鳴かぬなら 信長転生記
三国志を出ることだ。
それしか馬を疾駆させている理由は無い。
曹素が勅命を読み上げて呉の討滅を命じてしまった現在、茶姫のとる道は勅命通りに呉を奇襲する以外には、拒絶の意思を自死をもって伝えるしかない。勅命に反したとあっては、たとえ魏王曹操の妹であっても命は無いのだ。曹操は残虐非道の王だ、骸になった茶姫をそのままにはしない。首を切って洛陽の城門に晒すだろう。バラバラにされた体は城壁に吊るされて、カラスや獣たちが喰らいつくすままにする。三国志における裏切り者の末路は惨い。
であるから、茶姫を強奪するようにして馬を走らせる。そのことを承知しているから、妹のシイ、いや、もう市でよいだろう。市も戦国の世に翻弄されて、この転生の世界にやってきた女なんだからな。茶姫を救った時点で悟っているはずだ。
「……道を変えた方がいい」
茶姫が口をきいたのは、南への古街道が干からびた蛇のように痩せ始めた峠に至った時だ。
「これから先は放置されて獣道同然になっている」
「どうするのぉ……(╥﹏╥)」
清州の町はずれで迷子になった時のような情けない声で市が馬を寄せてくる。
「本街道に戻って洛陽へ……」
「ダメ、殺されて晒し首になる!」
「分かった、賭けるんだな」
「わたしが捕まるようなら、二人は逃げて。暴れまわって時間を稼いであげるから」
「是非に及ばず!」
「ちょ、あんた、本能寺、その決め台詞で自滅したのよ!」
「付いてこい!」
市の心配はもっともだが、俺は、この決め台詞に命を吹き込み直してやる!
人間五十年 下天の内を比ぶれば 夢まぼろしのごとくなり~
ひとたび生を受け 滅せぬもののあるべきか~ 滅せぬもののあるべきか~
「敦盛だね……」
「知っているのか?」
「なぜだかな……扶桑からきた商人か学者に聞いたのかもしれない」
「で、あるか」
「扶桑の戦国というのは、お洒落なものねぇ……」
「おにいちゃん、関所が見えてきた」
「押し進もう、三人とも近衛将校のナリだ。勢いでいける」
すると、市が単騎で前に飛び出した。
「市……」
市は、関所司令の前で、カツカツと馬を輪乗りしながら声を張り上げた。
「火急の近衛伝令である! 馬を乗りつぶした、替え馬を寄こせ!」
「ハ、ただいま!」
市の迫力に、関所司令は自ら馬を曳き、茶姫を乗り換えさせた。
「大儀であった!」
それだけを千切るように叫んで、本街道を西に進む。
替え馬が功を奏して、勢いを落とさぬままに三つの関所を駆け抜け、洛陽の鼻先さえ掠め、さらに二つの関所を東に抜けて、北方の扶桑(転生国)との国境を目指す。
「お兄ちゃん、狼煙が上がってる!」
最後の関所を目前にした時、関所の手前の狼煙台に煙が上がった。
「強行突破するぞ」
「すまんな」
「「「ハッ!」」」
三騎そろって馬腹を蹴って、一本棒になって突き進む!
「茶姫さま! お止りください! 茶姫さま! 国王陛下の命でございます!」
関所司令は――茶姫を通すな――という命しか受けていないのだ、口上は貴賓に対するそれのままである。
「狼煙では、そこまで詳しくは伝えられないからね」
いずれ、茶姫捕縛か討滅の命を持った早馬がやってくるだろう、敵認定される前に三国志を脱出しなければならない。
「あいにく、絶好の快晴だね……」
茶姫が半ば諦めたように馬を寄せてくる。空気が澄んでいれば狼煙は二つ向こうの狼煙台からも視認されるだろう。
「ああ……」
市が絶望の声を上げる。
なんと、眼前の山に遠近二つの狼煙が上がり始めている。
「これまでだ、わたしはここで終わりにする」
「茶姫!」
「首を晒されるのも、獣どもの餌になるのもごめんだ。面倒だが、首を切って、胴と首を別々に埋めてはくれないか」
「そ、そんなことできるかっ!!」
「市……」
「できるかあ!」
涙とヨダレでぐしゃぐしゃになって叫ぶ市に、戸惑いと感動の入り混じった目を向ける茶姫。
「こんな、こんなことで死んじゃいけないじょ(><)! 戦とか謀略とかで死んじゃうなんて、絶対、絶対、絶対にダメなんだかりゃ(><)! 死んだりゃ、ダ、ダメエエエエエ((#`O´#))!」
こんな市は初めてだ、信長ともあろう者が、ちょっと感動しているかもしれないぞ。
茶姫は、穏やかで、とても優しい顔になって馬を寄せると、優しく市をハグした。
「ありがとう、市の、その涙が最高の花向けだよ」
「茶姫ぃぃぃぃぃぃ!」
え?
その時、二筋の遠い方の狼煙が消えてしまった。まだ僅かに立ちはじめたばかりの煙は二呼吸するほどの間に霧消してしまった……いや、手前の狼煙も続かなくなったぞ。
「駆けるぞ!」
「「え?」」
時に判断は理屈ではない、ああしてこうしてという理屈は後からやって来る。
閃いたら即行動だ!
ダダダダダダダダダダダダダダダ
半里ほどの疾駆、鞍部を超えたら国境であろうかというところに二つの人影。
中国娘の成りをしたそれは……宮本武蔵!?
その隣のデカいのは?
「乙女会長ぉぉぉぉぉぉ!?」
市が目を剥いて驚いた……
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(三国志ではシイ)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん