡及適用させる必要性について理論武装さえできれば、改正漏れに係る処分に対して不服申し立て等があっても対応できるだろう。

というか、改正漏れのあった箇所が不服申し立て・訴訟の争点となった場合、遡及適用の規定がなければ自治体が負けるとなるどころか、同様の争いも全て同じ道を辿ることになってしまう。遡及適用の規定がなければ100%負けだが、遡及適用の規定があれば勝つ余地が残されるのだ。

新たに制定した法規範を過去に遡及させて適用することはできないとする「不遡及の原則」については、過去の事実に対し後から法律関係を変更させるものであり、法的安定性を害することから論じられているものである。しかし、遡及規定を設けないことで、その期間中の事柄が全て覆るということになるのであれば、却って法的安定性を脅かすことになる。

遡及適用に関する解説が真っ二つである以上、自治体にとって有利となり得る方を選択した上で、遡及させる必要性を裏付ける資料を用意して条例改正や訴訟に臨むべきだ。

(現職首長が嫌いで、首長名で連続敗訴してやる!というなら話は別だが。)