大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

パペッティア・009『みなみ大尉の家』

2023-04-13 15:32:48 | トモコパラドクス

ペッティア    

009『みなみ大尉の家』夏子 

 

 

 みなみ大尉の家はカルデラの北側にある。

 

 カルデラっていうのは、ファーストアクトでヨミのミサイルが命中して出来た巨大クレーター。

 ミサイルの弾頭には広島型原爆の何十倍とかいうアクイが籠められている。

 アクイというのは悪意からきてるんだけど、現時点では解析不能なヨミのエネルギーのことで、日本の学者が「悪意としか言いようがない」と評したことでアクイという表現が定着したんだって。

 破壊力はすごいんだけど、核兵器のように放射能とかは無いから、気持ちさえ折れなければ回復はできる。

 同じところに墜ちる可能性は低いだろうということで、その巨大クレーター中を特務のベースが作られた。

 クレーターの縁には高さ100メートルのカルデラの壁が出来た。真上から落ちてくるミサイルや航空攻撃には意味のない壁なんだけど、カルデラの外からの爆風や衝撃を防ぐには有効。それに警備やベースの秘匿性を確保するのにも好都合なので、ここに日本最大の対ヨミ戦のベースが作られた。

 一般人の居住は許されてないけど、直径3キロのカルデラはベースの施設を作っても地面としては余りまくり。

 そこで、幹部や軍属は家を建てて住むことを許可されている。

 人気は日当たりの順、北⇒西⇒東⇒南 という感じ。

 

 みなみ大尉の家は、通称北区のさらに北。カルデラの壁がすぐ後ろに迫っている棚のようなところに建っている。

 

「ここよ」

「え?」

 みなみ大尉の示したのは、どこかデジャヴな平屋建てで、表札が『磯野・フグ田』になっている。

「あ、また剝がれてる」

 門柱の下にハガキ大の段ボールが落ちていて、その裏に『高山』とマジックで書かれている。

「この家って……ひょっとして『サザエさん』の家?」

「あはは、設計とかめんどくさくってさ、サンプルのデータそのまま打ち込んじゃった。のび太君の家でもよかったんだけど、どうせなら平屋の方がいいかなって(^_^;)」

 ああ……3Dプリンターで作ったんだ。

「でも、表札くらい」

「うん、あとで好きに貼ったらいいからね」

 いや、そういう問題じゃ……

「あ、それから!」

「あ、何ですか?」

「基地に居る時は仕方ないけど、家に帰って『みなみ大尉』は禁止だぞ」

「え、あ、言ってないと思いますけど(^o^;)」

「顔に書いてある、みなみ大尉って言ってる顔だぞ」

「アハハ、気を付けます」

「うん、素直でよろしい」

 

 そして、家に入ってビックリした……。

 

 サザエさん仕様だから、普通の言い方をすると4LDKで、二人で暮らすには十分な広さと間数。

 それが、いったい何人で暮らしてるんだ!?

 というぐらいに散らかっている!

「どの部屋にもお布団があるんですけど? っていうか、五六人が住んでますよね、この家?」

「あ、いや……」

「ワ、めちゃくちゃ洗い物溜まって、ハエとか飛んでるし!」

「まかせといて!」

 プシュー! プシュプシュー! プシュー!

 ガスコンロの横の殺虫剤を掴んだかと思うと、的確にハエの鼻先10センチで噴霧、瞬くうちに8匹のハエを撃ち落とした。

「さっすがー! と言ってあげたいとこですけど、なんでキッチンでハエが湧いてるんですか!?」

「ああ、ついめんどくさくて……」

「それに、ガスコンロの横に殺虫スプレーって危なくないですか!?」

「いざとなったら、火炎放射器になるし」

「他の人は、なにも言わないんですか(-_-;)?」

「え、あ、だって、一人住まいだし」

「そんなわけないでしょ。シンクや食卓に食器いっぱいだし、どの部屋もお布団敷きっぱなしだし、少なくとも四人は住んでますよ」

「あ……いや、それはだね。わたしは特務でも重要な任務に就いてるから、いつ命を狙われるか分からないから。ね、日によって寝る部屋を変えてるんだよ。アーハッハッハ、優秀な特務隊員は辛いねえ」

「一人で、これだけ散らかしてるんですか!?」

「ウ……いや、だからあ」

「ま、まさか、これ片づけさせるために、わたしをここに住まわせるんですか!?」

「いやいや、ここ一週間帰れてなかったから忘れてた(^_^;)、っていうか、ま、とりあえずナッツが住む部屋だけでも片づけよう! どの部屋にする?」

「……うう」

 十秒悩んで、子ども部屋にした。

 理由は簡単、四畳半でいちばん狭くて片づける面積が小さい。

 それから、トイレとお風呂の掃除と、そこへ行く廊下というか動線を確保。

 台所は、シンクに溜まった食器だけ洗う(ハエが湧くから)。

 わたしもみなみさんも、それ以上の気力が無くって、カルデラの外の中華屋さんで夕食。

「ごめんね、ナッツ。今夜も泊りなの。家もあんなだし、徳川曹長に頼んで家事ロボット貸してもらうわ。ほんとは左官以上でないと貸してもらえないんだけどね、まあ、いちおう大尉だしぃ、前借的に頼んでみる」

「そんな融通きくんですか?」

「大丈夫よ! 司令のお嬢さん預かってるんだしぃ(^▽^)/」

「わたしをダシにしないでください」

「まあ、ドンと任せておきなさい!」

 ドン!

 胸を叩くと、とても充実した音がした。

 どっちかっていうと小柄なみなみさんだけど、けっこう質量はありそう。

「あ、見かけよりも重そうとか思ったでしょ!」

「あ、いえ、違います( >△<)」

 雑なようで、微妙に勘は鋭い。

 

 カルデラに戻ったところでみなみさんは基地に戻って、わたしは、ザっとお風呂に入って一部屋だけ片づけた四畳半で寝た。

 えと……明日はどうしたらいいんだろう?

 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 舵  晋三       夏子の兄
  • 舵  研一       特務旅団司令  夏子と晋三の父
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち
  • 高安みなみ       特務旅団大尉
  • 徳川曹長        主計科の下士官

 

 

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パペッティア・008『久々の親父』

2023-03-13 15:59:08 | トモコパラドクス

ペッティア    

008『久々の親父』晋三 

 

 

『そのまま前に進みなさい』

 

 親父の声が言うので、夏子は予防注射の順番が迫ってきたようにオズオズと前に出る。

 すると、前のモニターに親父の上半身が現れた。背景はビデチャをやる時のようにボカシが入っていてよく分からない。

「この部屋に居るんじゃないの?」

『居るとも言えるし居ないとも言える』

「えと……なぞなぞ?」

『いや、そこが一番よく聞こえる。三つのメインスピーカーから等距離なんだ』

「あ、ああ、そういう意味……ここがベストね」

 5センチほど微調整、ちょうど、目の前に親父が立って喋っているような感じになる。

『ハハ、夏子は賢い。わたしが言ったポイントでは近すぎるか』

「ハハ、頭の中で声がする感じだから。で、リアルお父さんはどこにいるの?」

『ちょっと訳があって、今は、この画面を通してしか話ができない』

「そうなんだ……」

『すまんな、時間が許せば3Dホログラムに出来たんだが、そういう時間も惜しくてな……と言って、少しは説明しなければ納得もいかんか』

「うん」

『第二アクト(ヨミの第二次攻撃)で負傷してリアルボディーは使い物にならなくなってな。今は、脳みその中身だけをベースのマザーコンピューターの中に収めてある。まあ、マザーコンピューターとはリアルタイムで交流できるから、作戦指揮や研究には便利なんだがな。しかし、これでは物理的な移動ができんし、部下たちに戸惑いもある。近々物理的なアバターが出来て、そこに移し替える予定だから、しばらくの間辛抱してくれ』

「うん、そういうことなら、分かったよ」

『すまん、で、夏子を呼び出した用件なんだが……部下たちが休暇の時間を使って、やっと夏子の居場所を突き止めてくれてな。いろいろ手続きも済ませてくれて、やっとのことで、引き取ることができたという次第なんだ。長い間、本当に済まなかった』

 画面の中の親父が頭を下げる、下げた瞬間微かに照明が落ちて、下げたって感じがする。この姿での指揮も長いだけあって工夫はされている感じだ。

『ここに居れば、衣食住に困ることも無い。学校も直ぐに手配する。いっしょに住んでいるという実感は希薄だろうが、ベースに居てくれれば、わたしも安心だ』

「う、うん。あたしも、そのつもりで出てきたから」

『ベースは軍人か軍属でなければ居住できないから、一応少尉の階級を与えてある』

「あ、うん。徳川さんて曹長さんに聞いた」

『階級を与えたからには、少しは仕事もしてもらわなきゃならない。いいか?』

「うん、ずっと働いてきたから、その方が嬉しい。あ、あんまり頭使う仕事はできないけど」

『なにか希望はあるか?』

「あ、新聞配達やっててから、なにか、それ的なデリバリーの仕事がいい。体動かしてるの好きだし(^▽^)」

『………………』

「お父さん?」

『すまん、そういう前向きな明るさは、お母さんソックリで、ちょっと感動した』

「アハハ……ちょっと嬉しいかも」

『お前の世話は、高山大尉が中心に見てくれる。ただ、あれも忙しい奴だから、普段の事は徳川曹長に聞くといい。主計科だから仕事も早い』

―― 司令、北部管区から警備計画調整の要請が入っています ――

『分かった、一分だけ待ってくれ』

―― 了解しました、一分待機指示します ――

「忙しいんだ、お父さん」

『なにか思いつくことがあったら言ってくれ、できることは善処する』

「えと、小さくていいんだけど、お仏壇あるかなあ」

『あ、お母さんと晋三だな……』

「うん、剥き出しの過去帳だけっていうのはね(^_^;)」

『分かった、一両日中には手配しよう。じゃあ、すまんが、今日のところはこれで。元気な顔を見られて嬉しかった』

「うん、あたしも……」

 もう一言言おうとしたら、CICのあれこれに数値や画像が現れ、外していた人たちも戻ってきた。

 

 そっと一礼してCICを出ると、みなみ大尉が立っていて、こっちこっちと手招きしている。

 

「すみません、待ってくれていたんですね」

「ドンマイドンマイ、それよりも、いいニュースだぞ(^▽^)」

「え、なんですか?」

「ナッツの住処は、わたしの隣に決定したぞぉ~」

「え、そうなんですか!?」

「うんうん。女子に二言は無いぞよ~♪」

「よかったぁ♪」

 

 しかし、その時のあたしは、よく分かってはいなかった(-_-;)。

 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 舵  晋三       夏子の兄
  • 舵  研一       特務旅団司令  夏子と晋三の父
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち
  • 高安みなみ       特務旅団大尉
  • 徳川曹長        主計科の下士官

 

 

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パペッティア・007『初めてのベース』

2023-02-22 10:17:59 | トモコパラドクス

ペッティア    

007『初めてのベース』晋三 

 

 

 陸軍特務旅団のベースは首都の南にある。

 

 ベースは二十年前のヨミのファーストアクトで出来た巨大なクレーターの中に潜むように存在している。

 クレーターの直径は差し渡し三キロほどもあり、所狭しと対空兵器が並んでいる。

 中央にはベースのコアに通じる入り口があり、入り口はカメラの絞りのような構造になっていて、出入りするものの大きさに合わせて変化する。

 直径二十メートルほどに開かれた入り口を、夏子たちを乗せたオスプレイが巣に着地する猛禽類のように下りていく。

 バラバラバラバラバラバラバラバラ!

 絞りの上十メートルぐらいに差しかかると、とたんに爆音が大きくなる。元祖のオスプレイよりもプロペラの効率がいいんだろう、巻き起こした風圧は、あまり横には逃げず真下に圧を掛けている。絞りの周囲の排気ダクトからはオスプレイの爆風がいなされて直上に噴き上がっている。演出というわけじゃないんだろうけど、勇壮な雰囲気がいい。

 発着デッキまでは少しある。

 空港の手荷物検査を縦にしたみたいなところを通過して緑に光る。隔壁通過を知らせるシグナルだろう、それが三つ光って発着デッキ。

 ガクン ガチャン

 着地すると同時にギアがロックされ、前方にキャリーされる。キャリーされる間にプロペラは急速に回転速度を落とし、ハンガーが口を開けるころには風車ぐらいに落ち着いて停止。

 ブーーーー

 油圧シリンダーが唸ってハッチが開く。ベテランの添乗員みたいに開き切っていないハッチを飛び出るみなみ大尉。

 デッキボスの端末にチェックを入れ、ボスがOKサイン、それを受けてみなみ大尉がノルマンディー上陸の隊長が部下をせかすように腕を回して夏子を呼ぶ。

 スターウォーズの基地のように思えてキョロキョロする夏子。

「ウッヒョオオオオオ……」

 遠慮なく感嘆の声をあげる。ちょっと恥ずかしい。

 こういう、遠慮のない反射が良くも悪くも夏子の個性だ。どっちかっていうと、生前の俺は、妹のそういうところが苦手だったが、いまの俺には好ましく思える。過去帳を住み家として二年目、少しはホトケさんらしくなってきたか。

「さ、ここからはリフトよ。三回乗り換えるから、迷子にならないでね」

 みなみ大尉はテーマパークのベテランスタッフのようにまりあをエスコートしていく。

 

「大尉、またお腹が空いたんですか?」

 

 二つ目のリフトに向かう途中、カーネルサンダースの孫みたいな曹長に声をかけられた。

「え、CICに行くとこだけど?」

「そっちは士官食堂ですよ。CICはリフトを下りて三番通路を右です」

「わ、分かってるわよ」

 見かけの割には抜けているところがあるようだ。

「こちらは主計科の徳川曹長、ベース内での日常生活は彼が面倒見てくれるわ。こちら舵司令の娘さん、いろいろ面倒見てもらうことになるから、まず徳川君のところに連れて来たんじゃない(^_^;)」

 強引な強がりに、夏子も徳川曹長も吹き出しかける。

「えと、舵夏子です。お世話になります」

「こちらこそよろしく。司令からも話があるだろうけど、ここでは君は少尉待遇だ。一応士官だからベース内の大概のところには行けるよ。当面必要なものは後で届ける。ベースの詳しいことは、その時にレクチャーさせてもらうよ、みなみ大尉に任せたら日が暮れそうだ」

「ちょっとねえ!」

「はい、回れ右して二つ目を左、二番のリフトに乗って……自分が案内しましょうか?」

「大丈夫、ここへは君に会わせに来たんだからね!」

「それは恐縮です……じゃ、幸運を祈ります」

 夏子は徳川さんに付いて来てほしかったが、目を三角にしたみなみ大尉には言えなかった。

 曹長の案内が良かったのか、それからは迷うことなくCICに着いた。

 

「司令、夏子さんを連れてまいりました」

 

 レーダーやインターフェースを見ていた四人が振り返った。夏子の姿を確認すると三人は任務があるのかでCIC内のパネルやモニターをいくつか確認したあとCICを出て行き、残った老士官も夏子とみなみ大尉に笑顔を残して出ていってしまった。任務じゃなくて人払いかよ。

 で、驚いた。

 え?

 CICは俺たちだけになってしまった。

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
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パペッティア・006『ドーン!!』

2023-02-12 09:27:30 | トモコパラドクス

ペッティア    

006『ドーン!!』晋三 

 

 

 みなみ大尉は車を路肩に停めると、まりあを引きずるようにして路地に跳び込んだ。

「どこへ行くんですか!?」

「シェルター! 万全じゃないけど地上にいるよりはまし!」

 ズウィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

 ビルの谷底から見える四角い空を巨大な何かがよぎった。

「みなみさん、あれは!?」

「ヨミよ」

「あれが……」

「さ、急ぐわよ!」

 俺もぶったまげた。二十年前に東京とその周辺を壊滅させたヨミのことは知識としては知っていたが現物を見るのは初めてだ。


 瞬間見えたそれは、巨大なクジラを連想させて圧倒的ではあったけど、かっこいいと感動してしまった。
 流行りのレトロ表現でいうところの仮想現実に慣れた俺たちは、瞬間圧倒されても、ゲームの中でラスボスに出会ったぐらいにしか感じない。


 しかし、路地を出て二つの角を曲がって目に飛び込んできた光景は、凶暴なリアルだった。

「う、なんてこと……」

 それまで敏捷に夏子をリードしてきたみなみ大尉は立ちつくしてしまった。

 夏子は大尉に手を繋がれたまま青ざめてしまい、俺は胸ポケットの中で妹の止まらない震えを感じていた。

 仮想現実は視覚的にはリアルと区別がつかないが、そのリアルは視覚とグローブを通した触覚だけだ。目の前のリアルには全身で感じる熱と臭いがある。

 そこは、大地に骨格があったとしたら大きく陥没骨折をしたような感じだ。

「シェルターが壊滅している……」


 陥没骨折の亀裂からはホコリとも煙ともつかないものが噴きあがり、それは見る見るうちに炎に取って代わられた。
 それが数百メートル離れた交差点には圧を持った熱と臭いとして届いてくる。

「ウッ、この臭い」

 夏子は制服の襟を引き寄せて鼻と口を覆った。

「崩れた鉄筋とコンクリートが焼ける臭い…………人が焼ける臭いも混ざってるわ」

「中の人たちは?」

「過去にこうむったどんなヨミの攻撃からも耐えられるように作られている……」

「あ、あれは?」

 その時、西の方角から大量のミサイルが飛んでくる音がした。

「軍の攻撃が始まったの?」

「ええ、でも時間稼ぎにしかならない……伏せて! 耳を塞いで口を開けて!」

「は、はい!」

 やがてミサイル群が飛んで行った彼方に小さな太陽のような光のドームが膨らんだ。

 ドーーーーーーーーーーーーン!!

 ウグ!

 閃光! 衝撃! 

 地面と夏子の胸に挟まれて過去帳の俺も息が詰まりそうになる。

 遅れてハリケーンのような暴風がやってきて、ありとあらゆる破片やゴミやホコリを巻き起こしながら吹き荒れ、あたりは真夜中のようになった。

 五分……ひょっとして一時間かもしれない時間が過ぎて、ようやく曇り空ぐらいに回復してみなみ大尉は顔を上げた。

「さ、もう一つ向こうの交差点で救援を待つわよ」

「は、はい」

 

 そして、やがてやってきたオスプレイに救助されて現場を離れた。

 

 数キロ離れた海上にヨミの上半分が突き出ている。なんだかオデンの出汁の中に一つだけ残った玉子のように見える。

「やっつけたんですか?」

「球体だから、まだ生きてる。球体はヨミの避難姿勢だからね。球体が一番衝撃に強いの。ダメージを受けてはいるけど、ヨミはすぐに復活する……」

 そう言われると、玉子に似たヨミは僅かに鼓動しているように見えた。

「怖い?」

「えと……オスプレイの振動です」

「頼もしいわ、ナッツ」

 大尉は夏子の頭をワシャワシャと撫でた。

 普段は、こういう子供にするようなことをされると嫌がる夏子だったが、ベースに着くまで大人しくしていた。

 

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パペッティア・005『アクト地雷』

2023-02-06 09:20:23 | トモコパラドクス

ペッティア    

005『アクト地雷』晋三 

 

 

 そのRVは百メートルほど走ったところで大爆発した。

 一秒でも遅れたら夏子の命は無かっただろう。

 呆けていると、さっきすれ違った方のRVが戻ってきて、夏子の目の前でドリフトしながら停車した。

 

 キキーーーーー!


「早く乗って!」


 車から飛び出してきたのは本物のみなみ大尉。やっぱりさっきのは特殊戦用のアクト地雷だ!
 

 そんな事情の分からないマリアは目を丸くして金魚みたいにパクパクしている。


「まだローンも終わってないダンディーが、ダンディーってのはこの車の名前ね。ダンディーが調子悪くって、やっと調子がもどってカットビで来たら、ダンディーと同じのとすれ違うじゃない。運転してるのはあたしソックリだし、助手席にはあなたが乗ってるし、あ、挨拶まだね、陸軍特任大尉の高安みなみ(懐からIDを出した)どう、制服姿のあたしもイケてるっしょ? ハハ、自分で言ってりゃ世話ないか。本当だったら首都のあれこれ案内しながらと思ってたんだけどね、あたしソックリなアクト地雷が現れるようじゃウカウカしてらんないわぁ。でも、決心してくれてありがとう、舵司令は何にも言わないけど、あなたのことを頼りにしていたのはビンビン伝わってきてたからね。あたし以心伝心てのは苦手でさあ、夏子の決心がもう一日遅れてたら司令とケンカしてたところよ。あ、夏子って呼んでいいわよね? あたしのことは『みなみ』でいいから。あ、ごめんね、あたしばっか喋っちゃって。なんか聞きたい事あったら、別になくってもいいんだけどね……」

「あ、いろいろあり過ぎて……呼び方は『ナッツ』でいいです。学校じゃそう呼ばれてたから。で……えと、高安大尉?」

「ハハ、ただのみなみでいいわよ」

「いきなりは、その……」

「あ、そだよね。あたしってば一方的に距離縮めちゃって。じゃ、みなみ大尉、いやみなみさんだ」

「みなみさん。あたし、さっきまであの車に乗っていたと思ったら、いきなり歩道にいて、で、乗ってた車が大爆発で……なんか訳わからないんですけど」

「あれはアクト地雷って人型の地雷。一見人間そっくりだけど、AIじゃないからまばたきとか心拍とかが微妙に違うし、プログラムされた言葉しか喋らないし、なんたって基本は地雷だからね。えと、車から歩道に移動したのは夏子の能力でしょうね、ベースに着いたらテストしてみよ。しかし、いちばん驚いたのは、危機に直面したらとっさの判断で能力が使えることでしょうね。司令も……もとい、お父さんもお喜びになると思うわ」

「いろいろ覚悟はしてきたんですけど、えと、あたしは首都でなにをするのかなあ?」

「いろいろ」

「いろいろ?」

「う~ん、あんまし予備知識はね……直接お父さんから聞くことになるわ、その方がいい」

「そうなんだ」

「ハハ、その方がワクワクしていいじゃないの」

 ズズーン!! 

 そのとき直下型地震のようなショックがきた。

「わ、地震!?」

「ちがうわ、いまのは……クソ! こんなに早く来るなんて反則よ!」

 キキーーーーー!!

 ふたたびショックがあって、ダンディーは急停車した。

 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 舵  晋三       夏子の兄
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち
  • 高安みなみ       特務旅団大尉
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パペッティア・004『最強線に乗って首都へ』

2023-01-31 15:21:07 | トモコパラドクス

ペッティア    

004『最強線に乗って首都へ』晋三 

 

 

 ああ、腹減ったあ……

 

 ポツリと呟いた一言は、やっぱりたくましいんだろうけど、なんだかカックンだ。

 新埼玉に着くと、乗り継ぎの発車刻表を一睨みする夏子。

「よし、余裕だ!」

 ホームの階段を二段飛ばしで降りると、駅構内のファストフードに駆け込んだ。

「特盛一つ! つゆだくで! お茶じゃなくてお水!」

 出てきた牛丼に紅ショウガと七味をドッチャリかけると、100人いたら一番の可愛さをかなぐり捨ててかっ込み始めた。

「ゲフ……お代置いときますね!」

 グラスの水をグビグビ飲み干すと、夏子は首都方面行きのホームに駆けあがっていった。

 首都は、あの大戦の後に『新東京』としてつくられたが、あくまで日本の首都は東京であるという声が多く寄せられ、あくまで便宜上の仮のものであるという気持ちで、普通名詞の―― 首都 ――で呼ばれている。

 

 新埼玉から首都へはノンストップだ。

 

 首都は再攻撃にさらされるリスクを冒しながら廃都東京の近くに作られた。東京は江戸の昔からの霊力が宿っている。そのことから、その霊力を少しでも受信できるようにと作られたんだ。

 ただ、その霊力はヨミとの戦いにおいてのみ有効で……あ、ヨミって云うのは、理不尽戦争を仕掛けてきた相手なんだけど、正体は分かっていない。

 分かっていないから、当初は『エネミー』とか『ゴースト』とか『暗黒面』とか色々呼ばれたけど、いつのまにか『ヨミ』という呼び方が定着した。そのことは、またいずれ。

 霊力の実態もヨミ同様、完全には解明されてないんだけど、霊力をコアにした兵器だけがヨミに有効な攻撃を加えられる。その霊力を採集し濃縮させるのに最適なのが首都なんだ。

 だから、首都の建設のみが突出していて、それ以外の街は発展どころか、ろくに復旧に取り掛かれていない。

 住んでいた街もひどいありさまだけど、まだなんとか元の姿を偲べる。攻撃の痕は別として山や川、大きな道路などは、八割がたそのままに残っている。

 しかし、新埼玉から首都にかけての風景は凄まじい。

 浦和を過ぎると巨大な川口湾。川口市があったところはヨミの攻撃で地殻変動が起こり、沈降したところに荒川水系の水がなだれ込んで川口湖になった。河口湖と音が同じなので、一時は戦意高揚のため新名称が公募されたりしたが、さらなる攻撃のため海と繋がって自然に川口湾と呼ばれて定着してしまった。

 逆に赤羽のあたりは、鬱血したようにマグマが溜まって、標高600メートルの赤羽山ができてしまった。富士山を1/6に縮めたような姿は、赤羽富士という名前で世界的に有名になりつつある。

 首都と首都に置かれた特務旅団のエネルギーは、この赤羽富士の地熱によって賄われ、当面の噴火の恐れはないという話だ。

 自然物である大地がこんなありさまだから、人間が作った人工物などは、溶鉱炉に放り込まれたスクラップ同然で、ほとんど跡形もない。

 走っている路線は埼京線。

 一時は首都圏放棄も噂されたが、家康以来、江戸の後背地。明治からこの方は帝都東京を擁し、世界に冠たる首都圏を形成した誇りと心意気を示そうと、首都のそれには及ばないが復旧の最中だ。

 埼京線は、首都圏民の意地を反映して、ほとんど元のルートを通っている。

 令和の昔まで、埼京線というのは、品川から大宮までの運転系統をまとめた俗称だったが、理不尽戦争終結後は、正式路線名になっている。

 あらゆるものが、戦争の為に変貌を遂げざるを得ない中で、元の姿と名前を守っているところから、こう呼ばれることもある。

 最強線

 意地っ張りの洒落のようで、センスがいいとは思わないけど、首都圏民の大方は好きだ。むろん俺もな。

 

 首都駅の改札を出ると、スッと寄り添ってくる人がいた。

「舵夏子さんね……こちらを見なくてもいいわ、このままロータリーの車に乗ってちょうだい」

 夏子はホッとした。

 迎えの人間についてはパルスIDのパターンしか教えられていなかったので、きちんと分かるかどうか不安だったのだ。間違いない、この女性は特務旅団の高安みなみ大尉の正規のパルスIDを発している。

 二人は、ロータリーの端に停めてあったRV車に乗り込んだ。

 

 高安みなみ大尉は親父の片腕だ。

 

 外見はお茶っぴーなオネエサンだけど、陸軍特務旅団のエリートだ。

 なにごとも明るく前向きに取り組み、この人と組んでいたらきっと上手くいくと思わせるオーラがある。

 一を聞けば十を知るというような聡明さが本性だというのは俺が仏壇の住人だからだろうか。

 特務の大尉でありながら、ほとんど軍服を着ることも無く、いつも足腰の軽い女子大生のようなナリをしている。

 そんなみなみ大尉は呼吸をするようにお喋りをする……という触れ込み。

 でも、ハンドルを握るみなみ大尉は寡黙だ……。

 夏子が来ることは機密事項にはなるんだろうけど、ちょっと寡黙すぎやしないか?

 え…………みなみ大尉はまばたきをしてないんじゃないか?

 俺はみなみ大尉の鼓動に注目した。

 安定している…………しすぎている。対向車線をはみ出した同型のRVが衝突ギリギリですれ違っても毛ほどの変化もない。

 

 アクト地雷だ!

 

 気づいた瞬間、俺を胸ポケットに入れた夏子は車外にテレポートした!

 え!?

 まりあは歩道に尻餅をついて、たった今まで乗っていたRVが走り去っていくのを見送っている。

 ドッゴオオオオオオオオオオオン!!

 そのRVは百メートルほど走ったところで大爆発した。一秒でも遅れたら夏子の命は無かっただろう。

 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 舵  晋三       夏子の兄
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち

   

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パペッティア・003『出発』

2023-01-24 21:06:07 | トモコパラドクス

ペッティア    

003『出発』晋三 

 

 

 俺は、この二年間仏壇の中にいる。

 つまり、二年前に死んじまって仏さんになっちまった。死んでからの名前は釋善実(しゃくぜんじつ)という。

 仏さんなのだからお線香をあげてもらわなきゃならないんだけど、妹の夏子は水しかあげてくれない。

「だって、家がお線香くさくなるんだもん」ということらしい。こないだまでは「火の用心」とか「水は命の根源」とか言ってたがな。

 その夏子がお線香をたててくれた。

「ナマンダブ、ナマンダブ……じゃ、行こっか」

 そう言うと過去帳の形をした俺を制服の胸ポケットに捻じ込んだ。

 ちょ、ちょ、夏子…………!

 ガキの頃は別として、妹にこんなに密着したことはない。

 いま、俺は三枚ほどの布きれを隔てて妹の胸に密着している。生きていたころは、ちょっと指が触れただけでも「痴漢!変態!変質者!」と糾弾され、機嫌によっては遠慮なく張り倒された。

 それが胸ポケットの中に収められるとは、やっと兄妹愛に目覚めたか? 俺を単なる過去帳という物体としてしか見ていないか?


 思い出した。

 妹は大事なものをポケットに入れる習慣があった。


 もう何年も夏子と行動を共にすることなどなかったので忘れていたんだ。

 しかし、あのまな板のようだった胸が(〃▽〃)こんなに……妹の発育に感無量になっているうちに、お向かいの寺田さんに挨拶したことも、大家さんに荷物のことを頼んだのも、駅まで小走りに走ったことも上の空だった。

 

 切符を買うと、改札へは向かわずに駅の玄関階段、最上段と一段下に足を置いてキョロつく夏子。

 

 幸子を待ってるんだ。

 きのう約束したもんな―― 明日は見送りに行くから、さっさと一人で行ったらダメですよぉ! ――

 でもな、夏子が抜けたんだ。その分、配達増えてると思うぞ。

 理不尽戦争からこっち、デジタルは影を潜めてる。理不尽戦争は、ネットを乗っ取られて偽情報がいっぱい流されるところから始まったもんな。

 みんな、偽とかフェイクだとかに振り回されて、避難したところを攻撃されたり、味方を敵と思わされ同士討ちになったり。

 それで、戦後は民間のネットはご禁制になっちまった。スマホに似た端末はあるけど、町内に一つか二つのスポットに行ってケーブルで繋がなきゃ連絡が取れない。ま、持ち運びの固定電話みたいなもんだ。じっさい、実益とファッションを兼ねて昔の固定電話が流行り出してる。

 端末を取り出して駅のスポットに足を向けるけど、掛けられるのは配達店。

 心配をかけるだけだし、忙しさの原因は自分だし……再び玄関の階段へ……行こうとしたら『電車は一つ前の駅を出ました』のシグナルに変わった。

 しかたない。

 呟くように言って改札に向かう。

 電車に乗って、線路沿いの復興道路に目をやる。心配半分、期待半分……居た!

 前かごに、まだ半分以上の新聞をぶち込んだまま幸子が、懸命に自転車を漕いでいる。

 幸子は、六両連結の全ての窓に視線をとばしている。六両で窓の数は百を超えるだろう。

 ちょっと無理か……と思ったら、幸子がこっちを見て手を振っている!

 友情のなせる業か! 夏子の念力か!

 ナッツー!

 え、声聞こえた!? 

 次の瞬間には、電車の速度が幸子の自転車のそれを無慈悲に超えてしまって、あっという間に見えなくなった。

 

 ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン……

 

 電車は新埼玉行きだ……車窓から見える風景が荒れていく。


 新埼玉が近くなると、理不尽戦争のツメ跡が生々しくなる。

 かつて山であったところがクレーターになったり、低地であったところがささくれ立って不毛な丘になったり、かつて街であったところが焼け焦げた地獄のようになっているのは、ホトケになっても胸が痛む。

 圧を感じると思ったら、夏子がポケットの上から胸に手を当てている。

 ギギギギ……

 歯を食いしばっている(^_^;)。

 夏子も、この風景には耐えられないんだ。まだ十六歳だもんな。

 住み慣れた家を出て、学校も辞めて新しい人生に踏み出す妹に哀れをもよおす。

 辞めた割には制服姿だ。

 それも、いつものようにルーズに着崩すことも無く、第一ボタンまでキッチリ留めてリボンも第一ボタンに重ねるという規定通り。校章だって規定通りの襟元で光っている。実は、この校章、辞めると決めた日に購買部で買ったものだ。夏子のことをよく知っている購買のおばちゃんは怪訝に思った。「記念よ記念(#^―^#)」と痛々しい笑顔を向ける、目をへの字にしたもんだから、両方の目尻から涙が垂れておばちゃんももらい泣き。

 そんな制服姿なんだけど、あいかわらずスカートは膝上20センチというよりは股下10センチと短い。

 まあ、これが夏子の正装(フォーマル)なんだ……よな。

 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 舵  晋三       夏子の兄
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち
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パペッティア・002『そんな妹は俺より一つ年上だ』

2023-01-23 09:36:10 | トモコパラドクス

ペッティア    

002『そんな妹は俺より一つ年上だ』晋三 

 

 


 妹は俺より一歳年上だ。

 名前は舵夏子、都立神楽坂高校の二年生。


 兄である俺が言うのもなんだけど、可愛い奴だ。


 そこらへんで女子高生を百人ほど集めたら一番か二番に入るくらいの可愛さだ。

 百人と言うところがミソだ。この程度の可愛さなら学年で二三人、全校生なら五六人は居る。

 昔の渋谷や原宿を歩いていたら掃いて捨てるほど……ではないけど、五分も突っ立っていればお目にかかれる。

 身長:165cm 体重:48㎏ 3サイズ:82/54/81

 なかなかのスタイルだと思うけど、そのルックスと同じくらいの確率で世の中には存在している女の子だ。
 
「お兄ちゃん、いよいよだよ!」

 ち、近い……けど、仕方ないか。

 夏子は、三十センチという至近距離に迫って俺に誓う。兄妹の仲なのにオカシイ……ま、勘弁してやってくれ(;^_^)、あとで理由は言うからな。

 

 えと……夏子の性格を短く言うと、以下のようになる。

 

 反射が早くて言動がいちいち適格なくせに全体がどこか抜けている。オッチョコチョイでどこか残念な少女、でも、そのオッチョコチョイで残念なところが危うくも可愛い……と思ってしまうのは兄妹だからか……あ、シスコンってわけじゃじゃねえからな(^_^;)

「荷物の始末は大家さんに頼んだ。学校から帰ってきたらいっしょに出るからね……あ、お水忘れてる」

 夏子は短いスカートを翻して台所に行くとジョウロに水を汲んでベランダに。プランターに水をやって戻ってくると、再び三十センチ。

「じゃ、行ってくるね!」

 いつもの挨拶をして通学カバンを抱え、パタパタと玄関へ、瞬間迷ってキョロキョロ。

「よし」

 小さく気合いを入れて揃えたローファーに足を伸ばす、履いたと思ったら「あ!」っと思い出して、また上がってきてガスをチェック、窓とベランダの施錠を確認して、まとめた荷物を指さし確認。

「よし!」

 また気合いを入れ、少し乱暴にローファーを履きなおしてノブに手を掛ける。

「あ!」

 またまた戻ってきて、ズッコケながら台所に入って、一杯の水を汲んで俺の前に置いた。

「よおおし!」

 三度目の正直、ローファーの踵を踏みつぶし、ケンケンしながら外に出る。

 ガチャン!

 玄関の閉まる音。


―― あ、おはようございます ――

―― おはよう、なっちゃん ――

 お隣りさんとのくぐもった挨拶の声。

―― オワ! ご、ごめんなさい ――

 はんぱに履いたローファーをきちんとしようとして足をグネってお向かいさんにしがみ付いたようだ。

―― だいじょうぶ、なっちゃん(^_^;)? ――

―― アハハハ、大丈夫です。あ、プランターのお花、お願いしますね。ベランダはイケイケにしときましたから ――

―― うん、うちのといっしょに世話しとくからね ――

―― ありがと、おばさん、じゃ、行ってきます! あいて! ――

―― 気を付けてね! ――

―― はい、あははは ――


 愛想笑いしてビッコの気配が遠のいていった。

 そんな妹は俺より一つ年上だ。さっきも言ったよな。

 え、意味が分からん?

 ええっと……俺は二年前から年を取らない。だから一つ違いの妹にはこの五月に越されてしまった。

 つまりな、俺は二年前に死んだんだ。俺は、いま仏壇の中に居る。

 仏壇には線香と決まったものだが、火の用心を考えて妹は水にしている。プランターに水をやるついでだ。

 横着なのか合理主義なのか分からん奴だ。


「火の用心だし、水は全ての根源だからね、お線香よりもいいんだぞ」

 最初に水にした時に、ちょっとムキになった顔で言った。

 その前日、教室で弁当を食っていると「ナッツ、アロマでも始めた?」と友だちに言われた。

 今どきの女子高生は、線香とアロマの区別もつかない。で、その翌朝には水に変えられた。

 確かに火の用心だし、神棚とかには水だしな、と、アロマがどうとかはさておいて納得してやっている。

 役所とNPOだかの戦災孤児支援でなんとかなってんだけど、夏子は戦災孤児って呼ばれ方が嫌いだ。

 ただ嫌いなだけじゃ意地を張ってるだけみたいだから、新聞配達のバイトをやってる。

 運動神経のいい奴で、特に自転車やスケボーとかやらせると水際立っている。

 昨日も配達のショートカットをやろうとして、爆撃痕の谷底に転落しそうになった。並の運動神経ならオダブツになって俺の横に並んでるんだろうけど、5メートル落ちたとこで踏みとどまって、自転車ごとジャンプさせてバイトモの幸子を感動させた。

―― お兄ちゃん、守ってくれたんだね ――

 幸子と別れてから、ポツンと心の中で呟きやがった(^_^;)。嬉しいんだけど、ホトケさんにそんな力はねえよ。

 

 死んでからは「釋善実(しゃくぜんじつ)」というのが俺の名前なんだけど、この名前は坊さんぐらいしか呼ばない。

 夏子は「お兄ちゃん」と呼ぶ。ときには「晋三」と呼び捨てにされる。

 

 そんな妹の夏子と、ときどき俺の、長い闘いの物語の始まりってわけだ。


 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 舵  晋三       夏子の兄
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち
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パペッティア・001『バイト最後の日』

2023-01-21 14:49:19 | トモコパラドクス

ペッティア    

001『バイト最後の日』夏子 

 

 

 ダン! ダダン! ダダダン! ダン!

 

 あちゃ~~~(=°д°=)

 

 やってしまった。

 一段だけ飛び降りて、次の瓦礫にジャンプしようと思ったら、勢いで5メートルは下りてしまった。

 このテラスのようになっている瓦礫を器用にジャンプしたら、時間を稼げると思った。

 稼げると言っても、ほんの十秒かそこいらなんだけどね。

 

「ナッツぅ、だいじょうぶぅ……?」

 

 崖の上から気遣いの声。

 今日でお別れのバイトモの幸子。最後だからって途中まで付いてきた。

 幸子の配達区域は一つ手前の送電鉄塔跡のとこで曲がらなきゃいけない。それを遠回りして付いてきたのは、第一に友情。第二は、幸子にとってはバイトは小遣い稼ぎ。稼いだ分が全部自分のお金になるという気楽さ。

 ちょっとしたお嬢さんなんだけど、鼻に掛けたりしない。それどころか、バイトで生活費を稼いでるわたしを尊敬的な親しみで接してくれる。

 リスペクトって、されてみると、ちょっとウザイんだけど、幸子のは『ともだち』って冠が付いてるから気が楽なんだ。こないだのネット番組みたいに、健気に自活する戦災孤児的な眼差しで見られんのはイヤ。

 わたしもね、性格のいい幸子を褒めたいんだけど、きっと様にならないからやらない。

「だれか、人呼んでこようか?」

「だいじょうぶ、いま、そっち行くからぁ!」

 ハンドルを立て直し、前かごの新聞が無事なのを確かめる。

 バイトと言っても仕事だ、商品は大事にしなきゃね。

 

 ヨッ……ホッ……ホッ……ホッ……セイ!

 

 我ながら器用にバランスをとり、小刻みな瞬発力で崖の上まで自転車ごと上がる。

「いつ見ても、ナッツのテクはすごいねえ……」

「すごかったら、勢いにまけて落ちたりしないよ」

「でもさ……ふつう、谷底まで落ちて死んでるよ……」

 幸子につられて谷底に目を落とす。

 

 ゾワァァァァァァァァ

 

「ウッ、ケツ穴がしびれるぅ」

「JKが、そんな例えしちゃあ、メだよ」

「だって、そうならない? なるよ、これはこわいよぉ」

 この穴は、ここいらに有った公団住宅のど真ん中に落ちてきたナンチャラバスターって、バカげた爆弾。そいつが三つも連なって落ちてきて出来た人工の大渓谷なんだ。

 

 ゴーーーーーー

 

 くぐもった音に顔をあげると、200ぐらいの高さをパペットが飛んでいく。

「いいよなあ、パペットに乗れる大人は……」

「でも、事故が多いっていうよぉ……」

「たしかに、払い下げのポンコツだけどさ、効率がぜんぜん違うよぉ」

「そうねぇ……みんな好きにカスタマイズして、あれでデリバリーとかしたらラクチンだよねぇ」

 パペットっていうのは、オンボードタイプの戦闘ロボット。

 理不尽戦争の時に大量に作られ、半分は戦争で失われたけど、残ったのが払い下げられて建設や輸送業務に就いている。

 あれに乗れればギャラはいいんだけど、18歳以上でパペッターの免許を持ってなくちゃならない。

 まあ、新聞配達のバイトも今日が最後。

 生活が変われば、将来の自立を目指した勉強とかもできるだろう。

 16歳ってのは、そういうこと真剣に考えなきゃって年だしね。

 なんたって、実の父親が見つかったんだ。

 戦災孤児のJKとしては、少しは前向きにもなるさ。

 たとえ、お母さんと、あたしたち兄妹を捨てた父親でもさ。拾いなおして面倒を見てくれるっていうんだ。

 古典アニメのロボット少年みたいにひねこびてはいられない。

 

「さ、残り十件、さっさと行くかぁ」

「わたしも配達行くねぇ。明日は見送りに行くから、さっさと一人で行ったらダメですよぉ」

「「じゃあね!」」

 同じ言葉をかけあって、アハハと笑いながら、ナッツは最後の配達にペダルを踏んだよ!

 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち
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高校ライトノベル・トモコパラドクス・100『一寸法師のキーホルダー』

2018-12-26 06:51:34 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・100 
『一寸法師のキーホルダー』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!


 胸のポケットでゴニョゴニョするものを感じて、思わず笑ってしまった。

「どうしたの、鈴木さん?」
 ノッキー先生が、チョ-クの手も休めずに聞いた。ノッキー先生は篠田麻里子と同い年だが、しっかりもので、笑い声だけで生徒個人を特定できる。
「すみません、思い出し笑いです」
 とっさに、そう言いつくろうと、みんなもクスクス笑い出した。
「みんな、だいぶ鈴木さんの『思いだし』に興味がありそうね?」
「はい!」
 まっさきに妙子が応え、みんなも表情で同意を示した。
「じゃ、差し支えがなかったら、鈴木さん。その『思いだし』手短に説明してくれる?」
「え、あ、はい……」

 今さら胸ポケットでゴニョゴニョなんて言えないので、ゆうべ見た夢の話をした。

 義体である友子は、夜の間は最低のセキュリティーを残して、CPUをスリープにする。すると、その日の体験やら、今までに経験したメモリーが整理され、モノによっては頭の中で、こんがらがったまま再生されることもあり、それが夢のようになる。
「夢なんです。夕べ見た」
「ホー、どんな夢?」
 ノッキー先生まで、興味を持ち始めた。
「まさか、Z指定の夢だったりして」
 コーラの炭酸のように刺激的な突っ込みを麻衣が入れる。悪気はないので、一瞬クラスを爆笑にしてしまうが、後に引くことはない。真面目な純子までが目を輝かせている。このまま放っておくと、お調子者の亮介がいらないことを言って、笑いモノにされるだけだ。

「一寸法師の夢をみたんです」

 吹き出す者、身を乗り出す者、さまざまな反応があったけど、ますます興味を持ったことは確かである。半分は、思わず頭のテッペンから声が出たせいだろう。
「一寸法師って、茶碗の舟に箸の櫂?」
「ええ、そうなんですけど、ちょっと違うんです……」

 で、友子は語り始めた。
 
 夢の中の友子は中年のオバサンだった。それが小川のほとりを歩いていて一寸法師に出会ってしまう。お約束の鬼退治を、一寸法師がやると、鬼たちは打ち出の小槌を残して去っていく。
「まあ、打ち出の小槌。これであなたを普通の人間の大きさにしてあげられるわ」
 ところが、一寸法師は、こう言った。
「そりゃ、偏見だ。オイラは、この大きさで十分だと思っている。使うんなら自分のために使いなよ」
「わたしのため?」
「そうだよ。あんたは、お姫さまとは名ばかりで、こんなオバサンになってしまったじゃないか。だから、もう一回若くなるように願ってごらんよ」
 そうして……。

「どうなったの?」

 ノッキー先生が、みんなの好奇心を代表するように聞いてきた。
「あ……それで、おしまいなんです」
 みんながズッコケた。
「すみません。今夜夢の続き見ておきますから」
 すまなさそうに言ったので、また、みんなに笑われてしまった。

 胸ポケットのゴニョゴニョは、なぜか義体である友子にも分からなかった。こんなことは初めてだった。
――なにかあったの?――
 紀香の思念が飛び込んできた。
――ちょっとCPUの中で解析しきれないものがあって。大したことないから――
――……とても大切なことみたい。でも、一人で決断して――
 滝川コウからは、こんな思念が届いた。同じ義体同士として心配してくれている。

 トイレの個室に入ってポケットをまさぐってみた。

 一寸法師のキーホルダーが出てきた。
「いつのまに……」
 メモリーを検索した。修学旅行に行った京都の鴨川、その岸辺に何かが浮き沈みしていて、友子は、それを拾い上げた。
 それが、何であったかという記憶が抜け落ちている。こんなことは始めてだ。
 無意識に一寸法師を握って開いてみると、ホルダーに古い鍵がぶら下がっていた。
「なんの鍵だろう……?」

 不思議に思って、トイレを出て、しばらくいくと左に折れる廊下があった。学校の施設は全てCPUの中に入っている。理事長先生以外しらない戦時中の防空壕の跡まで知っている。
 でも、この廊下は無い。他の生徒には見えないようで、誰も、その廊下に行かないし、廊下からやってくる者もいなかった。
「行ってみようか……」
 そう呟いて、友子は、角を曲がって、その廊下に進んだ。

「友子!」
 
 紀香は小さく叫んで、壁の中に消えていった友子に声をかけた。
「追いかけちゃいけない!」
 コウが紀香の手を取った。
「だって、あんな解析もできないところに」
「よく分からないけど、友子にとっていいことなような気がする」
 コウは男のような言い方をした……もともと退役した義体が、なりゆきで女子高生のナリをしているだけだが。

 友子は廊下の突き当たりまで来た。
 そこには古めかしいドアがあり、一寸法師の鍵で解錠すると、軋みながらドアが開いた。

 ドアから出ると、そこは自分の街だった。振り返ると、そこには電話ボックスがあった。どうやら、そこから出てきたらしい。電話ボックスを開けると、あたりまえだが公衆電話があった。
「あ、鍵……」
 廊下のドアに差し込んだままであることを思い出した。

 トントンと電話ボックスの戸が叩かれた。
「え……」
 予想の三十センチ下に顔が見えた。

 弟の一郎だ。三歳年下の小学六年生。四十二才のオッサンではない。
「姉ちゃん、どこに電話するつもりだったんだよ?」
 ボックスを出ると、ベタベタしながら一郎が聞いてきた。
「あ、ちょっとね」
「あ、どこかのオトコだろ。高校に受かったと思ったら、もうこれだもんな。近頃の……」
「うるさい」
「イテ!」
 懐かしいやりかたで、弟の頭を張り倒した。

 そして、家の前にはもっと懐かしい父と母がカメラを構えて待っていた。

「どうだ、友子、新しい制服の感触は!?」
 友子は、制服が新品の匂いをさせていることに気が付いた。
 そして、直感した。自分は義体ではなく、ここでは、あの忌まわしい事件は起こらないことを。

 友子は、やっと……戻ってきた。

 トモコパラドクス  完 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・99『友子の修学旅行・5』

2018-12-25 06:42:35 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・99 
『友子の修学旅行・5』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!


#…………神戸、京都

 ビーナスブリッジからの眺めは最高だった。


 大阪湾を隔てて、大阪の街並み、生駒、葛城、金剛の山々。目の前には神戸の街が広がっている。夜になると横浜、函館と並んで100万ドルの夜景と言われるらしい。
「夜に来たかったなあ」
 麻衣がため息をついた。梨香がしきりに、スマホの地図と景色を見比べている。
「なにか探してんの?」
「うん、四代前までは、ここにいたから」
 梨香は華僑の家柄だ、いろいろ日本人には分からない一族の繋がりや、思い出があるんだろう。
「あの洒落たジャングルジムモニュメントみたいなのは?」
 純子の質問。
「あれは、愛の鍵モニュメントじゃ」
 米造ジイチャンの説明では、いつのころからか、このビーナスブリッジに愛のあかしとして鍵を掛けることが流行ったが、多過ぎて美観を損ねるため、鍵かけ専用のモニュメントを作ったということだ。
「なぜ、六甲というか知っとるか?」
 これは全員?である。
「正しくは『むこう』と言った。名残は武庫川などに残っとる」
「むこうって、どこかから見た向こうなんですよね」
 優等生の大佛が良いことを言う。
「さよう、向こうの大阪から見れば、このあたりは向こう側になるじゃろ。こういうところにも、古代の日本の中心地が大阪にあったことが分かる」
 遠望する大阪平野が神々しく見えた。

 その日は異人館を巡り神戸の新開地などで、阪神淡路大震災のモニュメントなんか見たけど、震災の時のまま水没状態で保存されているメリケン波止場がショックだった。
「なあに、横浜の山下公園なんか、関東大震災のガレキの埋め立て地の上にできとる」
 この何気ない一言の方がショックだった。

 最終日の京都へは、バスで向かった。

 バスで行くとよく分かる。
 京都という町は、西、東、北を山で囲まれているが南が開けている。
「こんな無防備な場所に千年間も都があったのは、世界史的にも奇跡に近いんじゃ」
「今でも、東京が首都だって法律ないんでしょ?」
 亮介が聞いた。
「ハハ、その通り。しっかり学習しておるのう。日本の都が都城制なのは知っとるだろう」
「はーい!」
 すっかり米造ジイチャンに馴染んだ二十人は小学生のような返事をした。
「秀吉のころに、中国から使いが来てのう。この平安京を見て笑いよった。都城制は中国の都を真似たものじゃが、日本の都には決定的な物が欠けておった。わかるか、そこのハンサム」
 珍しく大佛が口ごもる。
「塀がないんじゃよ。中国は都にかかわらず、大きな街は、みんな高い城壁で囲まれておった」
「あ、ヨーロッパの街なんか、そうですよね」
「秀吉は、見栄っ張りなんで、さっそく、その城壁を作らせた。お土居といってな。今でも京都駅の山陰線のホームの下に遺構が残っとる」
「ああ、あのホームって五百メートル以上あって、日本一長いんですよね」
「さよう。しかし、秀吉が死んだ後、お土居は、さっさと壊された」
「やっぱ、秀吉が作ったからですか?」
「いや、必要ないからじゃ。日本は弥生時代の一時期を除いて、街を外から守るという発想がなかった。日本が世界的に見ても平和国家であった証拠じゃ。そして、都が城壁で囲まれたことは、秀吉の見栄以外には無かった。分かるか諸君?」
 これも、誰も答が出てこなかった。
「古来、天皇家は、民衆と対立したことがない。幕府は倒そうと思われても、天皇家を倒そうとしたものは……おらん。ここから先は、諸君が京都の街で発見したまえ」

 で、京都に着いたら遊びまくって、米造ジイチャンの課題なんか吹っ飛んでしまった。

「ハハハ、その吹っ飛んでしまったところが日本人じゃ。この中で四代以上遡って、ご先祖のことを知っておるのは、梨さんぐらいのもんじゃろ」
「ええ、それもうっとうしいことが、ありますけどね」
「ワハハ、日本も中国も、それで、それぞれいいんじゃ!」

 こうやって、友子たちの修学旅行は終わった……ちょっと困った土産を持って。

 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・98『友子の修学旅行・4』

2018-12-24 06:21:52 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・98 
『友子の修学旅行・4』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!

#………大阪 


 二日目は新幹線で、京都を飛ばしていきなり大阪に入る。
 ここからは完全に班別行動。付き添いはノッキー先生と、例の米造ジイチャン。
「東海道新幹線は、トンネルが少のうて、景色がいいじゃろ」
 ジイチャンの言葉通り、きれいな富士山が見えた。
「さすが世界遺産、きれいだな~」
 麻衣がため息つきながらシャメっている。
「東海道新幹線は戦前から構想があって、土地だけは買っておいたんじゃ。だからトンネルが少ない。戦争がなきゃ、対馬海峡に海底トンネルを掘って、朝鮮半島から満州鉄道、シベリア鉄道、オリエント急行と繋ぐ壮大な計画があったんじゃ。東京駅で、ロンドン行き一枚! なんてことになったかもしれん」
「へえ~」
 あまりのスケールの大きさに、一同は感心するだけ。

 大阪に着くと、バスでアベノハルカスの最上階に向かった。

「周りを見渡してごらん」
 言われるままに、最上階を一周した。
「今、目に入っただけが大阪。狭いじゃろ。昔は日本で一番狭い都道府県じゃった」
「今は、ちがうんですか?」
「関空が出来て、香川を鼻の先で抜いて、今は二番目じゃ。しかし、この狭い大阪が、江戸時代まで、日本の経済の中心じゃった」
 そう言われると、なんだか侮れない街に見えてきた。
「下らんという言葉があるじゃろ。あれは大阪近辺から来た商品のことを『下り物』と言ってありがたがった。で、江戸近辺で出来た物は二級品以下といわれ『下らない物』と言った、そこから来た言葉じゃね」
「な~る」

 感心した後は、高島屋前を集合場所にして自由行動。大阪を体感した。

 食べ物屋さんの多さはハンパじゃない。そして街が騒がしい。大阪の人間というのは、息を吸って吐くときには、必ず何か言葉にしている。なんだか街中で漫才のノリ。
「いやあ、あんたら東京の子ぉ!?」
 オバチャンが声をかけてくれる。
「はい、修学旅行です」
「せやろな、ヒカリモン付けてへんし、なりがシューっとしてて、いけてるわ。なあ」
 横のオバチャンに同意を求める。
「シューと言うか、低めの変化球やな。ジャイアンツのノリやな」
「低めは、あんたの背えや!」
「え、うちのせいかいな。ほな、記念にアメチャンあげよ」
 と、漫才しながら全員にタイガースのシマシマ模様のアメチャンを配ってくれた。なんだか、もう生まれたときからの付き合いのノリ。

 吉本の劇場前は、人でいっぱい。ここでもあっちこっちでプチ漫才。NMB48の劇場前にも行った。さすが秋元康のパワー、開演までだいぶあるのに人でいっぱい。
 

           

「ねえ、お茶しない?」
 微妙にアクセントのおかしい東京弁で声をかけられた。
「え、あたし?」
 口では勝てないので、腕相撲をすることにした。
「負けたら千円ね!」
「そら、高いは、オレの身長170やから、四捨五入して、二百円!」
 仲間の気のよさそうなニイチャンがレフリーになった。側でC組のコウちゃんが笑っている。なんと言っても、友子は義体である。世界チャンピオンとやっても負けはしない。
 あっと言う間に三本勝負で、ニイチャンをやっつけたが、掛け金は百円に値切られた。さすが大阪。立て続けに五人に勝つと人だかりがして、挑戦者が次々に現れる。
 気がつくと、ひっかけ橋の上は阪神が優勝した時みたいに人だかりが膨れ、たまたまロケにきていたテレビ局がロケの方針を変えて中継をしはじめた。
「はい、通行の邪魔になるから、惜しいけど、これが最後の勝負」
 マンモス交番のお巡りさんに言われ、なんと本物のプロレスラーが現れた。
「ネエチャン、負けたら、わしと付き合え」
 この条件が無かったら負けてやってもいいと思ったが、こんなオッサンと付き合うわけにはいかないので、あっさり全勝。
「ネエチャンえらい!」
 あっと言う間に胴上げされてしまった。なんせ友子はスカートである。ええいままよと、ひっかけ橋の上で三十回ほど、胴上げ。念のためミセパンを穿いていて正解と思う大阪の夕方であった。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・97『友子の修学旅行・3』

2018-12-23 06:40:20 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・97 
『友子の修学旅行・3』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!

#……初日は東京・横須賀!?

 修学旅行の初日は十班共通で東京だった。

 それも、皇居前広場から始まった。
 なんで東京の学校である乃木坂学院が東京なんだ!?
 みんなに、そんな空気があったが、二重橋の前で班ごとの集合写真を撮ったところから始まった。

 写真の後、全員が集められ、一人の小柄な和服の老人の話を聞いた。
「みなさん、こんにちは。わたしは田中米造といいます。田んぼの中で米を造ると書きます。文字通りのドン百姓のジジイであります」
 不思議なことに、米造ジイチャンの声はマイクも使わないのに、八百人の生徒みんなに聞こえた。
「日本の首都は東京……だと思われています。ところが憲法にも法律にも、東京が首都だとは書いてありません。明治の最初に『江戸を持って東京となす』という太政官符が出されただけです。今みなさん笑いましたね。わたしがトウケイと発音したからでしょう。トウキョウは俗称なんです。国鉄がJRになったとき、山手線をE電と改称しましたが、誰も使わないので山手線のままになっています……正確にはヤマノテセンと発音します。ヤマテセンと発音するのは地方の方が多く、ちょっと前は、この言い方で江戸っ子かどうかのテストになったぐらいで……」
 と、くだけた話から入っていった。
「日本の首都は、ほんとうは大阪と九分九厘決まっていました」
 意外な展開。
「前島密(まえじまひそか)という青年が大久保利通に手紙を出しました。大阪は放っておいても発展するが、江戸は武士が居なくなれば衰退し、それに将来の日本の発展を考えれば大阪では狭すぎると。で、例の太政官符になり、明治天皇が『ちょっと行ってくる』ぐらいのノリで東京にきました。だから、京都の人は天皇陛下が京都に来られることを『帰ってきはった』と言います」

 米造ジイチャンは、この日本的な曖昧さが日本だと言っている。飄々としているが含蓄がある。

「明治になるとき、ま、昔は封建社会から明治絶対主義への移行などとマルクス主義的な説明をムリクリしました。ま、革命なのかもしれません。実は倒される側の幕府の方がお金も組織も軍事力でも勝っていました。人数に例えれば、わたし一人と、みなさんぐらいの差になります。で、勝負したら、このわたしが勝ったようなもんです。まるで魔法です。その後の戊辰戦争を通しても死者は一万人を超えません。幕府の本拠地であった江戸城も一滴の血も流さずに明け渡されました。世界史的にはまるでマジックです。あなたたちは、そのマジックの本拠地にいるわけです。ワハハ」

 それから、私たちは大小十五台のバスに分乗して東京をあとにした。

 三分の一が、横須賀の戦艦三笠に向かった。案内役は、まんま田中米造さん。
「いま見ればチャッチイ船ですが、これを日本は六隻しか持っていませんでした。日本海海戦の時は四隻に減っていました。その、たった四隻の戦艦を中心に連合艦隊を組み、ほとんど倍のバルチック艦隊をやっつけました。世界の海戦史上唯一の完全試合でした……」
 田中さんが舳先の方を指差すと、三百に近い生徒たちから、どよめきがおこった。
「田中さんやるね……これ、イリュ-ジョンだわ」
 滝川さんが呟いた。
 友子は、麻衣の脳にシンクロさせて、そのイリュ-ジョンを見た。

 敵艦隊六十隻が間近に迫り、敵弾が巨大な水柱をあげ、あたりに落ちる。
「長官、まだですか!?」
 参謀の声に東郷長官は答えない。
「距離9500!」
 測距士官が叫ぶ。中には被弾する艦も出てきた。三笠の至近にも弾が落ちる。露天艦橋の上は水浸し、至近弾の破片で負傷する者もいる。
「距離8000!」
 東郷は、高く右手を挙げ左に振った。
「左舷160度、とーり舵!」
 艦長が、それをうけ、航海長は舵手に命じた。
 これにより、東郷の艦隊は敵艦隊の頭を押さえ、すれ違いの戦いから同行戦に持ち込み、圧倒的な命中率で、バルチック艦隊を壊滅させた。
「日本は、この日露戦争をやるのに国家予算の五倍の借金を外国からしました」
「でも、この戦争は勝ったんでしょ?」
 社会科好きの男子が聞いた。
「野球は何回までありますか?」
「あ、九回です……」
「そう、この戦争は、それを五回で止めたようなもんです。勝った状態でアメリカがタオルを投げるように外交で確約をとっていました」
「じゃあ……」
「そう、綱渡りのような戦争でした」
 イリュージョンは、刺激が強くならないように、半透明になり、音は1/5程に絞られていた。

 この戦争のあと、日本は国策を誤る。勝ったと誤解したのである。最大の資金提供者であった欧米のユダヤ人に見返りを与えることをせず、少しずつ日本は世界の反感をかい、孤立の道を進んでいく。
 その完全試合の三笠の艦上にいても、戦闘は悲惨だった。二百人近い兵士が死に、あるいは傷ついていった。
 乃木坂学院の生徒は、明治という時代。そこに奇跡のように咲いた日本という国を感じた。そして、勝った側でも、こんなに悲惨な戦争というものを田中イリュージョンで知った。

 その夜泊まったホテルからは、横須賀港が見渡せた。田中さんに教えられ、第七艦隊と海上自衛隊の区別も付き、現代日本の置かれている立場をなんとなく理解した。

 そして、大方の生徒は、イリュ-ジョンの影響でうなされた……。
 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・96『友子の修学旅行・2』

2018-12-22 06:40:21 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・96 
『友子の修学旅行・2』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!

#……渋谷の奇跡

==赤ん坊の命が惜しければ、修学旅行に行くな!==


 強烈な思念が、二人のCPUにこだました……!

 久々に現れた未来からのスナイパーだ。それもかなりの手練れであることは、思念の強さに表れていた。武器も目に見えるものはナイフしか持っていない。おそらく、こちらが攻撃の思念を持っただけで人間の百倍……それ以上の反射神経で赤ん坊のすみれの命を奪ってしまうだろう。
 うかつに義体としてのセンサーを切ってしまったことを後悔する友子だった。義体としては大先輩の滝川は、怯えて、ヘタレ顔になって……本当に怯えている!

――どうすりゃいいんだろう!?――

 そう思った瞬間、女は赤ん坊ごと消えてしまった。
「え……」
「どうしたの、友子?」
 妙子が、声を掛けてきた。
――今のは、ボクが片づけておいた――
 滝川の思念が伝わってきた。

「さっきの、どうやって始末したの。なんなの、さっきのヘタレ顔は?」
「攻撃の思念には素早く反応するけれど、それ以外は並の義体よ。だから普通に……」
 滝川は、擬態している女子高生、滝川コウの声で答えた。
「普通に?」
「怖いと思うの」
「そんなの思ったら負けじゃん」
「怖いと思ったら、どうなる?」
「逃げたくなる……かな」
「ピンポ~ン。逃げるの、あいつが現れる一秒前に……で、現れたところで分子分解」
「そんな手があったんだ……」
「トモちゃんには、まだ無理よ。攻撃の思念が先に出てしまうから。あたしたちみたいな海千山千にならなきゃ、この手は使えない」
「なるほど……でも、すみれちゃんは?」
「あれはダミーよ。峰子ちゃんから預かったときに、あたししか分からない識別コードを埋め込んでおいたから」

 友子は面白くなくなってきた。自分が、まるで駆けだしのペーペーのように思えてくる。

「ハハ、キャリアが違うもの。化けるほど義体をやって身に付いたテクニック。あ、あのお店可愛いのが揃ってる!」
 ミーハーのように、滝川は小ぶりな洋品店に入っていった。

 いきなりバイト店員の女の子の思念を感じた……と思ったら、思念の世界で、その子と二人きりになってしまった。

「初めまして、あたし高科美花っていいます。大橋作品の『秋物語り』に出てきます。よろしく」
「あ、鈴木友子です。あのシリーズは終わったのよね」
「でも、あたしたちは、作者が書いていないところで生きてるんです。シリーズの中じゃ、渋谷のガールズバーでバイトしてたけど、今は週二で、このお店でも働いてんの」
「学校は?」
「週に三日だけ行ってる。乃木坂学院みたいないいとこじゃなくって、都立のテキトーなとこだから、出席日数だけ足りてりゃいいの」
「いま検索したんだけど、あなたって、韓国に戻って、いろいろ考えたのよね」
「さすが義体のトモちゃん。なんでも検索しちゃうんだ」
「本名は、呉美花(オミファ)さん。帰化するかどうかで悩んだんだよね、で、考えた末に……」
「ハハ、あたし考えんの苦手。思った通りに行動して感じたまま生きてるの。むつかしく分析とかすると、あたしのことは分からないわよ。だって、自分自身よく分かんないだもん。秋物語り・28『それぞれの秋・4』読んでもらったら、すこしは分かる……かな?」

 友子は、すぐに検索した。美花って子は、けっきょく結論を出していない。でも、マッタリした清々しさがある……不思議としか言えなかった。

「どうもありがとうございました」
 商品の入った袋とレシートを渡してくれた。
 どうやら思念の世界にいる間に買い物をしてしまったようだ。
「賢いチョイスでしたよ。これなら制服のローファーでもいけるから。修学旅行に靴二足はお荷物でしょ」
「そうね、あなたのアドバイス参考になったわ。ありがとう」

 友子は、襟付きロンT、バルーンスリーブのザックリブラウス、サス付きスカートというやんちゃカジュアルとトラディッシュ風の中間の物を買った。

「どう、ちょっとした予行演習だったでしょ」
「今の、滝川さんが?」
「ハハ、渋谷の奇跡よ」
 滝川は、お気楽に先に行った。

「下見だけって言ったのは、誰だっけ?」

 そうイジラレたけど、みんな何かしら手に入れた渋谷ではあった……。   

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・95『友子の修学旅行・1』

2018-12-21 06:38:42 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・95 
『友子の修学旅行・1』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……今度は、忘れかけていた修学旅行!


 コンクールですっかりとんでいたが、来週から修学旅行である。

 乃木坂学院も、以前は他の学校同様に海外が流行った。イタリア、ドイツ、オーストリアなどを一週間かけて回っていた。
 しかし、他の私学も同様な修学旅行をやり出すと、新鮮みがなくなってきた。

「韓国、中国をまわろう!」

 団塊の世代の先生が言い出したこともあるが、理事長が反対した。
「マスコミに乗せられて、生徒に贖罪旅行をさせるつもりですか」
 組合を中心とした先生達が、こぞって理事長に反対の直訴に及んだが、見事に論破されてしまった。
「反日に凝り固まった国に行っても得るものはありません。広くアジアに目を向けようということには賛成です。先生方の中で、韓国、中国以外の国にお説があるならうけたまわりましょう」
 だれも答えられる教師はいなかった。逆に、バングラディシュ、台湾、ベトナム、パラオなどについて理事長は語り出した。社会科の教師よりも博学で、かつ噛んで含めるように説明した。
「国旗当てクイズをやりましょう」
 理事長はアジア数カ国の国旗を見せた。信じられないことに全問正解の教師はいなかった。
「この日の丸に似たのが、バングラディシュとパラオです」
「あ、いま言おうと思っていたところです」
「それは失礼。では、パラオの黄色のマルが、なぜ左に少しだけ寄っているかご存じですか?」
「それは……」
「日本に遠慮されたそうですよ。ベトナムなどにも学ぶべきものがありますが、いかんせん。これらの国々には、修学旅行を受け入れる下地がない。で、どうですか、いっそ国際的に外国人の視線で考えてみては?」
「そ、それは良いことです」
 組合の先生達は、うっかり賛意を表してしまった。
「それでは、日本にしましょう」
 で、決まってしまった。

「……というわけで、君たちは日本の原点を見極めるために、関西に行きます。コースは十通り、抽選の結果を各担任の先生からしていただきます」
 修学旅行担当の先生から全員に決定したコースのパンフレットが渡された。なんと全員が希望通りのコ-スだった。大は八十人から、小は二十人までのコースだった。
 これには、理事長の巧みな誘導があるのだが、気づくものは居なかった。

 今週いっぱい、二年生の放課後は、修学旅行の準備が優先される。使い方は各自の自由であるが、帰ってから総合学習の一環としてレポートが課されているので、そうそう手抜きもできない。

「ま、レポートは任しといて」

 友子の一言で、友子の班は、放課後を旅行準備の買い物にあてた。
 言うまでもないが、友子の班は、クラスのお馴染みが全員いた。男子は亮介、大佛。女子は麻衣、妙子、純子、梨花。それに急遽コンクールの赤ちゃん事件から入ってきたC組の滝川コウが入っていた。
「いい、今日は下見ね。慌てて買ったら損するから。ま、どーしてもって人は止めないけどね」
 で、八人は、好きな者同士バラバラに行動した。
「ね、友子は、やっぱ自由時間の私服中心に見るのよね?」
「あの……滝川さんの女子高生って、やっぱキモイんですけど」
 滝川は、とっくに退役した義体で、本性は着やせはするがムキムキのオッサンである。
「しかたないでしょ。すみれちゃんのことでこうなっちゃったんだから」
 友子は、見てくれだけで滝川に接することに決めた。外見は女子高生に擬態しているので、記憶を眠らせてしまえば違和感はない。

――でも、この記憶って、消せないのよね!――

 その気になれば、渋谷中のお店の商品情報など簡単に検索できるのだが、今日は、あくまで人間の女子高生、それも修学旅行前のルンルン気分で来ているので、義体としての能力はカットしている。たまには並の女の子として、悩んだり迷ったりしてみたい。
 滝川も同様らしく、義体としての思念は感じなかった。

 しかし、そこが落とし穴だった。敵は、どういう手を使ったのか、若いシングルマザーに擬態して、すみれを抱っこして、何度も思念を送りながら、友子と滝川に接近していた。気づいた時は、抱っこしたすみれに、ナイフを突きつけていた。むろん人には見えないようにして。

==赤ん坊の命が惜しければ、修学旅行に行くな!==

 強烈な思念が、二人のCPUにこだました……!
 

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