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馬橋三ヶ月城考察

2023-01-03 | 名所
通説では、馬橋城(小金城)は三中のところか

三ヶ月の三日月神社の北側の台地と言われる

三中の南竜房の地名の周りには城之腰や城之越という地名が残る

しかし三ヶ月の方には城らしき地名は作台や上ノ台といった感じ







唯一の手がかりは三日月神社にある石碑の文献

【1198年に千葉頼胤が三ヶ月台にお城を築かれた鬼門にこの神社を祭ったとされる】

千葉氏といったら妙見神社なんだけど、神紋も違う




今は高台に鎮座する感じだが昔は神社の高さの台地だったとのこと

昭和の区画整理で台地は削られ新しい道ができる

この状態で昔を想像するのは難しい




北向いのマンションの方が島谷台といい

お城の推定場所となっている

鬼門といったら北東が一般的なのだが??






純粋に神社の南西の位置は線路の方になってしまう

JRの地下通路のあたりより南

西の平地に館を構えるものか?

三ケ月台は高台のことだけど

三ヶ月は今の西馬橋1丁目までの範囲なので間違いないけど

腑に落ちない





白くなっているのが整地された場所

6号線に向け上り坂に



昔の名残を見つけるのは難しい

神社の位置は変わっていないはずだけど情報が乏しい

スーパーマーケットの辺りが作台で三ヶ月台の小字名が残る場所

遺跡が出ていないのが怪しく思う






ところ変わって『蘇羽鷹神社』

この神社の名も特殊で側高神社と同じとされ

香取神宮第一の摂社といい歴史はかなり古い系

蘇羽鷹神社は『光明寺』の別当寺ともいわれ萬満寺系ではない


ここに千葉頼胤の居館が二ツ木台にあったと記される

蘇羽鷹神社は萬満寺の鬼門に位置する

おそらくだけど三ケ月台と二ツ木台は同じ高台エリアを指すのだと思う

今も三ヶ月と二ツ木の境界線はややこしい

(余談だかフタツギとミツキがややこしくてミコゼに訛ったのかも)






そして萬満寺

【1256年に小金城主の千葉頼胤が大日寺を建てたのが始まりとされる】

1198年と1256年とでは58年の差がある

三日月神社の方が古い

すると蘇羽鷹神社はその後か同じくらいに建てたこととなる


この千葉頼胤は、鎌倉時代中期の武将。鎌倉幕府御家人。千葉氏の第8代当主。とあり

1239年~1275年まで生存(三日月神社と年代が合わない)

鎌倉中期は執権北条の時代

1274年と1281年に元寇があり九州に遠征

佐賀県の小城市に三日月町の地名があり肥前千葉城も今に残る

その本城の北に妙見社(遺跡)があるので間違いない


熊本にも千葉城があり千葉氏の勢力は広がったが

身内同士の内紛があり千葉氏は滅んでいったらしい

代わって原氏、高城氏が住み着く





松戸の小金城(大谷口城)といったら高城氏が有名で千葉氏の一族ともされる

戦国時代に佐賀の千葉城の出身で松戸の栗ヶ沢に移転してくる

その頃には馬橋城はなくなっている

松戸市周辺は戦国時代のこの大谷口城の出城が多く残る


天守閣のあるお城は信長の時代からとされる

それまでの城というのは館とか砦のようなもの

鎌倉初期はお寺のような造りが主流


鎌倉城があったのかというと無くて

鎌倉の街が山に囲まれていて町自体がお城のような役割

京都の町も山に囲まれているので中国のような城壁はないのが日本流

山城スタイルは戦国時代から主流になる


三中の所も山とは言わないが高台に囲まれ前に川がある地形

プラタモリで見た足利本家の地形と似ている

鎌倉よりも鎌倉時代のものが残っているのが足利というけど

松戸には平安・鎌倉時代の情報が乏しく

博物館は室町時代から登場する

縄文・古墳時代の情報は多いが奈良時代からは空白に近い





三ヶ月は地元では『城山(ジョウヤマ)』と言い伝えられる高台

高台に人が住み着くには『水』が必要

王子神社に『当時は水の乏しい砂丘で諏訪神社を誘致した』と記されている

島谷とか入谷津などの地名があると当時は入江みたいな地形だったのかも

川の近くに館をかまえたとなると水運の利権をおさえていたのかもしれない

となると、鬼門に三日月神社という信憑性が怪しい

大日寺(太陽)、三日月神社(月)、蘇羽鷹神社が星ならば

神紋の三光紋(月星)となるのだが

妙見神社は中根にあり直線で並んでしまう・・・

実は北斗七星の配置が鬼門除けとするのかも?


南から

明治神社・妙見神社・萬満寺・三日月神社・蘇羽鷹神社・光明寺・福昌寺

明治神社は昔は妙見社で福昌寺は広徳寺の末寺

赤城神社が幸谷城の説もあり福昌寺系なら配置的なら赤城神社

三中からは西に結界を張ったように見える


調査はづづく




















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