大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・高安女子高生物語・52『オッサンの時代とはちゃうねん!』

2017-11-23 06:16:35 | 小説・2

高安女子高生物語・52
『オッサンの時代とはちゃうねん!』
     


――僕も、明日香のことは好きや――

 ドッキン!

 それが、まず目に飛び込んできて、うちは思わず、スマホから目を離した。

 ドキドキドキドキドキドキドキドキ

 うちの中に勝手に住み込んだ、山川の詳説日本史でもたった一回しか出てけえへん楠木正成が、うちの関根先輩への煮え切らん思いに業を煮やした。
 ほんで、こないだ玉串川の川辺で、うちに「好きや」と告白させよった。そんでも、それ以上なにもようせんうちに苛立ったんか、意地悪か、善意か、よう分からへんけど、うちが寝てて意識がないうちに先輩のアドレス調べて、うちの声で電話しよった。で、その返事がメールで返ってきた。

 心を落ち着けて続きを読んだ。

――保育所のころから好きやったけど、明日香は他にも男の友達がいてて、俺のことは眼中に無いと思てた。こないだの玉串川のことも、あとのシラっとした態度でイチビリかと思た。夕べのことで、明日香の気持ちは、よう分かった。正直、今は美保もいてる。煮え切らん男ですまん。でも、夕べみたいなことはあかんと思う。学――

 心臓がバックンバックン言うてる……ん……ちょっとひっかかる?

 夕べみたいなこと……電話以外になんかしたか? 

 うちは電話の履歴を調べた。美保先輩と二人の電話の履歴はあったけど、関根先輩のは無かった。で、メールの送信履歴を見る。

――今から、実行に移します。明日香――

 え……うちて、なにを実行に移したんや!?

 そう思うと、ジャージ姿のうちが浮かんできた。どうやら夕べの記憶(うちの知らん)の再現みたいや……。

 時間は夜の十二時を回ってる。

 素足にサンダル。自転車漕いで……行った先は、関根先輩の家……自転車を降りたうちは、風呂場から聞こえる関根先輩の気配を感じてる。先輩がお風呂! せやけど、うちは覗きにはいかへんかった。方角は、関根先輩の部屋。その窓の下。
 うちは、そーっと窓を開けると、先輩の部屋に忍び込んだ。で……。

 あろうことか、先輩のベッドに潜り込んでしもた!

 先輩が、鼻歌歌いながら部屋に戻ってきた。

「先輩……」
「え……!?」
「ここ、ここ」
 うちは布団をめくって、姿を現した。
「あ、明日香。なにしてんねん、こんなとこで!?」
「実行に移したんです……うちもお風呂あがったとこです」

 ゲ、うちはジャージの下は、何も身につけてないことに気が付いた! ほんで、おもむろにジャージの前を開けていく。先輩の目ぇが、うちの胸に釘付けになる!
 うちの手ぇは、ジャージの下にかかった。

「あかん、明日香! こんな飛躍したことしたら!」
「言うたでしょ。うちを最初にあげるのんは、先輩やて」
「声が大きい……!」

 それから、先輩は、うちのジャージの前を閉めると、お姫さまダッコ!……で、窓から外に出されてしもた。
「大丈夫か……頭冷やして……オレも連絡するさかい!」
 で、うちは、そのまま自分の家に帰った。

 なんちゅうことをしたんや!

「好きやったら、あたりまえやろ。この時代の男はしんきくさい。好きなくせに夜這いも、ようさらさんと。せやから明日香の方から仕掛けていったんや」

「オッサンの時代とはちゃうねん!」

「せやから、夕べは大人しい帰ってきた。関根、ほんまにビビっとったからな。わし、分からん。好きな女が二人おってもええやんけ。付き合うて、相性のええほうといっしょになったらええねん。せやけど、明日香の気持ちは伝わったで」
「伝え過ぎや!」
「そう、怒りな。そろそろ学校いく時間とちゃうけ?」
「あ、もう7時45分!」

 うちは、ぶったまげて、制服に着替えよ思て、パジャマ代わりのジャージを脱いだ……ほんで、気ぃついた。夕べの朝やから、うちは、パンツも穿いてなかった……。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・51『えらいこっちゃ!』

2017-11-22 06:37:13 | 小説・2

高安女子高生物語・51
『えらいこっちゃ!』
        


 今日は、公式と非公式の「えらいこっちゃ!」があった。

 高校二年にもなると、世間の手前「えらいこっちゃ!」と言うとかなあかんことと、心では、そう思てても口に出して「えらいこっちゃ!」と言うたらあかんことの区別ぐらいはつく。

 それが、一日に二つとも起こってしもた。珍しい一日や。

 世間の手前は、新しい校長先生が来たこと。

 世間には、一回聞いたら忘れられへん名前がある。例えば剛力 彩芽。苗字と名前のギャップが大きいんで、この人はテレビで一発で覚えた。これが、特別であるのは、たいていの人の名前は一発では覚えられへんという常識的な話。
 新しい校長先生は、府教委の指導主事やってた人。
 指導主事や言うだけで、うちはガックリや。何遍か言うたけど、うちの両親は、元学校の先生。せやから、よその子ぉよりは、学校のことに詳しい。
 指導主事言うのは、学校現場では使いもんにはならん先生がなるもんらしい。で、校長先生の半分は、教師として生徒やら保護者と協調でけへん人がなってる。新しい校長先生は、その両方が被ってる。せやから、着任の挨拶もろくに聞いてへん。もっとも、本人が前の校長さん以上に話し下手いうこともあるけど。

「どうですか、新しい校長先生がこられて?」

 学校の帰りに、テレビ局のオネエチャンに掴まってしもた。

「……今度のことは、うちら生徒には、大変ショックです。せやから新しい校長先生に指導力を発揮してもろて、一日も早く学校を正常化してもらいたいと期待してます」
 と、毒にも薬にもならへん、ええかげんな答をしといた。なんせ、その時には、新校長の名前も忘れて、顔の印象もおぼろ。せやから、最初の溜め息は、どないしょ!? いうだけの間。
 それが、テレビ局には「傷ついた女子高生の苦悩」みたいに写ったみたいで、他の生徒にもインタビューしてたけど、ニュースで流れたんはうちのインタビュー。なんちゅうても、こないだまでは演劇部やったさかい、悩める女子高生一般なんかチョロイもん。
「学校の主人公であるべき生徒たちは、このように傷つき混乱しています。民間人校長のありようが問われ、なによりも一日も早い正常な学校生活の復活が望まれます」
 と、オネーチャンは締めくくってた。どーでもええニュースやったけど、学校の主人公が生徒やいうのには引っかかった。主人公やなんて感じたことない。学校いうとこは上意下達。下々の生徒風情が主人公やなんて、日本の平和は憲法9条のおかげやいうくらいに非現実的。

 もう一個の「えらいこっちゃ!」は、関根先輩からメールがきたことーーーー!!

 そやかて、うちは先輩のアドレス知らんし、先輩もうちのアドレスは知らんはず……それが、どうして!?

 犯人は……正成のオッサンらしい。

 こないだ、オッサンのタクラミで、関根先輩に告白させられてしもた。せやけど、正成のオッサンは、スマホなんちゃらいうもんは知らんさかい、アドレスの交換なんかはせえへんかった。しかし、うちに覚えがないいうことは、うちの中に居てる楠木正成のオッサンしか考えられへん。
「やっぱり、オッチャンか?」
「ああ、日々学習しとるさかいな。明日香が寝てる間に、チョイチョイとやっといた。三人ほど電話したら、すぐにアドレス分かったで」
「さ、三人て、だれやのん? なに言うたん!?」
「人の名前て、すぐ忘れるよってな。最後の一人だけ覚えてる」
「だ、誰やのん!!?」
「田辺美保。こいつは明日香の恋敵でもあるさかいな。牽制の意味もこめて電話しといた」
「で、なに喋ったん……いや、うちに何喋らせたんや!?」
「忘れてしもたなあ。まあ、ええやんけ。これで二三歩は関根君に近づいたで。アハハハ」

 豪快な笑いだけ残して正成のオッサンは、うちの奥に潜ってしまいよった。

 怖いよって、なかなか関根先輩のメールは開かれへんかった……。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・50『お祖母ちゃんをカバンに入れて』

2017-11-21 06:28:45 | 小説・2
高安女子高生物語・50
『お祖母ちゃんをカバンに入れて』
     


 お祖母ちゃんをカバンに入れて、京都の山中に出かけた……。

 と言うても、お祖母ちゃんを絞め殺して、山の中に捨てにいったワケや無い。
 だれでもそうやけど、うちには二人のお祖母ちゃんが居てる。
 お母さんのお母さんと、お父さんのお母さん。
 お母さんのお母さんの方は、今里で、足腰不自由しながら健在。

 カバンの中に入ってるのは、お父さんのお母さん。つまり父方の祖母。

 このお祖母ちゃんは、去年の7月に、あと10日ほどで88になるとこで亡くなった。そのお祖母ちゃんの遺骨が、うちのカバンの中に入ってる。

 家のお墓は、京都の東山にあるロッカー式のお墓。3年前にお祖父ちゃんが亡くなったときに初めて行った。
 お祖父ちゃんの骨壺はレギュラーサイズやったけど、三段に分けた棚には収まらへんかった。しゃあないんで、一段外して、なんとか収めた。
 これで、家の家族は学習した。
「ここは、普通の骨壺で持ってきたら、一人で満杯。アパートで言うたら単身者用の1K」
「このセコさは、ほとんど詐欺やなあ」
 お父さんは、そない言うて、怒ってた。
「そのうちに、なんとかしよう」と、言うてるうちにお祖母ちゃんが、去年の7月に、突然亡くなった。

 で、しゃあないんで、分骨用の小さい骨壺に入れてもろた。中味は500CCほどしかあれへん。
 ほんのちょっとしかお骨拾われへんかって、可哀想な気になった。
 そのペットボトルほどの骨壺が、うちのカバンの中でカチャカチャ音を立ててる。
 べつに骨になったお祖母ちゃんが、骨摺り合わせて、文句言うてるわけやない。フタが微妙に合わへんので、音がする。電車の中では、ちょっと恥ずかしかった。

 うちは、このお祖母ちゃんの記憶がほとんど無い。小学校に入ったころには、認知症で特養に入ってた。要介護の5で、喋ることもでけへんし、頭の線切れてるから、うちのこともお父さんのことも分からへん。

 ただ保育所に行ってたころ、お祖母ちゃんの家に行って、うちが熱出したとき、かかりつけのお医者さんに連れて行ってくれたことだけ覚えてる。
 正確には、お父さんが、うちをせたろうて、お祖母ちゃんが先をトットと歩いてた。足の悪かったお祖母ちゃんは、普段は並の大人の半分くらいの速さでしか歩かれへん。それが、そのときは、お父さんより速かった。

 せやから、うちの記憶にあるお祖母ちゃんは、後ろ姿だけや。

 その後ろ姿が、骨壺に入ってカチャカチャお喋りしてる。フタの音やいうのは分かってるけど、うちにはお祖母ちゃんの囁きやった。
 その囁きの意味が分かるのには、まだ修行が足らん。大人になって、今のカチャカチャを思い出したら、分かるようになるかもしれんなあ。
 そやけど、この正月に亡くなった佐渡君は、ハッキリ火葬場で姿が見えた。声も聞こえた。お祖母ちゃんのがカチャカチャにしか聞こえへんのは……うちの記憶が幼いときのもんやから……そない思とく。

 京都駅に着くと、初めて見る女の子が来てた。

「あ、未来(みく)ちゃんやないか。大きなったなあ!」

 お父さんが、昔の営業用の大きな声で言うた。その声で分かった。うちの従兄弟のオッチャンの娘や。
 うっとこは、お父さんが晩婚。伯母ちゃんは二十歳で結婚したんで、一番歳の近い従兄弟でも20年離れてる。
 せやから、従兄弟はみんなオッサン、オバハン。従兄弟の子ぉの方が歳が近い。

 せやけど、この子には見覚えが無い……思い出した。このオッチャンは離婚して、親権があれへん。それが、こうして連れてこれたいうのは……お父さんは、一瞬戸惑うたような顔になってから声かけてた。身内やから分かる微妙な間。なんか事情があるんやろ。

 納骨が終わると、未来ちゃんの姿がなかった。

「ちょっと腹痛い言うて、待合いで座っとる」
 従兄弟のオッチャンは、気まずそうに言うた。
 待合いに行くと、椅子にお腹を抱えるように丸なった未来ちゃんが居てた。
「大丈夫か、未来ちゃん?」
 うちが声をかけると、ビクっとして顔を上げた。
「う、うん……大丈夫」
 どこが大丈夫やと思た。佐渡君と同じ景色が顔に見えた。この未来ちゃんは人慣れしてへん。おそらく学校にもまともに行ってへんねやろ。うちが、それ以上声をかけるのははばかられた。佐渡君と違うて、血のつながりはあるけども、心の距離は、もっと遠い。

「なんや、この時代の人間はひ弱やなあ」

 家に帰ると、正成のオッチャンが、うちの心の中で呟いた……。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・49『大阪はどないなっとんねん!?』

2017-11-20 06:40:52 | 小説・2

高安女子高生物語・49
『大阪はどないなっとんねん!?』
     


「おーい、明日香とこの校長クビになったで!」

 お父さんの声で目が覚めた。

 パジャマ代わりのジャージで二階に下りると、お父さんが新聞を広げてた。
「このオッサン、たいがいやなあ……」

――またも民間人校長の不祥事! どうなる、大阪!?――

 見出しが三面で踊ってた。
 読んでみると、人事差別と人事権の恣意的な乱用。事故死した生徒・保護者への心ない対応。
 そんな副題のあとに、実名は伏せながら、関係者が読んだら、事細かに分かる内容が書いたった。

 再任用教諭の理由無き任用停止。元教諭、校長を提訴。

 あ、これは光元先生のこっちゃ。始業式で、光元先生は一身上の都合で退職しはったと聞かされてた。
 光元先生は、OGH高校の前身府立瓦屋町高校の時代からの先生。学校の生き字引みたいな先生で、卒業生やら保護者からの信任の厚い先生やった。佐渡君が亡くなったときも校長室で、なんか話してはったけど、うちら生徒には分からへんかった。
 新聞には「あの校長先生は、うちの子が死んだんを真剣に受け止めてもらえなかった」と、母親の言葉が書いたった。佐渡君は交通事故で、うちが救急車の中で見守ってるうちに死んでしもた。純然たる事故死。

 佐渡君は遺書を残してた。

 交通事故で遺書いうのは、なんか変や……読み進んでいくと分かった。

 佐渡君は、生きる気力を無くしてた。で、なにが原因かは分からへんけど死を予感して、遺書めいたものを書いてたらしい。
 お母さんは、それを生徒に公開して欲しいと頼んだらしいけど。校長は断った。で、全校集会で、ありきたりの「命の大切さ」「交通事故には気を付けよう」で、お茶を濁しよったのは記憶にも新しい。

 で、肝心の遺書は、新聞にも載ってなかった。府教委も内容を精査した上で、公開を検討……あほくさ。個人名が書いたったら、そこ伏せて公表したらええだけのこっちゃ。

 それから、佐渡君が死んで間もない日に、音楽鑑賞で大フィルの演奏を聞きにいくはずやったんが、急に取りやめになった。「生徒が命を落とした間もない日に、かかる行事はいかがなものかと思った」と校長は言うてるらしい。
 お母さんは、あとになって、そのことを知った。
「あの子は音楽の好きな子でした。実施されていたら、遺影を持って、わたしが参加するとこでした。なんで、相談してもらえなかったんでしょう」
 お母さんの弁。こんなことは、うちら何にも知らんかった。火葬場で会うた佐渡君の幻も、そういうことは言わへんかった。佐渡君は根の優しい子やから、たとえ校長先生でも、人が傷つくことは言いたなかったんやろと思た。

 で、光元先生は再任用の先生で、契約は一年。
「せやけど、65歳までは現場に置いとくのが常識や」
 お父さんは、そない言う。新聞には3月29日の最終発表で「次年度の採用はありません」と言うたらしい。
 29日て、どこの学校でも人事は決まってしもてて、OGHで再任用されへんかったら、事実上のクビといっしょなんは、うちの頭でも分かる。

 校内でも、恣意的な人事が……ここ読んでピンときた。

 ガンダムが急に生活指導部長降りて、うちらの担任になったこと。

「ガンダム先生て、どこの分掌や?」
 お父さんが聞いてきた。
「どこて、平の生指の先生」
「担任しながら生指か、そらムチャやで」
「なんで?」
「担任やったら大目に見られることでも、生指やったら見逃されへんことがいっぱいあるで。まして、前の生指部長やろ。ダブルスタンダードでしんどいやろなあ」
 お父さんは、ため息をついて新聞をたたんだ。

 気ぃついたら、お父さんと頭ひっつけるみたいにして新聞読んでた。お父さんと30センチ以内に近寄ったんは、保育所以来や。ちょっと気恥ずかしいような、落ち着かんような気持ちになった。

 校長先生は、教育研究センターいうとこに転勤いうことになってたけど、これは事実上の退職勧告やろなあと思た。

 大阪は、大阪市も府も、民間採用された区長やら校長が途中で辞めたり、辞めさせられたりいうことが多い。そやけど、まさかうちの学校で、こんなことが起こるとは思わへんかった。

 それと、佐渡君のお母さんが佐渡君のこと思てたんも、意外。

 切ないなあ……。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・48『ガンダムの怒り』

2017-11-19 06:28:13 | 小説・2

高安女子高生物語・48
『ガンダムの怒り』
        


 新学年の最初はいろいろある。

 一年のときに書いた健康調査とか住所・電話とか、変更があってもなかっても、全員に配られる書類。
 たいていの子ぉは変更あれへんさかい、新しいクラスと出席番号。あと、簡単な健康上のアンケートをチェックしてしまい。

 一年のとき佐渡君が、この健康アンケートのとこに「ビタミン不足」と書いたんを思い出した。一応健康問題なんで、佐渡君は、保健室に呼び出されて詳しく聞かれた。
「佐渡君、君は、なにのビタミンが足らんのん?」
 保健室の先生に聞かれて、佐渡君は、こない答えた。

「はい、ビタミンIです……」

 頭の回転の鈍い藤田先生(一年のときの担任)は「ビタミンIて……?」やったけど、保健の先生はすぐに分かった。
「アハハ、あんたて、オチャメな子ぉやな」

 Iは愛にひっかけてた。気が付いた藤田先生はクラスで言うて、みんなが明るく笑うた。

 佐渡君も笑うてたけど、ほんまは切実やったんや。あんな寂しい死に方して……。

 それから、進路に関する説明会と、早手回しの修学旅行の説明が二時間。「二年は、一番ダレル学年やから、締めてかかれ」と、まだ生活指導部長の名残が消えへんガンダムの長話。その間に、一年が発育測定。

 で、今日は、うちら二年が発育測定。

 身長、体重、座高、胸囲、聴力、視力と計る。クラス毎に最初に計るのんが決まってて、あとは空いたとこを適当に見つけて回っていく。ここで暫定委員長、副委員長の力が試される。空いたとこを要領よう回るのは、この二人の目端にかかってる。
 南ララアも安室並平も目端が利くとみえて、わがガンダムクラスは、イッチャン早よ終わった。
 当たり前やったら、教室に戻って、担任が待ってて視力検査やっておしまい。で、チャッチャッとやったクラスから早よ帰れる。
 ところが、教室に戻ると肝心のガンダムが居らへん。

 まあ、先生も測定係りやってるから、しゃあない。

 で、教室のあっちこっちで、スマホをいじりだした。中には仲ようなった子同士がメアドの交換なんかやってる。
 うちは、ネットで『はるか 真田山学院高校演劇部物語』を読んでた。この本は、この5月には改訂されて、『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』で出版される。799円と大阪の人間の心をくすぐるような値段。買うて読もうと思てるんで、比較のためにチョビチョビ読み直してる。
「佐藤さん、あんたラインせえへんのん?」
「え……あれて、ヤギさんの手紙みたいにキリ無くなるさかい、うちはせえへんねん」
「えらいね!」
 ララアが誉めてくれた。

 ほんまは、やりたい相手は居てる。天高の関根先輩。

 こないだは、正成のオッサンに告白させられてしもたけど、正成のオッサンはスマホを知らん(なんちゅうても700年前の人間)さかい、メアドは聞き損ねた。ララアに誉められるほどイイ子とはちゃう。せやけど、人の特徴を美点から見ていこいうララアの自然な対応には好感が持てた。

 それから5分ほどして、校内放送が入った。

「ただ今より、臨時の全校集会をやります。生徒は、至急体育館に集合しなさい」
 体育館にいくと、明日は3年の発育測定やいうのに、測定機材は隅に片づけられてた。
「黙って、チャッチャッと座れ!」
 まだ生活指導部長の名残が抜けへんガンダムが仕切りはじめた。新しい生指部長は黙ってる。ガンダムはなんか怖い顔してる。
 みんなが静まったとこで、教頭先生がマイクの前に立った。

「ちょっと事情があって、校長先生がしばらくお休みになられます。その間は、わたしが校長の代理を務めます。いま君らに言えるのは、そこまでです。なんや、よう分からんかもしれませんが、先生らも、いっしょです。で……」

 あとは、事務的な話。奨学金やら、各種証明書の発行が今日明日はでけへんような……。
 ガンダムの顔が、いよいよ厳しい、怒ったようになってきた……。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・47〈新担任はガンダム!!〉

2017-11-18 06:38:10 | 小説・2
高安女子高生物語・47
〈新担任はガンダム!!〉
       


 ゲ、ガンダム!!

 同じような声が、体育館のうちらの列からわき起こった。
 今日は、一学期の始業式。朝学校に行くと体育館の下の下足室入り口に新しいクラス表が貼りだしたった。一年で同じクラスやった子が五人いてるけど、あんまり付き合いのない子ぉらやったんで、特に感慨はない。ただ男子に学年一のイケメンとモテカワが居てるのが気になったぐらい。

 ま、その話はあとにして、始業式での担任発表。

 うちらは、3組なんで三番目の発表。ガンダムがおっさんは不思議やない。なんちゅうても生活指導部長。
「三組担任、岩田武先生」
 司会の先生が言うたとたんに、「ゲ、ガンダム!!」になってしもた。
「3組を鍛え上げることは、もちろん。二年生をOGHで最高の学年にしたるから、そのつもりで」
 それだけ言うと、ニヤリと方頬で笑うて、担任団の席に戻っていきよった。クラスのみんなは、怖気をふるった。

 なんで岩田武がガンダムなんかは、字ぃ見たら分かると思う。音読みしたら「ガンダム」 それに、その名にふさわしい程の頑丈さと、ひつこさ。

 校門前で、朝の立ち番してるときに、あの美咲先輩がスカートの中を盗撮されたことがあった。二百メートルほど離れてたけど、「コラー!」の一声と共に駆け出して追跡。なんと一キロ追いかけて犯人を捕まえた。ついでに途中で喫煙しとったS高校の男子生徒のシャメも撮って、S高校の生活指導に送り、ありがた迷惑にも思われた。で、これだけの大立ち回りしながら息一つ乱れへんポーカーフェイス……いかにもガンダム。せやから、さっきの挨拶で方頬で笑うたんは、極めて異例で、クラスのみんなが怖気をふるうたのも無理はない。

 演劇部辞めてから、学校にアイデンテティーを感じひんようになったうちでも、この展開は興味津々や。

 で、クラスのイケメンとモテカワ。

 イケメンが安室並平。なんかアンバランスな名前やけど、うちの趣味やないんで、ようもててるいう以上のことは、よう分からへん。
 モテカワは南ララァ。名前の通りカナダからの帰国子女。日本人のお父さんとカナダ人のお母さんに生まれた子らしい。色はちょっと黒いけど、これは水泳部で普段から体を焼いてるから。地は色白やと、同じ水泳部の女子の弁。髪は水泳部にありがちな傷んだ自然な茶パツ。この自然な茶パツが、とてもワイルドで、その下には信じられへんくらいの可愛い顔。むろんプロポーションは抜群。

「暫定的に、学究委員長は安室。副委員長は南。学年始めはいろいろあるから、二人とも、しっかり頼む」

 ガンダムが、口数少なに言うた。みんなも「さもありなん」と納得顔。
 なんで、イケメンとモテカワで納得やねん!? うちは、そない思た。
「これで、シャアがおったら、完ぺきや」
 横の席の保住いう男子が呟きよった。

 うちはガンダムには詳しないよって、終わってからスマホで検索した。アムロが主役で、ララァいうのが、永遠のヒロイン。シャア言うのんがシオン軍のボス。で、担任がガンダム。

 確かに出来すぎ。ちゅうか……波乱の予感がした。

 波乱というと、午後の入学式。

 うちらは出席の義務は無いねんけど、うちの中に居てる正成のオッチャンが興味を示したんで、体育館のギャラリーで見ることになった。
「ただ今より、平成26年度入学式を挙行いたします。国歌斉唱、一同起立!」
 司会の教頭先生が言うたとたんに、うちは気をツケして、直立不動で『君が代』を音吐朗々と歌い出した。

――え、うちて、こんなに歌上手かった!? で、むちゃ恥ずかしい!――

 みんながギャラリーのうちのこと見上げてる。言うときますけど、今うちに歌わせたんは正成のオッサン。
――和漢朗詠集の読み人知らずの名歌やな。これを国歌にしてるとは、なかなかや!――
 オッサンは一人で感心しとる。
 式のあと、校長室に呼び出された。
「あんな立派な独唱は、甲子園ぐらいでしか聞かれへん。君は大した子ぉやな!」
 来賓の指導主事のオッチャンに誉められた。
「チェンバレンが、こんな英訳しております」
 正成のオッサンが、勝手に言わす。

 A thousand years of happy life be thine!
Live on, my Lord, till what are pebbles now,
By age united, to great rocks shall grow,
Whose venerable sides the moss doth line.


 いつのまに正成のオッサンは勉強したんや、はた迷惑な!

 うちの新学年も波乱の兆し……。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・46〈オッサン出しゃばり過ぎ!〉

2017-11-17 06:43:04 | 小説・2

高安女子高生物語・46
〈オッサン出しゃばり過ぎ!〉
       


 気ぃついたら電話してた。

 誰にて……関根先輩に。

「明日、10時に山本球場横の玉串川の四阿(あずまや)のあたりに来て……訳は来たら分かります」
 この言葉も、あたしの意志とは無関係に出てきた。
――無関係やあらへんぞ。明日香の心の底にあるもんをちょっと後押しして言わせたっただけや――
 と、正成のオッサンは心の中でニヤニヤしてる。我ながら、けったいなもんを住まわせたもんや。
 10チャンネルの『満点青空レストラン』見てたら、八尾の若ゴボウの料理をやってた。
――おお、ヤーゴンボウやんけ。あの天ぷらてな料理美味そうやんけ、わい、あれ食いたい!――
「今日は、もう晩ご飯食べたから、今度!」
――明日にせい。その代わり、明日香の悩みは解決したるさかいに――

 嫌な予感を抱えながら、うちは自分の部屋に戻った。

 正成のオッサンとは、簡単な協定を決めた。お風呂とトイレ入るときはうちの中から抜け出すこと(ウォシュレットで、オッサンが嬌声をあげたんで、風呂だけやのうて、トイレまで付いてきてることが分かった。家族への説明に困った) うちにことわり無く、うちの人生に関わるような大事なことには関わらんこと。
 しかし、さっきの電話の件でも危ないもんや。うちは、なんとか自分の意志でオッサンの出入りをコントロールしようとした。でも、やり方が分からへん。ねばり強う考えよ。

 正成のオッサンが住み着くようになってから、昔の戦の夢をよう見る。

 たいてい赤坂の山に籠もって、幕府軍とにらみ合うてるときのオッサンの思い出。

 山肌を駆け上ってくる幕府軍にグラグラに煮えたウンコ混じりのオシッコを柄杓で撒く。わら人形にヨロイを着せて、敵に矢を撃たせて、不足気味な矢を敵からいただく。意表を突く戦法みたいやけど、これは『三国志』の中の赤壁の戦いで、諸葛孔明がとった戦法の応用やいうことが分かった。ガラの悪さに似合わず勉強家やいうことが分かる。お風呂やトイレには付いてくるくせに、部屋に居るときは、どないかすると何時間も、他の本の中に居てたりする。
「正成のオッチャン、本読んだら分かったやろ。楠木正成は湊川の戦いで戦死するねんで……」
――おお、分かってる。予想以上の最後に、自分でも感動しとる。しかし、歴史にはアソビがある。大きいは変えられへんけど、細かいとこでは創意工夫がでけそうや。わいは、今ワクワクしとる――

 さすがは河内の英雄。感受性が並の人間とはちゃうみたいや。

 で、日が改まって、日曜日。

 昨日の雨の隙をつくような曇り空。玉串川の四阿で関根先輩に会うた。

「花見には、ちょっと残念な空模様やな」
「これくらいがええんです。人も多ないし。ゆっくり語り合うのにはピッタリです」
 ここまでは、あたしの意志。あとは正成のオッサンが、うちの口から勝手に喋ったこと。
「なんや、今日の明日香は、まっすぐオレのこと見るねんなあ」
「うち、先輩のこと好きやさかい」
「え、ええ、こんなとこでコクルか?」
 確かに四阿はうちらだけやのうて、お年寄りが三人居てた。興味深そうに、うちらのこと見ながら。この他人のことにもろに興味持つのは、今も昔も変わらへん河内根性かもしれへん。
「うち、美保先輩には負けへん。うちのバージンを捧げるのは先輩やと決めてます。せやから、先輩も……いや、学君も言うてほしい、ホンマの気持ちを!」
「お、おい。人の目ぇがあるやろ」
 先輩は、大きなヒソヒソ声。三人の年寄りはニマニマとうちらの成り行きを見てる。
「人の目ぇがあっても、好きは好き。これくらいに!」

 うちは、先輩に胸を押しつけて抱きついた。

「あ、明日香……!」
「答え聞くまで、離れへん!」
「お、オレも明日香のことは……」
「好きやねんね!?」
「あ、ああ……」
「よっしゃ、今日は、ここまででええわ! ほんなら、山本の方まで歩きましょか」

 うちは、先輩にベッチャリひっついて山本の方に川沿いを歩いた。

 先輩の当惑と、うちへの好意が同量に感じられた。山本へは10分ほどで着いた。

「ほなら、新学期になってもよろしゅうに!」
 山本駅に着いたら、うちは、あっさりと先輩と別れた。ちょっと名残惜しい。

――色恋は、戦とおんなじや。駆け引きが大事。今日は、ここであっさり引いて、あいつの中に明日香を温もりの記憶として染みこませる――

 それはええけど……。

――なんやねん?――

 オッサン、出しゃばり過ぎ!

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・45〈高安幻想・4〉

2017-11-16 06:45:59 | 小説・2

高安女子高生物語・45
〈高安幻想・4〉
        


 うち自身が元の世界にもどれるかどうか……。

 それが、戻れてしもた!

 正成のオッチャンが、この古墳の石室に身を隠してならあかん事情を切々と説明したあと、なんや匿うたげならあかんようんな気ぃになってきた。どうやら、赤坂城で一暴れしたあと、護良親王の令旨(りょうじ)を受けて再び挙兵しようと潜伏中やったらしい。

「わいは、どないしてもやらならアカンのんじゃ」

 この和歌に十文字足らん言葉に万感の思いがあった。うちらの平成の時代のオッサンらには無い心にしみ通るような響きがあった。

 で、どないかしたらならアカン……と思たら、元の恩地川のほとりに、うち一人で立ってた。

 ゲンチャが脇をすり抜けていくのにびっくりして、我に返った。

「なんや、夢でもみててんやろか……」
――夢や無い。明日香の心の中に居る――
「え、うちの中!?」
――なんや、様子が変わってしもとるけど、信貴山、高安の山のカタチはいっしょや。これが七百年後の高安か――
「正確には、恩地との境目やけどね。とりあえず家帰るわね」
――あの、高安山の上にある海坊主みたいなんは、なんや?――
「あれは、気象レーダー……言うても分からんやろなあ」
 
 それから、家に帰るまでは質問攻めやった。いちいち答えてたら、通行人の人らがへんな目で見るさかい、シカトすることに決めた。正成のオッチャンも勘のええ人で、うちの迷惑になるのん分かったみたいで外環超える頃には、なんにも聞いてこんようになった。ただ、うちの心の中に居るんで、オッチャンの驚きがダイレクトに心にわき起こって、うち自身ドキドキやった。

「ただいまあ」

「おかえり……」
 めずらしい、お父さんが二階のリビングに居った。と、思たら、もうお昼や。
「明日香。生協来たとこやから、パスタの新製品あるで」
「ほんなら、もらうわ」
 うちは、自分の意志やないのに答えてしもた。どうやら正成のオッチャンがお腹空いてるらしい。
 レンジでチンして、和風キノコバターとペペロンチーネを二つも食べてしもた。

「ああ、おいしいなあ!」

「明日香が、そないに美味しそうに食べるのん久々やなあ」
「ああ、育ち盛りやさかい。アハハ」
 まさか、自分の中の正成のオッチャンが美味しがってるとは言われへん。うちは、それから、自分の部屋に戻ってから、どないしょうかと思た。
「正成さん、ずっと、こないしてうちの中に居るのん?」
――しゃあないやろ。どうやら、この時代では、明日香の中からは出られんようやさかいな――
「せやけどなあ……」
――狭いけど、いろいろある部屋やのう。あの生き写しみたいな絵は明日香やなあ――
 馬場先輩に描いてもろた絵に興味。
――この絵にはタマシイが籠もっんのう。ただ残念なことに、これ描いた男は、明日香のことを絵の対象としか見とらんようやけどな。まあ、大事にし。何かにつけて明日香の助けになってくれるで――
 それは、もう分かってる。
――なんや、知ってるんか。そこの仕舞そこねた雛人形も大事にしいや。もうちょっと、日ぃに当たっていたいらしいで。その明日香の絵ぇとも相性良さそうやさかい――
「分かってます。それより、ちょっとでもええさかい、うちの心から離れてもらえません。なんや落ち着かへん」
――しかしなあ……その日本史いう本はなんじゃい?――
「ああ、うちの教科書。日本でいっちゃん難しい日本史の本」
――おもろそうやなあ……しかし、日本史いう言い方はおかしいなあ。まるで日本いう異国の歴史みたいや。日本国の歴史やったら国史やろが……――

 正成のオッチャンが呟くと、心が軽なったような気ぃがした。

「正成さん、正成のオッチャン……」
――なんじゃい――
 なんと、山川の詳説日本史の中から声がした。
「オッチャン、いま本の中に居てるのん!?」
――なんや、そないみたいやな――
「大発見。オッチャン本の中にも入れるんや。本やったら、なんぼでもあるさかい、本の中に居って」
――ああ、わいも興味津々やさかいな――

 一安心、いつまでも心の中におられてはかなわん。あたしは、新学期の準備と部屋の片づけしてるうちに、正成のオッチャンのことは忘れてしもた。
 気ぃついたんは、夜にお風呂に入ってから。

――明日香、おまえ、なかなかええ体しとったなあ――

 心の中から、オッサンの声がしてびっくりした!
――しかし、明日香、おまえ、まだおぼこ(処女)やねんのう――
 顔のニキビを発見したほどの気楽さで言われたが、言われた本人は、真っ赤になった……。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・44〈高安幻想・3〉

2017-11-15 06:05:27 | 小説・2
高安女子高生物語・44
〈高安幻想・3〉
        


「左近、こいつはナニモンや?」

 と、聞いてきたから、あたしの姿は見えるんやろ。

「御館には見えまっか?」
「ああ、おなごのようじゃが、妙なナリやのう」
 そりゃそうやろ、ユニクロのジーンズにトレーナーやもん。
 このオッサンも、けったいや。左近のオッチャンが「オヤカタ」言うてるわりにはみすぼらしい。
「こいつは……そういや、まだ名前聞いとらへんなあ。名ぁはなんちゅうねん?」
「あ、佐藤明日香です」
「佐藤? ぬしは、どこぞの姫ごぜの成れの果てか?」
「はあ……うち、ただの市民です」
「しみん?」
 ああ、市民は明治になってできた言葉や。
「普通の一般大衆です」
 女子高生では通じないだろうと言葉を選ぶ。
「たいしゅう……どんな字ぃ書くねん?」
「ああ、こうです」
 
 うちは地面に「大衆」と書いた。

「これは大衆(だいしゅ)や、どこぞの寺の役僧か?」
 一般に使われてる単語は明治になって、英語を訳すときに作られた言葉が多い……と、お父さんが言うてた。百姓やったら、この時代でも通じるけど。うっとこは農業やない。で、五分ほど言い合うたあと、学者の娘いうことで落ち着いた。

「さよかー、七百年も先の平成たらいう時代の学者の娘か」

 感心したようにオッサンが言うた。
「ところで……(二人称につまる)あなたさまは、どなたさんで?」
「わいか。わいは……」
 オッサンは、一瞬左近さんの顔を見た。左近さんは、こいつは大丈夫いうような顔をした。
「わいは、楠木正成や」
「え……河内の英雄、河内音頭の定番、山川の教科書で冷遇されてる悪党の楠木正成さん!?」
「お前の時代では、わいは英雄か?」
「ほら……名前ぐらいは(なんせ、山川でも一行出てくるだけやさかい)」

 知識欲の固まりみたいなオッサンで、うちが知らんようなことばっかり聞いてくる。
 うちは、この正成さんの末路は知ってる。湊川で足利の大軍勢相手に、たった八百人で戦うて全滅する。たしか新田のオッサンと馬があわへんねんや……せやけど、そんなことは言われへん。

「で、明日香はん。しばらく御館をかくもうてはくれへんやろか?」

 えーーーーーーーーーーーーーーーーー!?

 左近のオッサンの頼みで、歴史上の人物楠木正成をかくまうことになってしもた。せやけど、かくまういうても、うち自身が元の世界にもどれるかどうか……。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・43〈高安幻想・2〉

2017-11-14 06:35:08 | 小説・2

高安女子高生物語・43
〈高安幻想・2〉
       


「う、うち、高安のもんです!」

 そう言うと、どない見ても大河ドラマの登場人物みたいなオッサンが、刀かまえたまま聞いてきよった。
「高安……ほん近所やんけ。高安のどのへんじゃ!?」
 うちの耳が慣れてきたんか、ダ行の音もはっきり聞こえて、今の河内弁と変わらんようになってきた。せやけど、オッサンの警戒ぶりはそのまんま。言いようによったら切られかねへん。
「えと、高安町の……恩地川と玉串川の間が、いっちゃん狭なったとこで(高安駅徒歩6分言うても分からんやろな)……教興寺の西です」
「あのへんなら、まだうちの在やが、おんどれ……見たことないど」
 その時、通りがかりのお百姓が声をかけた。
「左近はん、なにシコッテはりまんねん?」
「おお、ヤス。おまえ、こいつの顔見たことあるか?」
「え……誰でんねん?」
「誰て、目ぇの前におる、けったいなおなごじゃ」
「左近はん、誰もおりまへんで。大丈夫だっか?」

 そのうち五人六人と人が集まり、オッサンもうちも、様子がおかしいのに気ぃついた。

「い、いや、なんでもないわい。おまえらも六波羅のアホがうろついとるかもしれんよって、気ぃつけさらせよ」
「へえ、そらもう正成はんが……」
 お百姓が、そこまで言うと、左近のオッサンはお百姓のオッチャンをシバキ倒した。
「ドアホ、気ぃつけ言うたとこやろ!」
「す、すんまへん。わしらも、ついあのお方のことが心配で……」
「その気持ちは嬉しい。けど、気ぃはつけえよ。さ、お日さんも高うなった。野良仕事に精出せ!」
「へえ」
 オッチャンらは、それぞれの田んぼや畑に散っていった。

「どうやら、わいの他には、おまえのことは見えんようやな。ちょっと付いてこい」
 左近のオッサンは、スタスタと歩き出した。しばらく行くと見覚えのある石垣が見えてきた。
「オッチャン、あれ、ひょっとして恩地城?」
「せや、わいの城じゃ。後ろの西の方に神宮寺城が見えるやろ。ここは、河内の最前線や」
 恩地城いうたら、今の恩地城址公園。子どもの頃に、よう散歩に来たとこや。
「オッチャン、ひょっとして恩地左近?」
「わいのこと知ってるんやったら、やっぱり在のもんやねんやろなあ。ここから、おまえの家は見えるけ?」
 小高い恩地城からは、高安まで見通せたけど、時代がちゃうんやろ、うちの家がある当たりは、一面の田んぼ。
「あのへんにあるはずやねんけど、時代がちゃうみたいで見えへんわ」
「おまえ、いつの時代から来たんじゃ?」
 
 左近のオッサンは、意外にも、うちが、この時代の人間やないことを直感で掴んでるよう。

「えと……平成三十年……七百年ほど先の時代」
「ほうか、そんなこともあるんじゃのう……」
「頭(かしら)、城には、まだ帰りまへんのか!?」
 城門の櫓の上で、オッサンの家来が怒鳴ってる。昔も河内の人間は声が大きいようや。
「ああ、在の東(ひんがし)の方見てくるわ!」
「ご苦労はんなこって!」

 それから、うちらは、信貴山の方に向こうて歩きだした。ここら辺は千塚(ちづか)古墳群の南の方。名前の通り後期の古墳が山ほどある。

「おっと、今日は、ここやないな」
 左近のオッサンは、ちょっと戻って、一つ手前の林の中の石室がむき出しになった古墳の中に入っていった。

 石室は、石の隙間から光が差し込んで、暗いことはないけど見通しがきかへん。奥の方から人の気配がした。

 気が付くと、石室の奥に目玉が二つ光ってた……。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・42〈高安幻想・1〉

2017-11-13 06:32:11 | 小説・2

高安女子高生物語・42
〈高安幻想・1〉
       


 有馬温泉から帰ってからはボンヤリしてる。

 なんせ、明菜のお父さんの殺人容疑を晴らして、離婚旅行やったんを家族再結束旅行にしたんやさかい、うちとしては、十年分のナケナシの運と正義感を使い果たしたようなもん。十六の女子高生には手に余る。ボンヤリもしゃあないと思う。

 しかし、三月も末。

 そろそろ新学年の準備っちゅうか、心構えをせんとあかん。中学でも高校でも二年生言うのは不安定でありながら、一番ダレる学年。お父さんの教え子の話聞いてもそうや。ちょっとは気合い入れなあかん。そう思て、教科書の整理にかかった。国・数・英の三教科と、将来受験科目になるかもしれへん社会、それに国語便覧なんか残して、あとはヒモで括ってほかす。
 で、空いた場所に新二年の教科書を入れる。二十四日に教科書買うて、そのまんまほっといた。包みを開けると、新しい本の匂い。たとえ教科書でも、うちには、ええ匂い。これは、親の遺伝かもしれへん。

 せやけど、手にとって眺めるとゲンナリ。教科書見て楽しかったんは、せいぜい小学校の二年生まで。あとは、なんで、こんな面白いことをつまらんように書けるなあと思う。

 日本史を見てタマゲタ。山川の詳説日本史や! 

 みんな知ってる? これて、日本史の教科書でいっちゃんムズイ。うちの先生らは何考えてんねやろ。わがOGHは偏差値6・0もあらへん。近所の天王寺やら高津とはワケが違う。ちなみに、うちが、こんなに日本史にうるさいかというと、お父さんが元日本史の先生いうこともあるけど、うち自身日本史は好きやから。

 で、ページをめくってみる。

 最初に索引を見て「楠木正成」を探す。

 正成は河内の英雄や! 

 で、読んでガックリきた。

――後醍醐天皇の皇子護良親王や楠木正成らは、悪党などの反幕勢力を結集して蜂起し……――

 114ページにそれだけ。ゴシック体ですらあれへん。

 とたんに、やる気無くした。

 ガサッと本立てにつっこむと、ようよう暖こなってきた気候に誘われて、気ぃのむくまま散歩に出かけた。
 桜の季節やったら近鉄線を西に超えて玉串川やねんけど、まだちょっと早い。で、気ぃつくと東の恩地川沿いに歩いてた。
 最近は、川も整備されてきれいになって、鯉やら鮒やらが泳いで、浅瀬には白鷺がいてたりする。五月になったら川を跨いでぎょうさん鯉のぼりが吊されて壮観。そんな恩地川を遡って南へ……。

 気ぃついたら、高安の隣りの恩地まで来てしもた。

「おんろりゃ、ろこのガキじゃ!?」

 ビックリして川から目ぇ上げると一変した景色の中に、直垂(ひたたれ=相撲の行司さんの格好)姿のオッサンが目ぇ向いてた。あたりに住宅も近鉄電車ものうなって、一面の田んぼに村々が点在してた。どない見ても江戸時代以前の河内の景色や。
「おんろりゃ、耳聞こえへんのか!?」
 この二言目で分かった。これはえげつないほど昔の河内弁や。

 昔の河内弁は「ダ行」の発音がでけへん。

「淀川の水飲んで腹ダブダブ」は「よろ川のミルのんれ、はらラブラブ」になる。
「仏壇の修繕」は「ブツランのシュウレン」という具合。

 せやから、今のオッチャンの言葉は、こうなる。

「おんどりゃ、どこのガキじゃ!?」
「おんどりゃ、耳聞こえへんのか!?」

 現代語訳してる場合やない。オッサン、刀の柄に手ぇかけよった!

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・41〈有馬離婚旅行随伴記・6〉

2017-11-12 06:53:21 | 小説・2

高安女子高生物語・41
〈有馬離婚旅行随伴記・6〉
   


 パーーーーーーーン

 え 銃声?

 旅行なんか、めったにいかへんうちは、いっぺんに目が覚めてしもた。
殺人事件やら、明菜のお父さんが逮捕されたりで、興奮してたこともある。
 明菜は、当事者やから疲れがあるのか、旅慣れてるのかグッスリ寝てる。

 やっぱり、うちは野次馬や。
 顔も洗わんとGパンとフリースに着替えて、音のした方へ行ってみた。
 旅館の玄関を出ると、また鉄砲の音がした。

「やあ、すんません。目覚まさせてしまいましたか」

 旅館の駐車場で、番頭さんらが煙突みたいなもん立てて鉄砲の音をさせてる。
「いや、うち旅慣れへんさかい、早う目ぇ覚めてしもたんですわ。何してはるんですか?」
「カラス追い払うてますんや。ゴミはキチンと管理してますんやけどね、やっぱり観光客の人らが捨てていかはったもんやら、こぼれたゴミなんか狙うて来よりまっさかいな」
「番頭さん、カースケの巣が空だっせ」
 スタッフのオニイサンが言った。
「ほんまかいな!? カースケは、これにも慣れてしもて効き目なかったんやで」
「きっと、他の餌場に行ってますねんで。昨日の事件のあと、旅館の周りは徹底的に掃除しましたさかいに」
「カースケて、カラスのボスかなんかですか?」
 単なる旅行者のうちは気楽に聞いた。
「めずらしいハグレモンやけど、ここらのカラスの中では一番のアクタレですわ。行動半径も広いし、好奇心も旺盛で、こんな旅館のねきに巣つくりよりますのや」
 スタッフが、長い脚立を持ってきた。
「カースケ居らんうちに撤去しましょ。顔見られたら、逆襲されまっさかいなあ」
「ほなら、野口君上ってくれるか」
「はい」
 若いスタッフが脚立を木に掛け、棒きれでカースケの巣をたたき落とした。

 落ちてきた巣はバラバラになって散らばった。木の枝やハンガー、ポリエチレンのひも、ビニール袋、ポテトチップの残骸……それに混じって大小様々な輪ゴムみたいな物が混じってた。
 輪ゴムは、濃いエンジ色が付いて……うちはピンと来た。

 これは手術用のゴム手袋をギッチョンギッチョンに切ったもん……それも、事件で犯人が使うたもん。そう閃いた。

「オッチャンら触らんといてくれます。これ、殺人事件の証拠やわ!」

 うちは知ってた。殺人にゴム手袋を使うて、そのあと捨てても、内側に指紋が残る。うちのお父さんが、それをネタに本書いてたさかいに。幸いなことに、指先が三本ほど残ってた。

 番頭さんに言うと、直ぐに警察を呼んで、お客さんらのチェックアウトが始まる頃には、見事に鑑識が指紋を採取した。

「出ました、椎野淳二、前があります!」

 今の警察はすごい。指紋が分かると、直ぐに情報が入って現場でプリントアウトされる。写真が沢山コピーされて、近隣の警察に配られ、何百人という刑事さんが駅やら観光施設を回り始めた。

 そして、容疑者は有馬温泉の駅でスピード逮捕された。

 椎野淳二……杉下の仮名を使てた。そう、明菜のお父さんの弾着の仕掛けをしたエフェクトの人。表は映画会社のエフェクト係りやけど、裏では、そのテクニックをいかして、その道のプロでもあったらしい。

 明菜のお父さんは、お昼には釈放され、ニュースにもデカデカと出た。
 たった一日で、娘と父が殺人の容疑をかけられ、明くる日には劇的な解決。

 この事件がきっかけで、仮面家族やった明菜の両親と明菜の結束は元に……いや、それ以上に固いものになった。

 春休み一番のメデタシメデタシ……え、まだあるかも? あったら嬉しいなあ!

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・40〈有馬離婚旅行随伴記・5〉

2017-11-11 06:10:18 | 小説・2
高安女子高生物語・40
〈有馬離婚旅行随伴記・5〉
   


 明菜のお父さんが逮捕されてしもた!

 逮捕理由は、お父さんが杉下さんいう効果係の人といっしょになって、拳銃殺人のドッキリをやったときの血染めのジャケット。
 ジャケットに付いてた作り物の血に、なんと大量の被害者の血が混じって付いてた。

 話は、ちょっとヤヤコシイ。

 ドッキリを面白がった番頭さんが、そのジャケットを借りて、休憩時間中の仲居さんらを脅かしてた。
 で、最初、警察は番頭さんを疑うた。しかし、番頭さんにはアリバイがある。お客さんを客室へ案内して仕事中やった。
 お父さんは、この旅館には泊まり慣れてて、番頭さんとも仲ええし、旅館の中の構造にも詳しい。
 殺人事件のあった時間帯は、旅館の美術品が収められてる部屋で、一人で、いろいろ美術品を鑑賞してたらしい。事件に気づいて部屋の鍵を返しにロビーへ行ったけど、警察は、これを怪しいと睨んだ。
 美術品の倉庫に入るふりして、番頭さんに貸したジャケットを着て被害者のヤッチャンを殺し、殺した直後ジャケットを番頭さんのロッカーにしもた。そう睨んでる。

 ただ一つ誤算があって、第一発見者が明菜で、明菜が犯人にされてしまい。お父さんは必死で正当防衛やと……叫びすぎた。で、警察は逆に怪しいと睨んだ。調べてみると、アリバイがない。その時間、美術倉庫の鍵は借りてたけど、入ってるとこを見た人がおらへん。ほんで、お父さんが触った言う美術品からは、お父さんの指紋が一切出てけえへん。

「美術品触るときは、手袋するのが常識じゃないですか!?」

 なんでも鑑定団みたいなことを言うたけど、警察は信じひん。お父さんは、ドッキリ殺人のあと、一回この美術倉庫に来てる。せやから、ドアなんかに指紋が付いてても、一回目か二回目か分からへん。お父さんは一回目で、ええ茶碗見つけたんで、もっかい見にいった……これは、いかにも言い訳めいて聞こえる。

「うちの主人は、そんなことをする人間じゃありません。わたし、美術倉庫の方に行く主人を見かけています」
 身内の証言は、証拠能力がない。例え離婚寸前でも夫婦であることに違いはない。

 まずいことに、お父さんの会社は資金繰りが悪く、ある会社から融資をしてもらっていたが、その資金の出所が、殺された経済ヤクザのオッチャンの組織。
「そんなことは知らなかった」
「知らんで通ったら警察いらんのんじゃ!」
 と言われ、ニッチモサッチモいかなくなった。

「明菜、あんたの疑いは晴れたけど。今度はも一つえらいことになってしもたな」
「ええねん、これで」
「なんでやのん、お父さん捕まってしもたんやで?」
「今度はドッキリとちゃう」
「あんた、まさかお父さんが……」
「あほらし。お父さんは、そんなことでけへんよ。なあ、お母さん」
「そうや、せやけど、警察は身内の証言は信用しないし……」
「お父さんの疑いが晴れたら、全部うまいこといく、家族に戻れる。あたしは、そない思てんねん」

 親友明菜は、しぶとい子や。うちは、そない感じた。

 そのためにも真犯人見つからんとなあ……。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・39〈有馬離婚旅行随伴記・4〉

2017-11-10 06:50:01 | 小説・2
高安女子高生物語・39
〈有馬離婚旅行随伴記・4〉
        


 殺されてたんは、新興暴力団のオッチャン。

 見た感じは、普通の会社員みたいやったけど、いわゆる経済ヤクザというやつで、うちのお父さんなんかより。よっぽど株やら経済に詳しいインテリさん。
 で、なんで、このインテリヤクザが、明菜のお父さんの部屋で死んでたか?

 どうやら、対立の老舗暴力団とトラブって、温泉に潜んでいたらしい。ほんで、見つかって逃げ込んだんが、明菜のお父さんの部屋。本人の部屋は隣りなんで、どうやら、逃げるときに間違うたらしい。激しく争うて、奥の部屋はメチャクチャ。で、お父さんのジャケットが窓から外に飛び出した。

 で、ここから誤解。

 警察は、逃げてきたヤッチャンと明菜が部屋で出くわして、明菜が騒いでトラブルに。ほんで、なんかのはずみで、ヤッチャンが持ってたナイフで刺し殺した。
 ほんでから、ここからが大問題。

 正当防衛か、過剰防衛かで、もめた……。

 うちは、必死で説明したけど、警察は女子高生が友達を助けるためにウソついて庇うてると思てる。
 うちは、思た。いっそ誰かが露天風呂覗いて盗撮でもしてくれてたら、証拠になったのに。

 証拠というと、血染めのナイフ。てっきり撮影用の偽物や思たから、明菜は気楽に握った。ベッチャリと明菜の指紋が付いてる。それから、慌てふためいてるうちに明菜の浴衣には、血が付いてしもてる。状況証拠は真っ黒け。

 さらに悲劇なんは、明菜のお父さんもお母さんも、警察の説明を信じてしもて「正当防衛!」と叫んだこと。もう、信じてるのはうちしかおらへん。ごっついミゼラブルや。がんばれ、女ジャンバルジャン!

 うちは、無い頭を絞った。明菜のためにガンバルジャンにならなあかん。

 お父さんの売れへん小説を思い返した。
――プロの殺しは、一目で分かるような証拠は残さへん――
 小説一般のセオリーや。ヤッチャン同士のイサカイに、今時古典的な鉄砲玉は使わへん。
 プロを雇うてるやろ。せやから足の着きやすいチャカ(ピストル)は使うてへん。ホトケさんには防御傷がない。部屋の中を逃げ回ったあげく、ブスリとやられてる。警察は逆に明菜が逃げ回った時に部屋がメチャクチャになった思てる。

 で、もう一つ気いついた。プロの殺しやったら、すぐに逃げたりせえへん。目立つからや。犯人は予定通り泊まって、気楽に温泉に浸かって帰りよるやろ。プロの仕事は目立たんこっちゃから。

 明菜のお父さんとお母さんはウロがきてしもてる。例え正当防衛にしても明菜が殺したいう事実は残る。明菜の心には癒されへん傷が残るやろと思てはる。

 うちは、なんとしても明菜の無実を証明したいと、思た……。

☆ヒント……犯人は、すでに〈有馬離婚旅行随伴記〉の中に出てきています。

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・38〈有馬離婚旅行随伴記・3〉

2017-11-09 06:19:30 | 小説・2

高安女子高生物語・38
〈有馬離婚旅行随伴記・3〉
        


「キャー!」と叫ぶ明菜の口を塞いだ。

 覗き見男と思われたのは、よく見ると、芝垣の向こうの木の枝に引っかかった男物のジャケットだった。
「危うく、ドッキリになるとこやったなあ」
「……あの上着……?」
 明菜は、まったく無防備な姿で湯船をあがると芝垣に向かって歩き出した。同性のうちが見てもほれぼれするような後ろ姿で、お尻をプルンプルンさせながら。
「上の階から落ちてきたんやろなあ……」
「あ、あれ、お父さんのジャケットや!」

 見上げると、明菜のお父さん夫婦の部屋の窓が開いてた。

「なんかあったんちゃうか!?」
「ちょっと、あたし見てくる!」
「ちょっと待ち、うちも行くさかいに!」

 うちらは大急ぎで、旅館の浴衣に丹前ひっかけ、ろくに頭も乾かさんと部屋を飛び出した。

 正確には、飛び出しかけて、手許の着替えの中に二枚パンツが入ってるのに気づいた。なんと、うちはパンツ穿くのも忘れてた。
「ちょ、ちょっと待って」
 明菜は聞こえてないんか無視したんか、先に行ってしもた。
「くそ!」
 慌てて穿くと、こんどは後ろ前。脱いで穿き直して、チョイチョイと身繕いすると一分近う遅れてしもた。

「どないしたん、明菜?」

 明菜は、呆然と部屋の中を見てた。

 続き部屋の向こうの座敷から、男の足が覗いて血が流れてる。
 そして、明菜の手には血が滴ったナイフが握られてた……。

「なんや……今度も、えらい手ぇこんでるなあ」
「うん、あれ、多分お父さん。今度のドッキリはスペシャルやなあ……この血糊もよう出来てる。臭いまで血の臭いが……」
「……これ、ほんまもんの血いやで!」
 明菜は、びっくりしたように、ナイフを投げ出した。
「まあ、鳥の血かなんかだろうけど……お父さん」
 そう言いながら、二人は部屋の中に入っていった。
「エキストラの人やろか?」
 血まみれで転がってたのは見知らぬ男やった。

「キャー!」

 振り返ると、仲居さんが、お茶の盆をひっくりかえして腰を抜かしていた。
「あ、あの、これは……」
「ひ、人殺し!」
 なんだか二時間ドラマの冒頭のシーンのようになってきた。

 そして、これは、ドッキリでは無かった。

 数分後には、旅館の人たちや明菜のご両親、そして警察がやってきた。
 ほんでからに、明菜が緊急逮捕されてしもた……!
 手ぇにはべっとり血が付いて、明菜の指紋がベタベタ付いたナイフが落ちてるんやから、しょうがない……。

「え、うちも!?」
 
 うちも重要参考人ちゅうことで、有馬南警察に引っ張られていくハメになった!

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