大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・111『新パルス鉱の検査』

2022-05-31 10:00:06 | 小説4

・111

『新パルス鉱の検査』心子内親王 

 

 

 ココちゃん……心地いい呼ばれ方(^▽^)。

 

 東宮御所(亡くなったお母さんの家)に居る時は殿下と呼ばれるわ。

 お母さんは、活舌のいい人だったので、亡くなるまで「心子(こころこ)」と呼んでいたわ。

 伯母にあたる天皇陛下は「しんこ」と呼んでくださっている。

「明子(あきこ=お母さんの名前)は『しんこ』って読ませたかったのよね、シャキッとした歯ごたえのある子に育ってほしいって。でも、皇族の名前って、みんな訓読みだから『こころこ』。だから、睦子伯母は『しんこ』と呼びます」

 学校の友だちは『こころ』って呼んでくれた。

「殿下や内親王はお店の屋号みたいなものですから、どうか愛称で呼んでください」

 それで『こころ』が定着した。アニメの人物みたいで、まあいいんだけれども。アニメ文化のフィルターを通さなければ親しみを持ってもらえないようで、微妙に距離感です。

 先生たちは『須磨さん』。宮号が須磨の宮だから、まあ、あたりまえなのです。

 

 所長のメグミさんは、初日から『ココちゃん』。ポカした時は、遠慮なく『ココ!』って呼び捨ててくださいます。

 

「ココ!!」

 

 強い口調で叱られました。

「あ、すみません(;'∀')」

 パチパチさんたちが持ってきたパルス鉱のサンプルを手でつかもうとしたからです。

『ニッパチが素手で渡すから悪いのじゃ』

『そうアル。作業機械の頃のクセ抜けてないアルよ』

『ごめん、ココちゃん(;'∀')』

「あんたらも、こういうものはカプセルとかに入れてこなきゃダメだろうが。以後気を付けて」

 はい!

 みんなで返事して、なんだか連帯感。

「じゃあ、ちょっと検査してみよう!」

 検査してみてビックリしました。

 減衰率が0.000001%で、既存のパルス鉱(パルス・パルスラ・パルスガの総称)の1/20でしかないのです。

 おまけに衝撃に強い。パルス鉱は優れたエネルギー源だけれども、衝撃に弱く、運転中に着く傷が元で、カタログデータ通りの出力を五年保てるものはほとんどなくて、十年も経てば、出力は1/3~1/2に減ってしまうのです、軍用などは三年で交換されるのが普通になっているそうです。

 そのために、惑星間ロケットなどは減衰期を見込んで倍の出力のパルス鉱を搭載するのです。倍の出力の鉱石を積んでいれば、五年後に標準値になり、十年は交換せずに済むからです。

 それに、倍の出力を持つ鉱石の抽出出力をコントロールするために、エンジンと同じ規模の制御機器を積まなくてはならないので、船内容積が狭くなるという欠陥がありました。

 洋上船以来の伝統で、日本の造船技術は世界一でしたので、宇宙船の大型化で惑星間輸送をリードしてきたけれど、100万トンが限界になってきました。

 宇宙軍の戦艦も70万トンの大和型が最大で、お母さんが進水式に出た三番艦信濃が最後。拡大型の紀伊と尾張は概念設計の段階でお蔵入りになってしまいました。

「ココちゃん、これは、ほとんど永久機関が作れるぞ!」

「SFの世界ですね!」

「うん、これだけ寿命が長ければ、燃料が切れる前に船体の寿命がやってくる。日本の造船技術と組み合わせれば、おそらくワープ船が作れる」

 メグミ所長の目がキラキラ光りました。

「それって、太陽系を出られるということですか!?」

「うん、これだけ安定して、長期間運用できればね」

「大航海時代の始まりですね!」

「問題は、パルスガ以上に深く潜らなければ採取できないことだ。パルスガでも大きな事故を起こしているからね」

「でも、パチパチさんたちは平気なんですよね」

「うん、人間でもロボットでもないからね……ここは……」

 そこまで言うと、所長は、すごいジト目になってパチパチさんたちを睨みました。

『じゃあ、パチパチは、これにて……』

「ちょっとお待ち!」

『『『ヒ(;゚Д゚)!』』』

「ココ! ラボの出入り口を閉鎖して!」

「ハ、ハイ!」

 所長は、パチパチさんたちを分解検査し始めましたよぉ(^_^;)。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源

 

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・011『その放課後 おきながさんに声を掛けられる』

2022-05-31 06:10:30 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

011『その放課後 おきながさんに声を掛けられる』

 

 

 

 小栗……声をかけようとしてやめた。

 

 今朝の事件が、まだ初々しい。

 小栗も身構えるだろうし、たぶん、わたしも意見してしまう。

 顔の見える生徒会はけっこうだけれども、先生と一緒の立ち番は、生徒たちには生徒会が学校の手先になった印象で、いずれは化け物犬でなくても反発されるだろう。

 そう意見しても小栗は聞かないだろう。

 それに、彼女は資料を抱え、生徒会室の前を素通りして、階段教室の方に向かっている。委員会だ。

 ということは佳子も委員会。一人で帰ることにする。

 

 昇降口で下足に履き替え校門に向かう。

 

 二年生ということになっているが、わたしとしては初めての学校だ、ついキョロキョロしてしまう。

 校内の施設は、すでにインストール済み。興味があるのは人間だ。

 そろいの制服を着ているという点ではヴァルキリアの兵士と変わらない。

 兵士には一人一人個性がある。その個性を見極めることが姫騎士としては重要で、食事は兵たちといっしょに食べるように心がけていた。

 指揮官としての任務というよりは楽しみだったというのは、学食の所でも言ったな。

 ほんのチラ見なんだけど、目の合った生徒は会釈してくれる。親しみ……と言うよりは敬遠してるんだ……父、オーディンはどんな設定をしてくれたんだ(^_^;)

 なむさん、不用意に人を脅してはいけないので、生徒は視野の片隅に入れるだけにする。

 
 角を曲がって宮坂駅が見えてくる。

 
 駅の脇にはデハが静態保存されている。昔走っていた車両で、一時は江ノ電の貸し出されていたが、再び戻されてきたものだ。他の静態保存車両と異なって、朝から夕方までは自由に出入りできる。

 きのう、デハの中で居眠りしていて、寝返りを打って床に落ちて目が覚めた。

 あれが始りだったんだ、昨日の事なのに懐かしい。

 
 ひるでさん。

 え?

 
 鳥居の方から声をかけられた。世田谷八幡の前にさしかかっていたのだ。

 鳥居の真ん中から滲みだすように人が現れた。ホウキを持った女性だ。ジーパンに長袖のカットソー、神社の人だろうか?

「呼び止めてごめんなさいね」

「はあ……」

「わたし、おきながたらしひめ(気長足姫)と言います。いちおう、ここの住人」

「では、神さま。おきなが……」

「ハハ、長い名前だからね」

「すみません、きちんと覚えます」

「ううん、おきながでいい」

「はい、わたしに御用でしょうか?」

「うん、きょう、犬と猫が失礼したでしょ」

「ああ、二つ尾の?」

「お詫びとお礼」

「おきながさんがですか?」

「東京は、日本一の大都市だけど、いろいろある街なの。一筋縄ではいかないわ。でも、みんな歴史とか事情を抱えてるのよ。悪さを仕掛けてくる者は痛めつけなきゃならないだろうけど、お願い、命まではとらないでやってほしい」

「はい、わたしと、わたしの大事な人たちに危害が及ばない限り」

「ありがとう、あなたにチョッカイを出してくるのは……構って欲しいからと思っていただければ嬉しい。そして、なにか力になってあげられることがあったら、いつでも……落ち葉の盛りになってきたわね、もうひと頑張りしようか……」

 ホウキの音をさせながらおきながさんは消えて行った。

 鳥居から駅の方に目を移すと、踏切の向こうで猫田ねね子が手を振っている。

 夕陽を正面から受けていると、意外に可愛い奴だ。

 ヘクチ!

 クシャミまで可愛い、ネコにしては大した化けっぷりだ。

 おまえも、もう少し可愛くなれというナゾかな……だったら、無理な相談だぞ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫 世田谷八幡の神さま
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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魔法少女マヂカ・275『戻った……』

2022-05-30 09:37:34 | 小説

魔法少女マヂカ・275

『戻った……語り手:マヂカ  

 

 

 あ、テレビのゴースト?

 

 原宿駅がダブって見えた。

 ほぼ同じ駅舎が、アナログテレビのゴーストのようにダブっている。

「……戻ってきたんだ」

 数秒でゴーストの片方が消えて、ようやくブリンダが吐息のように呟いた。

 わたしも首の重さに耐えきれないように頷くだけ。

 時空の狭間はデジタル的には変異しないのだ、以前いた時空を夏の蜃気楼のように引きずって、時空の旅人に感傷を強いる。

 完成間もなかった駅舎は、数秒ダブった後、百年後の解体保存の準備に入った微睡(まどろみ)みの姿に落ち着いた。

 その屋根越しに見える神宮の森は、マジシャンが「ワン……ツー……スリー!」ともったいを付けるようにホワホワとして、見慣れた令和の茂みに変わり、足もとの道路はアスファルトの硬さを取り戻した。

「戻った……」

 ブリンダに続いてため息ついた口に飛び込んできたのは、どこか甘ったるい令和の原宿の空気だ。

 道行く人たちは、僅かに違和感の気を発して通り過ぎていく。

「学習院の制服は、大正時代から変わってないんだろ?」

「うん、でも、冬服だし……」

 冬服のせいにしたけど、原宿はファッションフリーの街。年中ハロウィンのようなところがあって、季節外れの冬服を着ていても不思議には思われない。

 纏っている空気が大正時代のままなんだ。

 それに、富士山頂から転移してきたから、纏っている空気は夏の原宿より三十度は低いだろう。サーモグラフィーのカメラで撮影したら、わたしとブリンダは低温を表す青から濃紺で写るはずだ。

「どうする、師団本部に帰るか?」

「そうね……ちょっと東郷神社に寄ってみる」

「東郷神社……ああ、そうだな」

 東郷神社は高坂侯爵邸の跡に建てられている。

 こういう感傷めいたことは鼻先で笑うブリンダだけど、この時はあっさりと同調してくれる。

 お互い、腐るほど魔法少女をやっているけど、今回は、ちょっとクールダウンに時間がかかりそうだ。

 

 神社の庭に高坂邸の名残がある。

 

 稲妻方の石橋を渡ると、大正時代からそのままいるのではないかと思うような錦鯉が泳いでいる。

 二人の影を見ても寄り集まってこないのは、まだ、富士の冷気を纏っているからか、完全にはソウルが戻っていないからなのか。

「人が餌をやり過ぎた後じゃないか、どの鯉もでっぷりと肥えてるぞ」

「アメリカ人は情緒が無いよ」

「ちょっと心外だが……ファントムはまだ生きているしな」

「そうね……クマさんも、おそらくファントムに取り込まれて、この時代に……」

「詰子とノンコも残ったままだしな……」

「うん、とりあえず、資料を漁って、虎の門事件の顛末を調べ……ちょ、どこ行くの?」

 スタスタと拝殿の方に向かうブリンダ。

 アメリカ人の少女が、キチンとお参りし、日本人の少女が後に倣うという図になる。

「高坂の母屋があったのが、このあたりだったろう」

「あ、そうだね……そうだったね……」

 仮にも神社の拝殿、本来なら二礼二拍手一礼なんだけど、二人は、長いこと拝殿の奥を見つめ、ゆっくりと頭を下げた。

 背後には参拝客に混じって、高坂侯爵、田中執事長、春日メイド長、松本運転手はじめ高坂家の人々……そして、箕作巡査や霧子の気配がして……一刻も早くクマさんを取り戻してほしいと願っているような気がした。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • ファントム      時空を超えたお尋ね者

 

 

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・010『芳子の迎えで学食へ』

2022-05-30 06:23:25 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

010『芳子の迎えで学食へ』 

 

 

 

 教室の席は窓側の一番後ろだ。

 
 先月の席替えでここになったことになっているが、実のところは、父王オーディンが設定に手を抜いたのだろう。

 武笠ひるでという子は、敬して遠ざけられる性格がデフォルトになっている。しがらみが少ない。

 キンコーンカンコーン  キンコンカーンコーン

 昼休みの鐘が鳴る、一人で昼食かと思ったら廊下に芳子が立っている。

「先輩、お昼行きましょ!」

「おう、芳子も学食か?」

「はい、急がないといっぱいですよ」

「そうだな」

 財布を掴んで学食を目指す。同じように学食に向かう子がけっこう居て、早足になっている。

 階段を下りて、二階まで来ると、ドタドタと男子たちが追い越していく。腹ペコの男が食に向かって走っているのは好きだ。良き兵士の根源は食欲だ。生きるエネルギーが陽気にほとばしっているようで、いっしょに走りだしたくなる。

「走るか!」

「止してくださいよ、朝の件でも評判なんですから、先輩」

「あ、あ、そか(^_^;)」

 ひとりの男子の正体が二つ尾の犬の化け物だったことは伏せておく。

 
 おおーーーー!

 
 二台の券売機の前はすでにいっぱいで、カウンターも列ができ始めていた。

「芳子、券売機の増設を実現したら生徒会の支持者が増えるぞ」

「もう、提案済みです。ランチで良かったら食券ありますよ」

「おお、いつの間に!?」

「一週間分まとめ買い、券売機は四時間目の前から動いてますから」

「愛い奴じゃ、では、あとでジュース奢ってやるぞ(⌒∇⌒)」

 ランチとご飯系に男子が集中している。猛々しいというほどではないのだが、女子は敬遠しているのか麺類の方が多いようだ。

 ランチを食べるので当然ランチの最後尾に付く。すぐに、後ろに列が伸びる。二人女子が加わった。わたしらが並んだので勇気が出たのかもしれない。

 キャ!

 後ろの女子から悲鳴、振り向くと姿が無く、すぐ後ろは男子が続く。

 ムギュ!

「だ、だれだ! 人の尻に触るのは!?」

「先輩?」

「おまえらだな!?」

 三人の男子がニヤついている。こいつら、女子の尻を触って下衆な色欲満たしながら列の独占を図っているんだ。

「ここで暴れちゃだめですよ、先輩」

「むむ」

 確かに迷惑になる。口の中で小さく呪文を唱える。数秒後……。

 
 ギャーー!

 
 後ろの男子が悲鳴を上げてぶっ飛んだ。

「なにかしました、先輩?」

「いいや」

 ちょっと、サンダーの魔法を、わが尻にかけておいただけだ。触る奴が悪い。

 
 食後はジュースの自販機に向かう。芳子にもおごってやらなきゃな。

 
 きのうと同じ、この秋限定のコーヒー……と思ったら、寸前のところで人が立つ。女子だし、悪気は無いのだろう。

 ムッとするが、割り込みと言うほどでもないので、グッと我慢する。芳子にも言われてるしな。

 ゴトン。

 前の女子が缶コーヒーを取る。去り際に目が合う、なんだかニヤッと笑われたような……いや、気のせいだ。

 ム。

 ちょうど売り切れになってしまったではないか!

 ククククク

 今の女子が缶コーヒーを見せびらかしながら笑ってやがる。

 こいつ、耳まで口が裂けて……こいつも妖か!?

 気づくと同時に、そいつはジャンプして、自転車置き場の屋根の上を走っている。

 待て!

 続いてジャンプすると、奴は二階の庇へ。続いて駆け上がると、奴は塀に飛び移り、塀の上を数メートル走ったかと思うと、塀の向こうに着地。わたしは一気に塀を飛び越えてあとを追う!

 外では、もう女生徒の姿ではなく、大きめのネコになっている。制服のリボンが首に無ければ確信が持てなかったかもしれない。

 予測がついた。次の角を曲がって民家の庭を抜けて、向こうの道路に逃げる気だ。

 漆黒の姫騎士を舐めるんじゃない!

 小さくジャンプして、増幅した力でさらにジャンプ。先回りした路上で待ち受ける。

 存外、バカでも無いのだろう。そいつはO学園の女生徒に化けなおして、あたかも、その家から出てきた風を装っている。

 こちらも殺気を消して、手前の家に帰宅するようにすれ違う。

 トーーーッ!!

 すれ違いざまに、渾身の回し蹴り!

 ドゴッ!!

 きれいに延髄を直撃。

 グニャ!!

 衝撃で、顔面が猫に戻り、一目散に経堂駅方向に逃げていく。

 そいつは二股の尾っぽを持った猫の後姿だった。

 このあたりの犬や猫は、みな妖なのか?

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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せやさかい・309『制服リユース』

2022-05-29 09:11:16 | ノベル

・309

『制服リユース』さくら 

 

 

 朝ごはんの後片付けして、ちょっとだけソファーに座ったら寝てしもた。

 

 歳時記的には『春眠暁を覚えず』ちゅうとこやねんけど、五月も末では洒落になりません。

「もう、テイ兄ちゃんがエアコン点けるさかい~」

 理不尽な文句を言うて冷めたお茶に手を伸ばす。

「エアコンの試運転言うたら、喜んでたんはダレやぁ?」

「え、ああ……」

 電気料金が高いので、今年はギリギリまで点けるのんを辛抱、せやけど、もうそれも限界なんで、今朝は試運転をしたわけですわ。

「ちょっと音うるさいけど、まあ、いけるやろ」

「そうねぇ、さくらも、ちゃんと居眠りできてたし」

 詩(ことは)ちゃんも手厳しい。

 リビングにおったら、どれだけ棚おろしされるか分からへんので、足もとのダミアに躓きそうになりながら部屋に戻る。

 ニャー

 甘えた声を出して付いてきよる。

 並の猫やったらかいらしいねんけど、こいつは体重10キロに近いブタネコ。寄ってこられるだけで暑苦しい。

 

 あれ?

 

 部屋に入って驚いた。

 留美ちゃんが、こないだ仕舞ったばっかりの衣装ケース開けて腕組みしてる。

 ダミアも畏まってお座り。ブタネコダミアは、留美ちゃんが勉強とかで真剣にしてる時は寄って行かへん。TPOというか、人を見て対応を変えとる。

「なにしてんのん?」

「あ、ビックリ!」

 かいらしく驚いて、手にしたものを落としてしまう。

 それは、ケースの縁に引っかかって正体が知れる。中学校の時の制服や。

 高校の制服が出来た時に嬉しなって、詩ちゃんと頼子先輩にソフィーまで入れて、新旧の制服の撮影会やった。

 もう、あれから二か月過ぎたんや。

「また、制服ファッションショー?」

「あ、チガウチガウ(^_^;)」

 両手をワイパーみたいにして振る留美ちゃん。

「これだよ、これ」

 ズイっとタブレットを差し出した。

「え……リユース制服回収箱?」

「うん、要らなくなった制服を回収して、困ってる人に安くわけてあげる運動なんだって」

「……なるほど、片親の家庭などに……新品を買うと、経済的に……」

 ザっと見ただけで分かる。

 あたしも留美ちゃんも片親……どころか、残った片親も行方が知れん。

 それでも、人並みの高校生活が送れてるのは、行方知れんでも仕送りしてくれてるんと、なんと言うても如来寺のお蔭。

 お母さんの実家やねんさかい、せやさかいに当たり前に甘えてるけど、普通の親類は、ここまではしてくれへん。

「それで、寄付しよて思てんねんね」

「うん、でも、手にとって見てると、いろいろ思い出してきて」

「せやねえ……」

 ニャーー

 ダミアが「わては、服なんか着てまへん。なにを未練な」ちゅう感じで鳴きよる。

「そうや!」

「え?」

 

 ええことを思いついて、詩ちゃんとテイ兄ちゃんに声を掛ける。

 

「あ、それいいね!」と、詩ちゃんは喜んでくれる。

「え、もったいない!」と、思わず本音のテイ兄ちゃん。

 

 三人分の安泰中学の制服をご本尊さんの前に置いて『制服供養』をやる。

 お祖父ちゃんも「それは、ええこっちゃなあ」言うて、導師をやってくれる。

 坊主二人に、オバチャンも含めて四人の女が手を合わせてお供養を済ませ、テイ兄ちゃんの車で、回収箱を置いてるドラッグストアへ。

 三人で箱に入れて、もう一回手を合わせると、お店の人も丁寧に頭を下げてくれはった。

 見上げた空は半分夏やねんけど、スカッと晴れてメチャ気持ちええ!

 お祖父ちゃんがくれた諭吉で精進落とし、ファミレスでちょっと美味しいもんをいただきます。

「なんだか、法事のノリね」

 詩ちゃんが、テイ兄ちゃんを見て笑う。

 ブルセラ傾向のあるテイ兄ちゃんは、ちょっと残念そう。あぶない坊主です。

 

 家に帰ると、配達の遅れてた夏の制服が届いていました。

 なんか、中学の制服の生まれ変わりみたいな気がしたよ(^_^;)。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー      頼子のガード
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
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漆黒のブリュンヒルデQ・009『お弁当にしなくてよかった』

2022-05-29 06:39:36 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

009『お弁当にしなくてよかった』 

 

 

 
 踏切を渡ると道路は混んでくる。すぐ脇の駅から出てきた生徒たちが合流するからだ。

 
 ピークには間があるので混雑と言うほどではないけど、同じ制服の群れが同じ方向に歩いているのは、なかなかの圧だ。

「おはようございます」

 駅前には通学指導の先生が立っているので挨拶。無言で通ると感じが悪いので、される前に声をかける。

「おはよう」

 定年前の原田先生は鷹揚に返してくれる。

「おはようございますぅ」

 小さな声が続いた。先生の陰に隠れるように生徒会の腕章付けた二年生がいる。芳子といっしょに当選した子だ。

 どうやら、朝の立ち番に生徒会も加わったようだ。

『顔の見える生徒会』というのが新会長・小栗結衣の方針だ。さっそく実行ということなんだ。

 勇み足という感じがする。生徒指導の前面に生徒が出るというのは感心しない、生徒会は生徒と学校の調停者というスタンスをとるべきだ。立ち番などと言う生徒に直接圧を加えるような位置に立つと、一般生徒には学校側の組織に見られてしまうが……まあ、好きにやればいい。なにごともやってみなければ分からないことってあるしな。

 流れの中に違う制服が混じっている。近所で最寄りの駅が共通のO学園だ。

 うちもO学園も小田急線の経堂を利用する者が多い。宮坂駅よりも遠いが混雑しないし便利だからだ。宮坂駅を利用するのは東急を利用した方が便利な世田谷から来る子たち。

 
 正門には五人も先生が立っている。生徒会も三人、会長の小栗と芳子、それに一年の男子。

 
「おはようございます、先輩!」

 芳子に先を越される。

「ああ、おはよう」

 芳子だから鷹揚に返す。小栗さんには目礼だけ、先生たちへの挨拶は怒声でかき消された。

「ちゃんとしてんだろーが! さわんなっ!」

 男子が呼び止められてキレている。第一ボタンが外れて、髪の色があやしい。

「ボタンは閉めるとこだったし、髪の毛は天然だ!」

 こういうのは先生が対応すべきなのに、スカートの長さを指導していて出遅れてる。

「ちょっと、きみ」

 小栗さんが出た。

「んだよ! 関係ねーやつ出てくんな!」

「わたし会長、正門で怒鳴ったりしないで」

「そっちが怒らせっからだろーがあ!」

 なんとカバンをぶん回しだした。

「いかげんにして!」

 小栗さんは男子の手首をねじり上げた。彼女は空手道場の娘だ、軽いもんだろう。

「こっちの台詞だあ!」

 言うと同時に、男子は腕を逆に捩じった。

 小栗さんが一回転して吹っ飛んだ!

 あそこまで捻りこまれて逆回転させるのは人間業じゃない。

 小栗さんは、なんとか受け身で凌いだが、これは危ない。男子は腰を捻って蹴りの姿勢に入っている。

「待て!」

 声をかけてしまった。

 放っておいては怪我人が出る!

「んだ!……てめえは!?」

 振り向いた男子はギョッとした。こいつ、声をかけただけで、わたしが尋常の者でないと悟った?

「こっち、こいよ」

「ち」

 舌打ちすると猛然と突進してきた! 力の差を機先を制することで挽回しようとしている!

「フン!」

 半身にかわして、腕をとって校門の外へ駆ける。

 人目があるところは避けたい。

「てめえ……何者だ!?」

 動物的な目で睨みつける男子……こいつ、獣の臭いがする!?

「自分から名乗らない奴に言う名前はない!」

 グオーー!

 吠えた口には人と思えない牙が生えて、生臭い息を吐きだした。

「消えろおおお!!」

 ドゲシ!

 渾身の蹴りを喰らわす!

 キャイーーーーーーン!

 男子は、尻尾が二股に分かれた大きな犬になって逃げ去った。

 犬の妖か……毛をむしっておいたので、いずれ後を追うこともできるだろう。

 
 大暴れしたので、カバンの中がグチャグチャ。

 お弁当にしなくてよかった(^_^;)。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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くノ一その一今のうち・5『その修業に出る』

2022-05-28 11:45:06 | 小説3

くノ一その一今のうち

5『その修業に出る』 

 

 

 まだ幼いか……

 

 意識が飛ぶ寸前、お祖母ちゃんが呟いたような気がする。

 幼いって……さっきは代々十三歳で目覚めたとか言ってたじゃん、お祖母ちゃんは十五で、お母さんは、ついに目覚めなかったとか……。

 ヘックチ!

 自分のクシャミで目が覚めた。

 なんだか、スースーする……エアコン入れた?

 正面に天井……ということは、仰向けに寝てるんだ。

 グルッと目玉を回すと足もとにお祖母ちゃん。怖い顔で腕組みしている。

「やや小ぶりではあるが、体は十分に発育しておる……」

 え?

 なんだか裸を見られてる気がするんですけど……って……このスースー感は?

 マッパになってる!?

 ウワワワ(# ゚Д゚#)!

 慌てて起きて、脱がされた服を抱えて部屋の隅で丸くなる。

「ちょ、なんで裸に!?」

「狼狽えるな。魔石の声を聞こうとしたら気を失ったのでな、まだ熟してはおらぬのではないかと調べたのじゃ」

「い、いったい何を!? どこをさ!?」

「いろいろじゃ、しかし体の発育には問題はない」

「あ、あたりまえでしょ、もうじき十八なんだから!」

「これは、今のうちに修業に出ねばならんのう……その、明日から修業に参れ! くノ一の修業じゃ!」

「修業……って、学校あるんだけど。それに、お祖母ちゃんの世話だって。お祖母ちゃんご飯も作れないじゃん」

「それは大丈夫じゃ、儂もボケてはおられぬ」

「ボケ老人は『自分はボケてない』って言うもんだよ」

「しのが覚醒してボケてなぞおれぬわ。それに、学校も、きちんと通って卒業するのじゃ。学校が終わったら、毎日修業に通う。風魔本家当主の素養があれば、日に三時間でシフトを組めば間に合うであろう」

 なんかバイトのノリみたいに言う……

 

 で、そのあくる日の放課後。

 

 わたしは、カバンの中に魔石を忍ばせ、ブレザーの内ポケットに紹介状を入れて神田の街を歩いている。

 せめて住所とか電話番号とかぐらいは教えてよね……。

「靖国通りを西にいけば分かる」

 その一言だけで、小川町で下りて西に歩いている。

 探しているのは『百地芸能事務所』って、今どき全部漢字で表記するプロダクション。

 ここで、しばらく修業に通うことになった。

 近くまで行けば魔石が教えてくれるって……昨日はなんにも聞こえなくって気を失ったんですけどぉ。

 正直、信じてるわけじゃない。風間が風魔で、忍者の本家。どうでもいいです。

 お祖母ちゃんのボケが、ちょっち良くなって、世話しなくて済むのは助かる。

 あとは、うちの経済力に見合った短大行くか、就職とかして、将来の見通し付けたいのよ。

 ふつうの人生送りたいわけですよ。

 あたしが結婚とかするまで、お祖母ちゃん元気でいてもらって、子どもが二人ほどできて、子育ても一段落したころにポックリいってもらって、パートとかに行って、たまに食事に行ったり旅行をしたり、文化教室通ったり。

 そういうふうに、波風立てずにふつうの人生歩みたいわけですよ。

 今日は、どんな不幸な奴を見つけてもニャンパラリンなんて絶対やらない!

 まあ、見つけられなかったら、本気でコンビニとかのアルバイト見つけるか……くらいに思って神保町に差し掛かって来ると、いつの間にか南の方に道をギザギザに曲がって、見つけてしまった。

 三階建てのボロビルに、なにかの道場かって木の看板。『百地芸能事務所』

 サブいぼが立ってしまったよ……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母

 

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ピボット高校アーカイ部・9『ドアのささくれを直した』

2022-05-28 09:22:47 | 小説6

高校部     

9『ドアのささくれを直した』

 

 

 ドアのささくれを直した。

 

 ほら、うちのトイレのドア。

 お祖父ちゃんが二度もひっかけて、セーターに綻びを作ってしまった。

 ホームセンターでパテを買ってきて、ささくれ部分を削ってパテを埋めておいたんだ。

 説明書には24時間で切削可能と書いてあったけど、一週間空けた。

 パテは収縮するし、24時間では少し柔らかいので、そのまま整形したら数日で他の所よりも痩せてしまって跡が残る。パテの堅さがドアの素材と同じ硬さになるのを待ったんだ。

 デザインナイフで粗々に削って、さらに二日置い後、サンドペーパーをかける。

 周囲と面一(つらいち)になったところで、クレヨンで木目を描く。

「ほう……こういう補修をやらせたら、お祖父ちゃんより上手いなあ」

「アナログだからね、あ、お茶淹れるよ」

 

 仕事場にお茶を持っていくと、すでにお祖父ちゃんは休憩モードで動画を見ていた。

 

「街の人が、こんな動画を作ってるよ」

 お祖父ちゃんが示したのは、フリー動画の上にお話を載せたものだ。

「桃太郎だよね……」

「うん、パッと見面白そうなんだけどね……」

 お茶を飲みながら横に流れる物語を読んでみる。

 あ…………

 それは、先輩と飛び込んだ桃太郎の世界だ。

 最初のお婆さんが桃を拾わないものだから、下流のお婆さんが拾って家へ持って帰ると、中の桃太郎は腐っていたって。あのパロディー。

 アクセス数もいいね!も街の人口よりも多い。

「次が、これ……」

「ああ……」

 次は、誰にも拾われずに桃は流れ去っていくというもの。

 見かねた通行人が「なぜ拾わないんですか?」と聞くと、こう応える。

「桃太郎はつまらん、育てても鬼ヶ島に鬼退治にいくだけじゃ。話し合いもせずに、一方的に鬼を懲らしめて、こいつは軍国主義じゃ。ロシアと同じじゃ。だから拾わん、拾ってやらん」

「アハハ、そうなんですか……」

「おい、通行人」

「笑っとらんで署名せい」

 お婆さんはズイっと署名のバインダーを押し付ける。

 バインダーの署名用紙には『桃太郎を二度と戦場に送らないための請願署名』と書いてある。

 先輩の時と同じだ。

 でも、通行人はサラサラと署名して行ってしまった。

「この通行人、次からは道を変える」

「え、そうなの?」

「いや、お祖父ちゃんの想像だけどな。たぶん、そうだ」

 そう言うと、お祖父ちゃんはボールペンのお尻でキーボードを操作して、一つのブログに行きついた。

「『シンおとぎ話の会』か……」

「まだ新しいんだろうね、シンなんとかっていうのはゴジラからだからね」

「シンというのはパロディーとは違うと思うんだがね……」

「お祖父ちゃん、そのボールペンはメイドインどこだと思う?」

「百均で五本百円だったからC国製だろ」

「じゃあ、先っちょのボールはどこ製?」

「日本製だろ」

 え、知ってる?

「ボールペンのボールは高い精度を求められる。こいつがいい加減だと、インクが出なくなったり、逆にダダ洩れになったりするんだ。これが安価に大量に作れる国は、そう多くは無い」

「うん、そうだね」

 お祖父ちゃんは先輩並みだ、いや、先輩がお祖父ちゃん並なのか(^_^;)?

 数日すると『シンおとぎ話の会』の動画もブログもアクセスは頭打ちになっていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなかびょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなからこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
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漆黒のブリュンヒルデQ・008『ひるでの朝』

2022-05-28 06:14:26 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

008『ひるでの朝』 

 

 

 
 行ってきまーす。

 
 きちんとリビングのドアを開け、NHKのニュースを見ている祖父母に声をかける。

 人間関係の基本は挨拶だ。ひるではきちんとしている。

「「行ってらっしゃ~い」」

 祖母は笑顔を向けて、祖父は新聞に目を落としたままの横顔で返事してくれる。小学校から変わっていない(設定の)武笠家の習慣。

「よし」

 玄関の鏡で身だしなみチェック。小さな声だけど、リビングには聞こえている。こういう変わらない習慣が人の生活には大事なんだ。

 カランコロン

 カウベルの音をさせ、七つの枕木を踏んで門を出る。

「「おはようございます」」

 お向かいのおばさんと挨拶を交わす。

 門脇さん。

 高校に進んでからはあまり顔を見かけなくなった息子の啓介が中学まで同級だった。二階の窓からチラ見していることは分かってる。たまに目が合った時は口の形だけで「バカ」とか「ネボスケ」とか言ってやる。これもコミニケーション。

 道を突きあたると豪徳寺の塀。

 生徒会をやっていたころは右に曲がって最短コース。今は左に折れて下校の時と同じ道。

 塀の上を白猫が歩いてる。

『おまえだろ、わたしを、この異世界に連れてきたのは』

 白猫は、知らん顔して歩調を保っている。

『デハで目覚めるまでは記憶が飛んでるんだけど、踏切で出会ったし、おまえの雰囲気、この異世界のものじゃないしな』

『さすがは、主神オーディンの娘にしてヴァルキリアの主将、堕天使の宿命を負いし漆黒の姫騎士』

『その名乗りは、ここではしない』

『にゃあ』

 宙返りしたかと思うと、白猫は、わたしの横に並んだ。啓介に化けている。

「ちょっと、啓介はまだベッドの中だぞ」

「アベックの方が面白いと思ったんだが」

「ダメだ」

「それにゃあ……」

 再び宙返り、今度は同じ高校の女子生徒。

「こんな子は知らないぞ」

「適当に化けたにゃ、この姿で話しかけるから。よろしくにゃ」

「なんでネコ訛?」

「かわいいからにゃ(^▽^)/」

「あんまり、近寄るな」

「つれないのにゃ、先輩」

「おい、下級生か? だとしたら、リボンの色が違う」

「あ、そうだったにゃ」

 リボンが一年の学年色のエンジに変わる。

「踏切に着くまでには消えてくれ、あそこからは生徒が増える。制服を着ていても不審に思われる」

「つれないのにゃあ」

「おちょくるために変身したんじゃないだろ」

「そうそう、用件なのニャ」

「早く言え」

「ときどき妖(あやかし)とかが現れるのニャ。適当に相手してやって欲しいニャ」

「シメればいいんだろ」

「臨機応変なのニャ」

「気分次第だな」

「反抗的なのニャ」

「そろそろ踏切だぞ」

「分かってるニャ、もひとつニャ」

「さっさと消えろ」

「このアバターの名前つけて欲しいニャ」

「……猫田ねね子」

「マンマじゃにゃいか!ヽ(`Д´)ノ プンプン!」

 
 張り倒してやろうかと思ったが、踏切が見えてくると消えてしまった。

 異世界生活の二日目が始まった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の化身
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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やくもあやかし物語・141『神保城』

2022-05-27 12:54:37 | ライトノベルセレクト

やく物語・141

『神保城』   

 

 

 意外にかわいい顔をしている……メイド王さんだよ。

 

 仮にも王様だし、遅れたのはわたしの方だし、起こしちゃ悪いって思った。

 取次のメイドさんだって立ったまま居眠りしてたしね。

 ここは、お目覚めになるまで待っているしかないと思うわけですよ。

 衣装がね、王様らしいローブなんか着て、首には貂かなにかの襟巻みたいなの巻いて、頭には略式の王冠。

 略式と言っても、王様だから、そこらへんの王女様のティアラなんかよりもゴッツいよ。

 

 カクン

 

 なにか夢でもみたのか、体かカクンとして襟巻がズレて喉元から鎖骨にかけて露わになる。

 その露わになったところが白くて華奢でね。ちょっと感動。

 なんというか、宝塚音楽学校の娘役の生徒さんが、文化祭で無理して王さま役をやっているような感じ。

 ちょっと倒錯したような可愛さに、思わず見とれてしまう。

 

 コンコン

 

 謁見室のドアがノックされて「はい」って応えたら、メイドさんが六人も入ってきた。

 二人がテーブル、もう二人が一脚ずつ椅子、もう一人がトレーにティーセット載せたのを捧げ持ってる。

 あ、一人はメイド長って感じで、ツカツカと王さまの横に行くと、なにか囁いた。

「あ、これはすまん。あまりの心地よさに、ちょっと居ねむってしまったようだな。よく来たな、やくも。そちらの椅子に掛けられよ。あとは、わたしがやる。下がってよいぞ」

「では、失礼いたします」

 メイド長が言うと、五人のメイドさんたちも頭を下げて謁見の間を出て行った。

「すみません、わたしの方こそ遅れてしまって、お待たせしてしまいました」

「この城は険しい峰の上にあるからなあ、初めての者は、たいてい時間がかかる。わたしの方も、それを見越していたところがあるんだよ。やくもを待つという口実で、少し寛ぐことができた。メイドたちも心得ていて、みな適当に休んでいたよ。取次はいわば貧乏くじで起きていなければならなかったのだが、あまりの心地よさに立ったまま舟をこいでおったとか。まあ、このわたしが居ねむっていたのだから許してやっておくれ」

「いえいえ、そんなことを言われると身の置き所がありません(^_^;)」

「だから、この城がそなたの身の置き所……ちょっとひっかけてしまったかな(^_^;)」

「はあ」

「この城は『ジンボウ城』という名前なんだ」

「ジンボウ?」

「漢字で書けば『神保城』だ」

 神保……聞いたことがある。

「うん、神田の神保町だ」

「あ、ああ、古本屋さんがいっぱいあるんですよね」

「ほう、神田の古書店街を知っているのか?」

「あ、お母さんが、ときどき仕事で本とか探しに」

「じゃあ、やくももいっしょに行くのか?」

「いえ、あそこだけは一人で行ってました『やくもはチョロチョロして目が離せないから』って」

「ハハハ、気持ちは分かるぞ」

「わたし、そんなにチョロチョロしません」

「あそこは、一人で行って、じっくりと本を探す街だ。どんな大人しい者でも連れて行くと集中できないんだよ」

「はあ、そうなんですか」

「なんで『神保町』と云うか分かるかな?」

「え?」

「一般には、江戸の昔に神保という旗本の屋敷があったからということになっているがな。実は、神の力を保つで『神保町』なのだよ」

「神の力?」

「これをご覧」

 王さまが指を振ると千代田区とその周辺の地図が現れた。

「この丸で囲んだところが、時計回りに上野寛永寺、アキバ、神田明神だ。結ぶと縦に長い三角形になる」

「あ、ほんとだ」

「で、いずれも皇居の丑寅、つまり鬼門にあたるわけさ。もともと、神田明神は、その目的で祀られたし、上野の寛永寺は家康が江戸の鬼門封じにその外側に補強の意味で作った。そして、さらに発展して大きくなった東京の守護として、アキバが発展した」

「アキバが鬼門封じなんですか!?」

「ああ、そうだ。邪気から大切なものを護るには『気』が必要なんだ。大勢の人の『大切なものを求める気』『大切なものを護る気』が必要なのだ。しかし、上野と神田だけでは追いつかず、昭和の後半からアキバに力が注がれるようになった」

「なるほど……」

「しかし、二十一世紀になると、それでも追いつかず。ついには、神田川に蛇の妖が住み着くようにさえなってしまった」

「あ、それが!?」

「そうそう、やくもが退治してくれた蛇やら龍だ。明治からこっち、将門さんは、その責任感の強さから、ほとんどお一人でやってこられたが、今の状況は、やくもが経験したとおりなんだ」

 言葉を濁しているけど、将門さんとアキバの連携はうまく行ってないところがあるんだ。

「上野・神田・アキバを結ぶ三角形は、いわば鬼門を護るための刀なのだよ。そして、その刀の柄にあたるところが、この神保町なのだ」

 ちょっと怖くなってきたよ……御息所がもらった寝殿造りみたいに、気楽に天蕎麦楽しむってわけにはいかないかも(;'∀')。

「あ、これは怖がらせてしまったな、すまんすまん。要は、ここでやくもが楽しく過ごしてくれたらいいんだ。やくもが、のんびりしたり楽しんでくれれば、それだけで、この神保城の気が上がって、守れることになっているから。まあ、とりあえず、新しい城主を迎える宴会をやろう!」

 チリンチリン

 メイド王が指を振ると、どこかで連動しているんだろう、気持ちのいい鈴の音がして、城内のあちこちで宴会の準備をする音やら声々が湧き上がった。

「ああ、やっと着いたあ!」

「ああ!?」

 声に振り向くと、チカコと御息所が、いつもの1/12ではなくて、等身大になって現れた。

「どうも、洋風というのは落ち着かぬのう」

「フフ、自分のよりも立派だからやっかんでるのね」

「そ、そんなんじゃないわ!」

「アハハハ」

 チカコと御息所が追いかけ合いを始めると、入り口には、紺の制服……あ、交換手の制服着た黒電話さん! 他にも半人化したアノマロカリスやら、フィギュアたち、普段は本棚に収まってるラノベやマンガたちも、手足が生えてメイドさんたちに案内されてる。

 謁見室は、壁が取り払われて大広間になって、あっという間に大宴会になってしまった!

 みんな、わたしの部屋のグッズたち。

 できたら、他のあやかしたちや、お爺ちゃんお婆ちゃん、お母さんたちも呼べたらいいなあと思ったよ。

 まあ、これからの課題だね。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・007『武笠ひるで・2』

2022-05-27 06:18:52 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

007『武笠ひるで・2』  

 

 

 
 学校から家に帰るには三通りの道があるようだ。

 
 その三通りの道で、一番時間のかかる道を歩いている。

 この道は広大な豪徳寺の外周に沿っている。夜間には人通りが無いところもあって、祖父母は避けるように言っている。

 でも、武笠ひるでは、このルートが好きなんだ。わたしの性格か? それとも主神オーディンの狙いがあってか?

 まあいい、わたしも好きだ。

 この異世界のことは、とりあえず必要なものから情報がほぐれていくらしい。子どものころ冬至祭にもらったプレゼントのようだ。幾重にもラッピングしてあって、ラッピングごとに手紙や小さなプレゼントが挟み込んであって、最後に本命のプレゼントが顔を出す。あれに似ている。

 楽しみながら馴染んでいこう。

 武笠ひるで。

 ブリュンヒルデのもじりかと思ったら、ちょっと違う。

 武笠というのはタケガサと読むのが一般的で、この東京と呼ぶ異世界が武蔵の国といったころからの名族だ。その支流のいくつかがブリュウと音読みにしているようだ。

 ヒルデはHilde、父がドイツ人。両親ともに亡くなっていて、豪徳寺に住む祖父母が引き取って育てている。

 なるほど、ここで生まれ育ったわけではないから、割り込みで設定するにはリスクが少ないか。

 
 見えてきた、武笠ひるで……わたしの家だ。

 淡い緑色の木造二階建て、洋風づくりなのだが鎧張りの下見板にギロチン窓、寄棟屋根の天辺には風見鶏が設えてあって、昔の学校のイメージに近い。質実なくせにオシャレな感じが好ましい。

 
 門を潜る前に郵便受けを見るのが習慣だ。

 
 また取り込んでない。

 郵便受けには、朝刊と夕刊が入ったままだ。それも二紙、四部。一日分溜まるとボケてきたんじゃないかと心配になる。

 A新聞とA旗、流行りのカテゴリーでは世田谷自然左翼といったところか。でも、堅物と言うのではなく、これまでの人生のしがらみから、そういうポーズをとっているに過ぎないのかもしれない。

 門柱の脇には、近所の神社の古ぼけた氏子札が貼ってある。
 まあ、新聞もこの氏子札と同じだろう。

 表札が傾いてる。

 門がガタついているんで、開け閉めの振動でズレるんだ。

 よいしょっと。

 表札を直して敷地に。

 古い枕木が七つ埋め込んであって、それを踏んで玄関ドア。

 カランカラン♪

 ドアに付けられたカウベルが鳴る。祖父母が新婚旅行で買ってきた年代物、来客や家族の出入りを知らせてくれる幸せのカウベル。この鳴り方でわたしのことが分かる。

 おかえり、ひるでぇ。

 祖母の声がクラフト部屋からする。

「お祖母ちゃん、また新聞取り込んでなっかたぞ」

 あ、思い出した!

「なに?」

 返事の前に本人がクラフト部屋から飛び出してきた。

「なにか作ってんの?」

「おトイレおトイレ……!」

 ああ……。

 わたしが帰って来たので、堪えていたオシッコを思い出してしまったみたいだ。わたしの前を小走りに駆け去っていった。

 新聞のとり忘れはボケではないようなので、ちょっと安心。

 バタン

 トイレのドアを閉める音。その振動が伝わってクラフト部屋のドアが開いてしまう。

「もう、ボロ家なんだから……」

 閉めようとして、中が見えてしまった。

 祖母は、革細工のリュックを作っている。

 そのリュックは、わたしが欲しいと言っていたデザイン。

―― お誕生日には間に合わせるわよ ――

 祖母の言葉を思い出した……そうだ、三日後に迫っていたんだ、わたしの誕生日。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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鳴かぬなら 信長転生記 75『関羽と張飛の酒盛りおもてなし』

2022-05-26 14:43:29 | ノベル2

ら 信長転生記

75『関羽と張飛の酒盛りおもてなし』信長 

 

 

 牧に続く道には数多の蹄に混じって轍の跡が残っている。

 輜重隊のそれほどには深くも無く、車幅も車輪の幅も狭いので、貴人の乗る車のように思われた。

「孫の旗が立ってる!」

 牧の旗を見つけて市が指差す。

 俺はとっくに気づいていたが、指摘すると無意味に突っかかって来そうなので「ほう」とだけ言っておく。

「ちょっと、興味薄くなくない? 車の向こうには呉の騎馬隊も屯ったりしてるんですけど!」

「尖がるな、騎馬隊はうちも同じだ。うちも呉も騎馬の数は多いが気はたっていない。それよりも馬車だ」

「馬の飾りも立派だし、王族?」

「で、あろうな。護衛の兵は並の軍服だが、目つき体つきは近衛の精鋭だ」

 ひょっとしたら、呉王自身がやってきたのかもしれない。

 探っているのは相手も同様で、遠慮気味にではあるが、視線が飛んでくる。

 蜀の司馬(牧の管理官)の指示で、馬を休める場所が指示され、同時に呉の兵士たちとの会話は遠慮するように言われる。

 まあ、しかし、広いとはいえ互いの姿が視認できる距離だ。将校や古参の下士官なら、黙っていても相手の任務や状況は察してしまうだろう。

 もっとも俺と市は、これから茶姫に付き添って城中に入るのだろうから大方分かってしまうがな。

 

 予想通り、茶姫は朝見の間に同行させる士官二十名のうちに俺と市を加えてくれた。他には検品長と備忘録も同行させているが、それ以外の人選には脈絡が無い。

「今少し、ここでお待ちください。主と呉の使者との話が少し伸びている様子なので」

「いや、事前に使いも出さずに訪れたのです。お会い頂けるだけでも幸甚です」

 茶姫も上品な笑みをたたえて如才がない。

 我々に断りを入れると、孔明は、例の団扇をソヨソヨ揺らせながら奥に引っ込んだ。

 すると、まるで孔明が引っ込むのを待っていたように、関羽と張飛が足を轟かせて入ってきた。

 ドスドスドス!

「なんだ、孔明は客人を待たせおって!」

「兄者、ここはひとつ、我ら義兄弟でおもてなしせずばなるまい」

「いかにもいかにも」

「おい、大膳大夫、酒を甕ごと持ってこい」

「しかし、張飛将軍、まだ丞相様が」

「やかましい! 国王の義兄弟、関羽と張飛が客人をもてなそうというんだ、つべこべ言わずに持ってこい!」

「持ってまいれ!」

「は、はい(;'∀')」

 主も来ないうちからの酒盛りとは、無礼を通り越して恐れ入ってしまうのだが、この手の豪傑は理屈が通らないだろう。

「少佐、どうやら、地獄の酒盛りになりそうだ。シイ少尉とおまえは、酒盛りになったら、まずこれを飲んでおけ」

 茶姫が俺と市とに一粒ずつ薬をくれる。

「なんの薬だ?」

「同行させた士官の共通点は分かっているか?」

「検品長と備忘録は、この行軍の柱だろうが……あとは分からん」

「全員、わたしの部隊きっての大酒のみだ」

「……なるほど」

「わたしも一升五合までは素面でいられるが、それを超えると自信がない。その時は頼むぞ。これを酒といっしょに飲めば一時間は目覚めない。少佐、君ならわたしの意図はわかっているだろうから」

「いいのか、新参者だぞ」

「なら、これを付けて置け」

「参謀飾章!?」

「参謀長だ、蜀に居る間だけだがな」

「普段はどうしている?」

「フフ、わたしは参謀など置いたことはない。参謀など置けば、たちまち兄たちに懐柔されるか殺されるかだ」

「参謀が? それとも茶姫がか?」

「両方だ」

 ジャジャ~~~~ン!

 銅鑼が鳴ったかと思うと、関羽・張飛の二将軍は一升の酒を数秒で飲み干し、戦鼓と銅鑼の演奏だけで猛獣が猛り狂うような剣舞を始めた。

 

 主な登場人物

 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
 織田 市        信長の妹
 平手 美姫       信長のクラス担任
 武田 信玄       同級生
 上杉 謙信       同級生
 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
 宮本 武蔵       孤高の剣聖
 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
 今川 義元       学院生徒会長 
 坂本 乙女       学園生徒会長 
 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)

 

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・006『武笠ひるで・1』

2022-05-26 06:24:16 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

006『武笠ひるで・1』  

 

 

 
 ゲホッ!!

 
 世界の縁から地獄に転がり落ちたのかと思った。

 したたかに背中を打って呼吸が出来ない。瞬間に頭を庇ったのは長年の戦いで身に着いた脊髄反射だ。

 数十秒で呼吸が復活し感覚が戻ってきた。

 戦の中、草原や岩を褥(しとね)にすることには慣れている。背中に触れているものは、いくぶん暖かい。

 木の床か……立っていれば腰の高さほどのところをぐるりと窓が取り巻いている。馬ならば縦に二頭は入るか……と言って厩ではない。左右には布張りのベンチが伸びている。なにかを繋ぎ止めるためだろうか、背の高さほどのところ、窓に添ってたくさんの丸い輪がぶら下がっている。

 これは………………で……でん……電車だ。 

 思い至ると同時に、仰臥した足許の向こうで声がした。

 白だ!

 コラアッ!

 反射的に怒って上体を起こす。ヤベエ! 一声残して前のドアから逃げるガキンチョたち。


 一瞬で記憶が蘇る。


 パソコンが再起動して、中断していたソフトが動き出したみたいだ。

 学校の帰り道、駅の脇に保存されてるデハの中で寝てしまったんだ。シートの上には半分開いた通学カバンからイヤホンが垂れ下がって、お気に入りのゲーム音楽がシャカシャカと漏れている。

 さ、帰るか。

 アイポッドの電源を切ってイヤホンでぐるぐる巻きにして通学カバンを肩に掛ける。

 まっぶしい。

 デハの外は晩秋の午後だというのに、眠りが深かったのか、いささか眩しく感じる。

 

 高校二年の武笠ひるでと姫騎士ブリュンヒルデの意識が同居している。

 ブリュンヒルデの意識が―― 穏やかな異世界だ ――と呟いている。

 

「せんぱ~い!」

 踏切の前に立ったところで声が掛かった。

 後ろの八幡神社の方からひるでと同じ制服が駆けてくる。

 えと……レイアじゃなくて後輩の福田芳子だ。

「デハの中で勉強ですか?」

「と、思ったら寝てしまった」

「だめですねえ、受験のために部活も生徒会も辞めたのに」

「ハハ、ついな。芳子こそ執行部会だったろう?」

「文化祭の総括だけだから、あっという間に終わりました」

「小栗は事務的だからなあ」

 小栗結衣は前期生徒会長を務めた自分の後任だ。有能だけど、余裕と言うか遊びに乏しい。しかし、自分は会長職を辞したばかりだ、批判めいたことは言うまい。

 
 カンカンカンカン

 
 遮断機が下りてきてしまった。

「すいません、わたしが声かけたから」

「いいさいいさ、ちょうど新発売が飲みたかったところさ。持ってろ」

 カバンを預けて、道路わきの自販機に向かう。この秋限定のココアとコーヒーを買う。

「飲み比べてみよう。ホレ」

 ココアの方を投げてやる。どっちにするなんて聞くと結衣は「どっちでも」と面白くない返事をする。決めてかかったほうがいい。

「あ、すみません」

 苦いとか甘いとか芳醇だとかコクだとか、いっぱしの御託を捻っているうちに遮断機が開く。

「あ、ネコがいる!」

 踏切の向こうに白猫が居る。二人で踏切を渡ると、踏切の真ん中ですれ違う。

 一瞬目が合う。

 こいつとは関りがあった気がするのだが……まあいい。

 帰ったら、祖母ちゃんの夕飯の手伝いだ。

 

 こっちのひるでは、気が回っているようで、どこかノンビリ生きているようだ。

 左方向に豪徳寺の森が広がる。武笠ひるでの家は、あのコンモリ茂る森の向こうだ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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銀河太平記・110『EE計画又は新アキバ計画』

2022-05-25 09:58:23 | 小説4

・110

『EE計画又は新アキバ計画』加藤恵 

 

 

 西之島北東部新規総合開発計画……正式に呼ぶとこうなんだが、ちょっと長い。

 市役所のある北区では『エデンの東開発計画』、つづめて『EE計画』という略称が定着し始めている。

 最初のEがEden、次がEastのEを表している。

 エデンの東の西は北区なので、とりもなおさず自分たちの北区をエデン(楽園)と称していることになる。

 北区には市役所があって、政治的に西之島の中枢であるのでおかしくはないのだが、西区(ふーとん)、南区(カンパニー)、東区(ナバホ村)からすると片腹痛い。

 そもそもの西之島の主体はパルス鉱石の採掘で基礎を築いた東西南の三つの区なのだ。

 北区は、日本政府の形ばかりの開発事務所が置かれていたにすぎない。市政が布かれて市役所を設置するにあたり、まあ、開発事務所に毛が生えた程度のものと東西南の指導者も住民も高をくくっていた。

 しかし、初代市長に推された及川軍平は元来が有能な国交省高級官僚。北東部の開発には立案から、西之島総合開発特別措置法の成立、島内外への根回しなど、おさおさ怠りなく、今や世界中から注目される西之島の代表的存在になっている。

 東西南の住民たちは『新アキバ計画』と呼んでいる。

 二百年以上前に、世界のオタク文化の中心になったアキバへのリスペクトと平成・令和の時代に爆発的な発展を遂げたことへの憧れがある。

「わたしはアキバ計画の方が好きですよ」

 ランチのひと時、コーヒー片手に西之島新聞を読みながらココちゃんが笑う。

「あら、いいのかしら、お姫様がそんなこと言って」

「あ、お姫様はブーです」

「アハハ」

「ココは皇嗣ではないんですから、この程度の好き嫌いはいいんです。三百五十年前、江戸が首都になるにあたって『東京』と名付けたでしょ。東京というのは東の『京』という意味です。つまり本家の京と比べても同等で見劣りしないということです。その心意気が素敵です。思いません所長?」

「そうだね、世界的に言っても北京や南京と並ぶ名称だもんね」

「はい、火星の扶桑国が幕府を名乗っているのと同じくらいのアイデアだと思います」

「そうだね、アキバというのは熱い名前だもんね」

「アキバは秋葉原というのが23世紀の今日でも正式な名前です。堂々とアキバを名乗ってもいいんです!」

「まあ、世界のアキバだからね。新アキバぐらいにしといたほうがいい……あれ? パチパチたちじゃない?」

 三人のパチパチたちが馬に乗ってラボのゲートに入って来るのが見えた。

 そう言えば、西之島銀行の定例店長会議があるとか言ってた。

 

『おもしろいパルス鉱石見つけたんで見せにきました』

「あんたたち、まだ作業機械だったころの癖が抜けないのね」

 ニッパチ・イッパチ・サンパチの三人は、元々は可変多用途作業機械だったけど、西之島銀行を作るのにあたって、その業務に合うように義体を与えてある。それぞれ容姿は違うけど、身長150程度の女性義体。3Dパルスセンサーを残すにあたって、収容場所が胸部にしかないものだから女性義体、それも、その大きさから少女の義体にしてある。

 それで、外見は新人の窓口業務という感じだが、銀行業務以外のことは、作業機械であったころのクセが抜けていない。

『会議が早く終わったときは、三人で坑内に潜っておるのでござるがな、去年採取した高密度パルス鉱石が、ちょっと面白うござる』

 侍言葉の抜けないサンパチが鉱石の入ったカプセルを差し出す。なんだか部活の報告に来たJKのようだ。

『普通のパルス鉱石は半年で、0.00002%減衰するあるが、このパルス鉱石減衰しないアルよ』

「計測ミスじゃないのか?」

『念のため、三回やりました』

『カンパニー・フートン・村、三つの計測器を使ったアル』

「それって、三人の内蔵センサー使ったってことよね?」

『はい』『いかにも』『たこにも』

 三人揃って胸を張る。

「か、かわいい(#゚Д゚#)」

「ただの計測器だから、ココちゃん(^_^;)」

「計測データとかは、すぐに出ますかニッパチさん」

『はい、そこのモニターに出します』

 ニッパチが流し目を送ると、モニターにデータが現れる。

「その流し目、人間の男にはしちゃダメよ」

『はい、でもクセになって……データはどうですか?』

「……うん、ラボと同じ条件でやってる……おかしいね、ほんとに減衰してない」

「……これで、負荷テストやっても減衰しないようなら、世紀の大発見ですね!」

『『『大発見!?』』』

 

 これが、新アキバ計画と並ぶ西之島大発展の起爆剤になるとまでは思っていなかった。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

 

 

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漆黒のブリュンヒルデQ・005『ブリュンヒルデ 父に詰め寄る・2』

2022-05-25 05:54:05 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

005『ブリュンヒルデ 父に詰め寄る・2』 

 

 

 
 ビシャーーーン!

 
 オーディンの指から雷光が発せられ、ブリュンヒルデはカエルのように床に叩きつけられた。

「グエ」

「すまん、いきなり跳びかかって来るから手加減ができなかった」

「わ、わざとだろ……」

「一人娘に、わざとするわけがなかろう。だれか姫を!……あ……人払いをしていたんだった(;^_^」

「大丈夫、こ、これしきのこと……」

「……変らんな、その強情なところは。人間、痛いときには痛いというものだぞ」

「い、痛くはない。それに、人間じゃないし」

 オリハルコンを杖に、やっと起き上がると、大胡座をかいて父を睨みつける。

「あ……その下から睨みつける顔は怖すぎるぞ」

「生まれつきだ!」

「仕方がない……」

 オーディンはユサユサと玉座を下りて姫の前に腰を下ろした。姫の言葉を待ってやるつもりが昔を思い出してしまう。

「な、なんだ?」

「この近さで向き合うのは将棋を教えてやって以来だなあ」

「あ、ああ」

「将棋でも覚えれば、少しは落ち着くと思ったのだが、将棋でも気性は直らなかった。負ければのたうち回って悔しがるし、勝ちを譲っても、直ぐに見破って暴れまわる。ハハ、あれはあれで可愛いものではあったがの」

「昔のことなんか言うな」

「すまんすまん、つい懐かしくてな」

「オヤジ、ヒルデは信じていたぞ……戦死した兵は直ちに彼岸に往生するものだと」

「それはほんとうだ、だからこそ、戦死者の選抜をおまえに託したんだ。戦死予定者を見定めることで人を見る目が深くなる。戦死する者との絆も強くなる」

「嘘だ! 戦死した者はラグナロク(最終戦争)に再び召し出されるのだろうが!」

「あ……それか」

「わたしの顔を見ろ! クソオヤジ!」

「我が子ながら、怒ると振い付きたくなるほど美しくなるなあ!」

「はぐらかすな!」

「おまえも自覚してるんだろ、兜をかぶって戻ったのも、その美しさで男どもをいたずらに惑わさないためだろう」

「怒った顔は醜い、醜い怒りを晒さないためだ」

「ちがうちがう、ヒルデは可愛いんだ、萌の極致なのだ。あのな、正直に言うと、一人娘だから、戦になんかは出したくないんだ。お父さんの正直な気持ちだよ。でも、お父さんにも主神としての役目があるからな、そのお父さんの娘なんだから、盾乙女とか姫騎士とか呼ばれる任務にも着かさなければならないんだよ。お父さん、心では泣いてるんだぞ」

「茶化すな!」

「知り合いの息子に蘭陵王(らんりょうおう)というイケメンがおる。あまりのイケメンに、彼を目にしたものは戦意を喪失して戦にならん。そこで、蘭陵王は恐ろし気な魔王の面をつけて戦場に出ているんだ。いやな、蘭陵王の親父と呑んだ時にな、いつか平和な時代が訪れたら、二人を夫婦にしたらって話していたんだ。きっと、すんごく可愛い子が生まれる。世の中可愛い子だらけになったら、きっと、戦争をやろうなんて気はなくなるぞってな」

「オヤジ!」

「口がすべった、すべったが、本心だぞ」

「信じられるかあ!」

「しかし、ラグナロクなんてヨタをどこで聞いたんだ?」

「レイアが、わたしの傷を癒そうとエルベの水を体に注いでくれたんだ。ニンフが汲んだエルベの水は人の思念を写す」

「レイアとエルベの水……悪い組み合わせだ」

「トール元帥とオヤジの会話がインストールされていた。百戦百勝の元帥を起用しなかったのは、元帥の選定では戦死者はラグナロクに使えないからだ」

「そうか、トールとの話を聞いてしまったのか……」

「もういやだ。戦死しても誰一人救われない戦争などしたくない。今まで戦死させてきた者たちにも顔向けができないじゃないか」

「ヒルデ……」

「触るな!」

「可哀そうに……」

「他人事みたいに言うな」

「たしかにラグナロクは起こる、それに勝てば真の平和が訪れる。しかし、それを知ってしまえば選べないだろう。ヒルデは優しい子だからな。そして、ヒルデの優しさで選んだ兵士でなければ、ラグナロクに勝利することは出来ないんだよ。勝てなければ、何度でもラグナロクは繰り返される。お父さんはな、一発でラグナロクを終わらせたいんだよ」

「それなら、勝てそうな兵士を選べばいいだろ! なんで、戦死する者なんだ!」

「戦死を経験した者でなければ、ラグナロクには使えないんだ。ヒルデの苦渋の選択が戦死する者たちを霊的に強くするんだよ。その兵士たちは、ラグナロクの勝利の後に彼岸に往生するんだ。そこを一段省略したが、大きくは間違っていないだろ」

「詭弁だ!」

 再びオリハルコンが飛翔し、オーディンの首元に突き付けられる!

「切ってもいいぞ、オリハルコンなら神の首でも切り落とせる」

「グヌヌヌ……」

「俺を切ったら、ヒルデが代わりを務めなくてはならなくなる。ラグナロクの先陣に立たなくてはならなくなるぞ」

「……オヤジ」

「ヒルデ、少し休め」

「オヤジ、なぜ、わたしがカラスのように真っ黒な甲冑を身にまとっているか分かってるか?」

「喪服のつもりだろう」

「フン」

「は、鼻で笑うな(^_^;)」

「理解が浅い。この漆黒は何ものにも染まらぬ覚悟を示しているのだ。仮にも人の死を決めるんだぞ、なんの情実も利害も関りが無い、そのことを身をもって示しているんだ……今は、それも虚しいよ。休めるものなら休みたい、逃げていいものなら逃げ出したい。人を安息のためにではなく、より峻烈、過酷なラグナロクへ誘うために働いていたのだからな……まったく、わたしは黒の道化だ」

「だから、休めばいい」

「この戦ばかりの世界に休める場所などあるものか。この辺境の戦争が終わったら平和が来ると信じていた、だから、五十幾つもの深手を負っても戦えたんだ。たとえ辺境の魔王と刺し違えても、いや、刺し違えてこそ死んでいった者たちに顔向けができると思った。死んでいった者たちが、自分たちの墓穴の底が抜けて再びラグナロクの戦場に繋がっていると知ったら、どんなに絶望するだろう……せめて、わたしもラグナロクの先陣に立つしかない……!」

 ビュン

「やめろ!」

 絶望に感応したオリハルコンがヒルデの頸動脈一ミリに迫ったところで父は叩き落した。

「死なせてもくれないのか!」

「ヒルデ、その心が癒えるまで、異世界においき」

「えと、ここも十分異世界だと思うんだけど」

「戦死者を選ばなくてもいい世界がある。むろん、問題が無いわけじゃないが、いまのお前のような苦しみは無い。お前の優しさが生きる異世界だ」

「……あるのか? そんな異世界が?」

「さあ、手をお出し。目をつぶってお父さんの手を握るんだ」

「う、うん……久しぶりに見る手だ。親父は主神だから容易に手の内を見せなかったからな……変わっていないなあ、オヤジの手は大きい」

「これでも神の手だからな」

「ん……もう一人分わたしの手を包む者が……」

「それは、お母さんの手だろう」

「お母さん、お母さんなのか……ずっと忘れていた……」

 
 とても懐かしい気持ちになってきた……幼いころ、まだオリハルコンの剣など手にしなくてもよかったころ、父に手を引かれ、母に見守られ。こけつまろびつしながら走った幼子のころの、時めきながらも穏やかだったころの気持ちに、ゆっくりと浮上していくブリュンヒルデであった。

 
 ここはどこだ……?

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