大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・33『あれ……?』

2018-03-31 12:16:16 | 小説3

通学道中膝栗毛・33

『あれ……?        

 

 

 ぼんやりYouTubeを見ていたら、馴染みのユーチューバさんが――プレステVRの価格が一万円値下げされました!――とセンセーショナルな笑顔で言っている。

 一万円引きと言うことは……三万四千円。ちょっと現実的な価格だ。アキバでのバイトも始めたので買えないことはない。

 二人でやったら楽しいだろうなあ……思ったけど、夏鈴ははるかノインシュタインの空の下だ。

 買おうか! という気持ちは急速にしぼんでいく。

 わたしの楽しいは、多分に夏鈴といっしょということが前提になってしまっているのだなあと、改めて思う。

 

 こんなことじゃダメだ!

 

 プレステ4のYouTubeモードを解除して、メニューバーからインスコしたままホッタラカシているゲームを起動する。

 バイトの帰りにアキバで買った何本かの一つ。

 クリックすると――このアプリケーションを始めるために、ディスクを入れてください。――

 ソフトを探して入れるのが煩わしく、そのままスリープモードにして、セレクターをプレステ3に切り替える。

「こっちは入れっぱだったんだ……」

 グラフィックなどはイマイチだけど、プレステ3でも十分だ。

 小学校のころに夢中になったRPGのシリーズの続編。当時なら六千円はしたソフトが中古だけど、なんと百八十円だった。たかだか十六年ちょっとの人生だけど、ゲームがレトロになってペットボトルのお茶と同じ値段になるくらいには長いんだ……アホなことを思いながら起動されるのを待つ。

 モードはゆるゆるのイージー。

 このゲームはダンジョンでエンチャントした後のキャラたちの会話がいい。

 むろんゲームだから、数十個のパターンがランダムに出てくるだけなんだけど、小気味よくって楽しくなる。

『おまえの技って直観的なのな』『そう思ったのはキミの直観?』とかね、文字で書くとそんなに面白くないんだけど、ノリと勢いがいいから面白い。こんな風に人と話せたらいいだろうなあ……と、ややコミュ障のわたしは思うのだ。

 あれ……?

 R3ボタンというんだろうか、左のグリグリを触ってもいないのに矢印が動いてしまう。

 あ、あーーー制御できなくなってしまうよ~!

 お父さんが買ってきたものだから、もう十年はたつ。大事に使ってきたけど、やっぱ限界?

 

 こうなると一気に冷めてしまう。

 

 プレステ4をやればいいんだけど、もうそんな気分じゃなくなる。

 布団をかぶって寝ることにする。

 こういう時は、気分を挽回しておかなければ引きずるよなあ~と思いながらも横になった身体は起きてくれない。

 と言って、眠気はなかなかやってこない。

 やっとウツラウツラしかけたところでサイレン。

 意外に近い……パトカー? 消防車?

 カンカンと鐘の音がして消防車だと知れる。

 わりと近所で停まって、怒号やらハンドマイクの声、そのうちお母さんが起きだして玄関が開く音。

 お母さんは見に行ったんだ。

 たぶんボヤ程度、そう思って頭まで布団を引き上げる。

 もう焼け死んだってかまわない。不埒に思って、また眼が冴えてきた……。

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『蜘蛛の糸2018』

2018-03-31 06:54:08 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
『蜘蛛の糸2018』
    


 ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでごしごし掃除なさっていました。
 
 二年に渡る疫病調伏滅もままならず、景気も停滞気味の昨今、極楽も、経費節減のため、人件費を削らざるをえなくなりました。

 お釈迦様は率先垂範(そっせんすいはん)のため、ご自分の散歩道は、ご自分で掃除されることになったのでございます。
 昨日は、沙羅双樹(さらそうじゅ)の林の落ち葉を掃き集め須弥山(しゅみせん)のふもとでお焼きになられました。そのとき、須弥山の荒れようも気になられたのですが、須弥山はとてつもなく大きな山だったので、こう呟かれました。

「まあ、あれは趣味の問題だから、後回しにしよう……ちと、おやじギャグであったか……」

 ヘックチ!

 お寒いギャグに、お仕えの天人がクシャミをしてしまいました。

 そこで、今日は、おやじギャグをとばしても、誰の迷惑にもならぬように、独り極楽の蓮池のふちを掃除なさっていたのです。
 池のふちを掃除し終えると、ワッサカと茂りすぎた蓮を間引きにかかられました。

「うんしょ……!」

 一抱えの蓮の葉の固まりを取り除くと、そこに開いた水面から地獄の様子が見えます。

「そうだ、この池は、地獄に通じていたんだった……」
 お釈迦様は、百年ほど前にカンダタという男を蜘蛛の糸で救おうとしたことを思い出されました。
「あの時は、意地悪をして、助けてやらなかったなあ……」
 そうお思いになって、百年ぶりに池の底を覗いてごらんになられました。

 極楽の池は、今では教員地獄というところに繋がっておりました。

 教員地獄には、現役の教師であったころ、ろくな事をしなかった者達が、地獄の年季が明けるまで出ることができない学校地獄に閉じこめられています。
 地獄そのものも、廃校になった学校が使われています。その地獄の学校は、夜になることも、昼になることもなく、永遠のたそがれ時でした。

 チャラ~ンポラ~ン、チャランポラ~ン……と、チャイムが鳴るたびに、教師の亡者たちは、教室に行っては授業をします。

 教室は様々ですが、鬼の子達が生徒に化けて授業を受けています。その教室の様子は筆舌に尽くせません。お読みになっている貴方が、ご自身の学校を思い出して想像してみてください。

 授業が終わると、教師の亡者たちは職員室にもどり、噴き出した汗のような血や、血のような涙で、えんま帳の整理をやります。席に戻れば、パソコンに終わりのない書類の打ち込みをやりながら、聞き取れないような声で、だれに言うでもない不満を呟き、他の亡者たちは、みんな自分の悪口を言われているのではないかと思い、疑心暗鬼地獄になります。

 少し離れた会議室では、職員会議地獄があります。そこは、主に管理職だった亡者が、永遠に終わらない職員会議に出ています。平の亡者たちが、ときどき、ここに来ては、喧噪の中、しかめっ面をして息を抜いています。
 でも、本当に息を抜くと、議長に指名され、発言を求められ、質問地獄になります。
 そして、チャランポラ~ン……と、チャイムが鳴ると、授業地獄に行かなければなりません。
 そして、管理職だった亡者は、永遠に職員会議地獄からは抜けられません。

 神田という亡者が、職員会議を終えて、授業地獄にいくところが、お釈迦様の目に留まりました。

「ああ、これも何かの縁だろう……」

 お釈迦様は、思い出されました。

 この神田という亡者は、現職のころ「蜘蛛の糸」と呼ばれていました。神田は困難校ばかり渡り歩いてきた教師で、退学の名人でした。担任になると、めぼしい生徒に目を付けます。
 めぼしいとは、成績や出席状況から進級、卒業ができそうにないもの。問題行動が多く、懲戒を繰り返し、いずれは辞めさせなければならない者。
 そういう生徒には、四月から家庭訪問や面談をくりかえし、生徒や保護者と人間関係を作り、その「信頼関係」を作った上で、学年途中や、学年末に自主退学させていました。
 学校では、この退学のことを「進路変更」という言葉で呼んでいました。なんとなく美しい響きでしたが、要は首切りで、たいがいの教師は退学届をもらえば、それでしまいでした。
 神田は、本当に変更先の学校や、職場、ハローワークまで付いていってやりました。だから、大方の退学生は「ありがとうございました」と言って去っていきました。

 でも、神田は思っていました。これは学校のため……自分のためであることを。

 退学は、いざ、その場になればもめることが多くありました。こじれたときは弁護士が来ることも、裁判になったことさえありました。神田は、それが嫌だったのです。ただでも忙しい学年末に、そんなことに時間を取られることも、神経がささくれ立つのもごめんでした。

 でも、神田の蜘蛛の糸ぶりは徹底していました。

 保護者が来校したときは、玄関まで迎えに出てスリッパを揃えました。退学が決まって、親子が学校を去るときは、玄関に立ち、親子が校門を出て、姿が見えなくなるまで見送りました。二分の一の確率で、校門を出るときに、親子は学校を振り返ります。その時には、深々と頭を下げてやります。そうすれば、親子が地元に戻ったとき、学校や担任の悪口を言いません。
 
 これは偽善です。だから神田は地獄に墜ちたのです。

「神田の心には、僅かだが、善意があった……」

 神田自身、高校生のとき、不登校になったり落第した経験があります。そして、何度か退学を勧められたことがありました。

「その時の孤独さは、分かっていたんだね……」

 そう呟くと、お釈迦様は、百年前と同じように蜘蛛の糸を一本垂らしてやりました。

「今度は、意地悪しないからね……」

「あ……これは?」

 神田は、一本の糸に気づきました。
 雲の先は、永遠のタソガレの空に、一点だけ青空になっていました。

「これは……蜘蛛の糸だ!」

 神田は、えんま帳も教材もみんな放り出して、蜘蛛の糸を昇り始めました。

「あの時といっしょだな……」
 
 お釈迦様は、呟きは続きました。

「わたしの悲願は……衆生済度(わけ隔てなくみんなたすける)なんだからね……」

 神田は、自分のあとから沢山の亡者たちが続いて糸をよじ登ってくるのが見えて戦慄しました。

――来るな! これは、オレの糸だ! オレが救われるための糸だ!――

 そう、思いましたが、国語の教師であった神田は思い直しました。

――カンダタはこれで失敗したんだった……みんな登ってくればいい。みんなで極楽に行こう……そうだ、おれんちは浄土真宗だ「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をおいてをや」だ……でも、組合の奴らが真っ先てのはムカツクなあ……まあ、いいか。

 神田が、目をこらして下の方を見ると、糸を登らずに、ぼんやり見上げている一群がいました。

「おーい、お前らも来いよ!……え、意味わかんねえだと……そうか、あんたら再任用で、定年超えてもやってたんだ……そこが地獄だってことも分からないか……いいようにしな……」

 そう言って、手を伸ばした先に糸がありません。

「え……うそだろ!?」

 極楽の池の水面は、もう、そこまで見えていました。あと五寸というところで、蜘蛛の糸は切れています。それでも、お釈迦様の悲願なのでしょう、糸は直立しています。

「なんで、五寸なんだ……そうか、オレって演劇部の顧問だったから尺貫法なんだ!」

 妙なところで納得しかけた神田でした。

「でも、なんで、あと五寸……!」

 神田の手は、虚しく空を掴むばかりでした。
 やがて、亡者たちは力尽き、ハラハラと学校地獄に墜ちていきます。
 神田は、最後までがんばりました。もう慈悲深いお釈迦様のお顔さえ見えます。

「残念だ……神田。お前は五年早く早期退職した。その分、糸の長さが足りないんだよ」
 
 お釈迦様は、涙を浮かべて、そうおっしゃいました。

「そうか……おれって、堪え性がないもんで……」

 神田は、悲しそうに……でも、納得して墜ちていきました。

「南無阿弥陀仏……」

 最後の、神田の一言が、お釈迦様の耳に残りました。

「そうか、これは、阿弥陀さんの仕事……だったな」

 そう呟くと、お釈迦様は、たすきを外して、歩いていかれました。

 極楽には、何事もなかったように、かぐわしい風が吹き渡っていきました……。

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高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・32『180305の意味から』

2018-03-30 12:13:41 | 小説3

通学道中膝栗毛・32

『180305の意味から        

 

 

 180305

 18は西暦の下二桁、03は三月、05は五日を表している。つまり、この缶コーヒーは先月製造されたばかりだということが分かる。

 近所の百円自販機がなんで安いのかと調べた時に覚えた賞味期限の表記法。

 安売りは、賞味期限が迫ったものを安く仕入れるのでできることなのだ。だから、安売りの頭二文字は17となっていなければならない。

 じゃ、なんでこんなに安いんだろう?

 

「そりゃHOPEコーヒーだったろう?」

 答えてくれたのは、あくる日、芋清のおいちゃん。

 改札を出ると焼き芋の匂い。とたんに食べたくなって駅向こうの探訪は止めて芋清に向かう。

「うん、そうよ」

 店内のスツールを勧めながらおいちゃんは続ける。夏鈴と二人ならともかく、一人焼き芋食べながら歩く気はしない。そういうところを、おいちゃんは自然に分かるみたい。

「HOPEはコンピューターミスとかで特定の銘柄を作り過ぎてしまって、過剰在庫にしたくないんで安く流してるってうわさなんだよ」

「え、そうなんですか?」

「HOPEは、そう言ってるけどね。中国の会社が資本参加して、会社のあれこれが思うようにいかなくなった歪みがでてるんじゃないかと言われてるよ」

「そうなんだ」

 分かったように相槌打ってるけど、よく分かっていない。ま、安くいただければ嬉しい女子高生なのだ。

「でも、うまい具合にお芋の匂いが立ち込めるんですね。改札出るまでは駅向こうに行くつもりだったんですよ」

「どういう具合か、風の流れなんだろうなあ、駅まで匂いが流れなきゃ売り上げの半分は無いと思うよ」

「ふふ、焼き芋の神さまがいるのかも」

「ちげーねー」

 そんな話をしているうちにも五人のお客さんが買っていく。贔屓のお店が繁盛しているのは嬉しいものだ。

 そのうちにお客さんが並び始めた。おいちゃんは丁寧にお芋をくるみ対応も丁寧なのでつかえてくる。

「手伝うわ」

 セーラーの袖口をたくし上げ、軍手をはめて釜の前に立つ。日ごろ見慣れているのでテキパキやれる。

「すまないな」

 おいちゃんは釜の中を覗いて芋を選び、わたしが包装する。その間にお勘定をやって、倍とは言えないけど五割増位のペースで進んで十分もすると落ち着いてきた。

「あら、お孫さん?」

 お客さんに言われる。

「いや、ご贔屓さんが成り行きで手伝ってくれてるんで」

「まあ、そう、いっそバイトしてもらったら売り上げ伸びるわよ」

 アハハと笑っておく。芋清も悪くないんだけど、週二回のアキバのバイトもある。

 お客さんと入れ違いにおばちゃん(もうお婆さんなんだけど、おばちゃんで通っている)が帰って来る。見ると手に岡持ちをぶら下げている。

「あら、出前するんですか?」

「たまにね、若けりゃスクーターかなんかに乗るんだけどねえ、ブキッチョだから岡持ち持ってだと自転車にも乗れない」

「栞ちゃんが手伝ってくれてたんだぜ」

「あー、それは申し訳ない」

 そういうと、おばちゃんは焼き芋をどっさり持たせてくれようとしたけど、そんなには食べられやしない。ドンマイドンマイと手を振って家路についたのでした。

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『遅刻の誉れ・2』

2018-03-30 06:24:29 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
『遅刻の誉れ・2』
       


 今朝は十分間に合う時間に起きた……それで遅刻である。ハルは、横断歩道で、その無常を知った。

 義母である好子さんは、ハルの弁当を作って悩んだ。
「これでは、中身がグチャグチャになるわ……」
 弁当箱に、華やかに総菜を並べてはみた。きれいではあるが、ちょっと傾けただけで中身が寄ってしまう。
 そこで、弁当箱を二回変えて、やっと隙間無く収めることができた。この間十五分。

「お母さん」

 そう呼ぶのには、まだ遠慮があった。ハルは大人しく仕上がるのを待った。
 結果的には。妹が幼稚園のころ使っていたオベントバコになったが、ハルは、それにも文句は言わなかった。
 駅の横断歩道の真ん中でオバアチャンがウロウロしていた。信号が変わりかけていた。
「どうぞ」
 ハルは、背中をオバアチャンに提供して、横断歩道を渡った。
「あたしゃ、駅の向こう側にいくんだよ~!」

 ハルは、てっきりオバアチャンは駅に行こうとしているんだと思った……。

 しかたなく、信号が変わるのを待って、向こう側に戻り、ダッシュで駅に戻った。ホームに着くと電車は、ちょうど出てしまった後だった。
 そして、五分待って次の電車に乗り、やっと駅に着いて、地上に上がると信号が変わったところだった。まあ、この信号が間に合ったところで、始業には間に合わなかっただろうが。駅から学校まで400メートルはある。人間がスプリントで走りきれる限界の距離である。確か世界記録は、マイケル・ジョンソンの43秒18。ハルはその43秒18の前に1分をつけても無理である。

 はるか400メートル先で、遅刻を告げるチャイムが鳴り始めた。

 もう、ハルは諦めて歩き始めた。皮肉なもんだと思った。学校の敷地は、元々はハルのお屋敷の跡である。
 そう、ひい祖父さんが、国に召し上げられるなら、いっそこっちからくれてやろうと寄付したものである。

 ひい祖父さんが、珍しくフライングしたことが、ひ孫のハルに祟っている。柄に合わないことはやるもんじゃないと、ひい祖父さんに理不尽な恨みを感じてしまった。

「こらあ、治国、また遅刻か!」

 生指の水野先生が、いつにもない大声でハルをどやしつけた。他の先生も怖い顔をしている。

 が……なにか変な感じがした。なんだろう、この、微かなハメられたような違和感は?

「入室許可書ください」
 それでもハルは、ほとんど脳細胞を使うこともなく、習慣化した言葉をオウムのように口にした。
「ハル、今日は校長室へ行け」
「え……覚悟してたけど、マジ、いきなりっすか?」
「問答無用!」
 水野先生が、大声のもう一つ上の声でたたみかけてきた。
 AKBではないが、マジッスカ学園である。だいたい、水野先生の家は、江戸時代にはハルの家の家来にあたる家である。それが主筋にあたる自分に「問答無用!」である。世も末だと、今さらながら代々のご先祖を怨めしく思った。

「尾呉治国(おくれはるくに)今日も遅刻か!」

 失礼しますの一言言う間もあらばこそ、校長は、お家断絶を言い渡す役人のような、重々しさと厳しさ、そして役目を果たした安堵感を滲ませて、大音声……え、安堵感……これは違和感である。

「若、さすが尾呉一万二十四石四斗四升四合四勺。よくぞお遅刻あそばされました!」

 生指部長の水野先生が、感涙にむせびながら平伏した。

「尾呉君、君は、この尾呉坂高校を救ってくれたんだよ。やはり、尾呉家二十六代目当主の器量。見事な遅れ。なにをか言わん哉。遅刻の誉れ、ここにありであります!」
「あ、あのう、もう一つ空気読めないんですけど……」
「いや、失礼。君たち生徒や保護者の方々には内密にしていたが、この尾呉坂高校は、都知事から、命ぜられていたんだよ……」

 校長室に居合わせた先生や事務長がむせび始めた。

「あ、あの、説明とかして欲しいんです……けど」
「ああ、すまんすまん。ここは譜代の臣である、水野先生から説明していただくのが適当でしょう」
「いえ、この義ばかりは、大目付大久保家御末裔であられる校長先生より……」
「そうですか、それでは……実はね、我が都立尾呉坂高校は、都知事の意向で、一学期の間に、遅刻者が一万人を超えるようなら、即無期限休校、近隣の都立高校十校にお預けということになっていた。これは事実上、不名誉極まる廃校と同義。なんとか、これを明るい展望のある休校とし、お家再興……いや、学校再建に結びつけたいと神仏に祈っておったのです」
「そこを若が、尾呉家二十六代当主として、堂々たる意義深い遅刻。きっと、明日の朝刊には載りましょう。尾呉治国、見事に第二十六代の責務を果たし、記念すべき一万人目の遅刻の大役を果たすと!」
「マスコミも、都民、国民も、こういうトラディッシュでユーモアに満ちた事件を待ち受けているんだ。これは、信長公の末孫、織田信成クンがフィギュアスケートに現れた時以上の快挙だよ」
「そう、AKBの総選挙で、サッシーが第一位を獲得したのに肩を並べる痛快事。これで、尾呉高校の再建は約束されたようなもんだよ。有難う尾呉君!」

 さすがに、このニュースは、その日のうちに日本中、いや、サムライファンの外国にも、いろんなサイトを通して配信され、世界的なニュースになった。
 この年の顔は、ハルこと尾呉治国と、サッシーこと指原莉乃が独占した。

 AKBは、その後、ヒット曲をバンバン飛ばし、ますます国民的アイドル集団として、隆盛を極めた。
 しかし、尾呉高校再開のニュースは、とうとうやってこなかった。その後東京オリンピックも決まり、都民や国民の関心は確実に薄れ、ボクはお預け先の外苑高校の劣等生として、なんとか卒業はできた。

 今、考えると、みんな尾呉高校から、明るく後ろ指を指されることもなく移動したかっただけじゃないかと思った。

 もう二十一世紀も半ば、東京オリンピックは懐かしく国民の心に刻みつけられた。AKBもますます元気に世代交代を果たしている。

 尾呉家二十六代当主であるボクは、まだ独身だ。どうやら、尾呉一万二十四石四斗四升四合四勺は、ボクの代でお家断絶の気配。

 断腸の思いではありますが、戦国時代から四百年、愛すべき尾呉家が続いたことで良しとしてください。あの最後の遅刻を尾呉家の尾呉家らしい誉れと思し召して……。

 尾呉家累代のご先祖様  尾呉治国
 

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高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・31『駅向こうのお屋敷』

2018-03-29 14:47:51 | 小説3

通学道中膝栗毛・31

『駅向こうのお屋敷        

 

 

 きょうも駅向こうの探検。

 

 知らない街じゃないので、なにもかも新鮮というわけじゃない。

 渋谷とか原宿とかにくらべれば、やっぱマイホームタウンの一角ではある。

 ただ、小学校を卒業するまでは校区の境が駅だったので、足を踏み入れることがほとんどなかった。

 その点で、駅のこっち側とは少し疎い感じがあるのだ。

 

 今日は商店街を外してみた。

 

 商店街と言うのは脇道に逸れにくい。アーケードの心地よい閉鎖性、あれこれのお店に気がひかれたりで、自分の生活圏でもなければ道を逸れるようとは思わないでしょ。

 なので、いきなり道一本西に入ってみる。

 駅の近くは二三階建てのビルとかお店、古い家が建て込んでいて、道幅も途中で半分ほどになっていたり、おそらく昔は田んぼや畑だったんだろうと偲ばれる。

 角を曲がると大きなお屋敷が見えてきた。

 おおーー。

 思わず声が出た。

 馴染みのお屋敷街のとはスケールが違うのだ。お屋敷の親分というくらいに敷地が広い……大名屋敷というくらいの広さがあって、大きな建物だけで三つもある。二つは和風だけども、一つは洋風というか洋館だ。

 洋館は二階建てだけども、屋根の勾配が鋭角的で、三角のデッパリが三つほど、たぶんロフトになっているんだろう。

 屋根の上にテレビアンテナが立っていなければ、そのまんま映画の撮影に使えそう。

 テレビアンテナだけはどこの家でも変わらないんだなあ……そこにだけ親近感を感じていると視線を感じた。

 奥のでっぱり窓に女の子……と分かると直ぐに姿が消えた。

 髪の長い子で、野球帽をかぶっている。

 一瞬だったし、ツバの下は陰になっていてよく分からなかったけど、鼻から下はとても可愛い印象だった。

 突然のことで、胸がドキドキいってる。

 

「おねえちゃん、見ちゃったんだ……」

 

 これにもビックリした。

 お屋敷からの視線を避けるようにして、忍者みたく塀にへばり付いている小学生が居た。

「あれ窓女なんだぜ、あいつと目が合うと死んじゃうんだぜ」

「え、まさか」

 子どもに脅かされてたまるかと笑顔を作ってみるが引きつっているのが自分でも分かる。

 

 おーーい!

 

 道の向こうで声がした。どうやら、その子のお仲間で――いつまでやってんだ!――という響きがした。

 いま行くからというように手を上げると、真剣な眼を向けてきた。

「エンガチョしとこ!」

 薄気味悪かったけど、何年かぶりでエンガチョをきった。

 

 お屋敷の前を通って商店街に戻ると、なんだかホッとした。

 四月にしては熱すぎる日差しのせいか、アーケードの木陰が気持ちがいい。

 昨日発見した百円自販機、ちょっと迷って炭酸飲料を買う。

 取り出したら逆さだったので賞味期限の数字が見えた。

 あれ?

 180305とプリントされているではないか。

 大きなクェスチョンマークが立って、しばらくプルトップを開けることができないわたしだった。

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『遅刻の誉れ・1』

2018-03-29 06:50:11 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
『遅刻の誉れ・1』
       



 ハルは、横断歩道で覚悟した……今日も遅刻だ。

 今日の遅刻で、一学期の遅刻は四十回を超える。
 学期で四十回を超えると特別指導だ。保護者同伴で、先生たちにみっちり絞られる。そいで夏休みに十日間も無遅刻で登校させられ、校内全部を掃除させられる。

――ボクのせいじゃない。好子さんが悪いんだ――

 ハルは、そう思った。事実2/3は、その通りなんだから。
 今年の三月に、オヤジが再婚した。その相手が好子さんなのだ。

 オヤジは、柄にもなく流行りの再婚活というのをやった。ネットで真面目そうな婚活サイトに当たりを付けて、いざ本番に臨んだ。都内の有名ホテルで、立食パーティーのかたちで行われた。

 で、オヤジは、先祖伝来の性癖である「迷い」に落ち込んでしまった。

 ハルの家は、昔で言えば華族様である。江戸時代は一万石ではあったが大名で、維新後、スッタモンダのあげくに伯爵に序せられた。

 ハルのご先祖は、戦国時代にまで遡る由緒ある遅刻の家系である。ご先祖は秀吉の北条征伐に遅刻した。もっとも主筋の伊達政宗の遅刻に付き合わざるを得なかったという理由はあったが、これがケチの付き始めだった。
 その後、うまく取り入って、徳川秀忠の家臣になったが、大坂冬の陣のときに秀忠と共に真田に足止めを食らわされ、またも大遅刻。あやうく減封かと思ったが、あくる夏の陣では秀忠に武功があり、チャラになった。
 元禄の時代、いわゆる忠臣蔵の事件が起こり、ハルのご先祖は、将軍綱吉より、ひそかに吉良上野介の身辺警護を命ぜられるが、史実が物語るように、ご先祖は、これにも間に合わず、むざむざ赤穂の田舎侍どもに吉良の首を持って行かれた。これは切腹ものかと覚悟を決めたが、綱吉はことのほかご機嫌麗しく「そなたを警護役として、幕府の体面は保たれたぞ」と、密かにお誉めの言葉を賜った。
 幕末では、勤王か佐幕か藩論がまとまらず、ぐずぐずしているうちに新政府が出来上がった。近隣の諸藩は奥羽列藩同盟に加わり、維新後ひどいめにあった。しかし、ハルのご先祖は、その奥羽列藩同名に入ることさえ意見がまとまらず。どっちつかずで、薩長の遠征軍を迎えることとなった。当初はお家断絶を覚悟したが、ご先祖の日和見のおかげで、周辺の小大名たちも日和って、実質的な抵抗をしなかった。で、結局ここに功ありとされ、のち伯爵を賜ることになった。

 ことほど左様に、ハルのご先祖の優柔不断というか、その結果としての遅刻は、ラッキーと世間に思われてしまった。
 
 下ってハルのひい祖父さんは、陸軍の中隊長で、敗戦直前まで大した武功はなかったが、部隊の損害も奇跡的になかった。昭和二十年の春に沖縄への移動を命ぜられるが、途中列車が、敵の攻撃を受け三時間到着が遅れた。ひい祖父さんの中隊はオイテケボリをくったが、先行した部隊は潜水艦にやられて全滅してしまった。
 おかげで、ひい祖父さんの中隊は終戦まで、誰一人戦死者を出さずにすんだ。

 戦後は、華族の財産は没収されると聞き、ひい祖父さんは取られるぐらいなら、さっさとくれてやると、家屋敷を国に寄付。おかげで財産税やらを取られずにすみ、残った資金で会社を作り、可もなく不可もなく父の代になって現在に至る。
 
 その父が、再婚パーティーに遅れてしまった。何事も起こらないはずがなかった。

 次々とカップルが出来ていく中、先祖伝来の出遅れ、迷い癖で、男性グループのミソッカスになってしまった。
 そして、女性グループの中にも、一人取り残された人がいた。

 それが、今のハルの義母である好子さんなのである……。

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高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・30『制服を脱いだらご用心』

2018-03-27 14:56:18 | 小説3

通学道中膝栗毛・30

『制服を脱いだらご用心        

 

 

 連休明けの気温なのだそうだ二十四度は。

 

 夏の二十四度は間違いなく涼しい。

 でも、新学期始まって間もない四月の二十四度は堪える。

 学校も分かってくれていて、校内では上着を脱いでブラウスだけで過ごすことを認めてくれている。

「ストーブじゃ、みんなの意に添えなかったから、上着くらいは自由にしていいからね」

 お上にも慈悲はあるぞってな感じで先生は言うけど、分かってるんだ。ストーブはガス代がかかるけど、上着脱ぐのにお金はかからないものね。ま、そこまで言っちゃ先生が可哀そう。

 教室に居る時は、おおせの通り上着を脱ぐけど、教室を離れる時は着る、もしくは手に持って歩く。

 なぜかというと、無くなることがあるからだ。

 むろん上着に足が生えて逃げていくわけじゃない。はっきり言って盗まれる。

 中学校でひどかった。制服を改造してる子がいて、その子たちが盗っていく。

 集会での服装検査があるときや、職員室に呼びだされたりするときに、適当に持っていく。用が済んだら、そのへんに放置される。ただの放置ならネームが入っているので戻ってくるが、ゴミ箱に放り込まれたり、中には便器に突っ込まれたりすることもある。

 時にはネームをカッターで削り取りスペアの制服にしている奴もいる。万一見つかった時は「卒業生にもらったのでネームを削った」と嘘を言う。

 こんなこともある。

 教室に戻ると制服がズタズタに切られてしまっている。

 これならゴミ箱や便器に突っ込まれている方がマシだ。クリーニングに出せば済む話だもんね。

 それは――人から恨まれているんだ――と言われるが、恨んでなくてもやるやつがいる。

 動機は、ただ面白いから。

 だから、わたしは脱いだ上着を放置することはしない。

 

「一年生で上着を盗られる事件が二件ありました、みんなも制服の管理はしっかりしてね」

 

 HRで先生が注意を促す。

 紛失ではなくて盗られたと言っている。紛失とは言えない状況だったことが偲ばれる。

 今のところ二三年で盗られた話は耳にしない。みんな平和な顔をしているけど、経験則から分かっていて、わたしのように予防策を取っているんだ。

 

 学校の帰り道、夏鈴の不在をメソメソ思っていても仕方がないので、通学道中の新名所を開拓して見ようと思い立つ。

 駅を降りて反対側に出てみる。

 こっち側は、秋に新規開店のファンシーショップに行った時以来だ。

 商店街は駅の反対側にも伸びていて、ぶらり歩いても退屈はしない。

 一時間ほどほっつき歩こうと思うのでお茶を確保しようと自販機に向かう。

「お、発見!」

 五台ほど並んでいる自販機の一つ、なんと、一個100円なり!

 ラッキー!

 ポケットの手を突っ込んでお財布を出そうとする……う、なにか手に触った!?

 キャーーー!

 思わず叫んでしまった。

 なんと、ポケットの中に毛虫が入っていたのだ!

 わたしの心は疑心暗鬼でいっぱいになった。

 

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高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・29『夏鈴がいない通学路』

2018-03-26 15:23:26 | 小説3

通学道中膝栗毛・29

『夏鈴がいない通学路        

 

 

 いつものように三叉路で立ち止まった。

 

 バカだなあ……数十秒立ち止まって、自分のバカに気づき、ため息ついて歩きはじめる。

 歩きっぷりがノタクラしているのは春の陽気のせいじゃないよ。

 今朝から夏鈴がいない。それを忘れ、習慣で夏鈴を待ってしまったんだ。

 夏鈴は、いつもわたしの左側を歩く。その夏鈴がいないもんだから、左半身がスースーする。

 たまにどっちかの都合でいっしょに行けないことがある。その時は、こんなに虚脱感は無い。

 だって、あくる日にはまたいっしょにいるんだから。ここ当分、いや、ひょっとしたら死ぬまで夏鈴とはいっしょに歩けないかもしれない。歩くどころか、気安く話しかけることも出来なくなるかもしれない。ひょっとしたら、わたしと友だちだったって事実も消されるかもしれない。

 どうしよう。

 だって、そうでしょ。わたしみたいなのが友だちだったなんて、夏鈴の履歴には傷かもしれない。

 だって、夏鈴はノインシュタイン公国の王女様になってしまったんだ。

 わたしみたいな取り柄のないのが刎頚の友だったなんて、やっぱマズイよね。

 最後に夏鈴といっしょに食べたのが焼き芋だった、芋清の地下でモソモソと食べたのは、ほんの二日前のことなのに、もう何年も昔のような気がする。

 電車に乗ったら、めずらしくシートが空いている。ヨイセっと座るんだけど、一人分横を空けてしまう。

 ちょうどお年寄りが乗って来たので「どうぞ」ととびきりの笑顔で席を譲る。

 悲しいのに、寂しいのに、なんで笑顔になれるんだ? 悲しくても笑顔になれる自分を発見。

 吊革につかまって外の景色を眺める。桜咲いた……そう二人で呟いたのは先週の事、それがもう満開だ。

 

「足立さんが昨日付で転校しました」

 

 担任の先生が、ほんの三秒ほどで説明。

 だれも何も言わないし聞かない。新学年がが始まって、ほんの数日だから、こんなもん。

 寂しいと思う気持ちと、まだ噂が広まっていない安堵感の両方が胸をしめる。この「しめる」は掛詞なんだと思いつく。

 

 下校時間、どうも熱っぽい……花粉症の一種か?

 

 ボーっとした頭で家路につく。

 電車を降りると寒気がしてきた……風邪か? 明日休んじゃうかな。

「栞ちゃん」

 商店街入って声をかけられる。首をねじると芋清のおいちゃん。

 ニコニコ笑顔で招じ入れてくれて「これ、風邪に効くから」と特製の甘酒を注いでくれる。

 すべての事情を知っているはずなのに、夏鈴のことは一言も言わない。

 はんぱな慰めで癒えることじゃないのを分かってくれているんだ。

 甘酒と焼き芋を交互に口に運んで、例の地下室で休ませてもらったら少し元気になった。

 お蔭で、明日は休むことなく学校にいけそうです。

 

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高校ライトノベル・アーケード・25・花子編《そういうことで駐禁ですから》

2018-03-26 12:26:03 | 小説

・25・花子編
《そういうことで駐禁ですから》



 わたしは、月に二三度お坊さんになる。

 うちがお寺なのだから、お手伝いとも言えるしアルバイトとも言える。お寺は商店街の中にあるので、他の商店街の仲間たちは自分たちと同じ人種だと思っている。そういう感覚でわたしもいるんだけど、お寺は商売とは違うということを、ときどき実感する。

 遠い檀家さんのところには原チャリで行く。

 今日はお兄ちゃんの諦観からメールが入って急に檀家詣りに行くことになった。お兄ちゃんもお父さんも近隣のお寺の世話役をやっているので、ときどき臨時の仕事が入って、お鉢が回ってくる。
「ごめんなさい、家の仕事が入っちゃった」
 クラスメートに手を合わせて教室を出る。
 今日は中間テストの前日で、午前中で授業はおしまい。テストの前日でも、家に帰ってガッツリ勉強するというようなことはやらない。クラスメートといっしょにファストフード店に行ったりカラオケに行ったりする。でも2時間ほどで切り上げて家に帰る。まあ、ほどよく遊んで、ほどよく勉強するグループ。
 こういうグループが、クラスに2つ、クラスを跨いで2つほどあって、声が掛かれば、そのグループのどこにでも行く。メインの所属は商店街だけど、家がお寺と言うこともあって、付き合いはまんべんなくがモットーなのです。

 今日お参りするのは、駅一つ向こうの檀家さん。

 自転車でいくと、片道20分。この季節だと汗みずくになる。原チャリだと――風に吹かれて気持ちいい!――と思っているうちに到着する。お坊さんと言うのは黒い衣を着ているので吸収する太陽熱はハンパじゃない。だから原チャリの免許をとったのは、親の勧めとは言え大正解。

「ごめんくださ~い、西慶寺で~す」

 ピンポンを押して、ゆったりと名乗る。このへんの名乗り方は檀家さんによって変える。西村さんは、こういうゆったりがお好きなようなのです。
――あら、今日ははなちゃんなのね。どうぞ――
 お婆ちゃんのお返事を受けて中に入る。
「ご苦労様です、はなちゃんに来てもらうと嬉しいわね」
 お婆ちゃんは上品に微笑みながら嬉しいことを言ってくださる。
「お爺さん、はなちゃんですよ。今日ははなちゃん!」
「お、おお、これはこれは」
 お爺さんと言っても、やっと60半ばというおじさんが仏間にやってこられる。
 中村さんのお宅は、基本的にはお父さんがお参りすることになっている。だけど、わたしが得度をした2年前に「うちの娘も得度しましてなあ」とお父さんが世間話。「え~息子さんは諦観さんでしたなあ……娘さんは?」「ああ、花子ですよ。報恩講でお茶の接待をしておりました」「ああ、あのはなちゃん」「それはそれは」
 という具合に駘蕩とした雰囲気の中で、ときどきわたしがお参りすることが了承された。
 思うに、わたしの名前が花子であることが功を奏しているように思えるのですが、いかがでしょう?
 これが幼稚園のお仲間の歩小鈴(ぽこりん)というような名前だと躊躇われたのではないかと思います。花子と言う役所の書式のような名前は、スルッと人の心に入っていけるような温もりがあるような気がします。

 お務めが終わって表に出ると、とんでもない事態になっていた。

「え、駐車違反!?」
 我が愛車のハンドルに無情の駐禁のシルシが付けられていました。ため息をついていると後ろに気配。

「これ、あなたの?」
 女性警官には珍しい器量よしが立っている。
「月参りで、ほんの15分ほど停めていただけなんですよ」
「でも、駐車違反です」
「2か月前は駐禁じゃなかったと思うんですけど」
「変わったんです」
「あのう、わたしは西慶寺の者なんですけど、ここは100年以上前から檀家さんです。父も祖父もバイクでお参りしていましたけど、駐禁なんか取られたことないですよ」
「だから変わったんです」
 女性警官は――変わったって言ってるでしょ、なに分からないこと言ってるの!――という感じで笑いもしないで言う。
「あのう、おまわりさん」
「はい?」
「こちらの警察に配属になって、まだ間が無いんですか?」
 この一言が余計だった。
「ちょっと免許証見せてもいらえますか」
「はい?」
「免許証」
 わたしは、ゴソゴソとお財布を取り出し、中から免許証を出した。
「藤谷花子……さん」
 なんで名前と敬称を離すんだろう。
「ん……16歳?」
 なんだか失礼。
「そうですが、なにか?」
「高校生なの?」
「そうですけど、この瞬間は西慶寺の僧侶です」
「ふーん……ま、そういうことで駐禁ですから」
 この女性警官さんには花子の神通力は通用しない。
「これもなにかのご縁ですから、オネエサンのお名前も教えていただけませんか?」
 狭い城下町なので、嫌味ではなくて、やわらかく訊ねた。
「はい、これです」

 女性警官はニコリともしないでバッジ付きの身分証明書を提示した。偶然だろうけど、有名な女性議員と同じ名前だった。
 


※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年

 岩見   甲(こうちゃん)    鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子

 岩見 こざね(こざねちゃん)   鎧屋の娘 甲の妹

 沓脱  文香(ふーちゃん)    近江屋履物店の娘

 室井 遼太郎(りょうちゃん)   室井精肉店の息子

 百地  芽衣(めいちゃん)    喫茶ロンドンの孫娘

 上野 みなみ(みーちゃん)    上野家具店の娘

 咲花 あやめ(あーちゃん)    フラワーショップ花の娘

 藤谷  花子(はなちゃん)    西慶寺の娘

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高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・28『ノインシュタイン公国』

2018-03-25 18:49:31 | 小説3

通学道中膝栗毛・28

『ノインシュタイン公国        

 

 

 芋清のおいちゃんが招じ入れてくれた横穴はモニターやらパソコンやらで一杯だった。

「昔は防空壕だったんだ、半分は芋の保管庫で、半分はわしの趣味の部屋なんだよ。こっちは簡易の防音になってるから少しは話ができる」

「あ、ありがとうございます」

 かくまってもらった親切と、商売している時とのギャップに言葉が改まってしまう。

「追いかけてきた連中、訛のあるドイツ語だったね」

「ドイツ語ったんですか?」

「ああ、あれはフランスとの国境に近いノインシュタイン公国……先日国王が御逝去された」

「……」

 なぜか夏鈴が目を伏せる。

「近所の様子を見てくるよ、いいといううまで出ちゃダメだよ」

「わたしのスマホに連絡してください」

「そうしようか、じゃ、番号を交換しよう」

 おいちゃんは、意外なほど器用に自分のスマホを操作すると、地上へ上がっていった。

「焼き芋の続き食べようか……」

 とりあえずの危機が去ると、猛然とお腹が空いてきた。夏鈴は焼き芋を手にしたまま俯いている。これは無理には聞きださない方がいいと思った。

 夏鈴が口を開いたのは、わたしが三つ目の焼き芋に手を伸ばした時だ。

 

「KARIN……これが夏鈴の正しい書き方」

 スマホに字を打って、ポツリと言った。

「ケーエーアールアイエヌ?」

「カーアーエルイーエヌ……ドイツ語じゃ、こう発音する、KARIN」

 とてもうまい発音にビックリした。

「ちゃんと発音できるのは、名前の他は、ほんのカタコト」

「夏鈴……?」

「カリン・ノインシュタインというのがフルネーム」

「それって……?」

「ノインシュタイン公国国王の孫だと言ったら……びっくりするよね」

「……声も出ないよ」

「お母さんがヨーロッパに居たころ、仲良くなった男の子が、たまたま王子様だった」

「え、えと……お父さん?」

「うん……わたしが生まれてしばらくして亡くなってね……まあ、公式に認知された子じゃなかったから、お母さんは、そのまま日本に帰って、名前も漢字で夏鈴と当ててさ、ノインシュタインとは縁が切れていた。二重国籍だけど十八になったら日本の国籍だけにする予定だったんだ。王位はお父さんの従兄弟が継ぐことになっていたんだけどね……お祖父ちゃん、亡くなった国王がね、カリンを世継ぎにすると遺言して亡くなったの」

「それでお迎え……」

「二日前までは普通の高校生だったのにね……で、栞に相談しようと七時に待っていたら、あの人たちが来てしまって」

「わ、わたし余計なことした?」

「う、ううん。あのまま流されるのはやだったし」

「そ、そっか」

 その時スマホが鳴った。

――スマホじゃ様子を伝えきれないから、パソコンのエンターキーを押してくれないか――

「はい、すぐに」

 エンターキーを押すと、商店街の方から見た駅前の様子が映った。

――そこのコントローラーで操作できるから、商店街の監視カメラと連動してるんだ――

 どうやらおいちゃんは、映像を観て、判断は自分で知ろという意味らしい。

 三人の黒服の人たちが悲壮な顔であたりを探っているが、ほとんど途方に暮れている。駅前交番からお巡りさんが出てきて事情を聴きだす。正直には答えられないんだろう、身振りは大きいんだけど要領を得ない。お巡りさんが肩の無線機に話しかける。手に負えないので応援を頼んでいるんだろう。三人は必死で「大ごとにはしないでくれ」というようなことを言っている。

 三人の一人の女の人が顔を覆って泣き出したように見える……そうとうテンパっている様子だ。

「や、やっぱり行くよ……」

「夏鈴……」

「きっと連絡するから……、じゃ、行くね!」

「待って!」

 呼び止めたけど、言ううべき言葉が浮かばない……わたしは焼き芋の袋を差し出した。

「栞は、ずっと、ずっと友だちだからね!」

 そう言うと、天井の蓋を開けて店の外へと飛び出していった。

 やがて、モニターに夏鈴の姿が映り、女の人が駆け寄ってかき抱くようにして画面から消えた。コントローラーでアングルを変えたけど、ちょうど迎えに来た車に乗って行くところで、車はすぐに発進してアングルの外に行ってしまった。

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高校ライトノベル・アーケード・24・花子編《ちょっぴり変》

2018-03-24 13:23:41 | 小説

・24・花子編
《ちょっぴり変》



 花子というのは、ちょっぴり変な名前よね。

 太郎とペアになっていて、書類なんかの書式に山田太郎・山田花子などと並んでいたりする。
 他に平成花子とか昭和花子、市役所じゃ相賀花子というのが書類の書き方見本の名前になっている。犬のポチ、猫のタマなどと同じで平凡の代表みたいなもの。

 だけど、じっさいに花子という名前はめったにいない。

 わたしが花子という名前に「あれ?」っと思ったのは幼稚園の時。
 入園式のときに園長先生が「藤谷花子さん」と呼ぶと、参列していた人たちが一瞬注目した。「ん?」「え?」「そうなんだ?」てな感じ。でも一瞬のことで、園長先生は何事も無かったように次の園児の名前に移っていった。わたしの次の次の子が歩小鈴(ぽこりん)というインパクトのある名前だったので、花子はすぐに参列者の記憶から消えてしまった。

 まあ、その程度に珍しい名前。

 高校に入って間もなく、上級生の男子が用もないのに教室に来て「花子ってだれ?」と小さな声で廊下側の子に聞いたことがあった。
「あ……あの子です」
 廊下側の子は、少しビビりながら答えて、3人の上級生の視線がわたしに向いた。
「お、けっこう……じゃん」
 と言って帰って行った。
「あの人たち、なんて言ってたの?」
 廊下側の子に聞いた。
「あ……けっこう美人なんだって」
 どうやら花子という伝説的に平凡な名前はインパクトがあって「どんな子だろう?」と興味を持たせるようね。
「わたしって美人なんだろうか?」
 そう呟いてガラスに映る自分の顔を見て、すこしだけつまらなさそうにため息をついておく。で、振り返って廊下側の子と目を合わせ「アハハハ」と照れたように笑っておいた。廊下側の子と周囲の子たちも「「「「アハハハ」」」」と笑う。

 わたしは自分が美人であるという自覚がある。可愛いではなく美人。とくにパッと見にね。

 だから「美人だあ」というような反応をされたら「アハハハ」とか「エヘヘヘ」といリアクションをしておく。このリアクションはほとんど天然なんだけど、少し計算している。美人だと思われたとたんに、相手と壁が出来てしまう。そんな壁がやだから、このリアクション、いまでは条件反射のようになっている。

 この話をお父さんにしたら嬉しそうな顔になった。

「生まれた時にね『この子は美人になる』って、お祖父さんが言うんだ。で、名前は花子がいいって、満場一致で決まった」
「そうなんだ」と言っておいたが、なんの満場一致なのかは聞かなかった。
 なにごとも少しボンヤリというのがわたしのコンセプト。

 花子という名前は、ほんのりつや消しのコーティングなんだろうと思う。良い名前を付けてもらって感謝です。

 ちなみに廊下側の子は野村颯太と言って、お父さんの転勤で相賀に来た男子。わたしの程良い友達になって、今度の生徒会選挙では副会長に当選しました。

 

※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年

 岩見   甲(こうちゃん)    鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子

 岩見 こざね(こざねちゃん)   鎧屋の娘 甲の妹

 沓脱  文香(ふーちゃん)    近江屋履物店の娘

 室井 遼太郎(りょうちゃん)   室井精肉店の息子

 百地  芽衣(めいちゃん)    喫茶ロンドンの孫娘

 上野 みなみ(みーちゃん)    上野家具店の娘

 咲花 あやめ(あーちゃん)    フラワーショップ花の娘

 藤谷  花子(はなちゃん)    西慶寺の娘

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト『だるまさんがころんだ』

2018-03-24 06:43:13 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
『だるまさんがころんだ』
      


 ぼくは、バカな遊びだと思っていた……だるまさんがころんだ、が。

 小二のころだったかな、なんでか、だるまさんがころんだ、がはやりだした。
 もう、はっきりおぼえてないけど、テレビのバラエティーでやっていた。
 
 ただのバラエティーなんかじゃない。AKR48が楽しそうにやっていた。

 ぼくの好きな矢頭萌ちゃんや、小野寺潤のオネーサンたちが、こどもみたいに楽しそうにやっていた。
 オバカタレントなんかも混じっていて、地球がひっくりかえったぐらいのショーゲキだったんだ!

 だってさ、だってさ、オバカとかわいい女の子がいっしょにあそんでいるなんてありえない。
 すくなくとも、ぼくの学校ではね。

 バカはバカだけであそぶ。かわいい女の子は、女の子だけであそぶ。これじょうしき。

 だから、翔太と話したんだ。

 だるまさんがころんだ、を、やったら女の子ともいっしょにあそべるぜって。

 それで、学校のかえりみちでやるようになった。歩きながらやるんだぜ。
 五人ぐらいで、オニも、それいがいの子も歩きながら。
「あ、翔太動いた!」
「ほら、タッチ!」
 なんてやりながらかえるんだから、家につくのが、とてもおそくなる。

 女の子たちも、しばらくはやっていた。やっぱりAKRのえいきょうりょくはすごいと思った。
 でも、かえる時間がおそくなるので、女の子たちは、すぐにやらなくなった。

 ぼくと翔太のたくらみのように、女の子がいっしょにやってくれることはなかった。

 それは、まあ、いいんだ。ぼくの、ほんとのねらいはちがったから。


 ぼくは、春奈ちゃんとやりたかった。

 春奈ちゃんは、とくべつだった。
 本がだいすきで、じゅぎょうが終わると、まっすぐ図書室に行って、なんさつも本を、かりる。
 どうかすると、かえりみち、本を読みながら歩いていることもあった。
 かみの毛をウサギみたいにくくって、長くたらしている。とおりすぎるといいニオイがした。

 春奈ちゃんは、ぼくたちの、だるまさんがころんだをシカトしていた。おこっているみたいだった。

 そんなの、通行のじゃまよ。そう言われているみたいだった。
 じっさい、いちど、だるまさんがころんだで、わらいころげていたら、とおりすがり、小さな声で言われた。

「バカみたい……」

 ショック! で、そんなこんなで、ぼくたちも、だんだんやらなくなった。

 三年、四年と、春奈ちゃんとはべつのクラスになった。その二年間、ぼくは春奈ちゃんをまともに見られなかった。

 そして、五年で、同じクラスになった。
 春奈ちゃんはまぶしかった。背もぼくより少し高い。二学期には胸も出てきた。
 で、あいかわらず本ばかり読んでいる。でも体育なんかは、口をきっとむすんで、じょうずにやっていた。

 あれは、体育の日が終わったころだった。

「ねえ、亮介、だるまさんがころんだやろうよ!」
 春奈ちゃんのほうから言いだした。
「え……」
 ぼくは、あっけにとられた。
「やろう、亮介オニね」

 春奈ちゃんの家は、ぼくより学校に近い。あたりまえなら十分ほどで帰れる。
 それを、三十分、だるまさんがころんだ、を、しながら帰った。

 ぼくは、いちども春奈ちゃんをつかまえられなかった。
 だるまさんがころんだ。で、ふりかえると、春奈ちゃんは、いつも体育のときのようだった。
 口をきっとむすんで、ぼくの目を見つめている。
 ほんとうは、動いていたのかもしれない。
 でも、ぼくは春奈ちゃんに見とれていた。だから見のがしたのかもしれない。

 春奈ちゃんは、まじめな顔をしていてもエクボができる、新発見。
 ぼくの背中をタッチしたときは、とてもうれしそうな笑顔。これも新発見。

 家が近づき、最後のタッチをしたあと、春奈ちゃんは、こう言った。
「女だと思って、手ぬいたでしょ」
「ち、ちがうよ。ぼくは、ぼくは……ぼくはね」
 ゆうびん屋さんが、ふしぎそうな顔で通っていった。
「いいよ、ありがとう。楽しかった、だるまさんがころんだができて。じゃあね!」

 春奈ちゃんはとびきりの笑顔だった。そして、なんだか涙ぐんでいたような気がした。

 なにか言わなきゃ。そう思った……。

 春奈ちゃんは、勢いよくウサギの耳をぶんまわして、家の中に入っていった。


 あくる日、学校に行くと、春奈ちゃんがいなかった。

「河村春奈さんは、ご家庭の事情で転校されました……」

 先生は、そのあと「君たちも」とか「がんばろう」とか言っていたような気がする。
 でも、ぼくは、先生のあとの言葉は聞こえなかった。

 ぼくは、二度と、だれとも、だるまさんがころんだが、できないような気がした。

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高校ライトノベル・通学道中膝栗毛・27『芋清の竪穴横穴』

2018-03-23 15:53:58 | 小説3

通学道中膝栗毛・27

『芋清の竪穴横穴        

 

 

 ここに隠れていな。

 

 わたしたちをお店に入れると、芋清のおいちゃんは床のスノコを上げて指さした。

 五十センチ四方の蓋があって、それを開けると地下になっている。

「芋の保管庫、ちょっと狭いけど辛抱しな」

「はい」

「あ、ハンカチ落とした!」

 裏路地でへばって、汗を拭いたはずだ……ヤバイ、見つけられたら一発だ!

「ハンカチは、表通りに出るとこに落としといたよ」

 いつのまにかお婆ちゃんまでやってきている。

「いいというまで、出てくるんじゃないよ」

「お腹すいたら、これでもお食べ」

 紙袋の焼き芋を渡してくれて静かに蓋が絞められた。

 真っ暗になるかと思ったら、天上にLEDのライトが点いて仄かに明るい。

「でも、なんでオレンジ色?」

――芋にストレスを与えない色なんだよ、シッ、静かに――

「「ウプ」」

 二人そろって口を押えた。お爺ちゃんの声が聞こえるということは、わたし達の声も聞こえているんだ。

 すると、お店の裏を数人が走り抜ける気配がした。心臓のドキドキがマックスになる!

 抱えた焼き芋の暖かさが胸にしみるころ、表通りに出る角の方で外国語の声がして遠ざかって行った。どうやら、お婆ちゃんの機転が利いたようだ。

 それでも芋清のお爺ちゃんは出ていいといわない。

 お店の方で――仕舞いもの三割引きだよ、一つ百五十円、一つ百五十円――

 四五人のお客さんがあって仕舞いものを買っていく、シャッターが下りる音がするが、それでも出ていいよの声はかからない。おいちゃんは慎重なようだ。

「焼き芋……頂こうか」

「う、うん」

 二人でホチクリホチクリ焼き芋を頂く。オレンジのLEDで顔色は分からないが、思い詰めた表情から青ざめているのではないかと思った。

 半分ほど食べたところで、横の壁がゴトリと開いた。

「「アフ!」」

 喉が詰まりそうになって、開いた壁を見ると30インチのテレビ画面ほどの横穴が開いた。

――こっちにおいで――

 おいちゃんの声。

 数秒順番を譲り合って、夏鈴が先頭になって薄暗い横穴に入っていった……。

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト140『ルーズソックスとブルマ』

2018-03-23 06:09:36 | ライトノベルベスト

ライトノベルセレクト140
『ルーズソックスとブルマ』
        


「コラ、ダメだったら、ダメだっだって!」

 五歳の芽以を追いかけ回すには、三十六歳の瑠璃は体が重かった。
 芽以は、こともあろうに、お向かいの隼人クンに見せびらかしている。
「うわー、メイ、いいな」
「いいでしょ。サンタさんのプレゼントいっぱい入るよ!」
 子ども同士の他愛ない会話と言ってしまえば、それまでなのだが、高校時代のルーズソックスを道の真ん中で振り回されるのはかなわない。
「まあ、芽以ちゃん、いいもの持ってるじゃないの」
 隼人クンのママが出てきたので、瑠璃は咎めるのをちゅうちょした。
「これ、クリスマスプレゼント入れの靴下だよね、ハヤトママ?」
「アハハ、そうかもね」
「ママがね、そんなに欲張っちゃダメだからって。でも、これくらい、いいとメイは思うの」
「ママ、ウチにはないの?」
 隼人クンが羨ましそうにママを見る。

「あるわよ」

 あっさり言う、ハヤトママに驚いた。清楚を絵に描いたような主婦で、瑠璃はハヤトママが、そんなのを、女子高生時代に履いていたとは想像もできなかった。

 で、瑠璃も気楽になって、隼人クンの家の前まで出ることができた。

「留美子さんが、ルーズなんて信じらんないわね……」
「ハハ、これでも高校生のときはヤンキーだったのよ」
「うそ、信じらんない!」
「ちょっと、待っててね」
 留美子が家に戻っている間に、瑠璃はガキンチョ二人の質問攻めに遭った。
「ねえ、ヤンキーってなに、オバチャン?」
「クリスマス用なんだよね!?」
「ヤンキースと関係あんのかな?」
「イチローがはやらせたの?」
「イチロー、家族思いそうだから、なの?」
「お父さんもイチローだけど、なんで、あんなに違うわけ?」

「え、あ、う……」
 返事に窮しているうちに、留美子がルーズソックスと、写真を持って現れた。
「スッゲー、ボクの体がまるまる入りそう!」
「家の中でやるのよ。汚くしたら、サンタさん、プレゼント入れてくれないぞ」
 子ども二人は、それぞれのルーズソックスの比べっこに夢中だ。その間に主婦同士の昔話。留美子は子どものあしらいが上手い。
「え、これ、留美子さん!?」
「うん、完ぺきでしょ」

 それは、ガングロ茶パツで、ウンコ座りしている姿。今の留美子からは、想像もつかないシロモノであった。
「あたし、伯父さんのコネでデパガになっちゃって、あっさり宗旨替え。まあ、こんな時期もあったんだって記念ね」
「あたし、高校時代の写真って、一年の集合写真以外処分しちゃった」
「あら、もったいない」
「ルーズソックスは、新品の買い置き忘れてて、芽以に見つかったってわけ」
「いいじゃない。あれって長いものは入るけど、そんな大きなモノ入らないから、ちょうどいい」
「留美子さん、考えてるのね!?」
「まあ、バラシのプラレールぐらいで、ごまかせそう」

「あーら、二人揃って井戸端会議?」

 虹色ニット帽にルーズカーディガンというラフなイデタチで留美子のお母さんがやってきた。
「ちょうどいいわ。瑠璃さんにも見てもらおう!」
 で、留美子のリビングに三世代が揃うことになった。

「えー、これオバアチャン!?」
「きれいな脚だ……」
 ガキンチョ二人は口を開けたままアングリ驚いている。
 瑠璃と、留美子は圧倒されていた。
「あたしの、モデル写真第一号。広告代理店に残ってた等身大のパネルもらってきたの」

 それは、ブルマ姿の後ろ向きで、振り返った笑顔の白い歯が、形の良いヒップラインと共に美しかった……シャクだけど。

「でも、このブルマって、ショ-ツの形でハズイでしょ?」
「違うわよ。人間て、見られることでキレイになったり、自信を持ったりするのよ。それをジェンダーとかなんとかで、隠しちゃって、今の子はカワイソウ」
「でも、冬なんか寒いでしょ?」
「そんなときは、ジャージよ。TPOを考えればいいだけの話。留美子はほっといたけどね。自分がいいと思わなきゃ、身にそぐわないからね……それにしても、あたしも、よく辛抱したものだわ」
「このブルマですか?」
「違うわよ、留美子のヤンキー。あなたたち、自分のスガタカタチに自信持って生きたことないでしょ?」
 留美子も瑠璃も、とてもパネルのような姿には自信が無かった。

 その夜、帰宅した留美子の旦那は、玄関ホールの等身大のパネルにたまげた。

「お母さん、これは、いくらなんでも……」
「なによ、健一さん」
「これは、アメリカ文化の悪しきコピーですよ」
「そのトンカチ頭なんとかなさい。これ、最初にやったの、健一さんが好きな共産主義の親玉の国よ」
「え、ほんとですか!?」
「ほんとよ。ネットで検索なさったら」
「しかし、ソ連は共産主義とは……」
 健一は、A新聞の記者で、義母とは折り合いが悪い。この時も、つい鼻で笑ったような顔になった。
「モデルを馬鹿にしちゃいけません。じゃ、資本論の剰余価値について分かり易く説明して」
「いや、それと、あのパネルは……」

 オバアチャン……失礼、現役モデルの絹子さんのパネルは近所でも評判になり、朝のワイドショーでも紹介された。きっかけは無垢な芽以と隼人の幼稚園でのお喋りからだった。

 そして、絹子さんのモデルの仕事は増え、ギャラも上がった……とさ。

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高校ライトノベル・アーケード・20・あやめ編《え 赤いカーネーション?》

2018-03-22 20:04:49 | 小説

・20・あやめ編
《え いカーネーション?》


※ 順番が跳んだので、19回のあとに来る分です。

 


「え、赤いカーネーション?」

 思わず聞き返してしまった。
 お客さんが、どんな花を買おうと、けして聞き返したりはしない。花屋の仁義だ。
 でも、めいちゃんは商店街の幼なじみなんで、思わず口に出てしまった。

 めいちゃんのお母さんは、めいちゃんを生んですぐに亡くなっている。
 だから、めいちゃんが母の日に買っていくのは決まって白いカーネーションだ。
 めいちゃんにはこだわりがある。めいちゃんちは喫茶ロンドン。で、あたしは、お店に飾る花を週一回デリバリーしている。
 だから母の日のカーネーションだってデリバリーの注文の中に入れておけばいいんだけど、めいちゃんは、母の日の朝に自分で買いに来る。
「ああやって、結衣ちゃん(亡くなったお母さん)との絆を大切にしてるのよ」
 お母さんはしみじみと言う。あたしも、そのしみじみで納得していた。

 それが、今日は「赤いカーネーションお願い」だったので、反射的に聞き返してしまった。

「あ……えと、お客さんに頼まれたの。う、うちのは当然白だから、白もお願いね」
「あ、そか。どうも、毎度ありがとうございます」
 普段の接客モードに戻って、赤と白のカーネーションをめいちゃんに渡した。

 ほんとうなら、これで済んでいた。

「あーちゃん、配達お願い、これね」
 お昼ご飯にしようと思ったら、お母さんに頼まれた。お父さんはお姉ちゃんを連れて結婚式場の配達にいっているので、あたししかない。
「うん、分かった」
 冷凍庫から取り出したばかりの大盛りナポリタンを戻して、伝票と白いカーネーションの花束を受け取った。

 お母さんの手前、営業用の笑顔で受け取ったけど、原チャのハンドルを握るあたしは仏頂面だ。

 なんせ配達先は清龍墓苑、つまり相賀市の墓地。でもって配達依頼人は相賀第一中学の水野教頭。入学式の飾り花で意地悪されたし、お礼に持たされた相賀カボチャでは、その重さのために行き倒れになって薮井医院でお尻にブットイ注射をされるはめになった。
「ああ、こっちこっち」
 水野先生は、ハンカチで禿げあがった頭を拭きながら、三列向こうのお墓から手を上げた。
「毎度ありがとうございます。ご注文のカーネーションです」
 さすがに営業用のスマイルでお花と代金の受け渡し。水野先生は、そのままお墓に活けて手を合わせたので、行きがかり上、あたしも手を合わす。
「そのまま、二列向こうのお墓を見てごらん」
 先生が、小さな声で呟いた。
「え…………あ?」
 二列向こうには、めいちゃんが赤いカーネーションを活けて手を合わせているのが見えた。
「百地くん、なにかあるんだよ。自然な形で声かけてあげてくれないか」
 水野先生は在学中から苦手だったけど、ときどき、こういう鋭いところがある。

「やあ、めいちゃん」

 声を掛けるところまでは自然にできたが、次の言葉を掛けようとして――グーーー――と盛大にお腹が鳴った。

 で、大笑いになって、めいちゃんの喫茶ロンドンで、冷凍ものではない特製ナポリタンをゴチになった。
「そんなにタバスコかけちゃ口から火が出るよ」
 あたしは辛好きなので、こうなっちゃう。
「辛い方がテンション上がるのよ」
 そう言うと、ハハハと笑いながら、めいちゃんは、いきなり話の核心を吐き出した。

「あたし、お母さんは生きていると思うようにしたの。ううん、生きていることに気づいたの」

 めいちゃんは、おだやかにパスタをフォークに絡めていった……。

 ※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年

 岩見   甲(こうちゃん)    鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子

 岩見 こざね(こざねちゃん)   鎧屋の娘 甲の妹

 沓脱  文香(ふーちゃん)    近江屋履物店の娘

 室井 遼太郎(りょうちゃん)   室井精肉店の息子

 百地  芽衣(めいちゃん)    喫茶ロンドンの孫娘

 上野 みなみ(みーちゃん)    上野家具店の娘

 咲花 あやめ(あーちゃん)    フラワーショップ花の娘

 藤谷  花子(はなちゃん)    西慶寺の娘

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