☆・・主な登場人物・・☆
- 酒井 さくら この物語の主人公 安泰中学一年
- 酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
- 酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
- 酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主
- 酒井 詩 さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
- 酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
- 榊原留美 さくらの同級生
- 夕陽丘・スミス・頼子 文芸部部長
- 瀬田と田中 クラスメート
- 菅井先生 担任
- 春日先生 学年主任
- 米屋のお婆ちゃん
☆・・主な登場人物・・☆
時空戦艦カワチ・014
食堂のおばちゃん!?
松本シンジの第一声だ。
カワチのAIがリクルートした機関長は田中航海長が勤務する高校の二年生だ。
それを知った田中航海長は食堂のおばちゃんのナリで出迎えた。
「らっしゃ~い!」
いつもなら、このあとに「(注文は)なにする?」が続く。だが、目の前のおばちゃんは航海長だ。
「シンジ君は機関長だから、これ、制服ね」
おばちゃんは食堂のトレーに載せた制服をカウンターに見立てたコンソールの上に置いた。
「えと、あ……」
いつもの習慣で受け取ってしまうと、あとは昼時の食堂の流れだ。
「つかえてるから、さっさとしてね」
言われたシンジはパーテーションの向こうに回った。
「あの、オレ航海長なんて務まりません」
「習うより慣れろ、着替えた服はトレーに載せて返却口ね。セルフサービスだから」
「う、うん……」
着替え終わってパーテーションを出ると、艦長付き従員のメグミ一曹に代わっていた。
「じゃ、わたしに付いて来てくださいね、松本シンジさん」
うっかり目が合ってシンジはドギマギする。
女の子と目が合ったなんて、ここ何年無かったことだ。たまに目が合っても完全無視か、まるで路上のウンコを見るような目つきだった。 それが手を伸ばせば届きそうな近さで肯定的な笑みを浮かべてフルネームで呼んでくれる。
「は、はい」
応えて転送室を出ると、おばちゃんが航海長の制服ボタンをはめながらやってくるところだ。
「食堂のナリで艦長室にはいけないもんでね。後でご飯持ってってあげるから、あんた朝ごはんどころか、夕べの晩御飯だって食べてないでしょ」
「う、うん」
学校も家も居心地の悪いシンジは晩飯はコンビニ、朝飯抜きというのがデフォルトだ。
「前を歩いてるのは艦長付き従員のメグミ一曹。他にサクラ二曹とテルミ一士が三交代で務めてる。三人とも気のいい子だから仲良くね」 「えと、でも……」 「務まるわよ、必要なことはインストールされてるし」 「いや、むりむりむり!」
そうこうしているうちにラッタルを上がり中甲板後尾の艦長室が見えてきた。何人かの乗員とすれ違って言葉を交わした気がするのだが、いや、思い違いかもしれない。
「ちゃんと敬礼を返して、機関科の乗員には指示をしていたわよ」 「え、そんな、なんにも覚えてへんし!?」 「インストールされたスキルのせいだけど、それだけじゃ務まらないわよ。さ、入るわよ」
艦長室の前に立つと、田中航海長は一瞥でシンジの服装をチェックした。学食のカウンターに並ぶ生徒たちの様子を無意識に気に掛けるおばちゃんの気の良さが出てくるのだ。この鋭くも暖かいチェックで学食には通えているシンジなのだ。
「うん、入学直後の初々しさね。よし、いくよ」
「艦長、航海長と共に航海長をお連れしました」
メグミ一曹が声を掛けると艦長室から「入れ」の応えがする。
「やる気満々でないところが素直でいいと思うよ」
自己紹介が終わっての小林艦長の言葉に嫌味は無い。学校でこう言われたら、その後に来る言葉に嫌気がさして俯いてしまうところだ。
「あの……どうしてオレが機関長なんですか?」
シンジは一つの答えを予想していた。予想通りの答えだったら……腹は立たない、腹が立つほどのエネルギーは自分には無いと自覚している。あったら、さっさとケンカか対教師暴力で退学している。
だったら聞かなければいいのだが、聞いて「やっぱりなあ……」と落ち込まなければ収まらないシンジだ。
「松本君の適性だよ。むろん艦のAIの推薦もあるが、最後はわたしの判断だ」
ちょっと意外だった。
多分、家業が自動車修理でエンジンとかミッションとかの扱いに慣れているから……学校の先生は、いつもそれを言っていた。そこから進路先を演繹されて「松本には向いているから」と言われて、反発するように今の普通科に進学したのだ。
「松本君は自分が空っぽだと思っているだろ」
その通りだ、十七年の人生で得たものはゴミみたいなことばかりだ。ゴミは入ってくるたびに捨てている。自分の中に意味のあるものなんか何もない。
「空っぽだから、これからいっぱい入るということだ。ほら」
そう言うと、艦長はシャンパンのボトルを持ってグラス、いつのまにかランチの用意がされていて、艦長が注いでくれているのだ。並のグラスだったら溢れるような量が注がれても溢れない。肉薄のグラスは見かけの五割増くらいに入るように思われた。
「おっとと……」
さすがに溢れた。
「ハハ、今のは悪い見本。松本君はゆっくり様子を見ながら注いでいけばいいさ」
艦の速度がわずかに上がったような気がした。