大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

乙女と栞と小姫山・01『乙女の転勤・1』

2020-03-31 09:20:28 | 小説6

乙女と小姫山・01   
『乙女の転勤・1』         

 

 

 

「は……」

 思わず声になってしまった。

「オホン……だから、佐藤乙女先生の転勤先は、小姫山青春高校です」

 どうやら校長は、乙女先生が転勤先の学校が気に入らないのかと思い、バーコードを撫でつけ、いささか緊張して言い直した。

 乙女先生は、名前に似合わず、学校で、いや校長会でも、ちょっと名前の通った女傑である。
 若い頃は(今も実年齢より若く見えるが)駅のホームで、他校生とケンカをしてボコボコにされていた受け持ちの悪ガキを助けるために、相手のK高校のアクタレ五人を叩きのめしたこともある。指導もきびしく、喫煙で捕まった生徒がシラバックレようなものなら「ええかげんにさらせよ!」と、シバキ倒した。
 ガキ(子どもというようなカワユゲなものじゃなかった)のころから、ケンカ慣れしていて加減というものを知っている。シバキ倒しても鼓膜を破ったり、口の中を怪我させたりはしなかった。
 今は、さすがに生徒に手を出すことはしなくなった。セクハラや体罰に世間がうるさくなってきたからで、乙女先生の心情が変わったわけではない。実際十年ほど前の過渡期には、思わず手が出てしまい、戒告をうけたことがある。

 それからの乙女先生は言葉である。岸和田の生まれなので、人を叩きのめす言葉は、絶妙のタイミングと、ボキャブラリーの中から何百通りでもでてきた。

 事実目の前にいる校長は、前々任校では、乙女先生の同僚で平の教師、組合の分会長であった。組合がN教組から、独立してZ教を作ったとき、乙女先生は吠えた。
「ええかげんにさらせよ、ネチネチとオッサンらシンキクサイんじゃ!」
 乙女先生は、昨日まで組合の幹部が、こう言っていたのを覚えている。
「D教組が上部のN教組を抜け、新しい組合組織に入るのには、組合員の全員投票が必要」
 それが一晩で、こうなった。
「新しい上部組合に入るのではなく、新しく自分たちで創るんだ」
 乙女先生には屁理屈としか思えなかった。
「自分たちで、新しい組織を作るんだから、全員投票の必要はない。各学校ごとの分会の決議でいけるんや!」
 この手のひらをかえしたような変貌ぶりを一言で見限った。
「あほくさ」
 で、すぐに組合をやめた。そしたら数人の幹部の先生に呼び出され、椅子に座らされて取り巻かれ、刑事ドラマの犯人が刑事達に尋問を受けるようなかっこうになった。
――ああ、これが、M集中制っちゅうやつで、今のウチの状況を総括ていうねんなあ。
 乙女先生の辛抱は五分で切れた。

で……。

「ええかげんにさらせよ、ネチネチとオッサンらシンキクサイんじゃ!」

 と、なったわけである。

 むろん校長は、そのネチネチ組の中に入っていた。日の丸、君が代にも当然反対で、あのころは卒業式そのものをボイコットして、校門前で式に参列する保護者たちにビラを配っていた。その同一人物が、つい先月の卒業式では、国歌斉唱のとき、起立しない教職員の頭数を数えていて、乙女先生と目が合うと、サっと目線を避けた。

 そんなこんなで、校長は、乙女先生が、転勤先に不満を持ったと思ったのである。

 乙女先生は、ただ、学校の名前がピンとこなかっただけである。数秒後思い出した。
――四年ほど前に、統廃合されて、そんな学校ができたなあ……。
 その思い出すまでの数秒間、乙女先生は校長の目を見っぱなしであった。特にウラミツラミがあってのことではないのは、読者にはお分かりのことと思う。ただ、校長は蛇に睨まれたカエルのように長い時間のように感じられた。


――これが学校の看板か……。

 小姫山春高校の校門の前に立った、第一印象が、これであった。

 乙女先生の常識では、学校の看板とはブロンズのレリーフで重々しいものであった。
「大阪府立小姫山青春高等学校」の十三文字は、キラキラのステンレスの貼り付け文字。いかにも軽々しい。校舎は、統廃合前のS高校の校舎を、そのまま使っているので、どうにもアンバランス。なんだかテレビドラマのロケに使うためにイカニモつけました。と、いう感じ。

 乙女先生は、最近の公立高校の名前の付け方は気に入らなかった。何年か前までは、条例で「学校名は地名を冠するものとする」と決められており、例外は廃校になった准看護婦養成の女子高と、八尾市から引き継いだ伝統校だけであった。校名を具体的に書くことははばかられるが、なんだかラノベに出てきそうな校名が多く、どうにも軽々しい。なによりも地名を冠しないことで地域との結びつきが希薄である。で、希薄になった分、逆に地域からのクレームが増えた。これは、単に校名の問題ではなく、地域がコミュニティーの存在としての意義を失ったからであろうが。

 そんなことを思いつつ、校門前に佇んでいると後ろから、バリトンの東京弁で声をかけられた。
「保険の勧誘ならだめだよ、今日は会議と作業で、先生たち手一杯なんだから」
 振り返ると、四十前後のニイチャンが、スーツ姿で立っていた。
――なんや、こいつは?
――なんだ、こいつは?
 同じ表情が、二人同時に顔に浮かんだ。
 ビックリしたのか、小鳥が飛び立ち、五分咲きの桜の花びらハラハラと舞い落ちた……。

 

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戯曲:シャボン玉創立記念日・4

2020-03-31 06:43:07 | 戯曲
シャボン玉創立記念日・4         
                   大橋むつお
 
 
 
 
 
時・ 現代ある年の秋
所・ 町野中学校
人物・
岸本夏子   中三
水本あき   中三
池島令    町野中の卒業生歌手
池島泉    令の娘、十七、八歳
 
 
泉: お母さんが言いたかったのは、ここ。いつまでもそれじゃだめだってこと! 補習いやさにジャズ始めたら、楽しくってたまんなくなっちゃうって映画あったよね、スウイング……なんとか……彼といっしょにいたい、そこからでいいんだよ。それで歌が好きなら……あたしの母さんね、ほんとは役者になりたかったの。
夏子: でも、時々ドラマとか出てるでしょ?
泉: それは副業。本業はあくまでジャズシンガー。
夏子: その役者志望がどうして……
泉: 彼が役者だったの。ある時、デートしてて、会話が途切れちゃってさ。そう、横浜の山下公園、そこで彼が、不慣れな歌の話をしたの。男ってカッコつけたいときって、あるじゃん。「かもめの水兵さん」て知ってる?
あき: 知ってます(歌う)かもめの水兵さん、ならんだ水兵さん(ここから泉も和して)白い帽子、白いシャツ、波にチャプチャプ浮かんでる。
二人: アハハハ……
泉: お互い古い歌知ってるね。
あき: 泉さんも……
泉: お母さんとは、ちょっと趣味ちがうけどね。 
夏子: あたし、それ知らない。
泉: ちょうどいい、今の歌、どんなふうに聞こえた?
夏子: えと、カモメがチャプチャプ。無邪気に子供が水遊びしてるみたいな……
泉: 楽しい歌でしょ?
夏子: はい、保育所の生活発表会みたいな。
泉: あたしも、いい童謡だと思う。この歌に関してはお母さんと趣味一致。それがね、その彼は反戦歌だって言うの。
二人: ハンセンカ?
泉: 戦争に反対する暗い歌。軍歌と同じくらいあたしは嫌い。
夏子: どうして、そんな風に聞こえるんですか?
泉: この歌、ゆっくり歌うとね、特に最後のとこ(歌う)波にチャプチャプうかんでる……
夏子: 変なの……
泉: でしょ。母さんの彼は、戦争で死んだ水兵さんの死体が浮いている姿を歌い込んだもんだって、知ったかぶりするわけよ。
夏子: 嘘でしょ、この歌は絶対そんな歌じゃない
泉: そう、お母さんもそう言った。昔、そういうひねくれた感覚で芝居すんのが流行ったんだって。彼も、ちょっと気の利いた話しをするつもりで、ついホラふいたんでしょうね。
あき: それは歌を侮辱しています!
泉: そう怒るのは、あんたが歌を愛してるからよ! 広く言えば、お母さんや、あたしたちと同じ仲間だってこと。むろん、杉村君もね。
あき: で、お母さんは、どうしたんですか? わたし、そっちの方も興味津々!?
泉: 若かったのね、彼氏と別れたのはもちろんのこと、お芝居までやめちゃった。……若い頃って、許せないとか悪いとか思っちゃうと、ハサミでものをちょん切るように切っちゃう……と、うちのお母さんは言うわけ。でもこの彼氏って、けっきょくあたしのお父さんになるんだよ。
二人: ……え!?
泉: それから、切れた二人は方やジャズ、方やお芝居をグルグルっと遠回りして、三年後に出会ってくっつき直したってわけよ、おかげで娘のあたしは……どう、あき、ちっとは気が変わった?
あき: はい、自信がわいてきました! 上原先生に、きちんと話してきます。
夏子: むろん、杉の森だろ!?
あき: もちろん! あ、泉さん、これからも手紙とか出していいですか?
泉: メールでいいよ、手紙書くの大変だろ?
あき: わたしって、そういうとこ古風なんです。
泉: あたし筆不精だから三度に一回くらいしか出せない……電話でもいい?
あき: もちろん!
夏子: 住所とか電話は、わたしが伝えておくから、早く行かないと職会はじまって、杉の森ら外されちゃうよ。今日は進路調整のための職会だから。
あき: じゃ、また手紙書きます、ありがとうございました! じゃ夏子また明日!
夏子: え、ほんとに急いでたの?
あき: うん、明日婆ちゃんの法事だから、ごめん、じゃ、失礼します!(下手に退場)
 
   しばらく見送ったあと泉は上手正面方向に、両手で大きな○を示す。
 
夏子: 何してるんですか?
泉: 杉村君に成果を報告してんのよ。(大声で)グッドラック!!
夏子: 杉村君、知ってたんですかこのこと?
泉: 彼も、あきに負けないくらい好きなのよあきのこと。青い顔して上原先生に……夏子君と同じこと言われてた「人の問題に首を突っ込むな」それで、一肌脱いじゃったのよ。
夏子: じゃ、お母さんに頼まれたってのは?
泉: 本当だよ、「正しく伝わるように話といて」そう言った。でも、お母さんは一枚上手……のつもり。
夏子: え? 
泉: これ、あたしの名刺、あきに渡しといて。
夏子: はい。これ、あきのアドレスとか住所とか……
泉: はいはい……はい。(素早く自分の携帯にうちこむ)
夏子: あの、泉さん?
泉: え?
夏子: この肩書きに書いてあるニートってなんですか? ニート・池島泉……
泉: へへ、すねっかじりをキザに書いただけさ……わからない?これといった仕事もしないでブラブラしてる奴のこと。
夏子: だって、泉さんは、お母さんのアシスタントやスタッフのお仕事を……   
泉: 何もしないで食わしてもらうわけにもいかないしさ……わたしに合うようなシャボン玉がまだ見つからないの。あたし高一で中退したから、資格は中卒……ほらほら、そういう珍しい動物を見るような目で人を見ちゃいけません。               
夏子: ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……
泉: お母さんは何かさせたいことがあるみたいだけど、ぜったい言わない。
夏子: 自分のしたいことは自分で見つけるしかないから。自分もそうやって生きてきたからね、今さら娘にはいえないでしょ。だから、こうやって自分の仕事にひきまわしていろいろパシリをさせるわけ。その中からなにかをつかむだろうって……
夏子: わたしみたいに、なんとなく高校いっちゃうのは軽蔑します?
泉: しないしない、遅い早いの違いだけだから。ただ、こういうあたしを軽蔑する奴をあたしは軽蔑蔑する。
夏子: あ……
泉: どうかした?
夏子: この名刺、手描きじゃないですか?!
泉: え、うそ……ほんとだ、原版だ。
夏子: 原版?
泉: うん、半年くらいで新しい名刺に替えてるの。原版は、ここ一番大切な時とか人用に……
夏子: 返しましょうか……?
泉: いいよ、無意識だったけど、今日は、とっても大切な出会いの日だったのかもしれない……だからひょいと手描きの原版を……ハハハ、今日は創立記念日だ、ひょっとして。
夏子: はい?
泉: 新しいいろんなもの、目標とか、友情とか、勇気とか、愛情とか……ま、とにかく諸々の創立記念日(インカムから声がする)わかった今いく。撤収の準備ができたみたい。夏子、家はどこだ?
夏子: 駅前東の団地です。
泉: よし、途中までのっけてやろう。ただし、トラックの荷台だけどな。
夏子: ほんと? 嬉しい!
泉: じゃ、あたしは荷物とってくるから、裏門のトラックのところで落ちあおう、じゃあな!(元気よく上手に去る)
夏子: はーい!……こうやって、創立記念日の陽は西の山並の中、穏やかにやすらごうとしております。東の空には気の早い星々が、この記念日を言祝ぐように煌めきはじめております。そう、わたしにも、この岸本夏子にも、ほんとうは胸に秘めた夢があります。今日は、それが宵の明星のように、かすかに、でも、くっきりと輝いたような気がします。今日は、そんなわたしたちの目出たいシャボン玉創立記念日の良き一日でした(裏門とおぼしきあたりからトラックのクラクション)はーい、今行きます!
 
 
 夏子のこの独白の最初あたりから、エンディングのテーマFIし。最後、夏子が今一度惜しむように、まぶしく西空をあおぎ、上手にゆるゆると駆け出したところで、急速にFUし、幕が降りる。     
 
 
 
※ 作者メモ
 ボーイズ、ビー、アンビシャスというような、五十を過ぎたおじさんからの、言うのも恥ずかしいピュアなメッセージです。令と泉の二役をやる人、きりかえを大切に……でもこの親子、似た者同志です。夏子はキリっと、あきは、思いつめてはいても、けっして弱々しくハ演じないでください。説教くさい芝居にもならぬよう、明るく演じてください。
 
 ※ 上演される時は下記までご連絡ください 
🏣 581-0866
 大阪府八尾市東山本新町 6-5-2   大橋 むつお
 
 上演料は、文化祭、コンクールだけでなく、自主公演でも入場料を取らない無料公演の場合は頂きませんが上演許可はとるようにしてください。有料公演の場合は一万円以上になります。 
 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・86「えと、一番近い知り合い!」

2020-03-31 06:25:28 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)86

『えと、一番近い知り合い!』   


 

 パーーン!

 久々に銃声かと身を縮めたのは自分がアメリカ人だからだろう。

 
 日本人なら銃声なんてドラマやアニメの中でしか聞いたことが無い。
 だから銃声というのは、ズキューン! ズバーン! などとエキセントリックな音がするものだと思っている。
 本物の銃声は乾いた音がする。そう、たった今のみたいに。
 撃たれたことは無いけど、銃声はシカゴでも数回耳にした。ギャングの発砲だったりお巡りさんだったりするんだけど、今のみたいに「パーーン!」なのよ。

 で、それは銃声では無くて、自分の自転車がパンクする音だった。

 カクンカクンと、タイヤのリムが直接アスファルトの路面を噛む衝撃で分かった。

「アチャー😵」

 こういう時にも日本語が出てくるのは、骨の髄から日本に馴染んだ証拠。
 でもね、黙ってりゃブロンドの白人少女、自分で言うのもなんだけど可愛い。
 サエカノに出てくる澤村・スペンサー・エリリに似ている。
 特に今朝は、中学の時のジャージにTシャツ。これって、エリリの定番だったりする。
 こんな街中、困った顔して佇んでいたら高い確率で声を掛けられる。十中八九オトコからね。

 思えば気合いが入りすぎていたんだ。

 美晴に頼まれて家庭料理のあれこれをレクチャーしに行った。面白そうなので演劇部の一同も付いて来て、とても盛り上がった。
 美晴は見かけに反して、ちっとも料理はできない。出来ないくせに居候のミッキーに「飯ならまかせとけ!」なんて請け負ってしまった。お婆ちゃんとお母さんが居ない一週間だけなんだけど、ボロが出ないようにしなくちゃならない。

 日本に来てから書き溜めたレシピノートを持ってって腕を振るったわけ。

 一週間はともかく四日くらいはいけそうな品揃えになった。
 でもね、家に帰ってから気が付いたのよ。
 あの品揃えのコンセプトは『まずは胃袋から、男を虜にするレシピ百選』だった。

 美晴がミッキーのハートを射止めようとか思ってるんだったらピッタリだったわよ。

 でもね、美晴は基本的にミッキーが疎ましい……とまではいかなくても、好意を寄せられるのは勘弁なんだよね。
 わたしの料理を三日も食べたら、男なら――彼女はオレに気がある!――ぜったい誤解する。
 演劇部の天敵である生徒会副会長の美晴だけど、それとこれとは別よ!

 そんなこんなを悩んでいたので、秋晴れの今朝――ヨーシ、今日は自転車でカットブぞ!――てんで、自転車に気合いと空気を……入れ過ぎた。

 ホームステイ先の渡辺さんちに電話すればいいんだけど、きっとパパさんが車で迎えに来てくれる。だけど、それって申し訳ない。
 人間、一つ失敗すると、連想ゲームみたいに過去の失敗の記憶が蘇ってくるんだ。
 で、直近の悪夢である『美晴んちでお料理に励みすぎ』を思い出してしまったわけよ。

 あ、ヤバイ、学生風の二人がこっち見てる。
 日本語わっかりませーん! を装ってもいいんだけど、近頃のスマホには翻訳機能が付いていたりする。

「えと、一番近い知り合い!」

 スマホに呼びかけると一件ヒット。
 なんと、100メートルも行けば美晴の家ではないか!

 大学生風がこっちに歩いてくるので、迷わずに電話するミリー・オーエンであった!

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坂の上のアリスー36ービーナスブリッジ

2020-03-31 06:16:30 | 不思議の国のアリス

坂の上のアリスー36ー
『ビーナスブリッジ』   
                 


 

 うわーーーーー!

 五人とも歓声を上げるだけだった。

 

 らせん階段を上がると、神戸の街と港が一望のもとに広がっている。
 なんというか、景色としての完成度がハンパない。
 知識では、函館の100万ドルの夜景も横浜の夜景も知っているし、自分の目で見たものもある。景色の大きさと言う点では、スカイツリーからの眺望の方がはるかに上だろう。
 でも、ダイレクトに心に響いてくるという点では、このビーナスブリッジからのが頭抜けている。

 広い空の下に海。海は陸地に迫って神戸港になって陸に抱きかかえられ、陸は程よい街並みになって足許に迫り、足許は豊かな緑になって後ろの山に繋がっている。
 もう、ここに立っているだけで、自分が3Dの風景画の中にいるような気になれる。で、その風景画は、心を和やかにしてくれて、人の心の中にある……なんちゅうか、静かな情熱? そんなものを穏やかに滾らせてくれるような気がする。

「ニイニ、いっしょに来てくれる彼女……見つかるといいね」

 綾香がポツリと言う。

「そーだよ、この雰囲気は告白にぴったりだぜ!」

 真治が閃いた。

 そうだ、ここは恋人たちに相応しい。

「そうなんですよ、ここは神戸屈指の……日本屈指の恋の聖地なんですよ。みなさんに感じていただきたかったんで、あえて予備知識的なことは申しませんでした」
 後ろで控えていた放出さんが、優しく付け加えた。
「ここって……愛を誓いあって鍵をかけていくんですね……あ、この手すりだわ」
 スマホで検索していた一子が発見した。
「でも見当たらないわ」
 すぴかが手すりを見渡して言う。
「手すりにかけたら、ちょっとおぞましくね?」
「そうだな、一個や二個ならかっけーけど、鈴なりになったらおぞましいな」

「みなさん、こちらです」

 放出さんにリードされて行った先は、ちょっとした広場になっていて、広場の真ん中にハート型に組まれたステンレスの骨組みがあった。

 

「なるほど、ここに掛けるんだ!」
 骨組みの間にはワイヤーが張り巡らされていて、ワイヤーには一杯鍵が掛けられていた。
「無知蒙昧な人間としては、気の利いたことをする」
 すぴかは聖天使ガブリエルの口調で言うけど、目の光は穏やかだ。
「みなさんも友情の証に掛けてみますか?」
 放出さんの手の先には新品の南京錠が輝いていた。俺たちは南京錠に白の極細マーカーでそれぞれの名前を書いた。

 カチャ        

 鍵をかけると、それまでいたブリッジの方で気配を感じた。

「「「「「あ……………」」」」」

 ブリッジには幸せそうなカップルが手を繋いでいて、ニッコリ笑って、こちらを見ている。
「あ、他にも!」
 なんと下のらせん階段から他のカップル……いや、子供や大人や赤ん坊を抱いたお母さんやら、いろんな人たちが上がってきて、ブリッジから広場にかけて数百人の人たちで埋め尽くされてしまった。

 いったい、この人たちは……?
 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 



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ここは世田谷豪徳寺・57《あかぎ奇譚・4》

2020-03-31 06:06:26 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・さくら*57(惣一編)
《あかぎ奇譚・4》
          



 その船は……戦艦大和であった。


「対空兵装から天一号作戦時の大和かと思われます……」
「艦上に人の気配がない……」
 大和は「あかぎ」と500メートルほどの距離で併走しており、最上甲板やブリッジ、対空戦闘指揮所に人が居れば見える距離であった。

 艦上には人の気配がまるでない。

 そして、相変わらず「あかぎ」にいくつもあるレーダーには映らないのである。

「所属と艦名を聞け」
「は……」
「待て、この距離なら、発光信号と旗旒信号でおこなえ。C国に傍受されると厄介だ」
 艦長の命令でアナログの信号が送られた……が、返事がない。
「……あの大和は実在なのか?」
「艦長、ビデオには姿が映りません!」
「なに?」

 ブリッジの艦長だけでは無かった、我が砲雷科でも何人かがビデオ撮影を試みる、モニターには映るが、映像としては取り込めない。つまりデジタルとしては存在しない船なのである。

「艦長、本艦は左舷に流されています」
 当直航海士が、静かに言った。
「潮の流れではないのか?」
「潮は艦首方向から二ノット。右舷からの影響は、あの大和の縦波の影響かと思われます」

 大和ほどの大型艦が500の距離で併走すると、相手が起こす波が微妙に影響し、反対方向に流される。その物理的な影響は受けているのである。
「面舵五度。大和に300まで接近」
あかぎは、かすかに右舷に傾斜しながら大和に近づいた。全長・全幅で大和とあかぎは、ほぼ同じ大きさだが、艦上構造物、特に46サンチ砲三基は圧倒的であった。

「シーホークを飛ばそう」

 艦長は、艦載ヘリのシーホークを飛ばし、全方位的に大和を観察することにした。

 ヘリからも、大和の映像が送られてきた。それはCGなどではない実在感があった。甲板も伝説通り黒く塗装され、甲板の機銃の周りには土嚢が積まれていた。ただ、人の姿が見えない。そしてビデオには映らなかった。
「大和との距離300」
「もどーせ、よーそろ」

 船は、近づきすぎると、僅かに引き合い、放置すれば衝突する。観艦式などで、何隻もの船が単縦陣で併走するのが高度な技術であるのは、このへんの事情による。現在、世界で、これが出来るのは米英海軍と海自ぐらいのものである。

「艦長、ソナーに感あり。両舷後方より二隻(ふたせき)距離ヒト千」
 CICから、ブリッジに報告が上がってきた。
「キャビテーションは?」
「ハン級と思われます」
「気づかないフリをしておこう。ここはバカになっておく」

 外国の潜水艦が近づいても、よほど危機が迫らない限り反応しないのが海自のセオリーである。反応すれば、こちらの対潜能力が知れてしまうからだ。

「大和より発光信号!」

 左舷見張り員が叫んだ。そして、ブリッジからの指示を聞くまでもなかった。発光信号であるので、大和を見ていた乗組員にはみんな分かった。

――1分後、機関停止、両舷全速反速されよ――

「どういう意味だ?」
 1分後にスクリューを停め、逆回転させろということだ。車で言えば、急ブレーキをかけ、全速でバックで走れということである。
「艦長、ハン級二隻が速度をあげてきました」
 CICが言ってきた。
「真横で浮上して驚かそうという腹でしょう。放置しときましょう」
 副長は独り言のように意見具申した。
「盛大に驚いたフリをしてやろう」

 以前、アメリカの機動部隊の輪形陣の真ん中に、C国の原潜が浮上したことがある。アメリカは艦隊全部で驚いたフリをした。これでC国は、米軍や海自の対潜能力を低く見積もった。で、艦長は、今回も同じであろうと判断したのである。

「大和より、発光信号。機関停止、全速反速30秒前」
「……」
「艦長……」

 乗員は、大和の意図を計りかねた。

「機関停止、全速反速。総員衝撃にそなえよ!」
 艦長は、大和にかけてみた。

 あかぎは、急速に速度を下げ、十数秒後には停止。すぐに後進になった。艦長の指示がなければ、ほとんどの乗員が転倒していただろう。

「ハン級、全速で我が進路を塞ぎます!」

 C国のハン級は、あかぎの前方300ほどで急速浮上し、なんと味方同士で衝突してしまった。
「あのまま進んでいたら、どちらかの潜水艦と接触事故をおこしていたところだ」
「ナンクセをつけられるところでしたね……」
 航海長が、汗を拭いた。

「左舷前方の潜水艦浸水の模様、乗員が避難しつつあり」
 左舷の見張り員が叫んだ。

 あかぎは、救命艇を出して、C国の乗組員の救助に向かった。そして、それに気を取られているうちに大和の姿は消えてしまった。

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魔法少女マヂカ・141『なめくじ巴はどっち巻き?』

2020-03-30 15:32:18 | 小説

魔法少女マヂカ・141

『なめくじ巴はどっち巻き?』語り手:マヂカ    

 

 

 中央通を渡って西へ、湯島聖堂の緑青を噴いた大屋根を見当に歩いて行く。やがて右手に大鳥居が見えてくる。これが神田明神の正面だ。

 普段は西側から男坂の階段を上る。

 アキバからの最短ルートであるだけでなく、階段を上るというロケーションがアニメの絵面としては出来ている。『ラブライブ!』ではドラマの重要な舞台になり『ラブライブ!サンシャイン!!』では聖地になっている。

 しかし、単に絵面がいいと言うだけでなく、西の男坂がいわば神田明神の勝手口であり、神や神に準ずるもはここから入るのが作法とされているのだ。

 

 司令からの指令と洒落ているわけではないが、言いつけ通り正面の大鳥居を潜る。

 

「急な呼び出しにもかかわらず、お運びいただきまして有難うございます」

 巫女さんが頭を下げて出迎えてくれる。

「あ……いつもの巫女さんじゃないんだ」

「はい、アオさんは男坂の巫女。正面大鳥居は、このアカが受け持っております。まずは、これへ……」

 アカ巫女が左側の甘味処を示すと友里が声をあげた。

「あ、高坂穂乃花の実家!?」

「え、そうなのか?」

 千年の歴史を生きてきた魔法少女は、そこまでは分からない。やはり、いまを生きている女子高生にはかなわない。

 アカ巫女の後を付いて店内に入ると、「いらっしゃいませ!」と看板娘が出迎えてくれる。茶髪だが頭の小さなサイドポニーテールが可愛い。

「穂乃花だ……」

 ペコリと頭を下げて友里が喜んでいる。

 外からは分からなかったが、内暖簾の中は一間幅の廊下が奥まで続いている。

 二回角を曲がったところに『ここより中奥』と表示があって、アカ巫女が「お着きいーーー」と声をあげ、同時に杉戸が開けられる。

 さらに、二回廊下を曲がって広書院に出た。

「しばしお待ち願います」

 アカ巫女がお辞儀をして去っていくと、数秒の間を開けて、神田明神が出御して上段に収まった。

「すまんな、わざわざ呼びつけて。ダークメイドは取り逃がしたようだが、黄泉の国では大層な働きぶりであったと聞いておる。おお、ひょっとして、それがジャーマンポテトだな。まずは、それを頂いてからの話にしよう。たれかある、酒と取り皿を持て!」

 パンパン

 神田明神が鷹揚に手を叩くと、アカ巫女が三方に載せた酒と取り皿を捧げ持って現れた。三方と徳利には神田明神のなめくじ巴の紋所が付いている。

 わたしが目を留めたせいか、アカ巫女がチラリと三方を気にした。

「ささ、ジャーマンポテトをこれに入れて、三人で頂こうではないか。まずは近う寄れ」

――え、いいの?――

 友里が心配な顔をするので、わたしの方から近寄る。

 いちおう小笠原流の作法で、将軍に招かれた地方大名のように礼は尽くしておく。それに倣ってオタオタと友里が……ドテ! こけた。

「あいた!」

「とんだ無作法を」

 友里の代わりに頭を下げる。予想通りアカ巫女の鼻が動いた。

「よいよい、無理にジャーマンポテトを無心したのは、このワシじゃ。作法にこだわることは無い」

 もう一度三方に目をやって紋所を確認する。

「おや、紋所が……?」

「いかがいたした?」

「友里がこけるまでは、御紋のなめくじ巴は右巻きであったように……」

「気のせいであろう、紋所がころころ変わったりはせんであろう」

「いや、ですから。神田明神の紋所は右巻きが正しいのでございますが……」

 そうなのだ、もともと紋所は正しく右巻きであったが、わたしが見咎めることでカマをかけると、アカ巫女が、その都度紋所の巻き方を逆にした。三回見咎めたので、紋所は逆の左巻きとなっている。

 それに、なめくじ巴は俗称であって、神田明神や、その巫女が俗称で呼ぶことを咎めぬわけがない。

 正しくは、流れ三つ巴なのだ!

 

「しまった、見破られた!」

 

 ドロンと煙が立って、あたりは真っ白になってしまった。

 

 白い煙が収まると、そこは、中央通の交差点だった。

 中央通に出たところから化かされていたとは気づかなかった。

 

 

 

 

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戯曲:シャボン玉創立記念日・3

2020-03-30 06:41:53 | 戯曲

シャボン玉創立記念日・3     

                   大橋むつお

 

 

 時・ 現代ある年の秋

所・ 町野中学校

人物・

岸本夏子   中三

水本あき   中三

池島令    町野中の卒業生歌手

池島泉    令の娘、十七、八歳

 

 

 

泉: すみません。

二人: は、はい?

泉: (あきに)あなた、さっき校長室の横の部屋から出てきた人ね?

夏子: あ、令さんの娘さんだ!

あき: え?!

夏子: バカ、なにボサっとしてんの。

あき: あ、さっきは、すみません、頭がボーっとして、ぶつかったことも憶えてないんです。ほんとうにごめんなさい。

泉: いいのよ、そんなことは。(夏子に)あなた、司会をしてくれてた……夏子さんね。

夏子: は、はい、放送部の岸本夏子です。

泉: とても上手な司会だってお母さんが誉めてたわ。

夏子: ありがとうございます。校長室で令さんからもそう言われて、ボーっとしてたところです。たとえお世辞でも嬉しいです。

泉: あたしたちにも言うくらいだから、けしてお世辞じゃないわよ、あなた彼女の友だち?

夏子: はい、小学校からの友だちで、水本あきって言います。

泉: あきさん、ちょっと話していい?

あき: は、はい……

泉: よかったら夏子さんも、いいかな?

二人: は、はい……

泉: 実は、お母さんに頼まれたんだけど、彼女忙しくって。そいで代わりに話しといてくれって……いいかな?

あき: はい。

泉: 時間がおしてたんで、一曲はしょっちゃったし、話も中途ハンパでさ、お母さん気にしてんの、歌ってる時からすごい引力を感じる視線があって……

あき: そりゃ、プロ歌手なんて初めて見ちゃったから、おまけに先輩で、美人で……

夏子: そういうことじゃなくってでしょ、泉さん。

泉: うん、なんか思いつめたような……前列のほうだから、よくわかったって。歌っているときに感動してもらうのは歌手としてとっても嬉しいことだけど……話しているときに、こう……引力が強くなってきてさ、目線が合ったの憶えてる?

あき: はい。それで決心したんですから……

泉: やっぱし……校長室にいても聞こえてくるんだって……上原先生って声おっきいのね。

夏子: その分、耳が遠いんです。

泉: とぎれとぎれに話しの中味が聞こえて……お母さん、そういう耳と勘は鋭いの「あ、あたしのメッセージが間違って伝わってる」……決定的なのは部屋を出たとき、先生が大声で「考えなおせよ!」そして、あきちゃんが泣きそうな顔で、あたしにドシン!

あき: すみません。 

泉: あきちゃん、コーラス部だよね? 歌うことそのものは好きでしょ?

あき: はい……

泉: で、誰だかわかんないけど、同じコーラス部の男の子好きになって同じ学校へ行こうって決めていたんだよね。

あき: ……(顔を赤くしてうつむいている)            

泉: 「友だちがやってるからいっしょに……」は、だめなんだぞってとこらへんでドキッとしちゃったんでしょ?

夏子: すごい、そのとおりです。

泉: へへ、一応親子だからね。

あき: わたし杉村君ほど上手くもないし、杉村君ほど大きな夢はないんです、ただ杉村君のそばにいて、好きな歌が一緒に歌えたら……

泉: それでいいんだよ。あきちゃんが歌と杉村君の両方が好きで。

あき: でも……

泉: お母さんが言いたかったのは、ナンパや遊びや友達とつるみたいだけの集まりは駄目だって……ううん、それだってかまわない、補習うけたくないからジャズやってもいいし、男の子目的でクラブに入ってもいいの。

あき: そんな……

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・85「まずは胃袋から!?」

2020-03-30 06:27:00 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)85

『まずは胃袋から!?』        




 ミリーに言われて二つだけ確認してある。

 イスラム教徒でないこととベジタリアンでないこと。

 イスラムにもベジタリアンにも偏見は無いけど、わたしは牛豚の肉なしでは三日も居られない。二人の生活で別々のメニューなんてやってらんないしね。

「両方ともOKだよ」

 そう答えると、ニンマリ笑って薄い方のノートを仕舞った。
 したがってブットイ方のノートをペラペラとめくるミリー。
 垣間見えるノートには写真とともにレシピが英語まじりの日本語で書いてある。
「料理屋さんでも始める気?」
「ハハ、まさか。渡辺さんちのレパはすごいからね、パパさんは魚屋さんだし、お婆ちゃんの実家はお料理屋さんで、ママさんはレストランやってたし、みんな教える気満々。習わなきゃ損でしょ……はい、これだけの食材買っておいて」
 メモを見ただけでは想像できなかったけど、その量はミッキーを荷物持ちにして正解だった。「やっぱ、ミハルといっしょに帰るよ」というミッキーの気持ちもスケベー根性からだけではなかった。

「いやー、壮観ねー!」

 我が家のキッチンテーブルの上に並べられた食材とその他もろもろは多彩だ。
 野菜やお肉から始まり乾麺に各種調味料も色々、カレールーとか豆板醤があるのでカレーとマーボー豆腐は確定なんだろうけど、ケチャップに塩昆布、チョコレートは意味不明。
「さ、それじゃ分業するからテキパキやってね!」
 ミリーが指示すると演劇部の三人は手際よく下準備にかかる。
 一つ一つは「お湯を沸かして」とか「皮をむいて」とか「みじん切りにして」とか「均等に混ぜて」とかの単純作業。
 その組み合わせも絶妙で、一つの作業が終わると別の作業を指示して、無駄な時間待ちが出来ないようにしている。
 合間にはわたしへの解説と「じゃ、やってみて」と実際の調理もやらせてくれる。
「家庭用のコンロは火力ないから、炒め物はフライパンでいいわよ。手間だけどイモは面取りしといて、そこは余熱を利用して、そうそう、揚げ物は一度にやろうとしないで、野菜は最後に……」
 取りかかった時はミッキーが帰ってくるまでに仕上がるか不安だったけど、三十分もするとあらかた終わってしまった。

 コンロの上にはカレーと肉じゃがとロールキャベツが沸々と煮えていて、テーブルにはチキンライスと唐揚げとハンバーグと玉子焼きが湯気を上げている。

「唐揚げ、ちょっと早くなかった?」
 唐揚げの衣がなんだか白っぽい。
「ミッキーが帰ってきたら、もう一度揚げるの。唐揚げは二度揚げするのがセオリーよ、でもって熱々を食べさせられるってメリットもあるしね、なにより甲斐甲斐しくクッキングしてますって感じがするじゃない」
「えと、それに、ちょっと多くない?」
 ざっと見渡しただけで七品もある。
「ほんまや、俺でもこんなには食わへんで」
 部長の啓介もため息だ。
「これは、最低でも三回分。カレーと肉じゃがとキャベツロールは明日以降ね。チキンライスは冷めてからラッピング、改めて玉子を焼いてオムライスにする。玉子の焼き方も明日以降に教える。ハンバーグは常温にしてから冷凍庫、ソースはそっちの小さな鍋、これも冷蔵庫、乾麺はうどんすきに使うからね」
「あ、デザートは冷蔵庫に、賞味期限は四日はいけますから」
 千歳がいつのまにかデザートの仕込みまでやっている。
「今度は、家に来てやってもらえないかなあ」
 須磨先輩は、次回の実習の予約をする。

「ん、なんだか家庭料理の定番オンパレードって感じね!」

 ミリーの行き届いたメニューに一安心して、なんだか嬉しくなってきた。
「これだけやっとけば、ミッキーも大満足でしょ」
 そう言ってミリーはノートを閉じた。

 閉じかけの中表紙の文字が目に飛び込んできた。

――まずは胃袋から、男を虜にするレシピ百選――

 えと……絶対したくないんですけど! ミッキーを虜になんかさ!

 

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坂の上のアリスー35ー関帝廟

2020-03-30 06:15:41 | 不思議の国のアリス

坂の上のー35ー
『関帝廟』   



 カンテービョーは関帝廟と書く

 三国志に出てくる関羽を祀ったもので、中国の人にとっては商売繁盛・家内安全・運気向上の何でもありの神さまで、神戸の関帝廟も地元華僑の人たちの心のよりどころになっているんだそうだ。
 よりどころと言っても、原色をふんだんに使った構えで、俺たち今時の高校生にはテーマパークのパビリオンと変わりない。

 ちょ、静かに!

 お堂に入ると、一子が小声ながらも凛と注意した。いつもホワンとしている一子なので、みんなビクッとする。
 注意されるわけだ……須弥壇(御本尊の関羽像が祭ってある)の前に額づいているオバサンが居た。
 その所作が、お寺や神社で目にするものとは全然違った。
 一般的なものの三倍はあろうかと思われる線香を両手で捧げ持ち、立って一礼、蹲るように膝をついて一礼を繰り返している。
 初めて見るお祈りの仕方なんだけど、とても厳粛で、ガサツな俺たちはひどく場違いな感じがする。

 一子が日本風に手を合わせ、自然と俺たちも倣って手を合わせる。一子がやらなかったら、俺たちは無作法なまま突っ立ていただろう。

 ……お御籤をひいてみようよ。

 すぴかが提案するのだが、直ぐには誰も動かない。お堂の造りが日本のものとは勝手が違って、どこにお御籤があるのか、どうやってお金を払うのかが分からない。
「そこの筒からお御籤棒ひいて、出た番号の引き出しからお御籤を頂くの。料金は引き出しの前の箱に入れればいいわよ」
 ちょうどお祈りが終えたオバサンが教えてくれる。

 こういうものは女子が率先するもので、一子、綾香、すぴか、真治、俺の順序でお御籤棒を引く。

 ……これは!?

 四十八番のお御籤棒を引き、引き出しのお御籤を取ってビックリした!

 下 下 と書いてあった。

「珍しいの引いたわね」オバサンが目を丸くした。
「それは大凶よ、100の引き出しがあるけど、下下は一つしかないのよ」

 うわーーーー!

 みんなが一歩下がって、いっせいにエンガチョされたのには参った。

「ま、これも一種の厄落としだから」

 オバサンの慰めに気を取り直して関帝廟を後にする。車に戻ると放出さんがタブレットの写真を整理している。覗き込むと、たった今エンガチョされたお御籤のシーンが何枚もある。
「いつ撮ったんですか?」
 いつどころか、放出さんが居た気配も無かったのだ。
「フフ、ずっと居ましたよ」

 俺たちが鈍感なのか放出さんが静かなのか……俺たちの旅はようやく中盤にさしかかったところだ。


 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・56《あかぎ奇譚・3》

2020-03-30 06:08:38 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・56(惣一編)
《あかぎ奇譚・3》
           


 

 案の定、あかぎは南西諸島海域への哨戒任務に回された。

 このことの意味は大きい。海自最大最新の護衛艦を哨戒任務に就かせると言うことは、我が国の「本気度」のレベルを一段階上げたことになる。当然周辺諸国を刺激する。まあ、それも任務なのだから仕方がない。

 しかし、政府の煮え切らない姿勢が、ここでも出てしまった。「あかぎ」は空母型の護衛艦で、現状ではヘリコプターしか積んでいないが、将来的にはオスプレイやF35の搭載も視野に入れた船で、飛行甲板の材質や強度などのスペックは極秘になっている。
 この極秘こそが、周辺諸国には脅威なのである。種子島の南海上で、第七艦隊と合流して、ヘリとオスプレイの離発着を何度かやった。現実にはやっただけで、べつに米軍機が「あかぎ」に移動してきたわけではない。C国の監視衛星などがこれを見ている。C国は、この移動のフリを恐怖心から過大に評価する。ここに狙いがある。つい先年アメリカのオバマ大統領が「尖閣諸島は明確に、日米安保の保証の中にある」と言ったばかりである。C国としては神経質にならざるを得ない。
 しかし「あかぎ」の行動は単艦なのである。普通空母が移動するときには対空対潜能力の優れた駆逐艦数隻を付けるのが常識で、アメリカならばイージス艦を必ず随伴させる。
 でも、それをやれば、見てくれは機動部隊になってしまい刺激しすぎるという判断である。正直素人の心配である。「あかぎ」単艦での行動の方が、「あかぎ」にどれだけの能力や、搭載機があるか分からない状況では、誇大にその能力や意図を解釈される恐れがある。

 案の定、黄海に入ったとたんにC国の哨戒機が頻繁に接触してくるようになった。Y-8DZが二機べったりとはりついている。これは日本の新聞社なども撮影「高まる南西諸島方面での緊張!」とかの記事になり、A新聞などはそのお先棒になることは目に見えていた。

 脅威は潜水艦である。これは新聞社の飛行機からは見えない。米軍も「あかぎ」もC国の潜水艦の接触には気が付いているが、詳細は公表できない。こちらの対潜能力知られてしまうからである。「潜水艦も展開している模様」としか公表はできない。

 もう一つ怖いのは、漁船などの小型船舶に擬装した監視船というよりは妨害船である。これらの小型船舶の多くは木造小型で、水上レーダーにもかかりにくい。半分捨て身で接触されると沈没させてしまう可能性もあり、そうなると、「あかぎ」がC国の漁船を沈めたと騒がれるのは目に見えていた。

 運の悪いことに、濃霧と言っていい霧が立ちこめ始めた。

「対水上監視を厳となせ」

 艦長の警戒命令が出た。本来の監視要員以外の者も、哨戒任務に就く。
 信じられないだろうが、この21世紀の最新護衛艦でも、最後の哨戒は視認によるものである。簡単に言えば双眼鏡で、ひたすら海を見続けるという百年以上前の日露戦争と変わらない方法によっている。

「右舷後方五時より大型船接近しつつあり!」

 杉野曹長が信じられないことを叫んだ。とっさに双眼鏡を向ける。
 確かに五海里の彼方で、緑と赤の幻灯が光っているのが見える。それが次第に近づいてくる。本艦は15ノットの巡航速度だが、相手は20ノットは出しているだろう。商船としては高速と言える。
 さらに驚いたことに、これだけの船がレーダーに写らないのである。ブリッジは混乱していた。
「対水上監視を倍にしろ、手空きの乗員は、上甲板で視認に努めよ!」
 艦長の命令が艦内に響き、乗員の半分が右舷の最上甲板に集まった。

 そして、それは、十分後には「あかぎ」の右舷後方に姿を現し、併走するようになった。

 信じられないが、その船は……戦艦大和であった。

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せやさかい・134『ごりょうさん奇談・2』

2020-03-29 13:43:51 | ノベル

せやさかい・134

『ごりょうさん奇談・2』         

                    ※ 堺では仁徳天皇陵のことを「ごりょうさん」とよびます。

 

 

 

 え………………………………………………………?

 

 丸保山古墳の傍まで来ると、にわかに霧が立ち込めてきて数メートル先も見えへんようになってきた。

 朝と言うても、もう九時は回ってる。こんな時間に霧がかかったりするんやろか……?

 不思議に思いながらも、危ないので自転車を下りて押して歩く。

 自転車を押す手にパシパシと手応え……あれ、アスファルトと違う。

 いつの間にか土の道になって、タイヤが砂を噛む音がしてる。意識すると靴の底の感触も違う。

 土の地面て、学校のグラウンドか公園の中くらいしかあれへん。

 ボサーっとしてて、どこか人さんの敷地にでも迷い込んでしもたんやろか?

 

 立ち止まって、周囲を見渡すと、ちょっとずつ霧が晴れてくる。

 

 え?

 丸保山古墳のシルエットが見えてきて、その次にごりょうさんの山みたいな姿もおぼろに浮かんでくる。

 で、二つの古墳以外のものが何も見えへん。

 というか、なんにも無い。

 足元は、自分が居てるとこが教室くらいの広さで見えるだけで、地面に残ってる霧に隠れて、その先は窺い知れへん。

 さくら……さくら……

 霧の中から『さくら』と呼ぶ声がする。

 この霧の中、花見に来て、お目当ての桜が見えへんのでボヤいてる……のんか。ひょっとして、あたしの名前?

 ちょっと怖い。

『さくら……お前のことだよ、さくら』

 はっきり聞こえたかと思うと、お堀に面したとこの霧がサーーっと晴れて、馬を曳いた男の人が現れた。

「あ、え、わたしのことですか?」

「そう、さくらのことだよ」

 その人は『まんが日本の歴史』の第二巻くらいに出てきそうな風体をしてる。髪を角髪(みずら)に結って、生成りのツーピースみたいなんを着てる。

 上着はダボッとしてて、腰のとこで帯みたいなんで締めてる。ズボンはダボッとしてて、膝のとこでくくって、毛皮のブーツみたいなんを履いてる。

 髭を生やして、真っ直ぐな刀を下げてて、ほんまに『まんが日本の歴史』のコスプレや。

「すまん、ここまで来て馬が動かなくなってしまった。道を急いでいるのだが、これでは間に合わない。少しの間でいい、さくらの馬を貸してくれないか」

「馬?」

「さくらが曳いている、それだよ」

 え、自転車のこと?

「そうだ、すまんな」

 そう言うと、その人は、あたしの自転車に跨って霧の向こうに走り去ってしもた。

 

「ええと……」

 

 呆然としてると、馬が顔を寄せてくる。

「あたし、馬になんか乗られへんよ……」

 そう言うと、馬は器用に姿勢を低くして『早く乗りな』という顔をする。

「だ、だいじょうぶ?」

 おっかなびっくりで跨ると、馬はゆっくり歩きだした。

「え、あの人のこと待たんでもええのん?」

 馬は応えずに、ポックリポックリと霧の中を歩いて行く。

 

 しばらく行くと、ようやく霧は晴れ渡って、うちの山門の前に着いた。

 

 よっこらしょ……。

 おばちゃんに、どない言お……霧の中で、古代のコスプレおじさんに自転車貸してやったら、こないなってしもた。

 ぜったい信じてもらわれへん。

 え?

 なんと、馬が腰の高さほどの馬の埴輪に変わってしもた!

 怖くなって山門の中に駆けこんで、ちょうど本堂から出てきたテイ兄ちゃんと出くわす。

「どないしたんや、目が泳いでるで」

「え、いや、せやさかいに、せやさかいにね」

 アタフタと説明すると、テイ兄ちゃんは山門の外を指さした。

「自転車やったら、山門の前に停めたあるやんか」

「え、ええ!?」

 今の今まで馬の埴輪があったとこに自転車が停まってる。

 

 キツネにつままれたような気持ちで自転車を片付けると、スマホがメールの着信音。

 

「え、うそ!?」

 なんと、頼子さんから。

 

―― いま、関空に到着。これから二週間の隔離生活に入ります ――

 

 

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戯曲:シャボン玉創立記念日・2

2020-03-29 06:50:59 | 戯曲
シャボン玉創立記念日・2     
                   大橋むつお
 
※ 無料上演の場合上演料は頂きません。最終回のところに連絡先を記しておきますので、上演許可はとるようにしてください。
 
 
時・ 現代ある年の秋
所・ 町野中学校
人物・
岸本夏子   中三
水本あき   中三
池島令    町野中の卒業生歌手
池島泉    令の娘、十七、八歳
 
 
 手を振る令、拍手。フェードアウトして拍手はチャイムに置き換わって、放課後の学校の環境音が加わり明るくなる。あきが硬い表情、早足で花道(客席通路)を通って学校を出ようとしている。夏子が、それを追い、舞台上で追いつく。
 
 
夏子: あき、あき、ちょっと待ってよ、待ってったらあき!
あき: なに? 悪いけど、わたし急いでるから。
夏子: 待ってよ、大事な話なんだから。
あき: じゃ手短に……
夏子: あき、進路変えるんだろ!?
あき: 誰に?
夏子: 誰に……?
あき: 誰に聞いたの? 担任の上原……生徒の秘密しゃべるなんて最低だ!
夏子: 違うよ。わたしの勘。あき、むつかしい顔して相談室、先生といっしょに入ったろ。出てきたら上原先生までむつかしい顔してて、一言「考えなおせよ」、それ無視して行ったよね。
あき: 立ち聞きしてたの?
夏子: 違うよ、式典の司会やったから、令さんがお帰りになる前に挨拶しとこうと思って校長室へ……三分も居なかった。令さんを車まで送ろうと思って校長室を出たら、ちょうどあきと上原先生とが出てくるところで……あき、廊下で令さんの娘さんとぶつかったのも憶えてないだろ? むっとしてたよ。
あき: え、令さんが?!
夏子: バカ、娘さんの方だよ。わたしがかわりに謝っといた。
あき: ありがとう……でも……
夏子: わたし、その場で上原先生に聞いたの。「あき、進路変えるんですか?」って。
あき: 聞く方も聞く方だけど、しゃべる方もしゃべる方だ!
夏子: バカ、「人の問題に首をつっこむな!」上原先生は、そう言って職員室へ行ったよ。それだけでわかったよ。そしてわたしが追いかけてきたってわけよ。
あき: わたし、もう決めちゃったから。
夏子: 杉の森やめて明野に変えるんだろ?
あき: ……
夏子: 公立で音楽科もってるのは杉の森しかないんだろ? 競争率高いけど、そのために十分勉強したし、準備もしたじゃないか。わたしなんか、将来わかんないから地元の明野だけど、あきは声楽目指すって一年の時から決めてたじゃないか。
あき: だって……
夏子: だってもあさってもない!
あき: 夏子……
夏子: こんな言い方したら失礼だけど、音大とか芸大とか……個人レッスンうけなきゃムリだろ、うちもあきんとこもそれほどブルジョワじゃないし……公立の杉の森の音楽科でしぼってもらうのが一番の安上がり……なんだろ?
あき: 令さんの「シャボン玉」を聞いたろ?
夏子: う、うん……
あき: 圧倒されちゃった……
夏子: あ、アハハハハ……
あき: 何よ?
夏子: あれ聞いてやめようと思ったわけ? ハハ、当然といやあ当然だけど。令さんプロだよ、童顔に見えてるけど、あの道二十年のベテラン。それが、余裕のヨッチャンで歌った童謡だよ、びっくりするほど上手くてあたりまえ。
あき: 違うよ。たしかに、ジャズシンガーで鳴らした池島令が、「シャボン玉」だもん、ズッコケちゃって、驚いて、最後しびれた……
夏子: それ、学校の陰謀。池島令って言やあうちの卒業生で一番有名じゃん。でも中村正太って卒業生の県会議員たてなきゃならないんだって、県の文教委員とかやっててソリャクにはあつかえないって、だから割当時間が二十五分、それも五分オーバー。それで令さん急きょ一曲減らして、「シャボン玉」だけにしたんだって。でも聴かせるよねえ……歌もいいし、話もいいし。シャボン玉が、夢とか希望とか……考えたらそうだよね、毎日、いろんなものに興味持ってさ。好きになった男の子……へへ一日に三人くらいは、いいなって思ったりするもんね。
あき: そんなに?!
夏子: 素敵って思うだけだよ。ウインドショッピングみたいなもんよ。次のお店のショーウインド見たら、もう前のお店のことなんか忘れてる、そういうこと、うまく表現してるって思った。
あき: 令さん、こうも言ったんだよ。「楽そう、近くにあるから、お手頃だから、友だちもやってるから……そういうのはダメ!」
夏子: だからなによ?
あき: わたし……動機が不純だから……
夏子: 何が不純よ?
あき: だって……杉村君が……
夏子: え……杉村とけんかでもしたの?
あき: しないよ、けんかなんかするわけないでしょ!
夏子: 怒ることないでしょ、可能性として聞いただけなんだから。
あき: わたし、杉村君が受けるから杉の森うける気になってたの。そうでしょ、令さん言ってた、友だちもやってるからっていうのはダメだって、ガーンて空が落ちてきた感じ、今まできれいな星や虹だと思ってたものが、落ちてきた空に書いてあったペンキ絵みたいなもんだって言われた感じ。
夏子: 考えすぎだよそれ。
あき: ううん違う。前から感じてたの、同じコーラス部で、いっしょに歌えるのが好きだった……
夏子: そこは告白する前に何度も聞いた。とばして言って。
あき: ビデオじゃないから早まわしなんかできないよ。
夏子: じれったいって意味なの。
あき: ごめん……
夏子: 謝る暇あったらしゃべる!
あき: だから、二年の冬に彼が杉の森受けるって言ったとき、わたしも受けるって……三年の二学期には受験のため、クラブも引退、時々話はするけど。あいつ夢でいっぱいなんだ、大学の声楽部はどこそこがいいとか、将来はオペラのなんとかでかんとかしてみたいとか、わたしはただ杉村君と同じところに居たいから。そういうことが令さんの話聞いてたら、そういうことがいっぺんに頭の中をグルグル回っちゃって友だちがやってるから……って令さん言ったとき、わたし、令さんと目が合っちゃって、まるで心を読まれて、わたしに言われたみたいな気がして……
夏子: それで、まっすぐ上原先生のとこへ行ったんだ……わたし、最初保健室へ行ったんだよ、気分が悪いのかなあって思って。居なかったから、安心して校長室に挨拶に行ったら、ちょうど出入りのタイミングが適っちゃったってことよ……
あき: そうなんだ、ありがとう……でも、もう決めちゃったことだから(立ち去ろうとする)
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・84「イベントか!?」

2020-03-29 06:34:15 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)84

『イベントか!?』瀬戸内美晴     



 空堀商店街は西に向かって緩い下り坂になっている。

 商店街は道幅が狭く採光が悪いので、ちょっと薄暗い。

 この坂道を下って学校に至るので、登校時の憂鬱ということもあり、ちょっと凹む。
 逆に下校時は坂道を上る。
 下校の開放感と、谷町筋に向かって明るく開いた出口が坂の上に見えていることもあって素敵。
 多少いやなことがあっても、明日は良いことがあるかもとか思える。
 良いことがあると、もうちょっと良いことが続くんじゃないかと思わせてくれる。

 わたし達の前を薬局のオッチャン・オバチャンが谷町筋に向かっている。

 洗剤を買って、学校の話に花が咲いた。
 お二人は空堀高校の卒業生で、奥さんは絵里世(エリーゼ)という名前のドイツと日本のハーフだ。
 喋っている分には完璧に薬局のオバチャンなんだけど、こうやって歩く姿を見ていると、腰高にシャキッとした姿勢はアッパレ、ゲルマン人! わたしが洗剤を買った後、商店街の寄合があるというので、いっしょに店を出たんだ。
「良い感じの御夫婦だね……」
 坂道効果なのか、ミッキーはのぼせた感じで言う。なに頬っぺた赤くしてるのよ!

 オッチャンもオバチャンも、わたしたちを好意的に見てくれた。
 日米高校生の組み合わせが、男女の違いは逆なんだけど、自分たちの青春時代のロマンスと重なるところがある様子。
 でもって、ミッキーは、オッチャンオバチャンの好意に羽を付けて妄想たくましの様子。
「なによ、この手?」
「あ、ごめん」

 両手の荷物を左手にまとめ、空いた右手を肩に回してきやがった。

 ちょっとしたことなんだけど、許してしまえばズルズルになる。
 夕闇のゴールデンゲートブリッジを見下ろしながら迫って来た前科があるんだよね。
「じゃ、ここで。帰ってくるころには夕飯出来てるからね」
「やっぱ、ミハルといっしょに帰るよ」
「だめよ、領事館の用事は最優先で済ませておかなきゃ」
「でも、大そうな荷物だよ」
「食材以外はミッキーに任せるから、じゃね」
 食材のレジ袋だけをかっさらって、ちょうど青になった横断歩道を渡る。
 ホームステイ先が変わったので、ミッキーは領事館に手続きに行かなければならないのだ。同じ地下鉄に向かうんだけど上りと下りに分かれる。もっとも谷六駅のホームはアイランド型なので上りも下りも同じなんだけど「男には付いて来て欲しくないところに寄るの」と言って断ってある。
 
 信号渡り終えても背中に熱エネルギーを感じる。振り返ると案の定、ミッキーが子犬みたいな目で手を振っている。

 ハズいけど、邪険にもできず下げたままの左手をソヨソヨ振っておく。
 奴が地下鉄の昇降口に消えてホッとため息。
「待っへはわよ……」
 舌足らずが聞こえてきたと思ったら、角のたこ焼き屋さんからたこ焼き頬張ったままのミリーが出てきた。
「わたしたちもお供します~(o^―^o)ニコ」
 なんと軽やかに車いすを操作して千歳も現れ、それから……
「え、え……演劇部全員!?」

 演劇部は、わたしの料理講習をイベントにしてしまった!
 

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坂の上のアリスー34ー『カンテービョー?』

2020-03-29 06:22:59 | 不思議の国のアリス

坂の上のー34ー
『カンテービョー?』   



 

 三日目の今日は朝から神戸だ。

 夕べ、ガイドの放出(はなてん)さんが「神戸とか兵庫県を舞台にしたドラマをご存じですか?」と聞いてきたのがキッカケだ。

 今から思うと、うまい提案の仕方だった。

 神戸に行ってみませんか?――では俺たちは乗ってこなかっただろう。
 若干世間の高校生からズレたところがある俺たちだが、物事に関する関心は人並みだ。この暑い盛りに「あ、そう言えば、そういう街あったよな」という程度にしか神戸には関心がない。
 だから――神戸を舞台にした――と聞かれてもとっさには出てこない。
 二三分して「えと……『火垂るの墓』とか『少年H』とかでしょうか?」と、一子が答えた。
「そうですね」そう言っただけで放出さんはニコニコしている。
「あ……でも、それって夏休みの読書感想の課題図書みたいですね」
 そう、あまり心の琴線に触れるようなものではない。
「けっこう有るわよ」スマホを弄っていたすぴかが呟く。

 すぴかが示した画面には、神戸や、その周辺を舞台にしたドラマや映画や小説の一覧が出ていた。

 が……。

 心当たりがあるのは……『火垂るの墓』とか『少年H』ぐらいしかない。
「歌謡曲とかJポップとかでもジンクスがありましてね、神戸を舞台にした歌はヒットしないんですよ」
「え、そうなんですか?」Jポップには一家言ある綾香が検索し出した。
「ほんとにねーなあ……」真治も検索し出した。

 松任谷由実: タワーサイドメモリー もんた&ブラザーズ: KOBE 内山田洋とクールファイブ: そして神戸 なんかが出てきたが、俺たちが知っている曲は一つも無かった。

 そんなにつまらないところなのか……俺たちはマイナスの関心を持った。

 で、そんなにつまらないところなら一度見ておこう!
 なんとも神戸の人たちには申し訳ない動機で、俺たちは神戸に向かうことになったわけだ。

「まずは、ここから見て行きましょう」

 冷房の効いたボックスカーを出ると清々しいほどの暑さだ。
「中華料理のレストラン?」すぴかがボケたことを言うが、ボケとは言い切れない雰囲気があった。
 いかにも中国というような塀をめぐらせた門は、この中が立派な中華レストランであるような佇まいだ。
「本場の中華丼が食いたいなあ」
 真治が正直な反応をする。
「ここは関帝廟です」
 車を運ちゃんに任せてきた放出さんが正解を言う。だが、俺たちは初めて聞く名称だった。

「「「「「カンテービョー?」」」」」

 俺たちの不思議時計が動き始めた。


 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

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ここは世田谷豪徳寺・55《あかぎ奇譚・2》

2020-03-29 06:14:00 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・55(惣一編)
《あかぎ奇譚・2》   



 

 

「護衛艦カレーナンバー1グランプリ in よこすか」

 三面記事のコラムなどで、ご存じの方もおられるだろうが、わが「あかぎ」も無謀ながら参加した。
 15隻の艦艇から、各艦ご自慢のカレーの店を出し、お客さんの投票でトップを決めようという、市民との交流を主眼に置いたイベントであった。

 これに、なんと「あかぎ」の烹炊長がノってしまった。

「あかぎ」は、船こそ海自で最大最新の護衛艦であるが、それは護衛艦としての能力である。烹炊にかけては、古い艦の方に分がある。
 海自のカレーは旧海軍の伝統を引き継いだもので、その目的は、曜日感覚が鈍くなる海上勤務で、今日は何曜日か忘れないため、海自の各艦は、金曜日のメニューはカレーと決まっている。
 で、百年あまり続けていると、単なる習慣を超えて、ほとんど防衛機密。各艦で独自のレシピがあって、部外秘になっていることが多い。
 自然艦齢の古い艦ほど、磨きが掛かっていて、レストランで言うと、そこらへんのファミレスと、戦前から続く老舗ほどの違いがある。

「勝負はともかく、乗員の士気を高めるには、杉野君の結婚と同じくらい効果がある」

 艦長の決裁で決まってしまった。

 烹炊科のメンバー始め、乗組員はみな張り切ったが、オレはいやな予感がした。

――オレと杉野曹長はかり出される――

 杉野曹長のカミサンは某放送局の美人アナ。でもって、新婚。こないだの結婚式での元大和の乗り組みだったひいお祖父さんの話は、ネットでも流れ、アクセスはかなりのものがある。放送局が、これにのってこないわけが無い。
 それに、オレの妹は女優のタマゴ。つい先日『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の映画に脇役ながら主役の親友役として出ることが決まったことでもあり、その線からの脅威も排除できなかった。

「杉野君と、佐倉君も出てくれるね?」

 予想通り艦長は、命じてきた。

「なんで、こんなエプロンなんだよ!?」
「はあ、家内が、どうしても、これを付けろと言うものでありますから」
 早くも尻に敷かれた杉野曹長が、カレー色に「あかぎ」のロゴと、なぜか萌えキャラのプリントがされたエプロンを差し出した。

 この日ばかりは、岸壁やら沖に停泊した護衛艦は、ただの背景に過ぎなかった。なんと言っても百年の伝統のカレーである。カレーに関しては日本で一番古いのが海自である。開場一時間前には、長蛇の列が出来ていた。

 で、案の定、開場と同時にネットで面の割れた杉野曹長と、そして同じエプロンをした「あかぎ」のテント前に人が殺到した。むろん、その先頭は某放送局である。

「今日は『護衛艦カレーナンバー1グランプリ in よこすか』に来ております。こちらが自衛隊最新最大の護衛艦『あかぎ』のブースです」
 杉野曹長のカミサンであり、看板女子アナである彼女が語り始めると、吉本のタレントが、特徴のあるメガネをかけて、MCになってしまった。
「みなさん。この純子アナと杉野さんは、他人行儀な顔をしてますけど、つい先日ご結婚されたばかりです。今日のエプロンも純子アナのお手製とか。まあ……この胸の萌えキャラは『ガルパン』の西住みほじゃあーりませんか! これ、やっぱり奥さんの趣味ですか?」
「は、家内は陸と海の区別もつかんようで。でも、こういうことは家内まかせですので……」
「ハハ、どうやら『あかぎ』は中辛カレーのようです」
「こちらのイケメンの方が、何を隠そう、今売り出し中の女優佐倉さくらさんのお兄様です。こんにちは佐倉さん。今日は妹のさくらさんは?」
「は、あいつも何かと忙しいんで……」

「忙しいお仕事の一つが、今日の『護衛艦カレーナンバー1グランプリ in よこすか』のレポートです!」

 なんと、さくらが別のテレビクルーを連れてやってきた。
「今度『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』に出演させていただくことになりました。それを記念して、みんなで『フォーチュンクッキー』一発やっておこうと思います。むろん先頭は、わたしの兄の佐倉惣一三等海尉です。では、はりきっていきましょう!」

 放送局が、いつのまにか設置した機材から、大音量の「フォーチュンクッキー」。あっという間に数百人の踊りの輪になってしまった。さくらのやつは、オレが二尉に昇進したことを忘れててるし……。

 で、扱いこそ、大々的であったが、肝心のカレーは、某潜水艦にもっていかれてしまった。

 艦長の目論見通り、親睦と士気の高揚という目的は、オレの恥さらしという犠牲の上に成功裏に終わった。

 しかし、このほのぼのとした空気は、南西海域への出航任務で消し飛ぶことになる……。

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