I WANT YOU!
時 現代
所 埼京線のとある駅近く
登場人物 Aタバコ屋の婆さん
B地上げ屋の三太にその他
C幽霊の女学生
幕開くと、役者A.B.Cが平伏している。拍子木が入り三人の口上。
A 東西、東西(とざい、と~ざい) 一座高うはござりますが、口上なもって申し上げます。まずは御見物いずれも様に御尊顔を拝したてまつり、恐悦しごくに存じたてまつります。いつにも増してのご贔屓、ご来場、一同、厚く厚く御礼申し上げまする。ここもと、これよりご覧に供しまするは、我○○高校演劇部(劇団)一同が、心血そ注ぎ仕立てましたる、粗忽狂言、歌舞伎、新派、新劇、吉本もどき。題しまして『アイ、ウォンチュー!』けして、ビートルズ、AKB48には関わりございませぬ。埼京線の、とある駅下車。徒歩二分三十秒あたりに住まいいたしまする、不動都子婆さん……不肖わたくしが演じまする。と……
B 不肖わたくしが演じまする、地上げ屋の三太にその他。
C 同じく、不肖わたくしが演じまするところの、のぶ。
A 揃いましたる三名、猫の額ほどの土地をめぐりましての悲喜こもごもの物語。もとより、未熟若輩、零細絶滅危惧種の我ら、お見苦しきところ、お聞き苦しきところ行き届かぬ所、多々ござりましょうが、三名、お芝居の初一念に立ち戻りまして、お開きまで一所懸命にあいつとめますれば、ご来場の皆々様も、暖かき育みのお心にてご高覧賜りまするよう。隅から隅まで、ずず、ずいっと!
B (拍子木をチョン)
C 御願い(おんねがい)あ~げ……
三人 たてまつりまする……
三人平伏。B突如暴走族になり、けたたましく爆音を叫びながら舞台を走る。
B ブロロロロ――!! パッパラパッパラパッパラパー!! ブロロロロ―!! パッパッパラパッパラパッパラパー!!(下手にはける。Cは上手にはけている)
A パッパラパーは、てめえのドタマだ! ほんとにむかっ腹のたつ暴走族だよ。所轄の警察は何やってんだろうね。
C (上手端に立ち)ドデスカデーン、ドデスカデーン、ドデスカデーン……
B (下手端に立ち)ドカドカドン、ドカドカドン、ドカドカドン……
A ああ、最終の快速が大宮行きの普通を追い越しちまった。そろそろ店じまいしようかね(無対象で店じまいをする。その間、BCは街の雑踏を表現する)
BC チーンジャラジャラ、チーンジャラジャラ、三番台さま目出度く大出血のお上がりでございます。チャララ~ララ、チャラララララ~……ピーポー、ピーポー、ピーポー……ブロロロロ―、ブロロロロ―……ドデスカデーン、ドデスカデーン、ドデスカデーン(Aが最後に雨戸を閉めると、街の喧噪はピタリと止む)
A さあ、メシ喰って、風呂入って寝るとしようか……あ、その前にノブちゃんに(数珠をを出し仏壇の前に、同時にBが雨戸を叩く)タバコだったらよそいって、回覧板だったら、そこ置いといて。郵便受けの上……なんだってんだよ、とっくに店じまいしたってのに……はいはい、今開けますよ。開けますったら(雨戸を開ける)
B ドデスカデーン、ドデスカ……どうですか、ここんとこ?
A あんた、だれだよ?
B あ、わたくし、こういう……ブロロロロ―……不動都子さん……チーンジャラジャラ……
A あんた、効果やんのか台詞しゃべんのか、どっちかにしなさいよ。
B では、以下効果を略させていただきます。わたくし、こういう者でございます。
A ……なに、ゴクドウ地所ヤクザフトシ?
B いえ、石道地所、屋久三太。屋久、三太。三でお切りにならずに、屋久と三太を素直にお切りいただいて……
A どうせ、あたしゃ素直じゃありませんよ。で、その時期はずれのサンタがなんの用だい?
B 実は、お婆ちゃんが所有していらっしゃる、この十五坪の土地のことで……
A あ、あんた地上げ屋!?
B 人聞きの悪い。都市開発事業でございますよ。
A それを日本語に訳したら地上げ屋になるんだろ? 今時珍しいじゃないのさ。そうだ、この雨戸にサインしてちょうだいよ、地上げ屋ゴクドウ地所ヤクザフトシ参上ってさ。テレビのバラエティーが取材にくるかもよ。ほれ、油性ペン。なんなら、スプレー塗料でも持ってこようか?
B ご冗談を、それに何度も申し上げて恐縮ですが石道地所の屋久三太でございますんで。まあ立ち話もなんでございますから(中に入ろうとする)
A あっ!(あらぬ方角を指差して、その間に、音高く戸を閉める)ガラガラ、ピッシャーン!
B (気づいて振り返ったところを閉められたので、鼻先を戸に挟まれる)ギャー! お婆ちゃん、これはちとひどい……
A 無理矢理入ろうとするからだよ。なんだよそんなにひどいのかい?
B いえ、ちょいと腫れただけですから。今日のとこはこれで。また出直しますです……イテテテ。
A 待ちなよ。そのまま帰したら後生が悪い、薬つけたげよう。
B いえ、わたし近所ですから……
A いいから、お入り!(Bをひっぱりこみ、戸を閉める)土地やら、セールスの話はごめんだけどね、怪我してる者は放っちゃおけないよ。ほら、手をどけなって……あらら~、どえらく腫れちまったね。
B 笑い事じゃないですよ。
A ハハ、いま治してあげるからね(救急箱を開ける)これでも女学校のころは、学徒動員で従軍看護婦の真似事やってたからね、このくらいのものは……
B 治りますか?
A えい!(腫れた鼻を引きちぎる。悶絶するB)何を気の弱い! 戦地の兵隊さんのことを思ったら、こんなものかすり傷だよ!
B だ、だって、ヒィー……
A さあ、あとは、こうやって薬を塗って、絆創膏貼っときゃ十分よ。
B くそう、こうなったら、オレも意地だ。婆ちゃん、土地……
A の、話だったらご免だよ。
B だけど、お婆ちゃん。ここの町内、みんなうちに土地売って、もう婆ちゃんのとこだけなんだよ。
A よそ様は、よそ様。ウチはウチだよ。
B そのよそ様が、足並み揃えて出ていくのは、みんなうちの条件がいいからなんだぜ。ほんとに石道地所は良心的に……
A ゴクドウに良心も正義もあるもんか。
B ゴクドウじゃないよ。石の道と書いてイシミチって読むんだよ!
A 同じ事だよ。お前達みたいな地上げ屋小僧は、みんなヤクザのゴクドウだよ!
B あのねえ……
A ガタガタ言ってたら、残った鼻もへし折っちまうよ! これでも、女学校じゃ、長刀、合気道一番の腕だったんだからね……キエー!!
B ヒエー!(と、退散)
A 根性無し! そうだノブちゃんのこと忘れてた(数珠を取り出し、念仏を唱える。幽霊のノブちゃんが現れる)
C ……今晩は……今夜はちょっと遅かったじゃないのよさ、ミヤちゃん。
A ごめんね、今、地上げ屋小僧が来ちゃってね。その相手してたら、ちょっと遅くなっちまって。ほんとにご免よ。
C うん、決まった時間にお経唱えてもらわないと、あたし成仏できないから。
A あと何回?
C 今ので、九万九千九百九十八・五。
A なによ、その八・五ってのは?
C 今日のは遅かったから、効き目半分。
A けちんぼ。
C 決まりだから、仕方ないわよ。
A そうか、しかしいよいよあと一・五回で成仏できるんだねえ。
C 長いことありがとう。
A ほんとに、あんたは生きてるころから、面倒のかけどうしだったわね。
C ほんとにねえ……
A 遠足に行ったら、お弁当落っことすし、宿題は良く忘れる。学徒動員じゃ、いつまでたっても包帯も巻けなくって。そのばんたびにあたしが世話してあげて、そのあげくが……
C もう言わないでよ。
A 言わせてもらうわよ。忘れもしない三月十日の大空襲。最初はきちんと避難したのに、ノブちゃん、食べかけのお饅頭とりにもどっちゃって……
C ほんとにね……でも、あの前の日に砂糖の特配があったじゃない。
A 忘れもしないわよ。ノブちゃんがやり残した作業やって、あたし配給に間に合わなかったんだから。
C だからね、だからね……あたしね……
A なによ?
C は~(ため息)
A なんなのよ?
C それがね……
A ああ、もうじれったい。あんたのことでしょうがね!?
C あのお饅頭ね……とても甘くておいしくできたのよね……
A ノブちゃん、食い意地だけは十人前だったもんね。
C そんな、ひどいわ。
A だって、たかが饅頭で命落とすことないでしょうが!
C あのお饅頭ね……とても甘くておいしく……
A 何度も言うんじゃないわよ……泣かないでよね、幽霊のくせして!
C だって、幽霊が笑ったらおかしいじゃない。
A あのね……!
C 怖いよ、ミヤちゃん。
A 幽霊が生きてる人間怖がってどうするんだよ!
C これはね、言わないままで成仏しようと思っていたんだけどね。
A 言っちまいなよ。
C やっぱ、やめとく……
A 絞め殺すぞ!
C 死ぬう……
A とっくに死んでるわよさ。
C あのね、あのお饅頭ね……とて甘くてもおいしく……
A その次!
C ミヤちゃんに食べさせてあげたくって。だって、あの日、工場から帰るときミヤちゃん、お腹ならしてたでしょ。
A ノブちゃん……
C でね、あたし取りに戻ったの。でもね、戻ったら、横丁まで火が回りかけていて足がすくんじゃって。でね、ミヤちゃんには悪いけど諦めようと思ったの。
A それで間に合わなかったの……
C ううん、まだ間に合ったのよ。警防団のおじさんが声をかけてくれた。そのおじさんは間に合ったもの。
A それじゃあ……
C そのあと、わたしんちにも火が回ってきて……
A どうして、そのとき逃げなかったのよさ!?
C お饅頭が焼けるいい匂いがしてきちゃってさ……
A は……?
C それで間に合わなくなっちゃってさ……
A それで、成仏できないってか!?
C うん!
A あんたらしいわ……感動しかけて損しちゃったよ。
C あたし、ミヤちゃんには、本当に感謝してんのよ。
A ノブちゃん。あんたほんとに十万回のお念仏で成仏できんでしょうね?
C うん、閻魔さんがそう言ってたもん。
A お前は、友だちに十万回の念仏唱えてもらわんと、死人の資格も無いって?
C うん。そうじゃないと「お前は、未来永劫この地上を中途半端な霊体でさまよわなきゃならん!」てね。
A そう。じゃあもう一・五回がんばらせてもらうわ。
C ありがとう、じゃあ、これで。
A あら、もう時間なの?
C 明日、またよろしくね。さようなら~……
A 頼りない子だねえ……しかし、これも縁。腐れ縁だけどね(手許のベビースポットのスイッチを入れ、しみじみ唄う)なんせ人手がないもんですからね照明だって自分でやんなきゃなんない……(唄う)孤独のともしび~ 積む白雪~ 思えば~ いととし~ この年月~今こそ別れ~て……たまんないよ……ハーックション! 背中がゾクゾクしちゃうよ。風邪かね、風呂入って寝よう。あちち消したては熱い。ほんと少人数演劇部は辛いねえ……(切ったベビスポを持って上手に去る)
B コケコッコー……と、今時の都会には珍しくもない欺瞞的な朝がやってきました。現代社会の忙しさ、毎日の朝に欺瞞もへったくれもあったものじゃございません。しかし、ここにはセカセカとしながらもどこか昭和の時間が流れる、この界隈。懐かしの欺瞞もちゃんとヒュ-マンなレーゾンデートル。つまりアイデンティティー、つまりは存在意義を持っているのでございます。しかし欺瞞的でも、いや欺瞞的であらばこその人間臭さ。腐っても朝。賞味期限切れでも朝。全ての始まり。婆あの終わり……トントントン、お早うございます。お婆ちゃん。不動さん、不動都子さん!
A お早う!(背後に立っている)
B ワッ! なんだ、もう起きてらっしゃったんですか?
A 年寄りの朝は早いんだ。お前さん達のような欺瞞的な朝とは出来がちがうんだよ。
B アハハ、聞いてらっしゃったんですか。
A アハハ、やってくれちゃったんですね。
B ハ?
A ハじゃないよ、一夜のうちにこの町はゴーストタウン。猫の子一匹いやしないよ。
B そうですか、ご町内の慰安旅行かなんか……
A 慰安旅行に猫まで行くか! おまけに黄色いヘルメット被ったオッサンたちがフェンスおっ立てる用意してんじゃないよ。
B ハッハッハッハ、それは手回しのよい。さすが石道地所お出入りの畦道工務店。
A やっぱり!
B しっかり、そうですよ。この町一帯は、全て夕べのうちに我が石道地所の所有地になったんですよ。この十五坪を除いてね……ねえ、お婆ちゃん。もうお馴染みの町内の人間はどこにも居らっしゃらないんですよ。八百屋の重さんも、もんじゃ焼きの滝川さんも。ゴミの収集日を間違えて、いつもお婆ちゃんに叱られていた福田の嫁さんも。角ののカオルちゃんも、そこの電柱にいつもオシッコひっかけていたポチも……みいんないません。寂しい町だあ……ねっ。
A ハッハッハッハ! そんなことで音をあげる都子婆さんだと思っていたのかい。いいかい、名前のとおり心は不動、住んでるとこが都なんだよ! てめえみたいな駆けだしの地上げ屋小僧にビビって出て行くタマじゃないんだよ!
B まあ、そんなにとんがらないで。坪二百万出しますから。しめて三千万。どうですか!?
A 何の話かね?
B だから、坪二百万。しめて三千万で、うちがここを引き取らせてもらって……
A あたしゃ、ここは出てかないからね。
B しかしねえ、ご町内みんないないんですよ。なにかあったって言っていくところもないですよ。寂しいなあ……
A 町内のやつらとはハンチクな付き合いしかなかったから、痛くもかゆくもないよ。ほら、じゃまじゃま。店開けるじゃまなんだよ。
B 店開けたって、誰も買いににきやしないよ。しませんよ。ねえ、お婆ちゃん。
A かまやしないよ。店開けんのが、おまえさんの言葉じゃないけど、あたしのアイデンティティー、レーゾンデートルなんだよ。
B タバコ屋の売り上げ無くなったらこまるでしょ。
A 爺さんの軍人恩給と年金で喰っていけるよ。
B でも、夜中に病気にでもなったらどうすんだよ。たちまち困っちまうでしょうが。
A 倒れたときが寿命だって達観してるよ。あたしらは、そこらの団子だか団塊のガキンチョとはできが違うんだ。戦地にこそ出なかったけど、あの大東亜戦争を女子挺身隊で、命張ってきた女だよ。爆弾の音聞いただけでどこに落ちるか見当のついた女学生の生き残りだよ、自分の命の落ちどころぐらい見当つかなくってどうするんだい。
B え、そんなの分かんのかい?
A 分かっているから、こうやってお天道様おがんでんだよ。おまえさんたち、爆弾てのはヒュ-、ドカンだと思ってるだろ。ありゃあ、遠くに落ちる爆弾なんだよ。自分ところに落ちてくる爆弾は、ゴー、シュシュシューって機関車みたいな音がするんだ。もっともその音を聞いた人間はたいがいおっ死んじまってるけどね。その音聞いて生きてんだからね、ただの婆あじゃないよ。 なんならおまいさんの命の落ちどころ聞いてやろうかい?(水を撒く)
B おっと、じゃあこっちの落としどころだ、二百五十でどうだい。
A なにい?
B じゃ、二百七十!
A ピシャリ(戸を閉める)
B じゃ、二百八十!
A (タバコ売りの窓から顔を出し)オタンコナス!
B ええい、ぎりぎり、かつかつのとこで二百九十。どうだ!
A オオバカヤロウのドスカタン! ピシャリ!
B あ、あのなあ、婆さん。
A そこ、壁だよ(Bあわてて、壁の外へ。Aは朝食の用意をする)
B ドンドンドン! 婆さん! ドンドンドン! くそ(上手に退場し、再び靴を脱いでAの前に現れる)
A わ! どこから入ってきたんだよ!?
B 裏口が開いてたからさ。
A これだから無対象は困っちまう。ま、そこにお座りな(Bにもご飯をよそってやる)おあがり。
B あ、おれ、朝は食わないんで。
A いっしょに食べなきゃ口きかないよ。ここはあたしの家なんだから。
B わ、わかったよ……ムシャムシャ……
A よしよし、それでいいんだよ。ポリポリ……
B ところで、都子婆ちゃん……ん、これはなんだい?
A ペンペン草のおひたし。
B え……はあ、ところで二百九十万って金額はだね……
A 食べながら、話してくれる。サラサラ……
B だから……ズルズル……ん、このみそ汁の具は?
A おたまじゃくし。
B え!?
A お食べなよ。
B ゴックン、ズルズル……このみそ汁、ジャリジャリして砂みたいだね。
A 砂だよ。
B え!?
A 関東ローム層の赤土さ。それから、そのご飯は、干したウジ虫を水でもどしたもんだよ。
B オエー!
A 吐くんじゃない、飲み込みやがれ! みんな我が家のごちそうなんだよ!
B だって、オエー!
A わかったか!
B え?
A あんたらが、金にもの言わせて土地を取り上げようとしてんのは、そうやって無理矢理ゲテモノ食わすのと同じことなんだよ。分かったか、犯罪行為なんだよ!
B 何ぬかしゃあがる! それとこれとは話が違わあ。九分九厘買収できた土地の残りわずか十五坪の土地売り惜しんで、不当に値をつりあげる方がよっぽど犯罪行為じゃねえか!
A 売り惜しむ……?
B そうじゃねえか、ねばりまくって、駄々こねて、値をつりあげてるんじゃねえか!
A あたしゃね、売らないって言ってんだよ。
B 業腹な婆だな、いったいどこが気に入らないってんだよ。このご近所、みなさん坪二百万で機嫌よく出ていってくださったんだぜ。そこを二百九十万までつりあげさせといて、どこに不足ああるってんだよ!
A てめえは、まだ分からねえのか?
B 分からねえよ! なにもヤクザの親分が大豪邸立てようってんじゃねえんだよ。駅前の再開発やって、ご近所皆様方のお役に立とうって、お役所も肝いりのありがてえプロジェクトなんだぜ。完成の暁にゃ、立ち退いていただいた皆さんにも優先的に入っていただいて、八方めでたく収めようって企画をどうして分かってくれねえのかね!?
A そういうものは、どこかで利権が絡んでんだよ。隣町の再開発だって、できて三年目には閑古鳥だよ。あたしゃダテに八十いくつまで生きてきたんじゃないからね。そういう怪しげな開発は焼け跡闇市からバブルまで腐るほど見てきたんだからね。おまえさんみたいなヒヨッコに言い負かされるタマじゃないんだよ!
B タマだと、婆のくせしやがって!
A ああ、タマだよ。婆のタマぁ、この胸の内よ。なんならとっくりと拝ませてやろうか!?
B だれが婆のしなびた風船みてえな胸がみたいよ。四の五の言ってねえで、さっさと出ていきやがれ!
A たいした、帆下駄たたくじゃねえの。こっちのタマを拝めねえってえんなら、てめえのタマを見せてみろい!
B く、くそ。見せてやらあ、おいらの逸物見て腰ぬかすんじゃねえぞ!
A ばか、だれが、そんなウズラの卵とウラナリのとんがらし見せろってんだよ。マーケティングリサーチやら、積算根拠見せろってんだ。あたしゃね、いまでこそ、タバコ屋の看板婆やってるけどね、お台場女子出て、都庁の企画科に三十年もご奉公してきたキャリアだよ、ハンチクなお手盛り資料なんか目じゃないんだからね。
B く、くそ。分からねえ婆だな、もうこうなったら……
A 上等じゃないのよさ。じゃあ体で教えてもらおうかい。こう見えても長刀三段、合気道二段、あわせて五段の婆さんだ。覚悟してかかっといで……
B な、なんだよ。暴力はいけないよ、暴力は。
A (大きく息を吸う)この家の空気はみんなあたしの空気なんだよ……そうだろ?
B ええ?
A 不動都子が、てめえの土地に建てたてめえの家だ。そん中にあるものは、家具や畳と同じようにあたしのもんだよ。どうだ、違うかい……
B そ、それがどうしたってんだよ……
A あたしの空気を吸うんじゃないよ! 鼻をつまんで、口をつむんな……分からねえのか、このドチンピラ!(背後から、羽交い締めにして、Bの口と鼻を押さえる)あたしの空気を吸うなったら、吸うな!
B ウグッ……(窒息寸前で解放される)ゼーゼーゼー……人殺しぃー
A 分かったか。土地も空気も同じもんだよ。本当の意味で譲り合って使うものなんだよ。それを、てめえたちはカタチだけきれい事言って金儲けの種にしくさって、坪二百九十万……?
B じゃ、じゃあ三百万!
A 絞め殺すぞ!
B ヒエー(上手に消える)
A くそ、もうちょっと説教してやろうと思ったのに。カラカラカラ(店の窓を開ける)根性無しめが! ガラガラガラ(戸を開ける)しかし、なんだか久々に体が温もってきたね。フフフ……さあ、お膳かたづけようかね。麦飯とウジ虫の区別もつかないなんてね、今の若いもんは……
B (A の息子、欽八)おはよう!
A てめえ、性懲りもなく……!(つかみかかる)
B ど、どうしたんだよ、母ちゃん!?
A 母ちゃん?
B きん、欽八だよ、欽八。母ちゃんの息子の欽八!
A 欽八?
B 久しぶりだからって、間違わないでくれよな。
A なんだか、地上げ屋小僧によく似てるもんだからさ。
B なんだい、それ。ドロボウかなんかかい?
A みたいなもんだけどね。
B 上がらしてもらうよ。ほらお土産、つまんないもんだけどさ。
A なんだい、よりにもよって人形焼きってことはないだろがね。朝ご飯は?
B 食べてきたから、お茶ぐらいでいいよ。
A そうかい、しかし欽八、なんでもどってきたんだね?
B ごあいさつだね……もどってきちゃいけなかったかね。
A んなこたあないけどさ、かれこれ八年になるかね……修学旅行に行くってそれっきりだったもんねえ。
B 言ってくれんなよ。もう古傷なんだからさ。
A 子どもが修学旅行利用して家出する話はあるけどさ。現役の先生が修学旅行でドロンじゃね、洒落になんないよ。母ちゃん、大変だったよ。校長先生やら、生徒の親ごさんに頭下げまくってさ。そのときご挨拶にもってたのがこの人形焼きだよ。
B そうかい、やっぱ親子だ。通じるものがあったんだ!
A なに感動してやがんだ、デリカシーのないヤツだよ。お前って子は。
B 戦後教育ってのにちょいと疑問なんかもっちまってさ……いやあ、熱血教師も大変なのよ。くたぶれっちまってさ……
A なにイッチョマエにタソガレてんだよ。あっちこっちに借金作ったあげくの果てじゃないかい。
B そりゃ、言いっこなしにしてくれよ。教師ってのは口じゃ言えねえストレスの溜まるもんなんだぜ。
A ほら、お茶。
B ん……プ! 渋すぎじゃない母ちゃん。
A その渋さが分かんないうちは、まだまだハンチクなんだよ。
B ご近所さん、みんなフェンス張っちまって、立ち退きなのかい?
A ああ、うち以外はほとんどね。
B 母ちゃん、立ち退かねえのか?
A あたりきしゃりき。生まれ育った、この町と、この家。誰が立ち退くもんかい。
B だけどよ。うちの家、お隣と二戸一だから、お隣壊しちまったら、ガタガタになっちまうぜ。
A 大丈夫。女子挺身隊で、たいがいのことには辛抱に慣れっちまったから。
B あのね、女子挺身隊やってても家はガタガタになんの。
A ガタガタになっても気にならないだけの根性があるんだよ。母ちゃんは。
B 根性も歳には勝てねえよ。家のガタガタはともかく、体のガタガタはさ。
A その時ゃ、その時。この歳まで生きたんだ。お迎えの覚悟はとっくについてるよ。
B なあ、母ちゃん。オレ今名古屋に住んでんだけどさ、しょっちゅう顔見に来るってわけにもいかねえんだ。な、オレも修学旅行でフケっちまって、やっと人がましい生活ができるようになったんだ。
A それで……
B 実は、今日わざわざ出てきたってのは、母ちゃんをうちにひきとろうって……デンワダヨ、デンワダヨ……あ、だれからだろ。
A わかりやすい携帯だね。
B もしもし……なんだ、繋がらねえよ。
A ここ駅前のビルのおかげで、着信はできるけど発信はできないって、ハンチクな圏外なんだよ。そこのパン屋の前に行ったら繋がるよ。
B 仕方ねえな……(退場)
A 八年もほうっといて、なにしに帰ってきたんだろうね。
B (背後を気にしつつ現れる)お早う、母ちゃん。
A なんだい、もう電話終わったのかい。
B ちがうよ。次男の千三(せんみつ)だよ
A 千三? 目と鼻の新宿に住んでいながら、めったに顔も見せない親不孝者の千三か!?
B そんな言い方ないだろ。今日は母ちゃんのため思って来たんだから。
A 母ちゃんのため?
B 欽八兄ちゃん携帯で呼び出したのオレなんだ。な、オレもやるだろ。母ちゃん、兄ちゃんはよ、この家売った金狙ってんだよ。どだい八年もほっぽらかしといて、今さら引き取ろうってってのがおこがましいよ。
A おまえも似たり寄ったりじゃないか。
B オレはまだ七年きゃなんねえよ。なあ母ちゃん、オレ新宿で法律事務所に勤めてっからよ。土地とかのことよく分かるんだよ。オレならこの土地、バブルん時の八掛けで売ってやるからよ。オレに任せてくんないかな。
A 母ちゃんはね……
B いけね、誰か来やがった。(退場。折り返し現れる)
A 欽八か千三か、それともスットコドッコイの地上げ屋小僧か?
B なに言ってんの。娘の昭子だわよ。
A (飲みかけたお茶を吹き出す)昭子!? 短大卒業したら、それっきり男と駆け落ちして戻ってこないバカ娘の昭子かい?
B バカだけ余計。
A 何しに、戻ってきたんだよ。男に逃げられでもしんだろ。
B ごあいさつね。亭主なら、そこの通りで車で待ってる。あたしも、やっと所帯もって、おっつかっつだけど、生きてけるようになったからさ。今までの親不孝詫びて、母ちゃんといっしょに暮らそうと思ってさ。
A またまた……
B ほんとだって。兄ちゃんたちみたく、ここの土地売ったお金なんかアテにしてのことじゃないんだから。
A よく言うよ。
B ほんとだってば。そりゃ、母ちゃんの方からくれるという分は別だけどね。心の底の底じゃ、お母ちゃん思う心でいっぱいなんだから。
A あ、パン屋の前で、欽八と千三がケンカしてやんの。勝った方があたしを引き取るって寸法だね。それ、欽八がんばれ! 千三も負けるんじゃないよ! フレーフレーケンカ!
B そんな、兄ちゃんたちに母ちゃん取られてたまるか!(退場し、ケンカに加わる)
A おお、おお、三つどもえの兄妹ゲンカ。しかし三人、いや、四人ともよく似た顔して……欲の皮がつっぱると、みんな同じ顔に、嗚呼(ああ)……なるもんだねえ(チョンと拍子木。見得を切る)さあ、と、かくして今夜もふけちまった。さあ、今夜もノブちゃんのためにお念仏なと、唱えようか(念仏を唱える。C登場)
C こんばんは!
A どうだい、今夜はちゃんと時間通りだろ。
C ありがとう、アハハ……
A どうしちゃったのよ、えらく嬉しそうに。やっぱり、あと一・五回で成仏出来るって思ったら嬉しいの?
C そうじゃないの。
A じゃ、どうしちゃったのよ?
C もう、お念仏唱えてもらわなくてもいいの。
A え?
C 実はね……(耳元でささやく)
A ええ、恋人ができた!?
C 声が大きいわよ。恥ずかしいじゃないのよ。
A だって、ノブちゃん。あんた幽霊なんだよ。
C いいじゃない、幽霊だって恋ぐらいするわよ。
A だってさ……
C ほっといて。
A で、お相手は……
C いっしょに来てもらったの。
A どこに?
C ここに。
A え……え……?
C ここだってばさ。
A どこよ、どこにいらっしゃるのよさ?
C ああ、そうなんだ。同じ幽霊仲間か、あたしと都子ちゃんみたいに因縁のある人間でなきゃ見えないんだ。ねえ、そうじゃない、トシちゃん?
A トシちゃん!?
C うん。この人トシちゃん。大学の一年生。バイクでこけて頭打って、昨日死んだとこ。
A ちょ、ちょっとノブちゃん。あんた歳いくつだと思ってんのよ、もうとっくに八十超えてんだよ。
C アハハ、そりゃミヤちゃん。あんたの歳よ。あたしは昭和二十年に死んだから、いまでも十七。そしてトシちゃんは二十歳、ぴったしでしょ。それでね、あたしたち二人ともハンチクな人生だったから、成仏できないの。そいで、いっそ二人でこの地上を未来永劫さまよって、愛を育むことにしたの。だからミヤちゃん、もうあたしのためのお念仏唱えなくってもいいから。今夜一回唱えたから、あともうほんの0・五回。ほんのちょっとでもお念仏唱えられただけで、あたしは成仏してしまって、愛するトシちゃんと別れ別れになっちゃう。だからお念仏は、もうこれっきり。ね、トシちゃん。じゃ、ミヤちゃん。さようなら……さようなら……(退場)
A ノブちゃーん……ノブちゃーん……ハンチクでもいい、幸せに、幸せになるんだよー(手を振る。チョンと拍子木。A退場。入れ違いにB登場)
B 朝だ、朝だよ。朝日が昇る。空に欺瞞の陽が昇る! その欺瞞の太陽が中天高く差しかかり、やがて西の空に没するころ。再び、わたくし石道地所の屋久三太はやってまいりました。あの婆と決着をつけるために。この十五坪の土地にわが社の命運が……いえ、この地上げ屋三太の意地がかかっておるのでございます……おう、婆さんいるかい!
A なんだい、おまえさんは?
B このツラ見忘れたかい?
A 欽八か千三か昭子か、それともスットコドッコイの地上げ屋小僧かい?
B スットドッコイは止しにしてもらおうかい。石道地所の、明治この方数えて五代目の、東京生え抜きの地上げ屋の屋久三太よ。
A ああ、あのスットコドッコイの地上げ屋小僧かい。
B そのスットコドッコイ、どっこい、このくれえじゃ、ケツは割らねえよ。
A なんだか、今日は気合いが入ってんね。
B 気合いはおいらの覚悟の程よ。やい、婆。今日という今日は決着をつけてやる。坪三百万、しめて四千五百万のお宝だ。こいつを懐に収めてきっぱりと出て行きゃがれ!
A なに言ってんだ。ま、こっち上がんなよ。今日はとっくりと膝詰めで話してやるから。
B うるせえ! 今日は、この三太、地上げ屋の意地を賭けているんだ。ドス!(無対象のドスを抜いて畳に突き立てる。
A ん……なんかやったかい?
B なんかって、ドス!
A ん?
B ドスだよ、ドス!
A ん?
B ドスったら、ドスだよ、ドス、ドス、ドス!
A なんだか安物の舞子さんみたいだね。
B しゃらくせえ、このダンビラが目に入えらねえか!(見得を切る)
A てめえは、理屈が通らねえと思ったら、ダンビラ持ち出して、刃傷沙汰かい!
B 四千五百万で手を打つのか打たねえのか!?
A ダンビラ持ったからって、このあたしに勝てると思ってんのかい……
二人、にらみ合ったままグルリと舞台を一回りする(Cの付け=板を拍子木大の木で打つ)そのあと定石どおりの立ち回りの末、AがBの刀を白刃どりにする。
A 見たか、真剣白刃取り!
B フフフ、これがおいらの狙い目よ(Aの脇腹に銃をつきつける)
A おのれ、飛び道具とは卑怯な……
B さあ、どうだ婆さん、四千五百万持ってとっとと出ていきゃあがれ!
A なにぬかしてんだ。痩せても枯れても不動都子、命捨てても節は曲げないよ。ひと思いに……あ!(あらぬ方角を指差す。気を取られたBの手から銃を奪い取る)
B ち、ちきしょう!
A 観念しな。汚いマネをした報いだよ。
B くそ婆……
A 最後に一言礼を言っとくよ。先行き短いこの年寄りに、いい冥土のみやげを作ってくれて。ドラマチックなフィナーレ、千秋楽。なーに、おまえさん一人行かしゃしないよ。
B ……って、婆さん。
A 出来の悪い子供たちに、ここを残す気はさらさら無いよ。あたしが死んだあとは、ここはお国に差し上げる。そう遺言状は作ってあるのさ。頼りなくても、お国はお国……その使いよう、あの世とやらで、じっくり拝ませてもらおうじゃないよ。
B そのよ、婆さん……
A もうハンチクな話は止しにしようよ。この拳銃知ってるかい。南部十四年式拳銃っていってね、女学生のころ憧れていた少尉さんが持ってたのと同じやつさ。帝国陸軍の三八式小銃と並んで……なんて、お前さんたちに言ったって分かりゃしないだろうけどさ。
B そいつは社長の親父さんがもたしてくれたんだ。なあ、婆さん……
A ハンチクな話は止しって言ったんだよ……こいつで幕を閉められるって冥加なもんじゃないかい。社長の親父さんてのは粋なお人だねえ。
B あのね、婆ちゃん、不動さん、不動都子さん……
A さあ、覚悟してお念仏でも唱えるんだね。
B 念仏なんて、おいら知らねえょ……
A なんだ、お念仏も知らないのかい。ったく、今の若いもんは……こうやって手を合わせてだね、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……
Cが血相を変えて飛び込んでくる。
C ちょっと、ちょっと、ちょっと、ミヤちゃん!
A あ、ノブちゃん!?
C なんてことしてくれんのよ!
A え?
C あんた、今、お念仏唱えたでしょ!
A あ、ごめんよ!!
C ごめんじゃないわよ。あ、あ、ほら、冥土からのお迎えよ。成仏しちゃうじゃないのよ。トシちゃんとお別れじゃないのよ! ミヤちゃん……怨めしや~(成仏していなくなる)
A ごめん、ごめんねノブちゃ~ん!
B なに一人で言ってんだ?
A あ、ああ、あんたには見えないんだね。
B デンワダゾ、デンワダゾ……あ、出てもかまわないかい?
A そんなこと言って逃げる腹だろ、パン屋の角までいかなきゃ出られないから。
B 今日は社長から、衛星携帯電話借りてきたから、ここで出られるから。
A じゃ、出な。末期の思い出に、なに口走ってもかまわないけど、男らしくね。
B う、うん。はい、わたしです社長……え? なんですって!? もうこの土地に見切りをつける……で……ゴワサン!? すぐ帰ってこい……ちょ、ちょっと社長!
A どうしたんだよ?
B なんだか、上の方でややこしくなっちまってよ。なんでもここの再開発のために天下りした親会社の重役が逮捕されたとかで、事業は中止だってよ。
A ……ハハハハ、やっぱり裏ではいろいろあるようだね。
B くそ、会社は大損だそうだよ。婆ちゃんが売ってくれさえいたら、役所に全部尻持ち込めたんだけどよ。ここ全部買い切るまでは、うちの会社の持ちもんだしよ……この不景気、どこ売るってわけにもいかねえしな。
A そいじゃ、おまえさんとこの会社は……
B 婆さんの知ったこっちゃねえよ……五代続いた地上げ屋も、おいらの代でしめえだねこりゃ。どうするね、それでも、おいらのタマァとるかい。
A (狙いをつけて)カチリ……ハハ、弾が入ってないよ、この南部には。重さが違うもの。いただいたときから気がついていたよ。
B 婆ちゃん……
A まあ、お茶でもお飲みよ。さあ、あんたもこっちきてさ。
B しかし、婆ちゃん。なんなんだよ、なぜなんだよここまでの粘りは?
A ま、これを機会(しお)に時々は話においでよ。大福もあるから、お食べな。ドッキリしたあとは甘いものが一番だよ。
B 婆さん!
A ズズ――(茶をすする)
B もう、知らねえからな! しかし、しかし、これで済むと思うなよ!(退場)
A (店の電話が鳴り、受話器をとる)プルル。プルル、プルル、ポシャ。はい、もしもし……なんだい、えらい声で怒鳴って! 欽八か。千三もいっしょかい? どうして土地売るの止めたかって? そんなもん母ちゃんの勝手だよ……!……その金切り声は昭子か!?……母ちゃん、もともとあんたたちのことあてにしてなんかないよ。母ちゃんは一人で雄々しく生きていくんだよ。それを、取って付けたみたいに世話するとか、引き取るとか。そいで土地の話が壊れたとたんに……分かってるよ! 初手から冷めてるんだよ、うちの親子は。それを、そんなにいぎたなく罵って、醜くなることないだろうが! うるせえ! ヘソ噛んで、豆腐の角に頭ぶつけてくたばっちまいな! ガチャ!
C ドデスカデーン、ドデスカデーン、ドデスカデーン……
B ドカドカドン、ドカドカドン、ドカドカドン……
A ああ、今日も最終の快速が普通電車を追い越していく……さ、店じまいにしようかね……ん?
C チョーン(拍子木)……バキバキ……(以下、同じテンポで、続く)
A あの地上げ屋小僧……腹いせに空き家壊してやがる……勝手にしやがれ……ああ、このポンコツめが。なんてざまだ、精も根も尽き果てるてのはこのことかね……ああ、いたた、なんだか「桜の園」のフィールスだね……あ、日めくりが昨日のままだよ……いや、今日はめくったっけ……えーと……そうだ、新聞見りゃ分かるよね(新聞を見る)……また消費税が上がんのかい。まったく今時のお上のやることは……ええ、また年寄りの孤独死かい。ツルカメツルカメ……お茶でも……えと……なんのために新聞……はて、なんのために、あたしゃ立ったんだろ……イタタタ(痛さのあまり横になる)……せめてラネーフスカヤを気取りたかったね。ハハ、ハンチクだね。文学的教養が、この期に及んで邪魔をするよ……せめて最後はオリジナルに(ひときわ大きくチョ-ンと拍子木。ツケが入りA見得を切る)I ……I……I WANT!……I WANT YOU!!
急速に拍子木の音たかなり、A大見得を切るうちに幕。
【作者の言葉】
ほとんど演技だけが勝負の芝居です。演劇の三要素は「観客、戯曲、役者」です。それ以外の道具、音響、照明は余技として排除しました。拍子木は正確には「き」と言います。パソコンでは出てこない字です木偏に斤で斤の縦棒にチョンがつきます。「付け」は、動画サイトなどで、歌舞伎の「荒事」の芝居を見てください。必ず出てきます。演技のごまかしのきかない芝居ですが、みっちりと稽古して楽しく演ってください。