大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

かの世界この世界:195『桃太郎二号の世界』

2021-07-10 09:40:57 | 小説5

かの世界この世界:195

『桃太郎二号の世界』語り手:テル   

 

 

 

 北、島根県の方角に向かうイザナギさんたちを見送って振り返る。

 え?

 驚いたことに陸地が無くなって、一面の海が広がっている。

 

 たしかに四国から瀬戸内海を渡ってきたから、山を背にして振り返れば海が見えてもおかしくはないのだけど。

 ここに来るまでに半日以上は歩いている。その半日分の陸地がきれいさっぱり無くなって、目の前には渺茫とした海が広がっているばかりだ。

 もう一度振り返ると、後ろの道は、ほんの五メートルほどしか無くて、その向こうは風景が描かれた書割でしかない。

 それ以外は、ぼんやりしたオフホワイトの空間があるばかり。

 小学生がパソコンの授業で、とりあえず画面の中に適当に海と背景の陸地を作りましたという感じだ。

「お、お伽話の世界だからな、ロ、ロケーションはシンプルなんだ(#'∀'#)」

「桃太郎二号」

「な、なんだ!?」

「貴様、鬼退治の意味わかってるか?」

 なんだかヒルデが怖い。

「あ、そうだ、キビ団子だな。家来にしたら、すぐにキビ団子やらなくっちゃな。なんせ、鬼退治は初めてだから、ま、カンベンしろ、ほれ、キビ団子……くそ、婆ちゃん、片結びにしたから、解けねえ……」

 焦りまくって腰の袋を開けようとする桃太郎二号。

「キビ団子はあとでいい。このブリュンヒルデの言葉を聞け」

「ブリュンヒルデ……かっけー名前だな!」

「桃太郎も悪くは無いよ」

 横からフォローしてやる。

「お、おう……二号だけどな」

「貴様、鬼を退治するというのは、鬼からなにかを守りたいからだろう」

「おう、ったりめーじゃねえか、んなこと」

「その、守りたいものがなにも見えないぞ、ここは」

「んだと!?」

「単純な海と、書割の背景があるだけだ」

「それは……」

 言葉に詰まる桃太郎二号を見て、わたしも思う。

 ムヘンから、この方、ヒルデとわたしたちが歩んだ道のり……それに比べると、たしかに桃太郎二号の世界は、まるで中身が無い。

「そう言えば、鬼の姿……鬼ヶ島も見えないようだ」

「…………」

「テル」

 ヒルデは、書割の手前まで下がると、わたしを手招きした。

「ん、なんだ、おまえたち(;'∀')?」

 後ずさったヒルデとわたしを不安げに目を向ける桃太郎二号。

「水平線の向こうを見ていろ」

「あ……」

 水平線の向こうから墨を落としたようなシミが湧きだして、あっという間に海の上を黒雲のように覆いつくした。

「わたしとテルが居るから安心していたんだ。こうやって、少し退いただけで、不安が黒雲のように広がってしまう」

「不安の正体は?」

「考えるのも怖いようだな、具体的なイメージを結ばない……とりあえず、鬼なんだ」

「それで、どうする?」

「行くさ。こいつが納得する鬼退治をやらないと、ここからは出られないような気がする。おい、桃太郎二号」

「な、なんだ(;゚Д゚)」

「海を渡る、とりあえず舟を出せ。水平線の向こうに行くぞ」

「お、おう」

 パチン

 

 桃太郎二号が指を鳴らすと、戦艦大和が現れた……。

 

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 

 

 

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かの世界この世界:194『桃太郎二号』

2021-07-02 09:15:30 | 小説5

かの世界この世界:194

『桃太郎二号』語り手:テル   

 

 

 なんともだらしない桃太郎だ。

 

 鎧は脱いでしまって籠手と脛当(すねあて)だけの小具足姿。

 直垂(ひたたれ)の前ははだけてしまって、汗みずくのTシャツが覗いている。

 Tシャツにはプリントされた文字の一部が覗いている。

 文字は……たぶん『働いたら負け』だ。

 この文字は二行に跨っているせいか、それぞれ右半分左半分しか見えなくても意味が分かる。

 アイマスの幼女キャラが、このTシャツを着ていたので憶えているわたしは……ちょっとオタク?

 

「関りにならない方がいいようだね……」

 イザナギさんが、ソロリ、わき道に入って行こうとして、わたしたちも無言でそれに倣う。

「おい、そこのテメーら! 無視すんじゃねーよ!」

 声だけなら、それでも無視するんだけど、桃太郎はドタドタと駆け寄ってきて、ケイトのシャツの裾を掴んでしまった。

 

「おまえたち、オレのお供決定な!」

「なに?」「なんだ!?」「いやだ!」「断る!」「なんで?」「カサコソ!」

 五人五様プラス背嚢のタングリスが応えるが、桃太郎はかまっちゃいない。

「わき道には、センサーがしかけてあってよ。踏んだら『承諾』のサインが点くようになってんだよ!」

 足元を見ると『承諾』と書いてある。

「桃太郎くん、これじゃ、なんの承諾か分からないと思うんだが(^_^;)」

 イザナギさんが穏やかにたしなめる。

「よっく、見てみろよ」

「「「「ん?」」」」

 四人で見下ろすと『承諾』の文字はゆっくり流れてリピートしている。

 

 ……とみなす……ここを踏んだら 桃太郎のお供になることを承諾したものとみなす……ここを……

 

「さ、詐欺だ!」

 ケイトが唇を震わせながら抗議する。

「ふ、震えんじゃじゃ、ね、ねーよよよ……」

 ケイトの震えが伝染した震え声で桃太郎。

「仕方がない、とりあえず、話だけでも聞いてやりますか」

 イザナギさんが触れると震えは停まって、桃太郎が居た木陰まで行って話を聞くことにする。

「手短にな、わたしたちにも使命があるのでな」

 ヒルデが『使命』と言ったのでイザナギさんは、ちょと感動の様子。

「お、おう(-_-;)……えと……」

 ぞんざいに見えるが、話を手短にまとめようと焦っている。

「オレはな、桃太郎二号なんだ」

「「「「二号?」」」」

「一号はお婆さんに拾われて無事に桃太郎になった。よくできた奴なんで、爺さん婆さんが『蝶よ花よ(^▽^)/』て大事にしてな、鬼退治なんかには行かせねえ」

「おまえが二号っていうのは?」

「一号のあとに、もう一個桃が流れてきたと思え」

「あ、それが、おまえなのか?」

「婆さんは、二つも桃はいらねえ。無視しやがった」

 プ

「笑うな!」

「すまん、続けろ」

「それで、もっと川下の方に流されて、桃は腐りかけてきた。それを見て気の毒に思った別の婆さんが拾って、家に持って帰って、爺さんといっしょに桃を割って、出てきた瀕死の桃太郎がな……おれさま……ってわけよ」

「それでクサってたわけか……」

 プププ(* ´艸`)!!

 ケイトに悪気はないんだけど、二号桃太郎の本質を突いてるので、またも笑ってしまう。

 今度は、抗議する元気もなさそうだ。

「そのお前が、なんで鬼退治?」

「うちのジジババは真面目なんだ……真面目だから、腐りかけた桃も拾ってくれたし、この歳までニートしてんのも文句言わなかったし……世の中が桃太郎を望んでるのを無視することもできねえしな」

「それで……」

「でも、ずっとニートやってたし、二号だし……なかなか、お供のなり手がなくってよ……」

 

 そうか……

 

「よし、お供になってやろう!」

「姫!?」「ヒルデ殿!?」「ええ!?」「ヒルデ!?」「カサコソ!?」

 みんな驚いた。

「ただし、着いていくのは、わたしとテルの二人だ」

「え?」

「あのセンサーを踏み込んでいたのは、わたしとテルの二人。他の三人はわき道に踏み込んでさえいなかった。だから、わたしとテルの二人がついて行ってやる。文句はないだろ」

「姫!」

「タングニョースト、イザナギさんと先に進んでくれ。なあに、さっさと鬼退治を済ませて合流するさ」

「それじゃ、わたしたちも」

「だめだよ、イザナギさん。あなたの使命も重要だ。必ず、黄泉比良坂に着くまでには間に合わせる」

「ヒルデさん……」

 

 我々は、しばらく別行動をとることになった……。

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
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かの世界この世界:193『舟をこぐ』

2021-06-26 09:14:59 | 小説5

かの世界この世界:193

『舟をこぐ』語り手:テル   

 

 

 

 平家が乗り捨てた舟がありますよ。

 

 岡山に渡る舟に困っていると言うと、与一は海辺まで案内してくれる。

「与一ですから、余りものを見つけるのはうまいんです(^_^;)」

 自虐的なんだけど、与一が言うと、なんだか和む。

「平家の大半は舟で逃げてしまいましたが、討ち死にした者や四国の内陸に逃げた者もいますからね、舟は余っています」

 大型の船は源氏が輸送用に接収しているが、十人程度が乗る舟は結構残っている。

「では、お気をつけて」

 自分の事は聞かれるままに話してくれた与一は、こちらの事情は、ほとんど聞くこともなく、穏やかに送り出してくれた。

 

「わたしが漕ぎます」

 

 命ぜられたわけでもないのに、タングニョーストは舟の後ろに回って漕ぎ始める。

「背嚢持ちましょうか?」

 ケイトが申し出るが、ゆるく首を振って、こう言う。

「いいや、こうやって担いでいると、タングリスと話しているような気になれるから」

 グイっと艪を握る手に力が入る。背嚢の中の骨もカサリと音を立てて、超重戦車ラーテを二人で操縦していた時のような感じになる。

 ムヘンの流刑地で出会ったのが、ずいぶん昔の事のように思われる。

 その、ずいぶん昔から、タングリスとタングニョーストは、永遠のバディーなんだろう。

 

 瀬戸の海は夕凪、小さな舟だけど、ほとんど揺れることもなく進んで行く。

 あまりの穏やかさに、みんな寡黙だ。

「ふふ、ケイトが舟をこいでいるよ」

「え?」

 イザナギさんの言葉にヒルデの頭に『?』が立つ。

「コックリコックリ居ねむるのを『舟をこぐ』って言うんだよ」

 説明してやると、タングリスと見比べて納得するヒルデ。

「なるほど、艪を漕ぐのに似ているな」

「はは、うまいこと言いますね」

 また、カサリと音がして、タングリスも笑ったようだ。

「北欧の海とは、まるで別物だな」

「これでは、エーギルもポセイドンも棲みようがないでしょう」

「そうだな、あいつらは、荒海でなければ窒息してしまうだろう。もし、やつらを連れてくるとしたら、武器は取り上げなければならないな」

「そうですね、あんなフォークの親玉みたいなの持って泳ぎ回られたら、この穏やかさは台無しです」

「海は海神(わだつみ)という子に任せているのですが、恥ずかしがり屋で、まだ姿を見せません」

 恥ずかしがりの神さまで間に合う海はありがたいなあ……と思っているうちに、舟は岡山の宇野に着いた。

 

 児島湖を右に見て少し行けば岡山は目と鼻の先だ。

 

 峠を越えると、なんだかヤケクソで呼ばわっている子どもの声が聞こえてくる

「なんだ、あいつは?」

 ヒルデが眉を寄せる。

 ヒルデは、ヤケクソとかミットモナイが頭に付く奴は嫌いなのだ。

 

「お供になるやつ、絶賛大募集! 三食昼寝付き! 経験者優遇! だけど、未経験者でも優遇すんぞ! 給料は岡山名物のキビ団子! 定員に達し次第締め切りだぞ! 早いもん勝ち! もう! だれかいねえかああああああああ!!」

 それは、ヤケクソでお供を求めている桃太郎だった……。 

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
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かの世界この世界:192『的にも運にも』

2021-06-21 09:54:34 | 小説5

かの世界この世界:192

『的にも運にも』語り手:テル   

 

 

 与一に会ってみたい!

 

 ツボにはまったヒルデが虫を起こす。

「時間は大丈夫でしょうか?」

 あるじの我がままに、タングニョーストが気を遣う。

「大丈夫ですよ(⌒∇⌒)」

 イザナギは穏やかに応える。

 一刻も早く黄泉の国に向かって、イザナミを取り返したいはずなのに。

 日本人というのは、もう、神代の昔から、こうなんだ。

「では、さっそく!」

「わたしから連絡しましょうか?」

 ペギーがスマホをヒラヒラさせる。

「スマホ、使えるの?」

「アハハ、業務用ですから」

 どうやら、源氏の陣地にスタッフを派遣しているようで、すぐに話がついた。

 

「こんなに端っこなのか?」

 

 与一の陣屋は、源氏の本陣の端っこの端っこ。学校で言えば、校舎裏の学級菜園でもありそうなところだ。

「わざわざ来てくださってありがとうございます。幔幕だけの狭い陣屋ですが、どうぞ奥に……」

 ツギハギだらけの幔幕は、わたしが見てもみすぼらしいんだけど、ヒルデは感心している。

「うん、パッチワークのようで、なんだかオシャレだ!」

 シャイな与一はお茶の用意をしながら微笑むばかりだ。

 なんだか、潰れる寸前の喫茶店の気弱なマスターという感じで、とても華々しく扇の的を射落とした英雄には見えない。

「あれは、狙ってやったことなのか?」

 ヒルデがドストレートな質問をする。

「狙わなきゃ当たらないよ」

 なにをバカな質問という感じで、ケイトが茶々を入れる。

「ハハ、ほぐしてくれてありがとう。慣れないことをやって、ちょっと緊張していましたから」

 アハハハ

 与一の正直で穏やかな態度に、微笑みが湧いてくる。

「地元での呼ばれ方は『与太郎なのです』」

「与太郎?」

 日本語の機微が分からないヒルデは、自然な疑問を呈する。

「ゲゲゲの与太郎!」

 ケイトのスカタンが続く。

「日本では、長男を『太郎』と呼びます」

「そうね、次男は『二郎』で三男は『三郎』という感じね」

 わたしが続ける。

「そうか、義経の九郎義経っていうのは九男という意味になるんだ」

「まあ、そんな感じですね」

「与一の与は?」

「はい、十番目以下という意味です。十一郎というのは語呂が悪いですから」

「上に、十人も兄が居るのか?」

「はい、家を絶やさないために、どこの武士も大勢子供を作ります。でも、普通は五六人。八人も居れば多い方で、十人以上というのは珍しいですね」

「与というのは『余りもの』という響きがありますね」

「はい、だから、普通は与太郎という呼び方が多いようです」

「与一と与太郎、どう違う?」

「それは……」

 答えにくそうに俯くので、わたしが後を続ける。

「与太郎と云うのは落語なんかに出てくる、憎めないが、どこか抜けている三枚目に付ける名前だよ」

「お恥ずかしい(^_^;)、まあ、それで戦に出る時などは『与一』と、ちょっとオシャレな名乗りにしております」

「そうか……しかし、あれは見事だった。単に命中させたというだけではなくて、殺伐とした戦場を戦士の美学で飾った。奇襲に負けた平家にも一掬の華が残った。ブァルキリアの戦士としても、教えられるところが多かったよ」

「は、恐縮です」

「どのくらいの自信があったのですか?」

 タングニョーストが身を乗り出した。

「半々というところです。元来が与太郎ですから、外したら笑われておしまいです。もう、これ以上落ちることもありますまいから」

 なんか、自虐的だ。

「わたしは十一男ですし、母は、兄たちの母と違って低い身分の出なので、父の遺産の相続は見込めません。行く末は、兄たちの郎党になって戦働きをするするか、百姓をするしかありませんが、母が病弱なもので……」

「そうか、名を上げて収入を増やすしかないのだな」

「はい、実は、今度の事で兄たちとは別に領地がいただけそうで、ちょっと嬉しんです」

「そうか、それは何よりだったな」

「与一どの、あなたの弓を見せていただけませんか」

 タングニョーストが戦士らしい申し出をする。

「あ、はい。遠目には綺麗な弓に見えていますが……」

 与一が差し出した弓は、あちこち塗が剝げているが、手入れはきちんとされていて好感が持てるものだ。

「これは……なかなかの強弓ですね」

「はい、五人張りです」

「五人張り?」

 ケイトがスカタンな質問。

「弦を張るのに五人の力が要るという意味です」

「す、すごいんだ!」

「強い弓でないと、的にも運にも届きませんから」

「的にも運にもな……」

 ヒルデが、しみじみと嚙み締めた。

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
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―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
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かの世界この世界:191『屋島の戦い・3・扇の的』

2021-06-15 09:27:46 | 小説5

かの世界この世界:191

『屋島の戦い・3・扇の的』語り手:テル   

 

 

 一丁艪の船には水手(かこ)と女官が乗っていて、ゆるゆると進んでくる。

 

 海の平家と浜の源氏の間に至ると、船足が停まり、女官がすらりと立ち上がる。

 口が開いたかと思うと、静かに舞い始めた。

 謡曲か何かなのだろうけど、口の動きだけでは令和の高校生には分からない。

 いや、たとえ聞こえても源平時代の謡曲など分かりようもないんだけど、さすがは源氏の武者たち。

 女官の口の動きと舞の所作で分かるようで、静かに見いっている。

「これが戦なのか?」

 呆れたような感心したように、タングニョーストは静かに腕組みをする。

 ヒルデは柵ギリギリのところで、腰に手を当てて女官の舞を注視する。

「揺れる船の上で足を取られることもなく舞っている、なかなかのものだ……」

 ケイトも食べかけのうどんを箸に挟んだまま腰を浮かし、うどん屋の女亭主は、そんな我々を後ろで見ながらニコニコ。

 見事に舞い終ると、舞扇を閉じて帆柱の赤字に白丸の扇を示した。

 ヒルデとタングニョーストは、器用に柵の上に飛び乗り、揃って小手をかざす。

「ほう、あの扇を射落としてみろというわけだな」

「700ヤードはあります、ゴルフで言えばパー5のロングホールをホールインワンで決めろと言うようなものです」

「アルテミス(ギリシア神話の弓の女神)でも無理だろ」

「ウル(北欧神話の弓の男神)でも尻込みします」

「欧州の勇者は、感想を言うだけでもカッコいい……」

 イザナギさんは苦笑いして頭を掻いた。

 国生みの男神としては、いささか威厳に欠けるんだけど、初代日本のお父さん的な力の抜け方は好きだ。

 

 浜の源氏の軍勢は、この徴発を受けて、少しざわめいていたが、やがて、一人の武者が現れたかと思うと、ジャブジャブと馬にまたがったまま海に乗り出した。

「あれを射落とそうというのか!?」

「姫、暴れては、柵から落ちます!」

「構うな!」

 タングニョーストはタングリスの入った背嚢を担いでいるので、暴れられてはかなわない。

 イザナギさんとケイトが手を差し伸べて背嚢を預かろうとするが、タングニョーストは困りながらも――けっこうです――と手を振る。

『やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは、那須の国の住人にして御家人の末席を汚す、那須与一宗隆なり。今より、あの軍扇を射落とすものなり、源平いずれの方々も、両の眼(まなこ)豁然と開いて御覧じろ。もし、この与一、一閃にて射落とすずんば、腹掻っ捌いて高松の浜の魚の餌になろぞ。いざ、平家の女官殿、尋常に勝負勝負!』

 ウオオオオオオ!

 見事な名乗りに、源平双方から感嘆の声が上がる。

「か、カッコいい!」

「手に汗を握ります!」

「こんど、ラグナロクで、あれをやってみよう!」

 ヴァルキリアの主従は興奮の絶頂になった。

 

 キリキリキリ……

 

 丘の上のここまで弓を引き絞る音が聞こえる。

 与一がいっぱいまで弓を引き絞ると、源平双方のみならず、丘の上の我々も呼吸を忘れて見入ってしまう。

 うどん屋の釜の湯気さえ停まったかと思う瞬間、与一の矢が放たれた。

 

 ヒョーーーーーーー

 

 鏑矢は、獲物に飛びかかる鷹の声のように音を引いて飛んでいく!

 

 フ

 

 音もなく扇が吹き飛んで、それに、一瞬遅れて命中の音。

 

 トス

 

 ひらりひらりと舞いながら扇は海面に落ちて、やっと、源平両軍から歓声の声やら船端やら箙(えびら)やらを叩く音が、高松の海と浜と空に満ちた。

「か、かっこいい! めちゃくちゃカッコいいぞ!」

 ヒルデは、柵の上で飛び上がったりバク転をし、涙さえ浮かべて感激した。

 タングリスも惜しみなく拍手を送りながら、間隙を発した主人を眩しく見ている。

 ケイトもうどんの鉢を持つ手はそのままに、脚を震わせている。

「よし、今日は、うどんの無料奉仕だよ!」

 うどん屋のカミさんが吠える。

 吠えた、その顔をよく見ると、荒れ地の万屋のペギーだったりした。

 

☆ 主な登場人物

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―― かの世界 ――

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かの世界この世界:190『屋島の戦い・2・讃岐うどん』

2021-06-09 09:01:22 | 小説5

かの世界この世界:190

『屋島の戦い・2・讃岐うどん』語り手:テル   

 

 

 高松湾に浮かぶ屋島と高松の町の両方を臨む丘の上からカツオ出汁のいい匂いがしてくる。

 讃岐うどんに違いない!

 匂いにつられて、小高い丘に上がって見ると、全国展開している讃岐うどんの出店が湯気を立てている。

 

 神代の時代に千年先の源平の合戦が見られることも不思議だが、我々の空腹に合わせて讃岐うどんの出店が現れるのは、もっと不思議だ。

「アメノミナカヌシ(天之御中主神)さまのご依頼で、時間限定で出店しています」

 なんだか懐かしい雰囲気の女性店長が、釜の火を調整しながら説明してくれる。

「アメノミナカヌシの神が!?」

 イザナギさんが感激して目を潤ませる。

「アメノミナカ……って?」

 ケイトが首をひねる。

「イザナギさんの前に出てきた神さまで、カオスの世界を天と地に分けた方だよ」

「あ、ケイトが出てくる前の……」

 そう言えば、この世界に放り込まれた時は、まだイザナギさんは出現していなくて、わたし一人だったな。

 ほんの少し前の事なのに、ひどく懐かしく感じる。

「たこ焼きもいい香りだったが、ここの香りは、いっそう食欲をかき立てるなあ」

「姫、よだれが」

「ああ、すまん」

 タングニョ-ストが差し出したハンカチでヴァルキリアの姫騎士がよだれを拭く。女店長がバイト店員といっしょにトレーを運んでくる。

「はい、讃岐うどんの朝定食セットです」

 バイト店員も店長に負けない明るさでメニューを説明してくれる。

「ハイカラうどんとご飯、お味噌汁、生卵、ちくわの天ぷら、お新香、味付け海苔のセットになりま~す。ご飯は、お替り自由ですから(^▽^)/」

「この、ヌードルの上でクネクネしているものはなんですか?」

 タングニョーストが、ちょっと気味悪そうに聞く。

「鰹節です。讃岐うどんはカツオ出汁ですから、トドメのおいガツオってとこです」

「なんだか、かんなクズのような……」

「魚を干して削ったものだよ、試しに、それだけ食べてみて」

 勧めてやると、一つまみ口の中に入れるタングニョ-スト。

「……なんと、豊かな香りと味わいだ!」

「「「「「いただきまーーす!」」」」」

 声を揃えて朝ごはんをいただく。

 

 眼下の陸と海では源氏と平家の軍勢がにらみ合っている。

 沖の方には、ようやく対岸からやってきた源氏の軍船も姿を現わして、陸の義経軍と挟撃の構えをとりつつある。

「平家の方には勝ち目はないのではないか?」

 真っ先に食べ終わったヒルデが身を乗り出す。

「うん、でも、このままでは終わらないと思う……」

 乏しい知識が、これでは終わらなかったと呟いている。

 

 あれ?

 

 ちょっとしたことに気が付いた。

 丘の義経軍と沖の源氏の船団は白、海の平家は赤のシンボルカラーの旗をなびかせている。

 これに不思議はないんだけど、源平双方に、ネガとポジと言っていい扇が竿の先に掛けられているのに気が付いた。

 扇は一つではなく、海上では船ごとに、陸では一個小隊に一つという具合に数が多い。

 さらに、多くの将兵が、ヨロイの袖に同じ意匠の小布(こぎれ)を付けている。

「敵味方の識別のためだな……」

 さすがにヒルデは察しがいい。

 ヴァルキリアでは、甲冑も衣装も同じ意匠のものを使っている。いわば制服で、敵味方の識別は一発で出来る。

 ところが、日本の将兵は、個人個人の武装で、見た目には敵味方の区別がつきにくい。

 そこで、扇や袖印で区別をしているんだ。

 

 気を引かれたのは、その、両軍の扇だ。

 

 源氏は白地に赤丸。

 平家は赤地に白丸。

 

 実に分かりやすい。

 ええと……わたし自身、なにかこだわりがあったような気がするんだけど、すぐには思い出せない。

 なんだったんだろう……?

 思っているうちに、平家の軍船が一艘だけ進み出てきた。

「あの舟はなんだ?」

 ヒルデが、同じように関心を持った。

 舟には、漕ぎ手の他には装束を整えた女官が乗っていて、不安定な舟の上だとは思えないくらいに優雅に舞っている。

「「ほほう……」」

 ヒルデとイザナギさんが揃って腕を組んだ……。

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 

 

 

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かの世界この世界:189『屋島の戦い・1・奇襲』

2021-06-03 08:49:48 | 小説5

かの世界この世界:189

『屋島の戦い・1・奇襲』語り手:テル   

 

 

 目の前の情景は現実ではない。

 

 義経軍は未明の高松の町に火を放ちつつ屋島へ殺到しようとしている。

 瀬戸内海対岸、兵庫県の一の谷から逃げて四国の屋島に籠った平家は、海の方角だけを警戒していた。

 まさか、背中を向けていた高松の方から攻めてくるとは思ってもいない。

 まして、昨夜来の嵐は、明け方になって、ようやく静まり始めたところで、一の谷から船を出して追ってきたとしても、到着は昼過ぎになるだろうと平家は踏んでいる。

 それが、もう背中に匕首(あいくち)を突き付ける勢いで迫ってきているのだ。

 火を背景に迫って来る軍勢は、実際よりも多く見えるし、狂暴に感じる。

 一の谷でも、海を警戒していたら背後の鵯越(ひよどりごえ)の崖の上から襲い掛かられ、ほうほうの態で屋島に逃げてきたのだ。その大敗北の記憶が、火を背景に迫って来る軍勢を、ことさら大きく見せている。

「げ、源氏の軍勢だあ!」

 平家の軍勢は、ほとんど手向かいすることもなく、蟻のように海に逃れ、海に張り出した天然の要害・屋島は易々と義経の手に落ちた。

 

「鮮やかな勝ちっぷりだ!」

 

 ヒルデが大感激のあまり、ブルブルと身を震わせている。

 横目で、チラリと覗うと、突然の恋に落ちたように頬を染め、目を潤ませている。

「姫以外に、あのような戦いができる武人がいたのですね、それも、こんな遥か極東の地に……」

 タングニョ-ストも信じられないという顔をして、ヒルデの後ろに控えている。

「義経をブァルキリアの戦士に、いや、一方の将軍に迎えたい!」

「わたしも同感です!」

 主従の意見が感動と共に一致して、昼のチャイムと共に学食のランチの列を目指す三年生のように地を蹴った。

「待って! あれは幻だから!」

「グ、幻!?」

 呼び止めると、つんのめりながら振り返り、止めたわたしを敵のように睨んでくる。

「あれはね、イザナギさんの国造りがうまくいけば、千年ほど先に見られる戦いなんだ。いわばPV、予告編だ」

「よ、予告編か」

「せめて、大将・義経の顔を拝みたいもにですねえ」

 タングニョ-ストも歴戦の軍人らしく残念がる。

「義経てのは、反っ歯の小男で(^▽^)/……」

 ケイトがバラしそうになる。

「なにを、デタラメなことを(^_^;)」

「ちょ、なんで……フガフガ……」

 口を塞いでひっくり返してやる。

「なんで、そんなことを知って……」

「小学校のころ『マンガ日本の歴史』で……」

「そうか、でも、夢を壊すな!」

「う、うん」

「そうか、わたしが作ろうとしている国は、そういう英雄が大活躍する偉大な国なのだな……心してかからなければな」

 イザナギさんが神妙な顔になって、帯と太刀の緒を締め直して、キリリとした。  

 さすがに国生みの神、キリっとすると中々のもので、大河ドラマの主役のように見える。

 

 グウウウウウ

 

 と、思ったら、派手にお腹が鳴って、締めたばかりの帯と太刀の緒がずり下がって、ポッコリとお腹を出してしまう。

 ま、まあ、愛すべき神さまと理解しておこう(^_^;)。

「そう言えば、朝食もまだだった。このあたりは、讃岐うどんが美味しいはずだな……」

 日本神話の英雄は、再び帯と太刀の緒を揺すりあげると、彼方を窺いながら鼻をクンクンさせた。

 

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 

 

 

 

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かの世界この世界:188『疾走! 屋島を目指して!』

2021-05-28 10:00:08 | 小説5

かの世界この世界:188

『疾走! 屋島を目指して!』語り手:テル   

 

 

 嵐の中、屋島を目指して進撃する義経軍を追うようにして西北西に進む。

 

 右手に見えるのは鈍色の海と空。

 ようやく背後から夜が明け始めているんだけど、治まりきらないきらない嵐の為に空と海の狭間は定かではなく、砕けた波しぶきが雨と混ざって頬を濡らしていく。

 身に着けた衣類も背中の背嚢も水を含んでグッショリと重くまつわりつくようなのだが、不快には思わない。

 小学校のプールでやった着衣泳、服を着たままプールに入るのが新鮮で、高揚したのを思い出す。

 ムヘンでの冒険にも高揚感はあったけど、それとは違う。

 異世界とはいえ、ここは日本だ。

 自分の国の風土の中で冒険するというのは格別なのだろう……思うけれどもしまい込む。

 一刻も早く、瀬戸内海を渡って本州の土を踏み黄泉の国を目指さなければならない。イザナミを連れ戻してイザナギとの国生みを完遂させなければ、この物語は破綻……いや、消滅してしまうかもしれない。

「嵐が収まったのか、対岸が見えるぞ」

 ヴァルキリアの姫騎士には戦の嗅覚がるのだろう、疾走しながらも周囲の景色や状況が冷静に見られているようだ。

「あれは小豆島だよ。後にミカンの名産地になる」

「ミカン……オレンジのことですか?」

「ああ、オレンジよりも小振りだけども、味がいい」

「オレンジ以外にも懐かしい香りが……」

 タングニョ-ストも、疾駆しながら余裕の観察。

「オリーブの栽培でも有名になるからね」

「美しい海だ。名前はなんと?」

「瀬戸の海、つづめて瀬戸内海とも」

「うん、やさしい響きだ」

「船に乗って嫁ぐ花嫁と島の分教場が似合う海だよ」

 ……ああ『瀬戸の花嫁』と『二十四の瞳』のことか。お祖母ちゃんが好きだったなあ。

「中国の役人が初めて瀬戸内海を通った時に『日本にも大きな川があるではないですか』と褒めたことがある」

「川だと?」

「晴れていれば、真ん中を通っても両岸が見える。大陸の感覚では黄河とか長江なんでしょうね」

「フフ、大きければいいというものでもないだろうに」

「あれは、なんですか?」

 タングニョーストが、島に広がる緑の縞模様を指さした。

「中国の役人も同じことを聞いたよ。同行した日本の役人が、船のデッキから指さして答えた『段々畑です』。島の農民が撫でるようにして段々畑を営んでいることが、役人には嬉しい。誇るべき勤労の成果なんですね」

「それは分かる、ブァルキリアの北欧でも、少しの平坦地でも利用して畑を作っている」

「中国の役人は、こう記録しました『耕して天に至る』」

「大げさだなあ」

「続きがあります」

「「続き?」」

 ヒルデとタングリスの声が揃う。

「『耕して天に至る、貧なるかな』と。島々の山の頂まで耕さなければならないのは、国が貧しいからだと憐れむんですね」

「失礼な役人ですね」

「フフ、面白い話だ」

 タングニョーストは憤慨し、ヒルデは面白がる。イザナギが時空を超えて日本のあれこれを知っているのも床しいことだけど、ケイトは話に付いていけない。

「なんだか授業を受けているみたいだ(^_^;)」

 わたしは、こういう会話が懐かしい。

 いつか冴子と、こんな感じで話ができる日々が戻れば……思った頃に高松の町が臨める峠に着いた。

 

 え!?

 

 眼下に見えたと思った高松の家々から火の手が上がったかと思うと、ほんの数十秒で町全体を呑み込むような煙になった。

「フフフ……義経というやつ、なかなか面白いことをやるなあ……」

 ヒルデが、同類を見つけたように笑った。

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 

 

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かの世界この世界:187『大毛島 義経軍の幻と共に』

2021-05-22 09:31:24 | 小説5

かの世界この世界:187

『大毛島 義経軍の幻と共に』語り手:テル   

 

 

 二キロ足らずの鳴門海峡を全力疾走で渡った。

 

 対岸の大毛島の砂浜に立って振り返ると、狭い海峡にはいくつも渦が巻いている。

 あの有名鳴門の渦だ。

 渡るどころか現物を見るのも初めてだった。

 ナルトと言えばコミックだし、学食の中華そばに入っている白地にピンクの渦が巻いている鳴門巻だし、鳴門巻が鳴門の渦にあやかっていたのは懐かしい思い出と共に記憶している。

「なんで、鳴門巻って云うんだろうね?」

 冴子がしみじみと言って笑ったのは、去年の四月。高校に入って初めて学食を使った時の事だ。

 定食はA・B共にニ三年生の勢いに列に並ぶこともできずに、麺類の列に並んで買ったのが中華そば。

 業務用粉末スープを溶いた中に、黄色い中華そば、ネギとモヤシの他には、それだけが彩の鳴門巻。

 冴子は鳴門巻の由来を知らなくって、解説してやると目をへの字にして面白がってくれた。

 なんだか、とても昔の事のように思い出す。

 解説したわたしも、本物のなるとの渦は、渡るどころか見るのも初めてだ。

「ここを走ってきたんですね……」

 歴戦の下士官であるタングニョーストも背嚢を揺すりあげて感心した。

 カサリ

「背嚢のタングリスも感心してるよ」

 骨と皮だけになったタングリスと、それを背負っているタングニョーストを気味悪がったケイトだけども、共に海峡を走破するという偉業をなし終えて、骨のこすれる音にも懐かしさを感じているんだ。

「タングリスがもうちょっと復活して肉が付いていたら渡れないところでした」

「タングニョースト」

「なんだい、テル?」

「わたしにも、戦友の温もりを感じさせてはくれないか」

「テルが?」

「うん、四号に乗ってムヘンの血を乗り切れたのは、いつも隣にタングリスが居たからなんだ。最初は、タングリスが操縦手で、砲手のわたしは、いつもタングリスの背中を見て戦った。ノルデン鉄橋でタングニョ-ストが転属してからは、車長席で、それこそわたしの背中に居た。それを少し偲べればと思ってね」

「そうか、それなら戦友も喜んでくれるだろう……じゃあ、少しの間頼もうか」

「テルの後は、ボクに!」

「ああ、じゃあ、高松からはケイトということで」

「おい、あれは!?」

 ヒルデが岩を挟んだ隣の砂浜を指した。

 イザナギが軽々と岩に登って様子を窺う。

「あれは、義経の軍勢だ。浜に乗り上げて、馬と兵を下ろしている」

「時空が錯綜している、義経がここに来るのは千年先のことだよ」

 歴史オンチのわたしでも、それくらいの事は知っている。

「話題にしていたのは我々だ、呼び寄せてしまったかな」

 目の前の浜で隊列を整えているのは幻だ。

 幻だけれど、まんまと平家の裏をかいた義経は一の谷に次いで奇襲に成功し、平家を壇ノ浦に追い詰める。

 これから、黄泉の国を目指してイザナミを取り返そうとする我々の心を大いに鼓舞してくれる。

 

 いざ、進め!

 

 紫裾濃(むらさきすそご)という、紫系のグラディエーションがオシャレな鎧の袖を翻して進撃の檄を飛ばす義経。

 ピカッ ゴロゴロッ!!

 折から起こった雷光が、兜の鍬形を煌めかせる。

 

 オオ!!

 

 雷鳴に和して、総勢百あまりの軍勢が北西に進路を取って駆け出した。

「威勢はいいが、100ほどの中隊規模でしかないぞ。テル、平家の軍勢は何人ほどだ?」

「ええと……」

 さすがに、高校生の知識では、そこまでは分からない。

「二万近くがいるはずだ」

「分かるんですか、イザナギさん?」

「ああ、源氏も平家も、わたしの裔の者たちだからね、ああやって幻でも現れると分かるようだね」

 そうだ、源氏は桓武天皇の、平家は清和天皇の子孫だ。

「さあ、我々も出発しようか」

 ヒルデが拳を上げて、我々五人の黄泉遠征軍も腰を上げる。

「タングニョ-スト、高松までの前方を敬開してくれ」

「承知しました!」

 身軽になったタングニョ-ストに、歴戦の下士官に相応しい役割を与える。

 殿のわたしに寄り添ってきて、そっと呟くように言った。

「よく、言ってくれた。ただ、交代しようと言うだけでは背嚢を渡さんかったよ、タングニョーストは」

「あ、いや……(^_^;)」

 さすがはヴァルキリアの姫騎士、全て読まれている。

 

 我々は、義経軍の後を追うようにして高松を目指した。

 

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

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  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
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かの世界この世界:186『淡路島阿那賀岬に立つ』

2021-05-16 09:23:07 | 小説5

かの世界この世界:186

『淡路島阿那賀岬に立つ』語り手:テル   

 

 

 淡路島の西の端に来た。

 海を挟んだ四国との間には、幅四キロほどの海が広がっている。

「ちょっとあるなあ……」

 ケイトが独り言めいてこぼす。

 ケイトの優しさなのだ。

 タングニョーストは背中にタングリス(骨と皮だけど)を背負っている。ほかにも装備品を身に着けているので、ちょっときびしい。

 我々は、オノコロジマから淡路島までは海の上を走ってきた。

 右足を出したら、その右足が沈まないうちに左足を出し、出した左足が沈まないうちに右足を出して進むという、超人的な技で走ってきたのだ。

 顔にこそ出さないが、キツイ、かなりキツイ(;'∀')。

 加わったばかりのタングニョーストはキツイどころの話ではないだろうし、たとえ思っていても、言い出しにくいだろう。イケイケのヒルデは気が付きもしないし、自分が言わなければと思ったのだろう。ちょっと成長したな。

「この先に阿那賀岬というのがある。そこからなら、半分の距離だ。行ってみよう」

 さすが、国生みのイザナギノミコトだ、まだできたばかりの国土を名前ごと掌握しているみたい。

 スマホもろくに使えない、この世界。高校二年生の地理的知識は小学生と変わりない。東京近辺ならともかく、関西の地形や地名には、ひどく疎い。

「ミサキとはなんですか?」

 タングニョーストが素朴な質問をする。

「ええと……」

 素朴すぎてイザナギは返答に困る。

「英語ではCAPEね」

 たまたま憶えていたので答える。

「うん、そうなんだけど、最初だから、もうちょっと突っ込んで説明するね」

 イザナギは、異世界からやってきた下級将校に出来のいい転校生に対するように接する。

「海に突き出た陸地の事でね、大きいのを半島という」

「ああ、半島なら分かります」

「小さいのを岬と呼ぶんだけど、もともとの意味は陸地の先っぽの『先(さき)』でしかないんだ。それにくっついた『み』は、尊敬の意味の『御』の字がくっついたものだ」

「地形を尊敬するのですか?」

「うん、海を行くときに目印になるのが岬なんだよ。岬を見て『目的の港が近い』とか『もう少しで目的地』だとか分かる。だからね、日本人は岬そのものを神さまのように感じて、岬の前を通過する時にはお酒を供えて手を合わせたりするんだ」

「そうなのか!?」

 今度はヒルデが感動した。

「岬の前と言うのは岩礁とかが多くて、遭難することが多いので、我々の世界では悪魔が住んでいるというぞ」

「それは……そちらの世界の人たちが冒険心に富んでいるからだろう。日本人は、そういう点では少し大人しいのかもしれない」

「冒険心も度が過ぎると、わたしのように勘当されたりするがな」

 アハハハ……神さま同士の労りのこもった社交辞令なのだろうけど、少しばかりヒルデの傷を見たような気がした。

 

「おお、これなら距離は半分だ!」

「はい、これならなんとか!」

 

 阿那賀岬の先に立って、ヒルデもタングニョーストも頷いた。

「のちの時代、源義経が四国に逃げた平家を追って海を渡ったところでもあるんだ」

 イザナギがものを投げるような仕草をすると、阿那賀岬の前を五隻の船で海峡を渡る義経軍の姿が浮かんだ。

「それって、屋島の戦いですか?」

 乏しい日本史の知識と結びついた。

「ああ、一の谷の戦いで海に追い落とされた平家は、高松の屋島に陣地を布いて、海から攻めてくる源氏に備えるんだが、義経は裏をかいて、大嵐の中、ここから阿波の国に渡って、陸地から平家を攻めるんだ」

「なるほど……」

 ヒルデはタングニョーストと説明を聞きながら砂浜におおよその地図を描いて納得している。

 さすがはヴァルキリアの姫騎士ではある。

 わたしも、参加してみたい気分になって、乏しい知識を喋ってしまう。

「二十世紀の終わりには、橋が掛けられてね、とっても便利になるんだよ」

「ああ、本四架橋!」

 ケイトが嬉しそうに同調してくれる。

「ここに橋を架けるのか!?」

「うん、神戸から淡路島へも橋が掛けられて、本州と四国は船を使わなくても行き来できるようになる」

「それは……」

「ここに橋を掛けるなんて、まるで神の御業のようだが……なんか、つまらんなあ」

 どうも、神さまと人間では感覚が違うようだ。

 

 我々は、タングニョ-ストの荷物や装備を分けて持ってやって、右! 左! と、気合いを入れて海の上を走って、対岸の讃岐に渡ったのだった。

 

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
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  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
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かの世界この世界:185『タングリスはどうした?』

2021-05-10 09:23:17 | 小説5

かの世界この世界:185

『タングリスはどうした?』語り手:テル   

 

 

「ありがとうございます、やっと人心地がつきました……」

 

 タングニョーストはアメノミヒシャクにかぶりついて、五分ほども飲み続けたあと、顎の雫を拭いもせずに、ひとまずの礼を言った。

「こちらは、この世界の主神であられるイザナギさまだ。人心地着いたら、ご挨拶しろ」

「これはご無礼をいたしました。自分は北欧の主神であるオーディン陛下の臣にして、ムヘン方面軍司令トール元帥の副官を務めております、タングニョ-ストであります。任務とは言え、無断で、こちらの世界に侵入して申し訳ありません。アメノミヒシャク、ありがとうございました」

「いや、こちらも、やっと国造りの緒に就いたところでね、ヒルデさんたちには大変助けていただいているんだよ。慣れない国生みで妻のイザナミを死なせてしまってね、まだまだ国づくりには妻の力が必要なので、黄泉の国まで迎えに行くところなんだ。よかったら、タングニョーストもいっしょに来てはくれないだろうか?」

「むろんです。姫がお決めになられたことであれば、その指揮のもとに行動するのは臣の務めでありますし、軍司令トール元帥の命じるところでもあります」

「ありがとう。それでは、しばらくの間、よろしくお願いするよ」

「ハ! 了解いたしました!」

 イザナギに正対して、ビシッと敬礼を決めるタングニョースト。ちょっと遅れて答礼するイザナギ……なんとも敬礼の似合わない神さまだけど、これが日本の神さまの大元だと思うと、ちょっと微笑ましい姿でもある。

「ところでタングニョ-スト、タングリスはどうした?」

 あ……わたしも気には掛けていたけど、ヒルデははっきりと聞いた。

 タングリスは、瀕死の重傷を負ったトール元帥に自分の体を食べさせたのだ。

 そういう宿命にあったとはいえ、森の中で大破した戦車の陰で、トール元帥に自分の体を与えていたタングリスの姿、そしてガツガツと音を立てながら貪っていた元帥の背中は日本人のわたしには、ちょっとトラウマになる光景だった。

「タングリスは、この背嚢の中であります」

 

 え!?

 

 これには我々も驚いた。

 タングリスはトール元帥に食べられて骨と皮だけになっている。その、骨と皮だけになったタングリスが入っているのかと思うと、ちょっとね……。

「タングリスも最後まで姫のお供をすることを希望しておりましたので、トール元帥が同道することを許可してくださいました」

「そ、そうか」

「骨と皮が残っていれば、環境が良ければ数週間で回復するよ。回復したら、よろしくな(^▽^)」

 ヒルデが背嚢を叩くと、カサカサと骨がこすれる音がした。

「タングリスも頑張るって言ってるみたい! 今の音は、笑顔になって顎の関節が動いた音だよ!」

 気味悪がっていたケイトも、骨のこすれる音で旧友と言っていいタングリスの気分が分かって嬉しいようだ。

 カサカサ ポロロン

「おお、手足の骨が動かして肋骨を鳴らして、相棒も嬉しいようであります(^▽^)」

 ムヘン組は和やかな気持ちになったが、イザナギは笑顔のまま頬が引きつっている(^_^;)。

 

 タングニョーストを交えて食事を済ますと、我々は西の対岸、四国を目指した……。

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 

 

 

 

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かの世界この世界:184『ボロクズと奇跡の柄杓』

2021-05-05 09:10:16 | 小説5

かの世界この世界:184

『ボロクズと奇跡の柄杓』語り手:テル   

 

 

 ズサッ!

 

 背後の草むらからボロクズが転がり出てきた。

 ウワアーー!! キャーー!! 汚ッタネーー!!

 楽しく美味しくたこ焼きパーティーを楽しんでいたところに、ゴミダメの底で腐っていたようなボロクズが飛び込んできたのだ。みんなたこ焼きのトレーを持ったまま飛び散ってしまった。

 ボロクズには手足が生えていて、背中の所がポッコリと膨れて、頭は廃棄寸前のモップのようにギタギタに絡んで悪臭を放っている。

 みず……みずを……水を……

 ボロクズが口をきいた!?

 そいつは肥えツボからやっと這い上がってきたドブネズミのように臭くてグロテスクだが……人の言葉を発している。

 どこかで聞き覚えのある……?

 最初に思い当たったのはヒルデだ。

「お、おまえは!?」

 ヒルデは、食べかけのたこ焼きトレーをほっぽりだすと、ドブネズミに取りついた。

「おまえ、タングニョーストではないか!?」

「「タングニョースト!?」」

 ドブネズミを抱き上げると、モップの毛のように汚れて絡み合った髪をかき分けて、そいつの顔を露わにして声をあげた。

「ひ……姫……やっと……お会い出来ました……」

「だれか、水を! タングニョーストに水を!」

「ヒルデ、これを!」

 ケイトが差し出したペットボトルは一瞬で空になって、ドブネズミのようだった顔の汚れが落ちて、タングリスと相似形の凛々しくも美しい美少女の面影が現れた。

 それは、紛れもなく、ムヘンの流刑地からノルデン鉄橋までいっしょだったトール元帥の副官にして超重戦車ラーテの操縦手であるタングニョーストだ。

「みんな、もっと水を!」

「これを」

 まだ手を付けていないペットボトルを渡して、ヒルデがタングリスの口元に持っていってやる。

 ジューー

 タングリスの唇が動いたかと思うと、水は一瞬で蒸発してしまう。

「リミッターが外れたんだ、もっと大量の水がいる」

「じゃ、これも」

「これも」

 飲みかけやら、手つかずのものやら、ペットボトルの水を与えるが、いずれも唇に触れるか触れないかで消えていく。タングニョーストの渇きは尋常ではない。

 もともとブァルハラのトール元帥に付き従っている軍人だ。並の飢えや乾きなどビクともしない。

 それが、ここまでボロボロになるのは生半可な旅ではなかったのだ。

「海の水じゃダメなんだろうね……」

 目の前には紀淡海峡の豊かな海が広がっているが、いかに豊かと言っても海水だ、使えるわけがない。

 しかし、そう思ってしまうほどに原初の日本は海水でさえ清々しい。

「ああ、ダメだろうな……」

 荒れ地の万屋ペギーが居れば、スポーツドリンクや天然水ぐらいいくらでも調達できるんだろうが、ここは次元の違う日本の異世界、望むべくもない。

「これを使え!」

 イザナギが差し出したのは神社の手洗所に置いてあるような小さな柄杓だ。わずかに水が入っているようだが、これでは口を漱ぐにも足りない。

「え、これは?」

 タングニョーストの口に当てがわれた柄杓からはコンコンと水が湧いているようで、彼女の喉は絶えることなくコクコクと動いている。

「奇跡の柄杓だ!」

 ケイトが目を丸くする。

「国の天地(あめつち)が固まったら、これで川の源流にしようと思った柄杓だよ。アメノミヒシャクとでも言っておこうか」

「ありがとう、イザナギ。これで、タングニョーストは生き返るよ」

 そうやって、水を飲ませていると、みるみるタングニョーストの汚れや穢れが取れていき、ボロボロだった野戦服も新兵のそれのようにキレイになって、ノルデン鉄橋で別れた時よりも凛々しく清げな女性兵士の姿に戻った。

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 

 

 

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かの世界この世界:183『淡路の浜でたこ焼きを』

2021-04-30 05:31:26 | 小説5

かの世界この世界:183

『淡路の浜でたこ焼きを』語り手:テル   

  

 

 

 やればできるものだ。


 ケイトの言う通り、右足を出して、それが沈まぬうちに左足を進め、左足が沈まぬうちに右足をという具合に交互に進めて行くと、背後のオノコロジマはアメノミハシラ共々霞の向こうに滲んで消えた。

「これは、淡路島を抜かしてしまって四国に着いてしまったかもしれない!」

 ちょっと興奮気味なイザナギは浜辺の砂をキュッキュッと踏みしめながら陸に上がっていく。

「ヤッタア(^▽^)/」

 無邪気なケイトは自分の水上歩行術が上手くいったので、足を痙攣させ肩で息をしながらも嬉しそうだ。

 セイ!

 小さく掛け声をかけえてジャンプすると、ヒルデは空中で一回転して地形を確認する。

 ズサ

「わるいがイザナギ、ここはまだ淡路島の南端だ。西の方、水道の彼方に四国の陸地が見えたぞ」

「そうなのか?」

「ああ、生まれて間もない世界なので、グラフィック的に言えばポリゴンが足りないのだろう。アメノミハシラは描写が凝っているから、必要なポリゴンが桁違いで切らざるを得なかったんだろうな」

 そう言えば、アメノミハシラは最初こそ寸胴の電柱のようだったけど、イザナギ・イザナミが国生みするころには、青々と葉を茂らせて巨木のようになっていた。あの描写がテクスチャでなく、木肌の凹凸、葉の一枚一枚を造形していたら、その負荷はテラバイト単位になっていただろう。安易に背景の壁紙にしてしまわないところに、この国を作っていく姿勢が現れているような気がする。

「なんだ、そうかあ……」

 現実を知ったテルが、ヘナヘナと砂浜に膝をついてしまう。

「よし、先はまだ長い。オノコロジマでは水も飲まずに出てきてしまった、ここで食事休憩にしよう」

「すまんな、イザナギ」

「いやいや、わたしの都合に付き合わせているんだしな。それに、こまめに食事休憩をしていれば、自ずと土地々々の産物を使うことになるだろうし、この国の発展にもつながると思う」

「そうか」

「じゃ、お言葉に甘えておこうか」

「うんうん(^▽^)」

「では、こんなもので……えい!」

 イザナギが指を一振りすると屋台が現れた。

「ええと、これは……」

 自分で出しておきながら、何の屋台か分からずにイザナギはインタフェイスのようなものを出してマニュアルを読みだした。

「たこ焼きのようだな……」

「「たこ焼き!?」」

 わたしとケイトはパブロフの犬のようにヨダレが湧いてくる。

「たことは……」

 北欧の戦乙女いは馴染みのない食べ物なので、いぶかし気にマニュアルを覗き込む。

「こ、これはデビルフィッシュではないか!?」

「デビル……?」

「ク、クラーケンだぞ!」

 思い出した。ヨーロッパでは、ごく一部を除いてたこを食べる習慣がないんだ。

 その名もデビルフィッシュ、悪魔の魚と名付けて恐れられている。その巨大魔物はクラーケンと言って海上の船さえ襲って海中に引きずり込むと言われている。

「いや、これは美味しいから(o^―^o)」

 ケイトが寄って来ると、早くもまな板の上にタコが実体化してウネウネと動き始めている。

「ヒエーーー!」

 あっという間にヒルデは淡路島の真ん中あたりまで逃げてしまう。

「あ、悪いことをしたかな(^_^;)」

「いやいや、作り始めたら匂いに釣られて出てくるよ、さっさと作っちゃおうよ!」

 たこ焼きモードに入ったケイトは不人情だ。

「じゃ、焼こうか!」

 イザナギが拳を上げると、たちまちタコは賽の目切りのユデダコになり、ボールの中には薄力粉を溶いた中に山芋が投入されて攪拌される。 

 やがて鉄板も程よく加熱されて、油煙を立ち上らせてきた。

「いくぞ!」

 ジュワーーーー!

「「おお!」」

 鉄板の穴ぼこに柄杓で生地が流される! 思わず歓声が出てしまう!

「よし、タコ投入!」

「イエッサー!」

 嬉々として賽の目切りのタコを投入するケイト、わたしは、言われもしないのにネギとキャベツと天かすと紅ショウガを手際よく投入というか、ばら撒く。

「テルもなかなかの手際だな」

「あ、去年の文化祭で……」

 そこまで言うと、去年、冴子といっしょに文化祭のテントでたこ焼きを焼いたことがフラッシュバックする。

 そうだ、二人の友情を取り戻すためにも頑張らなくちゃ。

 こんどこそ。

 しかし、ここは試練の異世界。目の前のミッションに集中しよう!

 ミッションたこ焼き!

 やがて、一クラス分くらいの穴ぼこでグツグツたこ焼きの下半分が焼き上がると、三人首を突き合わすようにして揃いの千枚通しでたこ焼きをひっくり返す。

「ちゃんと、バリの部分は中に押し込んでからね!」

「うん、このパリパリのバリが美味しいんだよね(^#▽#^)」

「なんだか、黄泉の国遠征も楽勝のような気がしてきた!」

 たこ焼きというのは、やっぱりテンションが上がる。

 でんぐり返しも二度目に入るころには、タコ焼きを焼く匂いが淡路島中にたちこめて、いつの間にかヒルデも涎を垂らしながら戻ってきた。

「この香ばしい匂いがたこ焼きというものなのか?」

「ああ、食べたら世界が変わるよ」

「そ、そうか……」

 ジュワ!

「あ、鉄板の上にヨダレ垂らすなあ!」

 ケイトが真剣に怒る。

「す、すまん」

 こんなヒルデとケイトを見るのも初めてだ。

「よーし、こんなもんだろ!」

 腕まくりしたイザナギは手際よくフネのトレーにたこ焼きを入れて、わたしがソースを塗って、ケイトが青ノリと粉カツオを振りかける。

「「「できたあ!!!」」」

「おお、食べていいのか!?」

「う……」

 返事をしようと思ったら、すでに手にした爪楊枝で真ん中の一個をかっさらったかと思うと、瞬間で頬張るヒルデ。

 さすがはオーディンの娘! ブァルキリアの姫騎士!

「あ、ヒルデ!」 

「うお! ふぁ、ふぁ、ふ……ぁ熱い!」

 見敵必殺の戦乙女の早業が裏目に出た。

「水を飲め!」

 目に一杯涙をためて熱がるが、それでも姫騎士、口から吐き出すと言うような無作法はせずに、イザナギが差し出したペットボトルの水を飲みながら、無事に咀嚼して呑み込んだ。

「ああ、死ぬかと思った……」

「どうだった、ヒルデ?」

 ケイトが身を乗り出す。

「ああ、美味かった。国生みの最初から、こんなものを作るなんて、日本の神話も侮りがたいものだ……」

 ヒルデの真剣な感想に、屋台を囲んだ『黄泉の国を目指す神々の会』は暖かい空気に包まれた。

「さあ、我々もいただこうか」

 四人揃ってたこ焼きをいただく。

 淡路の砂浜で食べるたこ焼きは、なんとも豊かな味わいだ。

 美味しいものを食べると、みんな幸せになるのは嬉しいことだ。ムヘンでは、なかなかなかったことだ。

 大変な旅かもしれないががんばろうという気持ちになった。

 その幸福感のせいか、背後の草叢の気配に気づくのが遅れるわたし達だった……。

 

―― この世界 ――

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  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

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  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
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かの世界この世界:182『黄泉の国を目指す神々の会・2』

2021-04-23 08:48:08 | 小説5

かの世界この世界:182

『黄泉の国を目指す神々の会・2』語り手:テル   

 

 

 歩いていくと言うのか!?

 

 いざ出発という時になって、波打ち際に向かって歩き出すイザナギに驚いた。

「ああ、この世界は生まれたばかりで、交通手段がない。すまんが、歩いて行くしか手がないんだ」

 たしかに、オノコロジマは巨木のようなアメノミハシラが太ぶとと突っ立っているだけの島で、海の向こうの陸地はイザナギ・イザナミ二人が産んで間もない裸の土地が黒々と続いているばかり。

 所どころに煙が立ち上っているのは、イザナギが切り刻んだ火の神の欠片が燻っているところだ。

 ようく見ると、それでも木々の緑が萌えはじめているところがあって、やがては豊かな森林地帯になりそうだが、道らしきものや人里らしきものの気配は無い。

「はてさて……」

 ブァルキリアの姫騎士は、岩場の高みに駆け上って腕組みをする。潮風に髪を嬲らせ、彼方の陸地を睨んで思案の姿はあっぱれ美丈夫の勇姿……ムヘンの流刑地で初めて見た時は退嬰して、満足に舌もまわらない少女だった。不覚にも軽い丈息が出るほどに感動してしまう。

「やはり、イザナギ殿が言われるように地道に歩くしかないようだ……そこここにクリーチャーやモンスターの気配がする。覚悟してかからねばな……ん、なんだテル?」

「いや、相変わらず男前な姫君だと感心していたのよ」

「な、なにを下らにことを。さ、まいろうかイザナギ殿」

「呼び捨てのイザナギで結構、わたしもヒルデ、テルと呼ばせていただくことにするからな」

「そうか。では、イザナギ、わたし達は空を飛ぶことができる。きみ一人なら背負うなり、ぶら下げるなりして行くことができる。空を飛んでいかないか?」

 軽々と岩場から下りてきてヒルデが提案する。うる憶えのわたしでも、黄泉の国がオノコロジマの近くではないことぐらいは分かっている。黄泉の国は日本海側のどこかであったはずだ。当然、海を渡らなければならないし、中国山脈も走破しなければならない。

 まず、なにより目の前の海を、飛ぶこともせずに、どうやって渡ると言うのだ?

「歩いて行くんだ」

「「「歩いてえ!?」」」

「そんなに難しいことではないよ」

「いや、難しいだろ」

「というか、不可能だ」

「でも、おもしろそう(^▽^)/」

 わたしとヒルデがいぶかる中、ケイト一人が無邪気に目を輝かす。

「そう、面白いよ。右足を出して、それが沈まぬうちに左足を進め、左足が沈まぬうちに右足をという具合に交互に進めて行けば歩いていける!」

「うん、やってみよう!」

「ま、待て。仮に歩くとしても、事前にルートを確認しておかないか」

 せっかく奮い立たせた覚悟をくじかれて、それでもヒルデは自分が仕切らなければならないと我々の顔を見る。

「そうね、ケイト、そこの木の枝を拾ってちょうだい」

「うん、どうぞ」

「えと……オノコロジマがここだから……」

 わたしは砂浜に木の枝で、おおよその西日本の地図を描いた。オノコロジマは淡路島の東に想定されているはずだ。

「なるほど、これがわたしがイザナミと産んだ国なのか……」

「ああ、地理苦手だから、だいたいの位置関係が分かる程度にしか描けないんだけどね(^_^;)」

「海を三回渡らなければならないのだな……」

 元来が北欧の戦乙女、地図に目標を記すと目が輝き始める。

「淡路島に渡って西に進んで、次の海を渡ると四国。たぶん鳴門市のあたりに着くと思う。そこからは右手に海を見ながら……高松の向こうあたりから瀬戸内海を渡って……岡山かな?」

「あ、そのあたりまで行けば、分かると思う。黄泉の国は負のオーラがハンパではないから、おそらくは、そのオーラが空まで立ち上って目印になると思う」

「よし、じゃあ、とにかく出発しよう!」

 自慢のエクスカリバーを抜くと、ヒルデは西の空を指した。

 ボワ!

 一瞬で、我々の前方に『黄泉の国を目指す神々の会』の旗が風をはらんではためいた!

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
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  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
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かの世界この世界:181『黄泉の国を目指す神々の会・1』

2021-04-17 09:58:26 | 小説5

かの世界この世界:181

『黄泉の国を目指す神々の会・1』語り手:テル   

 

 

 こいつめ!!

 

 イザナギは太刀を振るった!

 突然のことに、止める暇もなかった。

 温厚な男のように見えているが、さすがに国生みの神だ。オーディンの威光も届かぬ流刑地ムヘンで様々な災厄や敵の襲撃を凌いできた我々でも咄嗟に対応できなかった。

 イザナギは、生まれたばかりの火の神を一撃で切り倒した。

 その斬撃は凄まじく、火の神は数百に爆散して、生まれたばかりの世界に散ってしまった。

「イザナギ、気持ちは分かるが、あれでは、火のタネを増やしただけだぞ」

「すまない、つい気が荒ぶってしまった……」

「ヒルデ、あちこちに火の山が盛り上がってきたよ」

 ケイトが指差す方を見ると、霞を通してもはっきりと分かるほどに赤々とした山容が浮かび上がっている。それも一つ二つではなく、山の向こうにも次々と燃え盛り始めている。

「……イザナミさんが息を引き取ったよ」

 そこだけ焼け残ったイザナミの手は脈を打っていなかった。

「イ、イザナミ……イザナミ!」

 イザナギが真っ黒に焼け焦げた妻の亡骸に縋りつく、その後ろで、我々も不運な女神に頭を垂れて哀悼の意を示すのだった。

 ヒルデも北欧神として、かなり過酷な運命を背負わされているが、イザナギ・イザナミの不幸に言葉もない。

「テル、このあとはどうなるんだ?」

「それが……検索しても出てこなくなってきた」

 わたしたちは日本神話を習っていない。

 日本史の授業の中で『古事記』『日本書紀』と習うだけだ。712年『古事記』、720年『日本書紀』、稗田阿礼、太安万侶も四文字の記号のような人物名としか頭に入っていない。

 日本神話は、ラノベやアニメのモチーフにされ、加工されたものしか知らない。

 ついさっきまで身を隠していたアメノミハシラも、FF14のダンジョンでしか知らなかった。

「妻を迎えに行く!」

 ひとしきりの慟哭が収まると、イザナギはグシグシと涙を拭って立ち上がり、角髪(みづら)のほつれも構わずに、西の空に向かってまなじりを上げた。

 はた目にもカッコいいのだけど、こういうヒーロー感丸出しの男と言うのは、えてして失敗が多いものだ。

「迎えに行くのはいいが、どこに行こうと言うのだ?」

 オノコロジマは四方が海に囲まれて、真ん中にアメノミハシラが立っているだけの孤島だ。

「黄泉の国」

 イザナギが目を向けた先は霞が薄れ、火の山から漏れ出た溶岩がトンボロのようになって、西に広がる大地に続いているように思えた。

「我々も同行したいが、かまわないか?」

 ヒルデが一歩前に出る。

「おお、ご同行願えるか?」

「ああ、国生みの最初から関わってきたからな。東西の隔てはあるが、共に原初の神だ、力になれるのであれば」

「おお、百人力! いや、千人力! よろしくお願いする!」

 そう言うと、イザナギはズタブクロに剣一振りという軽装で歩き出した。

「え……歩いていくの?」

 テルが、残念そうに呟く。

 ムヘンでは乗り心地はともかく二号とか四号に乗って移動していた。のっけからの歩きは意欲を削がれるのだろう。

「わたしらも、ヒルデに出会うまでは歩いていたじゃないの。荒れ地の旅なんて、テルもはしゃいでいたわよ」

「え、そうなの?」

「忘れた?」

「あ、うん……最初の方は、なんか記憶があいまいで」

「そのうちに思い出すさ……」

「さあ、みなさん、潮が満ちる前に島を出ますぞ!」

 イザナギが上げた拳には『黄泉の国を目指す神々の会』と添乗員の小旗のようなものが握られていた。

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

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