60年代末から70年代初期よく聴いてきたハードやプログレ系バンドらの出す新譜にそれほど新鮮味を感じなくなった70年代の中頃、フュージョン・サウンドに飛びついた。
そのはじめの一歩が、私の拙い記憶では、多分私の兄貴が友人から借りてきたレコードからカセットにダビングしてよく聴いていたコレ!
1976年に発売されたジョージ・ベンソンのポップなアルバム、Breezin'。
(グラミー獲得、売り上げは3xプラチナでベンソンの最も売れたアルバム。RIAAマークのついた再発盤)
このアルバムはそれまでジャズなどを全く聴かず、またジョージ・ベンソンって誰?てな認識を持っていた私に喝を入れた。
それまでのロック・ギタリストの早弾きとは全く異なるスムーズなギター演奏に感動!
学生だった当時、期末テストに備えて一夜漬けの勉強を終えた際、まだ車も人通りの少ない早朝、よく実家の自動車を借りてベンソンの曲を聴きながら近所を一廻り。
早朝の肌寒さと軽快なギター・サウンドに爽快さを感じた。
そして思い出すのが当時の試験勉強のスタイル。
出席を取らない授業は、結構スキップしていた記憶が…. そこで一般的なテスト対策は大学通りの文房具屋で売っていた講義ノートにお世話になった。
誰が制作したのかは定かではないが実際の授業の内容が事細かに記載してあって、それを参考に担当教授が著作しバカ高い値段で買わされたハード・カバーの教科書を初めて読んで行く作業が一夜漬けの定番だった。
こんなことで単位が取れて卒業出来るのかと言えば、何事もなくトコロテンが押し出されるが如くいとも簡単に卒業。
ただ、1年生と2年生の英語の授業全て“優”だったこの私が社会人になってから自腹で英会話学校に通うことに…
まあ当時の一般教養の英語の授業って非常勤講師が選定した英語小説をクラスの面々が順番に訳していく事なかれ的な内容だったし、訳本も大きな書店に行けば入手出来たので、ハッキリ言って“優”の評価をいただいてもなんの自慢にもならなかった。
卒業時はちょうどオイル・ショックの年で各企業は軒並み採用人員をカットした厳しい時であったが、そんな私でも何とかどさくさに紛れて社保完備の会社に就職できた古き良き時代だった。
それと比べると今の大学生、特に4年生はコロナのために厳しい来年度の就職戦線が控えていて、さらに大学のキャンパスの再開もいつになるやら。
メンタル的にかなりキツイのではないかと…
せめて心にBreezin'。
早く日本全土がコロナ禍の現状から解放されることを心から祈るのみです。
(1977年再発米盤、ジャズ系としては稀に見る大ヒット。)