大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・142『リアル留美ちゃんや!』

2020-04-30 14:50:43 | ノベル

せやさかい・142

『リアル留美ちゃんや!』         

 

 

 いやー、抽選に外れたわあ!

 

 おばちゃんが悲鳴を上げた。

 なんじゃらほいと玄関を覘くと、たった今配達されたばっかりの生協の食料品の山にため息をついてる。

 ため息をついてても、気の若いおばちゃんなんで、サザエさんみたい。

「どないしたん、おばちゃん?」

「白菜とチーズが抽選に外れちゃったの」

「生協って、抽選なん!?」

「コロナの影響でね、生協の利用増えてるからねえ」

 生協は、大阪市におったころからお馴染みで、週に一回山のように配達してもらうんやけど、注文した品物が抽選になるのは初めて。

「ごめん、さくらちゃん、スーパーに買い出し行ってくれるかなあ」

「うん、いいよ!」

「わたしが行かなきゃならないんだけど、降誕会(ごうたんえ)中止の連絡書かなきゃならないから」

「あはは、手ぇ合わさんとってくださいよ、仏さんちゃうねんから(;^_^A」

「ああ、ごめん。直ぐにリスト作るから、待ってて」

 おばちゃんは、茶の間に戻ってリストを作る。座卓には詩(ことは)ちゃんが座ってて、葉書の表書きに精を出してる。降誕会中止の葉書を書いてるんや。あたしも手伝えたらえねんけど、字を書くのはとっても苦手。

 えと、降誕会いうのは、報恩講、灌仏会と並ぶお寺の重大行事。簡単に言うと、宗祖親鸞聖人のお誕生会のことで、五月二十一日、檀家さんも大勢来はって、お勤めのあとに楽しいお斎(お食事会)になる。当初は、五月の下旬にはコロナも落ち着いてるやろと思てたんが、長丁場になって中止せんとあかんことになったわけ。

「ごめんね、さくらちゃんに任せちゃって」

「ううん、ええのんよ。あたしもちょっと外の空気吸いたいしね」

「じゃ、これでお願いね。ちょっと多くなっちゃったから、チェックしてないのは無理しなくていいから」

「うん、任しといて!」

 

 クリアファイルに挟んだリストをもらい、ばっちりマスクも着けてスーパーを目指す。

 

 考えたら十日ぶりくらいの外出。ウイルスのことが無かったら絶好のお出かけ日和。なんちゅうてもゴールデンウイークやねんもんね。

 スーパーが見えてくると、ちょっと緊張する。

 びっくりするほどお客さんは来てへんみたいやけど、入り口にアルコール消毒液が置いてあって、入店する人だけと違って、出てくる人でも消毒しなおす人が居てる。手の平にたっぷり受けて髪の毛まで拭いてる人も……そんなんしたらすぐに無くなってしまうやんか、オバチャン、帽子被っといでよ!

 あ!

 オバチャンに義憤を感じてると、後ろで声がする。

「ああ、留美ちゃん!?」

「さくらちゃん!」

 ウィルスが無かったらハグしてピョンピョン跳ねてたと思う! ほとんど一か月ぶりのリアル留美ちゃんや!

「「なっつかしいいい!」」

 二人で感激したんやけど、ソーシャルディスタンスがある。いっぺんは接近しかけるねんけど、磁石の同極同士になったみたいですぐに離れる。

「なんだかモゴモゴ……」

「ほんまにモゴモゴ……」

 お互いマスクが邪魔で聞き取りにくい。つい、声が大きなる。

「留美ちゃんも買い出し!?」

「うん、生協の抽選にはずれたのがあってね!」

 どこも事情は同じや。けど、大きな声出すと、並んでるオバチャンらに睨まれる。

「あたしも、いっしょよ」

 クリアファイルをヒラヒラさせると、留美ちゃんも似たようなファイルをヒラヒラさせる。

「せや、これでバリアーにしよ」

 二人、自分の顔の前にクリアファイルを立てて話をすることを思いつく。

 周りの人らも微笑ましく笑ってくれはって……けっきょく三十分も立ち話してしもた。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・116「足がしびれた」

2020-04-30 06:34:01 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
116『足がしびれた』
          




 三十分たっても大お祖母さまは現れない。

 だだっ広い広間なので冷える。

 トイレに行きたいんだけど、行ったら負けのような気がする。

 せめて座布団を敷きたいんだけど、大お祖母さまに会ってもいないのに座布団を使うのは無作法だ。
 むろん、こんな田舎の作法に従う気はないんだけども、大お祖母さまと勝負するまではと思う。

 声を上げれば、どこか近くで控えているメイドさん……たぶん瀬津さん(メイド長)が取り計らってくれる。

 だけど、そうするには瀬津さんと話さなければならないし障子や襖を開けたり廊下を歩いたりしなければならない。
 ここでの作法は畳の縁を踏んではいけないとか、目上の前で座布団を使ってはいけないことぐらいしか分からない。
 大お祖母さまに会って決着を付けるまではボロは出せない。

 それに……もう、感覚が無くなるくらい足がしびれて、まともに立つこともできないだろう。

 たった三十分、大お祖母さまに会う前に悲惨なわたしだ。

 大お祖母さまが現れるのは、上段の向かって左側。
 おつきを従えて静々と現れるはず。
 じっと目の端でとらえているので、いまにも襖が開くような錯覚におちいる。

 失礼します

 右後ろから声がしてビックリ。
 障子が開いたんだけど、痺れきって振り返ることもできない。

「御屋形様は急なご用事でお出ましにはなられません。まず、お部屋にご案内いたします」

 瀬津さんの声、作法通りに障子を広く開き、廊下で待ってくれている。
 ここでトチるわけにはいかない。
「承知しました……」
 かっこを付けて立とうとする。

 あわわわわ!

 ラノベの萌えキャラみたいな声が出た。

 バッターン!

「あ、美晴お嬢様!」

 瀬津さんが駆け寄って介抱してくれる。
「ご、ごめんなさい、ちょっと痺れてしまって……」
「わたしの肩におつかまり下さい」
「ずびばぜ~ん」
「さ、どうぞ」

 優しく支えてくれた、その顔は瀬津さんではなかった……。

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《ただいま》第八回・由香の一人語り・6

2020-04-30 06:28:49 | ノベル2


第八回・由香の一人語り・6     



 

 食後のコーヒーを二人分買って、センターの門を入ると、ギンガムチェックのシャツにサロペットスカートという女の子がアプローチを歩いているのが目に入った。

「貴崎先生!?」
「あ、分かっちゃった?」
「ええ、でも、こんな近くまで来なきゃ分からなかったですよ」
「ちょっと恥ずかしかったんだけど、これ、あの頃、幸子さんとお揃いで着ていたの」
「ペンションの制服ですか?」
「ううん、スタッフと分かるように、お揃いのを買ったの。二十何年ぶりで……ちょっと恥ずかしいな」
「そんなことないですよ。先生のこと知ってたからわかったけど、そうじゃなきゃ短大生でも通りますよ」
「ほんと……!?」

 貴崎由香先生は、恋をし始めた女子高生のように見えた。

「このワカランチン……ユカちゃんの方なんだよ、田中さんが好きなのは」

 目が点になった。
 と、思った瞬間、ココアにむせかえってしまった。
 そのあたしの背中をさすりながら、幸子さんは続けた。

「男って、いつもそう。ほんとうに好きな人には、なかなか喋れないものなのよ。そんな自分にじれて、余計にむつかしい話をしたのよ、今夜は。ユカちゃん、ここがこんなにファミリーになったのは、わたしのせいだと思ってるでしょ? ちがうよ。わたしが来たときには、すでに出来上がっていたんだよ。わたしは、ただ、それに乗っかってワイワイ言ってるだけ。これつくったのはオーナー夫婦。そして、田中さんとユカちゃんなんだよ。わたし、物書きのハシクレだから、そういうとこ鋭いの」

 点になった目が泳いでしまった……え、ここまで書けてるんですか(由香先生は、催眠状態でパソコンを操作するような手つきをした)

―― 彼は、ほんとうは自分のペンションが持ちたいのだ。この土地の自然と一体になれるような……。でも、オッサン一人でやる自信がない。愛想悪いし、人間関係ヘタだから。でも……昔から、そうなんじゃない。昔は紙屑が燃えるようにペラペラ良く喋った。男一人が、ああなるのには、いろいろあったんだろう。若い頃は、ツッパリとディフェンスだけの青春のようだった……今のところ、そこまでしか分からない ――

 だろうね。ほんとうに何も言わないんだよね……あの人。

――「ユカちゃんみたいな人がいっしょにやってくれればいいのにね」

 と、わたし。

「やれば、いっしょに」
 そう水も向けてみた。
「だめだよ、ユカちゃんはアルバイト。いずれは帰ってしまう子だ」
 そう言うと、彼はコーヒーカップを口元まで持っていった。
 その少し前屈みの姿に、大人の寂しい自制心を感じた……。
 そして、同時にユカちゃんとの出会いが、自前のペンションを考えさせるようになったんだと直感した。

「いっそ、結婚しちゃえば!」

 このストレートパンチに、田中さんは、さっきのユカちゃんそっくりにむせかえった。
 その背中をさすりながら、ユカちゃんに相応しい真っ直ぐな人だと思った――

 泳いだあたしの目が、みるみる涙に溺れていった……。

「ちょっと、止めまひょ」

「はい……」
 由香先生は、ゆっくり目をつぶった。
「ちょっとパソコンから目え離して、周りを見てくれまっか」
 由香先生が、再び語りはじめた。

 あ、始まった。

 やっぱ、一雨来る前にやっちまうんだ……聞こえる、チェ-ンソーの音?
 裏手の桜並木を切ってるの(パソコンの向きを変える仕草)
 どう、パソコンのカメラでも見える?

 昔は、あの土手の上に偉い人のお屋敷とかあったらしい、戦争で焼けた後、みんなで植えたんだって。
 東京タワーが出来た頃には立派な桜並木に育って、この街でも有名な桜の名所になった。
 春には花見、夏には木陰で夕涼み。あそこから大川の花火も見えたんだって。それを目当てに、あたしが小学校のころ、ここに越してきたんだけどね。

 ……今はダメ。

 手前の操車場が再開発されて、ビルしか見えない。
 でも、それは、それでいい景色って人もいて、今でも時々写真を撮ったり、絵を描いている人がいる。
 お母さんの、何回目かのファーストキスも、あそこだったんだって。
 複数の大学からの帰り道に近くってさ……昔の若者もたくましい。ファーストキスを何回もやるかっちゅうの!

 アハハ、お母さん言うわけないよ。お母さんの友だちから聞いた話し。

 お父さんは、いい男だったんだって。賑やか好きで、お喋りなお母さんとは馬が合って……。
 その賑やか君とお喋りさんでも、しんみりとキスしちゃったかもしれない桜並木。
 それをどうして切っちゃうかなあ……。

 桜って、きれいだけど、落ちた花びらとかすごいでしょ、秋の落ち葉もね。毛虫も付くし、意外に手入れが大変。
 それで、近所の人たちから苦情が出始めて……。
 昔は、町内の人たちで掃除とか手入れとか、当たり前のようにやっていたんだって……だんだん、そういうこともしなくなったでしょ。
 老人会とか、婦人会とかでは細々とはやってたけど、一部住人にばかり負担をかけるのはいかがなものか……それで、地域の会議で切ることに決まった。

「今日は、そこまでにしときまひょ」

「……止めてもらって良かった」
「ちょっと、予感がしてきましたか?」
「桜の話は面白いんですけど、そのあと……ちょっと」
「まあ、面白いとこらへんでおいときましょ。この先、なに思い出すか、分からしまへんけどね、今日の貴崎さん。いや由香さんにとっては、そのギンガムチェックがキーポイントやと思いまっせ。思い出した若さ、大事にね」
「はい」

 少女のような素直さで由香先生は頷いた。カウンセラーとクランケの間に信頼関係ができた証拠だ。私にも、それくらいは分かるようになってきた。

「バラバラやけど、キーワードが、揃うてきましたな。さて、これが、どない結びつくか……」

 由香先生は、アプローチから手を振りながら門をでていった。
 私は、親しみをこめて手を振りかえした。私も由香先生が友だちのように思えてきた。

 

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ここは世田谷豪徳寺・95『さつき今日この頃・2』

2020-04-30 06:13:22 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・95
『さつき今日この頃・2』      



 

 

 意外な人が周恩華さんの身元引受人になってカタがついた。

 なんと、裏のアパートの冴えない住人、四ノ宮忠八クンだ。
「よかったら、さつきさんもどうぞ」
 というので、迎えのタクシーにいっしょに乗った。

 違和感は、ここからだった。

 四ノ宮クンと言えば東京大学に籍があることだけが取り柄の、冴えない上に貧乏な学生という認識しかない。
「四ノ宮クン、どこに行くの?」
「恥ずかしながら、僕の実家」
 そう言ったなり黙りこくってしまった。タクシーは山の手の高級住宅街に入って、ひときわ大きなお屋敷の前で……と思ったら、八の字に開いた門を潜って玄関の前の車寄せで止まった。タクシーのドアが自動で開くのは当たり前だけど、開いたドアの前に執事さんとメイドさんが出迎えているのにはタマゲタ。
「四ノ宮クン、あなたって……」
「めったに、ここには来ないんだけどね……」
「奥の座敷になさいますか? それとも坊ちゃんのお部屋で?」
「僕の部屋。肩の凝らないところがいいだろうから」
「若奥様は、間もなくお出でになります」
「え、まだ来てないの。桜だけが頼りなのに」
「え、さくら!?」
「あ、来てから説明するけど、あの『さくら』じゃないから。ま、どうぞ。南さん、お茶だけおねがいします」
「かしこまりました」
 アキバや渋谷のまがい物ではないメイドの南さんがお辞儀をする。メイドも本物になると迫力と気品がちがう。

 四ノ宮クンの部屋は広いだけが取り柄のガラクタ部屋だ。

 プラモデルやフィギュアの類なら、まだ理解はできるけど、かなりの量のプラレールや、骨董品屋さんの倉庫のように鎧があったり、模擬刀なんだろうけど、刀があったり、壺や茶わんや掛け軸。よく見ると、なんかの専門書や漫画などがゴタマゼで平積みになっていた。天井からは、モビールやら、模型飛行機なんかもぶら下がっている。
 あたしはぶっタマゲタだけだけど、恩華さんは不快を絵にかいたような顔になっていた。

 二三分すると、メイドではないかわいい子がワゴンにお茶とケーキを乗せて現れた。若奥さんではないと思った。身に着いた気品や、そこはかとなく感じる人としての幅が四ノ宮クンとはかけ離れ過ぎている。言ってみれば、この娘さんはドラマで主役がはれそうだったが、四ノ宮君は、どう見ても通行人のエキストラ。
「妹の篤子。こないだまではオレのお目付け役だった」
「過去形で言わないでくれます、お兄様」
「おいおい、じゃ、お目付け役が二人も居るってことかい?」
「たった二人だと思ってたの? まあ、頼りない兄で申し訳ありません。そういうわたしも盲腸のときはさくらさんにお世話になりましたけど。どうぞ恩華さん」
 恩華は、お茶を受け取るふりをして、少し先にあった脇差を抜くと自分の喉元に当てた。

「恩華さん!」

「近づかないで!」

 それ以上近づけば、自殺しかねない勢いで、誰も身動きができなかった……。

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乙女と栞と小姫山・31『根拠のない自信』

2020-04-30 06:02:32 | 小説6

乙女小姫山・31  

『根拠のない自信』           
 

 

 

 目が覚めて……今日は……オーディションの日だ。
 

 MNB24の五期生の応募は1600人余りあった。書類選考で80人に絞られ、今日と明日二日に分かれ、午前の部と午後の部に分かれてオーディションが行われる。

 栞は午後二時の部だったので、午前中は、津久茂屋のバイトに行った。学校も、あまりやかましいことを言わなくなったので作務衣風のお仕着せに着替えて店に出る。ここでは、これが戦闘服だ。今は、そう思っている。

 駅前には喫茶店が一軒しかないので、朝から北摂の野山をハイキングをする人たちが利用したり、近頃は栞目当ての客もいて、けっこう忙しい。
 

「ごめんね、今日は大事なオーディションやいうのに……あ、いらっしゃいませ……」  

 恭子さんも、済まなさそうではあるのだが、まだ、きちんと挨拶もできていない。

「いらっしゃい……先生!」

 お茶を出すと、校長先生と乙女先生が庭の席に座っていた。

「お座敷空いてますから、どうぞ……」 「いや、ボクは顔を出しただけだよ。さくやクンは?」 「あの子、午前の部なんで、今、真っ最中です」  「そうだったのか、じゃ、ボクは仕事があるから。乙女先生よろしく。じゃ、がんばってね」

 校長は、手をあげると行ってしまった。

「団子と、オウスちょうだい」

「はい」

――お団子、オウス通りました!―― 

 栞が、奥に声を掛けようとすると、返事の方が先に帰ってきた。

「あれは?」

「はい、恭子さんのお姉さんが入ってくださってるんです」

 栞は申し訳なさそうに言った。

「これ、校長先生から。さくやは帰ったら渡したげて」

 乙女先生が渡してくれた小さな紙袋には車折神社(くるまざきじんじゃ)のお守りが入っていた。

「ま、これって、芸能の神さまなんですよね。クルマオレ神社」

「ハハハ、栞でもスカタン言うときあんねんな。クルマザキ神社や。校長さんの家のネキやさかい」

「あ、ありがとうございます」

「それから、桑田先生が、合格しても、学校の授業はサボらせへんぞ、て」

「え、あの筋肉アスパラ……」

「ブキッチョな人やけど、あんたら生徒のことは、考えてるみたい」

「お団子、オウスあがったわよ!」

「はーい!」
 

 昼前に、さくやが帰ってきた。「どんな感じ?」と聞く暇もなく、乙女先生から預かったお守りを渡すと、栞は制服に着替えて、津久茂屋を飛び出した。恭子さんのお姉さんが、何か渡してくれたが、お礼を一言言っただけで、駅のホームに向かった。
 

 次の準急までに十二分もある。いつになく慌てている自分が腹立たしく、また、何年かぶりでお腹の虫が鳴くのを聞いた。そして、恭子さんのお姉さんが渡してくれたのが、焼きお握りとお茶のペットボトルであることが分かった……。
 

 指定された時間よりも四十分も早く着いてしまった。

 で、自分だけではなく、大半の子が同じころに着いていることに気づいた。

 控え室で、赤いスウェットに着替え、貴重品は部屋の隅のロッカーにしまって、席に着くが落ち着かない。最初は集団でダンスのテストなので、ストレッチをしてみた。すると、それが、まるで合図であったかのように、みんながストレッチを始めた。大きなミラーに映る自分のストレッチをみんなが真似しているではないか!

「あ、あの……わたし、インストラクターじゃありませんから」

 そう言うと、みんな戸惑ったような顔をしていたが。一人の子が言った。

「じっとしていても落ち着かないから、あなたがインストラクターでいいわよ」  

 で、なんだかリハーサル室のようになり、なまじっか鏡なんかがあるので、ストレッチにも熱が入り、呼び出しのアシスタントの人は、部屋に入るなり驚いてしまった。

「オーディションは、これからなんだけど……」

 さすがに、呼び出しがかかると、みんなは審査会場へと急いだ。

「あ、忘れるとこだった!」  栞は、慌ててロッカーからお守りを取りだした。
 

 ダンスのテストは十人一組で、振り付けの先生から十分間振りを教えてもらい。一分間のダンスを、五人ずついっぺんに審査する。それを二回くり返すと一組が終わり、次の組みになる。

 栞は、一カ所振りを間違えたが、明るく元気に踊り終えた。

「弁護が不利になったときほど、落ち着いて穏やかに」という父の言葉を思い出したからである。振りと不利が掛詞になっていることに気づき、思わず笑ってしまいそうになるくらいであった。

 歌唱テストは、さすがに一人ずつだった。歌はなんとかこなしたが、問題は、その後のスピーチだった。テスト課題には載っていなかった。

「最近のアイドル界、どう思います?」  いきなりだった。

「……正直、音楽とかCDの世界って縮小の方向じゃないですか。でも、これをマイナスにとらえるんじゃなくて、アイドルが自分の力で、自分の形を作っていく良いチャンスだと思うんです。ブームの時は型にハメルだけでカッコつくようなところがありますけど、今はそんな時代じゃありません。アイドルにもプロデューサーにとっても面白い時代だと思います」

「アイドルにとって、大事なモノはなんですか?」

「自信です。それも根拠のない自信。根拠のある自信は、その世界に自分を閉じこめてしまいますが、根拠が無ければ、いろいろ試して持てばいいんですから」

「じゃ、手島さんの、今の明るさは……」

「はい、ただの爽快感です」  

  栞は、思い切りの根拠無しの笑顔に輝いていた……。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・115「ちっとも変わってない……」

2020-04-29 06:18:14 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
115『ちっとも変わってない……』 
      



 甲府の街は十分都会なんだけど、車で十分も走ると凄みの有る山々が迫ってくる。

 その山々を経巡るように三十分も走ると二十一世紀の感覚が無くなってしまう。

 アスファルト舗装にさえ目をつぶれば、ここが縄文時代と言われても「そうなんだ」と頷いてしまうし、信玄公の軍勢が通られますと言われれば、馬蹄の音が木霊すような気さえする。
「ここで舗装道路は終わりです」
 穴山さんが呟くと、それが音声入力のスイッチであったかのように土道の感触がお尻に伝わってくる。

「ちっとも変わってない……」

 美晴の小さな歓声を穴山さんは穏やかな笑顔で受けとめてくれる。

 林を過ぎると騙し討ちのように川が現れ、車は器用に直角に曲がっていく。知らずに突っ込んで行ったら谷と言っていいほどの流れに突っ込んでしまうだろう。

 そして見えてきた……瀬戸内家先祖伝来の城郭と言っていいお屋敷が。

 屋敷の前は、先ほどの川の支流に当たる流れが堀のように横たわり、石垣の上にはしゃちほこが載った二層の門が聳えている。
「しゃちほこがあるのはお城なんだよね」
 そう呟いた時「しゃちほこは火除のお呪いなんですよ」と、穴山さんは幼い美晴に教えてくれた。
 あれから十二年もたっているのに、ほんの昨日のことのように思い出されるのは、あまりに変わりのない屋敷と風景のせい。

 だけど、美晴には大お祖母さまの気持ちが変わっていないことの意思表示のように思えた。

 制服を着てきて良かったと思った。

 生徒会の役目は終わったけど、まだ空堀高校の生徒であることには変わりはない。
 大お祖母さまは――公(おおやけ)の仕事をしているうちは無理強いはしない――ということだったんだから。
 どう切り出して言いかは分からないが、制服は公のシルシだ。瀬戸内美晴という個人である前に空堀高校の生徒である。

 大お祖母さまに会って、なにを話のテコにするかは思い浮かばないが、制服である限りなにかできるはずだ。

「それでは、仕来(しきたり)りですので、ここでお控えください」

 やっぱりと思った。
 瀬戸内家は仕来りにやかましい。
 
 美晴は通された広間の畳の縁を踏まないようにして、上段の二間前に正座して待った。
 座布団は置かれていたが大お祖母さまの指示が無い限り使ってはいけないことも承知している。
 上段は中央が間口二間の床の間のようになっていて、瀬戸内家の代紋を背に厳めしい鎧が据えられて、まるで時代劇に出てくる殿様との対面のしつらえだ。

 瀬戸内家は、甲斐の国に八百年続く地元の名家であったのだ……。

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《ただいま》第七回・由香の一人語り・5

2020-04-29 06:09:12 | ノベル2


第七回・由香の一人語り・5    



※主な人物:里中さつき(珠生の助手) 中村珠生(カウンセラー) 貴崎由香(高校教諭)



 ただいま~ と声をかけて入ると、もう始まっていた。

 私は、このごろ他のカウンセリングの先生のアシもやるようになった。でも珠生先生がメインなんで、由香先生の時間になってきたのでもどってきたのだ。
 珠生先生は、時間を掛けて由香先生に時間を遡らせる。眠った由香先生の唇が動き出した。私は、急いで速記用のパソコンに付いた。


 秋の終わりに再び熊が出た。

 今度は被害者は出なかったけど、警察は猟友会に依頼。脚が悪く、まだ幼い熊が射殺された。
 ショックだった……。
 町に買い出しに行っていた田中さんは、全てが終わってから、そのことを知った。

 二日ほど塞ぎ込んでいたが、三日目には役場に出向き、なにやら直談判……グロテスクでもミゼラブルでも、ここに根を生やさなければ……そんな気迫を感じた。

 その後、熊に関する問題は起こっていない。
 村は、少し変わり始めたようだ……やっぱり田中さんは凄い!

 嬉しい変化は、雪解けと共にやってきた!
 オーナーは強気に出た。
 今年は、春から客が見込めるとにらみ、念願のパートを増員することにしたのだ!
 けっきょくは、あたしと同じ住み込みになるんだけど……幸子さん、あなたがやってきたのです!

 美貌の二十二歳。作家志望の女子大生……え、歳はいいって? ハハハ。

 幸子さんがやってきて、ペンションは、さらに変わりました。
 月並みな言い方だけど、パッと花が咲いた感じ。ロシア文学好きってのもシブイ!
 あたしとは、三つ違うだけなんだけど、女の魅力というやつ。
 あたしが、このペンションで働き始めた時、オーナーの奥さんは、こう言ったものだ。
「女の子が来たんだから、身だしなみとか気をつけてください。お客さんの手前もあるしね。あなたも田中さんも」

 奥さんの忠告は、ほとんど無視された。
 さすがに、お客さんの前では控えていたが、薪割りや荷運びで暑くなると、平気で上半身裸になったり、ゲップをしたり。時にはパーテーション一枚隔てただけの事務所の中で、オナラの競い合いをしていたり、鼻毛を抜いては灰皿の縁に植えたり。

 それが、ピタリと止んだ。

 オーナーなんか、いつも襟付きのシャツを着て、オーデコロンなんか付けるようになり、間違ってもオナラの漫才や、鼻毛の植え付けなどはしなくなった。

 奥さんは、前とは違う意味で忠告するようになった。

 一番大きな変化は田中さんだ。
 
 あの、ブッキラボウズの田中さんが、お喋りになった。と言っても、あくまで以前の田中さんと比べてということで、けして明石家さんまのようになったという意味ではない。
 仕事が一段落したときなど、幸子さん相手に小説やら外国の話をしていたり、互いの身の上話をしたり。ただし、身の上については、双方どこまで本当かは分からない。
 あたしと幸子さんが二人でいるときも、わざわざ幸子さんの方だけ声を掛けたりしていた。

 二人の話は、いつも面白く、新発見や驚きに満ちていたが、あたしは幸子さんのように田中さんと対等に話すことができなかった。

 不勉強と人徳の差。

 あたしは、ただ子どものように大笑いしたり、涙を流したり、怒ったり、ビビッたり。
 ただ、素直な賑やかさで反応する聴講生でしかなかった。
 あたしは、ときどき、その高度な大人の会話に嫉妬した。

 幸子さんは、そんなあたしには気を遣って……いなかった。

 遠回しで意識的な気遣いは、かえって人を傷つけることを知っていたから……。
 ある晩、いつものように大人の会話で盛り上がって……そう、七夕のちょっと前くらい。その日は、あたしには着いていけない文学的な激論になり、あたしは早々と部屋に戻った……うん、あのとき、あのとき。

 くすんで拗ねた心と体をベッドに押しつけても、七夕に近い空と同じくらい目が冴えて眠れずにバルコニーへ。
 頬杖ついたあたしの横……。
 いつの間にか幸子さんがやってきて、ココアをかき回しながら、こう言った。
「わたしと田中さんが喋るのはね、仲が良いからじゃないんだよ。喋ることで互いにガードを張ってるんだ。時々、わたし経由で、ユカちゃんに話しかける。気づいてた? ユカちゃん反応がいいから、田中さん喋るんだよ。あの人は同調よりも感動を共有したいんだ」
「え……?」
「このワカランチン……ユカちゃんの方なんだよ、田中さんが好きなのは」

「今日は、そこまでにしときまひょ」

「今まで、ボンヤリしてたけど、田中さんの顔がはっきりしてきました……でも、この先が思い出せない。幸子さんが、あんなにはっきり言ったのに……」
「核心に近こなってきましたな……」
「田中さんと……なにがあったんだろ……やだ、なんだか、あたし震えてる」
「そやけど、目の輝きは戻ってきましたで。これからは、ええことと悪いことが、いっぺんに出てきまっしゃろ。これ、あげまひょ」
「万歩計?」
「次まで、日に一万歩……」
「歩くんですか?」
「走りなはれ。呼吸が荒ろなったり、心臓がバクバクすんのに慣れなはれ。カウンセリングも胸突き八丁。体から慣れときまひょ」
「はい、ちょっと怖いけど」

 窓の下を見ると、門から走っている貴崎由香先生が見えた。ちょっとハラハラした。

「この仕事は、クランケに付かず離れず。マラソンの伴走者みたいなもんだす。あんたも、そのつもりでね」
「はい」
「ちょっと、おいしいコーヒー買うてきてくれる」
「はい」

 ドアを閉めると珠生先生の、可愛いクシャミが聞こえた……。

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ここは世田谷豪徳寺・94『さつき今日この頃・1』

2020-04-29 05:58:35 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・94(さつき編)
『さつき今日この頃・1』    



 

 アッと思ったら、手のスマホが無くなっていた。

 目の前、電柱一本分先を走っているカットソーとジーンズの女の子が犯人だということに理解が及ぶのに数秒かかった。
「スマホドロボー!」
 と叫ぶのに、さらに二秒かかった。犯人はとっくに、豪徳寺の高架を抜け右に曲がって姿が見えなくなっていた。これは、もう駄目だろうという諦めが湧いてきた。と、思ったら、高架の右側から犯人が左側に駆け抜けていった。
「ド、ド、ドロボー!」
 あたしは、改めて叫んで追いかけた。なんといっても豪徳寺は地元だ、姿さえ見えていたら、路地裏の奥まで追いかけられる。

 と思って走っていると、自転車に乗った北側署の香取巡査が自転車で追いかけていた。

「一応窃盗だからね」

 香取巡査が、取調室で、あたしと犯人の両方に言った。スマホドロボーは、なんと、あたしと同じ東都大の留学生だった。
「周恩華さん、前は無いみたいだけど、単に検挙されてないだけで、初めてだったって言い訳は通用しないよ。さつきさん、どこも怪我してません? ひっかき傷でもしてたら強盗傷害になるからね」
 香取巡査は、冷たい麦茶を置きながら、首筋の汗を拭いた。使ったタオルハンカチは、その横で調書を取っている女性警官のものらしく嫌な顔をしていた。
「怪我はしていません。スマホが戻ったら、あたしはいいんです」
 周恩華という同学の留学生は、固く口をつぐんだまま机の上を見ている。覚悟はしているようだった。あたしは、この周さんは、本当に初めてか手馴れていないのだと思った。慣れていたら、こんな豪徳寺みたいなローカルなところじゃやらないだろう。でも、なんで豪徳寺なんかに来たんだろうって、疑問は残った。
「なんで豪徳寺なんかに来たの? あなたの寮は大学の近所でしょう?」
「……佐倉惣一の家が見たかった」
「え、あたしの家!?」
「え……?」
「惣一は、あたしの兄貴。で、あたしは大学からの帰りで、スーパーに寄って帰る途中だったのよ」
「だったら、失敗するんじゃなかった」
「その発言は重いよ。反省してないし、挑戦的だし」
「あたし、被害届出しません」
「出しなさいよ。そんなことで恩にきたりしないから。麦茶、もう一杯、お巡りさん」
「可愛くないなあ……」
 そう言いながらも、お茶を汲みにいくところが、香取巡査のいいところだろう。
「はい、どうぞ。でもね、なんで佐倉さんち見に行こうと思ったわけ?」
 あたしも、それには興味があった。
「佐倉惣一は、たかやすの乗り組み士官でした。それに『MAMORI』で、佐世保沖の大虐殺の正当化をやってる!」
「そんな言い方やめてくれる。あれはC国の方が先に手を出したのよ」
「先に撃ったのは日本側」
「射撃レーダー照射されて、砲口向けたら、撃ったも同然でしょ」
「でも、C国側には撃つ気は無かった」
「アメリカなら、懐に手を突っ込んだ段階で撃たれてるわよ」
「日本の警察は撃たないでしょ。『銃を下ろせ。下ろさなければ、今度はもう一回銃を下ろせって言うぞ!』なんでしょ?」
「君な、そういうもの言いが自分の首締めるんだぞ」
「締めるんだったら締めてよ。どうせ、日本には居られないし、国に帰っても住む家もないんだから。みんなあんたのお兄さんが悪いのよ」
「冷静になろうよ、周さん」
「あたしは負けない。あたしの兄さんは、あの佐世保沖で沈められた船に乗っていたんだから!」

 目の前でシャッターが下ろされたような気がした。

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乙女と栞と小姫山・30『赤いスウェット』

2020-04-29 05:50:02 | 小説6

乙女小姫山・30

いスウェット』     

 

 

 

「お母さんには二度会い、お父さんには一度も会えへんもん、なーんや!?」
 

 今日の日本史Aの始まりが、これだった。

 まるでナゾナゾ。いや、ナゾナゾそのものだった。そもそも最初の授業がデーダラボッチの話だったし。
 

「むか~しむかし、常陸の国にデーダラボッチいう、雲を突くような大男がおったげな。毎日こいつが海岸に行っては、しこたま貝を口に含んで、もぐもぐして住みかに帰っては、ぺぺぺッと貝がらを吐き出した……これから何が分かる?」
 

 正解は貝塚であった。関東地方で貝塚は海岸線から遠く離れたところで発見される。これは縄文時代の温暖な海進期に、海岸線が関東平野の奥まで達していて、貝が採れ貝塚ができ、二千年ほど昔に始まった海退によって海岸線がひいて、今のそれと変わらなくなった。古代人たちは「なんで、こんな海から離れたとこに貝殻がいっぱいあんねん?」と、思った。で、まさか海岸線が移動したりするなんて思いもつかなかった。ほんでデーダラボッチいう巨人をしたてて、想像力のつじつまを合わせた。

「ファンタジーや思えへんか!?」

 で、デーダラボッチ、ダイダラボッチの分布範囲を黒板の地図に記す。

「これで、縄文時代が温かったのが、ようわかる。農業せんでも、食い物はどこにでもあった。ジブリの作品にも、こいつが出てくるなあ」

 で、ひとしきりジブリの話をして、あとは教科書○ページから○ページまで読んどけ。それで、プレ縄文と縄文時代の話はおしまいである。並の教師なら二週間はかかる。乙女先生の信念は近現代史にある。それまでは、こんな調子。三年の生徒達は、乙女先生の授業をバラエティー番組のように思っている。
 

「答わかったか?」
 

 生徒たちは顔を見交わしクスクス笑うだけ。

「イマジネーションのないやつらやなあ。正解はクチビルや!」

「ええ!?」

「クチビル付けて母て言うてみい」  

 生徒たちは、パパとかババとか言って喜んでいる。

「平安時代は、そない発音したんや。微妙にクチビルが付く。で『ファファ』になる。ほかにも濁音の前には『ん』が入る。今でも年寄りの言葉に名残がある。『ゆうべ』は『ゆんべ』になる。せやから、当時の発音で源氏物語を読んだら『いんどぅれの、おふぉんときにてぃかふぁ……』とやりだす。それも表情筋を総動員してやるので、笑い死に寸前のようになる者も出る。乙女先生は、半分冗談で酸素吸入器を持ち歩いている。

「で、こういう言葉を表現しよ思たら、漢字では間に合わんよって、片仮名・平仮名が生まれた『お』と『を』の発音の違い分かるか?」

 何人かが手をあげる。「O」と「WO」を使い分ける。クラスの1/3が分からない。で、生徒たちに教えあいをさせる。

「え」と「ゑ」の違いも披露し、今の日本語が平板でつまらなくなってきたと脱線して「国風文化」が終わりとなり、来週はめでたく摂関政治と院政のだめ押しをやって「武家社会」に入る。

 乙女先生は、無意識ではあるが、日本史Aという授業の中で、総合学習をやっている。ちなみに、乙女先生は、日本史とはいわずに国史と……たまに言う。
 

「えー、こんなのもらってもいいの!?」

 栞が、喜びと驚きを小爆発させた。昨日来たさくやのお姉さんがMNB受験のためにスウェットの上下とタンクトップをくれたのである。

「へへ、お姉ちゃんも、若かったらやりたいとこや言うてました」

「変わったブランドだね『UZUME』いうロゴが入ってる」

「まあ、一回着てやってみましょか?」

 そこは女の子同士、チャッチャッと着替えてスタンバイ。以前も思ったが、さくやはナイスバディーだと思った。この子が制服を着ると、とたんにありふれたジミ系の女子高生になるから不思議だ。似たようなことはさくやも思った。制服の栞は硬派の真面目人間に見えるが、歌ったり踊ったりすると、目を疑うほど奔放になる。

「これ、ステップとターンが、とても楽にできる!」

「それは、なによりですぅ(^▽^)/!」
 

 MNBのオーディションは明日に迫っていた……。

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魔法少女マヂカ・148『草加の茶屋・1』

2020-04-28 16:53:01 | 小説

魔法少女マヂカ・148

『草加の茶屋・1』語り手:マヂカ   

 

 

 相変わらず混沌としている。

 

 足を着けている小学校の校庭ほどの広さの所だけがきちんとしている。道の脇には草叢や灌木、時には田んぼや畑が広がっていて、昔の街道じみている。前後の道も百メートルほどはきちんとしているが、その向こうは霞がかかって定かではない。

「一昔前のゲームみたいだよ」

「どういうことなんだ?」

「CPの能力が低いから遠くの景色の描画が追いつかないのよ。読み込みながら描画していくから、テンポの速いゲームだったら処理が追いつかなくてフリーズとかしたんだよ」

「そうか、ストレスが大きかっただろうな」

「でも、荒川を渡る前は、まるでバグだったじゃん。いろんなモノがデタラメに現れては消えて」

「ああ、天守閣が走ったり、ゼロ戦がプテラノドンと空中戦していたりな」

「そういうデタラメなのが現れないだけ落ち着くね」

「そうだな……」

 あいまいに返事しておく。魔法少女の悲しさで、ちょっと意識を飛ばすと、霞の向こうには相変わらずのデタラメが見えるんだが、どうやら危害が及ぶようなことはないようなので意識の感度を落としている。

 

 やがて、一軒の茶店が見えてきた。

 

「ちょっと休んでいこうか」

「うん、お団子食べたい」

「姐さん、お茶とお団子二つずつ」

「はい、すぐにお持ちしま~す」

 気のよさそうなオバサンが元気に返事してくれる。腰掛に落ち着くと、二人のコスが変わった。

「あ、時代劇みたくなった!」

 ひざ丈の小袖に菅笠と杖、足には脚絆を撒いてわらじ履きだ。

「どうしよう、草鞋脱いだら、もう履けなくなるよ」

「大丈夫、わたしが履かせてやる」

「じゃ、脱ごうっと(^^♪」

 三百年前は、こういうナリで隠密めいた魔法少女をやっていたので、ちょっと懐かしい。由美かおるがやっていた『かげろうのお銀』は、何を隠そう、わたしがモデルだったりする。

「はい、おまちどうさま。お茶と団子です」

「ありがとう、はい、お代」

 こういう茶屋のお代は商品と交換が原則だ。

「お客さん、草加は初めてかい?」

「え、ここ草加市?」

「市? ここらじゃ草加宿って呼んでるけど」

「田舎者だから、勘弁しとくれ」

「まあ、ゆっくりなさいな。草加を過ぎたら日光まではろくなもんないから」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 お茶をすすっていると、団子から食べ始めた友里が文句を言う。

「……ちょっと、お団子硬い」

「そうか?……ん、たしかに」

 不味くは無いのだが、ちょっと歯ごたえがあり過ぎる。

「あ、やっぱり硬かったあ?」

 オバサンが飛んできた。

「いや、食べられないというほどじゃないんだが」

「ちょっと、ごめんなさいよ」

 オバサンは、残った団子を一つパクついた。

「ああ、たしかに……堪忍ね」

 どうやら時間がたち過ぎて硬くなってしまったようだ。正直な茶店で団子のお代はまけてくれた。

「なんだか、オバサン困ってるみたい」

 どうやら数を読み違えて作り過ぎてしまって、かなりの団子が硬くなってしまったようだ。

 

 ☆・クエスト

 時間がたって硬くなった団子を無駄にしない方法を考えよう!

 

「なんか、クエストが出てきた」

「こんなところで時間を食いたくない、パスするぞ」

 しかし、立ち上がって茶屋を出ようとすると、見えないバリアーに遮られて進むことができない。

「くそ、キャンセルできないのか?」

 

 ☆・ここまでの会話で二人とも『草加』を口にしているので解決しないと進めない(^▽^)/

 

「え、ハメられた!?」

「待て、二人ともと出てるがわたしは言ってないぞ!」

 

 ☆・バックログを確認せよ

 

 空中に現れたメニューからバックログを選択すると……友里が団子が硬いとボヤいたところで、こう言ってしまっている。

『「そうか?……ん、たしかに」』

 あ……ハメられた(;゚Д゚)

 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・114「12年ぶりのニッキ水」

2020-04-28 12:09:01 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
114『12年ぶりのニッキ水』
         




 できることならもう一期やっていたかった。

 でも、三年生は後期生徒会役員選挙には出られない。

 あたりまえ、後期役員は来年の5月までの任期。三年生が役員をやったら任期途中での卒業になってしまう。

 わたしは一年の後期から、通算四期二年間生徒会副会長を務めた。

 辞めるわけにはいかない、辞めればひいお祖母ちゃんとの約束を果たさなければならなくなるからだ……。

 
 お祖母ちゃんは17歳でお母さんを生んだ。お母さんは16歳でわたしを生んだ。
 だから、お祖母ちゃんは51歳、お母さんは34歳でしかない。

 なぜ、そんなに早く子どもを産んだか。


 それが、いま列車に揺られて山梨の田舎に向かっていることに繋がっている……。

 甲府の駅に下りてロータリーに出ると、まるで昨日の今日という感じで穴山さんが立っていた。
「お迎えにまいりました、お嬢様」
「……ご苦労です」
 ほんとは「お嬢様なんて止してください」と言いたかったんだけど、無駄だと分かっているので止した。抗えば、穴山さんは礼をもって「そうはまいりません」から始まってしばらくは喋ることになり、その話の内容は、ロータリーに居る地元の人や観光客の耳に留まり、場合によっては写真や動画に撮られかねないからだ。わたしは、ちょっとしたこだわりで学校の制服を着ている。制服姿で撮られては空堀高校と特定されてしまい、特定されて関係者に見られたら、すぐに瀬戸内美晴と知れてしまう。

 それだけは避けなければならない。

 数日後、無事に大阪に帰ることになっても。このまま死ぬまで田舎に留め置かれることになっても……

「穴山さん、ちっとも変わりませんね」
 ロータリーから車が出て、五分もすると沈黙に耐えられなくなり、自分から声をかけた。
「嬉しゅうございます、ひょっとしたらお屋敷まで口をきいていただけないのではないかと心配いたしておりましたから」
「穴山さんには何もありません。大お祖母様にもありません、ただ、この身体にも流れている瀬戸内家の血が疎ましいだけです」
「……それは、この穴山が嫌いと言われるよりも辛うございますね……お嬢様は、お心に留まるような殿方はおいでではなかったのですか」

 あ、と思った。

 穴山さん、家令としては踏み込み過ぎた物言いだ。
 穴山さんは、大お祖母様に会わざるを得ないわたしを哀れに思ってくれているんだ。
 お祖母ちゃんもお母さんも、いまのわたしと同じこの運命を避けるため、18歳に満ちるまでに子どもを産んだんだ。
 同居人のミッキーの顔が浮かんだ。
 お母さんがミッキーをホームステイさせたのは、それも自分もお祖母ちゃんも仕事で居なくなった時にホームステイさせたのは狙ってのことだ。
 でも、それにはのらなかった。
 ミッキーはダメだよ。趣味じゃないんだよ。

「クーラーボックスにニッキ水が入っております」

「え、ニッキ水!?」

 わたしも18歳の女の子だ、好きな飲み物、それももう飲めないと諦めていたものを見せられると心が弾んでしまう。
「もう作っているメーカーも少のうございましてね」
「そうでしょ、わたしも12年前に田舎で飲んで以来だもの」
「それが、お嬢様、そのニッキ水は大阪で作っているんでございますよ」
「え、あ、ほんと」
 ボトルという今風が似合わない瓶の側面には大阪は都島区の住所があった。
「不器用なものですから、お嬢様のウェルカムに、こういうものしか思いつきませんで」
「ありがとう、穴山さん」

 わたしは、シナモンの香り高いニッキ水を口に含んだ。

 12年ぶりの大お祖母さまとの再会にカチカチになっていく肩の凝りが、ほんの少しだけ解れていく……。
 

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《ただいま》第六回・由香の一人語り・4

2020-04-28 12:00:24 | ノベル2

そして ただいま
第六回・由香の一人語り・4   



 

 カナダの熊オヤジは、こう言った。

『ハハハ、クマの見舞いに来て、クマもらってしまいました』
 なかなか懲りない性格のようだ。
 田中さんは、少し怖い顔のまま頭を掻いた。
 カナダのお友だちは、あたしの耳元に寄ると、大きなヒソヒソ声で言った。
『ユカくんは……』
 そこまで言うと……。

 バシッ!

 お友だちの顔に、もう一匹クマが増えた。奥さんとあたしはビビッた。
 でも、不思議なことに、田中さんは、このお友だちを尊敬している。
 カナダに住み着こうと思った田中さんを思いとどまらせてくれたから。
『たとえ荒れていても、君は、日本の自然の中にこそいるべきなんだ。居心地が良いというだけでカナダに居たら、それは、ただのエスケープに過ぎない……例えグロテスクでも、ミゼラブルでも、人は、自分の場所にこそ根を生やすべきだ』
 この忠告が身にしみるには、互いの体に何匹もクマやアザラシを飼うことになったらしい。今さら一匹や二匹のクマが増えても、屁でもないらしい。

 でも、田中さんは、例の子熊のことは気遣っていた。あの怪我では、たとえ母熊がいっしょでも、その年の冬を越せなかったからだ。

 日本とカナダの熊オヤジたちは、その日、夜遅くまで、まるで身内の子どものように熊の心配をし。奥さんとあたしは、冬物のカーテンを出し、朝食の仕込みをした。そして、もう一人人手が欲しいなあと話し合った。

 それからの、あたしたちに、とりたてて変化はなかった。
 あいかわらず田中さんは、ぶっきらぼうだし、あたしもヘマばかりしていた。
 でも、仕事の流れが良くなり、あまり肩が凝らなくなってきたことは嬉しい。
「ようやく、ペンションらしくなってきた」
 オーナーも、夏の暑さと共に頬を緩めるようになった。

 その年の秋と冬は、お客さんに急病人が出たり、ボイラーが故障し、お客さん達も従業員も一晩暖炉の前で過ごした。いろいろ話をしたり聞いたり、その都度ペンションのみんなが力を合わせて乗り切ってきた。

 お客さんの子どもが行方不明になったときは大騒ぎだった。

 その時は、ご近所総出で助けていただいた。
 そして、なんと、隣の例の……ほら旧家のボンボンが発見!
 見つけたときは、このボンボンといっしょにポロポロ涙流してる自分に気づき、あたしも、ここの住人になりつつあるんだなあ……と、こそばゆく感じはじめていた。迷子の子もポロポロ……安心と嬉しさで泣いているのかと抱きしめたら……足を骨折していた。

 こそばゆさなんか、いっぺんに吹っ飛んで、慌てて連れて行った救急病院……。

 待合室では、ボンボンの視線を感じた。
 レスキューの感動を共有したことで、今さら妙な感情を持たれては困るので、意識的にボンボンを視界から外し、コチコチと響く時計の音に耳を傾けていた。
 気づくと、時計の下に里山の写真……。
 山で出会った子熊のことが思われた。
 診察が終わり、これからの治療の説明が始まる頃。田中さんが、子どものご両親と、あたしの交代要員にオーナーの奥さんを車で連れてきた。

 帰りの車中、田中さんに一部始終話し終えると、田中さんはコックリ頷いた。
「できたら、診察室で、子どもの手を握ってやると良かったね」
 そこまでは気が回らず、甘えるように話している自分を恥ずかしく思った。
 でも、時計の下の里山の写真で思い出した子熊のことを話すと、びっくりするほどあどけないウィンクが返ってきた。
 思わず、田中さんにハグしたい衝動にかられた。
 田中さんは、急ブレーキで、その衝動に応えた。
 夜道に飛び出してきたタヌキを恨めしく思った……。

「今日は、そこまでにしときまひょ」

 珠生先生は、いつもいいところで止めてしまう。
「だいぶ、充実した青春時代を思い出したようやね?」
「……ほとんど忘れていたことばかりです」

 私でも分かった。由香といっていたころの貴崎先生の思い出が、回を重ねるごとに深くなってきている。
 でも、なんで、こんなに面白い……と言っては失礼だけど、充実した青春を心の中に封じ込めてしまっているのだろう?

「今日は、ちょっとハイになりすぎるような気ぃがしたから、止めましたんや」
「私は、なんだか楽しみになってきました」
「あの、明るさには影がおます。そやないと心の奥には、仕舞うたりしまへん」

 貴崎先生は、最初に来たときとは見違えるほどに元気な足どりでセンターの門を出て行くところだった。

 つづく

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ここは世田谷豪徳寺・93『MAMORI』

2020-04-28 11:24:20 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・93(惣一編)
『MAMORI』
         


 

 その日、課業が終了すると私服に着替えて横須賀の街に出た。

 明菜はカウンターの奥に座っていた。
「半年ぶりだな」
 そう言いながら、マスターに「いつもの」という顔をしておいた。
 この店は、志忠屋3号店といって、イタ飯屋の看板をあげた無国籍料理と酒の店だ。
「あたし、こんなことをやってるの」
 明菜が名刺を出すのと、ピザが出てくるのが一緒だった。
「あ、あたしのピザなのに……」
 ピザの一枚を見敵必殺の呼吸でかっさらうと、明菜がさくらを思い出させるように膨れた。
「妹みたいなこというなよ」
「さくらちゃんはスターよ」
「明菜だってスターだ」
「あたしが?」
「流れ星だけどな。一瞬輝いたかと思うと、すぐに消えちまう……丸川書店MAMORI編集 白川明菜。今度は雑誌社か」
「元防大で採用。女子にターゲットを絞った防衛雑誌。実はね……」
 明菜は、この半年を超える空白を埋めるように多弁だった。以前は、こんなに自分から喋る奴じゃなかった。
「はい、いつもの。特盛とレギュラーにしといたよ」
 マスターが、そう言いながら定番の海の幸のパスタを並べてくれた。
「レギュラーじゃ足りないだろう。オレの少しやるわ」
 フォークとスプーンで、適量分けてやる。
「マスター、ソーセージの盛り合わせも。二人分」
「いいぜ、佐世保沖の記事。一応室長の許可はとらなきゃいけないけどな」
「単に海戦のことだけじゃなくて、手のひら返したような政府と国民の意識も平行して、これは、あたしが書くんだけど」
「その原稿は、あらかじめ見せてくれよな。うちは表に関わることは書けないから」
「大丈夫、文責ははっきり区別しとくから。もちろん事前に見せるけど」

 そのあと、薩摩白波を酌み交わし、脈絡のない話の末に明菜がポツリと言った。

「自衛隊が、本当に戦闘やるなんて思わなかった。惣一がサルボーとかテーッなんて実戦で叫んでるとこなんて想像つかない」
「おれは、たかやすじゃ居候みたいなもんだったから、ただ吉本艦長のケツにくっついいていただけさ」
「でも、いずれは、そういう立場になるんだ……」
「……そうだな」
 吉本艦長の姿が頭をよぎり、少し厳粛な言い回しになってしまった。
「惣一……」
「うん……?」
 オレは前を向いたまま、明菜の言葉を待った。へんな沈黙になってしまった。
「じゃ、今夜はありがとう。これがうまくいったら、本採用になれるかもね。いいからいいから、経費で落としとくから」
 そういうと明菜は伝票を掴んで、レジに行った。
「あ、小銭ないから、崩すね」
 マスターは、そう言って万札をオレにつきつけた。
「もう少し砕けろや。私服なんだしよ」
「え、ああ……」
 万札を崩しながら、あいまいな返事にしかならない。
「あ、経費なら領収書いるよね。ごめん切らしてるから、こいつに買わせにいかせるから。一尉さん、そこの文具屋まで行って、水でも飲んで」

 言われるままに領収書を買ってきた。マスターはゆっくりと領収書を書いた。

「今度、惣一が命令するとこ見たいわね。あんた、年上の部下にはまだ『実施』としか言えないんでしょ」
「んなことねえよ。明菜も……」
「なによ」
「いつか、かっこよく命令するとこ見せてやっから」
「ハハ、できたら、You Tubeにでも投稿しといて。じゃ、またね」
 最後は、いつもの調子で明菜は、ドアの外に消えた。

 マスターに、思い切りケツを蹴り上げられた。

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乙女と栞と小姫山・29『御宅皇子』

2020-04-28 11:15:48 | 小説6

乙女小姫山・29

『御宅皇子(おたくのみこ)』     

 

 

 

 技師の立川さんは驚いた。
 

 ついさっき登ってきた階段の下、そこにあるベンチに桜色のワンピースを着た髪の長い女性が座っていたからである。 

 中庭の「デベソが丘」は、この学校が出来る時に、敷地内にあった方墳を調査の後取り壊したのであるが、記念に1/4サイズのものを作り、記念碑のようにした。

 府教委としては、なんとかギリギリの対策であった。むろんお祀りや、神道の行事めいたことはいっさいやっていない。 

 青春高校の前身のころは生徒のいい遊び場であったが、怪我人がちょくちょく出るので、学校としては立ち入り禁止にしようとまで考えたが、生徒の方が自然と寄りつかなくなった。怪我だけではなく、ここに登ったカップルは別れてしまうというジンクスがたったからである。 

 一応、中庭の掃除にあたった生徒が、ここも掃除することになっていたが、立川さんは、方墳の真ん中、ほんの一坪分に校内にあった石を貼り付けてフキイシとし、中央に大きなまな板ほどの石を置いて、見る者が見れば塚らしく見えるようにして、この一坪余りの掃除は自分で朝夕二回するようになった。 

 朝は、ほんのひとつまみの塩を置き、白いおちょこに水を供えて手を合わす。水は、そのあとすぐに塩にかけて、宗教じみた痕跡は残らないように気を付けている。 

 で、今日も、その日課を果たすため、このデベソが丘に登って、儀式を終えたところである。それが振り返ってみると、今の今まで気づかなかった桃色のワンピースと目が合って、まるで悪戯を見つけられた子供のようにうろたえた。 

「どうぞ、そのままで……」  

 女性は、ほとんど声も出さず、口のかたちと仕草で、気持ちを伝えた。
 

「卒業生の方ですか?」 

「いえ、こう見えましても保護者です」 

「え……あ、お姉さんですか?」 

「はい。近所なもので、ついでに寄らせていただきました。御宅皇子(おたくのみこ)のお墓守をしていただいてありがとうございます」 

「さすがはご近所。お若いのに、この塚の主をご存じなんですねえ」 

「継体天皇の、六番目の皇子……ってことぐらいしか分かりませんが、昔から、この在所の鎮守さま同然でしたから。ひい婆ちゃんなんかは、毎朝、ここと鎮守様には手を合わせていました」 

 そういうと、女性は、ささやかに三回手を打って、軽く頭を下げた。 

「ご用はお済みですか。なんなら担任の先生に……」 

「ええ、もう用事はすみました。あの子の元気な姿もみられましたし」 

「妹さんには……」 

「フフ、ほんの一睨みだけ。それでは、ごめんなさいませ」 

「はい、あ、どうも……」 

 立川技師は、年甲斐もなくときめいている自分を持て余し。腰にぶら下げたタオルで顔を一拭きした。
 

「……でも、どうして妹って思ったんだろう?」

 弟ということもあるだろうに、迷うことなく妹と感じてしまった。 どころか、その子の顔まで分かったような気がした。顔も、性格もまるで違うのに……。
 

「ということで、来週月曜は臨時の全校集会とし、駅までの清掃をいたしますので、ご協力お願いいたします。役割分担等は、レジメに記してあります。ま、細かいところは保健部出水先生に、よろしく」 

 定例の職員会議で、生指部長を兼ねる首席の筋肉アスパラガス桑田が発言した。 

 前回の生指部会は官制研修で抜けていたので、乙女先生は知らなかった。

 近所で評判が悪いことを知っているのは自分ばかりではなかった。そういう安心感はあったが、せめて一言言えよなあ、と乙女先生は思った。 

 職会に出てくるということは、運営委員会でも発議されているはずで、それ以前に部会にかけて……。 

 そこまで思って、乙女先生は、自分の官僚主義的な考えに苦笑した。この半月は栞にまつわる事件……と言っても栞に落ち度はないんだけど、落ち着いた学校運営など出来ていなかった。これぐらいのフライングは良しとすべきであろう……と、乙女先生は思い直した。

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ジジ・ラモローゾ:032『なんだ、京都に行きたかったのか』

2020-04-27 13:56:24 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:032

『なんだ、京都に行きたかったのか』  

 

 

 とりあえず家に居よう!

 

 ゴールデンウイークについての県知事のスピーチ。

 よその都道府県でも似たようなことを言ってる。コロナウィルスが蔓延してるから仕方がない。

 

 わたしの住民票がある東京の都知事も同じことを言ってる。都知事は毎日記者会見やってる。

 大事なことだからなんだろうけど、都知事は、ちょっと楽しそう。生き甲斐感じてますって感じ。

 洋服のセンスもいいし、メイクも髪のセットも決まってる。音楽の先生みたい。クラスのBさんが「先生、いつもきまってますねえ!」と称えた時「音楽は音が楽しいと書くの、先生は、率先して楽しい雰囲気を心がけてるのよ(^▽^)/」と答えた。

 音楽の先生は、担任を持ってないし、分掌も図書部ってとこだからと思ったけど、先生にもBさんにも言わない。

 

 総理は、ちょっと頭が重そう。呪いを掛けられて頭が石化……してるわけじゃない。

 あきらかに、二か月は散髪に行ってませんという頭。床屋さんは三密だから、うかつに散髪したら、また野党や『安倍ガー』の人たちに非難されるから? 奥さんの事でもさんざん言われてたしね……て、よく見たら、ちょっと疲れたご様子。わたしに無期停学を申し渡した時の校長先生みたい。

 

 大阪の吉村知事は、ここんとこ寝てませんという感じ。

 目の下にクマが出来て顔色も悪い。『寝ろ吉村!』ってコメントがたくさん付いてた。どこかの県知事は『寝てろ○○!』だった。『て』が入るかどうかで意味が逆になるんだね。吉村知事は新任二年目でヤンチャクラスの担任をやらされた新藤先生に似ている。

 

 さて、ネットニュースの後は、グーグルマップ。

 

 こないだは、行きたいところを探っているうちに、おづねとチカコがやってきて目的を果たせなかった。

 実はね、京都に行ってみたいんだ。

 中学の修学旅行で行き損ねた。

 それで、せめてグーグルマップのストリートビューで旅行気分を味わいたいわけさ。

 でもね、生まれついての方向音痴ってか地図オンチ。京都府までは分かるんだけど、その次のレベルが分からない。宇治とか伏見とか嵐山とか、ぜんぜんたどり着けない。

 今日は、お茶とお菓子も用意したし、ゆっくりGWの旅行を楽しむんだ。

 

『なんだ、京都に行きたかったのか』

 

 お茶に手を伸ばしたら、ペットボトルの陰からおづねが現れた……。

 

 

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