若年寄の遺言

リバタリアンとしての主義主張が、税消費者という立場を直撃するブーメランなブログ。面従腹背な日々の書き物置き場。

総合計画をやめたと思ったら、次は総合戦略ですか

2016年03月23日 | 政治
受験シーズンがひと息ついたところですが、ここで、国語の問題です。

『 次の文章を読み、以下の問いに答えなさい。

まち・ひと・しごと創生法
=====【引用ここから】=====
この法律は、我が国における急速な少子高齢化の進展に的確に対応し、人口の減少に歯止めをかけるとともに、東京圏への人口の過度の集中を是正し、それぞれの地域で住みよい環境を確保して、将来にわたって活力ある日本社会を維持していくためには、国民一人一人が夢や希望を持ち、潤いのある豊かな生活を安心して営むことができる地域社会の形成、地域社会を担う個性豊かで多様な人材の確保及び地域における魅力ある多様な就業の機会の創出を一体的に推進すること(以下「まち・ひと・しごと創生」という。)が重要となっていることに鑑み、まち・ひと・しごと創生について、基本理念、国等の責務、政府が講ずべきまち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に実施するための計画(以下「まち・ひと・しごと創生総合戦略」という。)の作成等について定めるとともに、まち・ひと・しごと創生本部を設置することにより、まち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に実施することを目的とする。
=====【引用ここまで】=====

問い:「まち・ひと・しごと創生」とは何を指しているか、該当箇所を抜き出しなさい。 』






正解は、

国民一人一人が夢や希望を持ち、潤いのある豊かな生活を安心して営むことができる地域社会の形成、地域社会を担う個性豊かで多様な人材の確保及び地域における魅力ある多様な就業の機会の創出を一体的に推進すること

となる。

この法律ができたのは平成26年11月。総合計画の策定義務を地方自治法から外したのは、平成23年だった。
「総合計画」の策定義務が無くなったと喜んでいたのに、わずか数年で、自治体は似たような「総合戦略」を作らないといけなくなった。

=====【引用ここから】=====
(市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略)
第十条  市町村(特別区を含む。以下この条において同じ。)は、まち・ひと・しごと創生総合戦略(都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略が定められているときは、まち・ひと・しごと創生総合戦略及び都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略)を勘案して、当該市町村の区域の実情に応じたまち・ひと・しごと創生に関する施策についての基本的な計画(次項及び第三項において「市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略」という。)を定めるよう努めなければならない。
2  市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略は、おおむね次に掲げる事項について定めるものとする。
 一  市町村の区域におけるまち・ひと・しごと創生に関する目標
 二  市町村の区域におけるまち・ひと・しごと創生に関し、市町村が講ずべき施策に
  関する基本的方向
 三  前二号に掲げるもののほか、市町村の区域におけるまち・ひと・しごと創生に関し、
  市町村が講ずべき施策を総合的かつ計画的に実施するために必要な事項

=====【引用ここまで】=====

無駄だよなぁ。

政府には、バターの輸入量を適切に調整する能力がない。
政府には、待機児童を解消する能力がない。
政府には、適正な介護サービス量を見極める能力がない。
政府には、こうした個別分野における適正な需給調整をする能力すらない。なのに、

我が国における急速な少子高齢化の進展に的確に対応し、人口の減少に歯止めをかけるとともに、東京圏への人口の過度の集中を是正し、それぞれの地域で住みよい環境を確保して、将来にわたって活力ある日本社会を維持していく

なんて、バラ色の社会を政府が実現できるわけがない。個別分野の需給調整の失敗は、政府が介入したことによって生じた政府の失敗なのだ。政府が社会全体に介入すれば、様々な分野で過不足が生じ、ヒト・モノ・カネの無駄遣いによって多くの人が貧しくなる。政府が介入しないことによってのみ、そこそこ持続可能な社会がそれなりに出来上がる。

政府が持っている手段は、

・税金を取る
・規制をかける
・補助金を出す

位しかない。これらはいずれも、ターゲットになった分野を腐らせるのに有効な手段ではあるが、

国民一人一人が夢や希望を持ち、潤いのある豊かな生活を安心して営むことができる地域社会の形成
地域社会を担う個性豊かで多様な人材の確保
地域における魅力ある多様な就業の機会の創出

を達成するための手段とはなり得ない。

今まで、社会保障、観光、地域振興、教育、雇用の分野で政府や自治体はいろいろやってきた。さまざまな予算を付けてきた。にも関わらず、少子高齢化や地方消滅への流れを変えることはできなかった。なぜ今までが駄目だったのかの反省がないままに、看板だけを付け替えても同じ失敗を繰り返すだけだ。

おそらく、全国各地で作られている総合戦略は、

・今までやっていた事業
・ちょうど首長がやろうとしてた事業

を再構成し、国の基本目標に関連付けしただけのものだろう。総合戦略の中で関連付けされていれば、その事業については国から交付金が貰えるという、旧態依然とした手法である。

旧・総合計画にしろ、今度の総合戦略にしろ、どちらも政府が自治体へ交付金を出し、コンサルを喜ばせるくらいしか使い道がない。非効率を助長するだけのこと。
政府が何もしないことが唯一の総合計画であり、最高の総合戦略だという事に、政府や自治体が気づく日は来るのだろうか。

続・続・反「スーパー公務員」論 ~ 叩いても湧いてくる公務員幻想 ~

2016年03月15日 | 政治
大学生の就職したい仕事は「地方公務員」という絶望 POL Bookshelf:PRESIDENT Online - プレジデント
=====【引用ここから】=====
「働かない公務員」は本当か?
大学1、2年生に聞いた「就職したいと思う企業・業種ランキング」アンケート調査で、地方公務員が堂々の1位に輝いていた(マイナビニュース、2015年9月29日)。また、会社員が「転職してみたいと思う公務員TOP10」でも、地方公務員が他を大きく引き離し1位(R25、2016年2月19日)と、地方公務員人気は極めて高い。
「安定している」「転勤がない」「ラクそうだから」……。大学生や若いサラリーマンたちからすれば、そう見える部分もあるだろう。

=====【引用ここまで】=====

安定している
 ⇒ そのとおり。刑法や地方公務員法に抵触するようなことをしない限り、免職や減給になることはほとんどない。

転勤がない
 ⇒ これは、地方公務員の中でも差がある。県庁職員であれば、県内各地の出先機関への異動で転勤になるし、政令市の職員であれば、本庁から区役所への異動で転勤が発生する。しかし、この程度である。まれに人事交流で市役所職員が県へ出向になったり、国家公務員の若手キャリアが市役所の課長になったりすることもあるが、基本的には県・市の範囲内に限られていて、民間のような「4月からシンガポールへ転勤」といったものはない。

ラクそうだから
 ⇒ これは、1つの役所の中でもむらがある。忙しい部署では連日深夜0時を越えることもあるが、そうでない部署ではほぼ毎日定時で帰宅できる。(ちなみに、同じ地方公務員でも消防や警察は別ものと考えた方がいい。)

このように一概に言えない部分もあるのだが、総合的に見たとき、民間と比べて地方公務員(県や市町村の事務)は「安定していて、転勤がない(あっても小規模)で、ラクそう」というのは間違いない。

=====【引用ここから】=====
佐賀県庁職員である筆者は、「現場主義」を掲げ、寝る間も惜しんで救急医療改革を手掛けてきた人だ。その筆者が序章で、冒頭で記した「就職したい企業・業種ランキング」第1位になったことに危機感を感じているという。なぜか。
<安定志向のイメージが独り歩きして、競争しなくてもいい、成果に追われずクビにならない職業として公務員人気が高まっているとしたら、それは本末転倒だろうし、厳しい言い方をすればそんな職業は近い将来、社会から必要とされなくなってしまうだろう>
確かに、その通り。勘違いしている人がたくさんいて、そういう輩に限って、公務員試験に受かってしまい、住民にとっては迷惑千万な怠慢職員となっている。そんななか、筆者は「公のための挑戦」をする仕事だと言い切る。

=====【引用ここまで】=====

そんな職業は近い将来、社会から必要とされなくなってしまうだろう
それで良いのだ。税金を収奪して別の所で山分けする、こんな職業は早く社会から必要とされなくなった方が良いのだ。住民にとって迷惑千万なのは、地方公務員の存在そのものであって、個々の地方公務員が怠慢かどうかではない。むしろ、「公のための挑戦」と称して新たな税金投入先を創造してしまう、やる気のある公務員の方が危険だ。

例えば、今話題の保育行政を挙げると、行政が待機児童の解消に向けてすべきことは何もない。待機児童が生じているのは、行政が税金を原資に認可保育所に補助金を出すことによって保護者が支払う保育料を低下させ、需要を増加させる一方、認可保育所の保育料が安いために認可外の保育所が増えないという、需給のアンバランスにある。

この税金と補助金の枠組みの中で、やる気のある地方公務員が予算を確保し、市立の保育所を作ったとしよう。新たな土地を買収し、国の定める基準を全て満たした立派な園舎を建て、新規に保育士を募集して雇用する。待機児童は解消できるかもしれないが、5年後は逆に少子化の進展によって保育所が過剰になるかもしれない。建物の維持管理費と公務員保育士の人件費が、将来にわたって重い住民負担となる。

国策としての認可保育所制度をやめることで、「見かけは割安、実際は割高」な保育園は消えていき、民間による多種多様な保育サービスが提供されるようになり、需給のアンバランスは解消される。この過程の中で、地方公務員にできることは何もない。ただただ、国会に対して「認可保育所制度を廃止してくれますように」と祈るのみだ。

これは、地方公務員が関わる多くの分野で同じことが言える。法律・税金・規制・補助金の枠組みに沿って地方公務員が頑張ることで、その弊害は拡大する。地方公務員がすべきことは、法律の枠組みが無くなることを祈るとともに、法律上しなければならないこと以外の地方の独自領域を増やさず、削ることだ。

=====【引用ここから】=====
公務員の世界では、“希少種”といっていい存在なのかもしれない。だからこそ、自ら「はみだし公務員」と名乗っているのである。しかし、多くの公務員に希望の光を見せるとともに、この書は民間で働くサラリーマンの人たちにとってもうなづきや気づきを与えてくれるだろう。
失敗から学び、目的へのベクトルを繋いでいく。それは公務員でも民間企業でも同じことだからだ。チャレンジなくして、仕事の達成感、面白みは味わえない。仕事とは、そういうものだからだ。
つまりこの本は、いま多くの人たちが「守りの仕事」で自分の仕事の可能性を狭めているなかで、本当に楽しい仕事を自ら創造するためには何が必要なのか、いわば“ポジティブ・シンキングの指南書”だと言えるだろう。

=====【引用ここまで】=====

引用元のようなやる気のある「はみだし公務員」は、実のところ公務員の世界では希少種ではない。過去、成功した公務員は何度かメディアで取り上げられてきた。

反「スーパー公務員」論 - 若年寄の遺言
続・反「スーパー公務員」論 ~ 役に立ちたいなら起業せよ ~ - 若年寄の遺言

これらの他、やる気を出して新規事業を立ち上げ、不要な歳出を増やし、何の処分も受けていないという公務員であれば、どの自治体にもいる。
公務員に希望の光を見せてはいけない。自分の属する組織が無駄の塊であると認識し、これを削っていくというネガティブ・シンキングを続けていかないといけない。

そんな私こそが、本当の意味で、公務員の世界の希少種だ。