魔法少女マヂカ・220
高坂家の邸内には、主なもので五つの建物がある。
最大のものは『母屋』と呼ばれる邸宅で、高坂家の者たちが起居する日常の建物であり、外来者との応接、社交の場でもある。
次に大きいのが、母屋とは渡り廊下で連結されている『宿舎』だ。
宿舎は、高坂家の使用人たちの建物で、上は田中執事長や春日メイド長、下はクマさんたち平のメイドや執事の生活の場。食堂や浴室も母屋とは別のものが完備しているのはもちろんのこと、使用人用の図書室まで完備しているので、他家の使用人たちからは羨ましがられている。
その図書室の横には裁縫室というのがある。
邸内の縫物や繕い物をする部屋で、和裁道具はもちろんのことミシンやアイロン台も完備している。
単に屋敷の営繕に使われるだけでなく、使用人たちに技術を身につけさせるための教育施設でもある。
たいていのメイドたちは、花嫁修業を兼ねた奉公なので、高坂侯爵は使用人たちの教育には熱心なのだ。
クマさんたちのメイド服も、この裁縫室で作られる。業者に発注するよりも安価にできるし、使用人一人一人に合わせたオーダーメイドなので、質も良く、これも他家の使用人たちからは羨望の的。
着任したての請願巡査の箕作も、着任早々の捕り物で制服を破ってしまって裁縫室の世話になっている。
この三日、その裁縫室からミシンをかける音が絶えない。
ダダダダダ ダダダダダ ダダダダダ……
「なに縫ってるんだろう?」
学校から帰ると、車寄せに下りたところで気になった。
クマさんも、この二日は通学の付き添いを休んで裁縫室の仕事に専念している。
生け垣に隔てられて、音そのものは小さいんだけど、ミシンのリズムが、まるで機関銃のようだ。
「偵察に行こう!」
203高地の前線視察をする参謀将校のようなことを言って、霧子が歩き出す。
「ええのん?」
ノンコの腰が引ける。
家族の者が寄宿舎に立ち入ることは禁止はされてはいないが遠慮することになっている。
仕事の邪魔になるだけでなく、使用人たちに、いらぬプレッシャーをかけてはいけないと侯爵から戒められているのだ。
「最前線に出なければ、作戦指揮がとれないぞ、陸軍のバカタレ!」
203高地の督戦に向かった東郷艦隊の幕僚のようなことを言う。
「そうか、我々はセーラー服だから海軍なのだな」
調子を合わせてやる。
霧子との付き合いも長くなってきた。この程度の事は臨機応変だ。
霧子の好奇心や行動力は矯めすぎてはいけない。
生け垣の隙間から覗くと、クマさんだけでなく、邸内のメイドたちが真剣な顔でミシンに向かっているのが見て取れた。
203高地の上から旅順港のロシア艦隊を発見した幕僚のような気になった。
日露戦争だと、司令部から『ロシア艦隊は見えるか!?』と電話で聞かれ、幕僚はこう答えるんだ。
『はい、丸見えであります!』
そうして、旅順港のロシア艦隊は一掃されて、日本は一気に優位な立場になるんだ。
「丸見えです、お嬢様方」
振り返ると田中執事長が怖い顔をして立っていたぞ(;'∀')。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男
- 箕作健人 請願巡査