大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

やくもあやかし物語・91『机の上のかるた会』

2021-07-31 13:59:04 | ライトノベルセレクト

やく物語・91

『机の上のかるた会』    

 

 

 かるた会をやるのに四畳半では狭い。

 えと、机の上に広げた1/12フィギュア用のミニチュアね(^o^;)。

 

 そこで、お習字の下敷きに敷く緑色のフェルトを布いて、四畳半用の襖と床の間を設えてみる。

 床の間には、花瓶を置いて本物のカスミソウを三本活けてみる。

 カスミソウだから華やかさはないんだけど、かるた会をやる三人(やくも チカコ お地蔵さん)のしるしだ。

「あら、気が利いてる(^▽^)」

 さっきまでの不機嫌は忘れたみたいにチカコ。

 女の子の機嫌なんて、ちょっとしたきっかけがあれば戻っちゃう。

「わたしのを使って」

 チカコが立派な百人一首かるたを出す。

「え、すごい」

 それは漆塗りの縦長の箱。

 十文字に上品な紐が掛かっていて、それを解くと雪の結晶みたいなのと葵と、二つの紋所が金蒔絵で施されている。

 上蓋を開けると、二列に読み札と絵札が積まれている。

「なんか、大河ドラマの小道具みたい!」

「こ、小道具じゃないし(-’’-)」

 チカコは黒猫のボディを使っているせいか、そっけない。

 わたしは……鏡に姿を映して見ると……あ、田村麻奈美!?

 ほら、京介の幼なじみの和菓子屋の娘。

 眼鏡っこで、京介から生まれながらのお婆ちゃんなんて呼ばれてる、桐乃には『地味子』なんて言われてる。わたしも、ふだんは出していないフィギュア。

「えと……」

 絵札を並べて戸惑った。

「なにか?」

「えと……きれいな札なんだけど」

「当然よ、御所お出入りの一流の職人に作らせたものだから」

 ちょっと憎たらしい。

「あ、うん、とっても立派できれいなんだけど……」

「それが?」

 言いよどんでいると、頭の上で声した。

 

「やくもには難しいのよ」

 

「「え?」」

 二人で顔を上げると、桐乃が腕組みして見下ろしている。

「あ、えと……」

「二丁目地蔵よ」

「桐乃の姿なんだ!」

「あ、これが一番活発そうだったから(^_^;)」

「難しそうって、読み札はひらがななんだけど」

「草書体ってか、崩した字だから、今の時代の子には読めないよ」

「え、あ、そうか。やくもは令和生まれなんだ」

「し、失礼ね、平成生まれですぅ(-ε´-。)」

「あ、そ、昭和からこっちはみんないっしょよ」

「なんとかしてやんなさいよ、チカコ」

「わかったわ」

 クルリン

 チカコが右手の人差し指を回すと、読み札の文字が、お馴染みの教科書体に変わった。

「すごい!」

「ふふ、では、始めましょうか。最初は、わたしが札を読むね」

 

 ちはやふる 神代もきかず 龍田川 唐くれないに 水くくるとは~

 二丁目地蔵がお決まりの『ちはやふる』を詠んで、かるた会が始まった。

 

 三回まわって一勝二敗。

 一勝は二丁目地蔵さんが譲ってくれたんだと思う。だって、チカコとの勝負には勝っていたものね。

 こと勝負にかけては、チカコの方がシビアで、ちょっと不満そう。

「むー(-ε´-)」

「いいじゃない、仲良く一回勝てて」

「だって」

「フフ、こどもっぽ~い」

「なんですって(#`Д´#)!?」

「ところでさ、なんで『東窓』って、お札を貼ったら引きこもりの女の子が外に出られるようになったんだろうね?」

 チカコを完無視して、二丁目地蔵さんが指を立てる。

「え?」

「だって、業平さんは東の窓から、お茶屋の娘が大口開けてご飯食べてるのを見て、熱が冷めたんでしょ?」

「あ、そうだよね。茶屋の娘さんが失恋しちゃう話だもんね」

「チカコはどう思う?」

「なによ、わたしにフッてきて」

「気にならない?」

「う~ん……東窓……熱が冷めて……恋が冷める話なのに暗くないわね」

「うん、それそれ! それから高安では東側には窓を付けませんでした……なんて、ちょっと可笑しみがなくない?」

「まあ、平安時代の話でしょ、桓武天皇のお孫さんの話だし。それより、真剣に、もう一勝負しようよ! ね、やくもも!」

「え、あ、うん。二丁目さん、もっかいやろうか?」

「そうね」

「やろうやろう!」

 そして、もう二回やって、三回目に突入したところで寝落ちしてしまった。

 

 夜中に目が覚めると、机の上はきれいに片づけられていて、黒猫も桐乃も、元のフィギュアに戻っていたよ。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸

 

 

 

 

 

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ライトノベルベスト[サンドイッチの妖精・1]

2021-07-31 06:39:21 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

〔サンドイッチの妖精・1〕  




 二十数年ぶりの同窓会は、それなりに盛り上がった。

 成人した年に開いて以来だから、みんな四十路のいい歳だ。

 もう五十代の半ばに見える管理職のやつ。喋る調子は高校生の時のまま……ただし目をつぶっていればという三人娘。未だに独身で人生の折り返しにきて本来の目的で来た婚活派。

 ま、この年代の同窓会の悲喜こもごもが、そこにはあった。

 オレは、出席の返事を出すのに躊躇があった。

 大学は人もうらやむA大学に入った。

 前の同窓会じゃ鼻が高かった。それがきっかけで付き合い始めた美穂も来ていた。放送局に入社したのをきっかけに別れた。正解だった。かつての乙女のバラは太めのママになって面影も無かった。亭主がクラスメートの竹田だったので、セオリー通りシカトしている。

 オレには、ちょっとした希望があった。

 前回の同窓会には来られなかった白羽美耶が来ていないか楽しみにしていた。高校時代は目立たない子だったが、美耶は、大人になれば大化けした美人になると踏んでいる。
アイドルの中にも偶に見かける大器晩成タイプの美人だ。
 出席予定者の中には入っていたが、宴たけなわになってきた今もまだ来ていない。

 顔では業界で鍛えた笑顔でいるが、もう熱は冷めた。

 すまん、今から局に戻らなきゃ

 幹事の竹田に言おうとして、傍らにあったサンドイッチに手を伸ばした。

 誰も手を出さなかった残り物で両横の薄い食パンは乾いてそっくり返っている。まあ、言い訳の小道具だ。こいつを口に入れて、さも予定を思い出したように「すまん」と切り出せばいい。

 そうして残り物のサンドイッチを咀嚼して息を飲み込んだふりをし、竹田に言おうとして、本当に息をのんだ。

「みんな、遅くなってごめん!」

 なんと、白羽美耶が高校時代そのままの制服で現れた!

 一瞬会場がシーンとして、次にどよめいた。

「うそ、美耶、高校生のときのままじゃん!」

「ひょっとして、タイムリープとかしてきた!?」

 美耶は、たしかに明るくなったという点を除いて、ニ十数年前の女子高生そのものだった……。

            ……つづく 

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ホリーウォー・21[ヒナタとキミの潜入記・9]

2021-07-31 06:20:10 | カントリーロード
リーォー・21
[ヒナタとキミの潜入記・9] 



 
 
「日本は昔ほど寛容じゃないの」

 ヒナタは、この事態を予想していたかのように習大佐を見返した。
 
「しかし、あくまで威嚇だ。キミが起爆したら広島型原爆の1600倍の威力がある。地球の1/30が吹っ飛んで、月がもう一つできる。むろん地球上の人類は全滅。そんなものを起爆できるわけがない」
 
 シンラ大司教は、あくまで冷静だった。
 
「東京クライシスのあと、わたしはバージョンアップしてるの。破壊力は広島規模から、その1600倍まで調整可能よ……いま、破壊力を広島型にしたわ」
「……なるほど、日本の技術革新はあなどれないわけだ」
「シンラ大司教、習大佐、あなたたち二人が個人的には良い資質を持っていることは、この二か月余りで分かったわ。だけど国際的には昔通りの覇権主義。お二人の間でさえ、こんな確執がある。この二か月、なんとか穏やかな解決法はないかと考えたけど、もう貴方の存在は容認できないわ」
「シンラ大司教、ここは協力しませんか。互いの問題を解決する前に共通の敵を始末しましょう」
「それが賢明なようですね」
「シンラ大司教、その習大佐はホログラムです。実体は安全なシェルターの中にいる。ここで死ぬのは大司教一人です」
「かまわない。わたしも、それなりのセキュリティーはしてある。今度こそ消滅してもらおう、日本のモンスター」
「あ……」
「気づいたようだね、8丁のパルスガ銃がキミに照準を合わせている。ただ、こういう展開を予想していなかったので、チャージに時間がかかったがね。消滅しろモンスター!」

「わたしの存在を忘れちゃ困るわね」

 キミが声を上げた。
 
「開花、おまえは……」
 
「あたしは、ヒナタのガードよ。ここでむざむざヒナタを自爆なんかさせない」

 次の瞬間、音もなくヒナタとキミの姿は消えた。

「パルス変換して!」
 
 キミの圧縮信号で、ヒナタは状況を理解した。
 
 でも……
 
「どうして、あたしたち裸なの?」
「シンラの制服にはナビチップが縫い込まれてるの。あれ着たままだとテレポしても直ぐに居場所が掴まれる。そこら辺にある制服を着て」
「ここ……?」
「天壇女子中高の倉庫。卒業生が寄付してった制服がいっぱいあるから、サイズ合うの着て。それから姿かたちは今送る情報で擬態して」
 
 言われるままにヒナタは、天壇女子中高5年生呉春麗(オ・チュンリー)に、キミは妹の雪麗(オ・シュェリー)になった。
 
「あら、可愛い子ね」
 
 擬態した自分を鏡に映して思わずヒナタが言った。
 
「ちょっと、操作するわね……」
 
 春麗と雪麗は、ここ一週間休んでいる生徒だ。理由までは分からないが、居てもおかしくない存在である。もっともキミは下校時間までしか、ここに居る気は無かった。
 
 キミのテレポ能力は、単独で半径1キロ。ヒナタと二人では、500メートルが限界なのだ。それで緊急避難として天壇総本部に近い天壇女子中高を選んだのである。
 
 しかし、下校時間には、どこか他のところに行かなければ怪しまれる「ま、その時に考えよう」キミは基本的にポジティブなガードである。
 
 春麗と雪麗の学校生活における情報は取りこんであるので「あ、二人とも久しぶり」と友達に言われるだけで済んだ。
 
 午後から登校したという記録も、学校のコンピューターに思い込ませてある。
 
「二人とも、放課後に一週間の欠席について説明にきなさい」
 
 生徒指導の先生に言われたのは困ったが、まあ、それまでに学校をトンズラしてしまえばいいと決めた。

 で、放課後。

「春麗、雪麗、お父さんが来られてるから、応接室まで来なさい」
 
 担任に言われてビックリ、想定外なことである。キミはヒナタといっしょになったらテレポすることにした。
 
「雪麗!」
 
 廊下で声を掛けてきたのは、見知らぬオッサン……そのオーラとパルスは二人の父親であると推測された……。

 危うし、ヒナタとキミ!
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誤訳怪訳日本の神話・52『天孫降臨と二つの恋・3』

2021-07-30 09:06:58 | 評論

訳日本の神話・52
『天孫降臨と二つの恋・3』  

 

 

 記紀神話においては神さまは不老不死です。

 

 たとえ負けても、どこかに引き籠ったり(スサノオは高天原でボロ負けしたあとは地上で暮らしています)、分裂したり(イザナミを焼き殺した火の神はイザナギに切られますが、分裂して地上に散らばります。イザナミは焼き殺されますが、黄泉の国で永遠に生きています)して永遠の時間を生きます。

 アマテラスの息子たちも不老ですが、殺されると死にます(アメノワカヒコはオモヒカネが投げた矢が当たって死にました)。

 そして、アマテラスの子孫である歴代天皇は、みんな病気にかかったりして、普通に死んでいます。

 では、なぜ、神の子孫である天皇は、普通に死ぬようになったのでしょうか?

 

 神さまが人間のように死ぬようになったのは天孫降臨したニニギノミコトからなのですが、それには、天孫降臨にまつわる、もう一つの恋が関係しているのです。

 

 ニニギノミコトが笠沙の海岸(鹿児島県の薩摩半島の西)を歩いていると、メチャクチャ可愛い女の子に出会いました。

「きみの名前は(^_^;)?、ど、どこの娘さんかな(#'∀'#)?」

 一目ぼれしたニニギはさっそく名前を聞きます。

「え、えと、山の神オホヤマツミの娘でコノハナノサクヤヒメと申します(#'∀'#)」

 そう、彼女こそ木花開耶姫(コノハナノサクヤヒメ)なんですなあ(^▽^)!

 

 大阪市に此花区という区がありますが、元になったのは木花開耶姫が元だったんです。

 女の子の名前でもサクヤというのはクラスに一人はいるくらいにポピュラーな名前ですが、その元々も、このサクヤでしょう。

 花博の日本館を『咲くやこの花館』と言いましたが、もちろん、サクヤから採った名前であります。

 一目ぼれしたニニギは、スグにプロポーズしてサクヤを妻にします。

 そうすると山の神も心から喜んで、様々な嫁入り道具といっしょに、サクヤの姉の岩永姫(イワナガヒメ)も送ってきました。

「あ、おねえちゃん!?」

「エヘヘ、あたしもついてきちゃった~、ニニギくんもヨロ~(#´艸`#)」

 いま、妹をもらうと洩れなくお姉ちゃんも付いてきます!

 なんだか、テレビ通販のノリですなあ。

 テレビ通販に付いてくるオマケは、たいてい型落ちの在庫整理品だったりします。

「こ、これが、サクヤの姉ちゃんなのか(⊙△⊙)」

「うん、ま、よろしくね(^_^;)」

「ちょ……ちょっとなあ……」

 イワナガは、妹の十倍くらい大きくて厳ついオネエチャンであります。ルックスも名前の通り岩のようにゴツゴツしております。

 さすがのニニギも、ちょっとビビってしまい、テレビ通販にはクーリングオフがきくのを思い出して、イワナガを送り返してしまいます。

 後日、父の山の神から手紙が届きます。

――姉のイワナガを送ったのは、ニニギノミコトが巌のように丈夫に健やかに永遠の命を持たれることを願ったものです。イワナガを送り返されましたのでミコトの御寿命は、そう長くはないでありましょう――

 それ以来、歴代天皇は人と同じほどの寿命になりました。というオチになっています。

 黄泉比良坂の千曳の大岩を挟んで、イザナギとイザナミが言い争って、人は一日に500人ずつ増えることになったというエピソードと対になる話だと思います。

 イワナガヒメは、山の芯(コア)になる岩を現しているのだと思います。芯がしっかりしていないと、地震や大雨で、一見不動に見える山でも簡単に崩れることを古代の人々は知っていたんですねえ。

 コノハナノサクヤヒメは、その巌の上に根を張って可憐に咲く花や果実を現しているのでしょう。

 一見、山の神の意地悪に見えますが、事の本質を現したものだと思います。

 

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ライトノベルベスト〔詫びに来た8月〕

2021-07-30 06:56:42 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

〔詫びに来た8月〕  

 



 車を洗っていると、後ろで気配を感じた。

 振り向くと、カットソーの上にギンガムチェックのシャツ、足許はジーンズにスニーカーの女の子。その子がセミロングの髪を風になぶらせながら立っている。

 目が合うと何か言おうとするんだけど、すぐに言葉を飲み込んで伏目がちになる。

 三度目に、こちらから聞いた。

「なんか用?」

 仕事柄、明るい印象で言ってしまうので、安心したんだろうか、はにかみながら、その子が言った。

「すみません、わたし8月なんです。お詫びにきました」

 そこまで言うとペコリと頭を下げる。なんだかファストフードの店で、バイトの子が謝ってるような初々しさがあった。

 え……今なんつった?

「雨ばかりで、気温も上がらずに、ご迷惑ばかりおかけしました。今日で8月も終わりなんでお詫びに……」

 少しおかしい子か、それともドッキリ? どこかにカメラが?

「あ!」

 と思うと、道の真ん中に飛び出しトラックの前に飛び出し、トラックは何事も無かったように、彼女と交差して行ってしまった!

 とりあえず人間でないことが分かった。

「わたし、あなた担当の8月なんで、他の人には見えないんです」

「オレの担当!?」

「はい、牧原亮介さま」

 と言うわけで、少女姿の8月を助手席に乗せて車を走らせている。

「これで、キミの気がすむわけ」

「いいえ、亮介さんが、わたしのせいでこうむった不利益を取り戻しにいくんです」

 この台詞は、車に乗せる前と、海岸通りの道に入る前にも聞いた。

「不利益こうむった人なんて、他にもいっぱいいるだろ。水害で家族亡くしたり家流されたりって」

「そういうとこには、別の担当者が行っています。ほとんど、ただひたすらお詫びし、お慰めすることしかできないんですけど……」

「オレなら、別に不利益なんかなかったぜ。冷房代かかんなくて助かったぐらいだよ」

「そう言われると辛いです。亮介さんのは、まだ取り返しがつくかもしれません。信じてください」

「ん……でも、8月の割には、もう秋ってかっこうしてるね」

「成績が悪いんで9月も担当することになりましたんで、あ……あ、その道を左です」

 その道は旧道で、海沿いという以外取り柄のない道で、路面も悪く通る車はめったにいない。二キロほど行くと、パンクでもしたんだろうか、若い女性がサイクリング用自転車と格闘しているのが見えた。

「あ、夏美じゃないか!?」

「あ、亮介……どうして……?」

 気づくと、8月は車を降りて、少し離れたところから、オレたちを見ている。

 オレは、夏美と二回泳ぎにいく約束をしていた。二回とも台風と大雨で、文字通り流れてしまっていた。別の日に映画とか提案したけど却下だった。タイミングと要領が悪いんだと思っていた。

「こういう太陽の下で、泳いでみたかったんだ……その代わりに海沿いを走りまわっているわけ」

「こんなとこで、修理も大変だろ。自転車ごと乗せてやるぜ」

「ありがと。でもいいの。友達にメールしたら、ここまでサルベージに来てくれるから」

「え、ああ、そうか……」

 夏美は「友達」というところで目を伏せた。その声としぐさで「友達」が分かった。

 職場で夏美を密かに張り合っている秋元だ。

「そか……じゃ、オレ行くわ……」

「うん」

 そっけない返事に接ぎ穂も無くて、8月が待っている車に向かう。

「すみません。いいシチュエーション作ったつもりだったんですけど……」

 8月が助手席で俯いた。

「8月のせいじゃないよ。もう一歩踏み出してもよかった……ダメ押しで断られるのが怖かったからさ。そういう男なんだよオレは。どう、もう少しドライブ付き合ってくれる?」

「ごめんなさい、そろそろ9月の用意しなきゃならないから……」

 8月は名残惜しそうにオレのことを見ながら、ゆっくりと消えていった。

 もう一言いえば、別の答えが返ってきそうな予感はした。でも、なんにも言えないオレ。

 まあ、気長に……9月になったら、よろしく。

 アクセルを踏み込む。暴走……のつもりが小心者、10キロしかオーバーしていない。

 でも、どこにいたのかパトカーが追いかけて停車を命じている……。

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ホリーウォー・20[ヒナタとキミの潜入記・8]

2021-07-30 06:23:07 | カントリーロード
リーォー・20
[ヒナタとキミの潜入記・8] 


 
 
「シンラ大司教、国家反逆罪で逮捕する」

 そう言ったとたんに、シンラ大司教の執務室にはバリアーが張られた。
 
「バリアーなんか張ったら、武装した部下たちが突入してくるぞ!」
 
 習大佐は、反射的に叫んだ。
 驚いたわけではない、バリアーは予想の範囲内なので威嚇したに過ぎない。
 
「三十分は破れません。ダミーの情報が流れます。今度のわたしの大陸遊説の成果をもとに今後の計画を話し合うという情報です」
 
 シンラは、あくまでも落ち着き柔和な表情を崩さなかった。習大佐は、逮捕令状をたたんだ。たたむと緊急信号が発せられる仕掛けになっている。
 
「無駄ですよ、大佐の緊急信号は、この執務室からは出ることができない。明花くん開花くん、モニターを」
 
 ヒナタの明花は、モニターのリモコンを操作した。天壇の教会の内外で配置についている部下たちが映されるが、彼らの動きに変化はなかった。開花のモニターには穏やかに話し合うシンラと習大佐、そして秘書として控えている明花と開花が映っている。
 
「くそ、これは……」
 
「習大佐が、ここに来ることは織り込み済みです。そのセキュリティー付の逮捕令状は、とりあえずのもの。軍司令部に連行したあとは、わたしを破壊することになっていますね。あなたは、わたしのことをアンドロイドと勘違いされている。この国にはアンドロイドには人権はありませんからね」
「そうだ、どんなに優秀であろうと、この国はロボットによる支配は認められない」
「ロボットとは見くびられたものですね。一体なにを証拠に?」
「この一か月間のあんたのデータだ。人間の能力をはるかに超えている。そこの明花開花姉妹でも交代で休憩をとっている。あんただけが不眠不休。ロボットである証拠だ」
「仕方のない人だ。たったこれだけの資料でわたしをロボット……正確にはアンドロイドでしょうが。そう決めつけてしまわれる。わたしはサイボーグです。ここだけは人間です」
 
 ポンポン
 
 シンラは、自分の頭をたたいてみせた。
 
「嘘だ。身体はともかく、人間の脳が、あんな不眠不休の行動に耐えられるわけがない」
「わたしの脳はハイブリッドです。休息する間はCPで制御されている。必要なときはCP は強制的に、わたしの脳みそを叩き起こしますが。今がちょうど、その状態です。逮捕してお調べになれば分かるでしょうが、そんなことをすれば、この国の、いやこの大陸のシンラ教徒が黙ってはいない。あなたの部下にも信徒はいます。明花くん外部映像にフィルターを」
 
「はい」

 なんと、出動した部下たちの1/3がシンラの信徒であった。

「わたしは、なにもこの国を支配しようと思ってはいません。願いはただ一つ。中華国家の復活です。大佐、あなたの悲願でもあるはずだ。それより、習大佐が気を付けなければならないのは日本から送られてきた究極兵器だ」
「……ヒナタのことか。あれはガセだ。入国の噂はたったが、以後なんの情報も無い。小心者の日本がそこまで冒険すると思うのが心理戦にハマった証拠。日本人に地球を人質にしたような行動はとれない」
「日本を見くびってはいけない。なんといっても三発目の核攻撃を受けたんだ、しかも、その三発目は、この中華国家が撃った。五か国に分裂して、責任をあいまいにしているが、日本人は、そこまで寛容じゃない。そうだろ明花……いや、ヒナタくん」

 シンラの穏やかな目と、驚愕した習大佐の目が同時にヒナタに向けられた……。
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せやさかい・219『朝顔の双葉が開いた』

2021-07-29 09:09:14 | ノベル

・219

『朝顔の双葉が開いた』さくら      

 

 

 きのう双葉が出てきて、今朝は開いてました!

 

 朝顔ですよ! 朝顔!

 なんであろうと人や物が成長するのは嬉しいもんです。

 小学一年生のころ、初めてつけた朝顔日記の興奮が蘇ってきます。

 お母さんと二人、百均で買ってきた鉢に種を撒いた……というか、二センチくらいの穴をあけて種を入れた。

「え、なんでお尻切るのん!?」

 お母さんがカッターナイフで種のお尻を小さく切ったんで、ビックリ!

「種も人間も、ちょっと傷があるくらいのが伸びるんだよ」

 もっともなようやけど、その時、ニタリと笑ってたお母さんは、ちょっと怖かった(^_^;)

 双葉が出てきた時は、二個の種が合体したんやと思た。

 あくる日には、もう一個双葉が出て来たんで、種の力が余って分身の術をつかったんちゃうやろかとカンドウした!

 カッターナイフを出して、お母さんに迫った。

 

「お母さん、さくらのお尻も切って!」

 

「え、え、なに(;'∀')!?」

「お尻切ったら成長がはやい!」

 アホやったんですわ(-_-;)

 でも、母さんは応えてくれた。

「それやったら、生まれた時に切ったよ」

「え、ほんま( ゚Д゚)?」

「自分で、確かめたら?」

「うん」

 手を後ろに回して確かめたら、確かに割れてて大感激。

 しばらくして、もう一回お母さんに聞いた。

「前の方も切ったあ?」

「え?」

「そやかて……」

 アホな思い出です。

 お尻が最初から割れてるのは、小一でも知ってます。

 一瞬、ホンマかと思たけどね(^_^;)

 まあ、そんなアホなことをやって、寂しさを紛らしてたんです。

 

「え、お尻って切るんだ?」

 

 今度は留美ちゃんがビックリ。

 お祖父ちゃんが植えたのは発芽処理がしてあるので、お尻を切ることはなかったんで、お母さんとの思い出を話すとビックリした。

「それはな、種の殻が硬すぎるんで、中には殻を破れんと腐ってしまう朝顔があるからや」

 二人で朝顔の双葉を観てると、お祖父ちゃんが解説してくれる。

「そうなんですか?」

「うん、啐啄同機(さいたくどうき)という言葉がある」

「「サイタクドウキ?」」

「うん、鳥の雛が卵の殻を割って出てこようとするときに、親鳥は、それを助けようと外から殻をつつくんや。鳥は三歩歩いたら覚えたこと忘れるっちゅうけどな。そういう大事なことは、ちゃんと知ってるっちゅう格言やねえ」

「それって、人にものを教えるとか教育の本質ですよね!」

「おお、留美ちゃんは賢いなあ」

「え、えと……」

「子どもが習いたいと思う時に習いたいものを教えるのが大事だって意味ですよね……含蓄のある言葉です」

 か、かしこい(;'∀')

「まあ、人間には目に見える殻はないさかいな、ちょっとむつかしい」

 

 その時、ダイニングの方から「朝ごはんですよお!」とおばちゃんの声。

 

 今朝のお祖父ちゃんは、トーストにゆで卵。

 テーブルの角でコンコンやって殻をむこうとしたら……

「あ、ああ、生卵や!」

『え、あ、ごめんなさい、お父さん(^_^;)!』

 おばちゃんの声がして、うしろで詩(ことは)ちゃんが笑っておりました。

 

 うちの夏休みは、ゆったりと始まっておりました……

 

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ライトノベルベスト『明日天気になーるかな?』

2021-07-29 07:02:51 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『明日天気になーるかな?』  

 



 絶対に雨が降ると思っていた。

 だって台風が来るんだし、天気予報はテレビでもネットでも大荒れの傘印だった。
 それが、快晴になってしまった。

 あいつの力は本物かもしれない。

 テレビでは可愛い天気予報士が言い訳めいた解説をしていた。

「台風は予想より東側のコースをとり、コースの東側はバケツをひっくり返したような大雨と暴風になりましたが、西側は風こそ吹いたものの、所によっては快晴と言っていい日和になりました。この現象は……」

 あの日から、271/364になった……。

「ごめん、あなたといっしょにやっていく自信なくなたの……」

 決別のつもりだった。

「……弱気になってるだけだよ」

 テレビで観た野球の感想を言うように、省吾は気楽に言う。

「でも、考えに考えた末なの。鹿児島に省吾が転勤して……自信ないの。東京にいる間だって、いま、こうしている間だって、省吾には、いいとこ見せなきゃって……ああ……もう、疲れちゃったの」
「そんなこと気にしてたのか」
「あたしって、家にいるときは、もっとだらしないし、昔のあたしは……」
「昔、美奈穂が、どんなだったか知らないけど、今は、ちゃんとした美奈穂じゃないか。そんな昔の自分に囚われてるなんてナンセンスだよ。それともオレへの気持ちが冷めてしまった……それなら、諦めるけど」
「そうじゃない。いや……そうかもしれない……もう、分かんない!」

 あたしはプラタナスの枯葉が積もった歩道にしゃがみこんでしまった。

 省吾も同じようにしゃがみこんでくれた。

「じゃ、こうしよう。鹿児島に居る間、ずっと東京の天気予報をするよ。とりあえず一年間。オレ……75%の確率で当てて見せるから。それ以上だったら、オレは会社辞めてでも東京に戻ってくる。そして美奈穂の気持ちが変わっていなかったら……結婚しよう」

「あたし……学園にいたの」

 省吾の気持ちをクールダウン……いやフリーズさせるために秘密を言った。

「……ああ、女子鑑別所か」
「保護観察ですんだけど、省吾が思っているような女じゃないのよ」
「……言ったろ、今の美奈穂がいれば、それでいいって。いいじゃんか。じゃ、飛行機の時間だから。いいな、絶対75%以上天気あてるからな!」

 そして、明日で一年。

 省吾はスマホで天気予報を送ってきた。

 そして、明日が当たれば完璧な75%になる。

 そして当たった。

 省吾の天気予報は毎回「晴れ」だった。

「どうして、どうして当たったのよ!?」
 羽田のロビーで省吾に抱き付いて聞いた。
「外れて欲しかったか?」
「ううん、そんなことない。そんなことないよ!」

 省吾は、秘密を二つバラした。

 一つは、東京の晴れの確率は75%だということ。でも、これって平均だから、下回る可能性も半分有る。よほどのハッタリか、一か八かの賭けだった。
 もう一つは、会社の人事命令に逆らって東京に帰ってきたので、会社を辞めざるをえないこと。
 嬉しかったけど、身の縮む思いだった。

 省吾は、持っていた免許を生かして、都立高校の常勤講師になった。楽な学校じゃなさそうだったけど、楽しそうにやっている。演劇部なんてマイナーなクラブの顧問をやって、地区大会で優勝させてしまった。その地区は生徒が独自に審査して出す賞もありそれも金メダルだった。金地区賞とかいて、通称コンチクショウ!

 あたしたち、来春には結婚します。

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ホリーウォー・19[ヒナタとキミの潜入記・7]

2021-07-29 06:40:33 | カントリーロード
リーォー・19
[ヒナタとキミの潜入記・7] 



 

 大陸の五大国家で、一斉にデモが起こった。

「中国の再統一を!」という点では全て一致していた。ただ、その統一は、自分の国が中心になって行われなければならないという点でだけ違いがあった。

 シンラは、裏で動いている人物を特定していたが、昔の中国のように、弾圧や身柄の拘束は行わなかった。

 その代り、シンラは、大陸各地100か所余りを一週間で周り、大衆に呼びかけた。

「シンラの考えは、みなさんと同じです。中国の再統一です。しかし、その主導権は、どこの国がとっても構わないと考えています。これは父なるマルクスが、我らに示したもうた節理なのです。五つの国でおこっているデモに首謀者はいません(本当は習大佐らが糸を引いていることはつかんでいる)みなさん中国の市民の人々が、自然発生的におこされたことは歴史的な必然です。五つに分かれた大陸国家中国は、建国の理念を忘れ、旧態依然たる悪幣に戻ろうとしています。情実と不正にまみれた政治の姿です。不正と腐敗の仕方は国によってまちまちですが、それに糾弾の声をあげたみなさんの心は一つです。同じ民衆の声なのです。だからいずれの国が主導権を握ろうと、真の勝利を手にするのはあなた方なのです。これが革命の節理です。この必然と言っていい節理を発見した父なるマルクスに感謝しましょう。そして祈りながら行動しましょう。身の回りにある不正や情実に目を向けましょう。統一は、そのあとに歴史的な必然としておこります!」

 シンラは行く先々の方言でしゃべり、呼びかけの後は、かならず民衆との討論、その結果としての折伏になり、シンラの宗教団体は大陸の精神的な支柱の柱として堅固さを増していった。

 明花(ヒナタ)は自分を戒めていた。シンラの活動に100%付き添っては身が持たない、人間としては……そこで息女女史のクラブで働いていた開花(キミ)を呼んで、交代で付き添うことにした。

「これを見ろ……」
 
 習大佐は、コンピューターの資料を部下の幕僚に見せた。それは、一週間あまりのシンラの綿密な行動記録であった。喋った内容はもちろんのこと、消費カロリー摂取カロリーの差まで記録されていた。
 
「人間業とは思えませんなあ……」
「その通り。付き添いの部下たちは交代でやっている。熱狂的な部下も五日目あたりで脱落している。人間としての限界を信仰が超えられると思っているんだ。こういうバカはどうでもいい。自分の限界を知りながら効率よく交代しているやつらこそ怖い」
「今では、明花、開花姉妹がマネジメントをやっているようですが」
「君は、今度のデモ騒ぎは、わたしの負けと思っているかもしれん」
「いえ……そんなことは」
「かまわん。見かけは完全な敗北だ。だが、わたしの狙いは、その先にある……」

 そう言って、大佐は、今時珍しいアナログの腕時計のネジを巻いた。部下が苦笑した。  

「ハハ、おかしいだろうね。わたしは道具としてデジタルは使うが、デジタルには動かされたくはないんでね」

 北京の街は落ち着きを取り戻していた。
 
 ジジジ ジジジ ジジジ ジ。
 
 時計のネジはネジ切れる寸前まで巻かれ、力強く明日に続く時間を刻み始めた。
 
「よし」
 
 習大佐は、その敗北に似た勝利に確信を持ち始めていた……。
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魔法少女マヂカ・224『大日本服飾の申し出』

2021-07-28 09:42:41 | 小説

魔法少女マヂカ・224

『大日本服飾の申し出語り手:霧子   

 

 

 再生服の頒布は好評だった。

 なんせ、元は廃棄するカーテンだったりテーブルクロスだったり。そのことを隠さないで配るのだから、もらう方も気が楽だ。中には日焼けや色褪せがハッキリわかるものもあったけど、春日メイド長のアイデアで生地の取り方を工夫して、自然なグラデーションに見えるようにしてある。

「こりゃ紫裾濃(むらさきすそご)だ(^▽^)」「紅匂(くれないにおい)だよ(^□^)」と年配や、粋筋のおばさんたちにも喜んでもらえた。

 子どもたちには色褪せたテーブルクロスの再生服。子どもは、思い切り遊びたいものだ、だから、多少よれていたり、褪せていたほうが気を遣わなくていい。

「救援に来てくれた兵隊さんが、こんなの着てた!」

 男の子たちは、兵隊さんたちに通じるような『働く服』的なものが嬉しいようだった。

 女の子たちには、ワンピース。

 胸の下で切り返しになっているのは、生地の都合(変色とか、寸が足りなかったり)なんだけど、その切り返しを逆手にとって色合いや柄を変えてみると、けっこうおもしろい。女の子は、どんな時でもお洒落が好きだ。

 

 そして特筆すべきは、みんな笑顔になってきたことだ。配る方も配られる方も。

 

 最初は教会の周りを走り回って、疲れが滲んだ顔でやっていたんだけど、もらった子どもたちが「おねーちゃんありがとう(#^□^#)」と笑顔を返してくると、こっちも「どういたしまして(#^▢^#)」という顔になる。司祭のマッキントッシュさんも「神さまも喜んでます(^曲^)!」と歯を見せるようになった。

 震災では、数えたら胸が潰れるくらい大勢の人が亡くなった。

 でも、だからと言って、残された者たちが沈鬱な顔をしていては浮かばれない。残された者が笑顔で働いて、遊んで、それで、初めて成仏するんだと思う。キリスト教的に言えば、髪のご加護があるというものだ。

 ただ、予定の時間の半分で用意していた再生服が無くなってしまい、次の補充のあてがつかなくなった。

 少なくとも、半月は無理だ。目算で、そう思った。

 

「お話があるのですが」

 

 大人用の再生服を手に持った男の人が前に立った。

「あ、縫製ミスがあったでしょうか?」

 なんせ、再生服。ほつれや、僅かな縫い漏らしなどがあって、たまに苦情を言う人がいる。

「いえ、こういう者ですが」

「はい?」

 差し出された名刺には『大日本服飾工場長』の肩書があった。

「わたしどもの工場も倉庫も、震災に遭って相当の被害を受けました。まだ、再建の目途も立たずに、倉庫の生地や布地も水を被って商品にはなりません。このままでは廃棄と覚悟していたのですが、みなさんの再生服を見て、これならいけると思ったのです」

「は……と言いますと?」

「よかったら、わたしどもの生地を使っていただけませんか?」

「え、本当ですか!?」

「はい、僅かですが、残ったミシンもあります。こちらでもお手伝いできれば、従業員たちにも励みになります」

「嬉しい! えと、わたし一存では決められませんので、えと……田中ぁ! ちょっと話を伺ってちょうだい!」

 教会の中で手伝いをしていた田中執事長に声を掛ける。

「はい、お嬢様、なんでしょうか?」

 執事服の田中が出てきて、工場長さんは、ちょっとビックリ。田中が話をして、高坂公爵家の娘だと知ると目を剥いた。

 努力の甲斐あって、普通の女学生として奉仕活動をやることには成功したようだ。

 十分ほど立ち話をすると、田中がメモ帳を見ながらやって来る。向こうで工場長さんが最敬礼するので慌ててお辞儀を返す。

「最終的には殿様(父の事を、使用人たちは、こう呼ぶ)のお許しが要りますが、おそらくお許しくださるでしょう。お屋敷に戻りましたら、今夜にでも相談いたします」

「よかった、そうしてちょうだい」

「ねえ、ちょっとなんやのん?」

 聞きつけたノンコがやってきて、学習院組も寄って来る。

「うん、ちょっとすごいことになるかも!」

「「「すごいこと!?」」」

 まだ中身も話さないのに、みんなの頬が赤くなり、目に力が宿る。

 今夜は、晩御飯が美味しくいただけそうだ(^▽^)/

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
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ライトノベルベスト『さよならフェブ』

2021-07-28 06:53:51 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『さよならフェブ』  




 それはいきなりだった。

 スマホの着信なんて、いつでも誰にでもいきなりなんだけど、フェブのそれは、いつもいきなりって気がする。

 それは、ボクが、なによりも、誰よりもフェブのメールを待ちわびているせいかもしれない。

 フェブと出会ったのは、節分の夕方。

 帰宅部のボクは、ダラダラと教室でユイたちととりとめのない話をして、ゲンが「腹減った!」とお腹の虫といっしょに叫んだのを汐に、やっと帰ることにして、そして駅で上りのゲンたちと別れた。

 下りはオレとユイの二人だ。

 ユイとは一年から同じクラスで、二年になってからはクラスで一番気の合うカノジョだ。

「いつまでもバカやってちゃダメだね」

 ユイが、ホームのガラスに映るボクに言った。

「そう……だな」

 あいまいに返事した。

 ユイもボクも、帰宅部の半分くらいが進級が危ない。実際一年の時の帰宅部の半分が二年になれなかった。

 この会話は儀式みたいなもんだ。二年になっても三回目だ。

 そう誓っては、その次のテストでは赤点だらけ。で、傷の舐めあいみたく放課後遅くまで残って、くだらない話をして時間を潰す。たまにみんなでカラオケとか行くけど、それ以上の付き合いなんかじゃない。

 よくわかっている。

 ユイもボクの事をカレだと思ってくれているけど、一年の学年末テストの前キスのまね事をしただけだ。本当に男と女の関係になったやつもいたけど、二年になった時には学校にはいなかった。

 ボクたちは、高校生のまね事をやっているだけなのかもしれない。だから、ユイもガラスに写ったボクにしか言わないし、ボクもいいかげんな返事しかしない。

 フェブは、商店街の脇道の風俗街の入り口で、客寄せのポケティッシュを配っていた。赤いダウンを羽織って、少し疲れた笑顔で配っていた。ハーフなんだろうか、どこか顔立ちが外人ぽかった。

「キャ!」

 フェブが悲鳴を上げて倒れた。スマホを操作しながらサラリーマン風が知らん顔して行ってしまった。

「大丈夫……?」

 そう言いながら、ボクは飛び散ったポケティッシュを拾い集めた。

 ダウンの前がはだけて中のコスが見えた。アイドル風の夏のコスだった。超ミニのスカートから伸びた白い足がまぶしかった。反対側の足をかばっている指の間から血が滲んでいる。

「よし、これで大丈夫」

 伯父さんは手際よくフェブのひざの傷の手当てをしてくれた。

 伯父さんは商店街で薬局をやっている。ボクは急いでフェブを連れてきたんだ。普段なら見ないふりして通り過ぎていただろう。でも、もののはずみと、フェブの風俗ずれしていない可憐さ、そして、なんだか分からない申しわけなさがごちゃ混ぜになって、風俗の子を助けるという……いつにない行動に走った。

「すみません、あたしみたいなのが表通りまで出てきちゃって……」
「事故なんだから仕方ないよ。鈴木の店で働いてんだね。あそこなら安心だ」
「分かるんですか?」
「ああ、やつとは幼馴染だからね、神社の次男坊の気軽さかな、あいつは商売の方が向いてるよ」
「マスターは今夜は実家の手伝いです」
「節分だもんな。健、お前には珍し人助けだったな」
「そうだ、ありがとう。まだお礼言ってなかった」

 それがフェブとの出会いだった。

 フェブは、ナントカって国(聞いたけど忘れた)と日本のハーフ。風俗で働きながら芸能界を目指しているらしい。
 いろいろオーディションを受けたり、バックダンサーの端の方で時々テレビにも出ているらしい。
 フェブというのは、二月生まれなんで、フェブラリーの頭をとってつけた名前らしい。伯父さんの店でメル友になった。

 フェブは芸能界でがんばりたいので、高校を中退してがんばっている。というのは表向きで、経済的な理由で続けられなかったようだ。

 遅刻しないだけが取り柄のボクは、朝が早い。

 商店街の喫茶店で働いているフェブを見た。夜はガールズバー、朝は早くから喫茶店。
 笑顔でがんばってるフェブがまぶしかった。

 フェブからは、しょっちゅうメールが来る。学校のいろんなことを聞いてくる。その都度ボクはメールを返した。おかげで、ボクの時間割から、成績まで教えてしまった。
 フェブは、授業時間中には絶対メールをよこさない。中退したフェブは学校の大事さをよくわかっているようだ。

 帰り道、三日に二度ほどフェブと短い立ち話をした。

「テスト一週間前なんだから、もっと早く帰って勉強しなくちゃ!」
 先週は本気で怒られた。
「ここってとこで本気になれないやつって最低だよ」
 とも言われた。

 でも、ボクは放課後ダラダラとミユたちとしゃべってしまう。ボクはフェブに嘘をつくようになった。家に帰って勉強してるって……。

 だけど、フェブにはわかるようだ。嘘には、どこか矛盾が出てくるから。そして、嘘は学校で補習を受けているっていうところまで広がってしまった。

――このごろ、話すとき目線が逃げるけど、なにか……考えてる?――
――ちょっと疲れてるかな――

 そのあくる日に最後のメールが来た。

――来月の一日に東京のオーディション。準備があるから、明日から東京。あたしにも健にも二月は28日までしかないんだからね――

 ボクにはフェブが二月の妖精か、二月担当の神さまのように思えた……。




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ホリーウォー・18[ヒナタとキミの潜入記・6]

2021-07-28 06:37:04 | カントリーロード
リーォー・18
[ヒナタとキミの潜入記・6] 



 
 シンラの毎日は想像以上に多忙だ。

 五つに分裂した中国が底の底で結びついているのは、シンラの活動があるからだと思えた。
 
 大陸各地に、シンラの司教や宣教師を送り込まれていて、その報告が毎日天壇の本部に送られてくる。様式はまちまちで、大概はスマホやパソコンからのメールであるが、中には古色蒼然たる手紙や電話である場合もある。
 
 中国は広い。大陸の隅々までシンラのネットワークが完璧に張られているわけではない。
 
「ネットワークを張ろうと思えば、いつでもできる。しかし、その人その地域に合った通信手段があるんだよ」
 
 シンラはにこやかに語りながら、秘書官の明花(ヒナタ)といっしょに整理しながら目を通していく。その場で答えを書いたりメールしたり、一部の者はシンラの幹部と話し合うためにデータ化したうえで、幹部それぞれに転送。会議が行われる時点で情報は共有化されている。
 
 部局は、五つに分かれた中国と、海外部門が二つの計七つに分かれていて、七つの部局にも、担当地域からの情報や報告が入っている。
 
 一見二重作業のように見えるが、頭脳を複数にすることによって、地域的、人種的な偏見をできるだけ排除しようというシステムである。この制度があることで、シンラは五つの大陸国家の枠を超えて活動ができるのである。
 
「シンラ同志の速読と決断の早さはすごいですね!」
 
 仕事が一段落したところで、明花は感嘆の声をあげた。
 
「なあに、慣れですよ。確かに慣れたと言っても大変ですがね、大陸や世界をリアルタイムで理解しておくのには手を抜けないところです」
 
 柔和な、慈悲深いと笑顔でシンラは語る。この優しく理性的な様子から、あの残忍なテロの主導者であるとはとても思えなかった。

 習大佐は面白くなかった。いや、危機感をつのらせていた。

 先日のクーデタは大成功であった。漢民主国から、国家よりも自分の利権を第一にする中国伝来の守旧派は排除できた。
 
 クーデタでできた政権は、必ずクーデタで倒される。それを芽のうちに摘んでおくために、シンラに劣らない情報網で、国の情報を集めていた。
 
 そこから分かってきたのは、クーデタの成功の裏には必ずと言っていいほど、シンラの影がちらついていることだ。
 
――宗教団体とはいえ、これは人間業では無い――
 
 そう思えてきた。

 習大佐は、あることを確認しようとして、一つの計画を練った……。
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鳴かぬなら 信長転生記 21『狙撃・2』

2021-07-27 15:21:39 | ノベル2

ら 信長転生記

21『狙撃・2』   

 

 

 地を蹴って植え込みに飛び込んだ俺は、こんな顔(。・ˇдˇ・。)になり、相手は、こんな顔((# ゚Д゚))になったぞ!

 

 俺のダッシュに驚いてひっくり返っていたのは妹の市で、その手には短筒が握られていたのだ!

「なんだ! この短筒は!?」

「ちょ、い、イタイし!」

 俺は反射的に市の腕を捩じ上げていた。で、「すまん、痛かったか?」にはならない。

 なんと言っても短筒だ、鉄砲の短い奴だ。こんなので撃たれたら、たとえ妹が撃った弾でも痛いぞ! いや、死ぬぞ!

「これは、短筒じゃなくてピストル。コルトガバメントで、じゃなくって、ガバメントのエアガンで、じゃなくて、あんたのとこまで届くなんて思ってなくてえ(#°ロ°#)!」

 ムギュ

 勢いで短筒、いや、エアガンを市の手からもぎ取る。

 こういう行動には脳みそを使わない。場数を踏んだ戦国武士ならば脊髄反射で動くように出来ている。脊髄反射でやらなくては命が無いからな。

 ウググ…………(#꒪ȏ꒪#)

 相当痛かったはずだが、さすがは妹、気絶もしないで唸っている。

「なるほど、これはプラスチックでできている」

「だから、エアガンだって(-_-;)」

「で、なんで俺を狙った!?」

「と、届くと思ってなかったし、ほ、ほんと、ちょっと狙って撃った気になってみたかっただけだし……」

 言われて、自分が立っていた場所を振り返ってみる。

 目測でも、ゆうに五十メートルはある。

 たしかに、オモチャなら、そこまで飛ぶかという距離だ。並の城なら堀の向こう側を狙って、まだ二十メートルは余裕だ。

「このエアガンで猫を狙ってるバカが居たから取り上げてやったんだ」

「そういうやつは、やがては人を撃つようになるな」

「ね、だから。で、公園まで来たら、人が来る気配がして……植え込みに隠れたらあんただったし」

「それで、俺を撃ってみようってか!?」

「だから、そんなに威力あるって思わないし」

「うむ……市、そこの空き缶を投げてみろ」

「これ?」

「ああ」

「いくよ……えい!」

 ピシュン!ピシュン!

 空き缶は空中で二度弾んで、落ちた時には二つの貫通孔が開いていた。

「すごい(꒪ཫ꒪; )」

 当たらないと思っていたとはいえ、俺を狙ったことには問いただしたい事があるが、今は触れない。

「今日は、なぜジャングルジムの天辺に居ないのだ?」

「こないだ、ローアングルで写真撮ってたやついたし……捕まえそこなったけど」

「ああ、あれな」

「あれなって……あんた知ってんの!?」

「知らん」

「それに、そういう気分じゃないし」

 盗み撮りを追及して来たらどうしようかと思ったが、市は、そこまでの元気もないようで俯いてしまう。

「悩んでるんだったら言え、ウジウジ俯いてるやつは嫌いだ」

「う、うん……」

 前世でも、俺にははっきりしない妹だった、小豆袋の件でも分かる通り頭はいい奴だ。

 いい奴だから、言わんでも分かってるだろうと決めていたところがある。

 それが、いくら戦国時代だとはいえ、二度も落城と討ち死にを経験させてしまった。

 転生しても男には生まれかわらずに女で通している。

 よし、今日は、とことん聞いてやろう。

 そう、決めて、俺は市の真横にドッカと腰を下ろした

 

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田(こだ)      茶華道部の眼鏡っこ

 

 

 

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銀河太平記・057『演舞集団・北大街』

2021-07-27 09:41:33 | 小説4

・057

『演舞集団・北大街』 児玉元帥   

 

 

 先祖は神戸の華僑でしてな……

 

 孫大人は問わず語りをし始めた。

「従兄が残って貿易会社をやっておったのですが、息子を残して亡くなってしまったので、しばらく神戸に住んで面倒をみてやることになって、あなたたちと同様、地球に向かうところです」

「それは奇遇ですね(^口^)」

 調子を合わせておくが、見え透いた嘘だ。

 真っ当な商売なら、ラスベガスの船などには乗らない。私達同様、ウソで塗り固めた経歴と旅行目的だ。

 だいいち、孫大人の先祖が神戸の華僑だったなんて、聞いたこともない。

 孫の先祖は、満州馬賊だ。

 袁世凱のブレーンを振り出しに、国民党、中共時代には台湾に足場を置きながらも、深圳で財を成し、香港、上海、瀋陽に拠点を分散、どこがこけても、実質を失わないように立ちまわっていた。

 瀋陽が奉天と改称したのは孫大人の父親の功績だと言われている。名は体を表すで、その後満州が独立したのは、この改名が大きかったと言われている。

 北大街が奉天一の歓楽街になり、満州戦争直前まで発展を遂げられたのも、孫一族の力だ。

「神戸では、なにを扱っておられるんですか?」

「いろいろです、餃子の皮からパルス兵器まで、その時その時儲かりそうなものを薄く広く」

 コスモスの質問に大きく応える。

 この答えに嘘は無い。孫大人というのは、そう言う人だ。

 こだわったのは北大街の流行り廃りのことだけで、肝心の商売にこだわりは無い。

 一つの分野で程よく儲けると、さっさと違う分野に鞍替えして、人の恨みを買わないようにしている。

 もっとも、孫大人の『程よく』は、並みの貿易商の『大儲け』のスケールなんだがな。

「それで、今は、なにを手掛けておられるんですか?」

 水を向けると、孫大人は少年のように頬を赤らめた。

「演舞集団『北大街』です」

「プロモーションですか?」

「ハハハ、芸術の事は分かりませんが、良し悪しは分かります、これはというものに肩入れして……まあ、趣味のようなものなんですが、あ、ちょうど出番だ。わたしのイチオシです、観てやってください!」

 ステージは満州を思わせるような平原のホログラムを俯瞰している。

 徐々にカメラが下りてくると、二組の鉄路が見えてくる。

 アップになって来ると、上りと下りから列車が走って来る。

 アジア号だ。

 シュッシュッシュッシュッシュッシュッ……

 長距離ランナーの息遣いを思わせる蒸気音がし始め、列車が交差したところで最大になる。

 ポオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 二編成の列車が汽笛を鳴らしてすれ違う!

 満鉄の列車は編成が長い。

 二十秒ほどたっぷりとアジア号の豪快さを堪能させてくれて、すれ違った瞬間、踊り子が現れた。

 踊り子は蹲っていて、遠のく列車の音に反比例して身を起こしていく。

 その姿は、蒸気機関車をモチーフにした黒い意匠で、要所要所に金筋や赤線が走っている。

 まるで、アジア号がすれ違うことで産み出した蒸気機関車の妖精のようだ。

 列車の遠のく音は、しだいにドラムのトレモロのように大きく忙しくなってくる。

 それに合わせて、踊り子は、ステップを踏み、旋回し、大地を寿ぐような笑顔を振りまきながら、フリの大きいダンスパフォーマンスに昇華していく。

「見事ですね……」

 お世辞でなく、コスモスが感嘆する。

 

 これは……見た事がある……

 

 いや、見た事があるどころではない。

 身体の奥の方からこみ上げてくるものがあって、体が踊り子と同じリズムを刻んでしまう。

 タン タタタン タン タタタン タタタタタン……タン タタタン タン タタタン タタタタタン……

 これは、このわたしのボディーがJQであったころの。

 いかん、よほど抑制しなければ、自分がステージに上がって踊り出しそうだぞ(;゚Д゚)!

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

 

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ライトノベルベスト(前しか向かねえ!)

2021-07-27 05:39:52 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

しか向かねえ!』  




「……前しか向かねえ!」

 如月(きさらぎ)先生は、そう言った。

 なんで、こんな時に思い出すんだ……。

 いや、これでいい。今は闘志を持った方が負ける。大久保准尉が……あの、いつも冷静な大久保准尉が闘志を漲らせ、窪地から飛び出した瞬間額を打ち抜かれ、事実上小隊が壊滅したときに、そう感じた。

 ヤツは、こちらの闘志を読んでいる。殺気と言ってもいい。自分達遊撃特化部隊は、その殺気を殺しながら敵に接近することは学んでいたが、攻撃の瞬間は殺気に満ちる。その一秒にも満たない時間でヤツは、こちらを補足し、照準を決め、決めた瞬間トリガーを引いている。もう六人がこれでやられている。

 小隊で生き残っているのは自分一人だ。

 当たり前なら投降する。

 単位としての小隊が壊滅したのだから、たった一人生き残った自分が取るべき道は、これしかない。
 しかし、相手は投降など受け入れずに撃ち殺すだろう。奴らに軍事国際法や交戦規定は通用しない。

 それに相手もヤツラではなく、ヤツになっている。

 我々だって、無為に壊滅したわけじゃない。相手の小隊をほぼ壊滅させて、ヤツ一人になった。もう一対一。殺すか殺されるかしかない。

 自分達が、政府の決定を批判することは許されない。しかし、政府はこの期に及んで及び腰だった。

 島を占拠したのは、三個中隊に満たない。西南遊撃特化連隊の全力で攻撃していたら、ものの三十分で奪回できていただろう。

 政府は世論を気にして、一個中隊で攻めさせた。

 そしてその犠牲の上で敵の実勢力を知ってなを、政府は、同勢力の三個中隊の出撃しか認めなかった。トラップとスナイパーのために、三個中隊は全滅した。もっとも敵も一個小隊ほどに減ってはいた。連隊長は、これ以上の犠牲を出さないために連隊全ての出動を具申したが認められなかった。

 で、我々の一個小隊が、送り込まれた。三時間がたって、ヤツと自分の二人になった。

 で、如月先生の言葉が蘇った。

「……前しか向かない!」

 如月先生は、興奮すると、言葉の頭にくる「お」の音が消えてしまう。だから、正確には、こう言った。

「お前しか向かねえ!」

 自分が、まだ一人称を「あたし」と言っていた高校三年生。勉強ができないことと、家の貧しさから就職するしかなかった。「あたし」の取り柄は、皆勤であることと。頭は半人前だけど、体で覚えたことは忘れない。だから体育の成績だけは良かった。人付き合いも苦手で、高校の三年間BFはおろか、同性の友達も居なかった。こんな「あたし」が受けて通るような企業は無かった。

 で、最後に残ったのが自衛隊だった。

 むろん筆記試験もある。如月先生は二か月かけて、過去五年分の採用試験を繰り返し「あたし」にやらせた。幸いなことに、自衛隊は、その年から適性試験をやるようになっていた。体では負けない。そして合格し五年後の今、この南西諸島の小さな島の窪地……いや、いつの間にか薮に隠れていた。頬に冷たいものが触れた。小隊長のテッパチだ。テッパチの中は左半分が吹き飛ばされた小隊長の顔が入っている。

 その時、風の向きが変わった。こちらの臭いがヤツの方に流れていく。しばらくは小隊長の血の臭いに紛れるだろうが、時間の問題だ。

 考えなかった。訓練でやった様々な事が、組み合わされ、最後のピースがはまった。

 小隊長のテッパチに照明弾を挟み込み、点火と同時に進行方向に投げた。ヤツはイメージ通り、投げた逆の方向を掃射した。自分はテッパチの方角に進み、ヤツのシルエットに銃口を向けた。

 ヤツの正体が分かった。自分はわずかに急所を外してトリガーを引いた。5・5ミリだから貫通銃創だろう。

 舌を噛みきらないように、スカーフで猿ぐつわをし、敗血症にならないように、抗生物質の注射をしてやった。出血とショックで、ヤツは朦朧としていたが念のため手を縛着し、ズボンを足許まで引き下ろしておいた。

「A島攻略隊ブラボーワン。敵の殲滅を確認、腹部貫通銃創の捕虜一名を確保しあり。撤収支援を要請。オクレ」

 通信は、暗号に圧縮され、二十海里離れた護衛艦に届いた。自分はそれまでの三十分ほどを、敵の自分と対峙しながら、待った。

「……前しか向かねえ」

 弱った敵の自分は、怪訝な顔で自分を見ていた……。

 

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