本の書き方『となりのトコロ』を見本にして
今回は、戯曲(本)の書き方について、少しだけお教えしようと思います。とりあえず、下記の本の冒頭を読んで下さい。
そぼ降る雨のなか、バス停の前に貧相な少女ユキが傘をさし、たたずんでいる。手にはもう一本。大きめの古い男物の傘。背中には、小さな子どもを背負っているように見える。
バス停の下手よりに古ぼけた街灯。それがささやかにバス停の周囲を照らしている。背後には鎮守の森。雨音しきり。ときにカエルの鳴き声。ややあって、下手から、のり子がボストンバッグを持ち、スケッチブックを頭にかざし、雨をしのぎながらやってくる。バス停の時刻表と携帯の時間を見比べ、わずかでも雨のしのげそうなところをさがす。二三度場所を変えるが、どこも大して変わりはない。
この間ユキは無関心。やがて……
のり子 ……バスが来るまで一本傘貸してくれないかなあ……
ユキ ……(一瞬ドキリと身じろぎするが、聞こえないふりをする)
のり子 ええと……バス……来るまででいいんだけどね……
ユキ ……
のり子 あなたも、バス……待ってんでしょ?
ユキ ……
のり子 次のバスまで四十分もあるのよね……
ユキ ……
のり子 ここのバスって……遅れるのよね、よく……
ユキ ……
のり子 二本持ってんでしょ。今さしてんのと、手に持ってんのと!
ユキ ……(黙って、さしていた傘をのり子にさしかけて、渡してやる)
のり子 え……ありがとう。
ユキ ……(傘を渡すと、またもとのところへもどり、もう一本の傘はささずに大事そうに持ち、黙ってぬれている)
のり子 どうしたの……ささないの、その傘。
ユキ ……
のり子 怒った?
ユキ ……(かぶりをふる)
のり子 じゃあ、さしなよその傘。あたし一人さしてちゃバツがわるいよ。
ユキ いいんです。
のり子 よかないよ。
ユキ いいんです。
のり子 なんだか、これじゃ、あたしがむりやり傘とりあげて、いじめてるみたいじゃないよ……返すよ。
ユキ いいの、それはあなたに貸したんだから。
のり子 返すよ(傘の押し付けあいになる。ユキの背中の子どもの異常に気づく)あんた、その背中の……ブタ?
ユキ 人形、ぬいぐるみの人形……
のり子 うそよ。今あたしのことギロってにらんで、牙むいてうなったわよ。ガルル……
芝居は最初の三分間が勝負です。ここで観客の興味をひいておかないと、あと取り戻すのはたいへんです。本についても同じことが言えます。
最初の三ページほどで、読者の興味をひいておかないと、最後まで読んでもらえません。要件は二つ。
①状況を「おもしろい!」と思ってもらえること。
②全体の芝居に関わる伏線を張っておくこと。この芝居はユキが傘を二本持っていて、一本をのり子に貸して、自分は黙って雨にうたれているという状況。そして、ユキの背中の人形です。観客、読者は、「あれ、どうなってるんだろう!?」と思います。大事なことは、それが芝居の流れや、テーマと関わっていることです。ただのハッタリではいけません。この芝居の冒頭の状況と伏線はテーマに大きく関わっていて、ドラマの最後のところで「なるほど!」とカタルシス(心的浄化)に結実します。結末を知りたい人は、青雲書房の「新鮮いちご脚本集 1」の、『となりのトコロ』 または、この初夏に門土社から出される『モンド ドラマパケット』でご覧下さい。
本を書くのには、平均的に言って、季節が一つ変わるくらいの期間がいります。ざっと三ヶ月でしょうか。むろん作家によってその差はまちまちで、わたしの言っているのは、あくまで標準です。故井上ひさしさんなどは、一年かかられることもありました。ここで紹介したわたしの『となりのトコロ』は、今のかたちに収まるまで、二十年近くかかっています。二十年前大阪の府大会で上演して以来五十あまりの中高の演劇部、劇団で演っていただき、改稿を重ねてこのカタチになりました。初稿でコンクールに臨んだときにも、四回ほど手を加えています。戯曲は作家の頭の中でできますが、役者によって肉体化する過程でどんどん変わっていくものです。また、そうでないと、なかなか生きた本にはなりません。今から創作にかかり、初稿の上がりが九月の頭頃でしょう。これをヒントに、そろそろ書き始めてください。もう時間はそれほどありません。戯曲は、建物に例えると基礎にあたります。基礎のしっかりしていない建物は、その上に立派な家を造ってもモロイものしかできません。建物でも、しっかりしたものは基礎工事に時間がかかります。演劇の三大要素は「観客・戯曲・役者」の三つです。 良い本を書いてください。
本の書き方は、こんな短い、パンフレットのようなもので分かるものではありません。これは、あくまでもヒントです。回を改めて本の書き方に、もう一歩踏み込んでお話したいと思います。
本編をアップロ-ドしておきました小規模演劇部用戯曲で検索してください。
劇作家 大橋むつお
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