『北浜演劇賞最優秀助演女優賞』
「おめでとうございます。本年度北浜演劇賞最優秀助演女優賞に決定いたしました!」
「あ、ありがとうございます!」
と、素直な喜びが湧いて、フワッと体が浮いたような気がした。北浜演劇賞は関西の演劇界では最も権威の高い演劇賞で、プロの登竜門と言われている。関西にも本格的な演劇の土壌を作ろうということで、文化に造詣の深い企業や文化人が資金と知恵を出し合って今世紀初めに出来た賞である。一新の会の府政の失敗により、文化不毛の地と成り果てた大阪では、まさに嵐の中の灯台であった。
受賞の連絡は演劇部の練習中にかかってきたので、スマホに最敬礼する古河友子を見て様子を察した生徒たちも喜んでくれた。
「おめでとうございます、なんか偉い賞受賞しはったんでしょ、古河(こが)先生!?」
「おれ聞こえたで。北浜演劇賞ナンチャラ賞!」
「うち、最優秀助演女優賞いうのん聞こえたわ!」
「やったね、トモチン! 箕作高校の『幕が上がる』や!」
生徒の部分的な記憶は、たちまち統合されて、一分後には、府立箕作高校演劇部はお祭り騒ぎになってしまった。
「ちょっとヤバイかな……」
友子の独り言は、生徒の嬌声にかき消されたが、受賞により世間は友子のあれこれを知ってしまった。
大阪は、公務員の兼職については、ひどくやかましい。まずSNSの職業欄を劇団名にしていることが問題になったが、たかがSNSはお遊び、履歴に本当のことを書くと、公務員はいろいろカモにされると、同じSNS仲間や、テレビのワイドショーなどが養護してくれた。
「そ、うちの劇団はアマチュアですから」
この発言には、劇団の内外に波紋をおこした。
「古河(こが)先輩、あたしらアマチュアやったんですか!」
若手劇団員や研究生に泣かれたのには往生した。関西のプロ劇団からも「北浜賞は、食えんでもプロの意識を持った者に対して出される賞や。アマチュアやったら辞退しろ!」というやっかみ半分の批評が出た。一新派のやり方に馴染んだ府民からも同様な声が上がり始めた。
「古河先生、あなたはうちの吉岡先生ですよ。あなたは箕作の幕を上げた」
民間人校長の言葉は意味深だった『幕が上がる』の吉岡先生にひっかけて、誉めながら選択を迫ってくる。
最後の一押しは、意外にも地元の農協や商店会だった。
「昔から農具の箕ぃ作ることしかなかった箕作に光をあててくれはったんや。応援してます。ぜひプロとして頑張ってください!」
友子は決意した。
友子の血筋には、ジャンルは違うが日本歌謡曲の重鎮がいた。戦後のどさくさで、苗字の一字を変えたので、世間で知るものはほとんどいないが、友子のアーティストとしてのバックボーンの一つになっていた。
「古河友子、箕作の吉岡先生に!」
メディアもキャプションを付けてしまった。
「人生一度きりや……」と、友子は決心した!
気づくとよだれを垂らしていた。別に記念のデコレーションケーキが出てきたわけではない。
「先生、道具のデコレーション、こんなもんでええですか?」
大道具の二年生が誇らしげに聞いてきた。真夏には、ちょっと早い宵寝の夢であった……。
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