大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ピボット高校アーカイ部・32『再生リボンからいきなりの勝負』

2022-11-26 11:50:26 | 小説6

高校部     

32『再生リボンからいきなりの勝負』 

 

 

「こちらに、青山さんのお店でよろしいでしょうか?」

 

 帳場の女の子が「はい、姓は青山、屋号は肥前屋ですが」と笑顔を向けてくる。

「キャ、かわいい……」

 揃って横に立っている麗二郎、いや麗が恥ずかしくなるほどときめいて、巾着持ったままの手を口元に持っていく。

 カミングアウトしたんじゃねえのか! つっこみたいけど我慢。

「こちらに、おリボン置いてらっしゃるって伺ってきたんですけど」

「あら、よくご存じですね、リボンはこちらです。あまり出ないもんだから、お父さんが奥に引っ込めちゃって……こっちに……」

 左手で袂を押え、身を乗り出してリボンが入った箱に腕を伸ばす。

 うなじと右手の肘から先が露わになる。その色の白さと容の良さに、僕もドキッとする。

 うなじも肘の裏側も、街でも学校でも普通に見てるんだけどね……お祖父ちゃんが言っていた『秘すれば華』という言葉が浮かぶ。

 いやいや、僕まで時めいてどうするんだ(^_^;)

「ご維新も二十五年、そうそう古着も売れないんで、いいところを採って、小間物が作れないかって、取りあえずリボンから初めてみたんです」

 籐籠の中には再生品と言われなければ分からない、きれいなリボンが一クラス分ほど並んでいる。

「左前の打合せとか帯で隠れるところとか、けっこう状態のいい生地が採れるんですよ。古着の売れ残りは、雑巾ぐらいにしかならないんです。西洋じゃパッチワークなんてツギハギが伝統的だったりするんですけどね、日本人は好みません。それで、こんな風に」

「そうですね、古手を粗末に扱えば付喪神(つくもがみ)が祟るって言いますものね」

「あら、女学生さんなのに、古風なことをご存知ね」

「貧乏旗本の裔ですからね、モノは大事にいたします」

「それは、よい心がけですね。わたしも同様ですよ、そして、古いものを新しく。明治を生きる古道具屋の心意気です」

 ポンと、小気味いい音をさせて帯を叩く。

 令和の時代なら中学生かというくらいに小柄な人だけど、言葉や表情が小気味よくって先輩と対等に会話ができている。

「過ぎたお洒落はひかえなくてはいけないんですけど、おリボンぐらいは……女学生の心意気!」

 ポン

 アハハハハ

 先輩も帯を叩いて調子が揃って、店の中に花が咲いたようになる。

 その明るさにつられたのか、数人のお客が店を覗き始め、奥から主人が出てきて対応を始める。

 こういうのも女子力って言うんだろうか、傍で見ているだけで楽しくなってくる。

―― 勝負に出る、お前たちもリボンを手にとれ ――

 え、勝負?

 任務の詳細を聞いていないので面食らう、でも、慣れている「これなんかもいいなあ」と呟いてオレンジ色のリボンを手に取る。麗もエンジ色を髪にかざしている。

「着物との釣り合いを見たいから、表で見比べていいかしら?」

「そうですね、お日様にあてると色合いがかわりますからね」

 四人でウキウキしながら通りに出て、髪にリボンをかざしてみる。

―― 脇に寄れ! ――

 先輩の命令は、いつも突然。反射的に看板の方に身を寄せ、先輩は逆に道の真ん中に近づく。

 ガラス戸を鏡にしてリボンの映り具合を見ている感じになる。

 

 ドン!

 

 通行人とぶつかって先輩が倒れ、通行人の大男がタタラを踏む。

「オウ、コレハ、スミマッセーン」

 大男が片言の日本語で謝りながら先輩に手を差し伸べる。

「いえ、わたしこそ、往来の真ん中で……」

 そこで、先輩と大男の目が合った。

 ドッキン

 アニメならエフェクト付きで心臓の音がしただろう。

 大男は、先輩に一目ぼれしてしまった。

 

―― チ、しまった! ――

 

 先輩の舌打ちが盛大に頭に響いて、僕らは緊急タイムリープした……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 西郷 麗二郎 or 麗           ピボット高校一年三組 
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ  ろって
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

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ピボット高校アーカイ部・31『納戸町』

2022-11-16 16:52:44 | 小説6

高校部     

31『納戸町』 

 

 

 この先が目的地だ。

 

 商店街の入り口みたいなところで先輩は立ち止まった。

「まずは現場の下見だ。三百メートルほど行くと右手に骨とう屋が見えてくる、わたしたちと同年配の女の子が店番をしているはずだから、よく見ておけ」

「イケメンの番頭さんとかいないんですかぁ?」

「真面目にやれ、麗二郎」

「麗二郎言うな(`Д´)!」

「麗と呼んでやれ、ここでは花の女学生なんだからな」

「は、はい」

 なんで僕が怒られるんだ(>o<)。

「行くぞ」

「「はい」」

 

 ゆっくりと通りを歩く。

 納戸町は新宿区だから、もうちょっと賑やかかと思ったけど、人通りが、そこそこあるだけで印象としては田舎町だ。要(かなめ)の駅前通りの方がイケてるかもしれない。

「明治25年だからな」

「着物ばっかり……それに、ちょっとダサイかも」

 確かに、みんなゾロリとした着こなしだ。姿勢が悪いし、胸元が緩くて帯の位置も低い。もうちょっとシャンとすればいいのに。

「フフ、あたしたち、ちょっとイケてません?」

「まあな、この時代に合わせてはいるが、若干の趣味は入れている。ただな、この時代の着こなしにも意味がある」

「どんな意味ですか~?」

「我々の着こなしは、長時間になると胸と腹を圧迫する。朝から晩まで着物で居るには、ああいう着こなしの方が楽なんだ」

「あ、言えてるかも。これでディナーとか言われたら半分も食べられないかも」

「だろ、だが、この時代で晩飯を食べるつもりは無いから、見た目を重視した」

「さっすがあ、螺子せんぱ~い!」

「こら、抱き付くなあ!」

「先輩、見えてきました……」

 電信柱の向こうに骨董屋の看板が見えてきた。

「よし、まずは通り過ぎるぞ」

「「はい」」

 

 コンビニに鞍替えしたら、ちょうどいい感じの大きさ。ここまで歩いた感覚では中の上といった規模の角店。

 チラッと目をやると、帳場と言うんだろうか、今でいえばレジみたいなところにお人形のように小柄な女の子が店番をしている。

 うりざね顔の和風美人……お祖父ちゃんなら「門切り型の言葉で感動しちゃいけない」って言うんだろうけど、そういう印象。でも、口元は可愛いだけじゃなくてキリっとしている。見かけによらず意地っ張り……いや……通り過ぎてしまった……緊張したぁ。

 

「なかなかの観察眼だぞ、鋲」

 

 電柱一本分行ったところで先輩が褒めてくれる。

「いえ、もうちょっとと言うところで通り過ぎてしまいました(^_^;)」

「ちょっと気になるんだけどぉ」

「なんだ麗?」

「二人って、時どき心で会話してない? 今も、鋲君は何も言ってないでしょ?」

「ふふ、鋲とは深い付き合いだからな、以心伝心なのさ」

「そうなんだ、ちょっと羨ましいかもぉ」

「ちょっと、先輩(;'∀')」

「まあ、ちょっとした相性だ。これでいいか、鋲?」

「どっちも良くないですから」

「アハハ、よし、次は直接口をきいてみることにしよう」

「じゃ、とりあえず帰りますか?」

「いや、たった今からだ」

「うわあ、ワクワクするぅ」

「ちょ、先輩!」

「ハハ、鋲も分かっているくせに。ま、そういうところも可愛くはあるんだがな~」

「うわあ、微笑ましい~」

「違うから麗二郎~!」

「麗二郎言うな~!」

 通行人の明治人の人たちが微笑ましそうに笑っていく、こういうところは令和よりは人の垣根が低いのかもしれない。

 僕一人ワタワタしているうちに、先輩と麗は店の中に足を踏み入れた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 西郷 麗二郎 or 麗           ピボット高校一年三組 
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ  ろって
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

 

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ピボット高校アーカイ部・30『明治25年にセーラー服は無い』

2022-11-07 09:58:46 | 小説6

高校部     

30『明治25年にセーラー服は無い』

 

 

 ちょ、大丈夫!?

 

 再び転げ落ちて心配なのは、僕たちの後に転げ落ちてきた女生徒。

 先輩と僕は自分の意思で魔法陣に立ったけども、放課後の混雑の中、正門付近は下校の生徒が一杯いて、巻き込んでしまったことは想像に難くない。

「う、う~~ん」

 呼びかけに、こっちを向いた女生徒を見て、僕も先輩もビックリした!

 

 カ、カミングアウト!?

 

「……わたしたちの後に魔法陣に飛び込んでしまったという訳なんだな?」

「はい、先輩と田中くんが抱きしめ合って消えたものだから、つい、追いかけてしまったんです」

「だ、抱きしめ合っていたんじゃない! ダウンジングの感度を上げるためにだなあ……」

「いや、結果的には抱きしめていたんだから間違いではないだろう」

「そこは否定してくださいよ!」

「それで、ここはどこなの? 何が起こったんですか?」

「おまえが飛び込んだのはタイムリープに特化した魔法陣だ、そして、ここは明治25年の新宿区、たぶん牛込川の土手下だ」

「明治25年……」

「ああ、130年ほど昔だ」

「ええと……平成、昭和のもう一つ前?」

「二つ前だ、大正時代をないがしろにするな」

「先輩、いちど令和に戻りませんか、ちょっとイレギュラーな展開ですから」

「確かめてからな。リープそのものはカミングアウトが来る前に確定していたからな」

「えと……」

「「なんだ?」」

「カミングアウトには違いないんですけど、名前で呼んでもらっていいですか?」

「そうか、では、名乗れ」

「はい、一年三組の西郷……です」

「西郷……下の名前は?」

「麗(うらら)です、麗しの麗と書いてうららです」

「へえ、かわいい名前だね」

「へへ(^_^;)」

「本名を聞いている(ㅎ.ㅎ)」

「本名です!」

「西郷麗と打ち込んでもグリーンにならんぞ」

 先輩が示したインタフェイス、西郷麗の文字が赤く点滅している。

「え?」

「本名を打ち込まんと、魔法陣は正しく機能しないんだ。戻れなくなるぞ」

「そうなんですか!?」

「えと……西郷麗二郎……」

 サイゴウレイジロウ!?

「なんだ、男らしくていい名前じゃないか……よし、グリーンになった。ん……ミッションが出てきたぞ」

「ミッション!?」

「麗二郎は初めてだろうが、我々は任務遂行のためにタイムリープしているんだ」

「今回は、どんなミッションですか?」

「……ちょっとデリケートな任務だなあ」

「「デリケート?」」

「ああ……しかし、このナリで明治25年の東京は歩けんなあ」

「ダメなんですか制服じゃ?」

「ああ、令和の制服じゃなあ。セーラー服が現れるのは大正9年だ。明治25年では違和感がある。まして、お前たちの制服ではなあ」

 ということで、明治25年に相応しいナリになった。

「って、どうして、僕まで女装なんですか(,,꒪꒫꒪,,)」

 三人とも矢絣の着物に海老茶や紺の袴姿。

「わ、女子大の卒業式みたいですね(^▽^)/ 鋲も似合ってるよ!」

 麗二郎は喜んでいる。

「この時代、男女の学生が一緒に歩くと白い目で見られるんだ」

「そうなんですか?」

「不順異性交遊なんですよね(^▽^)」

「嬉しそうに言うな!」

「鋲、歩くときは内股でな」

「こ、こうですか?」

「こういう風に歩くのよ!」

 麗二郎が見本を示す。悔しいけどサマになってる。

「まあ、それでいいだろ。では、行くぞ」

「「はい!」」

 

 というわけで、僕たちは牛込納戸町の骨とう品屋を目指した。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 西郷 麗二郎 or 麗           ピボット高校一年三組 
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
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  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

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ピボット高校アーカイ部・29『転がり落ちる』

2022-10-31 14:52:50 | 小説6

高校部     

29『転がり落ちる』

 

 

 ダウンジングのL字棒は、あと十メートル程で正門を出てしまうというところで動きを停めた。

 

「このあたりだ」

「でも、魔法陣は見えませんけど……」

「ああ、水平方向にはな……集中しろ、微妙に下を指しているようだぞ」

 L字棒を握る手を少しだけ緩めると、ほんの少しだけL字棒の先が斜め下を指す。

「どうやら、少し地面にめり込んで見えなくなっているようだな」

「え、魔法陣がですか?」

「近くに居さえすれば、多少上下にズレていてもL字棒は機能する」

「でも、どこが魔法陣か……」

「そうだな……おぼろにも見えるようにしないとな……よし!」

 ムギュ!

「ちょ、先輩!」

 ただでも密着しているのを、さらに僕の背中に手を回して抱きしめるようにしてくる。

「ほら、浮かび上がってきたぞ!」

 僕たちの周囲に相撲の土俵ぐらいの魔法陣が浮かび上がってきた。浮かび上がってきたんだけど、氷の下を浮き沈みしているようにボンヤリしていて頼りない。

「もう少しだ、鋲もきつく抱き付いてこい!」

「は、はい(#;'∀'#)!」

 ムギューーー!

 氷の下なら五センチぐらいのところまで魔法陣が浮かび上がってきた。

 しかし、放課後すぐの正門の内側、下校しかけや部活に向かう生徒たちがいっぱいいる。

「え、なにぃ?」「ちょ!」「やだぁ!」「うわぁ!」「びっくりぃ!」「おぞぃぃい!」

 遠巻きにしている中には中井さんやカミングアウト……って、このごろ現れすぎ。

「今だ、ジャンプ!」

「はひぃ!」

 ピョン

 バキバキッ!

 まさに、氷が割れるような音がして、僕たちは時空を飛んだ。

 

 ドスン! ゴロゴゴロゴロ!

 

 落ちたと思ったら転がり出した!

 うわああああああ!

 先輩と抱き合ったまま果てしなく転がり落ちていく……というのは衝撃と恐怖心からの錯覚なんだろうけど、感覚的には数分転がり落ちた。

 ズサ

 ようやく平らなところに落ち着いたと思ったら、ちょっと息苦しい。

「フガ……先輩、もう大丈夫みたいですから」

「そ、そうか」

「プハーー」

「ああ、すまん。わたしの胸がもう少し大きければ窒息させていたところだったな」

「あ、いえ……咄嗟に庇ってもらったみたいで、ありがとうございます」

「フフ、日ごろの愛情がなせる業だ、気にするな」

「は、はあ」

「しかし、こういうことになるのなら、いっそブラを外してくるんだったな(^o^;)」

「あ、そういう冗談はいいですから、よかったらどいてくれませんか?」

「そうか……なんだか、このまま転がって昼寝でもしたい感じだがな」

 どうやら川の土手の斜面に出てしまって、そのまま転がり落ちてしまったようだ。

 土手は二段構造になっていて、真ん中あたりで留まることができた。

「いつの時代の、どこなんでしょう?」

 いつもの魔法陣だと、ゲートを通るか、あらかじめ場所が分かっているので、こういう飛び方をすると見当がつかない。

「ちょっと調べてみよう」

 先輩が、ワイパーのように手を振ると異世界系アニメのように仮想インタフェイスが現れた。

「明治25年(1893)の牛込区……今の新宿区だな」

「要の街を飛び出してしまったんですか?」

「ああ、やはりバージョンアップしているようだな。せっかくの東京、サイトシーングしてみたいところだが……」

「なにか任務があるんですか?」

「ああ、クエストのアイコンが点滅している……」

「……クリックしないんですか?」

「見たら放っておくわけにもいかんだろうしな」

「いいんですか?」

「せっかくの東京、それも明治25年だぞ、散歩ぐらいしても罰は当たらんだろう……」

 ドスン! ゴロゴゴロゴロ!

 うわ!?

 僕たちが落ちてきた同じ空間に、ピボット高校の女生徒が落ちてきて土手を転がり落ちてきた!

 うわああああああ!

 とっさのことに身を庇うこともできず、僕たちは、落ちてきたそいつと一緒に土手の一番下まで転がり落ちてしまった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
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ピボット高校アーカイ部・28『ダウンジング』

2022-10-19 16:13:38 | 小説6

高校部     

28『ダウンジング』

 

 

 放課後の部活動、部室のドアを開けると先輩が唸っている。

 うーーーん

「お腹でも痛いんですか?」

 先輩は、浅く腰かけた姿勢で、お腹を抱えて前かがみになっているので、ほんとうにそう思った。

「魔法陣だ」

「え?」

 言われて床を見ると、いつもの魔法陣が頼りない。

 輝きが弱くなって、心なし揺れているように見えて、消えかけのロウソクのようなのだ。

「ちょっと、不安定なんですか?」

「ああ、このまま飛び込んだら、狙ったところに行けなくなる。あるいは、帰ってこれなくなる」

「なんで不安定になったんですか?」

「ひょっとしたらなんだが、魔法陣に更新期が来ているのかもしれない」

「魔法陣に更新期があるんですか」

 そう言いながらも、僕はお茶とお菓子の用意にかかる。

 お茶をしながらという部活のスタイルに慣らされてしまっている。

「はい、どうぞ」

 いつものようにテーブルに、お茶とお茶うけを置く。

 お茶は、いつものダージリン、お茶うけはろってが持ってきてくれたクラプフェンだ。

「ああ、すまん……」

 先輩は、魔法陣を睨んだまま、まずクラプフェンに手を伸ばす。

 ハム……

 まるでアニメのキャラが食べるような感じでかぶりつく先輩。

 ザワザワ

「「あ!?」」

 先輩がクラプフェンに齧りつくタイミングで、魔法陣が揺らめくというか騒めく。

「先輩!」

 ムシャムシャムシャ

 ザワザワザワ

 先輩の咀嚼に合わせて、魔法陣は騒めきをシンクロさせる。

 ゴックン

 先輩が呑み込むと、それに合わせて魔法陣は震えて、呑み込み終わると、微妙にボケている。

「クラプフェンが影響しているんだ」

「悪い影響ですか?」

「いや、わたしのステータスが上がって、この魔法陣に合わなくなってきたんだ。そういう力がクラプフェンにあるんだろう」

「ろっての力ですか?」

「たぶんな……あいつも作られた時期は一緒だ。わたしに似た力があるんだろう……新しい魔法陣を探そう」

「探す?」

「あったかな……」

 先輩は立ち上がると、書架の一角にある道具箱を漁り始めた。

 ガチャガチャガチャ

「あった!」

 それは、Lの形をした二本の金属の棒だ。

「ひょっとして、ダウンジングですか?」

「ああ、ほとんど七十年ぶり……うまく使えるといいんだが」

 先輩はL字棒を両手に一つづつ持って構えると、L字棒の指し示す方角に歩き出す。

 L字棒は、瞬間はピクンと警察犬のように方角を示すのだけれど、直ぐに駄犬に戻ったようにグニャグニャといい加減になってしまう。

「どうも、わたし一人では力不足のようだ……鋲、お前も持て」

「僕ですか?」

「他に鋲はおらん」

「はい」

 先輩から一本受け取って、横に並ぶ。

 ピピ

「来ました、先輩!」

「おお」

「「…………」」

 先輩一人の時よりも数秒長くL字棒は、方角、どうやら、部室のドアの方角を指し示すのだけど、三秒もしないうちにデタラメになってしまう。

「……二人が離れすぎていて、感度が持続できないんだな」

「そうなんですか?」

「たぶん、電池を繋げるのと同じなんだ」

「電池ですか?」

「ああ、違う極同士を繋げないと、電池は力を発揮しない。小学生の時に懐中電灯を作る実験とかしただろ」

「はい、接点金具をちゃんとしないと点かないんですよね……って、手を繋ぐんですか!?」

「一番手軽な接点だ……ほら、しっかり指し始めたぞ!」

「は、はい」

 確かにL字棒は一定の方角を指して揺るがなくなった。ちょっと恥ずかしいけど、まあ、これくらいなら。

 手を繋いでL字棒の示すままに進んでいくと、廊下に出て、つぎには旧校舎の外にまで出てしまった。

「先輩、なんか、みんな見てますよ(^_^;)」

「任務のためだ辛抱しろ」

「に、任務ですか……」

 任務と言われては仕方がない、ドキドキしながら進んでいくと、とうとう昇降口の前まで来てしまって、L字棒は、そこで力を失ってしまう。

「ここ……なんですかね?」

 下校のためや、部活に向かう生徒たちがジロジロ、中には面白そうだと立ち止まって見る者まで出てきた。

「いや、L字棒が力を失ったんだ。これでは、まだ接点が弱いんだろう」

「弱いって、じゃあ……」

「こうしよう!」

 先輩はいったん手を離すと、ガバっと僕の肩に手を掛けて、正面から抱き合うように密着した!

「ちょ、先輩(#'∀'#)」

「ほら、力が戻ったぞ!」

 確かに、二人のL字棒は再びピクンと力を取り戻した。

 そして、みんなの注目も何倍も熱くなった!

 放課後の昇降口前で、近ごろ噂の立ってきたアーカイ部の二人がソーシャルダンスみたいにくっ付いているんだから、注目もされる。

 注目の中には、クラスメートの中井さんやカミングアウトも混じっていて、他の生徒よりも感情のこもった目で睨んでいる。

「ちょ、先輩、ヤバイですって!」

「辛抱しろ、これには、要市の、日本の将来がかかっているかも知れんのだぞ!」

「恥ずかしい(#>o<#)」

「動くな! 棒が揺れる!」

「はひ!」

「よし、こっちだ!」

 先輩は、僕をがっちりホールドして、新たにL字棒が指示した方角に進んでいくのであった……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
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ピボット高校アーカイ部・27『三人で歩いた先の海』

2022-10-10 12:38:33 | 小説6

高校部     

27『三人で歩いた先の海』

 

 

 立ち話もなんなので、三人で歩く。先輩は自転車を押しながらろってと並び、僕は、その後に続く。

 貫川の堤防道に出た。

「ええと……ええとですね……」

 話があると、お土産のクラプフェンまで持ってきたろってだけど、話すとなると、なかなか考えがまとまらない感じで、「ええと」と「ええとですね」を繰り返している。

 放課後の堤防は、うち以外にも小中の生徒や、他校生もチラホラ歩いている。

 同じ方向やら逆方向やら、そいつらの視線が痛い。

 アニメからそのまま出てきたんじゃないかって感じの美少女二人といっしょの男は、それだけで社会悪という感じ。

 ガン見する奴こそ居ないけど、痛い視線は、向こう岸の堤防道や、とぎれとぎれに並行している二車線の県道からも感じる。

「ふふ、この雰囲気も楽しいが、このままでは鋲が悶死してしまいそうだ。まとまらなくていいから、話してやれ」

「は、はい……」

「「…………」」

「ヤコブ軍曹が、わたしに託したのは娘さんのロッテのことだけじゃないような気がするんです」

「だけじゃないとしたら、何なんだ?」

「それが分からないんです」

「百年もたってるんですよ……それでも意識が残っている……ちょっと不思議」

「そうだな……」

「託されたのはロッテのこと以外にもあって、それが大事な気がするんです」

「他にもあるというのか?」

「はい……自分で言うのもなんですが、わたしはとても可愛い人形でした」

「むむ(#`_´#)」

「なんで、そこで対抗意識持つんですか!」

「いや、すまん」

「要の人たちも、とても捕虜のドイツ人に優しくて……」

「要は、そういう街だ」

「ロシアの捕虜になったドイツ兵はひどい扱いを受けているって、噂なんかも伝わってきたんです」

「ロシアは革命の真っ最中だったからな」

「捕虜の人たちは思ったんです。要の街のような平和が続いたらいいと……できあがったわたしを見る目には、そういう気持ちが籠っていました」

「そうだな……」

 先輩も、その時代に作られたから感じるところがあるんだろう……僕は、聞き役に徹しようと思った。

「捕虜は何百人も居て、いろんな思いがあったような気がするんです。ヤコブ軍曹は中流の都会人でしたけど、貴族の者も貧しいお百姓出身の兵隊もいましたから……それこそ、国に残した家族を思う者や、ドイツの行方を思う者、世界中の平和を願う者……そういう思いが……あ、海だ」

「おお、知らぬ間に歩いてしまったな」

 

 僕たちは、要港を臨む河口まで歩いてしまった。

 

「ドラヘ岩に登ろう!」

 言うと、先輩は自転車を放り出して駆けていく。ろっても後に続いてドラヘ岩に走っていく。僕は砂に脚をとられながらも自転車を担いで防潮堤の傍に立てかける。

「あ、外れてる……」

 乱暴に放り出されて、自転車はチェーンが外れていた。

 チェーンを直し、油と汚れでギトギトになった手を渚の海水で洗ってからドラヘ岩に向かった。

 

「……そうか、この要の海のような願いだったのだな」

「は、はい。うまく言えないですけど、こんな感じです」

 

 僕がモタモタしているうちに、二人は岩場から海を眺め、なんだか共通理解に至ったようだ。

 先輩は、腕を組んで右足を一段高い岩に掛け、なんだか海に漕ぎだす女海賊の頭目のようだった。

 僕は、女海賊の雑用係の手下か……まあ、いいけど。

 三人で、しばらく海を眺めて帰った。

 

☆彡 主な登場人物

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  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ  ろって
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 
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ピボット高校アーカイ部・26『クラプフェン』

2022-10-03 16:56:51 | 小説6

高校部     

26『クラプフェン』

 

 

 部活体だけの生活になって、先輩の嗜好が変わった。

 

 放課後の部活になるまでは、なんとか誤魔化せるくらいには女生徒らしさを取り戻したんだけど、部活中の先輩はクラプフェンというドイツの揚げパンを好んで食べるようになったんだ。

 レーズン入りの揚げパンで、正直おいしい。お祖父ちゃんに食べさせると「イマジネーションが湧く気がするな」と三つ食べた後、数日悩んでいた画像処理の仕事を一気にやり遂げた。要は、糖分が創作に関わる脳細胞を活性化させるんだけど、糖尿病の数値が上がってるとお医者さんに言われてお仕舞になった。

 

「それで、イマジネーションは湧きました?」

 

 クラプフェンの五つ目に手を伸ばした先輩に聞いてみる。

「うん、湧いてはくるんだが、カタチを成さない。このまま飛んでは、無駄に走り回っておしまいになりそうだ」

 魔法陣の縁に立って腕組みすること四十分。今日も飛ばずに部活が終わりそうだ。

 まあ、飛んだら飛んだで無茶ばかりやるんで、僕としてはこのままでいいんだけどね。

 先輩は、部室のアーカイブの中からランダムに過去の問題を取り上げるのではなく、要の街の根幹にかかわる問題に手を付けなければならないと思っている。

 先日のメンテナンスと、部活体一本になったことが影響しているみたいだ。

「……あれ?」

 机の上に伸ばした手が空を掴んで驚く先輩。

「クラプフェンが無いぞ」

「そりゃ、食べたら無くなります」

「まだ、三つしか食べてないぞ」

「いいえ、四つです」

「そうなのか?」

「そうです」

「うう、もうちょっとで見えてきそうなのに……このままでは、先に食べた三つが無駄になる」

「いえ、だから四つです」

「鋲、おまえ……」

「僕は、最初の一個しか食べてませんから!」

「す、すまん。仕方がない……」

「今日は終わりにしますか?」

「いや、プッペに行くぞ」

「え、いまから買いに行くんですか!?」

「行くぞ!」

「ちょ、先輩!」

 こういうところは、いたって子供なので、言っても聞かない。

 そのまま旧校舎を出て本館の昇降口を目指す。

 下足ロッカーは学年で島が違う。

 一年の島で履き替えて、二年の島を超えて三年の島……柱の陰に人影……サッと隠れたら愛嬌もあるんだけど、そいつは親し気に胸のところまで手を挙げて小さく振りやがる。

 ほら、こないだのカミングアウトだ。

 あの一件で、先輩の事をいっそう尊敬して、ここのところ、部活の終わる時間に待っている。

 階段の踊り場だったり、正門の桜の木の横だったり、自転車置き場だったり。

 先輩は相手にしないし、それ以上寄って来る気配も無いので、先輩も気にしないし、放ってある。

 

 自転車を繰り出して、正門から飛び出したところで気が付いた。

 

「先輩、今日はプッペ定休日です」

 キーーーー!

「え、そうなのか!?」

「はい、月曜日は普通のパン屋とお同じように休みです」

「そうだったかっ!」

 浅野内匠頭の切腹に間に合わなかった大石内蔵助という感じでうな垂れる先輩。

「えと……普通の揚げパンでよければ買ってきますけど」

「ダメだあ、プッペのクラプフェンでなきゃ、ダメなんだあ!」

 ハンドルを叩くものだから、ベルがチンチン鳴って、ちょっと恥ずかしい。

 どうしようかと思っていると、先輩の頭越し、道の向こうからやってくるブロンド少女が目についた。

「ろって!?」

 目が合うと、ろってはプッペの紙袋を抱えたまま走ってきた。

「クラプフェン持ってきましたよぉ!」

「ろってぇ!」

「食べきっちゃうんじゃないかって、とっておきました!」

「ああ、ろって、おまえは天使だ!」

 ハンドル越しに手を伸ばす先輩。

 それを、ヒョイと躱して、ろっては指を立てた。

「……の前に、思いついたことがあるので、それを聞いてください!」

「なんだ、それは。なんでも聞くぞ!」

「じつは……」

 ろっては、とても大事な話ですという感じで話し出した……

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ  ろって
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 
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ピボット高校アーカイ部・25『朝の騒動と先輩の反省』

2022-09-25 10:54:02 | 小説6

高校部     

25『朝の騒動と先輩の反省』

 

 

 

 そ-いうの止めてよね!

 

 そいつの前に立ちふさがると、女子は目を三角に、口を四角にして怒った。

「な、なによ、いきなりビックリするじゃないの!」

 女装男子も負けずに声を張り上げるが、ナヨっとしていて気持ちが悪い。

「不愉快なのよ、ナヨナヨして!」

「ジェ、ジェンダーフリーよ! あ、あたし、心は女の子だから、それに相応しい格好をすることにしたのよ! そんな風に言うのはヘイトよ! 心外だわ!」

「心外はこっちよ! 本物の女子はそんなナヨナヨしてない! 本物の女子から見たら気持ち悪い! バカにされたみたいで気分悪い!」

「気分悪いのはこっちよ! 長年ずっと我慢してきて、やっと勇気出して、自分に正直になったのに、そんな言い方されたら、悲しくなるわよ! むちゃくちゃ腹立つ!」

「腹が立つのはこっちの方!」

 別の女子が割り込んできた。

「なによ、あんたは!?」

「女子トイレ使うの止めてよね! あんたが入ったら、気まずくって、他の女子は入れなくなる!」

「そ、そんな、そんな言い方しなくてもいいでしょ!」

 とっちめている女子は二人だけなんだけど、他にも立ち止まって同情やら迷惑やら憤慨の顔をする奴が出始めた。

「先輩……」

 僕は先輩の袖を引いた。

「面白いから見て行こう」

「いや、もういいですから」

 言い出したら聞く人じゃない。まあ、少し見ていれば気がすむか……ため息ついて、先輩のちょっと後ろに回る。

 そのわずかの間にも、エキサイトして双方涙目になって唾を飛ばし合っている。

「わ、わたし、三年の真中螺子先輩を見習ってるんだから!」

 

「え、わたしか!?」

 

 なんで矛先が向いてくるんだ(;'∀')!

「螺子先輩は、あんなにきれいなのに堂々と男を主張してるじゃない! わ、わたしは、螺子先輩に励まされて勇気を奮ってカミングアウトしたのよ! ねえ、螺子先輩なら分かってくれるでしょ!」

 ああ~~~~~~

 なんかオーディエンスまで納得の声をあげている(^_^;)。

「鋲、行くぞ! みんなも鐘が鳴る、急げ!」

 先輩は僕の手を引っ張って、とっとと歩き出す。すれ違った生活指導の先生たちが注意すると、オーディエンスたちも意外にあっさりと校門に向かって歩き出す気配。

 先輩の影響力はすごい。いや、危ういかも……部活体を部活だけに限定使用していたのが分かった気がした。

 

 昼休み、学食に入るところで先輩に掴まった。

 

「な、なんですか?」

「今朝の事で考えた。少し余技に走り過ぎた、軌道修正して本来の部活に戻るぞ」

「は、はい」

「そのためには体力を付けねばならない! まず、食うぞ! 鋲も食え!」

「ちょ、ちょっと……」

 僕の返事も聞かずに、先輩は学食に突撃。一人で五人分は平らげてしまう先輩だった。

 学食中の注目を浴びたのは言うまでも無い……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ  ろって
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

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ピボット高校アーカイ部・24『螺子先輩のチグハグ登校』

2022-09-17 14:10:45 | 小説6

高校部     

24『螺子先輩のチグハグ登校』 

 

 

 毎朝の登校風景の中には、ザックリ言って二種類の生徒がいる。

 二人以上で群れて登校する者と、一人で登校する者だ。

 

 二人以上は、まあ問題ない。学校生活を、まずまず円満に過ごせていると言っていい。

 問題は一人で登校する生徒。

 たいていは、学校に友だちが居なくて人間関係が希薄な奴だ。

 むろん、たまにだとか一時的なら問題ないんだけど、入学以来ずっと一人という奴は要注意、不登校になって引きこもりを発症してしまう奴もいるからね。

 僕も、入学してしばらくは一人だったけど、そのうち出会ったクラスメートに「おはよう」と声を掛けられたり声を掛けたりしているうちに、一言二言喋れる相手が出てきた。週に一度か二度は正門で中井さんと「おはよう」の挨拶を交わして、昇降口までいっしょに歩いたりするようになったしね。

 

 一人登校で、ちょっと目につくようになったのが螺子先輩。

 

 先輩は学校に住んでいる……ような気がしていた。

 先輩は、首が一つでボディーが二つ。部活体と日常体の二つで、部活に入る時にボディーを替えていた。

 どうも、部活体と日常体ではスペックと個性が違う。

 その日常体をろってに貸してやったもんだから、先輩は四六時中部活体。

 部活体はアグレッシブというか積極的というか元気がいい(^_^;)

「おい、道一杯に広がったら通行の邪魔だろ!」「こら、赤信号だぞ!」「スマホ見ながら歩くんじゃない!」

 登下校は、こんな調子だし、学校に着いてからでも、小姑のようにあちこちで文句を言っている。

「先輩、もうちょっと穏やかに」

「そうか、わたしは、いつもの調子だぞ」

「先輩、日常体のときは、もっとおしとやかでしたから……(^o^;)」

「あ……ああ、そうだったなあ。いかんいかん」

「分かってもらえればいいんです」

「しかし、同輩どもの日常と云うのは、ちょっとだらしがないぞ」

「こんなもんですよ、いまの高校生は」

「そうなのか」

「それに、日常体の時は、もっと女の子らしい喋り方してましたから。そんな感じで喋ってちゃいけませんよ」

「そ、そうか、あ、いや、そうなのね。螺子、気を付けるわ……こんな感じでいいのかしら?」

「ちょっと気持ちわる……」

「なんだと!?」

「あ、いえ、なんでもありません!」

「まあ、たしかに話しかけてくるやつは居なくなった感じがしないでもない……」

「自覚あるんじゃないですか!?」

「いや、日常体の行動は記録としてはメモリーに残っているんだがネットニュースのように簡略でな、どう振舞ったか、どう喋ったとかの情報は乏しいんだ」

「まあ、先輩が気にならないんだったらいいんですけど……ちょ、なんで手を繋ぐんですか?」

「いや、わたしが踏み外しそうになったら、強く握ってくれ。そうそれば、言う前、やる前に気が付く」

「だめですよ、手を繋いで登下校してる奴なんか、女の子同士でもありませんからぁ」

「つれないやつだなあ」

「ほ、ほら、小学生が変な目で見てます!」

「お前たちだって、幼稚園の頃はおてて繋いで、お散歩してただろーが!」

「子どもにからんでどうするんですか!」

「すまん、自戒する」

「いいですか、学校に入るまでは口をきいちゃいけません」

「分かった」

 ジジジジ

 変な音に先輩の顔を見ると、口がチャックになって閉まっている。

「そいうギミックはしないでください」

「じゃ、持っていてくれ」

「え……わ!?」

 先輩は、チャックを止めたかと思うと、口を拭って、唇を外して寄こした。

「もう、シュールなことはしないでください!」

『おもしろくないか?』

 手の中で、唇が喋る。初対面だったら卒倒している。

 なんとか大人しくさせて、校門が見え始めた時、先輩は一人の生徒に目を停めた。

「あいつ……男なんじゃないか?」

「あ……」

 先輩が目を停めたのは、最近女の制服を着て登校し始めた一年の男子だ。

 先生たちはいい顔をしないんだけども、ジェンダーとかにうるさいご時世なので、正面から言われることがないんだ。

「いじっちゃダメですからね!」

「ああ、分かってる」

 なだめながら、そいつを追い越そうとしたら、別の女生徒がそいつの前に立ちふさがった……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

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ピボット高校アーカイ部・23『ろって・2』

2022-09-10 14:21:13 | 小説6

高校部     

23『ろって・2』 

 

 

 自転車二台がプッペをめざしている。

 

 前の自転車は僕。後ろの自転車は先輩だ。

 先輩の自転車の荷台にはウィンドブレーカーのフードをすっぽり被った女子が、先輩の背中にしがみ付いて乗っている。

 微妙に変なんだけど、まあ、部活で遅れた生徒が帰宅の風景には見えているだろう。

 

 実は、先輩にしがみ付いているのはロッテなんだ。

 

 生徒手帳の切れはしにロッテを憑依させて部室に戻って、先輩は、自分の日常体に憑依させ直した。

 同じ人形として、体が無いロッテを可哀そうに思ったんだ。

 雑で変態の先輩だけど、根っこにあるのは、優しさなんだろうね。

 むろん、僕に説明したりはしないんだけど、先輩の目の色を見ていれば分かる。

 

 先輩は二つのボディーを持っていて、日常の学校生活と部活で切り替えている。

 先輩は、部活中で休止状態の日常体をロッテに使わせてやろうと、泰西寺から自転車をとばして部室に戻ってきた。

 ところが、憑依し直すのはいいけど、日常体には頭が無い。

 そこで、レジ袋に紙くずを詰め込んで頭の大きさにしてソケットにくっつけて、ウィンドブレーカーを着せてあるんだ。

「プッペに行くぞ!」

 その一言で分かった。先輩は、ロッテをちゃんとした人形にしてやりたいんだ。

「プッペに行ってなんとかなります?」

「ああ、今日はメンテナンス後最初の検診の日で、一石氏が来ている」

 そうか、あの精霊技師の一石さんなら、なんとかしてくれるかもしれない。

 その会話以外は一言も喋らない先輩。

 ロッテが可哀想で、ロッテの運命が呪わしくて、出会った直後に気付いてやれなかった自分が腹立たしくて、先輩はがむしゃらにペダルをこいでいるんだ。

 

「やれやれ……」

 

 一石さんは、最初にひとことため息交じりにこぼしただけで、ロッテの診察に移った。

「……ちょっと無理があるけど、なんとか馴染んでるね。日常体は優しくできているから、小さな子のソウルでも受け入れられるみたいだね」

「よかった……」

「でも、問題は首なんじゃないですか?」

 マスターが最大の問題点を指摘する。

「仕方がない、補修用のラウゲン樹脂を使おう」

 一石さんは、往診用の革鞄から、樹脂のチューブを取り出した。

「これだけで足りるのか、先生?」

 まるで、妹の治療が気になって仕方がないお姉ちゃんのように先輩が眉を顰める。

「そうだね、なにか芯になるような……イルネさん、そのブロートいただけますか?」

「あ、はい、どうぞ」

 ブロートは、少し大きめの硬いパンで、芯にするにはうってつけ……て、いいんだろうか!?

「なあに、焼き上がったら、ブロートは掻きだして食べればいい」

 一石さんは、ブロートにラウゲン樹脂を盛って、ほんの三十分ほどで女の子のヘッドを作ってしまった。

「小顔で可愛いな……」

「ちょっと、先輩の妹って感じですね」

「そ、そうか(^o^;)」

「あ、頭に塗るラウゲン液はちがうんですね」

「うん、髪の毛と眉毛の生えてくるところは、種類がちがうんだ」

「どんな髪になるんだろうなあ(^^♪」

「用意してきた訳じゃないから、普通のブロンドだね。さ、あとは焼き上がりを待つだけだ」

 イルネさんが窯に入れて、温度設定。

 焼き上がるまで、ラボのテーブルを囲んでお茶にする。

 

 チーーン

 

 三十分焼いて、出てきたのは、やや童顔なかわいい女の子のヘッドだ。

 ちょっと、芯材に使ったブロートが心配だったけど、一石さんは器用に抜き出した。

 ブロートとは分かっていても、ヘッドの中から掻きだされては、ちょっと(^_^;)という感じだったので、丸々抜きだすというのは抵抗が少ない。

 みんなで食べた。

 より香ばしくなって美味しかったんだけど、あとになってみると、やっぱり複雑な気がしないでもない。

 

「え、これが、わたしなの?」

 

 首を装着したロッテは、鏡に映った自分が不思議でたまらない感じだったけど、シゲシゲと映しているうちに、しだいにバラのように頬を染めていく。

「う、うれしい……」

 百年後に、やっと自在に動く体を手に入れたロッテは「うれしい」と言っただけなんだけど、万感の思いが籠っていて、先輩でなくても感動した。

 学校に連れて帰るわけにもいかず、ロッテはプッペで働くことになった。

 店員の制服の胸には「ろって」と平仮名の名札が付けられた。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
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ピボット高校アーカイ部・22『ろって・1』

2022-09-03 14:34:55 | 小説6

高校部     

22『ろって・1』 

 

 

 僕にも見えるようにしてくれたんだけど、先輩は言葉を発しない。

 じっと、その子を見ているだけだ。

「な、名前はなんていうのかな?」

 沈黙に耐えられなくなって口を開いたのは僕だ。

「ロッテ……」

「ロッテ、そうか、いい名前だね(^o^)」

 目は合わせないんだけど、少し上げた顔はほんのりと染まって、七歳くらいなのに、初めて告白された少女のように時めいているように見えた。

 ち      先輩は小さく舌打ちをした。

「先輩!」

「フルネームは、ロッテ・ビルヘルム・バウマンだな」

「え?」

「おまえは、ここの墓地に葬られているヤコブ・ビルヘルム・バウマン軍曹の娘……」

 ブンブン     ロッテは激しくかぶりを振った。

「最後まで聞け」

 ?

「ヤコブ軍曹の娘の人形(ひとがた)だ」

 コクコク

「あ?」

「思い出したか、傀儡温泉の人形(ひとがた)にロッテと書かれたものがあっただろ。それが、こいつだ」

「え、えと……ダ、ダンケシェーン」

 小さくお礼を言うと、いたたまれないように背中を向けて、お寺の奥に逃げてしまった。

「ロッテ!」

「放っておけ、行くぞ」

「先輩!」

「つべこべ言うな!」

 

 それから、先輩は学校に戻らず、僕を載せたまま貫川に沿って自転車を浜辺までかっ飛ばし、浜辺に自転車を転がしたままドラヘ岩に登った。

 

「願掛けのお札とか人形とかは願掛けをした段階で働きを失うものなんだ」

「そうなんですか」

「いわば、願いを載せる器のようなものだからな用が済めば虚ろになる。切れた電池のようなもんだ。だから、傀儡温泉の人形や人形(ひとがた)は不気味だけど、みんな虚ろだった……それが、あいつだけが生きている」

 言われれば不思議なんだけど、ピンとこなかった。ロッテは儚げでおどおどしているけど、ささやかに、先輩の力を借りなければ僕には見えないくらいささやかに命を保っていた。捨てようとしていた電池の中に、ちょっと電気が残っていた。そういうことなんじゃないのか? 

 岩の上、腕を組んで口を結んでいる先輩のむつかしさは、ちょっと戸惑ってしまう。

「分からんか……あいつは、ロッテという女の子の回復を願って作られたヒトガタだ。それが百年の後に姿を残しているのは、あいつが作られた時点でロッテはすでに死んでいるからだ」

「あ……!」

「どんな因果かヤコブ軍曹は極東の戦場に回されたが、国に残した娘の事がずっと気になっていたんだ。だから、捕虜となって日本にやってきて、要の町で傀儡温泉のことを知って、ヒトガタに願いを掛けた。おそらくは、もう自分の命が長くないと悟ってもいただろうしな」

「そうか、だから……行き場の無くなったロッテは、ヤコブ軍曹が葬られた泰西寺に……」

「軍曹は天国で本物のロッテに会えただろう……あの軍曹の墓からは安らぎしか感じなかったからな」

「じゃ、あのロッテは?」

「知らん!」 

「…………」

 僕は思い返した。

 傀儡温泉に残されたドイツ語で書かれたヒトガタたちを。

 みんなハガキ大の大きさの木札に名前が書かれていた、むろん微妙に大きさは違う。たいていはこけしのようになっていて、おおよそ人のシルエットになっている。日本のヒトガタに倣ったものだ。

 その中で、ロッテのものは小さな名刺大でしかなかった。印象に残ったのは、その小ささだったのかもしれない。

 まあ、異国の温泉のお呪いめいたものだから、その程度の間に合わせのもので…………いや、ちがう。

「先輩、ロッテはちゃんとした人形(にんぎょう)だったんですよ!」

「なんだと?」

「あのブリキ橋や石垣を作った捕虜たちです、あんなに、仲間の捕虜たちや要の人たちに愛された軍曹です。その願いを載せるのに名刺大の木札で済ませるわけがない。きっと、キチンとした人形に仕立てて、その中に札が縫い籠められていたんですよ。古い人形は温泉の湿気と熱で朽ち果てていたじゃないですか、だから、人形はとっくに朽ち果てて、それ以上の腐食と劣化を防ぐため、お札だけ資料館の方に回されたんですよ」

「やつは、わたしと同じ人形だったのか……そうだったのか……」

「先輩……」

「寺に戻るぞ!」

 

 それから、先輩は僕を連れて泰西寺に戻り、生徒手帳を千切って『ロッテ・ビルヘルム・バウマン』と書いて、とりあえず、そこに憑依させた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
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ピボット高校アーカイ部・21『泰西寺の石垣』

2022-08-26 14:17:03 | 小説6

高校部     

21『泰西寺の石垣』 

 

 

 ブリキ橋に行くぞ!

 

 旧校舎の前で待ち受けていた先輩は、返事も待たずに自転車置き場に走り出した。

「ブリキ橋は、行ったばかりですよ!」

「思い出したんだ!」

 一瞬、両手の荷物を持て余す。今日は体育のジャージと美術の作品を持って帰るので、かなりの荷物なんだ。

「田中くん、預かるよ」

 ちょうど昇降口から出てきた中井さんと目が合って、一瞬で理解した中井さんが両手を伸ばしてくれる。

「ごめん」

 それだけ言って、もう自転車に跨っている先輩の後を追う。

「構わん、わたしにしがみ付け!」

 勢いで二人乗りになって、先輩の背中にしがみ付く。

 とても自転車とは思えないスピードでぶっ飛ばして、数分でブリキ橋に着く。

「まだ、なにかあるんですか?」

「今日は、この先だ」

「この先?」

 要は小さな街だけど、隅から隅まで知っているわけじゃない。

 ブリキ橋を渡った山の方角に行くのは初めてだ。

「泰西寺という寺があってな、そこにドイツ人捕虜の縁(ゆかり)のものがあるんだ」

「なんなんですか?」

「ブリキ橋の前身は嵐で壊れたんだが、嵐はブリキ橋にだけ吹いたわけじゃない」

「それはそうですね」

「泰西寺の裏の崖も崩れてな、ブリキ橋の近くでもあるし、ドイツ人捕虜が、ついでに直したんだ。それを見に行く」

 

 ちょうど住職さんがいらっしゃって「要高校の郷土史研究部の者なんですが……」という先輩の名乗りに、快く案内してくださる。

 

「いまもそうですけど、当時もうちの寺は貧乏でしてね、崩れた石垣を直すお金が無くて。以前、捕虜のお一人が亡くなられた時に、うちのお寺でお葬式を出して、お墓を建てさせていただいたんです。それを恩に感じてくださって直してくださって……ああ、あの法面(のりめん)がそうです」

 西と北西が法面になっていて石垣で補強がされている。ぱっと見は分からないけど、よく見ると北西側とは微妙に積み方が違う。

「戦後、北西側の法面も補強したんですけどね、戦後のは穴太衆(あのうしゅう)という石垣の専門業者にやってもらったんですが、西側の堅牢さには驚いていたって、祖父さんが言ってましたよ」

 ご住職は、高校生の僕たちにも丁寧に接してくださる。

「いいお話ですね……裏山に登ってもよろしいでしょうか?」

 先輩も、それに合わせて丁寧に申し出る。

「かまいませんが、その靴では滑ります。孫たちのがありますから、それにお穿き替えなさい」

 そう言って庫裏にいざなわれ、本堂とのつなぎ廊下のところでグリップの良さそうな靴に履き替える。

 ん?

 本堂の方で人の気配がして、振り向きかけるけど、先輩が目で制止した。

 

 たった十数メートルほどの山なんだけど、上ってみると、はるか西に要山地の山々が広がっていて、泰西寺の裏山は、そこから伸びた尾根の尻尾だということが分かる。

「……思った通りだ」

 頂に立つと、一つの自然石に目を落として先輩が呟く。

「この石ですか?」

「これを見ろ」

 石の裏側にまわって、草をかき分け、少し土を掘って、石の隠れた部分を指さした。

「〇に十の字…………えと……薩摩藩の紋所?」

 お祖父ちゃんの仕事柄、いろんな映像を見てきたので〇に十の字が薩摩島津家のものだと思った。

「いや、その下にラテン文字でS○○○○と彫ってあるだろう。ドイツで白魔法を使う時の十字だ。よく観れば十字は〇の内側とは接していないだろう」

「え……あ、ほんとだ」

「……ということは?」

「単に石垣を補修しただけでは無くて、白魔法で保護されている」

「やっぱり、ドイツ人捕虜たちが?」

「だろうな……ブリキ橋といい、ここの石垣といい、捕虜たちと要の関係は深くて温もりの有るものだったんだなあ……せっかくだ、お墓参りもしていこうか」

「はい」

 ドイツ兵捕虜のお墓は墓地の北側の日当たりのいいところにあった。

「和式なんだなあ」

 ちょっと意外だった。

 あんな器用にブリキ橋や、ここの石垣を作るんだから、墓石の一つや二つは朝めし目のはずなのに、わざわざ日本式の四角いお墓になっている。

 十 ヤコブ・ビルヘルム・バウマン軍曹   1890ー1918  

 名前と生没年だけが十字の下にドイツ語と日本語で刻まれている。

「書式はドイツ式だ。墓石は日本式。これだけで分かるじゃないか、墓の主は仲間からも要の人たちからも愛されていたんだ。そして、同じように日本も愛してくれていたんだ」

 墓は、墓地の他のお墓同様に手入れが行き届いている。

「大事にされているんだ……」

 先輩は跪くと、自然なキリスト教式の所作で十字を切って手を組んだ。

 僕は、ひい祖父ちゃんの葬式で憶えたやり方で、踵をくっつけ姿勢を正して手を合わせた。

 

 庫裏と本堂の間に戻って、靴を履き替え、ご住職にお礼を言ってから山門を出た。

 

「……やっぱり付いてきたか」

 山門を出たところで、先輩は足を停めて振り返った。

「え、なにがですか?」

「鋲には見えないんだな……こいつにも見えるようにしてやってもいいか? そうか、よし」

 そう言うと、先輩は窓を拭くように右手をワイプさせた。

 すると、七ハ歳の天使のような女の子が山門の柱の陰から恥ずかしそうに顔を出しているのが見え始めた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

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ピボット高校アーカイ部・20『名湯傀儡温泉』

2022-08-10 16:04:22 | 小説6

高校部     

20『名湯傀儡温泉』 

 

 

 それから二日かけて、ドイツ人捕虜ゆかりの地を見て回った。

 

 傀儡温泉は、要の北にある古い温泉だ。

 行基菩薩というから、奈良の大仏ができたころだろう。

 行基の弟子という僧侶が谷川の水が暖かいのに気が付いて発見したと言われている。

 不思議な温泉で、本人が湯治に来なくても、本人の名を書きつけた人形(ひとがた)や、本人が大事にした人形を温泉に浸からせてやるだけで効能がある。

 いつの時代からか、板を切り出した人形(ひとがた)よりも、より、本人に似せた人形の方が効き目があると言われ、家人や従者に人形を持たせて湯治をさせるようになった。

 そこから、傀儡温泉という名前が付けられた。

 

「いやあ、なかなか大したものだなあ」

 頭に手拭いを載せた伝統的入浴姿で悦に入る螺子先輩。

 幼稚園のプールほどの露天風呂の縁には人形たちが、胸や肩まで浸かって並んでいる。半分くらいは、そのままお湯に浸かってるんだけど、もう半分は湯船の外だ。おそらく耐水性のない人形なんだろうけど、湯煙を通して見ると距離感が狂って、人が湯治をしているようにも、妖精たちが温泉を楽しんでいるようにも見える。

「市松人形、仏蘭西人形、リカちゃんにバービー、今風のドールまで……古い奴は温泉の成分が絡みついて、わけの分からなくなったものまであるぞ」

「あまり古くなったものは、お寺に頼んで供養してもらってるようですね」

「だろうな、見ようによっては人形を虐待してるみたいだからな」

「そんな風に思います?」

「ああ、わたしだって人形だ。温泉で薄汚れて朽ち果てていくのは、ちょっと哀れを感じる。できたら、もう少し早く供養してやって欲しいものだ」

「でも、古い人形が並んでいる方が効能があるように見えるんでしょうねえ」

「そういうものなのか……」

 哀れを催したのか、背後の人形を見ようと身を捩る先輩。

「あ、タオルが……」

 緩んだタオルがハラリと解れてしまう。

「もういいだろう、ちゃんと下に水着も着ていることだし」

「それが水着と言えるなら……」

 先輩の水着は全ての面積を合わせても、ハンカチ一枚分あるかどうかというシロモノなのだ(-_-;)

「だいたい、どうして一緒に入らなきゃならないんですか」

「だって、部活だぞ。だって、この露天風呂は混浴じゃないか、一緒に入らない方がおかしいだろ」

「中には、混浴でないのもあったんですけど!」

「固いことを言うな、だいたい、この温泉ができたころは全て露天の混浴だったんだぞ」

 そう言いながら、タオルを巻きなおすところは、少し進歩したのかもしれない。

「もったいないな……」

「な、なにがですか!? そ、そんな潤んだ目で見ないでください!」

「残念だとは思わないか……」

「お、思いません!」

「そんなつれないことを言うな、わたしの胸の内も少しは聞いてくれ!」

「いや、あの……ですから」

「いいじゃないか、こないだは、裸のお尻にラウゲン液をその手で塗ってくれたではないか」

「いや、塗りましたけど、背中ですから! メンテのためだし、そんなつもりじゃないですから!」

「まあいい、とりあえず、隣にいっていいか?」

「い、いいですけど、く、くっつかないでくださいよ」

「すまん、人形というのは人恋しいものなのでなあ……」

 あ……それはそうだ……人形は、人に見られ、触られ、可愛がられ、その反対給付に愛情が与えられるものなのだ。

「せっかく、傀儡温泉に浸かっても、わたしには治してやる人間が居ないんだ」

「でも、先輩は、時空を超えて要の街とか、多くの人とか助けてるじゃないですか」

「それはな…………いや、止そう。わたしとしたことが、ちょっと甘えすぎたな」

 ジャブジャブ

 勢いよく立ち上がると、容のいいお尻を振りながら脱衣場に戻って行った。

 

「これだ!」

 

 風呂から上がって「卓球でもしましょうか」と水を向けたんだけど「調べものがある」と言って、温泉の片隅にある資料室へ僕を連れて行った。

 あまり整理されていない資料の中に、数枚の古い人形(ひとがた)の板切れがあった。

 百年以上たっている人形(ひとがた)の文字は、ほとんど読むことができない。

「わたしの目は赤外線も感知するんだ。フェルメールの天使を発見した赤外線カメラよりも優秀なんだぞぉ……」

「なんて書いてあるんですか?」

「アーデル……ギュンター……ロッテ……ディーター……カサンドラ……エリーゼ……子どもの名前、大人の名前、親であったり、祖父母であったり、友人であったり……捕虜たちの身内や知り合いだ……ふふ、中には残してきた犬の名前まである」

「……犬は、飼い主が居ないと寂しくて死んでしまうものも居るって言いますね」

「そうなのか?」

「え、あ……」

「そうなのかも知れんなあ……」

「あ、でも、忠犬ハチ公みたいなのも居ますから(^_^;)」

「ああ、渋谷の……死ぬまで渋谷の駅で主人を待っていたんだったなあ」

「ええ、そうですよ!」

「でも、それって、毎日絶望していたということではないのか、終電を過ぎても主人は返ってこないんだから」

「あ……」

「誰か、犬にも分かる言葉で話してやるやつはいなかったのか?」

「それは……」

「ハハハ、真顔になるな。冗談だ」

 先輩なら、犬語で説明して、それからスリスリしまくって、引き取った上でいっしょに暮しただろうと思った。

 

 なにかを掴んだようだけど、これだと思う本命のものには出会えていないようだ。

 それくらいは分かるようになってきた。

 でも、それが何なのか、まだ先輩は話してはくれない。

 Nツアーは、もう少しかかりそうだ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

 

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ピボット高校アーカイ部・19『貫川(つらぬきがわ)から』

2022-07-27 13:42:59 | 小説6

高校部     

19『貫川(つらぬきがわ)から』 

 

 

 要の街を南北に貫く一級河川を、その意味の通り貫川(つらぬきがわ)という。

 

 あんまり当たり前すぎでそのままの名前なので、要でなくとも日本人の半分はイメージしながら読めるだろう。

 貫川には幾本も東西への支流が繋がり、その支流も支流ごとに南北に伸びる水路によって結ばれて、要の街が水運によって開けた街であることが偲ばれる。

 その支流の一つにかかっているブリキ橋、そのたもとに螺子先輩と立っている。

 プッペでメンテが終わった時に約束したツアーだ。とりあえず、今週いっぱいはやるぞと先輩は意気込む。

「『螺子を裸にするツアー』の一番は、やっぱりここだ!」

「あ、ただのツアーでいいですから(^_^;)」

「そうか、じゃあ『螺子のヌードツアー』だ」

「変わってませんから(-_-;)」

「じゃ、略してNツアーだ」

「ま、それでいいです」

 この喋り方で分かる通り、先輩は部活体だ。新品同様になったボディーで埃まみれの汗まみれにしたくないというので、古い方のボディーにしている。街の中を歩くのに、そんなに気を遣わなくてもと思うんだけど、おニューは大事にしたいという女の子らしいこだわりだと、一応は微笑ましく思っている。

「この橋の名前を知っているかい?」

「はい、ブリキ橋です」

「おかしいと思わないか?」

「え?」

「この橋は、小振りだが、堂々たる石橋だ。ブリキ製ではないぞ」

「あ、そうですね」

 子どもの頃からブリキ橋で耳慣れているから、ことさら「ブリキ」を不思議に思ったことは無い。

「正しくはブリッケ橋だ」

「あ。ああ! ブリッケがブリキに転化したんですね」

「ブリッケ、正しく発音するとブリュッケ(Brücke)、ドイツ語だ」

「あ、そうか。ドイツ人捕虜と関係があるんですね!」

 このツアーは、百年前のドイツ人捕虜と先輩の関係を探るというか確認する日帰りツアーなんだ。いや、何日かかかるから、通いのツアーかな。

「この先に捕虜収容所があったんだ。毎日散歩に出る時に、この橋を渡るんだが、痛みのひどい板橋だったんで捕虜たちが石で作りなおしたんだ」

「あ、そうだったんですか! それでブリュッケ! 設計したドイツ人技師の名前ですか?」

「いや、ブリュッケ(Brücke)はドイツ語の普通名詞で、ただの橋だ。英語で言えばブリッジ」

「そうなんだ」

「ドイツ人捕虜としては、自分たち捕虜も使うものだし、ことさら立派なものを作ったという意識も無くって『普通に橋でいいです、なにかいい名前があれば要のみなさんで付けてください』ということだ。捕虜隊長も面白い人物でな、ブリュッケがブリキに転化して、愉快に笑っていたそうだ」

「そうだったんですか」

「十年ほどは『ブリキ橋』と木の札が掛かっていたんだがな、朽ちてからは、そのままだ。空から見てみよう……」

 そう言うと、先輩はカバンから折り畳みのドローンを取り出した。

「貫川の意味は知っているかい?」

「これは日本語でしょ、まんま要の街を貫いていますし」

「むろんだ、感じでも『貫川』だしな……」

 ドローンは、あっという間に30メートルほどの高さに至った。コントローラーの画面には南に一本棒に伸びていく貫川が映っている。

「ああ、やっぱり真っ直ぐに貫いているんだ……」

「と、思うだろ……」

 ドローンは、グンとスピードと高さを増して、下流の方に進んでいく。

「あ……」

 河口近くになると、真っ直ぐだと思っていた貫川は、クニっと西の方角、角度にして10度ほど曲がって要湾に注いでいる。

「河口の際だし、緩いカーブなんで、地上からではほとんど気が付かない」

「なんで曲がっているんですか?」

「東の方に岩盤があってな、曲げざるを得ないんだ」

「そうなんだ」

「ドイツ人も不思議に思って、街の役人に聞いたんだ。するとな、貫川の『貫』は意味が違うことを知ったんだ」

「違うんですか?」

「ほら、拡大するとな……ブーツのつま先のようになっているだろう」

「ほんとだ、草書の『し』の先っぽみたいだ」

「その昔、狩りや戦で履く毛皮の靴を『貫』と云ったんだ。そのつま先の反り方に似てるんで、いつの時代からか貫川と呼びならわされた。ドイツ人も面白がってな、よく、川沿いを海辺まで散策したものだ。要の子どもたちも懐いて、夏の夕方、日本とドイツの唱歌なんか歌いながら散歩していたぞ……」

 ブーツの貫と動詞の貫くの二つの意味のかけ言葉、童話じみていて面白い。お祖父ちゃんは知ってるのかな?

 

 自転車に跨って海辺を目指す。先輩は学校を出る時から「二人乗りしよう!」とうるさかったが、さすがに、それは説得した。

 貫川の河口がブーツの先なら、そのブーツが蹴飛ばそうとしているのがドラヘ岩。イタリア半島とシチリア島の位置関係に似ている。

 岩の南端は海に突き出ているので、昔の子どもたちには、飛び込みとか、水遊びの名所だった。命に係わる水難事故が起こったわけではないが、要の小中学校では、ここからの飛び込みを禁止している。まあ、小学生はともかく、中学生以上は平気でやっている。僕はやったことないけどね。

「いつ来ても、いい風が吹いているだろ!」

 止そうと言ったのに、制服のまま岩に登る先輩。

「もう、気を付けてくださいよ」

「気にするな、鋲のためにブルマは穿いてるぞ」

「あ、えと……(-_-;)」

「ドラヘはドラッヘン(Drachen)、凧のことだ。凧を持った子が、ここまで上がって、糸を持った子が砂浜を走ると、きれいに勢いよく空に上がるんだ」

「それでドラヘ岩なんですね。それなら、凧持ってくればよかったですね」

「うん、思わないでもなかったが、凧揚げは、やっぱり正月だろ。正月までに研究して、素敵な凧を作ってくれ」

「え、僕がですか!?」

「そういうのは男の甲斐性だ」

「ですか(^_^;)」

 

 ザザーーーーー ザザーーーーー ザザーーーーー

 ニャーニャーー ニャーニャーー

 

 しばらく岩に腰かけて、潮騒と海猫の鳴き声を聞きながら浜風を楽しむ。

「よーし! 走るぞ!」

「え、砂浜をですか!?」

「そうだ、砂浜に高校生のカップルときたら、夕日を浴びながら走るしかないだろう!」

「カップルじゃないし! 靴に砂が入るし! やめて先輩! ちょ、先輩!?」

「そんなもの脱げばいいじゃないか、二人乗りしなかったんだから、これくらい付き合え!」

「ちょ、靴返してぇ!」 

 先輩は両手に二人分の靴を握って、キャーキャー言いながら砂浜を走る。

 漁を終えて帰って来る漁船の上でフィッシャーマンのおっちゃんたちがニヤニヤ笑って、先輩は益々調子に乗って走っていくし……今週いっぱい……まだ三日もあるよ(。>ㅿ<。)。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

 

 

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ピボット高校アーカイ部・18『螺子先輩のメンテナンス・3』

2022-07-21 10:13:04 | 小説6

高校部     

18『螺子先輩のメンテナンス・3』 

 

 

 これでも食べて待っていよう。

 

 マスターは焼き立てのラウゲンプレッツェルと自分のコーヒーカップを持ってきて、ボクの横に腰を下ろした。

「売れ筋じゃないけど、このプレーンなのが本来のラウゲンプレッツェル。焼き立ては、こっちの方が美味しいと思うよ」

「いただきます」

 知恵の輪がくっ付いたようなラウゲンプレッツェルは、バリエーションが多くて、僕もお八つ用に買っていく。

 プレーンも買ったことがあるけど、僕も祖父もバニラとかシュガーとか日本人用にアレンジした方が口に合っているようで、数回買っただけだ。

「……あ、別物ですね!」

 香ばしさと、ほのかな甘さが新鮮だ。

「うん、熱いうちは、これが一番。工夫次第では、冷めても変わらない味にはできるんだけどね。ちょっと柔らかくなりすぎて、逆に焼き立ての風味は損なわれるんだ」

「奥が深いんですね……あ思い出した。焼く前にラウゲンプレッツェルに塗っているの、ラウゲンて言いませんでした?   あ、さっき先輩に塗ったのも?」

「うん、そうだよ」

「螺子先輩ってラウゲンプレッツェルと同じなんですか?」

「ハハ、別物だよ。ラウゲン液は、ただの苛性ソーダ液だからね。使い方が似てるんで、昔から、そう言ってるんだ」

「ここの本業は、どっちなんですか?」

 マスターは、少し考えてから別の話をし始めた。

「要の街に捕虜収容所があったのは知っているかい?」

「え、まあ……」

 要の街には、第二次大戦中に捕虜収容所があって、そこで捕虜虐待があったとかで、戦後B・C級の戦犯になった人が居る。小学校でも中学校でも習った要市の黒歴史だ。

「その顔は、第二次大戦の方しか習ってない?」

「え?」

「百年ちょっと前に、第一次大戦があって、捕虜収容所はそのころからのものなんだ」

「そうなんですか?」

「第一次大戦はドイツとの戦争でね、収容されていたのはドイツ人ばかり。捕虜の扱いは、国際法に則った模範的なものでね、街の中を散歩も出来たし、ドイツ語やドイツ音楽や油絵とかを市民に教えていた捕虜もいた」

「え、そうなんですか」

「日本がちゃんとやったことは、あまり教えないからね。中には、この街が気に入って、終戦と同時に除隊したり帰国してから日本に戻ってきて、街に住み着いたドイツ兵も居たんだ。ボクのご先祖とか、螺子くんを作ったロベルト・グナイ・ゼーエン博士とかね」

「ええ、そうだったんですか!」

「二人とも日本人のお嫁さんをもらって、それから百年以上たってしまって今に至っているというわけさ」

「いやあ、知らなかったです!」

「僕は、もう五代目だから、ドイツの血は……1/32かな。もう完全に日本人だけどね、カミさんはハーフだから、ちょっとドイツが戻って来るかなあ。要の大晦日に駅前で第九の大合唱やるでしょ、あれって、ドイツ人捕虜が……」

 マスターは、僕の知らない要と、ドイツの関係と昔話をたくさんしてくれた。

 

「そんなに話されたんじゃ、螺子の楽しみが無くなってしまうわ」

 

 ビックリして振り返ると、螺子先輩が元気な笑顔で立っている。

「あ、直ったんですね!?」

「うん、ギュンター先生のメンテもよかったし、新しいラウゲン液も合ってたみたいだし、当分、大丈夫よ」

「よかったよかった!」

「イルネさんも、マスターもありがとうございました」

「体温計見せて」

 イルネさんが手を出すと、先輩は腋の下から古い水銀体温計を取り出した。

「う~ん、まだ42度ある。やっぱり、平熱に戻るまでは服着ない方がよかったわね」

「裸でもよかったんだけど、それじゃ、鋲くんに嫌われそうだったから……もうちょっと冷ましてから出ます」

「そうした方がいいわね、いま、ジンジャエール作ってあげるから」

「すみません、ジョッキでください」

「うん、大ジョッキにしとくわ」

「あ、イルネ、僕たちも」

「あら、ジンジャエールでいいの?」

「むろん、ビールで」

 マスターとイルネさんはビール、僕たちはジンジャエールで、ドイツのビール祭りのようになってきた。

「螺子ちゃん、鋲くんには、きちんと話しておいた方がいいよ」

「そうですね、リフレッシュもしたことだし、明日からは『螺子を裸にするツアー』とかやりましょうか」

「なんか、ネーミングが(^_^;)」

「アハ、ごめんなさいね、こういう性分なものなんで」

 学校の(現在の)制服を着ている時は清楚で言葉遣いもお嬢様風なのに、根っこのところはちっとも変わらない。

「でも、先輩。言葉遣いとか仕草とかは、ぜんぜん変わるんですね」

「そうねぇ、わたしってお人形だから、着るものや持ち物とかで変わるのよ。まあ、見た目で分かると思うから、鋲くん、よろしくお願いします(>◡<)」

 か、可愛い……

 やっぱり、この人の笑顔は反則だ(#*´o`*#)。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 
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