かの世界この世界:195
北、島根県の方角に向かうイザナギさんたちを見送って振り返る。
え?
驚いたことに陸地が無くなって、一面の海が広がっている。
たしかに四国から瀬戸内海を渡ってきたから、山を背にして振り返れば海が見えてもおかしくはないのだけど。
ここに来るまでに半日以上は歩いている。その半日分の陸地がきれいさっぱり無くなって、目の前には渺茫とした海が広がっているばかりだ。
もう一度振り返ると、後ろの道は、ほんの五メートルほどしか無くて、その向こうは風景が描かれた書割でしかない。
それ以外は、ぼんやりしたオフホワイトの空間があるばかり。
小学生がパソコンの授業で、とりあえず画面の中に適当に海と背景の陸地を作りましたという感じだ。
「お、お伽話の世界だからな、ロ、ロケーションはシンプルなんだ(#'∀'#)」
「桃太郎二号」
「な、なんだ!?」
「貴様、鬼退治の意味わかってるか?」
なんだかヒルデが怖い。
「あ、そうだ、キビ団子だな。家来にしたら、すぐにキビ団子やらなくっちゃな。なんせ、鬼退治は初めてだから、ま、カンベンしろ、ほれ、キビ団子……くそ、婆ちゃん、片結びにしたから、解けねえ……」
焦りまくって腰の袋を開けようとする桃太郎二号。
「キビ団子はあとでいい。このブリュンヒルデの言葉を聞け」
「ブリュンヒルデ……かっけー名前だな!」
「桃太郎も悪くは無いよ」
横からフォローしてやる。
「お、おう……二号だけどな」
「貴様、鬼を退治するというのは、鬼からなにかを守りたいからだろう」
「おう、ったりめーじゃねえか、んなこと」
「その、守りたいものがなにも見えないぞ、ここは」
「んだと!?」
「単純な海と、書割の背景があるだけだ」
「それは……」
言葉に詰まる桃太郎二号を見て、わたしも思う。
ムヘンから、この方、ヒルデとわたしたちが歩んだ道のり……それに比べると、たしかに桃太郎二号の世界は、まるで中身が無い。
「そう言えば、鬼の姿……鬼ヶ島も見えないようだ」
「…………」
「テル」
ヒルデは、書割の手前まで下がると、わたしを手招きした。
「ん、なんだ、おまえたち(;'∀')?」
後ずさったヒルデとわたしを不安げに目を向ける桃太郎二号。
「水平線の向こうを見ていろ」
「あ……」
水平線の向こうから墨を落としたようなシミが湧きだして、あっという間に海の上を黒雲のように覆いつくした。
「わたしとテルが居るから安心していたんだ。こうやって、少し退いただけで、不安が黒雲のように広がってしまう」
「不安の正体は?」
「考えるのも怖いようだな、具体的なイメージを結ばない……とりあえず、鬼なんだ」
「それで、どうする?」
「行くさ。こいつが納得する鬼退治をやらないと、ここからは出られないような気がする。おい、桃太郎二号」
「な、なんだ(;゚Д゚)」
「海を渡る、とりあえず舟を出せ。水平線の向こうに行くぞ」
「お、おう」
パチン
桃太郎二号が指を鳴らすと、戦艦大和が現れた……。
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
- 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
- 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
- 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
- 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
- テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
- ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
- ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
- タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
- タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
- ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
- ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
- ペギー 荒れ地の万屋
- イザナギ 始まりの男神
- イザナミ 始まりの女神