大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 84『絶体絶命 茶姫と共に』

2022-07-31 11:10:27 | ノベル2

ら 信長転生記

84『絶体絶命 茶姫と共に』信長 

 

 

 三国志を出ることだ。

 

 それしか馬を疾駆させている理由は無い。

 曹素が勅命を読み上げて呉の討滅を命じてしまった現在、茶姫のとる道は勅命通りに呉を奇襲する以外には、拒絶の意思を自死をもって伝えるしかない。勅命に反したとあっては、たとえ魏王曹操の妹であっても命は無いのだ。曹操は残虐非道の王だ、骸になった茶姫をそのままにはしない。首を切って洛陽の城門に晒すだろう。バラバラにされた体は城壁に吊るされて、カラスや獣たちが喰らいつくすままにする。三国志における裏切り者の末路は惨い。

 であるから、茶姫を強奪するようにして馬を走らせる。そのことを承知しているから、妹のシイ、いや、もう市でよいだろう。市も戦国の世に翻弄されて、この転生の世界にやってきた女なんだからな。茶姫を救った時点で悟っているはずだ。

「……道を変えた方がいい」

 茶姫が口をきいたのは、南への古街道が干からびた蛇のように痩せ始めた峠に至った時だ。

「これから先は放置されて獣道同然になっている」

「どうするのぉ……(╥﹏╥)」 

 清州の町はずれで迷子になった時のような情けない声で市が馬を寄せてくる。

「本街道に戻って洛陽へ……」

「ダメ、殺されて晒し首になる!」

「分かった、賭けるんだな」

「わたしが捕まるようなら、二人は逃げて。暴れまわって時間を稼いであげるから」

「是非に及ばず!」

「ちょ、あんた、本能寺、その決め台詞で自滅したのよ!」

「付いてこい!」

 市の心配はもっともだが、俺は、この決め台詞に命を吹き込み直してやる!

 

 人間五十年 下天の内を比ぶれば 夢まぼろしのごとくなり~

 ひとたび生を受け 滅せぬもののあるべきか~ 滅せぬもののあるべきか~

 

「敦盛だね……」

「知っているのか?」

「なぜだかな……扶桑からきた商人か学者に聞いたのかもしれない」

「で、あるか」

「扶桑の戦国というのは、お洒落なものねぇ……」

「おにいちゃん、関所が見えてきた」

「押し進もう、三人とも近衛将校のナリだ。勢いでいける」

 すると、市が単騎で前に飛び出した。

「市……」

 市は、関所司令の前で、カツカツと馬を輪乗りしながら声を張り上げた。

「火急の近衛伝令である! 馬を乗りつぶした、替え馬を寄こせ!」

「ハ、ただいま!」

 市の迫力に、関所司令は自ら馬を曳き、茶姫を乗り換えさせた。

「大儀であった!」

 それだけを千切るように叫んで、本街道を西に進む。

 替え馬が功を奏して、勢いを落とさぬままに三つの関所を駆け抜け、洛陽の鼻先さえ掠め、さらに二つの関所を東に抜けて、北方の扶桑(転生国)との国境を目指す。

「お兄ちゃん、狼煙が上がってる!」

 最後の関所を目前にした時、関所の手前の狼煙台に煙が上がった。

「強行突破するぞ」

「すまんな」

「「「ハッ!」」」

 三騎そろって馬腹を蹴って、一本棒になって突き進む!

「茶姫さま! お止りください! 茶姫さま! 国王陛下の命でございます!」

 関所司令は――茶姫を通すな――という命しか受けていないのだ、口上は貴賓に対するそれのままである。

「狼煙では、そこまで詳しくは伝えられないからね」

 いずれ、茶姫捕縛か討滅の命を持った早馬がやってくるだろう、敵認定される前に三国志を脱出しなければならない。

「あいにく、絶好の快晴だね……」

 茶姫が半ば諦めたように馬を寄せてくる。空気が澄んでいれば狼煙は二つ向こうの狼煙台からも視認されるだろう。

「ああ……」

 市が絶望の声を上げる。

 なんと、眼前の山に遠近二つの狼煙が上がり始めている。

「これまでだ、わたしはここで終わりにする」

「茶姫!」

「首を晒されるのも、獣どもの餌になるのもごめんだ。面倒だが、首を切って、胴と首を別々に埋めてはくれないか」

「そ、そんなことできるかっ!!」

「市……」

「できるかあ!」

 涙とヨダレでぐしゃぐしゃになって叫ぶ市に、戸惑いと感動の入り混じった目を向ける茶姫。

「こんな、こんなことで死んじゃいけないじょ(><)! 戦とか謀略とかで死んじゃうなんて、絶対、絶対、絶対にダメなんだかりゃ(><)! 死んだりゃ、ダ、ダメエエエエエ((#`O´#))!」

 こんな市は初めてだ、信長ともあろう者が、ちょっと感動しているかもしれないぞ。

 茶姫は、穏やかで、とても優しい顔になって馬を寄せると、優しく市をハグした。

「ありがとう、市の、その涙が最高の花向けだよ」

「茶姫ぃぃぃぃぃぃ!」

 え?

 その時、二筋の遠い方の狼煙が消えてしまった。まだ僅かに立ちはじめたばかりの煙は二呼吸するほどの間に霧消してしまった……いや、手前の狼煙も続かなくなったぞ。

「駆けるぞ!」

「「え?」」

 時に判断は理屈ではない、ああしてこうしてという理屈は後からやって来る。

 閃いたら即行動だ!

 ダダダダダダダダダダダダダダダ

 半里ほどの疾駆、鞍部を超えたら国境であろうかというところに二つの人影。

 中国娘の成りをしたそれは……宮本武蔵!?

 その隣のデカいのは?

「乙女会長ぉぉぉぉぉぉ!?」

 市が目を剥いて驚いた……

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
  • 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  • 織田 市        信長の妹(三国志ではシイ)
  • 平手 美姫       信長のクラス担任
  • 武田 信玄       同級生
  • 上杉 謙信       同級生
  • 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  • 宮本 武蔵       孤高の剣聖
  • 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  • 今川 義元       学院生徒会長
  • 坂本 乙女       学園生徒会長
  • 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
  • 諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
  • 大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
  •  

 

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・072『利根4号機・1』

2022-07-31 06:52:25 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

072『利根4号機・1』 

 

 

 
 波しぶき……え?

 
 意識がクリアーになると船の上だと言うことが分かった。

 振り仰ぐと、頭上に電柱のようなものが二本のびている。振り返ると、軍艦の大砲だと分かる。

 わたしは、軍艦の前甲板の砲塔の前に立っている。

 波浪がきつく、大きな軍艦のようだけど結構揺れる。

 無意識に足腰で揺れをいなしているのは、数多くの戦場で馬を乗りこなしてきたからだろう。

 右舷に向かって数歩出ると、同じ15サンチの砲塔が背負式に二基……いや、二番砲塔の後ろにさらに二基。その後ろに小振りな艦橋が精悍な騎士のヘルムのように座っている。艦橋の後ろには演奏直前の指揮者が伸ばした腕のようにマストのヤードが張りだし、その後ろには蹲ったような煙突が真後ろに煙を吐き出し、煙の合間に後部マストに翻る旭日旗が窺える。

 艦橋や甲板のあちこちに対空・対水見張り員がいるのだが、わたしの存在に気づく者はいない。

 この艦で何かをしろというわけか……う!?

 
 この艦に関する情報がインストールし終えたアプリのようにクリアになった。

 
 昭和十七年六月五日 重巡利根はミッドウェー攻略艦隊の一艦として南雲中将指揮のもとに中部太平洋を驀進している。攻撃目標はミッドウェー島であるが、近海に敵空母艦隊を発見すれば、そちらを優先的に叩くべしとの命を受けている。

 重巡利根は、その――居るかもしれない――敵空母部隊を発見するため、索敵機を飛ばす準備の真っ最中なのだ。

 史実では、この時の利根四号機がカタパルトの故障のために出発が遅れて、この時各艦から飛びたった数十機の索敵機の中で、ただ一機敵空母部隊を発見して味方艦隊に通報している。

 しかし、通報は間に合わず、ほぼ同時に日本艦隊を発見した敵攻撃機部隊によって、空母四隻を撃沈されて、日本は敗戦に至るまで勝機を失うことになる。

 これを何とかしろというわけか?

 わたしは四基の砲塔の脇を通り、タラップを上がって艦尾の飛行甲板を目指す。

 飛行甲板には不調に気づいた飛行科の整備兵たちがカタパルトに取りつき、四号機のコクピットから操縦士と測敵手が悔しそうに下りようとしている。

 このカタパルトを直せばいいわけだな。

 ん?

 なんだ、この胸騒ぎ。カタパルトの修理だけではうまくいかない気がしてきた。

 取りあえずは艦橋に向かった方がいい。

 数千回に及ぶ戦いの経験が飛行甲板に下りることを躊躇わせ、わたしを艦橋に向かわせた……。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・20『ブツを探しながら……』

2022-07-31 06:31:01 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

20『ブツを探しながら……』 



 三つの茶封筒を回収した俺は、部屋に戻って中身を点検する。

 茶封筒は、三つとも手触りからDVDとかのパッケージが複数入っているのは確か!

 

 一つ目を開けて「これだ!」と思った。

 パッケージの絵がいかにもアニメってかラノベの表紙っぽく見えたからだ。
 
 シグマは、偽装のためブツをアニメのパッケージに入れている。

 勢いのまま開けようとしたらセロファンのラッピングがされたままで、どう見ても新品だ。

 ん……『ご注文はウナギですか?』ラノベっぽいタイトルの下にウナギを追いかける男女のキャラ。

 その下に小さく《東京私立大学連合》と書かれている。

 ウ:うまい進路の見つけ方  ナ:なんでもチャレンジが道を開く ギ:ギブアンドテイクの学生生活

 どうも、東京私立大学連合というところが高校生の進路決定のために作ったDVDのようだ。

 他の二つのパッケージも、映画やアニメの体裁で作った案内DVDやらCDの類だ。

 

 思い出した。

 

 進路指導室の前には、学校やら企業から送られた資料が山と積まれていて自由に持って行っていいようになっている。

 俺も四月から三年生で心がけなきゃいけないんだが、バーゲン品の平積みみたいなのを手に取ろうとは思わない。

 中学生の小菊には珍しいんだろう、これと思う奴を備え付けの茶封筒に入れて持って帰ってきやがったんだ。

 他にもパンフやチラシが入っていて、小菊の関心の傾向が分かる。

 予想通り文系ばっかで、平凡な文学部から芸術系のものまである。

 なになに……情報工学? 理系と思いきやゲームクリエーターコースに蛍光ペンでアンダーラインが引いてある。

 こらえ性のない菊乃には無理だなあと思ってしまう。

 芸術系は、アニメーターや舞台芸術、声優コース、マンガコースなどがチェックしてある。

 ま、好きなところから手を出してみようという姿勢は悪くないだろう。入学前からアグレッシブなのは好ましい、ほんと小菊ってやつはツンツンしてなきゃいいやつ……な、なに評価してんだ!?

 いやいや、ブツだ、ブツを探さなきゃ!

 二つ目の茶封筒も似たり寄ったりだが、専門学校と就職の資料が多い。

 こちらにもDVDやCDが入っていて、近頃の進路資料のデラックスさに驚く。

 自衛隊や警察、消防のパンフに吉本興業の漫才学校のまで入っている。

 手あたり次第なんだろうけど、入試を受けに行って、これだけの進路資料を持って帰る好奇心はスゴイと思う。俺なんか、ノリスケと二人学食のガラス戸に顔くっ付けてメニューと値段の確認だったもんな。

 う~ん、小菊侮りがたしだ。

 て、また感心してどーすんだ、三週間もすれば、俺も三年生、我が身のことじゃねえか! 

 ってか、ブツだブツ!

 ブツは三つ目の茶封筒に入っていた。

 俺はこういうところがある。

 なにか探し物があるときは、ぜんぜん関係ないところばかり探して、肝心のものは見つからないか、一番最後に現れる。先天的に要領が悪い。

 ま、いい、無事に発見したんだからな。

 ただ、安心が確信に至るには少し時間が掛かった。アニメのパッケージが四つも入っていたからだ。

 いちいちパソコンにロムを飲み込ませ再生して見なければ分からない。どうやら、小菊が、そうとは知らず入れたのが混じってしまったようだ。

 で、ヒットしたのは四つ目のパッケージ。やっぱりな。

『近ごろ妹の様子が変だ!』という俺の現状をタイトルにしたようなのに入っていた。

 ブツを発見したら、三つの茶封筒を戻さなければならない。

 小菊が二階に戻って来た気配はない。

 俺は綿入れ半纏の腹に袋を隠して一階の店を目指す。

 ドアに手を掛けたところで、半纏の下から、サラサラとパンフが落ちた。

「オッ……」

 一つ上下を逆さまに持ってしまったようだ。

 急いで書き集めると……一枚の宝くじが目に留まった。

「宝くじまで入れてやがる」

 袋に仕舞いかけて思いとどまった。

 ひょっとして何等賞か当たったりしてねえだろーな。

 俺は、デスクに戻り、パソコンで当選番号を検索してみた。

 え……え…………ま、まさか( ゚Д゚)!?

 足が震えた。

 宝くじの番号は、何度見ても一等の一億円だったのだ!


☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)    高校二年  
  • 百地美子 (シグマ)    高校一年
  • 妻鹿小菊          中三 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫         父
  • ノリスケ          高校二年 雄一の数少ない友だち
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
  • ヨッチャン(田島芳子)   雄一の担任
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銀河太平記・121『再びのアルルカン』

2022-07-30 15:41:48 | 小説4

・121

『再びのアルルカン』心子内親王  

 

 

 小型機は、いわゆるシャトルという機種で、衛星軌道まで上がると母船に収容される旧式タイプ。

『あれ?』

「どうかしたの、サンパチさん?」

『母船の反応が消滅でござる』

「え?」

『扶桑の貨物船が待機していて、それに乗り込む算段になっておったのでござるが……その反応が消えてしまってござる』

「そんな……」

『目視確認するでござる』

 キャノピーのシャッターを開けて目を細めるサンパチさん。光学視力は人間の二十倍はあるから、貨物船ほどの大きさだと千キロ離れていても視認できるはず。

「見えた?」

『見えぬでござる、半径1000キロ以内に10センチ以上の物はデブリすらござらぬ……』

 

 ガクン

 

 追突されたような衝撃があって、シャトルは前方二時の方角に引っ張られていく。

「な、なに!?」

『牽引ビームに掴まったでござる!』

「え、でも周囲に船はいないんじゃ……」

『高度なステルスがかかっておるようでござる! 軍の船でも、ここまでのステルスはござらぬ……失礼するでござる!』

「キャ!」

 サンパチさんは、小さな体でわたしを正面から抱きしめた。これはロボットが人間を守るためにとる緊急姿勢だ。知識では知っていたけど、実際にやられてみると、オンブオバケに前から抱き付かれたみたいで、ちょっと息苦しい。

『万一、宇宙空間に放り出された時は、拙者の口に吸い付いてくだされ、安静状態で30分は酸素を供給できるでござる』

「そ、そうなんだ(^_^;)」

『いざという時にパニクッてはなりません、いちど練習をするでござる』

「え、あ、いや、それは……」

『あ、外見が女の子では抵抗がござるか……変えるわけにはまいりませぬが、ココちゃんの視覚野に働きかけて、好みの男性の顔にすることも可能でござるぞ』

「え、あ、いや、それも……」

 サンパチさんの顔が迫って来る! 思わず目をつぶると衝撃がやってきた!

 ブチューーーーーー!

 え、え、え?

 衝撃は口にきたんじゃない、シャトル全体がなにかに吸いつけられたみたいな、柔らかいショック。

 

 チャカ

 

 離陸した時の『カチャ』とは逆の音がして、ハッチが開いた。

『どこかの船に掴まったようでござる』

―― シャトルから出て、案内に従ってお進みください ――

 直接頭に入ってくるような声がして、おそるおそるハッチから出ると、ホログラムの矢印が現れて行き先を示してくれる。水族館を思わせる通路は床以外が透明で、湾曲した地球の北半球が宇宙の闇に光っている。状況から言って拉致されたようなんだけど、清潔で暖かい雰囲気に少しだけ気が緩む。

 サンパチさんと二人、姉妹のように手を繋いで矢印の後を付いていくと、少し傾斜があって、上りきったところで矢印が右を向く。

 シュワ

 囁くような音がして、壁が消えると、コクピット。

 数人の女の人たちが、それぞれにコンソールに向かって船を操作している。

 スペースファンタジーの古典に出てくる宇宙戦艦の艦橋の雰囲気。正面の大コンソールには艦首のボラートに繋がれたシャトルが見える。

「ようこそ、宇宙戦艦ヒンメルへ」

 中央のシートから立ち上がったのは、赤のコスに漆黒のマントを纏ったきれいな女の人。

「ヒンメル艦長の……ウグ( ꒪д꒪ lll)!」

 マントがシートの突起に引っかかって首が締まって、メグミさんがサーターアンダギーをのどに詰まらせたような声。

「艦長、マントを預かります」

 副長らしい女性がポーカーフェイスで両手を差し出す。

「すまん、内親王殿下に失礼があってはならないと思って、久々のリアルマントにしたのだが……」

「そうやって、ことさらに自分のプロポーションをひけらかすのもいかがかと……」

「う、うるさい、内親王殿下の御前だぞ(#-o-#)」

 サラリとマントを外した女艦長は、児玉元帥や伯母さまと並ぶほど、プラチナブロンドが似合う長身の女性。

「改めまして心子内親王殿下……わたくし、宇宙戦艦ヒンメルの艦長にして銀河一のパイレーツクィーン、メアリ・アン・アルルカンであります。よろしくお見知りおきのほどを……」

「は、はあ……」

「まずは、歓迎の宇宙花火を」

 アルルカンが手を挙げると、正面のコンソールが白く光った。

 光は、直ぐにすぼまって、そこにはバラバラの残骸になったシャトル。

 視線を戻すと、サンパチさんが前に立ちはだかり、女艦長を睨み据えていた……。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首 パイレーツクィーン:メアリ・アン・アルルカン
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  •  

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・071『駅前の時計屋』

2022-07-30 07:58:55 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

071『駅前の時計屋』 

 

 


 立ち眩みがして脚を踏ん張った!

 目の前が階段なのだ、わずか三段だけど踏み外せば危ない。危うくステンレスの手すりに掴まって体勢を立て直す。

 
 えと……クロノスを探して……斜め上の時空へ……向かったはず……ここは豪徳寺の駅前?

 改札を出て、真っ直ぐ行けば段差もなく道路に出られたのに、わたしってば、わざわざ右に寄ってわずか三段の階段に向かったんだ。振り返ると改札横のサンマルコカフェ……え?

 わたしってばサンマルコカフェに入ってたの?

 そう言えば、口の中に390円均一のパフェの風味が残ってる、ショーウィンドウの上段には15種類のパフェがエレクトリカルパレードの山車のように並んでいる。

 これって、制覇してみたくなるわよね。

 わたしの食べたパフェってどれだったかな……チョコバナナ? チョコイチゴ? チョコナッツ?

 う~ん、次にチャレンジするのが決められない。

「あ、武笠さんのお嬢さん」

 

 え?

 

 振り返ると、時計屋の小父さんが原チャに跨って手を挙げている。

「時計の修理出来てますよ、よかったら取りに来てください」

「え、あ、はい」

 そうだ、腕時計の修理をお願いしていたんだ。

 みそな銀行の筋向いの時計屋さんに入る。間口一間半の小さなお店だけど、大小さまざまなアナログやらデジタルの時計が並んで、そのいずれもがコチコチと時を刻んでいる。

「いいもんですね、親子孫三代で時計を受け継いで行くってのは。大事にお使いでしたんで、ほとんど分解掃除だけで済みました。あとはベルトの交換だけです、お気に入りのを選んでください」

「あら、どれも素敵で……」

「実用ならステンレスのだけども、ちょっとそっけないかな。皮はシックでエナメルはきれいですが、お召しになる衣装を限定してしまいます。他にもTPOとか……」

「う~ん……ほとんど制服だから……これかな?」

 ちょっとシックなブラウンとレッドの中間色ぐらいの皮のを選んだ。

「承知しました、五分ほどで仕上がりますから、掛けてお待ちください」

 丸椅子を勧められて、制服の襞を気にしながら腰掛ける。

 幾十の時計が時を刻んでいるのは気持ちがいい、小父さんの調整がいいんだろう、ほとんど秒針まで同じに動いている。今どき珍しい鳩時計などもあって、まもなく五時の時を刻もうとしている。

 あと一分……三十秒……十五秒……五秒、四、三、二、一!

 あ……それは鳩ではなかった。

 剣を携えた戦乙女が出てきて、キッと顔を上げると天に向かって剣をかざす。

 一回 二回 三回 四回 五回……なるほど、これが時報になっているんだ。

「まだ修理中でしてね、直ったら『エイオー』って鬨の声をあげます。はい、できました」

 小父さんは、仕上がった腕時計をビニールの袋に入れてカウンターに置いてくれる。

「おいくらになりますか?」

「メンテナンスこみで、二千円頂戴します」

 意外にお安い、制服の内ポケットからお財布を出し、千円札を二枚取り出そうとして……光るものに気が付いた。

 これは……?

 見つめていると、光は急速に輝きを増していく……エーゲ海の真珠だ。

 カチコチ チカチコ チカチカ コチカチ コカカカ カカカコ カカカカ……

 時計たちがデタラメに動き始め、それまで揃っていた時間がメチャクチャになってしまっている。

「やれやれ……そんなものを持っていたんだね」

 小父さんが、憑き物がとれたように白けた顔になっていく。

「思い出した、わたしはクロノスに会いに来たんだ」

「わたしが、そのクロノスだよ。大人しく、その腕時計を受け取って店を出たら、おまえの身の周りだけはまともにしてあげようと思ったんだけどね、それはポセイドンに持たされたのかい?」

「これを飲んでください」

「そういうわけにはいかない、こうなったらブリュンヒルデ、おまえに次元の歪みを正してもらうしかない。まずは、あの時空だ」

「あ……」

 クロノスが指差した時計の文字盤が白く光り、瞬くうちに広がったかと思うと、わたしを包んでしまう。

 フッと立ち眩みに似た浮遊感に襲われた……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
  •  

 

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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・19『神楽坂高校の茶封筒』

2022-07-30 06:48:55 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

19『神楽坂高校の茶封筒』 





 今の俺は二つ問題を抱えている。

 一つは、妹の小菊がこともあろうに、俺の高校を受験したこと。

 当たり前の兄妹なら妹が同じ学校に進学したって、たいした問題じゃない。

―― え、おまえと同じ苗字の子、おまえの妹か? ――

 学年はじめに、ちょっと噂になってお終いだろう。

 俺んちの妻鹿という苗字はめったにない。苗字が同じなら兄妹と思われるのが自然だろうからな。

 ちょっとハズイけど、血を分けた妹の為なら、そのくらいのことは辛抱してやる。

 普通人間を目指す俺は、世間一般の兄貴がしてやることや我慢することについてはノープロブレムだ。

 小菊は、俺に対して口を利かない限り、ミテクレは可愛いし素行も悪くない。いや、同世代の女の子としては様子のいい方だ。

 俺んちは、ひい祖父ちゃんの代までは、江戸時代から続く芸者の置屋だった。

 いわゆる粋筋家業で、立ち居振る舞いにうるさい。祖父ちゃんの代でパブになり、当代の親父はサラリーマンの中間管理職。伝統は薄まったとはいえ、そこは環境、俺も小菊も人さまへの挨拶や対応はきちんとしている。

 ただ、兄妹仲という点だけは最悪だ。

 小菊が俺を呼ぶときの枕詞が「腐れ童貞」という一言でも分かってもらえると思う。

 それが同じ学校に来れば、狭い校内だ、どこかで小菊と衝突することは目に見えている。

 衝突すれば「腐れ童貞」から始まって、雨あられのごとき罵詈雑言を浴びせられる。

 俺はいいんだ、家で言われ慣れているし、ま、いいんだ。

 問題は、家でそうであるように、罵詈雑言に手足が出るようになると、薄皮のような化けの皮が剥がれてしまって、小菊が落ち込んでしまうことだ。

 自覚は無いかもしれないが、小菊は逆境に弱い。

 小菊については、できるだけ関わらないというのが俺のコンセプトだ。

 小菊が『身から出た錆』的逆境に耐えられなくなったとき、ま、不登校とか引きこもりとか、ね。

 あっては欲しくないけど、プッツンして暴れまくったりしたら(小中で二度ばかりプッツンしている)兄妹思いの心情だけではいかんともしがたい事態になることが予想される。

 もう一つの問題が……。

「どっこいしょ!」

 小菊が、我が家の多目的スペースである店のフロアーに山ほどの荷物を持って現れた。

「ちょ、じゃま」

 俺が昼寝を決め込んでいたボックス席に、ドサッと荷物を置いた。

 チ

 もめ事は御免なので、大人しく舌打ち一つだけで隣りの二人席に移動する。
 
 どうやら入試は楽勝の手応えであったらしく、四月からの新生活のために身の回りを片付け始めたようだ。

 外面だけがいい小菊は身の回りの整理が出来ない。

 従って自分の部屋はゴミ屋敷ジュニアという感じで、本気で整理しようと思ったら、広い場所に一切合切をぶちまけるしかない。

「あーー小学校の標準服なんていらないなあ……てかカビ生えてるじゃん!」

 しわくちゃの標準服をゴミ袋に突っ込む。

「中学の教科書とかも廃棄廃棄っと」

 教科書を突っ込む。

「ヤダー、これって写真が入ってる~!」

 写真の箱を開けて捨てるかと思いきや、シートにひっくり返り、写真の箱を腹の上に載せて鑑賞し始めた。

「キャー、うっそ、信じらんない!」「ヤダー、なにこれ!」「オ、チョーウケる!」「イッヤー、めちゃカワユイじゃん、このころのあたしって!」

 などと言いながら足をバタバタ、こういうところは保育所のころから変わっていない。

 変わっていないから困るんだ、春の盛りを先取りしたような短パンの裾から中身が見えてしまう。

 むろん注意はしない、腐れ童貞の上に変態が付くのがオチだからだ。

 読みかけのマンガを持ってカウンター席に移動することにする。

 ボックス席の横を通るとハッとした。

 乱雑に積まれた荷物の上に中学やらの学校関係のプリントが積まれていた。

 その中程から覗いている茶封筒に神楽坂高校の文字が見えた。

 ピンときた、シグマが俺んちの郵便受けに入れた例のブツだ!

 シグマと別れ、家の郵便受けを覗いて焦った。

 例のブツが入ってないからだ。

 その後、お隣りさんが回覧板を郵便受けに入れたことが分かり、お袋が取り込んだときにポスティングされたチラシなどに紛れて学校の茶封筒が入っているのに気付き、茶の間のテーブルの上に置いて忘れてしまったらしい。

 回覧板を回しに行って話し込んでいるうちに飛んでしまったらしい。なんせ、その日の郵便受けには近所に建ったマンションの案内やらの封筒が三つも入っていたらしいからな。

 物が物だけに、問いただすわけにもいかず悶々としていたのだ。

 小菊がトイレに立つのを見計らって、茶封筒をゲットする。

 ところが、茶封筒の下には、全く同じ学校の茶封筒が二つもあった。

 あれ?

 疑問に思いつつも、俺は合計三つの茶封筒を綿入れ半纏の中に隠して自分の部屋に戻ったのだった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)    高校二年  
  • 百地美子 (シグマ)    高校一年
  • 妻鹿小菊          中三 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫         父
  • ノリスケ          高校二年 雄一の数少ない友だち
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
  • ヨッチャン(田島芳子)   雄一の担任


 

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魔法少女マヂカ・285『八丈島沖空中戦・1』

2022-07-29 12:18:27 | 小説

魔法少女マヂカ・285

『八丈島沖空中戦・1語り手:マヂカ 

 

 

 北斗(特務師団高機動車)は欠員のまま大塚台公園の基地を飛び立った。

 

 さすがに、位相変換もせずに飛びたったわけではないが、機関士(友里)、機関助手(ノンコ)、砲雷手(清美)の三人を欠いていては実力を発揮できない。

 ブシューー!

「こら、ベント早すぎ!」

「手順に間違いはない! きちんとテイクオフの5秒後だ!」

 安倍隊長の注意に文句で返すブリンダ。

「位相閉鎖が完全じゃない、漏れた蒸気がリアル空蝉橋にかかってる!」

「下はJRだから、誤魔化せるだろが」

「今どき都内でSLなんか走らん! サム、パルス砲試射」

「アイ、マム!」

 ズビーーーン!!!

「フルパワーで打ってどうする!」

「ソーリー、仕様が第七艦隊とちがうもんで」

 ズゥイーーーーーン

「ブースト、第二戦速、進路八丈島。ブースト閉鎖、赤黒なし」

「早すぎ、失速するぞ!」

 ガクン

「ほら、頭が下がった、上昇角20度、ブーストフタジュウ!」

「あ、ベント閉まったまま!」

「速度もどーせ! 進路そのまま、ヨーソロー!」

「ちょ、速すぎ!」

「ヨーソロは力まないで言って! 今のヨーソロは第二戦速の勢いだ!」

「ええ、もう、とっとと八丈島に向かええええ!」

『北斗はバージョンアップしとるんだ、オートのボタン押すだけで普通に飛ぶ。おまえらは、計器見て復唱するだけでいい!』

 モニターの司令が呆れている。

 

 なんとか十分遅れで八丈島上空に着いて下降すると、雲の切れ間にキラリと光るものがある。経験から、剣のようなものが光を反射していると分かる。

 敵をあぶりだすために主砲の発射を具申しようと思ったが思いとどまる。敵を視認できれば、こちらの居場所を暴露する発砲はしなくて済むからだ。

「孫悟嬢!」

 安倍隊長が、ちょっと対抗心のこもった声を上げる。

 我々同様にファントムを敵とする魔法少女の対抗心でからではない。

 トキワ荘で初めて会った孫悟嬢が自分よりも美しいのが気に入らないのだ。

 特務師団の魔法少女は、いずれもお約束通りの美少女ばかりだが、安倍隊長は、それに嫉妬することは無い。

 自分自身、かつてはアキバのメイドクィーン、バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世の看板を張っていたので、メイドのメイン属性である『萌』には免疫がある。いくら美少女でも、それは所詮女としては未熟未完成の『萌』に過ぎない。普遍的成人女性美という点では圧倒的に自分にアドバンテージがあるという自負があるのだ。

 それが、トキワ荘で間近に見た孫悟嬢は中国四千年の歴史を体現したような美しさとだと脳みそとほうれい線の皴に刻み込んでしまったのだ。

 正直、そこまでの歳ではないと思うのだが、日中国交回復以来中華礼賛に染まってしまった教育現場に身を置いているせいか、中国の留学生や若者に大学でも就職戦線でも水をあけられた世代のトラウマか、はたまた、憂さ晴らしで、ついポチってしまうネット通販の商品のことごとくが中華製であることに脅威を感じてなおポチらずにはおられない心の弱さの反映か、そのいずれもが自己嫌悪の裏返しであるとも気づかずに、中華美女を恨みかつ恐れている。

「あれは、如意棒だ!」

 大連で見慣れているわたしとブリンダには分かる。

 筋斗雲を目くらましに使って、敵を翻弄し、如意棒で敵に立ち向かっているのだ。

 主砲を発射するまでもなく、敵は、孫悟嬢の視線の先に浮かんでいるはずだ。

「面舵フタジュウ! 上昇角ヒトジュウ! 右舷(みぎげん)砲雷戦ヨーイ!」

「面舵フタジュウ! 上昇角ヒトジュウ!」「右舷(みぎげん)砲雷戦ヨーイ!」

 安倍隊長の指令に、ブリンダとサムの復唱が続く。

 さすがに、戦闘を前にしての指令と操作にブレは無い。

 孫悟嬢の斜め前方に躍り出た我々の目前に現れたのは、北洋艦隊の主力であった定遠と鎮遠であった。

「主砲! パルス砲! 斉射! テーーーー!」

 ズビーーーン!!

 惜しくも二艦の鼻先を掠めるに終わった初撃だったが、孫悟嬢を回避させるのには十分であった。

 ……八丈島沖空中戦が始まった。

 

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長 アキバのメイドクィーン(バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世)
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔
  • サム(サマンサ)     霊雁島の第七艦隊の魔法少女
  • ソーリャ         ロシアの魔法少女
  • 孫悟嬢          中国の魔法少女

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • ファントム      時空を超えたお尋ね者

 

 

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・070『ゼウスとポセイドン』

2022-07-29 06:28:46 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

070『ゼウスとポセイドン』 

 

 

 
 白い虚空と言うのはやっかいなもので、上下左右があやふやだ。

 
 堕ちていると思ったら、瞬間で上昇したり左右への方向移動になったり、でたらめな軸を中心に回転したり、あるいは、その複合運動であったり、人間なら耐えられない動きをしている。

 例えるなら全自動洗濯機のドラムに入れられ、そのドラムごとナイアガラの滝から落とされたような按配だ。

 何十秒か何時間か、判然としない時間が過ぎると急速に落ち着いて来て、足の裏が地面に付いている感じになって静止した。

 ここが次の異世界か……?

 
――すまん、ちょっと立ち寄ってもらった――

 
 脳みそに直接語り掛けてくる声がした。

 振り返ると懐かしい顔が二つ、第一印象は――老けたなあ――だ。

「ゼウス……そっちはポセイドンか?」

 二人は遠縁にあたるギリシアの主神ゼウスとその弟のポセイドンだ。

 むかし、ゼウスの娘アルテミスが月に引きこもった時に相談されて以来の邂逅だ。

「ブリュンヒルデは相変わらずだな」

「ここが問題の異世界か?」

「いや、時空の狭間だ」

「正しくは、時空の狭間に浮かんだオリンポスの空気の中だ。兄者が、どうしてもオーディンの娘に言っておかなければならないことがあるというので、エーゲ海の泡を時空の狭間に打ち上げたものだよ。泡が弾けるまで……十分もない、兄者、手短にな」

「ああ、分かっている。ブリュンヒルデ、おまえは綻び始めた世界を救いに行く途中なのだな?」

「ああ、全ての世界を正すことはできないだろうが、手の届くところだけでもという思いだ。そうだ、もし思い当たる異世界があれば教えてくれないか、やみくもに当たるのは、ちょっと不安でもあったんだ」

 ゼウスはオリンポスの山から全世界を見下ろしているはずだ、父のオーディンよりも見えていてもおかしくはない。古代ギリシアの昔から全知全能の触れこみなんだからな。

「いまは、自分の世界さえ意のままにはならないんだ。まして異世界の事など、とてもとても」

「兄者、急いでくれ、もう二分も持たないぞ」

「ああ、異世界の群れの束ねは複数の神が担っているが、その一人がわが父なのだよ」

「ゼウスに父親が居るのか?」

「ああ、クロノスというヘンクツ親父だ。時空を超えて時を支配している。クロノスならば、どこを直せば全体のつり合いがとれるか分かっているはずだ」

「そうなのか、ありがとう。手当たり次第に目についたところから当たらなければと覚悟していたから助かる」

「兄者」

「ああ、アルテミスのことで世話になって、その礼も済まないうちに申し訳ないんだが……クロノス……親父に会ったら、オリンポスに戻ってくるように伝えてはくれないか。いや、父も歳なんでな、少しは息子らしい孝養をと思ってな」

「兄者」

「ああ……実のところは、年老いた父の力を借りなければオリンポスの平安も図りがたくなってきておってな」

「そうなのか? ギリシア神話と言えば我々ブァルハラの世界よりも堅牢であろうに」

「まあ、ことのついでという感じでいい。半分は、年老いた父にもオリンポス再興の栄誉の一端をと願う気持ちなのだから」

「見栄を張るな兄者、今年はオリンピックも開けない状況ではないか」

「あれはコロナウィルスの影響で仕方なく……」

「中共ウィルスだろうが。いや、言い合っても仕方がない、ブリュンヒルデ、これを……」

「これは、エーゲ海の真珠……!?」

「ああ、本来ならアルテミスの事で世話になった礼の徴(しるし)になるものだが、こいつを親父に飲ませて欲しい。強制的にオリンポスに転移させられる」

「分かった、預かっておこう。老人を騙すようなやり方は嫌いだ、きちんと話して納得してもらったうえで飲んでいただく」

「しかし、まともに言っては……」

「兄者、時間だ」

「ああ」

 
 パチン

 
 泡が弾ける音がして、ギリシアの二柱の神は降下していき、わたしは斜め上のさらなる時空へ飛ばされて行った、

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・18『メガトン級』

2022-07-29 06:03:57 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

18『メガトン級』  

 


 ロシアが戦争を始めた時と近所の幼なじみが宝くじの一等を当てた時はメガトン級にぶったまげた。

 でも、それは、あくまでも俺の外側で起きたメガトン級で、俺の生活が脅かされるようなことではない。

 ま、世界はワンダーランドなんだと、池上彰さんの特番やら近所の噂で面白がっていればいい。

 しかし、とうとう俺の平穏な日常を根底から覆すメガトン級が起こってしまったんだ!

 

 話は昨日のことだ。

「あ、お弁当忘れてる!」

 朝の食卓でお袋が叫んだ。

「学食とか開いてないのかぁ?」

 新聞から目も離さないで、親父が呑気に言う。

「入試の日に食堂なんか開いてないわよ。お父さん、出勤の途中で届けてやってくれない?」

「だめだよ、仕事に遅れる」

 お袋は無意識に松ネエの席に目をやった。松ネエは、大学入学のなんやかやのために昨日から静岡に帰っている。

 小菊の入試なんてどうでもいいんだけど、こういう時の雑用がストレートに回ってこないことが、少しだけいぶかしかった。

 ガキの頃から、こういうお使いめいたことは俺の仕事だからな。でも、お鉢が回ってこないのはありがたいことだ。

「ごっそさまー」

 今日は観るぞと決心した映画を観るために二階へ上がろうとした。

「雄一ぃ、行ってやってくれないかぁ」

 祖父ちゃんがサラリと言った。

 心なし空気が固まった。

「俺? ま、いいけど」

 こういうところ、俺は素直だ。

 俺はもめ事とか気まずくなるのが苦手だ。

 だから、頼まれればよほど理不尽なことでない限り引き受けてしまう。余計なことには関わらないことと合わせて、俺の処世訓だ。

 しかし、引き受けることと関りにならないことは相反していて、その兼ね合いが難しく、往々にして後悔や騒動の種になる。

 ほら、シグマを堂本の理不尽から救ってやったこととか、予約してたエロゲを取りに行ってやったりとかな。

 でも、入試に弁当無しは可哀そうだ。届けてやらずばなるまい。

 間違ってないよな?

「わかった、文京? 牛込?」

 俺は、小菊の成績と家からの距離から二つの都立高校の名前を上げた。

「都立神楽坂だよ」

「え?」

 俺は固まってしまった。

 だって、都立神楽坂は俺が通っている学校だぞ。

「小菊のやつ、俺の学校受けてんの?」

「そーだよ、勝手知ったる自分の学校だから頼んだよ」

 お袋はピンク色の弁当袋をズイっと俺の方に押して台所に消えた。親父も新聞を畳んでネクタイを締める。

「じゃ、行ってくるよ」

 バイデンの当確を知ったトランプは、その時の俺と同じくらいのショックだっただろう。

 小菊とは、この三年まともに口をきいていない。

 兄の俺がすることは箸の上げ下ろしどころか息の吸い方まで気に入らない小菊だ。

 ま、思春期には、どこにでもある話なんで、無理くりな関係改善なんか考えてもいないし望んでもいない。

 松ネエが来ることになった夜に、小菊はスネマクリの発作を起こした。

 家の中でツンツンしてる分には何も言わない。

 だが、人さまを理不尽に不快にさせることは許せない。二階の部屋まで追いかけた……けど、そこで俺は引き返した。
 結果オーライで、祖父ちゃんが丸く収めてくれたからな。

 そうなんだよ、感情に走っちゃいけないんだ♪

 坂の向こうに校舎の先っぽが見えるころにはアニソンの鼻歌気分だった。

 学校の正門は閉められていた。ま、入試当日なんだから当たり前。

 で、守衛室に声を掛けた。

「すみませーん、妹が弁当忘れたもんで届けに来ました」

「うーーい」

 声を聞いてマズイと思った。声の主は、あの堂本だ。

 私服で来たことを咎められたが、入試に関わることなので、それ以上言われることも無く弁当を預けられた。

 任務完了。

 難儀なことが一つ済めば、とりあえず安心してしまうのが俺の性だ。

 その帰り、角を曲がったら自分の家というところでシグマに出くわした。

 

 最初は分からなかった。

 シグマは制服でもなく、アキバで見かけたオタフアァッションでもなく、フリフリのサロペットにボーダーのニーソという女の子っぽい出で立ち、それもルンルンでスキップなんかしていたからだ。

「お、お、お、やっぱシグマじゃんか!」

 最初こそ気恥ずかしそうに、一見不機嫌に見えるΣ口を尖らせたが、たった今クリアしたエロゲを届けたという話になると、キラキラと目を輝かせた。

 たぶん、気を使わないでエロゲの話をできるのは俺くらいのものなんだろ。

 ま、それもΣの誤解……ひょんなことでアキバで出くわし、祖母ちゃんの危篤という緊急事態で、予約していたエロゲを受け取りに行ってやるというお人よしをやったので、俺のことを同じカテゴリーの人間だと思い込んでいる。

「ネタバレになることは言いませんけど、アズサは最後に攻略してくださいね。きっと感動の暴風雨です! こんな感動したのは生まれて初めてでした! クリアしたら知らせてください、あ、クリアしなくても分からないこととかあったら連絡してください、今年度の萌えゲアワード大賞間違いなしなんですから!」

「そっか、それは楽しみだな(ほんとは戸惑いまくってるんだけど)、じゃ、預かろうか」

「あ、いま、先輩んちのポストに入れてきたところです」

「な、なんだって……」

「あ、大丈夫です、他の人には分からないようにアニメのパッケージで、袋も学校の茶封筒にしときましたから(^^♪」

「そ、そっか」

 話もそこそこに、俺は家に駆け戻った。

 で、郵便受けにはブツは無かった……。
 


☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)    高校二年  
  • 百地美子 (シグマ)    高校一年
  • 妻鹿小菊          中三 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫         父
  • ノリスケ          高校二年 雄一の数少ない友だち
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
  • ヨッチャン(田島芳子)   雄一の担任

 

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くノ一その一今のうち・15『社長室を盗み聞き』

2022-07-28 12:24:08 | 小説3

くノ一その一今のうち

15『社長室を盗み聞き』 

 

 

『吠えよ剣!』の仕事から帰って来ると、金持ちさんがオイデオイデをしている。

 

「なんですか?」

 開き直ってツアー旅行の色々をググっているのかと思った。モニターの画面にはそういうのが並んでいたからね。

「あ、もう一個次だった」

 Escをクリックすると、社長室が映し出される。

 社長室には、百地社長と、テーブルを挟んで割腹のいいタヌキじじい。こっちに後頭部を向けているけど、忍冬堂のおばちゃん。

「これ付けて」

 渡されたイヤホンを付けると、オッサン二人の話声。おばちゃんは秘書みたいに静かに聞いている感じ。

 

社長:「もう少し、うちで鍛えてからと思ったんですが」

タヌキじじい:「あの方ご自身が気に入っておられる、専属にして問題はないと思うんだが」

社長:「代役や身辺警護なら、今のままでも十分だとは思うんですが。社長は、その先のこともお考えなんではありませんか?」

タヌキじじい:「それは、まだまだ先のこと。とりあえずは、今の手当てが大事だと思っている。五年十年の先を考えて、今を台無しにしては意味がないからね」

社長:「しかし、あのお方は健やかにお育ちです。他の者でもお役に立つのでは?」

タヌキじじい:「いや、僕はこう思うんだよ。単に代役をやったり身辺警護の役に立つだけではなくて、いっしょに感じたり悩んだり、時には言い争うことがあった方が、将来的には実りが大きいような気がする」

社長:「しかし……」

タヌキじじい:「あの家の開祖は、そうやって偉大な人物になられた。あのお方にも、その血が流れている。僕の目に間違いは無いと思うんだが。どうだろう忍冬堂のおかみさん?」

忍冬堂のおばちゃん:「社長のご先祖も、そうでしたね」

二人:「「どっちの社長?」」

忍冬堂のおばちゃん:「お二人共ですよ」

二人:「「ワハハハハ」」

忍冬堂のおばちゃん:「いかがです、あの子の移籍だけを考えるから、お二人とも慎重になるんです。いっそ、この事務所ごと系列になさったら。赤信号みんなで渡れば……って言いますでしょう?」

二人:「「なるほど!」」

三人:ワハハハハ(^▽^)

 

「おばちゃん、グッジョブ!」

「金持ちさん、今の話って?」

「うちの事務所がね、でっかい会社の系列に入れて、経理とか赤字とか仕事とかの心配しなくてよくなったってことよ!」

「そ、そうなんですか? でも、あのお方とか、あの家とか、それに、移籍とかの……」

「んなことはどうでもいいのよ! よし、家持ち嫁持ちにも連絡して、今夜は宴会だ!」

 いそいそとスマホを出す金持ちさん。

 

 まだ社長からの話はないんだけど、社員とバイトのわたしで、その晩は宴会になった。

 そして、あくる日、わたしは丸の内にある大きな会社に行くように社長から指示された。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・069『蚕食』

2022-07-28 08:12:00 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

069『蚕食』 

 

 

 
 無数にある異世界の中で軸になっているのが、儂の世界とヒルデが飛ばされた世界だ。

 父、オーディンが広げた両手の先を異世界の両極に例える。

 
「この両の手の平の間に、数多の異世界があって、両極が不動であることによって全体が安定する」

「今は、その両極が不安定ということなのか?」

「分かっているだろう、おまえが戦死者を選ばないものだからラグナロク(最終戦争)の予定が立たん」

「あらかじめ戦死する者を選ぶなんて、わたしにはできない」

「今はまだいい、ヴァルハラ一つなら、しばらくは儂一人でなんとかする。ヴァルハラ以上に厳しいのが、おまえが居る世界だ」

「ああ、まだ名前を取り戻してやらなければならない妖が無数にいる。他に訳の分からない魔物とかも出始めているしな」

「そんなヒルデには酷な話なんだが、周辺の異世界の歪みも放置してはおけなけなくってきている」

「それを、わたしにやらせようと言うのか」

「儂やトール元帥も手の届く限りは処理しよう。しかし、こちらに近い異世界は、ヒルデがやったほうが効率がいい」

「そうなのか?」

「ああ、どうしても手に余るものは……互いに助け合おう」

「『互いに』というところで言いよどんだな」

「突っかかるな、ここの世界は直ぐに崩壊する。少しでも早く綻びの浅い世界を救いにかからねばならんぞ」

「なにか誤魔化していないか?」

「ほら、この世界を蚕食する音がしだしたぞ」

「え?」

 耳を澄ますと、ムシャムシャと、それこそ毛虫が葉っぱを食いつくすような音が聞こえてきた。

「上から見るぞ、付いてこい!」


 父と並んで上空三百メートルほどに駆けあがる。


 上空には遮蔽物が無いために蚕食の音はますます大きくなり、ムシャムシャはバリバリと荒っぽくなっている。

 そして、眼下には、巨大な虫……いや、マイバッグ共が口を開いて世田谷区を食っている。

「こいつらが、世界を食っているのか!?」

「ああ、ここいらではマイバッグだが、場所を変えると他にも色々のものが居るぞ」

「あれをやっつけろと言うのか?」

「ここは、もう手遅れだ。見ろ、真下を」

「真下……あ!?」


 たった今まで居た武笠家の敷地は暗い穴に滲んで、穴からは三匹のマイバッグが盛んに残った地面を食いつくそうとしている。


 三匹のマイバッグが、敷地の最後に噛みついた時、世界はグニャりと歪んで、わたしは声をあげることもできなかった。

 シュボン!

 マイバッグが世界を食いつくした音がして、わたしは白い虚空に投げ出された……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・17『クリアの朝』

2022-07-28 06:51:34 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

17『クリアの朝』  


 気が付いたら朝になっている。

 カーテン越しでも朝の日差しは暴力的だ。夕べの……明け方近くまでの感動をサラサラと蒸発させてしまう。

 着替えを抱えて風呂場に直行。

 風呂場の人工的な光りと温もりなら感動は余韻となって頭や体にわだかまってくれる。

 風呂場の鏡が湯気で雲ってシットリと、あたしの裸を映す。

 普段、自分に関しては裸の体はもちろん、顔だって見ない。

 信じられないかもしれないけど、鏡の自分を見なくても顔を洗えるし歯も磨ける。三月に一度いく美容院でも鏡の自分は見ないんだ。

 電車に乗っていて、不意にトンネルに入った時なんかに、ガラスが鏡のようになって、暴力的に自分の顔が迫ってくることがある。空気が圧縮されて――ドン――というエフェクトまで付いて、本当に不意打ちの攻撃。

 反射的に目をつぶるか避けてしまう。

 曇り鏡のあたしは、マシュマロみたいにソフトだ。

 アンドロイドのアズサみたいだ。

 アズサは数十分前にクリアした『君の名を』のキャラ。

 二次元のアズサは、とてもピュアだ。でもってソフトだ。

 ピュアは別として、ソフトなところは曇り鏡のあたしと重なる。

 アズサは主人公を守るためにラスボスに立ち向かって自爆する。自爆の瞬間、任務に関するデータが防衛軍のCPに送られ、そのデータを基にバージョンアップされたアズサ、アズサは任務に伴う名前だから、AD1201というシリアル。それにリストアされる。

 任務を離れ主人公を愛した心は任務外のことなので引き継がれることはない。

 アズサは自分の愛と引き換えに主人公を守ったんだ。

 リストアされたアズサは、プラタナスの通学路で主人公とすれ違うんだけど、救った世界は時間が巻き戻っていて、主人公もアズサを恋人だとは認識していない。他の学生たちといっしょにモブの一人としてすれ違って、カメラはどんどんロングになって、二人ともゴマ粒よりも小さくなって見えなくなってしまって、テーマ曲とともにエンドロール。

 エンドロールの最後にスペシャルサンクス……百地美子。 

 

 今日は後期選抜募集の入試のために学校は休みだ。休みだから、ほとんど徹夜して『君の名を』をクリアした。

 アズサ以外に攻略できるヒロインが三人いるけど、アズサのイメージというか余韻を大事にしたいので、このまま先輩に貸してあげようと思い立つ。

 スマホを手に取るけど「ま、いっか」と呟いてリュックに仕舞う。

 電話をしてもメールをしても、先輩はきっと気を遣う。

 メモを添えて郵便受けに入れておくだけでいいや。念のため学校の茶封筒に入れて封をする。

 肌寒いけど三月も中旬。

 ドアを開けた瞬間、かすかな春を感じて、とっておきに着替える。

 若草色のサロペットスカート。

 切り返しが高くて脚が長く見える。スカートもたっぷりの生地で、普通に穿いても、なんだかパニエを付けたみたいにフワフワなのだ。 

 ちょっと少女趣味。来年は、もう着れないだろう。

 今日だってゲームをクリアした高揚感があるから着れるんだ。

 このスカートから見えるのは産毛が目立つ生足じゃだめなんで、スカートの色が入ったボーダーのニーハイにしている。

 あたしだって女の子なんだ、ちょっとばかし嬉しくなった。

―― アズサの攻略は最後にした方がいいですよ ――

 メモを付けて、先輩の家の郵便受けに投函する。

 郵便受けの屋根の所をスリスリ、ゆっくり楽しんでくださいの気持ちを込める。

 スカート閃かせてスピン、何年かぶりのスキップなんかが自然に出てくる。我ながら上機嫌だ。

 角を曲がってビックリした。綿入れの半纏着た先輩が腕組みして歩いてくるではないか!

 春めいた気持ちは吹っ飛んでしまったけど、スキップの勢いはそのままで先輩とすれ違う。

「………?」

 先輩が気づく気配がした。フワフワのサロペット姿、それもスキップなんかしてるのが恥ずかしくて気づかないフリ。

「え、シグマか?」

 スキップが停まってしまう。

「お、お、お、やっぱシグマじゃんか!」

 ニコニコ笑顔の先輩に前に回り込まれてしまった(;'∀')!

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)    高校二年  
  • 百地美子 (シグマ)    高校一年
  • 妻鹿小菊          中三 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫         父
  • ノリスケ          高校二年 雄一の数少ない友だち
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
  • ヨッチャン(田島芳子)   雄一の担任


 

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ピボット高校アーカイ部・19『貫川(つらぬきがわ)から』

2022-07-27 13:42:59 | 小説6

高校部     

19『貫川(つらぬきがわ)から』 

 

 

 要の街を南北に貫く一級河川を、その意味の通り貫川(つらぬきがわ)という。

 

 あんまり当たり前すぎでそのままの名前なので、要でなくとも日本人の半分はイメージしながら読めるだろう。

 貫川には幾本も東西への支流が繋がり、その支流も支流ごとに南北に伸びる水路によって結ばれて、要の街が水運によって開けた街であることが偲ばれる。

 その支流の一つにかかっているブリキ橋、そのたもとに螺子先輩と立っている。

 プッペでメンテが終わった時に約束したツアーだ。とりあえず、今週いっぱいはやるぞと先輩は意気込む。

「『螺子を裸にするツアー』の一番は、やっぱりここだ!」

「あ、ただのツアーでいいですから(^_^;)」

「そうか、じゃあ『螺子のヌードツアー』だ」

「変わってませんから(-_-;)」

「じゃ、略してNツアーだ」

「ま、それでいいです」

 この喋り方で分かる通り、先輩は部活体だ。新品同様になったボディーで埃まみれの汗まみれにしたくないというので、古い方のボディーにしている。街の中を歩くのに、そんなに気を遣わなくてもと思うんだけど、おニューは大事にしたいという女の子らしいこだわりだと、一応は微笑ましく思っている。

「この橋の名前を知っているかい?」

「はい、ブリキ橋です」

「おかしいと思わないか?」

「え?」

「この橋は、小振りだが、堂々たる石橋だ。ブリキ製ではないぞ」

「あ、そうですね」

 子どもの頃からブリキ橋で耳慣れているから、ことさら「ブリキ」を不思議に思ったことは無い。

「正しくはブリッケ橋だ」

「あ。ああ! ブリッケがブリキに転化したんですね」

「ブリッケ、正しく発音するとブリュッケ(Brücke)、ドイツ語だ」

「あ、そうか。ドイツ人捕虜と関係があるんですね!」

 このツアーは、百年前のドイツ人捕虜と先輩の関係を探るというか確認する日帰りツアーなんだ。いや、何日かかかるから、通いのツアーかな。

「この先に捕虜収容所があったんだ。毎日散歩に出る時に、この橋を渡るんだが、痛みのひどい板橋だったんで捕虜たちが石で作りなおしたんだ」

「あ、そうだったんですか! それでブリュッケ! 設計したドイツ人技師の名前ですか?」

「いや、ブリュッケ(Brücke)はドイツ語の普通名詞で、ただの橋だ。英語で言えばブリッジ」

「そうなんだ」

「ドイツ人捕虜としては、自分たち捕虜も使うものだし、ことさら立派なものを作ったという意識も無くって『普通に橋でいいです、なにかいい名前があれば要のみなさんで付けてください』ということだ。捕虜隊長も面白い人物でな、ブリュッケがブリキに転化して、愉快に笑っていたそうだ」

「そうだったんですか」

「十年ほどは『ブリキ橋』と木の札が掛かっていたんだがな、朽ちてからは、そのままだ。空から見てみよう……」

 そう言うと、先輩はカバンから折り畳みのドローンを取り出した。

「貫川の意味は知っているかい?」

「これは日本語でしょ、まんま要の街を貫いていますし」

「むろんだ、感じでも『貫川』だしな……」

 ドローンは、あっという間に30メートルほどの高さに至った。コントローラーの画面には南に一本棒に伸びていく貫川が映っている。

「ああ、やっぱり真っ直ぐに貫いているんだ……」

「と、思うだろ……」

 ドローンは、グンとスピードと高さを増して、下流の方に進んでいく。

「あ……」

 河口近くになると、真っ直ぐだと思っていた貫川は、クニっと西の方角、角度にして10度ほど曲がって要湾に注いでいる。

「河口の際だし、緩いカーブなんで、地上からではほとんど気が付かない」

「なんで曲がっているんですか?」

「東の方に岩盤があってな、曲げざるを得ないんだ」

「そうなんだ」

「ドイツ人も不思議に思って、街の役人に聞いたんだ。するとな、貫川の『貫』は意味が違うことを知ったんだ」

「違うんですか?」

「ほら、拡大するとな……ブーツのつま先のようになっているだろう」

「ほんとだ、草書の『し』の先っぽみたいだ」

「その昔、狩りや戦で履く毛皮の靴を『貫』と云ったんだ。そのつま先の反り方に似てるんで、いつの時代からか貫川と呼びならわされた。ドイツ人も面白がってな、よく、川沿いを海辺まで散策したものだ。要の子どもたちも懐いて、夏の夕方、日本とドイツの唱歌なんか歌いながら散歩していたぞ……」

 ブーツの貫と動詞の貫くの二つの意味のかけ言葉、童話じみていて面白い。お祖父ちゃんは知ってるのかな?

 

 自転車に跨って海辺を目指す。先輩は学校を出る時から「二人乗りしよう!」とうるさかったが、さすがに、それは説得した。

 貫川の河口がブーツの先なら、そのブーツが蹴飛ばそうとしているのがドラヘ岩。イタリア半島とシチリア島の位置関係に似ている。

 岩の南端は海に突き出ているので、昔の子どもたちには、飛び込みとか、水遊びの名所だった。命に係わる水難事故が起こったわけではないが、要の小中学校では、ここからの飛び込みを禁止している。まあ、小学生はともかく、中学生以上は平気でやっている。僕はやったことないけどね。

「いつ来ても、いい風が吹いているだろ!」

 止そうと言ったのに、制服のまま岩に登る先輩。

「もう、気を付けてくださいよ」

「気にするな、鋲のためにブルマは穿いてるぞ」

「あ、えと……(-_-;)」

「ドラヘはドラッヘン(Drachen)、凧のことだ。凧を持った子が、ここまで上がって、糸を持った子が砂浜を走ると、きれいに勢いよく空に上がるんだ」

「それでドラヘ岩なんですね。それなら、凧持ってくればよかったですね」

「うん、思わないでもなかったが、凧揚げは、やっぱり正月だろ。正月までに研究して、素敵な凧を作ってくれ」

「え、僕がですか!?」

「そういうのは男の甲斐性だ」

「ですか(^_^;)」

 

 ザザーーーーー ザザーーーーー ザザーーーーー

 ニャーニャーー ニャーニャーー

 

 しばらく岩に腰かけて、潮騒と海猫の鳴き声を聞きながら浜風を楽しむ。

「よーし! 走るぞ!」

「え、砂浜をですか!?」

「そうだ、砂浜に高校生のカップルときたら、夕日を浴びながら走るしかないだろう!」

「カップルじゃないし! 靴に砂が入るし! やめて先輩! ちょ、先輩!?」

「そんなもの脱げばいいじゃないか、二人乗りしなかったんだから、これくらい付き合え!」

「ちょ、靴返してぇ!」 

 先輩は両手に二人分の靴を握って、キャーキャー言いながら砂浜を走る。

 漁を終えて帰って来る漁船の上でフィッシャーマンのおっちゃんたちがニヤニヤ笑って、先輩は益々調子に乗って走っていくし……今週いっぱい……まだ三日もあるよ(。>ㅿ<。)。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

 

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・068『武笠の家が無い!?』

2022-07-27 06:45:28 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

068『武笠の家が無い!?』 

 

 

 
 食われてたまるか!

 
 間一髪のところでショコラモナカを避ける。

 不意を突いたわりにはショコラモナカにスピードは無い。チョコの飛沫がピピっと頬にかかる。

 そうか、焼きすぎて中身のチョコまで溶かしてしまったのか。祖母がタイマーを掛け間違ったか……しかし、それが油断だった。

 避けたところを、もう一つのショコラモナカが迫って来る!

 グワーーーッ!!

 両腕を顔の前でクロスして目を庇う。 

 まともに溶けたアイスやチョコを被っては目をやられる、目さえ開いていれば的確な反撃ができる。

 左へ飛びながら体を二回転させて着地、感覚的には開いているサッシから飛び出て庭に着地するはずだ。

 ズサ!

 確かに土の上に着地した。

 よし!

 振り返ると……家がない。

 

 え……………………………………………………………………………………………………………?

 

 近所の景色はそのままに、うちの家だけが消えてしまい百坪ほどの敷地は更地になっている。

 そして………………………………………時間が停まっている。

 着地で巻き上げた土や草、驚いて飛び立ったんだろう雀たちも、上空を飛んでいたヘリコプターもフリーズしたVR映像のようになっている。

 そして、なによりも敵であるショコラモナカの姿が無い。

 
「やられたね」

 
 敷地の前の道に大出井老人が立った。

「大出井さん……」

「すまん、ミミックの動きが速すぎた」

「やっぱりミミックだったんですか」

「わたしもホワイトミミックを持ってきていたんだけどね、ほら、武笠のお爺ちゃんに持たせたアイスたちがそうだったんだがね、間に合わなかった」

「大出井さん、あなたは……?」

「まだ分からんかい」

 そう言うと大出井老人はツルリと顔を撫でた。

 それは、懐かしくもおぞましい、ブァルハラの主神にしてわが父である主神オーディン……!?

「なんで父上が……?」

「苦労しているようだな」

「ああ、しかし、この異世界での役割も見えてきた。なんとかやっているぞ」

「なんとかではないだろう、今もミミックに呑み込まれて、こんな次元の狭間に飛ばされてしまった」

「ここは次元の狭間なのか?」

「ああ、なりそこないの世界、処理落ちして時間が停まってしまっている」

「うちの家は?」

「この世界では武笠家は存在しないんだ」

「どういうことだ?」

「ちょっと説明がいる……地べたに座っていては落ち着かん」

 オーディンが指を動かすとベンチが現れた……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・16『キレた小菊』

2022-07-27 06:23:26 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

16『キレた小菊』

 

 

 バン!!


 食卓の上のあらゆるものが跳び上がった。

 祖父ちゃんも親父もお袋も松ネエも俺も、その衝撃に固まってしまった。

「ごちそうさま」

 蚊の鳴くような震え声で言うと、小菊は二階の自分の部屋に駆けあがっていく。

 タタタタタ

「あいつ!」

 俺は、小菊の無礼にブチギレて階段を駆け上がる。

 ダダダダダ

 バタン!

 あと一段のところで、小菊の部屋のドアが乱暴に閉まる。

 静かに三つ数えてから残り一段を上って小菊の部屋のドアの前に立つ。

 ノックしかけた右手のグーが停まってしまう。

 泣き声と共に呪いに似た絞り出すような声が聞こえてきたからだ。

―― どーせ、どーせ、小菊はなんにもできないよ、なんにもできないダメな子だよおおお! ――

 俺は右手のグーを下ろして、そのまま一階にもどった。

「しばらくそっとしておくんだな」

 お袋といっしょに食卓を拭いていた祖父ちゃんが穏やかに言う。

「ごめんなさい、あたしが要らない話ばっかりするから……」

 こぼれたお惣菜をまとめながら松ネエ。

 親父は飲みかけのグラスを持ったまま目だけでオロオロしている。

「由紀夫、グラスは飲むか置くかのどっちかにしろ」

「あ、ああ……ゲホゲホ」

 祖父ちゃんに言われて、グラスのビールを飲み干すが、むせ返る親父。

「もう、あんたは……」

 お袋がティッシュを箱ごと親父に渡す。


「で、マッチャン、@ホームのコスはどんなだい?」


 ヒラメの煮つけをほぐしながら、祖父ちゃんは松ネエに振る。

「あ、えと……」

「普通にやってよ、小菊も、その方が楽になる」

「う、うん」


 夕飯の食卓は松ネエが主役だったんだ。


 東京の大学に通うため静岡の実家からうちに越してきた松ネエは大したもんだ。

 俺が勢いだけで引き受けてしまったシグマの勉強も見てくれたし、お袋を手助けして家事一般もこなしてくれるし、アキバでメイド喫茶のバイトを始めるし、なんとも頼もしい限りなんだ。

 そのことが中心の話題になった。

 それが小菊には自分のこととして響いてしまう。

 まだ中三なんだから、松ネエと背比べなんかしなくてもいいんだ。

 でも、松ネエが褒められると、自分が女の子として何にもできないと思い込んで落ち込んで、そしてキレてしまったんだ。


 明日、小菊は入学試験だ。

 どこの高校を受けるかは俺には言ってくれないけど、これに落ちたら後が無い『分割後期募集』だ。


 もう少し考えてやればと、小菊の部屋をノックしかけて思った。

 でも、祖父ちゃんは一枚上手だ。

 こちらが狼狽えたり落ち込んでは、かえって小菊の負担になると考えたんだ。

「ほーー、メイド喫茶のコスってのは案外しっかりしてるもんなんだ!」

 景気づけに着替えた松ネエにファッションショーをやらせている。

「もっとペラペラのコスプレ衣装みたいなもんだと思ってたわ」

 お袋はスカートの裾をひっくり返したりして点検して、松ネエは慌ててスカートを押える。

「えと、スパッツとか穿いてないんでー(n*´▽`*n)」

「あ、ごめんなさい」

「でも、ちょっとおとなしめだなあ」

「今は見習いなんで、正規になったら、もっとホワっとゴージャスに……」

「なるほど、今は半玉ってとこなんだなあ」

 祖父ちゃんは昔の芸者になぞらえて理解をしている。

 そのあと、半玉の松ネエは祖父ちゃんとお袋のオモチャになって盛り上がった。


 風呂を上がって二階に上がると、小菊の部屋から二人分の声がした。

 祖父ちゃんが話をしてくれているんだ。


 静かに部屋の前を通ると「やだ祖父ちゃん(⌒▽⌒)」「アハハハ(´◠◇◠`)」と笑い声。

 俺が風呂に入っているうちに二階に上がり、頑なになった小菊を解きほぐしている。

 とうの昔に廃業したとはいえ、さすがは花街の置屋の爺さんだ、女の子の扱いには慣れている。

 やり方を聞いてみたいが、多分、俺がやってもうまくはいかないだろう。

 せめて、ωらしい、のんびりした足どりで小菊の部屋の前を通る風呂上りだった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)    高校二年  
  • 百地美子 (シグマ)    高校一年
  • 妻鹿小菊          中三 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫         父
  • ノリスケ          高校二年 雄一の数少ない友だち
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
  • ヨッチャン(田島芳子)   雄一の担任

 

 

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