昨年から何となく高齢家族に牽引されて『瞳』と『だんだん』を飛び飛びながら最終話まで追尾、いま『つばさ』を観ているわけですが、『つばさ』だからというわけじゃないけれど、なぜNHKには“昼帯ドラマ”という枠がないのかなと残念に思うことがあります。
先日から何度か言及している『ザ・テレビ欄 1975‐1990』(テレビ欄研究会/編・著)で見ると、70・80年代を通じて“銀河テレビ小説”という20分の月~金帯枠が21:40~もしくは22:00~にあり、これを翌日(金曜放送分は翌週月曜)の午後、13:05~に再放送していて、ちょうどTBS系とフジテレビ系の昼帯の裏にあたっていますが、本来夜に視聴してもらうために製作したものを昼に再放送するのと、最初から“昼専用”に作ったものとではずいぶん味わいも違ったはず。
しかも再放送するに事欠いて時間帯もわざわざ他2局のドラマ枠と正面衝突する13:00台にせんでも、せめて14:00台にでもと思うのですが、民放の昼用ドラマとは絶対に客層がかぶらないという磐石の自信がNHKにはあったということなのか、そもそもNHKには視聴率≒広告料収入という思考がありませんから、そのへんの事情はわかりません。
とりあえず月河がTV視聴可能な環境と年代になった昭和40年代以降、どうもNHKが“平日昼帯向けのドラマソフト”に参入した痕跡が見つからないのです。
昨年の『瞳』より前の朝ドラ作品については、月河は視聴経験がほとんどないので何とも言えないのですが、いま『つばさ』で展開されている世界、朝よりもむしろ昼向きじゃないかなと思うことがあります。
たとえば、小学校の社会科教室にあるような川越の町をかたどったパノラマで“夜”や“気象”の表現をしたり、つばさ(多部未華子さん)が思い悩んだり迷ったりするとラジオの男(イッセー尾形さん)が現われて、つばさの内なる自問自答を対話形式にしてくれたり、ときどきつばさのいない場面でも現われて状況を総括したり…といった童話的な話法は、廃止されたTBS系の“愛の劇場”や“ドラマ30”の大家族もの、にぎやか職場・家業ものなどのファンだった人たちなら、いま朝観て「こんなドタバタ、はちゃめちゃ、NHK朝にあり得ないよ」と鼻白んでいる“従来型”朝ドラファンよりは好意的に受け入れてくれるような気がします。
…とは言え、当日12:45~には再放送があるわけだから実質昼帯ドラマと同じと言えば言えるし、BS なら夜19:30~にも再放送、朝7:45~には先行放送もある。もちろん土曜9:30~には1週6話分のおさらいもある。
しかもいまは録画機器が普及していて、朝枠用のドラマだから“朝の客”、昼枠用のそれだから“昼の客”“しか”視聴しない、客に取れないというわけではまったくなくなっている。現に月河も、フジ系の昼帯ドラマを実質“深夜帯ドラマ”にしてもっぱら再生視聴している現状。
“この枠なら高視聴率枠だから製作予算がでかく、ギャラの高い人気大物俳優起用やロケセットともに豪華ハイテク撮影が可能”という以外には、もう時間帯のくくりの意味はほとんど無いのかもしれません。
…でも、なんとなく惜しいと思うのです。NHKでありながら『つばさ』を企画し製作したスタッフのセンスに“昼帯”というステージを与えたら、もっとユニークで活気ある、新鮮なものが作れるのではないかなと。『つばさ』の“(NHK朝ドラとしての)あり得なさ”をネガティヴ一方にとらえる意見を読み聞くたびに、心の中でもったいないお化けが出ます。こんなにおもしろいのに、朝なばっかりに好感持たない向きが多いとしたら、本当にもったいないよ。
…但し、昼にやるなら『つばさ』とか『瞳』『こころ』『さくら』式に、ヒロイン役名にシンボリックな意味を持たせて、それをタイトルにして事足れりみたいな、いかにも大学出のPがひねり出しました的な発想じゃ、客はついて来ないでしょうね。もっとベタにしないと。『こちらラジぽて808(ハチマルパー)』とか。『甘玉さいたま恋の味』とか(…激没)。