大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・小説府立真田山学院高校演劇部・1〔長曾我部先輩の決心〕

2017-08-31 06:48:20 | 小説3
小説府立真田山学院高校演劇部・1
〔長曾我部先輩の決心〕



「どないかなれへんやろか?」

 軽音の山之内先輩が、こともあろうにあたしに相談しに来た。
 軽音と演劇部の関係は、新入生歓迎会のコラボから始まり、今年のコンクールでは、全員が兼業部員として演劇部を手伝うてくれて、いっそう深まり、ダンス部と合同で「総合舞台芸術部」にしよかいう話が出てるくらい。

 せやけど、山之内先輩の「どないかなれへんやろか?」は、そういうことと関係ない。

 高校生活の中では、腐るほどある話。
 山之内先輩が、長曾我部寧音(ちょうそかべ ねね)先輩にコクって、断られたという、本人にとっては深刻な、周囲にとっては面白い、あたしとしては持て余す問題。

 薄い付き合いやったら、適当に慰め聞き流して、おしまいという話。しかし、山之内先輩には、演劇部が危機やったころ親身になって助けてもろた恩義がある。
「大勢出て、大迫力でした!」
 審査員は、コンクールの本選で開口一番、そう誉めてくれた。
 そう、四年前のコンクールで真田山をクソミソに言うて落とした審査員。
 言い方はヤンワリになってたけど、結局「等身大の高校生が描けていない」で落とされた。あたしら演劇部は「もう、しゃーないで」と呆れ顔やったけど、山之内先輩は「審査があいまいすぎる」と抗議してくれはった。
「え、審査基準が無いって……軽音じゃ考えられません。言葉の講評だけじゃなく、審査結果に至った過程を開示してください」
 で、審査員は合評会のときに週刊誌ぐらいのレジメを用意してきはった。熟読した山之内先輩は「言葉を飾ってるだけです。内容を精査したうえで質問状を送ります」
 そう言うて、ついこないだ内容証明付きで審査員と常任委員長に質問状を出した。熱い人やけど、公の場所やと東京弁になるのが可笑しかった。そんな先輩の頼みやさかい、なんとかしてあげたい……いう気持ちは満々。せやけど、色恋沙汰は、当人同士やさかいに。

「どない言うて断られはったんですか?」

「それが……長曾我部と山之内は敵同士やから。て……」
 これは苗字にひっかけた、長曾我部先輩のギャグやいうことは分かる。四百年前長曾我部の旧領に入ってきて土佐一国の領主になったんが山之内。それで、たまたまお互いの苗字が長曾我部と山之内。

 こういうことは、間に人間が入るとこじれる。特に長曾我部先輩は潔癖や。あたしに相談したいうだけで怒るやろなあ……。

 せやけど、両方とも恩義もあるし尊敬もしてる先輩。あたしが世間知らずいうことで、長曾我部先輩にアタックした。
「……というわけで、山之内先輩が元気が無いんで、カマ掛けたら大当たりやったんです。なんで断らはったんですか?」
 出来の悪い作り話で持っていった。
「ハルミちゃん、うそへたやなあ」
 先輩は、コロコロ笑いながら言うた。
「え、分かります?」
 あたしの反応も正直。
「人間うそ言うときは、視線が逃げる。半年しか演劇部にいてへんかったけど、それくらいは分かるわよ」
「あー、その……怒ってはりません?」
「他のやつやったらね。山之内君とハルミちゃんやったら……正直に言わならあかんやろねえ」
 先輩は、食堂のミルクコーヒーを一気飲みして言うてくれはった。
「あたし、三月に卒業したら東京に行くのん……」
「え、東京の大学ですか!?」
「あ……東京の劇団Sの研究生」
「ええ!」
 あたしは言葉もなかった。S劇団いうたら、ミュージカルやらせたら日本一! はるか先輩もすごいけど(「はるか ワケあり転校生の7カ月」を読んでください)夏までは少林寺拳法の名選手。それがミュージカル劇団!
「ただの研究生やけどね、親説得して、オーディション受けて……いま、ほかのこと入れる余裕、頭にも心にもあらへんねん」
「せやけど、ちょっと心に留めとく友達ぐらいの線あきませんのん?」

 そのとき予鈴が鳴った。

「心に留めとく友達か……ちょっと考えてみるわ」
 先輩は、軽い足取りで校舎の方に小走りでいった。その様子に、あたしのお節介も半分は成功したと思た。


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高校ライトノベル・セレクト№24『走れケッタマシーン!』

2017-08-22 17:13:00 | ライトノベルセレクト

ライトノベル・セレクト№24
『走れケッタマシーン!』
初出:2012-10-30 11:11:04



 名古屋弁で自転車のことをケッタという。

 このケッタイな言い方を知ったのは、信一が転校してきてからだ。
 最初の一週間は分からなかった。
 信一は、転校してきたころは、きれいな標準語だった。みんなは東京弁だと思っていた。
 転校の挨拶は、この見事な東京弁に気を取られ、信一の出身が名古屋であることに気づかなかった。ひょっとしたら、信一自身言ってなかったのかもしれない。

 標準語は上手いはずで、信一は、名古屋では演劇部に入っていたんだ。で、当然のごとく、わたしたちの演劇部に入ってきた。そして、わたし吉里真優美は、クラスもクラブもいっしょなので、自然に友だちになった。

 信一は、人付き合いも芝居の勘もよく、クラスでもクラブでも、すぐに溶け込んだ。

 一週間目に信一は、電車通学を止めて自転車に切り替えた。

 あれから、帰りの電車がいっしょになるのことが、ちょっとだけ嬉しくなってきたところだったから、ちょびっとがっかりした。

「え、電車やめたん?」
「うん、ケッタでも時間同じぐらいだし、体力づくりにもなるし」
「え……ケッタてなに?」
「あ、名古屋弁で自転車のこと。正式にはケッタマシーンっていうんだ」
 これで、信一が名古屋人であることが分かった。
「アハハ! ケッタてケッタイやなあ!」
 思わず、わたしは笑ってしまった。
 大阪では、自転車はチャリだ。ケッタはまさにケッタイで、それにマシーンがつくと、なんだか吉本のギャグだ。
 わたしの笑い声に、クラブのみんなが集まってきた。
「なんやなんや?」
「なにがおもろいねん!?」

 信一は、一瞬困ったような顔をしたが、すぐに笑顔になって、自分をフォローした。
「アハハ、大発見。大阪じゃ自転車のこと、ケッタとは言わないんだ。で、真優美が、ケッタがケッタイってつっこんで、さすがは、大阪!」
 そして、みんなも笑った……。

 わたしは、あのとき、軽くでいいから、謝っておくべきだったんだ……それは、とんでもない結果が出てからの、わたしの後悔……。

 わたしたち、御手鞠高校演劇部は、大阪の高校演劇でも有数の伝統の演劇部だ。部員数は三十名、この二十何年かは、コンクールで負け無し。近畿大会でも常連で、全国大会にも何度か出ている。
 顧問の野中先生は、大阪の高校演劇では有名な先生で、浪速高等学校演劇連盟でも、自他共に認める指導者である。毎年先生の創作劇で、コンクールに出られることは、わたしたちの誇りでもあった。

 しかし、信一は、そのクラブのありように少しずつ疑問を持ち始めた。

「どうして、大阪は、こんなに創作劇が多いんだ?」

 部室で、過去のコンクールのパンフレットを見ながら、信一が聞いた。
 わたしは、一瞬どう答えていいか分からなくなった。
「常識ちゃうのん、高校演劇のコンクールて、創作劇……」
「そうなんだ、大阪って……」
 信一は人間関係が上手く、争いになりそうなことからは、さっさと話題を変えるか、ボケてごまかしてしまう。それでも、名古屋にいたころの常識とは、かなりかけ離れているようで、次第に無意識に問題提起をするようになってきた。
「……これ、みんな野中先生の台本なんだ」
「あ、生徒が書いて、先生が手を加えはっただけのんもあるよ」
「でもなあ……」
 それ以上は言わなかった。
 
 夏の、ハイスクール・ドラマフェスタは、信一は裏方に徹した。
 稽古中は、自ら手を上げてスクリプターをかってでた。ちなみにスクリプターは、演出の記録係で、将来演出を目指すものが、よくこれをやるらしいが、高校演劇で、これを置くことはまれだった。

 夏の盆休みに、御手鞠駅前で、信一に偶然出会った。
 駅前の交差点を渡ろうとしたら、運悪く赤信号に掴まった。
「クソッタレ……」
 思わず下卑た言葉が口をついた。すると、直ぐ横の車道で停車していた。ゲンチャリのニイチャンが笑い出した。
「ハハハ……」
 失礼なやつだと思って、横目でチラ見したら、それが、信一だった。

「信一、ゲンチャに乗るねんねえ」

 わたしたちは、駅前のコーヒーショップで向かい合って座った。
「うん。オレ新聞配達のバイトやってんの」
 いまどき偉いと思うとともに、なにか生活に困ってるのかなあとも思った。
「別に、生活に困ってる訳じゃないぜ」
 見透かされたような答えが返ってきた。
「高三にもなったら、自分の自由になるお金持っといたほうがいいからな」
「ふーん、信一て大人やなあ」
「大人は、基本信用しない。担任や顧問も含めてね」
 信一は、他の生徒の前では、こういう物言いは絶対しない。
 わたしを信用してくれていることもあるんだろうけど、わたしには面食らうことも多い。
「こういう話、迷惑かな?」
 また、先を越された。
「ううん、ちょっと面食らうけど」
「真優美は、なんだか話しやすくてさ。けして、他人とのヨタ話のタネにもしないし。にぎやかなわりに冷静だしな」
「信一、ひょっとして、わたしのこと、グチのゴミ箱やと思ってへん?」

「思ってる」
「アハハハ」

 あまりの正直さに、笑ってしまった。
「大阪って、270ほど高校があるけど、連盟に加盟してる学校は百校ちょっとしかないんだな。で、コンクールにきちんと参加できてるところは、八十ほど。ちょっとたそがれてるよな」
「よう、知ってんねえ」
「部室のパンフ見て、ネットで検索したら、すぐに分かる。野中先生のことも」
「え、先生のこと?」
「おれ、スクリプターもやったじゃん。なんとなく分かった。オレ、ひょっとしたら野中先生とはぶつかるかもしれない。そん時は、ブレーキかけてくれよな」
「うん。一つ聞いてええ?」
「なに?」
「名古屋弁で、ゲンチャリのことは原付ケッタマシーンとかいうのん?」
「ゲンチャはゲンチャ」
 そういうと、信一は伝票をつかんで、レジに向かった。

 コンクールに向けてのレパ会議で、信一は岸田国士の『なよたけ』を推薦したが、あっさり却下。トミー部長の提案で、創作劇に決まった。東日本大震災をモチーフにして。
「プロットも無しの、アイデアだけで決まるんだもんなあ。どうかと思うよオレ……」
 信一は、わたしにだけ、愚痴をこぼした。

 話は、ボランティアに行った大学生と地元の女子高生の淡い恋愛がもとになり、その過程で、女子高生は震災のトラウマを乗り越えていくという美しい話だった。

「え、もう稽古に入るんですか!?」

 信一が驚いた。

 台本は野中先生が大幅に手を加え、それでも2/3ほどしか書けていない。ま、うちの演劇部は、こんなことはよくあることだ。
「キャスト発表するぞ」
 野中先生は、信一を無視して話を進めた。信一は準主役の大学生の役だった。
――どや、これやったら文句ないやろ――文字通り、野中先生はドヤ顔で話を進めた。
「先生、お願いがあるんですけど……」
 信一は、万一のときのためにアンダースタディー(代役)を置いて欲しいことと、フィールドワークのため、次の土日の稽古は休ませて欲しいと願い出た。
 みんなは、面食らい、野中先生は渋い顔。
 でも、AKB48でもアンダースタディーは置いていて、被災地には何度も足を運んでいる。と、信一が説明、あっさりと通ってしまった。

「被災地の子供たちは、もっと明るいですよ」

 これが、最初の衝突だった。
「芝居は、これでええねん」
 信一は、野中先生の、その一言で黙った。芝居のチームワークの大切さを分かっているからだ……わたしも、それぐらいは、信一のことは理解できるようになった。
 しかし、秋に入って、信一と野中先生の衝突は頻繁になってきた。
「おまえなあ、オレの台詞、ちゃんと聞けよ。台詞のここんとこ聞かなきゃ驚けねえだろうが、なんで、台詞聞く前に驚き顔になるんだよ!」
「まあ、さき進め。芝居は勢いや」
「こんな、型にはめるような、稽古じゃだめですよ!」
「演出、さき進め!」
 名目上の演出のノンちゃんがせかされた。

「これは、津波のイメージじゃないですよ」

 芝居の最初に、ドーンという重低音で、津波の音を表現し、観客の心をいっぺんに掴もうと、野中先生が、苦心の音響を聞かせたとき、信一が反射的に反論した。
「これは、ただのコケオドシだ。津波ってのは、まだ大丈夫、これくらいなら大丈夫と思っているうちに、やってくるものなんです。イメージはソヨソヨ、あるいはザザザーです」
「演出効果は、これやねん。リアルと劇的はちゃう!」
 野中先生は、つっぱねた。
「それから、信一、役者が稽古止めるな。止めるのは演出や!」
「それは違います。本の骨格ができていないのに、表現が先行するのは邪道です」
「うちの本を信じろよ!」
「すり替えないでください。この本は、アイデア以外は、先生の作品です」
「あかんか、コンクールの本選に出てくるような学校は、みんなこんなもんやで」
「先生は、仮にも、大阪の高校演劇のリーダー……だ、そうですね」
「……それが、どないした」
「そのリーダーが、こんな本しか書けないんですか。まるでドラマになっていない。型と勢いのコケオドシで、観客が付いてきますか。先生の本が、他校の見本になって再演されることってあるんですか。ネットで検索しても野中広務じゃ、昔の政治家しか出てきませんよ。演劇部を自分の劇団にしてしまっちゃ、生徒が迷惑なんです!」

「信一、やめとき!」

 野中先生は、顔を青白くして、小刻みに震えていた。どうやら本気で怒らせてしまったようだ。
 わたしは、もっと早く止めるべきだったと後悔した。
「……すみません。出過ぎました」
 信一は、痛々しいほど素直に頭をさげた。

――どうして、こうなんのよ!

 コンクール予選の帰り、予定通りに、わが御手鞠高校は最優秀。信一は個人演技賞。幕間交流でも、講評会でも、誉め言葉だらけだった。
「他に、どなたかありませんか?」
 MCの生徒が言ったとき、信一が手を上げた。
「こんなので、いいわけないでしょう。穴だらけの芝居だし演技だ。なんで、みんな歯の浮くような誉め言葉しか言わないんだ。誉め殺しにはしないで欲しい!」

 会場はシーンとしてしまった。野中先生が飛んできて、信一に耳打ちした。一瞬信一の目がけわしくなったが、すぐに力無く席に座り、ちょっとした交通事故を無視する群衆のように、講評が続いた。

 またやってしまった……。
 
 その帰り道、ボンヤリ自転車で車道を走っていた信一は、本当の交通事故をおこしてしまった。苦しい息の中、信一がスマホをかけてきた。
「ごめん、ガチ事故ってまった……」
 あとは、苦しげな息づかいしか聞こえない。
「信一、信一、どこにおるのん。どこで事故ったん!?」
 スマホの向こうで聞き慣れた商店街のアナウンス、オバチャン達らしきガヤの声。間違いない御手鞠商店街前の道路だ。
 わたしは、自転車で……ケッタマシーンで、走った。

――がんばれ、がんばれ、信一! 死んだらあかん、死んだらあかん!

 本選は、信一のアンダースタディーが無事に勤め上げ、御手鞠高校は最優秀校三校の一校に選ばれた。
 しかし、そこには、信一はもちろん、わたしもいなかった。

 それから、四カ月後の卒業式。信一とわたしは、ケッタマシーンを漕ぎながら、校門をあとにした。怪我に響かないように、信一はゆっくりと漕いでいく。わたしも、それに合わせてゆっくりと。
 この半年で、学校でいろんなものを失った。でもかけがえのないモノを手に入れた。ケッタマシーンと、それにのっているお互いを。

 二人の退部届は受理されなかった。何事もなく引退と処理された。

 教育的配慮であったと、みんな納得。そんな学校を、わたしたちが振り返ることはなかった。

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト№62『夏の思い出……たぶん』

2017-08-21 16:19:22 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト№62
『夏の思い出……たぶん』
       


 あれは、夏の思い出……たぶん。

 もう、五十年以上前のことなので、たぶん……というぐらいにおぼろな記憶しかない。

 あれは参観と懇談を兼ねて母が学校に来た日なので、後の自分の教師の経験からみても五月頃のことである。
 え、いま、夏の思い出と言ったばかり?
 そう、この、ささやかな記憶の発端は、この五月あたりにある。

 休み時間に、クラスの友だちと滑り台で遊んでいた。
 僕は人交わりが下手なせいか、滑り台を逆上がりしていた。K君が滑り台の上にいた。
「逆上がりしたら、あかんねんで」
「かめへん、滑ってこいや」
 そんな、子どもらしいやりとりのあと、衝撃がきた。
 左手が折れたように痛かった……で、実際骨折していたのだが。

 滑り台での衝撃の記憶の次は、保健室のベッドの上で、泣いていたこと。

 おそらく、その間、友だちが「センセ、大橋クン滑り台から落ちた!」「ええ!?」というようなやりとりがあり、先生(たぶん担任のN先生)が地べたで虫のように丸くなって泣いている僕を見つけて保健室へ連れて行った。そして骨折しているので病院に連絡し、技能員さんが手を空くのを待って病院へ連れて行く算段になっていたのだろう。それまでは放っておかれたような気がする。

「いたい、いたい、カアチャン、カアチャン、いたい……」
「泣いててもカアチャンは来えへん」
 保健室の女先生との、その部分の会話だけ覚えている。

 今なら、こんな状態で子どもを放置しておくことは許されない。すぐに救急車を呼び、関係した児童の事情聴取をやらなければならない。

 そうこうしているうちに、授業参観が始まってしまった。
 息子の姿が教室に見えない母は、トイレまで、わたしを探しに行ったそうである。その姿を見かねたのであろう、N先生は「実は……」と授業を中断して説明。その足で、母は病院に行ったようだ。

 そのあとの記憶は技能員さんにおんぶしてもらって、家まで帰った玄関先。

 大阪弁で「うろがきた」という。今風に言うと「テンパッタ」母は家の鍵が見つからず、技能員さんが母にことわって、ガラスを破り、手を中に入れて鍵を開けてくれた記憶がある。小柄で良く日に焼けた技能員さんであったような気がする。
 学校から家まで、小走りで技能員さんは行ってくれたような気がする。今の大人とはちがう、一途な懸命さを感じた。年格好から言って兵役経験のお有りになる方だと思う。足腰の確かさ、歩調の力強さは兵士のそれであったように思う。

 話が横道に入るが、「ひめゆりの塔」などの戦争映画を見ると、確実に昔の方がいい。
 兵隊が本当に兵隊らしく、個人としても集団としてもたたずまいがいい。無駄に力まず、適度な緊張感で敵と対峙している。今の戦争映画の兵隊さんは、ただヒステリックで、騒々しく、それでいて目標としての敵を感じさせない。やはり、元現役の兵隊である人がほとんどであったせいだろう。

 技能員さんは、鍵を開ける途中で手の甲を切られたように覚えている。流れる血を手ぬぐいで拭っておられた。
「玄関先に血い落としてすんまへん」
 そのようなことを言われたような気がする。わたしの親らしく人交わりの苦手な母も、この技能員さんとは、ほとんど口をきかなかったような気がする。
 この技能員さんの、最後の印象は、学校に戻られるときのお辞儀である。
 両脚をピタリとくっつけ、足の間は六十度ほどに開かれ、両手をズボンの縫い目に合わせ、腰のところで三十度ほどにクキっと折り曲げ「ほんなら、お大事に」であった。

 しばらく市民病院に通った。戦災をまぬがれたようなボロな病院だったが、治療は丁寧であった。少し触診したあと、ギブスのチェックと包帯のまき直し……それだけ。
「じゃ、また来週」
 それで、一カ月あまりが過ぎて、母は、病院を見限った。
「ラチあかへんわ」

 それで、病院とは逆方向の電車道沿いの、柔道の道場を兼ねた「骨接ぎ屋」さんに行くようになった。
 
 ほとんど母といっしょに行ったはずなのだが、記憶がない。
 三つ違いの姉が連れて行ってくれた記憶がある。
 治療室は道場の一角で、いかつい丸刈りのオッサンが、なにか怪しげなガラス管の中にピカピカと、まるで小さなカミナリさんが稲光するようなもので患部をさすり、固まりかけた間接を、かなり強引に曲げられた記憶である。
 患者さんは多く、いつも二三十分は待たされた。待合いには怪しげな雑誌やマンガが置かれていて、そのどれもがおどろおどろしかった。
 墓場の死人の目玉だけが這い出てくるマンガがあって、怖くて最後まで読めた試しがなかったが、姉に読んでもらったタイトルは覚えている『墓場の鬼太郎』 そう、『ゲゲゲの鬼太郎』の原本である。思えば鬼太郎も目玉オヤジも穏やかになったものである。

 ある日、骨接ぎ屋さんへの通院の途中。姉がこう言った。
「むつお、ジュース飲むか?」
「うん」
 わたしは遠慮無く、そう答えた。

 十円を入れてボタンを押すと、上から十円分のジュースが落ちてくる。そんな仕掛けであったが、幼い姉弟は、そこに紙コップを置かなければならないことを知らなかった。
「あ、ああ……」
 言ってるうちに、ジュースは無慈悲にも排水溝へ吸い込まれていった。
「もっかい、やってみよか」
 今度は、ちゃんと紙コップをセットして、ボタンを押した。
 暑かった記憶はないのだけれど、いかにも粉末ジュースを溶かしましたというジュースは美味かった。

 姉は、僕が美味しそうに飲んでいるのをニコニコと笑って見ていた。そして、姉が飲んだ様子がない。
 その時は不思議にも思わなかったが、母から預かったのは、治療費の他は、ジュース二杯分の二十円だけだったのだろう。

 爽やかだったけど、あれは夏の思い出……たぶん。

 その姉も、この秋には六十四歳になる。
 姉の手には、不思議なことに生命線が無い。そして、いまのところ良性ではあるが膵臓に腫瘍がある。人の倍働き、人の倍結婚して、人の倍離婚して、心ならず独り身になりながら大橋には戻れない。

 この夏、父の三回目の盆になる。秋には三回忌。親に似て小柄な姉は、あいかわらずニコニコやってくるだろう。

 そして、いつかまた思い出すんだろう

 爽やかだったけど、あれは夏の思い出……たぶん。


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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・233〔こころのプラカード〕

2017-08-18 16:12:28 | ライトノベルセレクト

ライトノベルセレクト・233
〔こころのプラカード〕


 もう半月になるというのに、まだ見ています。

 この年の高校野球。それも入場行進と開会式だけを。
 今年、八十五になる私は、昭和二十四年の第三十一回大会に出場し、旗手としてチームの先頭を歩いていました。二十四年は、まだ占領下でしたが、この年の一月から、国内においては日の丸の掲揚が自由になりました。

 一応、婆さんの遺影は裏がえしてあります。

 階下では娘と孫があれこれ後片付けをやっています。
「お父さんも歳なんだから下で暮らしたら~」
 娘は、そう言いますが、馴染んでいるので二階にいます。

 え……順序立てましょう。

 戦後の学制改革で、この年が最初の「選抜高等学校野球大会」で、校名も新しくなり、アナウンスだけでは十分に伝わらないことが懸念され、初めて女子高生が学校名を書いたプラカードを持って、チームの前を歩くことになりました。紺のジャンパースカートに白いツバ広の帽子。先生から西宮市立西宮高等学校の女生徒の人たちだと聞かされました。

 予行演習のときの戸惑いは、今でもはっきり覚えています。

 距離は、ほんの一メートルちょっと。グラウンドを一周する間、ずっと目の前をプラカードを持った女子高生が歩いているのです。
 お笑いになるかもしれませんが、それまで、こんな近くに、こんな長い時間同年配の女学生が近くにいることは初めてのことでした。そして、なにより、私は目の前を歩いているおさげの女の子に恋をしてしまいました。
 戦後間もない時代のことで、行進の練習は何度もやらされて大変でしたが、わたしは苦にもなりませんでした。

 休憩中に一度だけ、その子が振り返りました。

「明日、がんばってくださいね」

 その子は、私たちが開会式のあとの第一試合であることを知っていたのでしょう。半日いっしょに行進し、なんというか親近感のようなものを持ってくれたようです。小さな声でしたが、熱のこもった純粋の応援であったように思います。私は、夏の暑さからだけではない汗をかきかき「ありがとう」とやっと一声返しました。その子は、よほど可笑しいのか、そんな私を見てコロコロと笑い、ハンカチを出してくれました。

「いいえ、自分には手拭いが……」

 出した手拭いは、醤油で煮しめたようなしろもので、その子は笑いながらハンカチをもう五センチほど勧めました。
「じゃ、じゃあ……」
 私は習い性になった男拭きで、ハンカチはたちまち汗でビチャビチャになりました。
「あ、明日洗って返します!」
 ほんの半年前まで旧制中学生であった私は、そういうのが精一杯でした。

 ハンカチには「K」のイニシャルがありました。

 その晩、「K」のハンカチを宿屋の石鹸で何度も洗い、なんとか一晩で乾かそうと思い、力任せに絞っていると、「しわくちゃになりまっせ」と女中さんに言われ、女中さんは手際よくアイロンをかけてくれました。

 そして、本番の朝。

 本番まではプラカードを持った女学生たちは固まって先生に引率されて、とてもハンカチを渡すきっかけなどありませんでした。
 入場門で待機している間に、校旗で隠してハンカチやっと返しました。
「このイニシャルは?」
 思い切って聞きました。彼女は横顔で小さく「こ・こ・ろ」そう言った気がしました。
 一メートルちょっとの距離で彼女の後を歩調をとって歩きました。こころのプラカードのあとを。

 そして、戦後初めて甲子園のポールにはためく日の丸に感動しました。日の丸の方に向くほんの一瞬彼女と目が合いました。

 それっきり、私は八十五歳になってしまいました。

 そして夏の甲子園の開会式を見てびっくりしました。彼女と、こころとそっくりな女子高生が白いプラカードを持って現れたではありませんか。同じ制服だから、いえ、それだけではありません。背格好、歩き方、斜め後ろからの顔の輪郭。あのこころさんそのものでした。

 やっこらせ……

 録画を観終ったので、婆さんの遺影をもどします。お茶を飲みたいのですが、下が片付け中なので、少し我慢をします。


「琴乃祖母ちゃん。お祖父ちゃんには言わずじまいだったの?」
「あの人の夢を壊しちゃいけないもの」
 母から子、子から孫のあたしに伝えられた「K」のハンカチを母の骨壺にかけてやった。

 コラムの記事にちょうどいい。でも、当事者の片割れが生きている。もうしばらくは封印だな。
「このハンカチ、順序ならあんただけど」
 水を向けると娘は、そっぽを向いた。プラカード持った張本人のくせして……。

 

 

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・(はがない 慕情編)

2017-08-05 18:52:18 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・150
(はがない 慕情編)



 背中をドンと小突かれた。

 振り向かなくても分かっている、光子だ。
 僕は心の準備をしてから振り返った……光子がSLみたく盛大に白い息を吐きながら立っていた。

「せ、せめて上野まで送ってやったらえがったのに!」

 予想通りの田舎言葉で、光子が口を開いた。近くにいた女子高生の群れがチラ見している。
 彼女たちは、今日が卒業式だったんだろう。お揃いのカーネーションと、証書入れの筒を持っている。
 その両方が、僕の視野の端っこで、眩しく心に刺さる。

「こごじゃ、話せね。上に上がろ」

 僕は、普段なら東京弁が喋れる。でも、このシチュエーションでは田舎言葉しか出てこない。

 同郷の優衣が、夢を捨てて田舎に帰る。僕は黙って見送るしかなかった。そして、しつこく残っている光子に田舎言葉で責め立てられては、たった一年の東京弁なんか飛んでいってしまう。

「なして、そっちの道えぐの!?」

 僕は、坂の上から降りてくる卒業したての女子高生たち。その群れの中をさかのぼって歩いていく気にはなれなかった。

「乃木坂学院、今日が卒業式だったのね」

 やっと気づいた光子がポツンと言う。それで分かってくれたんだろう。反対の北側の道を黙々と並んで歩いてくれた。

「優衣、なんか言ってだった?」
「……あんたらは、がんばってねって、言ってだった」
「で、裕太は言えだんが?」
「言えね……胸つまってまって」
「なんで、あだしに声かげねの? なんで、スマホの電源切るん?」
「優衣も、切ってえだべ」
「優衣も、おかちゃん倒れねがったら…………悔しいね!」
「光子は、気持ちのまんま出ちまっがらよ……」
「気持ちのまんま出さねば、出さねで後悔するよりなんぼましか。裕太も優衣も分がっでねえ!」
 
 光子は、信号待ちの間に落ちていたアルミ缶をぐちゃぐちゃに踏みつぶした。
 僕は、それを拾い上げて、自販機の横の空き缶入れに捨てた。

 カチャン……行儀のいい音がした。

「なんで、そんなとごだげ、律儀なんよ!」

 僕は振りかえれなかった。

「はがない夢だけんじょ、はがないがら、ええごどもあんだ。伝わるごどもあんだ。口さ出したらアメユジュみでに消えるもんもあんのだ」

「はがないまんまで、ええんだが……せめで、せめで、優衣のごど好きだっで言えんね!」

 そのとき、降り止んだと思った雪がチラホラふってきた。

「上野の駅が、地上にあっだらは、もう少しばっか、かっけーね」

「はんかくせえ……!」

 光子は、それでも頬にかかる雪が涙とまぎれるまで、待ってくれた……。

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト№80『笑いの理由』

2017-08-04 18:30:28 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト№80
『笑いの理由』
        


 わたしは、驚くよりも、こみあげる笑いを堪えるのに苦労した……。

 セントゲイトハイスクール創立百周年の式典に、わたしは来賓として呼ばれ、感無量だった。

 セントゲイトは、わたしの母校であり、また融資相手でもあった。五年前、少子化のあおりを受けて、わが母校セントゲイトは、経営の危機に瀕し、五億ギルの赤字をかかえた。
 教育省の勧告で、姉妹校のウォーターゲイトハイスクールとの合併を言い渡されたが、教職員や、OBの声で存続の嘆願書が出された。でも、出るのは嘆願書と涙とため息ばかりで、誰も改革プランや救済資金を出そうとはしなかった。

 もうフレアバンクのトップの一人になっていたわたしは、卒業生でありながら、学校への融資には反対だった。改革プランが抽象的で、経営の見通しがつかない。こんな学校は無くなっても良いとまで、思っていた。
 しかし、うちの頭取は融資を決定してしまった。理事長に弱みを握られていたという説やら、孫娘が、学校の若い教師といい仲であったとまで、いろんな説が流れた(あくまで社員食堂のゴシップです)

 ま、そんなことはどうでもいい。わたしの笑いの理由である。

 インクライン先生。かつては、わたしの人生の全てだった、ミュージカル部の顧問である。
先生は徹底した市民派で、長い間この国の国旗や国歌に反対してこられた。反対の理由は、貴方の国とほとんどいっしょ。

 先生はわたしが生徒だったころに『旗ひるがえして』というミュージカルを書かれた。

 近未来もので、決まった場所、決まった時間に国旗が掲揚され、それに敬礼しなければ罰せられるという状況。そんな中で、意識有る若者が、犠牲者を出しながら、国旗を拒絶し、自分たちの旗をひるがえすという単純なストーリーだった。わたしは、犠牲になる若者の恋人という美味しい役で、役を振られた時に胸が熱く震えた。

「この役はローゼ、君がやりなさい。これを演じきったら人生が変わるぞ」

 そして、師弟共々熱狂的に取り組み、県のコンクールで準優秀賞をとった。

「この『旗ひるがえして』は、旗がひるがえるという意味だけじゃなくて、反旗を翻してという意味もあるんだ! 青春とは反旗を翻すことなんだ!」

 練習の時に先生が熱く語った演説を熱狂し。滑稽なことに、わたしの夫となるべき人は、このインクライン先生をおいて居ない! とさえ思った。
 あのミュージカルで国旗を破るところは圧巻で、観客席が水を打ったようになった。師弟共に最優秀を思い浮かべたが、あの観客席の反応は別の意味だったことは、少し大人になって分かった。

 先生は、それからも、市民派というか、反体制というか、そう言う芝居をたくさん創ってこられた。そういう反国旗、反国歌、反基地、反原発という「反」の字の付く運動にも進んで参加され、成年に達した卒業生には、良きオルガナイザーでもあった。ギスギスした仕事の合間に、こういう牧歌的なオルグは、先生には失礼だが、良い慰めになった。
 
 ある年の同窓会。

 二次会のあと、アルコールが、まるでダメな先生は、酔いつぶれた卒業生四人をそれぞれの家まで送ってくださった。

 わたしは、実は、そんなに酔ってはいなかったが酔ったふりをした。
 半開きのダッシュボードに、指輪のケースが見えた。
 先生はタイミングを計っていたようだが、わたしは巧みにかわし、最後に真顔で、こう言った。

「先生、もう、ここまででけっこうです」

 先生には、その後、正式に申し込まれた。世慣れたわたしは、こう答えた。

「わたしにとって、先生は、永遠の先生なんです」

 その先生が、目の前で声たからかに国歌を歌っている。そして、先生にはこの秋からジュニアハイスクールに通う女の子がいる。

 この、牧歌的で、微笑ましい旗の翻しかたに、わたしは笑みがこぼれるのに苦労した。

 で、学校への融資は、社会貢献の一つと理解しております。まず隗より始めよでありましょう。

 ロ-ゼ ブルシューン  日本支社社内報より抜粋

  


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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・156『らっきーは めつ』

2017-08-03 16:11:04 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・156
『らっきーは めつ』



 ……芹沢淳が率いる大手門高校とOG劇団である金曜座は、そういう傾向の中で、個が(確立されるどころか)壊れてしまわざるをえない時代の痛ましさを凝視してきたのである。

 燿子は懐かしい思いで、その劇評を読み返していた。
「オレ、今夜歓送迎会。飯いいや」
 亭主の有樹が、呟くように言うと玄関を出て行った。

「らっきー」と、燿子は声に出てしまい、有樹に聞こえなかっただろうかと、少しの間気にした。
遠ざかる足音には変化はない。
 これで、今夜は夕食の準備をしなくても済む。
 パートの仕事が終わったら、久しぶりに渋谷にでも出てみようか。新宿や原宿でないところが、我ながらつましい。

 有樹には計画性というものが無い。五年十年先を見越した人生設計がない。いつまでも若くはない、三十代、四十代になった時のビジョンを持っていなくちゃ。
 三十までは子どもは作らない。そのかわりお金を貯めて、家を買う。そして子ども。家と子どもは足かせになるだろうけど、三十代なら、楽しみながら苦労も乗り越えられる。
 余力で四十代の前半は乗り切れるだろう。後半では、ローンも返し終える。子どもも育て方さえ間違えなければ、手が掛からなくなる。そして、それからが本格的な自分の人生だ。五十以降の人生は未知数。だけど燿子は、自分中心でやっていこうと思っている。場合によっては有樹と別れることも選択肢の中に入っている……ことは秘密。

 懐かしくなって、金曜座を検索してみる。

 金曜座は、高校の演劇部顧問の芹沢先生が、卒業生を集めて作った劇団。クラブの卒業生の大半が所属していた。高校演劇ではないので、五十分という枠に縛られることもなく、先生のオリジナルや、女ばかりで『真田風雲録』などを演ったりした。
 あのころ、燿子にとって芹沢先生は神さまだった。先生の言うことやることが全て正義で、演劇の王道だと思っていた。

 最初に見かけた劇評も当時、先生と仲の良かったSMという似たような劇団の座長が書いたもので、当時は燿子たちの憧れであった。

 この劇評は、燿子にとって最後の舞台になった『らっきー波』という芝居へのものであった。この芝居に対し、もう一つの劇評があった。

――これは、ただの演劇部の延長で劇団とは呼べない。劇団と称するなら、劇団員は卒業生だけではなく、広く一般から求められなくてはならない。観客も現役の生徒やOGが大半で一般の観客はほとんど見かけない。芝居も、ドラマの構成が甘く、人物の掘り下げが浅い。役者も皆エロキューションが同じで、注意しないと、観ていて混乱する。自己解放、役の肉体化、役の交流が不完全。もう高校生だからという言い訳は通用しない――

 中林という劇作家がクソミソに酷評した。ブログにコメントすると「じゃ、会ってお話しましょう」と、電話番号が書かれたコメントが返ってきた。
「わあ、挑戦的……」
「ちょっち、怖いなあ……」
 みな尻込みして電話するものがいなかった。で、燿子が電話してじかに会って、中林から話を聞いた。

「SMさんは『個が壊れてしまわざるをえない時代の痛ましさを凝視してきたのである』と書いていらっしゃるけど、金曜座自身が内に閉じて、劇団員の個を壊してるよ」
「どういう事ですか!?」
「金曜土曜を潰して稽古。二十歳前後の女の子には大事な曜日だよ。買い物に行ったり、友達と出かけて喋ったり、本当に自己確立していく大事な時期だ。それを高校演劇の延長で潰しているのは、どうかと思う」
「あたしたちは、金曜座で自己確立してるんです。団員はみんな心の友です!」
 ボキャ貧の燿子は、ジャイアンのような言葉で締めくくった。
「金蘭の友か……」
「え……?」
「非常に親密な交わり。非常に厚い友情てな、意味です」
「その通りです。あたしたちは芹沢先生の元で、演劇を通して……」
「それは、勘違い」
「なんですって!」
「そう熱くならないで、芽都さん」

 中林は、燿子の苗字を正確に「めつ」と読んだ。たいていのひとは「めず」とか「めと」と読む。

 中林は、ノートを広げ、燿子の演技に一つ一つ質問した。
「あそこで泣くのはどうして……違う、原因は、その前の篤子の言葉だ。それに、ここは泣くんじゃなくて泣くのを堪えようとして涙になるんだ。山本がグチっている間、君はイヤさ一般を見せているだけ……」
 この手厳しいダメ出しには、一言も返せず、返って自分の狭さ小ささを思い知らされた。
「よかったら、この芝居、ごらんなさい」
 中林は劇団新幹線のチケットをくれた。

 そして、観にいって人生が変わった。

 新幹線の芝居を観て、ほどなく燿子は金曜座を辞めた。別の劇団に入ったが、金曜座でついたクセが抜けず、金曜座の観客が反応してくれた演技では、観客席は冷めるばかりだった。

 中林に電話すると「人生設計をしましょう」という答が返ってきた「どうやったら、あたしの演劇人生は……」そう聞くと「芽都さんは、何本戯曲を読んだ?」と返ってきた。
 この一言で、燿子は愕然とした。自分は芹沢先生の本と、彼が勧めた本しか読んだことが無かった。

 本来、頭の回転のいい燿子は、これで頓悟し、芝居から離れ大学を出た後は仕事に専念、そして今に至っている。

「あ、雨!」

 ボンヤリしていた燿子は、雨の降り始めに気づかなかった。
「あ~あ、洗濯のやり直し……」

 燿子は、家を建てるときにはベランダにはアクリルの大きな庇を付けようと思った……。



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