せやさかい・280
ちょっとショック
なにがショックかというと、頼子さんが卒業式の連絡をしてこーへんかったこと。
卒業式と言うても、頼子さんは、まだ二年生やさかいに、頼子さんが卒業するわけやない。
頼子さんは、在校生代表として送辞を読むということで、如来寺のみんなは真理愛女学院の卒業式を楽しみにしてた。
「あれ、三日前に終わってるよ?」
パソコンを検索していた留美ちゃんがスクロールの手を停めて振り返った。
「ええ、ほんまあ!?」
ドタ ガシッ!
ベッドから飛び降りて、パソコンのモニターにかじりついた。
「ええ、うっそー! ちょっと電話する!」
秒速でスマホを出して、電話しよう……と思ったら、留美ちゃんの手が伸びてくる。
「ちょ、なにすんのんよー!」
「事情があるんだよ、きっと……」
「なんやのん事情て? うちらは、ただの先輩後輩とちゃうねんよ! 中学入学以来文芸部で苦楽を共にしてきた姉妹同然の仲やねんよ!」
「だからこそよ!」
いつになく留美ちゃんがきつい。
「え? えと……」
「たぶん、お国のことと関係あるんだよ」
「ヤマセンブルグと?」
「うん、ちょっと待ってね……」
タタタタタタタタタタ
留美ちゃんは慣れた手つきでキーボードを叩くといくつかのウェブサイトを開けて比較しだした。
普段は、のんびりとキーボード叩いてるのに、なんか攻殻機動隊の草薙素子みたいに早くて、怖い顔。
「ヤマセンブルグってNATOに加盟してるんだ……」
「納豆?」
「NATO! 北大西洋条約機構のことよ!」
「ちょ、留美ちゃん、怖い(^_^;)」
「モスクワにもキエフにも領事館置いてる……」
そこまで言われて、やっと気が付いた。
「ひょっとして、ロシアのウクライナ侵攻と関係あんのん?」
「うん、外交と国防はイギリスに依存してるけど、小国だから対応が難しんだと思うよ……ほら」
ヤマセンブルグに関するSNSをスクロールすると、日本語ではない書き込みやらがいっぱい出てくる。当然やけど、うちにはチンプンカンプンですわ。
「だんぜんウクライナ支持が多いけど……国の結束を呼び掛ける書き込みが多い」
「うん、そらそやろね……」
「だけど、小国だから、あまり強い自己主張は戒めて……無理もないよね、第二次大戦じゃ翻弄されてたしね……問題は、こういう書き込み」
「えと、英語は……(^_^;)」
「ほら、あちこちにYORIKOとかPRINCESとかHOPEとか……国の結束の為に頼子さんが正式なプリンセスになって欲しいって書き込みだよ」
「そ、そうなんか……」
「きっと、気持ち揺れまくりだよ、頼子さん」
「そうか、卒業式どころやないねんねえ……」
「うん、察してあげた方がいいと思う」
「……せやけど、ちょっと真理愛卒業式で検索してみいひん?」
「たぶん、辞退してると思うよ…………あ、あった……ああ、三年前……五年前」
「今年のは……」
「…………」
「「あった!」」
二つあった。卒業生の保護者が撮ったのと、写真部が撮ったのが。
保護者のは……削除されてる。
「肖像権とか個人情報とかうるさいからね……」
しかし、写真部のは準オフィシャルなのか、十分ぐらいに上手にまとめてあった。
『送辞、卒業生、在校生起立!』
進行の掛け声で、ザザっとみんな起立。さすがは真理愛学院、うちの中学よりもビシっとしてる。
『在校生代表、夕陽丘頼子』
『はい』
「おお、頼子さんや(^▽^)」
「日本名でやったんだね」
「頼子さん、フルネームは長いさかいねえ……ヨリコ スミス メアリー ヤマセン」
「それ、略称だよ」
「え、ほんま!?」
「うん、『ヨリコ スミス メアリー ヤマセン』 というのは、お祈りとかの短縮版でね、国の正式な儀式とかじゃね『ヨリコ スミス メアリー アントナーペ エディンバラ エリーネ ビクトリア ストラトフォード エイボン マンチェスター ヤマセン』って言うんだよ。正式に王女になったら、その頭にプリンセス オブ ヤマセンが付くしね」
「あの、それ、プリンセス付けて、もういっぺん言える?」
「うん『プリンセス オブ ヤマセン ヨリコ スミス メアリー アントナーペ エディンバラ エリーネ ビクトリア ストラトフォード エイボン マンチェスター ヤマセン』」
「あんたも、すごいなあ」
「あ、始まる!」
『春は名のみの寒さもようやく和らぎ……ここに240名の先輩のみなさまは、めでたく卒業の日を迎えられ……』
後姿やけど、背中に物差しが入ってるみたいにシャンと立って、めっちゃきれいな発音で述べる頼子さんは、なんや宝塚の女優さんみたい。
いや、あんなバリメイクとかしてへん、なんちゅうかほんまもんです!
「ほんと、きれいで凛々しくって、ほんと男前女子だよね……前の方から見てみたいね……」
「ほんまやあ~惚れ直すわあ(๑癶△癶๑)」
「「ゲ!?」」
声に振り返ると、クソ坊主のテイ兄ちゃんが涎を垂らして立っておりました。
叩きだしたのは言うまでもありません。