〔長曾我部先輩の決心〕
「どないかなれへんやろか?」
軽音の山之内先輩が、こともあろうにあたしに相談しに来た。
軽音と演劇部の関係は、新入生歓迎会のコラボから始まり、今年のコンクールでは、全員が兼業部員として演劇部を手伝うてくれて、いっそう深まり、ダンス部と合同で「総合舞台芸術部」にしよかいう話が出てるくらい。
せやけど、山之内先輩の「どないかなれへんやろか?」は、そういうことと関係ない。
高校生活の中では、腐るほどある話。
山之内先輩が、長曾我部寧音(ちょうそかべ ねね)先輩にコクって、断られたという、本人にとっては深刻な、周囲にとっては面白い、あたしとしては持て余す問題。
薄い付き合いやったら、適当に慰め聞き流して、おしまいという話。しかし、山之内先輩には、演劇部が危機やったころ親身になって助けてもろた恩義がある。
「大勢出て、大迫力でした!」
審査員は、コンクールの本選で開口一番、そう誉めてくれた。
そう、四年前のコンクールで真田山をクソミソに言うて落とした審査員。
言い方はヤンワリになってたけど、結局「等身大の高校生が描けていない」で落とされた。あたしら演劇部は「もう、しゃーないで」と呆れ顔やったけど、山之内先輩は「審査があいまいすぎる」と抗議してくれはった。
「え、審査基準が無いって……軽音じゃ考えられません。言葉の講評だけじゃなく、審査結果に至った過程を開示してください」
で、審査員は合評会のときに週刊誌ぐらいのレジメを用意してきはった。熟読した山之内先輩は「言葉を飾ってるだけです。内容を精査したうえで質問状を送ります」
そう言うて、ついこないだ内容証明付きで審査員と常任委員長に質問状を出した。熱い人やけど、公の場所やと東京弁になるのが可笑しかった。そんな先輩の頼みやさかい、なんとかしてあげたい……いう気持ちは満々。せやけど、色恋沙汰は、当人同士やさかいに。
「どない言うて断られはったんですか?」
「それが……長曾我部と山之内は敵同士やから。て……」
これは苗字にひっかけた、長曾我部先輩のギャグやいうことは分かる。四百年前長曾我部の旧領に入ってきて土佐一国の領主になったんが山之内。それで、たまたまお互いの苗字が長曾我部と山之内。
こういうことは、間に人間が入るとこじれる。特に長曾我部先輩は潔癖や。あたしに相談したいうだけで怒るやろなあ……。
せやけど、両方とも恩義もあるし尊敬もしてる先輩。あたしが世間知らずいうことで、長曾我部先輩にアタックした。
「……というわけで、山之内先輩が元気が無いんで、カマ掛けたら大当たりやったんです。なんで断らはったんですか?」
出来の悪い作り話で持っていった。
「ハルミちゃん、うそへたやなあ」
先輩は、コロコロ笑いながら言うた。
「え、分かります?」
あたしの反応も正直。
「人間うそ言うときは、視線が逃げる。半年しか演劇部にいてへんかったけど、それくらいは分かるわよ」
「あー、その……怒ってはりません?」
「他のやつやったらね。山之内君とハルミちゃんやったら……正直に言わならあかんやろねえ」
先輩は、食堂のミルクコーヒーを一気飲みして言うてくれはった。
「あたし、三月に卒業したら東京に行くのん……」
「え、東京の大学ですか!?」
「あ……東京の劇団Sの研究生」
「ええ!」
あたしは言葉もなかった。S劇団いうたら、ミュージカルやらせたら日本一! はるか先輩もすごいけど(「はるか ワケあり転校生の7カ月」を読んでください)夏までは少林寺拳法の名選手。それがミュージカル劇団!
「ただの研究生やけどね、親説得して、オーディション受けて……いま、ほかのこと入れる余裕、頭にも心にもあらへんねん」
「せやけど、ちょっと心に留めとく友達ぐらいの線あきませんのん?」
そのとき予鈴が鳴った。
「心に留めとく友達か……ちょっと考えてみるわ」
先輩は、軽い足取りで校舎の方に小走りでいった。その様子に、あたしのお節介も半分は成功したと思た。