大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 42『茶席中継』

2021-10-31 10:50:27 | ノベル2

ら 信長転生記

42『茶席中継』  

 

 

 放送部と交渉しました!

 

 放課後の学食で『天ぷらきしめん大盛り』をトレーに載せてテーブルに着こうとしたら、腋に何やら挟んで、味噌カツ丼特盛を左手に、右手に箸を構えた格好で織部が隣に腰を下ろした。

 昼飯の味噌カツ丼を食べていたら、俺の姿を見つけたので、そのまま席を移してきたのだ。

 それまで居たテーブルにはトレーが載ったままで、通路には味噌カツの味噌やらご飯粒が落ちている。

 よっぽど、俺に伝えたいことがありそうなので「落ち着いて食え」と注意して、いっしょに昼飯にする。土曜の半日授業なので、しっかり昼飯を食べて、例の茶席の結果を待とうというわけだ。織部も同じで、学食に入ってきた俺を見つけて、慌てて寄ってきた。

 ツルツル

「で、なんで放送部なんだ?」

「茶席の中継です!」

 モグモグ

「ああ、生徒会長との?」

 ツルツル

「はい、例のアクセントの件で、同席は出来ませんから、カメラを仕込んで中継……、あ、きっと、もう始まってます」

 そう言うと、味噌ダレを頬っぺたにくっつけたまま、腋に挟んだタブレットをテーブルに置いた。

 

『……と言う次第なんだ、会長、よろしく頼む』

 信玄は頼みごとをしても、なんだか偉そうなのだが、少しも嫌味とか威圧感にはならない。

 大柄で、ちょっとふくよかな体形もあるんだろうが、持って生まれた押し出しなんだろう。

『ちょっと待ってください……』

 前置きすると今川生徒会長は、美しく茶を喫する。

 茶碗を持つ手も、白魚のような指先も、喫するにつれてコクコクと動く喉も顎も、どこをとっても学院一番の評判も高き美少女のそれだ。

「信長先輩もなかなかのものですよ(^_^;)」

「世辞はいい、今川は源家嫡流に繋がる家だ、やはり年月に磨かれた美しさは格別だなア」

「は、はい、いかにも」

 転生学院はロン毛の者が多いが、ヨシモトは姫カットがメチャクチャ似合って、そのまま大河ドラマの姫役が務まりそうだ。

『良いお服加減でした』

 お約束の茶席のあいさつなのだが、茶器のさばき方から目の伏せ方、観音菩薩のような微笑、どれをとっても、一級品だ。

『いやはや、ことの重さに、いささか急いてしまった。わたしも、まず一服……』

 信玄が茶碗に手を掛ける。美少女にしては、やや大きな手なのだが、包み込むような温かさとたくましさがある。

 並んで控えている謙信は、一服目を喫し終わって、この場の主役を信玄とヨシモトに譲っている。

 茶席の穏やかさから察すると、ここまでは謙信が主導していたんだろう、例のアクセントも問題になることなく、みなで、二服めの茶を喫するところのようだ。

『ご懸念のほどは承知しましたが、ことは学院の枠を超えているように思います』

『いかにも、三国志の侵入は、扶桑全体で受け止めなければならない懸念ではある……』

『しかし、信玄さん、大っぴらにしてはいたずらに不安をあおってしまいますよね』

『やはり、特別予算は……』

『むつかしいでしょう』

『そこをなんとか……同じ源氏の流れ、斟酌してはもらえないだろうか』

『…………』

『ヨシモト殿』

『いまも申した通り……と言っては、身も蓋もありませんね……ところで、仮に、偵察に出るとして、信玄さんや謙信さんは、どなたを派遣しようと?』

『それは、扶桑の一大事、率先垂範、わたしと謙信で……』

『それはいけません。お二人は転生学院の重鎮、お二人が偵察のため姿を消されては、学院に動揺が走ります』

『しかし、吉本どの……』

『アン……(//∇//)』

 ちょっと色っぽい声を出して眉根を寄せる会長。信玄はアクセントを間違えたのだ。

『これは申し訳ない(^_^;)』

『わ、分かりました。学園の会長とも相談して、早急に答えを出しましょう』

『吉本殿!』

『アン……(//∇//)』

『あ、すまん』

『あ、いえ、ですから信玄さん』

『だから、ヨシモト殿』

『アン(//∇//)』

『あ、いやすまんすまん(^_^;)』

『信玄、会長もご理解いただいた様子、これくらいで』

 謙信が膝立ちになって信玄の袖を引く。

『会長、このくらいで』

 とうとう三成が止めに入った。

『そ、そうですね、ちょっと目眩が……』

『それでは、これにて……』

 利休がしめて、ホッとした空気が茶室に流れる。

 一礼し合って、会長が立ちかけ……よろめいてしまった。

『吉本どの!』

『アア~(//∇//)』

 機敏に会長を支える信玄……しかし、止めにアクセントを間違えてしまい、会長は美しく手足を痙攣させて気を失った。

『会長!』

『中継を切れ!』

 プツン……

 

 大丈夫か?

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  今川 義元       生徒会長 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はるか・17『写メの意外な波紋・3』

2021-10-31 05:36:50 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・17

『写メの意外な波紋・3』  





 八時過ぎには学校に着いた。

 グー像の前で立っていると、ちょうど出勤してきた竹内先生がやってきた。

「なんや、だれかと待ち合わせか?」

「はい、ちょっと」

「ちょっと、顔が怖いで」

「ですか」

「まあ、アメチャンでも食べえや」

 わたしはもらったアメチャンを握ったまま待った。

 それから、五分ほどして、ヤツは現れた。予想はしていたが由香が横にくっついている。

「先輩とだけ話がしたいんだけど」

 そう言うと、由香は二三歩後ずさった。

「いったい、なんだよ。怖い顔して」

「これ」

 例のA4の封筒を差し出した。

「あ、きたのか! いやあ、まさかとは思ったんだけどな」

「他の人には見せない人だって言ったじゃない!」

「伯父さん、リタイアした人だけど、元は名プロディユーサー。はるかがプロの目から見てどう映るのか、それが知りたっくってサ」

「約束を破った!」

「そうトンガルなよ。オレ、はるかの魅力はプロで通用するって思ったんだ。はるかは、こんな演劇部でたそがれてるやつじゃないって。でも、プロの世界はキビシイからさ。おれ自分の目の確かさも試したかったんだ。あんまし自信はなかったけど、オレにとっても、はるかにとっても、いい結果が出たじゃないか」

――こいつ、なんにも分かってない……怒りでうつむいてしまった。

「でも、よかったよ。はるかが認められて。白羽さんて、日本で五本の指には入るプロデューサーだからさ、それが、こんなに早くリアクション起こしてくれたんだから、やっぱり本物だよ、はるかは!」

 プッツン!

 わたしは切れてしまった。

 不幸が三つ重なった。

 まずタマちゃん先輩が側にいなかったこと。いたらルリちゃんの時のように止めてもらえただろう。

 次に、アメチャンを握っていたこと。アメチャンを握っていなければ平手ですんだだろう。

 もう一つは、わたしが手を挙げたとき、そこに由香の顔があったこと。

 気がついたら、生活指導の部屋にいた。

 

 由香は、わたしの手が出そうになって、間に入った瞬間だったらしい。

 わたしの横で、くちびるを切って、ホッペを腫らして座っていた。

 わたしは、正直に全てを話した。一方的暴力である。

 吉川先輩は「自分が余計なことをしたからだ」と弁護してくれた。

 慌てたのは、乙女先生と竹内先生。

 暴力行為は最低でも一週間の停学だ。

 どうしよう、コンクールに出られなくなってしまう……。

 足許から、後悔が這いのぼってきた。

 後悔は深まる秋の冷気に似ていた……。

『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第19章』より



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魔法少女マヂカ・242『アジア号の罠』

2021-10-30 20:58:26 | 小説

魔法少女マヂカ・242

『アジア号の罠語り手:マヂカ  

 

 

 大正時代の大連駅は……まだ改築前だったはず……!?

 

 だけではない、アジア号も大正時代には存在しない! 上野駅をモデルにした大連駅は昭和12年(1937)、超特急アジア号は、それよりも前だが昭和9年(1934)にならなければ出現しない。

「オレもマジカも、この時代はヨーロッパに居たからな、これは騙されて……」

 シュボッ!

 ブリンダの言葉が終わらないうちに空間が閉じてしまった!

 霧の向こうには偽物の大連駅舎以外の建物は見えない。

 マズイ!

 同時に声をあげて、うしろにジャンプ!

 

 ポォーーーーーー!

 

 ひときわ高く汽笛が鳴ったかと思うと、上野駅に似た駅舎がパックリ割れて、割れた向こうからアジア号が走って来る。

「なんだ、あいつは?」

「腕が付いてるのか?」

 動輪を動かすロッドから一対の腕が出てきた。

「しかし、拳を振り上げても、レールは駅の手前で切れているんだから届かないだろう……いや、そもそもソウルが形を持っただけだから、ただの3Dのコケ脅しか?」

「ブリンダ、油断は禁物。あれは、満鉄の蒸気機関車たちに憑りついてパワーアップした化け物かも……」

 それが聞こえたのか、アジア号は腕を振るってガッツポーズを作った。

「試してやる!」

 ブリンダはコートの懐に両手を交差させて潜り込ませると、両手にコルトを取り出してぶっ放した!

 ドキューーーン!

 パシパシ!

 アジア号の鼻面に火花が散った。

「どんな鋼鉄で出来ているんだ、このコルトは戦艦の装甲だってぶち破るんだぞ」

「満州は鉄が豊富だからね……力押しでやっつけるしかないよ」

 わたしも、覚悟を決めて得物を取り出す。

「マジカ、おまえ、風切丸で立ち向かおうというのか?」

「得物は得意なものに限る……いくよ!」

「おお!」

 ポォーーーーーー!!

 こちらが踏み込むのとアジア号の汽笛が同時だった。

 ドキューーーン!

 ブン!

 ブリンダが放った銃弾は命中することなく、アジア号の背後の空間に消え、踏み込んで振り下ろした風切丸の切っ先も虚しく空を切るのみだ。

「「え!?」」

 アジア号は、目にもとまらぬ速さで驀進してくる。

 並の走り方ではない、二本の腕が空中からレールを取り出し、目にもとまらぬ早業で自分の前に敷設していく。

 取りあえずは、わたしとブリンダの攻撃を躱し、その勢いで、500メートルほど先に行ってしまったが、グルリと弧を描いて、こちらに突進してくる。

 ポ ポォーーーーーー!

 勘が狂う、見かけは世界最大の蒸気機関車だけど、そのスピードは、超音速の魔法少女に引けを取らない。

 セイ!

 トリャーー!

 跳躍と銃撃と斬撃を繰り返す。

 瞬間、鋼鉄の車体を掠ることはあるけど、風切丸もコルトも致命傷を与えることができない。

 ドキューーーン!

 セイ!

 ガシ!

 トリャーー!

「大和を相手にした時よりもてこずる……」

「大和を沈めたのはブリンダか?」

「え、ああ、止めの魚雷に気を籠めたのはオレだ……放っておくと、なにかが憑りついて航空隊だけでは始末できなくなりそうだったからな」

「そうか……」

「文句あるのか?」

「いや、サラトガを沈めるのに手を貸したのはわたしだしね」

「じゃ、なんだ?」

「危ない!」

 ブン!

 今まで以上の速さで迫ってきたアジア号の拳が胸元を掠める。

「チ、すごい風圧、セーターの前が弾けてしまった!」

「オレは、コートを切られた!」

 ブン!

「ブリンダ!」

「なんだ!?」

「大和の致命傷は水蒸気爆発だった」

「それは、転覆してからの話だろう?」

 ブン!

 ドキューーーン!

「そうなんだけど、それで大和は完全にバラバラになって死んでしまった……そうなんだ、水蒸気爆発なんだ!」

 ガシ!

 ドキューーーン!

「昔話なら、後にしろ!」

「ブリンダ、やつの煙突に水を送り込もう!」

「え、あ……そうか!?」

 気づくと早かった、二人の得物を消防自動車のホースのノズルに変えた。

「フフ、カリフォルニアの山火事を消して以来だな」

「いくよ!」

「おお!」

 ビュン!

 アジア号と交差する寸前に全力放水!

 ドドオオオオオオオオオ

 過たず、二本の水流は煙突に集中し、一瞬でアジア号のボイラーを満たした!

 

 ドッガガーーーーーン!!!

 

 狙い通り、アジア号は大爆発を起こし、無数の破片を花火のようにまき散らした。

 

 やった……

 

 二人とも、破片と爆風で着ているものをほとんどを吹き飛ばされて、あられもない姿になったが……勝った。

「なんとか、やっつけたな」

「なんとかね……」

 二人で、胸をなでおろして……そして気が付いた。

 アジア号と戦っている間に敷設されたレールがまるで巨大な鳥かごのようなものを形成してしまい、我々は、閉じ込められてしまった!

「マジか……」

「なに?」

 すぐに、わたしを呼んだんじゃないことは分かった。

 レールの鳥かごは二重三重に絡まって、魔法少女の力をしても、ちょっと手こずりそうだ。

 アジア号の狙いはこれだったのか……どこからか、ラスプーチンの高笑いがしたような気がした。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • 孫悟空嬢       中国一の魔法少女

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はるか・16『写メの意外な波紋・2』

2021-10-30 06:15:47 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・16

 『写メの意外な波紋・2』  





「はるか、そんなのが来てるよ」

 リハを終えて家に帰ると、お母さんがパソコンを打ちながらアゴをしゃくった。

「え?」

 テーブルの上にA4の封筒が置かれていた。

 おもてには右肩に「NOZOMI PRODUCTION」のロゴ。下のほうにアドレスがキザったらしく横文字で並んでいる。

 開けてみると、A4のパンフと、ワープロの手紙。

――突然の手紙で失礼いたします。先輩の吉川宏氏から、お写真と、ピノキオホールでの映像を送っていただきました。本来、吉川氏にあてられたものでしたが、あまりのすばらしさに回送して来られました。裕也君とのお約束を破ることになるとは思いますが。あなたをこのままにしておくのは、もったいなくて仕方がありません。ぜひ、下記のアドレスまでご一報くださいますようお願いいたします。―― 

 坂東はるか様
   
                   NOZOMI PURODUCTION 白羽研一(署名はインクの自筆だった)

「なによ、これは!」

「なに怒ってんの……?」

「お母さんに関係ない!」

 わたしはそのまま部屋にこもった。悔しくってしかたがない。

 吉川先輩……もうただの裕也だ。なにが流用しないだ。最初から流れるの分かってやったんだ。あのスットコドッコイのヒョウロクダマ!

 それにホイホイいっしょになってる由香も情けない。由香だけは分かってくれていると思ったのに。あの新大阪の写メは、わたしの苦悩の果ての姿なのに。だから、だから親友だと思ったから送ったのに。

 悔し涙が、鼻水といっしょに流れてきた。

 ティッシュ……が無かった。

 リビングまで行って鼻をかんだ。

「すごいよ、はるか。ノゾミプロもすごいけど、この白羽さんて、チーフプロデューサーだよ、チーフ!」

 パソコンを検索して、お母さんがときめいた。

「わたしが、いま必要なのは、ハンカチーフなの!」

「はるかぁ……」

 襖をピシャリと閉めて、わたしはメールを打った。

――明日、八時十分、グー像前にきて!――

 

『はるか 真田山学院高校演劇部物語・19章』より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

銀河太平記・076『フートン飲み会』

2021-10-29 09:32:01 | 小説4

・076

『フートン飲み会』 加藤 恵    

 

 

 大ざっぱに、人間、ロボット、ロボット的人間、人間的ロボット、そんなのがウロチョロしてる。

 それが『西』であるフートン。

 構成は『南』のヒムロカンパニーや『東』のナバホ村と変わらないけど、ウロチョロというところが独特。

 昼間から麻雀杯の音がするし、小鳥をかごに入れて、その鳴き声を聞き比べながらお茶をしている。

 ゆっくり太極拳をやってるグループ、中には和式の花札に興じている者や、チェスをやっている者も少数いて、その間を子どもたちが黄色い声をあげながら走り回っている。

 所どころには、屋台やくたびれたキッチンカーが、パッと見には分からないジャンクフードや飲み物を売っていたりして、子どものころにラボで見た『九龍城』の無秩序を思わせるが、けして不潔とか不健康な感じがしない。

「クスリを厳しく禁止しているせいかもしれないなあ」

 主席の周温雷がにこやかに無精ひげを撫でる。

 社長が、ざっとメンバーを紹介すると、もう十年来の知古のように接してくれる。

「母体が漢明だからね、中華風になってしまう。別に強制はしないんだけど、みんな、これがいいらしくて、まあ、緩いのは、西ノ島共通の空気だね」

「今日、村長といっしょに伺ったというのは……」

「ああ、B鉱区のパルスガ鉱床のことでしょ、いや、残念でしたね」

 もう事情を知ってる、油断がならない。

「ハハハ、目が怖いよメグミさん。別にスパイを送り込んでるわけじゃないんだけどね、西ノ島は、みんなフランクでね、たいていの噂は半日もあれば島中に伝わるんですよ」

「それでも、筋は筋だから、ヒムロ社長は仁義を切る。そういうところが、俺も主席も、島のみんなも好きだからな」

 村長が老酒をあおりながら、目をへの字にしている。

「いやあ、僕は、本当はコミュ障なんですよ。だからね、こうやって、直接顔を合わせることで、なんとか分かってもらえるように、心がけて……おかげで、こうやって、みんなと美味しい酒がいただけますし(n*´ω`*n)」

 まだ十分ほどしかたっていないのに、社長の前には、老酒の徳利が空になって転がっている。

「あ、メグミは呆れたでしょ、西ノ島の男は飲兵衛だって」

「あ、いえ、見た目とお酒の飲み方にギャップがあったもので」

「アハハ、メグミも遠慮なくやってください」

「はい」

 わたしは義体率七割を超えているのでアルコールなどいくら飲んでも平気なんだけど、飲んでも社長のような自然なフランクさは出せない。こういう海千山千の中に居ては、自分でも一番自然と思われる風にしているのがいい。

「シゲ老人は、社長とはトイレが縁の付き合いと聞いてますが?」

 主席は、みんなにちゃんと話題を振っていく。単に人好きなのか、気配りなのか、はたまた手練手管であるのか……おっと、こういうのは表情に出てしまう。老酒を半分だけ飲む。

「社長とは、金剛基地からのクサイ付き合いってやつでなあ」

 金剛基地?

「ああ、金剛山にあった、大阪ローカルの研究施設だった?」

「はい、主体は東大阪のオッサンの地味な研究所だったんですがね」

「わしも知ってる、OS基地が正式名称。Operating Systemの開発ベースだろ」

 村長が膝を向ける。

「アハハ、オッサンのOとSだ」

「なんだ、アハハ」

「尾籠な話だが、社長はションベンの仕方がきれいでねえ」

「あ、そういう恥ずかしい話は……アワワ」

「かまわん、シゲ、話せ!」

 嫌がる社長にヘッドロックをかませ、シゲさんを急かせる村長。いやあ、袖からはみ出る二の腕は赤松の根っこみたいだ。

「アサガオに打ち込む放物線が実に綺麗で『そんなに几帳面にやってちゃ、肩がこるだろ』って言ったら『あ、これが普通なんで』って頭を掻きやがる。変わった奴だと思ったけど、付き合ってると、この人の地だって分かって、分かった時には子分になってた」

「あ、僕はシゲさんを子分だなんて、思ってないから(;'∀')」

「いやあ、アハハ、みんな自発的に子分になっちまう」

「いやあ、そうだそうだ、そういうのが西ノ島全体にいい雰囲気を醸し出してると、主席としても感服してますよ」

「よしてください、照れます」

 顔を赤くして、壁を塗るように手を振る。

「いちど、聞こうと思っていたんだが」

「はい、なんですか、村長?」

「ヒムロ社長、おまえの体には、日本のインペリアルの血が流れてるって、ほんとうか?」

 村長が切り出すと、主席も口のところまで持ってきていた杯を卓の上に戻した。

 兵二もサブも、この話題は初めてなのか、ちょっと真顔になって社長に注目した。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室                西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
  • 村長                西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はるか・15『写真の意外な波紋・1』

2021-10-29 05:40:53 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・15

『写真の意外な波紋・1』   





 あっけなく、のぞみはホームを離れていった。

 見えなくなるまで見送って、ため息一つ。

 父と、父の新しい奥さんを見送って、はるかの『親の離婚から……』は幕が下りてしまった。

 この四カ月、無意識に大人ぶって、親の離婚から目を背け、割り切ったように、ZOOMERに乗ることと、演劇部にのめり込むことで逃げてきた。それに気づき、家族の復活を果たそうともがいて傷ついて……その間に大人たちは、新しい道を歩み出していた。

 父も母も、新しい父の奥さんも。

 その、大人道の三叉路で、いつまでも立ち止まっていたのは自分一人だけなんだ。

 寂しさと、安心と、寄る辺ない孤独がいっぺんにやってきた。

 

 え!?

 振り返ると、ケータイを構えたオネーサンが二人、スマホでわたしの写真を撮っている。

「ごめんなさい、あんまり可愛かったから……あ、ダメだったら消去するから!」

「あ、いえ……」

「よかったら、この写真送ろうか。ケータイ持ってるでしょ」

「はい、ありがとうございます」

 送ってもらった写真は、とてもよく撮れていた。

 一枚は、ちょっと寂しげに、のぞみを見送る全身像。

 もう一枚は、振り向いた刹那。ポニーテールがなびいて、群青のシュシュがいいワンポイントになって、少し驚いたようなバストアップ。

「このままJRのコマーシャルに使えるわよ」
 
 と、オネーサン。聞くと写真学校の学生さんだった。

 いつもだったら、すぐに「消して!」と拒絶した。でも、寂しさと、安心と、寄る辺ない孤独にやられて鈍くなってたのか、オネーサンたちの目がまっすぐだったからか、受け入れてしまった。

 オネーサンたちと別れてしばらく写真を見つめて……ひらめいた!

――これだ、『おわかれだけど、さよならじゃない』

 わたしは、ベンチに腰を下ろし、写真を見ながら、そのときの物理的記憶を部活ノートにメモった。

 
 この写真が、後に大きな波紋を呼ぶとは想像もしなかった。


 文化祭がやってきた。

 うかつにも気がついたのは、一週間前。

 わたしが、お父さんを新大阪に見送りに行ったその日。

 演劇部は、それくらい『すみれの花さくころ』に集中していたってことなんだけど、うかつは、うかつだった。

 逆に言えば、真田山は、それほど行事に関心がない。

 一部のクラブやサークルを除いて、みんなの関心は、三年生を中心にまず進路。就職や、推薦入試がこの時期に集中する。そしてバイトのことであったり、趣味や検定とか、要するに自分のことにしかいかない。

 しかし、迫ってきたものは仕方ない。

 クラスの取り組みも、そのころにやっと動きだした。

 でも「演劇部だから」を免罪符にして、クラスの取り組みからは抜け出せた。

 一応、クラブに集中はできる。 

 そして、これはいいニュースなんだけど、三年生の人たち、みんな揃って進路が決まったこと。

 タロくん先輩は念願かなって(なんせ幼稚園のころからの夢)大手私鉄に。

 タマちゃん先輩は、保育系のT短大。

 山中先輩はO音大に。

 当然ここにいたるまでには、稽古日程の調整が大変だったけど(わたしもお父さんの看護で二日ほど抜けた)タロくん先輩が、臨時ダイヤを組むように、その都度改訂してくれて、稽古場のモチベーションは下がることが無かった。

 しかし、先生の間で一悶着あった。

 乙女先生は、リハを兼ねて『すみれ』を演ろうという。

 大橋先生は、文化祭で、本格的な芝居をやっても観てくれる者などいなく。雑然とした空気の中で演っても勘が狂うだけだし、演劇部はカタイと思われるだけと反対。

「文化祭というのんは文字通り『祭り』やねんさかい、短時間でエンタティメントなものを演ろ」

 と、アドバイスってか、決めちゃった。

 わたしは、どっちかっていうと乙女先生に賛成だった。部活って神聖でグレードの高いものだと思っていたから。

 出し物は、基礎練でやったことを組み直して、ショートコント。そしてAKB48の物まね。

 こんなもの一日でマスター……できなかった。

 コントは、間の取り方や、デフォルメの仕方。意外に難しい。

 物まねの方は、大橋先生が知り合いのプロダクションからコスを借りてきたんで、その点では盛り上がった。ただ、タロくん先輩のは補正が必要だったけど。

 振り付けはすぐにマスターできた。しかし先生のダメは厳しかった。

「もっとハジケなあかん、笑顔が作りもんや、いまだに歯痛堪えてるような顔になっとる」

 パソコンを使って、本物と物まねを比較された。

 一目瞭然。わたしたちのは、宴会芸の域にも達していなかった。


 当日の開会式は体育館に生徒全員が集まって行われた。

 

 校長先生の硬っくるしく長ったらしい訓話の後、実行委員でもあり、生徒会長でもある吉川先輩の、これも硬っくるしい挨拶……。
 と思っていたら、短い挨拶の後、やにわに制服を脱ぎだした! 同時に割り幕が開くと、軽音の諸君がスタンバイしていて、五秒でライブになった!

 ホリゾントを七色に染め、ピンスポが、先輩にシュート。

 先輩のイデタチは、ブラウンのTシャツの上にラフな白のジャケット。袖を七部までまくり、手にはキラキラとアルトサックス。

 軽音のイントロでリズムを作りながら、「カリフォルニア シャワー」

 わたしでも知っている、ナベサダの名曲(って、慶沢園の後で覚えたんだけど)を奏でる。

 みんな魅せられて、スタンディングオベーション!

 でも、わたしには違和感があった。

――まるで自分のライブじゃない、軽音がかすんじゃってる。

 会議室で、簡単なリハをやったあと、昼一番の出までヒマになった。

 中庭で、三年生の模擬店で買ったタコ焼きをホロホロさせていると、由香と吉川先輩のカップルがやってきた。

「おう、はるか、なかなかタコ焼きの食い方もサマになってきたじゃんか」

「先輩こそ、サックスすごかったじゃないですか。まるで先輩のコンサートみたいでしたよ」

「そうやろ、こないだのコンサートよりずっとよかったもん!」

 綿アメを口のはしっこにくっつけたまま、由香が賞賛した。もう皮肉も通じない。

「なにか、一言ありげだな」

 さすがに先輩はひっかかったようだ。

「あれじゃ、まるで軽音が、バックバンドみたいじゃないですか」

「でも、あいつらも喜んでたし、こういうイベントは(つかみ)が大事」

「そうそう、大橋先生もそない言うてたやないの。はい先輩」

 由香は綿アメの芯の割り箸二人分を捨てに行った。

「わたし、やっぱ、しっくりこない……」

「まあ、そういう論争になりそうな話はよそうよ」

「ですね」

「こないだの、新大阪の写真、なかなかよかったじゃん」

「え、なんで先輩が?」

「あたしが送ってん……あかんかった」

 由香が、スキップしながらもどってきた。

「そんなことないけど、ちょっとびっくり」

 由香にだけは、あの写真を送っていた。しかしまさか、人に、よりにもよって吉川先輩に送るとは思ってなかった。でもここで言い立ててもしかたがない。今日は文化祭だ。

「あれ、人に送ってもいいか?」

「それはカンベンしてください」

「悪い相手じゃないんだ。たった一人だけだし、その人は、ほかには絶対流用なんかしないから」

「でも、困ります」

「でも、もう送っちゃった」

「え……?」

「「アハハハ……」」

 と、お気楽に笑うカップルでありました……。

『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第18章』より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

せやさかい・254『お祖母ちゃんとスカイプ』

2021-10-28 09:23:25 | ノベル

・254

『お祖母ちゃんとスカイプ』頼子      

 

 

 記者会見見た?

 

 スカイプが繋がると、お祖母ちゃんの第一声。

「う、うん。ちょっとひどかった」

『ヨリコも、そう思うわよね……』

 そこまで言うと、お祖母ちゃんの目線は上を向いた。

 他の人が見たら、誰かがモニターの向こうから声を掛けたと思うだろうね……これは、お祖母ちゃんが身内にだけ見せるクセ。

 考えをまとめているんだ。

 たとえ身内でも「それを言っちゃあおしまいよ」って言葉がある。

 そうならないように、いったん咀嚼する。でも、この姿勢って、見る人によっては傲岸に見えたりするから身内以外には見せない。

 すごいよ、女王という立場は、そういう身に付いたクセさえコントロールしてしまうんだ。

「応援してくださった全てのみなさんに感謝しますって……間違ってるんだよね、お祖母ちゃん?」

『そうよ、多くの国民が、心配するからこそネットで発言したり、デモをかけたりするのよ……それを『誤った情報による誹謗中傷』と言ったり、無視したり……』

「わたしも未熟だけど、あれは無いと思ったよ」

『うんうん、他に感じたことは?』

「Kのお母さんのこととか、Kが海外に拠点を持つこととか、ぜんぶ自分がかかわったって……」

『そう、あれは、憲法に抵触する。ヤマセンブルグでも、けして許されないことよ』

「うん……似たような立場だから、ショックだった」

『これが、うちやイギリスだったら王制廃止の論議を巻き起こしてしまう』

「うん、ヨリコもそう思うよ。お祖母ちゃん」

『他には?』

「……ジョン・スミスやソフィーを大切にしなくちゃと思った」

『大切にするって、どういう意味かしら?』

「あの二人なら『刺し違えてもお諫めします!』って言いそうだもん」

『そうよ、今度の事で、いちばんショックだったのは、あの方の側近がまるで機能していないことよ……むかしの皇室の側近なら、切腹してでも諫めてるわ。頼子、他山の石よ、これは』

 お祖母ちゃんは難しい日本語を知っているよ(^_^;)。

「分かってる、けして他人事だとは思うなってことよね」

『そうよ、今度の事ではイザベラが、ひどく心配してね日本に行くってきかなかったのよ』

「え、サッチャー……いや、ミス・イザベラ……」

『大丈夫よ、そうやって年寄りが出ていっては若い者が育たないって、思いとどまらせたから』

「そ、そうだよ、コ口ナだってまだまだなんだし(^_^;)」

『12月1日の『ヤマセンブルグ練習艦遭難100周年慰霊式典』のことは大丈夫ね?』

 心配してるんだ、きちんと日付と正式名称まで言って確認してきたよ。

「大丈夫、ちゃんと制服も試着したし」

『あ、その写真は、まだ見てないわよ』

「あ、えと、このあと送るから、アハハ……」

『よろしくね、イザベラが心配しないように』

「う、うん、それからね……」

 慌てて話題を変えた(^_^;)

 

 その後、お祖母ちゃんはジョン・スミスとソフィアにも電話していた。

「ごめんね、わたしとスカイプしていたら、ソフィアたちにも言っておかなくっちゃって思っちゃったんだよね、お祖母ちゃん」

 すると、ソフィアがポーカーフェイスで、こう言った。

「いえ、陛下がお電話くださったんで、サッチャーさんは電話してこないことになりましたから」

 あ、そうか。女王が電話して、さらにダメ押しの電話って、ちょっと不敬になるもんね。

 わが王室は、連携がとれている。

 

 寝ようと思っていたら、さくらからメール。

 さくらも留美ちゃんも、そろって聖真理愛学院を受験することに決めたって!

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はるか・14『離婚から4か月 のぞみ』

2021-10-28 05:49:11 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・14

『離婚から4か月 のぞみ』 




 その翌週の木曜に、秀美さんは病院に来た。

 正確には、来ていた。

 九月に入って短縮授業の新学期。部活の無い日なので、学校から直行したんだけど、秀美さんの方が先に来ていた。

「お父さん……」

 ノックもせずに病室に入った。

 一瞬フリ-ズした……三人とも。

 秀美さんは、ベッドの脇に腰掛けて、お父さんと話していた。

 仕事の話らしいことは、その場の空気でわかった。

 ただね、距離の取り方が、二人の心の近さとして、チクッとした痛みをともなって、わたしには感じられた。

 距離には人間関係が反映される。かねがね大橋先生から言われていることだ。

 物理的距離が心理的距離を超えると、人は落ち着かなくなる。

 たとえ第三者として見ているだけでも……。

 だから稽古では、状況や人間関係に合った距離に気をつけて演技している。

 そして気をつけなくても、その距離が自然にとれるようになれば、演技としては完成。

 二人は、まさに、その完成された距離を自然にとっていた。

 そして、それは演技ではなく、現実の人間関係……。

「新しい商品、はるかちゃんも見てくれる」

 わたしがホンワカ顔をつくろう前に、秀美さんに先を越された。

「うわー、かわいい!」

 女子高生の常套句しか出てこなかった。

 しかし、その商品見本たちは、ほんとうにイイ線いってた。

 シュシュ(ポニーテールみたく髪をまとめるときの飾りみたいなの)のシリーズだ。

「次の春ものにね、ちょっとチャレンジしてみようと思って」

 水玉、花柄、ハート、チェック柄、といろいろ。

「今の子って、はるかちゃんみたいにセミロングとかが多いじゃない。それって、表情隠れちゃうのよね。あ、悪いってことじゃないのよ。時にはオープンマインドなイメチェンしてもいいんじゃないかって、そういうネライ」

「わたしも、ヒッツメにすることもあるんですよ。稽古のある日はお下げにしてますし」

「そうなんだ。でもさ、そういうのをさ、もっとポジティブにさ……」

 あっという間にポニーテールにされた。シュシュは群青に紙ヒコーキのチェック柄。

「お、いけてるじゃないか。実際身につけてもらうとよく分かるなあ」

「このシュシュ……」

「そう、あのポロシャツがヒント。商標登録されてないの確認できたから作ってみたの。そうだ、はるかちゃんモニターになってくれないかなあ」

「え?」


 転院は平日の昼前だった。

 わたしは担任の竹内先生に、電話で正直に言って新大阪駅まで付き添った。

 お母さんは、やっぱり来なかった。

「はるかちゃん、ほんとうにありがとう」

 車椅子を押しながら、秀美さんが礼を言う。

 静かで、短い言葉だったけど、万感の想いがこもっていた。

 わたしは、群青に紙ヒコーキチェックのシュシュでポニーテール。

「今度のシュシュの企画当たるといいですね」

「もう当たってるわよ。さっきから何人も、はるかちゃんのことを見ている」

「え……車椅子の三人連れだからじゃないんですか?」

「視線の種類の区別くらいはつかなきゃ、この仕事は務まりません。むろん、はるかちゃん自身に魅力が無きゃ、誰も見てくれたりしないけどね」

「はるかの器量は学園祭の準ミスレベル。父親だからよくわかってる」

「それって、どういう意味」

「客観的な事実を言ってるんだ」

――それって、わたしのウィークポイントにつながっちゃうんですけど、父上さま。

「今のはるかちゃんは、東京で会ったときの何倍もステキよ。そのシュシュが無くっても」

――それは、秀美さんの心映えの照り返しですよ。

 発車のアナウンス。車窓を通して、笑顔の交換。発車のチャイム。

 あっけなく、のぞみはホームを離れていった。

 見えなくなるまで見送って、ため息一つ。

 この、あきらめとも安心ともつかないため息一つつくのに、四カ月の月日が流れていた。わたし
には人生の半分のように思われた。

 空には、夏の忘れ物のような、小さな入道雲が一つ、ピリオドのように浮かんでいた。

 

 『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第18章』より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鳴かぬなら 信長転生記 41『ぜんぜんダメです(;'∀')』

2021-10-27 14:46:25 | ノベル2

ら 信長転生記

41『ぜんぜんダメです(;'∀')』  

 

 

 テニス部の部活が終わっての帰り道、織部を掴まえて聞いてみた。

 

「織部、みんなが生徒会長の名前にこだわるのはなぜなんだ?」

「いえ、信長先輩はきちんとできているので、いいですよ」

「なにが、きちんとなのだ?」

「いや、一発できめられるなんて、やっぱり信長先輩っすよ、織部、尊敬してしまいます!」

「尊敬はいいから、言え」

「いえ、実は……会長は、こちらに転生するときに、ちょっと手違いがありまして……」

「どんな手違いなのだ?」

「今川家の転生は代々八幡大菩薩の担当なんですけどね……」

「であろう、今川は源氏、源氏の氏神は八幡神と決まっている」

「はい、でも、本姓が源氏という武士はいっぱいいましてね。生徒会長の死は、だれも予見していませんでした……」

「で、あろうな」

 今川義元は、桶狭間で、俺が、たった三千の軍勢で討ち取ったのだからな。狙ったとは言え、奇跡のような勝利ではあった。

「急な討ち死にだったので、予約でいっぱいだった八幡大菩薩は間に合わず、浅間大神に頼んだんです」

「ああ、駿河一の宮であるな」

「浅間大神も忙しいお方で、いや、なんせ、本性は木花之佐久夜毘売ですから、ドンパチの戦国大名とは、ちょっと距離があります」

「で?」

「つい、登録名簿に、こう書かれたんですよ……」

 

 織部が空中になぞった文字は『今川吉本』であった。

 

「ん……あ、そうか」

 瞬間分からないが、数秒で思い至る。

「はい、正しくは『義元』です『吉本』ですと、その下に興行の二文字が付いてしまいます」

 吉本興業

「しかし、発音してみれば同じなのではないか?」

「いいえ、微妙にアクセントが違います!」

「織部は、美意識が強すぎる。どうでも良いことであろう」

「いえいえ、このために、吉本の呪いがかかってしまったんですよ!」

 世紀の大秘密を明かすように顔を近づけてくる。この異世界に来るだけあって水準以上の美少女なのだが、どうも目がイッテしまっているのはイタだけないぞ。

「吉本の呪いだと?」

「ええ、吉本興業の吉本のアクセントで一定の回数呼ばれてしまうと、生徒会長は吉本化してしまうんですよ……」

「吉本化? どういうことだ?」

「発する言葉が、全て大阪弁になり、勢力的に吉本ギャグを連発するようになってしまうんです」

「ウ……それは、なかなか、厳しいものがあるなあ」

「それを避けるために、会長に直接会えるのは、正確に『義元』と発音できるものに限られます」

「であったか……」

「でも、先輩は大丈夫ですよ、会長の真名を正確に言えるんですから」

「そうか……しかし、あいつを討ち取ったのは、この信長だぞ」

「それはいいのです。戦国の歴史に燦然とその名を遺した『桶狭間の戦い』で打ち取られたのです。先輩が討ち取られた『本能寺の変』とは事情も、美しさも違います。会長も、その点は、しっかりと理解されていると、三成も言っていました」

「で、あるか……吉本もいっぱしの戦国大名ではあったのだな」

「ちょ、先輩、今のアクセントは……」

「ん?」

「言ってみてください」

「今川……吉本、あ、いや、今の無し! 今川……吉本、あ、違う、今川吉本……どうだ?」

「ああ、ぜんぜんダメです(;'∀')」

「くそ、いったん秘密を聞いてしまうと、意識してしまって、今川吉本! あ、ダメだ!」

 織部は悲しそうな顔をしてスマホを出した。

「どこに電話する?」

「はい、利休先輩にです……」

 

 かくして、俺は、信玄同様に明日の茶会から外されることになってしまった(-_-;)。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本武蔵        孤高の剣聖
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はるか・13『離婚から三ヵ月 病院の屋上』

2021-10-27 06:31:49 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・13

『離婚から三ヵ月 病院の屋上』 





「よくまあ、そこまで手の込んだことを……」

 異口同音にあきれられた。

「ディズニーリゾートに行く途中だと伺ったもので、ご承知だったかと……」

 秀美さんは当惑しながら、わたしとお母さんの顔を交互に窺った。

「わたし、最初は、お父さんに会って、どうにか元の家族に戻れないかなって願ってた……でも、東京でお父さんと秀美さんに会って分かったの……」
「なにが……イテテテ」

 お父さんが身を乗り出しかけて、顔をしかめる。

「だめですよ」
「じっとしていなくっちゃ」

 お母さんと秀美さんが同時にたしなめた。

「この状況……」
「え?」

 と、三人。

「お父さんと秀美さんは、仕事のパートナーとしても……生活上のパートナーとしてもできあがっちゃってる……東京のことは、お母さんの中ではもうケリのついたことなんだ。で……甘ちゃんのはるかは荒川の土手で視界没にしてきた。そういう状況だってことが分かった」

 不思議なくらい穏やかに言えた。嵐の前の静けさ……。

「おわかれだけど、さよならじゃない……いい言葉だったわ。はるかなる梅若丸というのがトドメだったわね」
「オレには分からなかったけど……秀美くんは分かったみたいでね」
「それで、わたしから勧めたんです。一度きちんとはるかちゃんに会って話して来て下さいって……でも、事前に連絡ぐらいはするって思ったんですけどね」
「あなたも、あなたね……」
「なんか、気後れしてな……はるか、もうちょっとオレのそばに来てくれないか」
「やだ、まぶしいんなら、スイッチ切ってやる!」
わたしは、照明のリモコンを手にした。
「はるかの後ろにライトなんかないわよ……」
「え?」
「照れかくしですよ、お父さんの」
「え……も、もうやだ!」

 わたしは病院の中であることも忘れて廊下を走り、階段を駆け上がり、屋上に出た。

 せっかく、せっかく、荒川の土手でケリをつけたのに……!

 心の傷の薄皮がはがれ、血がにじみ出してきた。

「なんとかしてよ、目玉オヤジ……」

 目玉オヤジは、夏の西日に際だって、飄々とアグラをかいていた。

「はるか」

 後ろで、お母さんの声がした。

「……わたしと、あの人は、もうとっくにケリがついてるんだけど、はるかはそうじゃなかったんだ」
「……」
「はるかって、何も言わないんだもん。はるかもそうかなって……思いこんでた。物書きなのに、実の娘の気持ちも分からなくって……これじゃ、スランプにもなるわよね」

 お母さんが横に並んだ。

「わたしもケリがついたつもりでいた……でも違った」

 ヤバイ。ウルっとしてきた。

 西日がまぶしい……ふりをした。

「わたしもいっぱしの演劇部なんだから。フンだ!」
「フ……なんで、このシュチュエーションで演劇部が出てくるわけ?」
「鈍感ね。それだけ青春賭けてるの、いつまでもメソメソしてらんないつーの!」

 手すりにかけた腕にアゴををのっけて強がった。

「わたしはもう切れちゃったけど、はるかにはお父さんなんだからね。わたしに遠慮なんかしなくっていいのよ……無理しなくっていい」

 同じ姿勢でお母さんが、精いっぱい寄り添ってきた。

「わたし気にいってんの。『おわかれだけど、さよならじゃない』ってフレーズ」
「そうか……」
「そうだよ。あんまり突然のドッキリばっかだから、ナーバスになっただけ。もう大丈夫だよ」
「そうなんだ……じゃ、お母さん、お店にもどるね。そろそろディナータイムだから」

 西日を受けて屋上を降りるお母さんの靴音を背中で聞いて見送った。代わりに秀美さんの気配がしてきた……。

 秀美さんは、明くる日の夕方までいて、病院やら警察との事務的な処理をしていった。

 さすがに、元秘書。てきぱきと話をつけていく。

 その間、いろんな話をした。

 ネット通販の仕事が軌道に乗り始めていること。それまでの苦労。

 そして……この秋には正式に入籍すること。

 そして、お父さんが東京の病院に転院できるようになるまでは、わたしが看護すると。

「たいへんよ、こういう怪我人さんの看護は。なんせ脚以外は健康だから、ワガママ。リハビリ始まったら、いっそうね。わたしもはるかちゃんぐらいの頃に、兄貴が事故って看病したんだけど、いらだちとか不満とかが全部わたしにくるの。フフ、ヘビーローテーションだわよ」

 お母さんも、秀美さんもアニキが、若い頃事故ってる。で、今度は、お父さん。

「オレは、我慢強いから大丈夫さ」

 と、身体を拭きながらの仮免夫婦の会話。

「ヘビーローテーションって、なんですか?」
「同じ事を何度も繰り返すって意味。元は、放送局の用語。同じ曲を繰り返し流すこと。オリコンで上位の曲とか、独自のお勧めとかね。好きな曲でも三日もやってりゃ耳にタコ。怪我人さんの看護もいっしょよ」
「詳しいんですね」
「うん、学生のころラジオ局でバイトしてたから。ジョッキーのアシスタントしてたの」
「うちの社に採用するとき、最終選考で、それが決めてになった」
「え、そうだったの?」
「専務の平岡が、聞いてたんだって」
「まあ、それでかな。平岡さんには二度ばかり誘われましたけど」
「あいつ、手出してたのか!?」
「出していただく前に会社つぶれちゃいましたけど。あら妬いてるんですか?」
「ばか、はるかの前だぞ」
「あ、わたしタオル替えてきます」

 抑制のきいたじゃれ合いだった。わたしに気を使っているのが分かる。変によそよそしくされるより気が楽だ。

 ヘビーローテーションは当たっていた。

 三日目から始まったリハビリ。

「なんで、健常な左足からやるんだよ!」

 から始まって、あそこが痛い。どこがむず痒いとか、きりがありませんでした、はい。


『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第十八章』より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魔法少女マヂカ・241『その前日 霧に滲む大連駅』

2021-10-26 15:58:43 | 小説

魔法少女マヂカ・241

『その前日  霧に滲む大連駅語り手:マヂカ  

 

 

 霧子とノンコが眠りにつくのを待って、ブリンダと大和ホテルを出た。

 明日に迫った試合の為に、なかなか眠ってくれないのではと心配したが、この三日あちこちを見て回ったことが良かったのか、日付が変わらないうちに寝息を立て始めた。

 今夜は激戦が予想される。

 なんせ、アジア号一編成分の妖どもがやってくるのだ。

 焼き芋屋の話では、実体のないソウル(霊魂)らしい。物理的攻撃力は無いに等しいだろうが、視認しにくい。

 すでに大連市内に食材として入り込んでいる実体と合体しないうちに片づけなければならない。

 合体させてしまえば、物理的な攻撃力を持ってしまい、ブリンダと二人では太刀打ちできなくなってしまうかもしれない。

「実は、昼間のうちに間接結界を張っておいた」

「え?」

「いや、効かないと恥ずかしいから、黙っていた。ダメもとだが、一応言っとくぞ」

「いや、わたしも張っておいたわよ間接結界、足止めくらいになるかと……」

「そうか、日米二人の魔法少女でやったら、より効果的かもな」

 アハハハ…………

 間接結界とは、ほら、爾霊山で張った結界の間接拡大版。

 予備魔法の一種で、台風が来る前に板を打ち付けたり、つっかえ棒をするのに似ている。やり方は、地図に呪を掛けて封をする。普通は一人で行う。複数でやると、地図の上の間接魔法でもあり、部分的には強力になることもあるが、逆に脆いところも出てきて、かえって役に立たないと言われている。

 地図と現場が離れすぎていると効果が無いが、ヤマトホテルと大連駅は距離的に近い。

 それに、ブリンダとは特務師団のバディーでもあるから、なんらかの効果は……。

「あまり期待しないでおこう」

 思いは同じようだ。

 

 ん?

 

 ちょっと立ち止まってしまった。

 そこを曲がったら駅舎が見えるというととろで、視界が落ちてきたのだ。

 二つ先の街灯まで見えているが、その先は闇に滲むばかりで判然としない。

「霧子は置いてきたのに霧か?」

「プ」

「すまん、クサイ洒落を言ってしまった」

 この時は、まだ余裕だった。

「港町だから霧が立ち込めても不思議はない……けど、まだ八月だよ、霧が出る?」

「怪しいか……」

 ポーーーーー

「汽笛だ、駅はすぐそこだろう」

「いや……」

「なんだ、なにか大和撫子のハートに引っかかったか?」

「この汽笛、アジア号じゃないんじゃない?」

 ポーーーーー

「そうか……でも、なんだか聞き覚えがあるぞ」

「これは、北斗の汽笛?」

「うちの高機動車か?」

「まさかね……」

 かつて、時空を超えて北斗が救助に来てくれたことはあるが、令和から百年の時を遡っては難しいだろう。

 同型の蒸気機関車だとしても、北斗は母体がC58だ。あれは昭和十三年にならなければ現れない。

 そもそもが、満鉄の軌道は広軌だ、狭軌のC58が走っているわけもない。

 大正のこの時代に来て長くなる、我ながら里心がついたかな。

 ポォーーーーーー!

「あ、やっぱりアジア号の汽笛だ」

 野太い汽笛に、ブリンダと苦笑いになる。

 そして、汽笛が消し飛ばしたのか、霧が薄れて、大連駅の姿が明らかになってきた。

「初めて見るが……」

「噂の通り、上野駅にそっくりだね」

 自分で言って違和感……大正時代の大連駅は……まだ改築前だったはず……。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • 孫悟空嬢       中国一の魔法少女

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はるか・12『離婚から三ヵ月 事故』

2021-10-26 06:43:17 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・12

『離婚から三ヵ月 事故』 

 



 その連絡が入ってきたのは、明くる朝の十時ごろだった。

「はい、はるか」

 由香かな……ぐらいに思い、ディスプレーも見ず軽く出た。

『T署交通課の秋本と申します。坂東はるかさんの電話ですか?』
「は、はい、はるかですが」

 なんだろういったい?

『伍代英樹さん、ご存じですか?』
「はい……父ですが」
『じつはですね……』

 あとは上の空だった。

 気がついたら、オレンジ色の愛車に乗って、T会病院を目指して走っていた。
 踏切は閉まっていて、駅の跨道橋を愛車をかついで渡った。
 重いとも思わなかった。

――お父さんが、交通事故? なんで、なんで高安で?――

「免許証で、東京の方には連絡したんですがね。手術もやることやし、他に近所にお知り合いの方がと思て、携帯のアドレスを見せていただいたんですわ。ほんならトップにあんたさんのアドレスがあったんでかけさせてもろたんです。娘さんなんですね」

 白髪交じりのお巡りさんが、いたわるように言った。

「はい、離婚したんで苗字は違いますが、父です。で、様態はどうなんでしょうか……」
「右大腿課上骨折。あ、右脚の太ももの骨ですわ。意識がおぼろげやったんで、まあ、事故の直後はようあるもんです。CTでも異常が無いんでオペの最中です。一応所持品とか見てもろて確認いいですか?」

 群青のポロシャツが切り裂かれ、血で黒く染まっていた。胸の紙ヒコ-キだけは血に染まらず、その白いワンポイントが際だっていた。他の所持品も全て見覚えのあるお父さんの物だった。

「まちがいありません……」

 お父さんは、駅前を一筋入った小さな交差点でバイクとぶつかったようだ。事故の様子は実況見分中だそうだが、目撃した人の話では、赤信号なのに、お父さんがふらふらっと、交差点に入ってきたそうだ。
 初めての街、細い道路、信号に気づかなかったのかもしれない。わたしも越してきたころ、何度かヒヤっとしたことがある。

 この病院の窓からも、目玉親父大権現が見える。

 思わず「お願いします……」という気持ちになる。
 それを察してか、お巡りさんが言葉をかけてくれる。

「大丈夫ですよ、脚の骨折っただけやさかい。すぐ元気にならはります。ほんなら署に戻りますんで、なんかあったら、ここに」

 とメモをくれて、病院を出て行った。廊下を曲がって姿を消す直前に、瞬間振り返って笑顔。後ろに若いお巡りさんが付いていたけど、これは無表情。こんなとこにもキャリアの違いって出るんだ……少しホッとした。

 看護師のオネエサンがやってきて、入院の手続きやら、なにやらの承諾書を持ってきた。

「すみません、親が離婚してて、戸籍上の関係が……」
「分かりました、東京の方がこられてからでけっこうですから。大丈夫、意識もすぐにもどりますよ。麻酔が覚めたら、大騒ぎやと思いますから、側にいてあげてください」
「はい」

 看護師のオネエサンはバインダーを持って立ち上がって、こう言った。

「お父さん、あなたに会いに来られたんじゃないかしら……」
「え……」
「『はるか……』って、うわごとでそればっかし。で、ケータイにあなたのアドレスもあったんで……ごめんなさい、余計なこと言うてしもて」
「いいえ、ありごとうございました」

 わたしが余計なことをしたから……血染めのポロシャツが頭をよぎった。

「はるか!」

 肩を叩かれるまで気がつかなかった。

「なんでお母さん……」
「なんでって、はるかが電話してきたんじゃないのよ」

 ……わたしってば、いつの間に。

「で、あの人の様態は?」
「うん、いま手術中。麻酔が覚めたら大騒ぎだそうだから……あ、右脚の骨折だけだから、大丈夫だって」
「そう……」

 お母さんもホッとしたようだ。

「お母さん、お店は?」

 お母さんは、昨日も早引きしている。

「ああ、前のオーナーの奥さんに入ってもらってる。ランチタイムの途中で代わってもらった」
たしか棚橋さんだったっけ、旦那さんとは死別。いろいろあるよな、大人って……。
「でも、あの人なんで大阪に来たんだろ?」
「う……新幹線で」
「バカ、真剣に考えてんのよ……高安ってことは、家に来るつもりだったんだよね……はるか、ひょっとして……」

 おっかない顔でお母さんがにらんだ。それ以上追求される前に、事故のあらましを説明。

 種切れになったころ手術が終わった。

 さすがにお母さんも、お父さんの麻酔が覚めるのを無言で見守っている。

 なんだか分からない医療機器のピコピコとか。となりのナースステーションの声や、物音が異様に響く。

 何分たったろう……。

「ウ……!」

 お父さんが痛みと共に目覚めた。

「あなた」

 朝起こすときのようにレギュラーな調子でお母さん。

「お父さん……」

 意に反して、蚊の鳴くような声しかかけられなかい。

 すぐに看護師のオネエサンが来て、いろいろチェックしたり、質問をしたり。

「あとで、先生が来ますけど、たぶん明日には一般病棟に移れると思いますよ」

 看護師さんの質問にも、お父さんはしっかりと答えていた。

 もともとお父さんは痛みには強いというか鈍感。会社を潰して、離婚して、実家の仕事も変えて……そして生活も。
 そこにはわたしの想像を超えた痛みがあったんだろう。

 麻酔が切れたときだけ、顔をしかめたけど、あとは涼しげといっていいほどの穏やかさだった。

「二人とも、すまんなあ……」

 わたしたちへの最初の言葉だった。

「早く良くなって、東京へ帰りましょうね」

 と、お母さん。

「見送りぐらいには来てくれるんだろう」
「土日ならね。わたしパートだから、平日はそんなに休めない」
「わたし、平日でも行く。授業抜けてでも……」
「はるか……」

 まぶしげにわたしを見てお父さんが言った。

「はるか、もっと顔を寄せてくれないか」
「お父さん……」

 泣きそうになった。

「ああ、それでいい……そこのライトがまぶしくってな」

 ライトかよ……。

 その直後、あの人が入ってきた。

「奥様、ご無沙汰いたしております」

 完ぺきな秘書の物腰で、秀美さんはあいさつした。

「もう奥様じゃないわよ。大変だったでしょ、東京からじゃ」
「ええ、でも事が事ですから」
「……高峯くん、すまなかったね」
「いいえ、社長がお怪我なさったんですから、当然のことです。はるかちゃん、昨日と一昨日はどうも」

「え?」

 と……お母さん。

「お父さん、さっき手術が終わって、今麻酔が切れたとこなんです。えと右大腿顆上骨折(合ってたよね?)です。バイクとぶつかったんです。術後の経過はいいようです。事故の様子は、実況見分とかで、まだ詳しくは分かりませんけど。あ、手続きとかはこれから……」

「はるか、なにあせってんのよ?」

「あ、あの……その……」

 全部バレてしまった……。


『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第17章』より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

せやさかい・253『ペコちゃん怒ってカラスが鳴いて』

2021-10-25 14:49:47 | ノベル

・253

『ペコちゃん怒ってカラスが鳴いて』さくら      

 

 

 あんたは卒業せえへんのんか!?

 

 ペコちゃんの堪忍袋が切れた。

 ペコちゃんいうのは、うちの担任、月島さやか先生。

 普段はおっとりした先生で、いっつもきれいな標準語で話しはる。お家が神社やねんけど、幼少期は関東地方やったみたいで、その言葉遣いがペコちゃんには似つかわしい。

 そのペコちゃんが切れたんは、田中(一年からいっしょのアホ男子)が進路希望調査票を出さへんから。

 どうも、クラスで出してへんのは、田中だけらしい。

 ペコちゃんは、いつもの標準語では生ぬるいて思て、なれへん大阪弁やさかいに、アクセントがおかしい。

 なんか、東京の芸人さんが無理に使った大阪弁みたいで、うちらでも、ちょっと笑いそうになる。

 教室のみんなは下向いてるけど、そのうちの何人かは、ぜったい笑うのんを堪えてる。

 

 危ないところだったね(^_^;)

 

 せやさかい、留美ちゃんが言うてきたときは――よく笑わなかったね!――という意味やと思た。

「二日遅れてたら、わたしもさくらも田中君といっしょに立ってるとこだったよ」

「あ、ああ、そやね、そやそや……」

 言われて思い出した。

 うちと留美ちゃんは、先週の金曜日に、やっと進路希望調査票を出したんや。

 

 うちも留美ちゃんも聖真理愛学院希望。

 

 そう、うちの詩(ことは)ちゃんが卒業して、頼子さんが在籍中の私学のお嬢様学校。

 正直なとこ、うちも留美ちゃんも遠慮があって、最後まで悩んだ。

 なんせ、学費が高い。授業料は国やったか大阪府やったかの補助的なもんがあって、変わらへんねんけど、諸費が違う。たとえば、制服やカバンとかは、ほとんど公立の倍くらい。修学旅行とかもヨーロッパで、デラックス。

 修学旅行は、コロナの影響で、うちらは中止になってしもて、どうせ行くんやったら、デラックスな修学旅行の学校に行きたかったし。

 せやけど、うちも留美ちゃんも酒井家では居候のようなもん。とても、自分からは言い出されへんかった。

 それが、おっちゃんの方から「二人とも真理愛学院にいってみいへんか?」と振ってくれた。

 ちょうどテレビのニュースで六甲山にある小学校の『ストーブ火入れ式』のニュースをやってた。

 昨日は木枯らし一番も吹いてブルブルやったけど、ニュースから伝わる何倍も暖かなった。

「きっと、うちのお父さんやら、小父さんやらが、知らないうちに相談してくれていたんだね」

「うん、せやろね。きっと詩ちゃんも、おっちゃんに相談されてたと思う」

「そだね、おかげさまなんだよね」

 留美ちゃんが、お寺の居候らしい感想を言うと、美味しそうな匂いが漂って来る。

「「焼き芋」」

 思わずハモってしまう。

 いつもとは一筋ちがう道に入ると、米田米穀店に『焼き芋始めました』のノボリ。

「買って行こうか?」

「うん、せやね」

 今日は25日で、二人ともお小遣いがいただける日。

 お互い、先月分は使い残してるのは見当がつくので、すぐに意見は一致。

「おお、如来寺のキャンディーズ!」

 如来寺の婦人部長でもある米田のお婆ちゃんが、お愛想を言うてくれて、オマケしてくれる。

「「ありがとう、お婆ちゃん」」

 焼き芋の紙袋をカイロ代わりに胸に抱いて角を曲がる。

「キャンディーズだって」

「お婆ちゃんも古い。それに、ピンクレディーと間違うてる、キャンディーズは三人やんなあ」

「あ、それ、詩さんも入ってると思うよ」

「あ、そうか……」

 やっぱり留美ちゃんの方が行き届いてると思た秋の夕暮れ……。

 カーーー

 カラスが鳴いて、ご陵さんの方へ飛んでいきました。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

銀河太平記・075『社長  村長  主席』

2021-10-25 11:08:44 | 小説4

・075

『社長  村長  主席』 加藤 恵    

 

 

 西ノ島には三つの集団がある。

 

 南部の氷室カンパニー。氷室社長がリーダーで、『南』とか『カンパニー』とか『会社』と呼ばれている。

 東部のナバホ村。村長と呼ばれるインディアンの末裔が酋長のようにまとめていて、『東』とか『村』と呼ばれる。

 西部のフートン(胡同)。主席と呼ばれる周温雷が指導者で、城塞を思わせる中国伝来の四合院に集住、『西』とか『フートン』と呼ばれる。

 

 カンパニーの新人であるわたし(加藤恵)は社長のお供で、村での用事を済ませ、村長も加わって、フートンの門前に着いたところだ。

 

「東の村長だ、南の社長もいっしょだ。主席はいるか!?」

 村長が戦の名乗りをするような大声を門に向かってかける。

 なんだか、アメリカインディアンが三国志の世界に殴り込みをかけてきたような迫力だ(^_^;)。

『主席は坑内の見回りに行っておられます、お急ぎなら鉱区の方へ、お時間があるなら中でお待ちください』

『来福門』の扁額に仕込まれたスピーカーからNHKのアナウンサーのような声で返事が返って来る。

「人工音声?」

「うん、日本語を喋れない者も多いからね」

「外で待ちましょう」

 社長が村長の背中に呟く。

「外で待たせてもらう!」

『ご自由に』

 社長が前に出ると、にこやかな顔で付け加える。

「フートンの周りを走って『東』と『南』で競走してもいいかな? じっと待っていては体が冷えますからね」

『あ、それは困ります(;'∀')』

 なんで困るんだろ?

「西は漢明の人が多いからね」

「革命時代からの伝統で、覗かれたり取り囲まれたりするのを嫌がるんだ」

 知ってて言ってる。社長も村長も意地が悪い。

『あと……えと……』

 

 人工音声が悩んでいると、フートンの後方からガチャガチャと音がする。

 

『アイヤー 待たせて済まないある!』

 サンパチに似たようなのが、左右にボディーを揺すりながら走って来る。

『おお、ホ-バイ!』

『わーい、イッパチぃ!』

 ガシャガシャ ギッコンギッコンと音を立ててサンパチとニッパチが寄っていく。

 名前とカタチから言って、おそらくはニッパチの兄妹マシンだろう。

『おお、ニッパチ、リアルハンド付けたあるか?』

『うん、新人のメカニックさんに付けてもらった!』

『拙者も、付けてもらうことになってござるよ』

『それはウラヤマあるなあ!』

「おまえたちは、駐車場に行って、ラインで話していなさい」

『了解ある!』『承知!』『ハーイ!』

 サンパチたちが賑やかにパーキングに向かうと、主席が鷹揚に振り返った。

 京劇の主役が務まりそうな男前、体格はそれほどではないけど、十分に逞しい。三国志の劉備玄徳に近い印象だ。

「三人揃うのは、久々。まだ日は高いが、一杯やりませんか」

「それはいい! なあ、社長!?」

「そうですね、泊まりでというわけにはいかないが、陽のあるうちなら付き合いましょうか」

「話は決まった。門を開けてくれ!」

『了解、来福門を開けます』

 ギギギギ

 西ノ島で一番重厚な門が音を立てて開き始めた……。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室                西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
  • 村長                西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はるか・11『離婚から三ヵ月 アリバイ』

2021-10-25 06:59:44 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・11

『離婚から三ヵ月 アリバイ』 




「ヘッヘー、どんなもんや!」

 再生し終えたケータイから、メモリーカードを取り出して、由香はユカイそうに胸を反らせた。

 アリバイとしては十分過ぎるものであった。
 お母さんのリストにあったものは、全て撮ってあった。
 タマゲタのは、いくつかのスナップ写真にわたしと由香がツーショットで収まっていることだ。

「これって合成?」
「まあね。苦労したわ、はるかはめ込むのん」

 由香はミルク金時の最後のひとすくいを口に放り込んだ。
 由香にアリバイ工作を頼んだ甘いもの屋さんに、新大阪から直行してきたのだ。

「由香って、こんなこともできたんだ……」
「まあね……」

 中之島公園のバラ園の花言葉のときの十倍くらいタマゲタ。

 そして気づいた。

「あ……これって、もう一人いないと撮れないよね?」
「え?」
「だって、由香自身は実写でしょ……ってことは、だれかがいっしょにいて撮ったってことじゃないの」
「そ、それはやね……」
「白状しちゃえ、吉川先輩と行ったんでしょ?」

 由香は照れ隠しと、なんだかわかんない気持ちを隠し、スプーンをマイクのようにして言った。

「……そうです。そのとおりです。ほんでからに合成は吉川先輩が、パソコンで、横浜の友だちのとこにデータ送ってやってもらいました。なんか文句ある!?」
「ないない。こっちは頼んだ側なんだから」

 わたしもブル-ハワイの最後のひとすくい。

「ほんまにかめへんの……あたし、もう本気やで!」
「ぜんぜん、わたしと先輩は互いにワンノブゼムなんだから」

 正直、吉川先輩とは、人生観ってか、根本的なところで埋めがたいものを感じはじめている。ゲンチャリを借りたり、オチャラケタ話ならともかく、人や物事に取り組む話や付き合いになると、きっとお互い、どうしようもなく相手を傷つけてしまいそう。

 こないだ、いっしょしたJ書店でもミーハーなうちはよかった。
 でも、演劇書のコーナーの片隅に大橋先生の本を見つけたときの彼の態度。

「ま、ご祝儀だ」とレジに持っていき、精算がすむと「ほれよ」と、わたしに放ってよこした。

 大橋先生は、けっして売れてる劇作家なんかじゃない。でも、ぞんざいに上から目線で扱っていいことにはならない。ミーハー感覚はすっとんでしまった。

「どうしたんだよ」
「なんでも」

 けっきょく、気まずく書店の前で別れた。でも、あとでゲンチャリは借りにはいける。そういう距離感でいい。


「やばい!」

 思わず声に出るところだった。

 念のため、電車の中で再生してみて気がついた。写メの中のわたしが着ているキャミは、こないだ由香とワーナーの映画を観にいったときのだ。

 このキャミは、東京に行く前に洗濯して……干したままだ。

 お母さんがもう取り込んでいるはず。そこにこのキャミの写メを見たら……トリックがばれてしまう!


 溺れる者は藁をつかんで沈んでいく……のかもしれないが、高安の二つ手前の駅で降りて、あのキャミを買った量販店に向かう。

 もう秋物が出始める時期、もうあのキャミはないだろうけど……。

「あった!」

 それは、夏のクリアランスで、バーゲンのワゴンの中に一枚だけ残っていた。お父さんのポロシャツといい、このキャミといい、わたしはバーゲンにはついているのかも知れない。

「あ……」

 手を出そうと思った瞬間、横からさらわれてしまった。
 二十代前半くらいのオネエサン。

「それ、ゆずってください!」

 由香のような生粋の大阪の女子高生なら平気で言えるんだろうけど、大阪に来てまだ五ヶ月足らず。それも今朝までは東京の女の子にもどってしまっていた。

 とっさには声が出ない。

 オネエサンはキャミを手にはしたが、目はまだワゴンの商品の上をさまよっている。
 わたしは、オネエサンがしばし目を停めたワンピをサッととって体に合わせてみた。

「これいいなあ……」

 鏡に映しスピンしてみた。

「ううん……どうしようかな」

 オネエサンの目がこちらに向いた。
 五秒ほどじらして、ワンピをワゴンにもどし、別のを手に取る。
 オネエサンは、そのワンピを手に取った。わたしは「あ!」という顔をする。するとオネエサンは、手にした他のバーゲン品をワゴンにもどし、ワンピを手に鏡に向かった。

 チャンス! 

 さりげにキャミをゲットして、レジに向かった。

 演技が初めて役に立った(後日この話をすると、乙女先生は爆笑。大橋先生は、「舞台で、そこまでリアリティーのある芝居をやってみろ」と、意見された)

 お店の化粧室で着替えて、やっと帰宅。


 大正解。この日は、お母さん締め切りに追われて、早めに帰ってパソコンを叩いていた。
 
「あら、そのキャミ……?」
「え、なに?」

 何食わぬ顔でバッグを部屋に。

「洗濯して取り込んだつもりだったんだけど」
「あ、お気にだから二着持ってんの」
「あのね……」
「え……」

 バレたか……!?

「お気にはいいけど、タグぐらい取っときなさいよ。こんなの付けたまま、神戸の街うろついてたの?」
「え、ああ……由香のやつ、なんかニヤついてると思ったら!?」

 由香を悪者にして、シャワーを浴びに行った。

 夕食後パソコンを使ってスライドショーをやった。

 アリバイづくりのため、ガイドブックとか読み込んでいたので、スラスラと解説ができた。特にお母さんが喜びそうな、人間的なエピソードには力を入れて……。

「うん、この話いいよ。うん、使えそうだ!」

 ある異人館の元の住人のドイツ人の話をしたら、お母さんの創作意欲をかき立てた。

 このドイツ人はお医者さんで、戦時中も神戸に踏みとどまり、神戸の空襲のときも、すすんで被災者を引き受けて治療にあたった。ドイツ降伏後は、ほとんど自宅軟禁。終戦後は、二人のお嬢さんと奥さんを連れ、なんとかドイツにもどったそうだが、詳しいことは分からない。その分からないところが、イメージを喚起させたようだ。

「神戸を舞台にした小説って、どんなのがあったっけ?」

 わたしに聞くか?

「『火垂るの墓』とか『少年H』……」
「『ノルウェイの森』も、たしか神戸が絡んでたよね」

 お母さんは、動物園のある種の動物(どんな動物かは想像して下さい。はっきり書くと母子の縁を切られそうなので)のように、狭いリビングを歩き出した。

「オーシ、これでいくぞ!」

 スランプのお母さんは、図書館に出撃した。
 
 メデタシ、メデタシ……。

 これでわたしの長いタクラミは、アリバイのめでたい成立に、お母さんのスランプからの脱出(本人がその気になったので)というオマケまで付いて、タキさんからの借金だけを残し、『はるかの生傷だらけの成長』というタイトルを付けて終わり!

 というはずだった……。

 でも、これは、これから秋一杯かけての『ヘビーローテーション』の始まりでもあった。

 

『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第17章』より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする