いるんよねえ、こういう人て!
そう言うと、トコはカウンターに四つ折りのままの新聞を投げ出した。あおりを受けた紙ナプキンの束が翻る。
トコの視界の外でカウンターの整理をしていたチーフは『ア』と叫んだが、声には出さない。こういう時のトコは無敵だからだ。
「そやけど、検査受けるのは任意やからな」
チーフの災難に気づいていながら滝さんが返す。
「そやかて、武漢肺炎ですよ、うつるんですよ! 国のチャーター機で戻って来たんやから検査受けるのは義務でしょ!?」
トコは、新聞で中国のコロナウイルスの記事を読んで憤慨しているのだ。自身が理学療法やら老人介護のエキスパートなので、こういう医療関係者の指示に従わない人間には憤りを感じるのだ。
「ほら、指定感染症にもなってるやないですかあヽ(`Д´)ノ! 強制隔離かてできるんですよ!」
また新聞を取り上げる。チーフは畳んだ紙ナプキンを手で押さえた。
「閣議決定はしたけど、施行されるのは二月七日からや」
「えーー、なんで、そんなトロクサイことを! どんどん罹患者は増えてるんですよ! もう、これやから安倍政治はあかんねん!」
「そら、安倍さん可哀そうやで、法律でそないなっとる。日本は法治国家やからな」
「そのホウチて、こっちの放置とちゃいます!」
チーフのナプキンをふんだくって、乱暴に書きなぐった。
「ほな、なんで中国人の入国とめへんねん。フィリピンなんか送り返しとるで」
「それは……」
「それにな、新聞は情報が古い。半日も前の事はニュースの価値ない……」
滝さんは器用にタブレットを操作して最新情報を探った。
「おう、指定感染症の施行は二月一日に前倒しになったなあ……特例措置やなあ……検査拒否してた人も検査に同意したらしいぞ」
「ほんまあ?」
「ああ、ほんまや。何を隠そう、さっき安倍君に言うたったとこからなあ」
「あ、安倍君!?」
「せや、安倍は学年は一個下やからなあ、ガハハハハ( ̄∇ ̄)」
その時、自動ドアが開いてトモちゃんが帰ってきた。
「いやあ、走り回ったわあ(^_^;)、はい、やっとマスク手に入った」
「おう、ご苦労さん」
「はい、滝さんもチーフも、外出る時はマスクしてくださいね」
「いや、こんなんせんでも、オレは不死身やねんぞ」
「不死身なんは重々知ってます」
「ほな、なんで?」
「世間の人にバカをうつさないためです!」
滝さんは二の句が無かった。
トコは手遅れだと思った。だって、志忠屋に出入りする者は何年も前から滝さん菌に感染してるから。
チャンチャン(⌒▽⌒)アハハ!