やくもあやかし物語
あれから十日。
わたしの部屋は殺風景なまま250時間経ってしまった。
うう……時間に換算すると、めちゃくちゃ長い。
勉強道具とか、生活に必要なもの以外のアイテムが無い。
黒電話、相変わらず机の上に載ってるんだけど、うんともすんとも言わない。
受話器を取っても、交換手さん出てこない。
神保城で逓信大臣の仕事が忙しいのかもしれない。
神保城にも行けなくなった。
神保城に行くには眠らなくてはならない、半分くらい眠ったって時に神保城に通じる坂道が出てくるんだけど、それが出てこない。
そもそも夢を見なくなった。見ても忘れてるのかもしれない。
寝床に着くと、一日のあれこれがポワポワと浮いてくるんだけど、神保城や、フィギュアたちや、あやかしたちのことを思い浮かべると、いっしゅん思い浮かんで消えてしまう。
数学の問題なんか解いていると、答えが浮かんでくるしゅんかんてあるよね。
あ、分かった! っていう感じ。
けども、次のしゅんかん、分かった先の答えが消えてしまう。えーと、なんだったっけ? なんだったっけ? 確かに思い浮かんだのにって、あのもどかしさ。
あれに似てる。
二丁目の坂道もただの坂道。
以前は、いろいろ意識したんだけど、もう、ほとんど意識することも無い。
どうかすると、通ったことも忘れて、気が付いたら学校に着いていたり、家に戻っていたり。
昨日は、坂道のとっかかりで工事をしていて、ペコリお化けそっくりのガードマンさんが立っていたけど、目も合わせないで赤い指示棒を振っていただけ。
まあ、わたしも試験に備えて単語帳繰っていたんだけどね。
そろそろ高校入試のことも考えなきゃならない時期にはなってきたんだけどね。
そうそう。
杉野君が小桜さんにアタックしてるところを見てしまった!
図書当番に行こうと、階段の踊り場にさしかかったらね、向こうの校舎の階段の踊り場で小桜さんに杉野君が迫っているのが見えたんだ。
杉野君は、なんだか思い詰めたっぽい顔。小桜さんは胸のとこで両手を小さいワイパーみたいに振って、そのあと杉野君は、俯いたまま階段を駆け下りていった。
杉野君は、わたしに気があるって思ってた。小桜さんも、そんなこと言ってたしね。
まあ、本命は小桜さんで、わたしはカモフラージュだった。まあ、いいんだけどね。
今日も、普通に図書当番やってきたしね。
あいかわらず、図書当番は暇なんだけど、暇な時間、ラノベを読んだり、地図を広げてマップメジャーで遊んだりはしなくなった。二人とも、来週に迫ったテストの勉強。次のテストの結果で、希望できる高校の枠が決まってしまうからね。
その机の上に、おミカンが二つ。
ほら、ブンちゃんからもらった……これも夢だったかもしれないけど。
ダイニングのテーブルの上にお婆ちゃんが買ってきたおミカンがザルに入って載っていて、色も形もいっしょだった。
夕飯でおミカン食べて、お風呂上がりに――そろそろ食べなきゃ――と思って、食べたらお婆ちゃんのと同じ味がした。
もう一個は、明日いただこう、そう思って寝たよ。
起きてみると、その残り一個が無くなっていて、夢の欠片がキラリと蘇る。
女の子のあやかしが食べていた。
それが誰なのか、思い出そうとしたら、次の瞬間にはおぼろになってしまった。
鼻の先まで出てきたクシャミがひっこんだみたいで、なんだか癪です。
では、学校に行ってきます。
やくもあやかし物語 第一期 完
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)