大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

巷説志忠屋繁盛記・22『ウィルス感染!』

2020-01-31 15:28:07 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・22
『ウィルス感染!』     

 

 

 いるんよねえ、こういう人て!

 

 そう言うと、トコはカウンターに四つ折りのままの新聞を投げ出した。あおりを受けた紙ナプキンの束が翻る。

 トコの視界の外でカウンターの整理をしていたチーフは『ア』と叫んだが、声には出さない。こういう時のトコは無敵だからだ。

「そやけど、検査受けるのは任意やからな」

 チーフの災難に気づいていながら滝さんが返す。

「そやかて、武漢肺炎ですよ、うつるんですよ! 国のチャーター機で戻って来たんやから検査受けるのは義務でしょ!?」

 トコは、新聞で中国のコロナウイルスの記事を読んで憤慨しているのだ。自身が理学療法やら老人介護のエキスパートなので、こういう医療関係者の指示に従わない人間には憤りを感じるのだ。

「ほら、指定感染症にもなってるやないですかあヽ(`Д´)ノ! 強制隔離かてできるんですよ!」

 また新聞を取り上げる。チーフは畳んだ紙ナプキンを手で押さえた。

「閣議決定はしたけど、施行されるのは二月七日からや」

「えーー、なんで、そんなトロクサイことを! どんどん罹患者は増えてるんですよ! もう、これやから安倍政治はあかんねん!」

「そら、安倍さん可哀そうやで、法律でそないなっとる。日本は法治国家やからな」

「そのホウチて、こっちの放置とちゃいます!」

 チーフのナプキンをふんだくって、乱暴に書きなぐった。

「ほな、なんで中国人の入国とめへんねん。フィリピンなんか送り返しとるで」

「それは……」

「それにな、新聞は情報が古い。半日も前の事はニュースの価値ない……」

 滝さんは器用にタブレットを操作して最新情報を探った。

「おう、指定感染症の施行は二月一日に前倒しになったなあ……特例措置やなあ……検査拒否してた人も検査に同意したらしいぞ」

「ほんまあ?」

「ああ、ほんまや。何を隠そう、さっき安倍君に言うたったとこからなあ」

「あ、安倍君!?」

「せや、安倍は学年は一個下やからなあ、ガハハハハ( ̄∇ ̄)」

 

 その時、自動ドアが開いてトモちゃんが帰ってきた。

 

「いやあ、走り回ったわあ(^_^;)、はい、やっとマスク手に入った」

「おう、ご苦労さん」

「はい、滝さんもチーフも、外出る時はマスクしてくださいね」

「いや、こんなんせんでも、オレは不死身やねんぞ」

「不死身なんは重々知ってます」

「ほな、なんで?」

「世間の人にバカをうつさないためです!」

 

 滝さんは二の句が無かった。

 トコは手遅れだと思った。だって、志忠屋に出入りする者は何年も前から滝さん菌に感染してるから。

 

 チャンチャン(⌒▽⌒)アハハ!

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魔法少女マヂカ・126『琵琶湖上空の決心』

2020-01-31 12:55:49 | 小説

魔法少女マヂカ・126  

『琵琶湖上空の決心』語り手:安倍晴美 

 

 

 黄泉の国の入り口である黄泉比良坂(よもつひらさか)は島根県の東にあって、東京から出発すると、ちょうど半分の所に琵琶湖が横たわっている。

 琵琶湖の上空に差しかかって来ると体が軽くなってきて、聖メイド服の締め付けるようなきつさが緩んできた。

「あ、隊長がスマートになった!?」

 ノンコが最初に気づいた。

「ほんとだ!」

「というか、若くなってるし!」

 友里と清美も持ち場のシートから感嘆の声をあげる。

「フフフ、これが十四年前のあるべき聖メイド、バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世のお姿なのニャ!」

「普段の安倍先生とは思えないなあ……」

「おう、アメリカ一の魔法少女であるオレが太鼓判を押してやってもいいくらいの魔法少女ぶりだぞ」

「あ、その自分の方が上だって優越感を籠めた賛辞は止してほしいなあ」

「でも、隊長、それでスパッツ破れる心配ないじゃん」

「ああ、でも、なんで琵琶湖の上空で? 黄泉比良坂は、まだまだ先だぞ」

「琵琶湖は日本一の湖なのニャ、つまり、日本一のお清めの水ニャ。その効果ニャン(^ー^* )」

 しかし、鏡を見ると記憶にある十四年前の自分の姿よりも五割り増しくらいの美しさだ……だ、だけど、それは言わない。きっと無慈悲なツッコミされるからな。

「あ、速度が落ちていく! ノンコ、投炭!」

「合点だ!」

 機関助手のノンコがワンスコでバーチャル炭水車から仮想炭を投げ入れる。北斗は九州や北海道の深層炭のバーチャルエッセンスを燃料にしているのだ。

「だめだ、速度が上がらない……」

「ノンコ、投炭三十!」

「合点!」

「四十!……五十!」

「これは……黄泉の力……ニャのかも」

「隊長がスリムになったのは琵琶湖の力だけじゃない、ダークメイドの力が伸びてきているんだ。オレが先に偵察に行こうか?」

「待てブリンダ、ユリ、このまま速度低下して速度がゼロになるのは、どのあたりだ?」

「そうね……綾部か福知山の上空」

「北斗を下りて、全員パーソナルフライトで侵入するのはどう?」

 清美の提案はもっともだが、パーソナルフライトとなれば個人差が大きい。かえって到着が遅れる恐れがある。ダークメイドの予期せぬ伏兵もあるだろうし……なによりも北斗の車載武器が使えなくなる。

「そうニャ、黄泉比良坂には千曳の岩があるニャ。天岩戸と並ぶ岩ニャ、北斗の主砲・量子パルス砲でなきゃ抜けないかもニャ!」

「生身で当たったら、各個撃破かもね……あなたたち、生身での連携戦闘なんてしたことないんでしょ」

 それまで沈黙していたサムが冷静に痛いところを突いてくる。さすがカオスのスパイ、我々の弱点は心得ている。

「心得ているのはいいんだけど、その、試すような目つきは止めてくれる」

「あ、ごめん。でも、ここは隊長が判断するしかないと思う」

 

 サムの冷静な言葉に、クルー全員の視線が集まる。

 

「北斗は元々は蒸気機関車だ……ここから降下して、山陰線をすすんで行こう」

 十四年前の美しい姿に戻りながら、ダサくて辛気臭い方法しか思いつかなかったが、笑ったり突っ込んだりする者は一人も居なかった。

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ライトノベルセレクト・196『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・5』

2020-01-31 06:12:20 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・196
『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・5』


 
 翔太とは、それで縁を切ったつもりでいたけど、放課後とんでもない巻き添えをくってしまった。

 昇降口で前の日に買ったばかりのローファーに履きかえていると、外で争う気配がした。誰かがケンカしているようだ。
 こういうのは音で分かる。どちらかが一方的に負けていて、勝っている方が執拗に襲いかかっている。
「ちょ、ごめん……」
 人混みかき分けて前に出ると、分かった。翔太がMを一方的にノシている。

「やめろよ翔太。もう勝負ついてんじゃんよ」
「薫か。元はと言えば、おめえなんだぞ。こいつが薫のこと好きだなんてほざきやがるから」
「!……いいじゃんか、誰が誰を好きになろうと、翔太には関係ねーだろ」
「よかねえ。薫は俺の女だ! 薫も覚えとけ、近頃冷たいけどよ、おめえは俺のカノジョなんだ! そいつをMの野郎は……」

「冗談は顔だけにしとけ!」

 渾身の回し蹴りが、翔太の顔にもろに命中。翔太はもんどり打って気絶してしまった。新品のローファーの蹴りが、まともに翔太の首筋に入ったのだ。
 生指の先生が飛んできたが、状況と、みんなの証言で、半分伸びたままの翔太だけを連れて行った。
「あ、ありがと」蚊の泣くような声でMは去っていった。

 昇降口の鏡に写った俺は、やっぱり俺だった。朝キチンと着た制服は、いつものように着崩れていた。だいいち丈を改造した制服はキチンと着ても気合いの入ったスケバンにしか見えない。新品のローファーだけが浮いたように清楚だったけど、こいつが翔太にとどめを刺したのが、とても皮肉だった。

「お母さん、三万円貸して!」

 家に帰るなり、お母さんに頼んだ。
 
「なにするの、そんなに?」
「ちゃんとした薫に戻るの!」

 自分の小遣い一万円を足して、俺は、チョー本気で「あたし」に戻ろうとした。
 学校指定の洋品屋で制服を買い、その場で着替えた。そして美容院に直行した。
「どうしたの薫、首から下は普通の女の子じゃない!?」
 美容院のママが目を剥いた。
「首から上も、普通にして」
「……本気なのね」
「本気」
「分かった。ほのか、悪いけど毛染めはよそでやってもらって、薫の気が変わらないうちにやっつけるから」
「変わんねえよ!」
「どうだか、その言葉遣いじゃね」
「薫さん、本気っすか。進路対策には、ちょっと早いような……」
「本気!……本気よ」
 妹分のほのかは、信じられない目つきで店を出て行った。
 髪を一度ブリーチしてから黒染めにしてもらい、やや短めではあるけど、普通のセミロングにしてもらった。
「オバチャン、あたし、普通に戻れっだろうか?」
 不覚にも声が震えていた。
「薫のことは子どもの頃から知ってる。あたしの好きな薫が可愛くないわけないじゃない!」
 オバチャンも本気モードになった。
「眉剃ってるから変な顔……」
「時間がたてば、元の眉に戻るけど、あたしが描いてあげよう」
 オバチャンは、左の眉を描いてくれた。
「右は自分でやってごらん、左の真似して。しばらくは描き眉でいかなきゃならないんだから」
 真剣に眉を描いた。左を見るまでもなく、手が元の眉を覚えていて、左とピッタリの眉が描けた。体の奥から嬉しさがこみ上げてきた。
「そうよ、それが薫本来の笑顔よ。小学校の二年で九九を覚えて、あたしにご披露しにきたじゃない。あの時の笑顔よ!」

 鏡の中には、どこか由香里に似た女子高生が映っていた……。
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・26「GAME OVER!」

2020-01-31 05:53:57 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)26
「GAME OVER!」                     


 
「ご、ごめん。イヤホン抜いたら、こうなっちゃって……」

 部室にもどると、空気がおかしかった。
 吸血鬼であることがバレた男って、こんな感じじゃなかったかと思う啓介であった。
 千歳も須磨も、できたら同じ空気を吸いたくない。そんな感じで距離を取っている。

 すぐに分かった。

 ノーパソが点きっぱなしで、画面の中では3か月かけて軌道に乗せたグローバルクラブがクローズドになっている。5人のメイドさんたちは、3か月前、クラブに来たときの私服に着替え、ボストンバッグやキャリーバッグを手にして背を向けている。
「だ、大丈夫。セーブさえしていなかったら、やり直せますから……」
 啓介は、エスケープキーを押して強制終了させてから再起動させた。

 GAME OVER!  時間がたちすぎてしまいました 最初からお始めください

 画面には無情の一行が点滅していた。
「あ、あああああああああああ」
 啓介は、くずおれてしまい、年代物の椅子が断末魔のような悲鳴を上げた。
「で……でもね先輩ぃ……部室でアダルトゲームやってるのも、その……どーかと……」
 千歳は、車いすを軋ませて、やさしく言った。
「この部室では、何をやっても自由やねん。カルチェラタンやねん、そやさかいに……」
「そうなんだろうけど……あたしも、須磨先輩も、こういうのには慣れてないから……ってか、それと、もっと三次元に係わったほうがいいと思うんですけど」
 やさしい物言いではあるが、けっこう厳しいことを言う千歳ではある。
「千歳ちゃん、ちょっと言い過ぎじゃないかな。啓介君はイヤホンでやってるし、席を立つときも画面は見えないようにしていたよ。今回は、部長さんたちが押しかけてきてオフにする暇もなかったんだし」
「いや、オーラルモードをロックしてなかったのが悪いんです。もっかい最初からやり直します」

 啓介は、カーソルをニューゲームに持って行ってクリックした。

 千歳と須磨は、申しわけない気持ち半分、好奇心半分で画面を覗き込んだ。
「あーー、掃除からせなあかんねんなあ……」
 グローバルクラブというゲームは、自分でメイドクラブを経営するゲームで、最初に、手に入れたクラブの建物の掃除からやらなければならない。
「ほー、ひたすら画面をクリック、あるいはタッチするのね」
 啓介は、三月の終わりにグローバルクラブを始めた時に腱鞘炎になりかけたことを思い出した。
「あ、先輩。あたしも手伝います」
 千歳が、しおらしく申し出る。
「じゃ、ボールペンの尻でタッチしてもらえるかなあ」
「よし、あたしも」
 須磨も加わって、三人で画面をタッチし始めた。

 <<<ドバッ!!>>>

 いきなり画面が震え、次の瞬間、爆発のようなエフェクトがあって、画面は無数の、そしてありとあらゆる害虫に覆いつくされた。

 高温多湿の6月なので害虫が大量発生しました!

「すごい、このゲーム、カレンダーに連動してるのね!」
「ハハ、リアル~!」
 やり始めると、面白がる二人だが、啓介は思い出した。

「そうや! えらいことになってるんやった!!」
 
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不思議の国のアリス・18『世界の中心で I を叫ぶ!』

2020-01-31 05:45:51 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・18
『世界の中心で I を叫ぶ!』
    


 
 ☆日本で奇妙なこと

 世界地図で、日本が中心になっていること。でも、日本人の頭の中では世界の端っこ。

 ☆アメリカで奇妙なこと

 世界地図で、アメリカが中心になっていること。現実的にも、アメリカ人は、そう思っている。

 
 千代子の家に帰ると、ちょうど隣りのオバチャンが回覧板を持ってくるところだった。

――24日、不発弾処理のため、緊急避難予告――

 びっくりするような文字が飛び込んできた……。
 
 アリスは、一瞬心臓が潰れそうになった。爆弾の写真が載っており、千代子に説明されるまでもなく、それがアメリカの1トン爆弾であることが分かった。伯父さんのカーネル・サンダースが軍人なので、アリスは、並のアメリカ人の高校生よりは、こういうことに詳しいのだ。
 二百メートルほど離れた工事現場で発見され、24日、自衛隊が来て処理をするため、近くの小学校に避難しなければならないのだ。近くの幹線道路も封鎖され、半径三百メートルの地域が避難地区に指定されている。
 
「いやあ、ウチも避難せなあかんねんやろか……?」
「ええやんか、ほんの三時間ほど、小学校で遊んでたらええねん……なんか気になる、アリス?」
「せやかて、これアメリカの1トン爆弾やで……」
「それが、どないかした?」
「ウチ、アメリカ人やで……」
「ハハハ、そんなこと気にしてたん。だーれもそんなこと思てへんわ」
「そやけど、アメリカのオッチャンらは、いまだにリメンバーパールハーバーやで」
「日本人は、戦争は嫌いやけど、どこそこの国が嫌いとは言えへんで」
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う……」
 千代子のオバアチャンが割り込んできて、呟いた。
「オバアチャン、なに、それ?」
 難しい標準語は、アリスには分からない。
「憲法の前文やなあ」
 千代子にも、その程度には分かる。
「せやから、アリスも安心して避難したらええねん」

 アリスは、あとで、英訳の日本国憲法をかいつまんで検索した。そして、こう思った。
 
――憲法で戦争が回避できるんやったら、台風も地震も放棄したらええのに……。

 明くる日は、登校日だった。26日の卒業式を前にしての最後の登校日。
――この制服着るのんも、あと二日やねんなあ……。
 その思いのせいか、学校に行くと、やたらと友だちからシャメを撮ってくれとせがまれ、アリスは機嫌よくそれに応えた。合計で40回も撮ったころ、AETのジミーが、やってきた。
「やあ、アリス。もうお別れだね」
「そうね、先生」
「先生なんてよしてくれよ。君とは五つしか違わないんだぜ。ジミー、アリスでいこうぜ」
 アリスは、ジミーが三つは歳をごまかしていると思っている。で、名前のように地味ーではないのもよく分かっている。
「そうね、ジミーって素敵な名前だわ。名前に恥じない地味ー……であることを願ってる」
 どうも、この洒落のめした警告は通じなかったようである。シャメをとるとき、ジミーは派手に体をすり寄せてきた。アリスはシャッターを切るとき、思い切り叫んでやった。
「コノ、ド、スケベー!!」
「今の、なんて日本語?」
「ノンノン、フランス語で、素敵な紳士って意味」
「オー、レッツゴー、ワンスモア!」
 今度はジミーも声を揃えてシャメった。
「コノ、ド、スケベー!!」
 校庭中に響き渡る声だったので、あちこちで笑い声が起こった。
 ジミーは、何を勘違いしたのか、それにガッツポーズで応えていた。シカゴのアドレスを、しつこく知りたがったので、虫除けのアドレスを教えておいた。カーネル・サンダースの伯父さんのアドレスを……。

 卒業式のリハのあと、ロッカールームの整理にかかった。

 アリスは驚いた。
 
 先生達が、大きな段ボール箱をいくつも用意してくれていて、いらないものはその中に入れるように声をからしていた。みんな、ジャージや教科書などを惜しげもなく捨てていく。
 アリスは、みんな持って帰るつもりで、大きなバックパックを持ってきていた。
「やあ、先生。これ、ウチがもろてもよろしい?」
「ああ、どうせゴミや。好きなん持っていき」
 アリスの地図帳や、国語便覧は書き込みでいっぱい。地図帳はちょっとしたアトラスで、市販の同様なものは十倍近い値段がする。国語便覧は、日本文学や風俗がよく分かって貴重な日本の資料である。驚いたことに、半分以上が新品同然だった。名前が書かれていないものを五冊ずつ選び、自分の教科書などといっしょにバックパックに詰めた。モノを大事にしない日本人……TANAKAさんのオバアチャンが知ったら嘆くだろうなあ……と、思った。

 最後にアリスは思いついた。棒きれを持ってきて、グラウンドになにやら描き始めた。
 
「なに描いてんのん?」
 千代子が不思議そうに聞く。
「へへ、ちょっとしたナスカの地上絵や」
 そのうち、四階の社会科準備室の窓が開き、先生たちが顔を出した。
「アリス、えらいうまいこと世界地図描くやんけ!」
「そやろおおおおおお!」
 アリスはとびきりの笑顔でピースサインをした。
「千代子、世界の真ん中で叫ぼ!」
「何を!?」
「I will be なんとか! で、ええねん。または I whish i were なんとか!」
「なんで英語?」
「日本語やと照れくさいやろ」
「そやなあ……」
 千代子が悩んでいるうちに、ギャラリーが賑やかになってきた。
 発作的にアリスは世界地図の真ん中に立った。
「この洒落、分かる人おったら偉い!」
 アリスは、大きく息を吸い込むと、思い切り叫んだ。

「I will be the I……!!」

 一瞬、ギャラリーがシ-ンとした。
 
「I mean japanese 愛や!」
 なんと三階の窓から、東クンが叫んだ。
「Oh yes, its mean LOVE!!」
 アリスが応えると、気を利かした放送部が『L-O-V-E』をかけ始めた。
「L is for the way you look at me……♪」
 さらに練習中の軽音楽部が、ピロティーから出てきて、即興で『L-O-V-E』を演奏し合唱になってきた。
 そして、次々に生徒が集まり、いろんな歌を唄い、期せずしてアリス待望のプロムになった!

※プロム――アメリカの高校などの卒業式のあとに行われるパーティー。ここで正式なカップルができることも多い。
  
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ジジ・ラモローゾ:011『DAN!』

2020-01-30 13:55:57 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:011

『DAN!』  

 

 

 DAN!

 

 何かが倒れた音じゃない、ピストル撃ったときの音でもないしDNAの書き間違いでもない。

 DARENIMO AITAKU NAI!  の頭文字。

 誰にも会いたくない……分かるよね。

 意味じゃないよ、気持ちだよ、気持ち。

 

 月にいっぺんくらいやってくる。

 

 DANになると、ひどいときは部屋から出られないどころか布団からさえ出られない。

 根性なしだから、トイレに行きたくなって、けっきょく起きだすんだけどね。

 DANになると、生活音てのか、窓を通しても聞こえてくるアレコレの声や音がたまらない。

 車の音、人が歩いたり走ったり、挨拶したり、咳とかクシャミとか、犬がシャカシャカとアスファルトに音をさせて歩いてるのもやだ。ご近所の台どこで鍋なんか落とす音がしたら――死ね!――と呪ってしまう。

 お祖母ちゃんちに来て正解。

 ここは田舎だから、東京に比べ、そうゆう生活音が圧倒的に少ない。

 むろん、お祖母ちゃんの生活音はある。お祖母ちゃん、腰が悪いから足音とかに癖があるしね。

 お祖母ちゃんの歩き音がすると、さすがに申し訳ない気持ちになる。

 なるけど、やっぱ起きない。

 

 AMAZONで尿瓶を品定めしたこともある。

 

 尿瓶があれば、ほんとにお布団出なくて済むもん。

 でもね、失敗した時のこと想像しちゃうんだ。

 パンツ脱いで、尿瓶をあてがってさ……ちょっとでも隙間が空いてたらこぼれちゃう。

 首尾よく済ませても、拭かなきゃだめでしょ。尿瓶の蓋もしなきゃならないし……きっと失敗するよ。

 自分のオシッコでビチャビチャになったベッド……想像しただけで死にたくなる。

 引き籠るんだったら男だよね、わかるでしょ。

 

 腐ったバカになりそうなんで、お祖母ちゃんが出かけてる隙に何とか起きる。

 

 トースト焼いて、目玉焼き……つくる気力も無くて、オレンジマーマレードだけ塗って食べる。

 コーヒー牛乳温めようかと思ったけど、そのまま飲む。

 飲んだところでお祖母ちゃんが帰って来る。

「よかったら、お祖母ちゃんの部屋の本とかDVDとか観てもいいのよ」

「ありがとう」

 せっかくだからという気持ち半分、お祖母ちゃんの気持ちは受け止めなきゃという気持ち半分で、お祖母ちゃんの部屋へ。

 お祖母ちゃんの部屋のこと、書きたいんだけど、気持ちが続かない。

 また、今度ね。

 

 

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ライトノベルセレクト・195『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・4』

2020-01-30 06:54:12 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・195
『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・4』


 その夜は感動して寝られなかった。

 ちょっと大げさ。でも、三時頃までは頭の中の電気が点いたままだった。
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』を二時間ほどで読んだ。むろん由香里が寝てから。

 坂東はるかという子が、親の離婚で東京から大阪に転校。ひょんなことから演劇部に入り、いろいろ頭を打ちながら成長していく話だけど、これはノンフィクションだった。はるかという子の7か月が、彼女の幻想とともに描かれている。
 
 すごいと思ったのは親が離婚して転校までさせられたのに、ちっとも歪んでないこと。
 
 それどころか、はるかという子は、別れた両親の仲を元に戻そうとして夏休みに一人で南千住の実家まで戻ってみる。ところが父には、もう事実上の別の妻がいた。いったんは崩れそうになるけども、自分の望みに反した現実を受け入れ、バラバラだった両親を始め、いろんな人の心を前に向かせていく。
 それも、はるかがそうしようと思ってではなく、前向きに生きようとすることが、周囲の人間を変えていく。その中心に高校演劇があり、その中で芝居をやることが彼女の支えになる。
 そして、その支えが、いつの間にか本物になり、はるかはプロの女優になる。

 そして、坂東はるかは、その自分自身のノンフィクションの主役。

 これだけでもすごいのに、寝ようと思って布団に潜り込むと、由香里の枕許の台本に気が付いた。
 由香里は、AKRのメンバーだけど、映画どころかドラマにも出たことがない。台本の出番もけして多くはない。でも、台本は何度も読み返した形跡があり、自分の出番以外も書き込みで一杯だった。
 リビングに持っていって改めて見ると、懐かしい由香里の涙のシミが、あちこちに着いていた。由香里は、小さな頃からよく泣く子で、俺……あたしは、面白半分で怪談なんかしてやった。あたしが飽きると、自分で本を読んでは泣いていた。
 台本のシミは、そういうのではない涙のシミも混じっていた。

 可愛い寝顔の由香里が、とても偉く見えた……。

 あたしは、もう「俺」を止めようと思った。由香里が撮影に出かけたあと、あたしは着崩した制服をキチンとしてみた。本の中にあった「役者はナリからやのう」。コワモテのカオルから普通の薫に戻ろうと思った。

 いつもより二本早い電車に乗った。

 で、学校の校門に入る頃には、いつものカオルにもどってしまった。
 
 クラスに安西美優という気の弱い子がいる。美優は、朝早くやってくる。柄の悪い生徒達といっしょにならないために。
 廊下を歩く気配で分かるんだろう、あたしが教室に入るとギクっとして身を縮めた。
 お早う……喉まで出かけた挨拶が引っ込んでしまった……。

「一ノ瀬由香里って、カオルの従妹なんだってな!?」

 あたしが、一番シカトしてる翔太がデリカシーのない声で話しかけてきた。
「ただの従妹ってだけだ」
「夜なんか、いっしょに風呂入って、オネンネしてんだろ。カオルがなにもしねえってことねえよな?」

 ……!!!

 気が付くと、翔太が鼻血を出して吹っ飛んでいた。
「もう俺に口聞くな、ぶっ殺すぞ!」

 金輪際、それで縁を切ったつもりでいたけど、放課後とんでもない巻き添えをくってしまった。
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・25「お帰りなさいませ、ご主人様!」

2020-01-30 06:43:54 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)25
「お帰りなさいませ、ご主人様!」                   


 
――お帰りなさいませ、ご主人様!――

 画面の下に台詞が出て、甘ロリのメイドさんが、画面いっぱいの笑顔で出迎えてくれている。
 
「か、かわいい……」
 須磨の声がうわずった。
「……なんだか、いけない可愛さのように思えます……」
 そう言いながら、千歳も画面に釘付けになってしまっている。
「イヤホン外してみようか……」
 須磨は、ノーパソに繋がれていたイヤホンのケーブルを外した。

――メディアが外されました オーラルモードになります――

 画面の上にテロップが現れ、メイドさんが嬉しそうに手を叩いて喜んでいる。
『嬉しい、ご主人様! オーラルモードでやってくださるんですね!』
「「かっわいいいいいいいいいいいいいいい!!」」
 須磨と千歳の声が重なった。
『ご主人様ぁ、お食事になさいますか? お風呂になさいますか? そ・れ・と・もぉ……』
 メイドさんは、ポッと頬を染め、顎の下で指を絡ませた。
「そ・れ・と・もぉ……って、なんなのでしょう?」
「そ、そりゃ、このシュチエーションなら……」
『シュチエーションならぁ…………?』
 メイドさんの顔がアップになり(つまり近づいてきた)潤んだ声で迫って来た。
 須磨は、思わず「H」のキーを押した。
『あ~ん、オーラルモードですよ、ご主人様。声に出しておっしゃってくださいませぇ♪』
「え、え、え、声で……だそーですよ! 先輩」
「まかしといて……Hがしたいなあ!」

 すると、サロン風だった画面は冷凍庫の中のように凍てつき、メイドさんの顔から笑顔が消えた。

「そ、その声、ご主人様じゃない! で、出て行ってえええええええええええええ!!!」

 顔中を口にしてメイドさんが叫ぶと、ショックのエフェクトになり、ビューンとサロンが遠ざかり、
 ガチャピーン!!
 鉄の扉が閉まって、ゲームオーバーになってしまった。

 ガチャガチャガチャ!

 立て付けの悪い最後のドアが開いた。
「ここが一番ひどいんや!」
 漫研部長が開いたドアの中は、肉眼でも分かるほどに害虫が蠢いていた。
 ダニやシラミは普通見えないが、まるでコショウかなにかをぶちまけたようなものがゴニョゴニョしている。小さな雲みたく、部屋の隅では蚊柱が立ち、ゴキブリさえも羽を伸ばして飛び回っていた。
「演劇部がバルサンたいたから、演劇部はきれいになったやろけど、他の部室に害虫が集まりまっきてしもてんねんぞ!」
「ど、どないしてくれんねん!!!」

 部室棟の部長・マネージャーたちが、いっせいに啓介につめよった。

「か、かんにん!!」

 啓介は無条件降伏するように両手を上げた。そして、廊下の片隅でほくそ笑んでいる人影があった……。 
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不思議の国のアリス・17『天六界隈探索記』

2020-01-30 06:35:42 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・16
『天六界隈探索記』
      


 アリスは下見をすることにした。

 千代子のオバアチャンから、天満天神繁盛亭のチケをもらったんだけど、今月いっぱい有効。
 演目を見ると、明後日に「七度狐」と「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」という大ネタをやることを知り、とりあえず下見をしようと思い立った。
 正確には、繁盛亭の近辺を検索してみると、いろいろおもしろいモノがあり、二度に分けないと、繁盛亭の落語観賞とは両立しないと分かったからだ。

 地下鉄の天六(天神橋筋六丁目)で降りた。
 
「ウワー、千代子、見てみい。めっちゃくちゃ長い商店街!」
 ちなみにアリスは「めちゃ」という副詞は使わない。大阪に来て「めちゃ」を知るが、どうも気合いが入らないのでTANAKAさんのオバアチャンに習ったとおり「めちゃくちゃ」。感動のはなはだしい場合は「めちゃ」を促音化させ「めっちゃくちゃ」という。
「この天神橋筋商店街は、日本でイッチャン長い商店街やねんで!」
「どのくらいあるのん?」
「2・6キロ。1・8マイルっちゅうとこやな。世界でも、こんな長いバザールはそんなに無いで。千代子パパの黒門市場よりも長い……」
 千代子は、悪い予感がした。
「で……」
「歩く!」

 予感は的中した。

「ちょっと、商店街こっちやし!」
 交差点の方に行ったアリスに叫んだ。気づくと、アリスはお巡りさんに何か聞いていた。
「ポリさんに、何聞いてたん?」
「うん『天六ゴーストップ事件』と『天六ガス爆発事件』のこと聞いてたんやけど、あのポリさん、何にも知らんかった」
「なに、その二つの事件?」
「昭和8年(1933年)にな、ここの横断歩道で、ポリさんと兵隊さんが、信号守れ、守らへんでケンカになってな。それが陸軍と内務省のケンカになって、天皇陛下が『いつまで、しょうもないことやってんねん』言わはって、やっと決着した事件」
「アリス、よう知ってんねんなあ。感心するわ」
「TANAKAさんのオバアチャン、ここで見てたんやて」
「え、あのシカゴの!?」
「はいな。歴史の生き証人。そやけど、大阪でポリさんやってんねんやったら、それぐらい知っとかなあかんわ」
「声大きい、聞こえるで。で、ガス爆発は?」
「昭和45年(1970年)に、この下で地下鉄工事やってて、ガス漏れしてなあ、直しに来たガス会社の車のセルモーターの火花に引火してしもて、七十人以上人が死んだ、日本最大級のガス爆発事故や。ほんでからに……」
「ま、とりあえず歩こか」
 アリスのウンチクが長くなりそうなので、千代子は、アリスをうながした。
「しかし、食べ物屋さん多いなあ……」
「どこかで、お昼にしよか」
「店は、もう検索して決めたある」
 さすがはアリスである。
 あれこれ見ているうちに繁盛亭の場所も分かり、その前を横切って、天神さんにお参りした。
「アリス、なんのお願いしたん?」
「アホやな。天神さん言うたら学問の神さんやで、勉強のことに決まってるやろ」
「えらいなあ。こんなとこまで来て、勉強のことか!?」
「勉強がんばったら、また日本に来られるやんか」
「……あ、そやな。アリス、もうちょっとで、シカゴ帰らなあかんねんもんなあ」
「今度来たら、天神祭のギャル御輿かつぎたいなあ……」
「あんた、どこまで詳しいんや!」
 
 お守りを買って、商店街に戻った二人は、南森町に着いた。
 
「粉モンは飽きたよって、今日はちょっとイタリアンで……」
 そういうと、アリスはMS銀行の横を曲がり、「志忠屋」という小さな店に入った。
「二人、テーブルよろしい?」
 ブロンドのアリスが、流ちょうな大阪弁で聞くので、バイトのオネエチャン(?)が少し驚いたような顔になった。
「ここ、シチューがメインみたいやけど、パスタがイケてんねんで」
「ほな……」
 それぞれ違うパスタをオーダーし、食べっこをすることにした。オーダーするとマスターの姿に気が付いた。
「マスター、ロバート・ミッチャムに似てますねえ」
「中年以降のポッチャリしたころのね……お若いのに、古い映画スター知ってはりますね」
「この子、変なアメリカ人ですねん」
 千代子が前置きをする。
「わたい、変な日本人ですねん」
 マスターが絶妙な呼吸で返してきた。
「ところで……」
 アリスは、ダメモトで、さっきの話題などを投げかけてみた。驚いたことに、マスターは全ての質問に的確な答えをしてくれた。あげくに民主党(念のためアメリカの)の悪口になると、このミッチャムのオッサンはひどく詳しかった。ニューディールの失敗、リメンバーパールハーバーから原爆投下、ベトナム戦争、オバマのTPPにいたるまでの民主党には手厳しく、これは共和党ファンかと思うと、そちらも手厳しく、小林イッサとは違う意味で、したたかな日本人に出会った気がした。
「あ、この壁のサインすごい!」
 二人の話について行けない千代子は、店の壁に書かれたアーティストたちのサインに驚いた。
「ウチ、知ってる人もいてるなあ」
 アリスの芸能関係の知識は狭いが、そのアリスでも知っているものもあった。元ちさと、BOOM、プリプリにリンドバーグ、ミスチル……千代子は、侮れないなあと、いつの間にかカウンターに移動して口角泡を飛ばしている日米のケッタイな二人を見つめた。
「あ……」
 テーブルにドリンクを取りに行ったアリスが、出窓に並べられた本の一冊を見つけて声をあげた。
「これ、アマゾンで、えらいプレミアム付いてる本ですやんか!?」
「ああ、大橋の本か……」

『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』の初版本である。

「これ、競り落としはったんですか!?」
「いや、大橋は、古い連れやさかいに」
 アリスの頭には、アマゾンで最高53000円のプレミア価格が点滅した。
「ヘヘ、持って帰ったらあかんで」
 マスターのフライングした言葉に、苦笑いのアリス。
「あさって、もっかい来るさかい、借りたらあきません?」
 という線で手を打った。

 千代子の家に帰ると、ちょうど隣りのオバチャンが回覧板を持ってくるところだった。

――24日、不発弾処理のため、緊急避難予告――

 びっくりするような文字が飛び込んできた……。
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せやさかい・118『近所の火事!』

2020-01-29 12:32:57 | ノベル

せやさかい・118

『近所の火事!』 

 

 

 ウウーーカンカンカン  ウウーーカンカンカン  ウウーーカンカンカン

 

 サイレンと鐘の音で目が覚めた。消防自動車や!

 日ごろはサイレンの音は区別はつきにくい。救急車かパトカーか消防車か。たいてい遠くやから『あ、サイレンや』としか分かれへん。たとえ目の前を通っても自分に関係なかったら直ぐに忘れるし。

 せやけど、ほん家の近所となると、はっきり聞き分けるというか、気になる。

『近所だよ』

 詩(ことは)ちゃんの声も聞こえて来たんで、半纏を羽織って廊下に出る。

「二丁目みたいやなあ」

 おじさんの声が階下でする。続いて家のもんの気配、カカッとかザッとか履物を履く音、玄関が開けられる。とたんにサイレンの音が大きくなる。

「行ってみよ……」

 詩ちゃんに促されて、うちらも境内に。

 山門の向こう……たぶん、通り二つ向こうから夜目にもはっきりと立ち上る煙が見える。

 直ぐに消防車の放水が始まったみたいで、何かが水圧で飛ばされる気配、ボボボと燃え広がるような消されていくような、どっちともつかん音。

 山門の前を近所の人が通っていく。

「諦一、脚立持ってきて屋根登れ。諦念は外から見回れ」

 お祖父ちゃんが指示して、テイ兄ちゃんとおっちゃんが動く。緊急事態はお祖父ちゃんの指示が頼もしい。

 

 ボ!

 

 なにかの拍子で、ひときわ大きな炎が立ち上って、火の粉が舞い上がる。

「美保さん、ホース延ばしといて、詩は消火器を」

「うん、お祖父ちゃん」

 家族みんながテキパキ動く。あたしはノコノコ出てきたダミアを抱き上げてオロオロするばっかり。

「念のためや、念のため」

 お祖父ちゃんは、安心させるように微笑みで返してくれる。

 やっぱり年の功やと思う。

 

 炎は、さっきの『ボ!』が最高で、ちょっとずつ下火になっていく。

 

「詩、消火器!」

 築地の外でおっちゃんの声。

「さくらちゃんも、一本」

「う、うん」

 詩ちゃんと二人で山門をくぐって急行!

 うちのお寺と違て、道を挟んだ家の駐車スペースから煙。屋根が無いので、落ちてきた火の粉が隅に積んだった段ボール箱なんかに燃え移って煙を上げてる。

「早よかせ!」

 おっちゃんは受け取ると、ブシューーーーっと、もたつきながらも消火器で火を消した。

 消し終わって、その家の呼び鈴を鳴らすけど反応がない。家の中に灯りも点いてないから、誰も居てへんみたい。

 しばらくすると、防火服から水を滴らせた消防士さんが二人着て、状況を確認し始める。

 どうやら危ないとこやった。

 

 鎮火の宣言がされて、お寺に戻る。

 

「さくら! 大丈夫やったあ!」

 なんと、頼子さんが駆けつけてくれてた。

 よかったよかったとハグしてくれる。

 持つべきものは先輩や!

 ニャー……と鳴いたダミアの声が震えてるのに気付く。

 ノコノコ出て来たなんてごめんな、ダミアも怖かってんなあ。

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巷説志忠屋繁盛記・21『13人の予約・2』

2020-01-29 08:39:20 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・21
『13人の予約・2』     

 

 

 夕べの客は大変だった。

 

 そう、あの十三人の団体さんだ。

 幹事は湯田という感じのいいおっさん。

 十三と湯田(ユダ)で分かると思うのだが、あれはキリストと十二人の弟子たちだ。

 数年に一回、ユダが予約を入れて志忠屋で飲み明かす。

 欧米人は十三人で飲み食いするのを不吉に思う。滝さんは気を利かして開いている席に人形を置いた。人形を置くことで13の不吉から逃れることが出来るからだ。

「いや、それはいいですよ」

 キリストも弟子たちも微笑みながら人形を断る。これだけは十三人の意見が一致する。

 

 滝さんを入れたら十四人ですから。

 

 湯田さんなどは、滝さんの耳元で小さく、しかしハッキリと礼を言う。

 こいつら、また、俺に仲裁させるつもりやなあ……。

 思っていても、滝さんは口に出さない。

 せっせと料理を作ってはテーブルに並べ、古今東西の酒をふるまってやる。早いとこ酔い潰すのに限るからだ。

 宴たけなわの手前くらいでヨハネが口を開いた。

 ヨハネは弟子たちの中で最年少。いつもは先輩弟子たちの話をニコニコと聞いている気のいい若者で、キリストや兄弟子たちの一挙手一投足を尊敬と憧れの目で見ている。

 ただ、若さゆえに言葉が足りないところがある。だからこそ、宴の席では寡黙でいるのだが、この日は口を滑らせた。

「マグダラのマリアさんは、主を愛していらっしゃいます」

 ここまでにしておけば罪はなかったのだが、一番弟子のペトロが最年少のヨハネに花を持たせてやろうと思った。

「主と交わった人々は皆、主のとりこになる。しかし、それだけでは言葉が寂しい、もう少しマグダラのマリアさんの愛の思いを描写してごらん」

 青年の憧れや思いを寿いでやろうと、キリストも弟子たちも暖かい眼差しをヨハネに向ける。

 麗しい心配り……なんだけど、ちょっと危ういと滝さんは思う。

 ヨハネは続けた。

「マグダラのマリアさんは愛しておられました。だから、ベタニヤのシモンの家で食事をなさっていたとき香油の油を主の頭に垂らしたのです」

「そうだね、マリアは若さゆえに主に接した喜びを表す言葉を持たなかった。だから、歓喜の衝動のままに香油をね……そして、すぐさま、その長く麗しい黒髪で手のお体を拭ったのだよ。ユダなどは目を三角にして起こったけど、主は承知しておられたのだよ、だからこそ、マリアがなすままにされておられた」

「そうです、主もマリアさんを寿ぎ……いえ、主もマリアさんを愛しておられたのです。二無きものと愛しく思われていたのです」

「二無き者とは?」

 ユダが身を乗り出した。

「主よ、マリアさんと付き合ってやってください!」

「付き合っているではないか、マリアはわたしの敬虔な信徒だよ」

「いえ、そういうことではなく。ぜひ、恋人に、嫁にしてあげてください!」

 

 滝さんは、ちょっとヤバいと思って割って入った。

 

 いつものように滝さんの割り込みで事なきを得たが、滝さんは、ちょっと後悔している。

 また牧師から勧誘されそう……。

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ライトノベルセレクト・194『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・3』

2020-01-29 06:21:32 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・194
『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・3』


 家に帰ると、もう由香里が来ていた。

 マネージャーやら放送局のスッタッフなんかを引き連れて、まるで事件現場の取材チームだぞ。
 
「ウワー、薫ねえちゃん、いっそうマニッシュ!」
 
 パシャパシャ! パシャパシャ! パシャパシャパシャパシャ!
 
 由香里が叫ぶと、レポーターがスタッフを引き連れ、由香里といっしょになって俺のことを撮り始めた。
 
「従姉の薫さんですね。いやあ、お話以上ですね。あ、手にしてらっしゃるのは原作の『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』じゃありませんか! そうなんだ、今度の由香里さんの映画の初出演に合わせて、いっそうヤンチャ女子高生って感じで迎えてくださったんですね!」
「薫ねえちゃん、ありがとね。あたしが、こうして、この世界でやっていけるようになったのも、ガキンチョのころからの薫ねえちゃんのスパルタ教育のおかげ」
「ほんと、大したもんですね。録画の時も言ってたんですけど、由香里ちゃんはろくに人の顔も見れない子だったとか!?」
「根は、いいもの持ってた子ですからね。自信さえ持てば、俺、いやボク、いやアタシが世話焼かなくっても、これくらいに……」

 そこで、由香里と目が合ってしまった。

 テレビで観たとはいえ、俺の頭の中の由香里は下ぶくれギョロ目の泣き虫に過ぎなかった。それが目の前で見ると、ビビッとくるような可愛いアイドルに成長している。なんだか胸がときめいてくる。俺って気づかないうちに女捨ててしまったのかなあ、と思ったぐらい。

 一つ疑問があった。

 なんで映画の撮影にH市みたいな地方都市に来るんだ。原作読んでも舞台は大阪と東京の南千住だ。こんなチンケな街のどこを写すんだろうと思ったら、訳が分かった。
 話の中で、二回劇場のシーンが出てくる。大きな街のホールは、この時期スケジュールが一杯で、とてもロケなんかには使えない。
 そこへいくと、このH市は、地元から有力国会議員が出ていることもあって、立派すぎる市民会館がある。それも大中小と三つも揃っている。で、今回、大と中のホールを使って、ロケとあいなったわけである。

「ねえ、薫ねえちゃん。今度の由香里は、可愛いんじゃなくて、いじめっ子なのね。だから、今の薫ねえちゃんみたいなツヨソーな、で、ちょっち斜に構えたような女の子やるわけよ。あとで、コツ教えてくれる」
「え……ああ、いいよ」
 
 十年ぶりぐらいで、二人で風呂に入って話がついた。
 
 祖父ちゃんの趣味で大きめに作った風呂だけど、さすがに二人はきつい……と、感じたけど、昔は平気で入っていた。それだけ、由香里との距離が遠くなってしまったということなのかと寂しく思い、そしてショックだった。
 由香里の裸はイケてた。プロポーションはもちろん肌のきめの細かさ、つややかさ……そういうものはアイドルなんだから当然磨きがかかって当たり前なんだろうけど、そういうもんじゃない……なんて言うんだろ、精神の確かさから来る美しさがあった。俺も元は……ハハ、言い訳になっちゃう。大事なのは今だ。不規則で荒れた毎日おくってるもんだから、肌の荒れなんかが由香里と一緒だと際だってしまう。そして心の荒みさえ体に表れているようで落ち込んでしまう。
 
「薫ねえちゃん、なんか落ち込んでる?」
 
「バーロー、(;'∀') 由香里は、相変わらずネンネだなって思ったんだ。由香里、まだオトコ知らないだろ?」
 なんて質問するんだと思いながら、つい意地悪なことを言ってしまう。我ながら根性が斜めだ。
「だって、AKRは恋愛禁止だもん。あ、薫ねえちゃん経験済み!?」
「え、あ、それは……」
 うろたえる俺を、由香里はシゲシゲと見つめる。それも全然邪気のない無垢な目で……。裸の自分をこんなにハズイと思ったことはない。
「いや、薫ねえちゃんがミサオをささげるんだ。とってもドラマチックでビビットな恋だったんだろうね……」
「バカ、それ以上見ると拝観料とるぞ!」

 風呂から上がると、由香里は、いろんな姿勢を試していた。
「おい、行儀悪いってか、汚ねーよその姿」
「そっか、これなんだ!」
「え、なにが?」
「だよね、伯母ちゃん?」
「うん、薫そっくり」

 そう言われてゾッとしたが、ここで湿気っちゃ俺の値打ちが下がる。それから寝るまでワルの姿を伝授した。

 で、やや複雑な気持ちで二人で寝た。懐かしい由香里の匂いと一緒に昔の自分の思い出が蘇ってくる……。
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・24「なにこれ!?」

2020-01-29 06:07:08 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)24
「なにこれ!?」                   


 
 あれから啓介は調子が悪い。

 喉になんだかからんでくるし、目がシカシカする。
 バルサンが収まるまで部室に閉じ込められていたのだから無理もない。
 窓から逃げることも、ドアをけ破って出ることもできたのだが、ダニ・虱が付いているかもしれない制服のまま廊下に出てしまったのだから文句は言えないと思った。
 グータラではあるが、啓介にはこういう律儀な一面がある。

「……うん、快適になったわね」

 最初は恐る恐るで、読んでいるワンピースもロクに頭に入ってこなかった千歳だったが、30分無事に過ごせたところで、ホッと安堵の息をついた。
「あ、もう大丈夫なの?」
 ソファーで横になっていた須磨もパチッと目を開けた。
「先輩、起きてたはったんですか?」
「さすがのあたしも眠れなかったわ」
「啓介先輩も、大丈夫なんですよね?」
 千歳がジト目で見る。須磨も半眼にした目で見つめている。
「大丈夫やて! そんな人をダニみたいな目ぇで見んとってーや!」
「んーーーーまあ、いいんだけどね。小山内君て、そういうとこあるんだよね。なんだか、いつもノーパソに向かってるじゃない」
「え、ええやないですか、好きなことやってて。うちは、そういうユルーイ部活なんやから」
「そりゃあ、そうですけどね。気になるじゃないですか。あたしはワンピース読んでて、須磨先輩はソファーでお休み。すごく分かりやすいでしょ。ノーパソってのは画面がこっち向いてないと、何やってるから分かりませんからね」
「大したことはやってへんよ。ニコ動とかユーチューブとか、たまにブログ読んだり、ネットサーフィンやねんさかい」
 
 グヮラッ!! 音を立ててドアが開いた!

「な、なんや、キミらは!?」
 部室の入り口には、この部室棟に入っているクラブの部長やらマネージャやらが、モゾモゾしながら立っている。
「演劇部だけでバルサン焚いたやろ!?」

「「「え……!?」」」

「ちょっと、あたしらの部室見に来てくれる!?」
「え、あ、それは……」
「ちょっと、顔かし!!」
「うお、ちょ、ちょっと!」
 
 啓介は、部長たちに拉致られてしまった!
 
「……大丈夫かなあ……啓介せんぱい」
 顔を見交わすと、2人の視界の端にノーパソの画面が入ってきた。
「……ん?」

「「……なにこれ!?」」

 啓介が切り忘れたノーパソの画面を見て、千歳と須磨はブッタマゲてしまった!
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不思議の国のアリス・16『カーネル・サンダースの謎々・2』

2020-01-29 05:59:45 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・16
『カーネル・サンダースの謎々・2』    



 謎々の中味は、ちょっとした短編小説だった。

――江戸時代の終わり頃、大阪の堺で殺人事件が起こった。殺されたのは、堺の唐物商、和泉屋の主人であった。袈裟懸けにバッサリと切られ、店の前に倒れていたのを、店を開けた丁稚に発見された。
 そのころ和泉屋は新撰組から、押し借り(無理矢理借金を申込み、踏み倒す)をせまられていた。京、大坂、堺の商人たちが、この被害に遭い、かなりの損害を被っていた。てっきり下手人は新撰組であろうと、奉行所も手をこまねいた。泣く子と新撰組には勝たれぬご時世で、この事件は不問に付されようとした。今で言えば「お宮入り」である。
 ところが、数日後、奉行所の壁に張り紙がされた。
『下手人は、堺より紀州の内にあり』
 堺より紀州(和歌山)よりということは、堺の南側で、新撰組という線は薄くなる。そこで、奉行所の役人達は、堺から紀州までの間の、主に商人で、和泉屋といさかいのあったものたちを調べ始めた。奉行は、その張り紙をよく見て、奉行所の幹部を集め、問いただした。
「下手人は、その方たちの中におる。吟味(捜査)してもよいが、武士なら潔く申し出よ」
 結果、一人の幹部役人が進み出て、白状した。その役人は、和泉屋が尊皇攘夷派の武士たちに倒幕の資金提供をしていたのに腹を据えかね、犯行に及んだ。
 なぜ、奉行は、奉行所の幹部役人の中に犯人がいることが分かったのか?――

 この答が分かったら、夕べの帝都ホテルの宿泊代はカーネル・サンダースの伯父さんが持つと書かれていた。
 
 これは挑戦しなければ損だ!
 
 梅林の見学もそこそこに、千代子の家に帰って、アリスは頭を絞った。

 アリスは考えた。英語ではなく、わざと漢字交じりのむつかしい日本語で打ってきた。千代子もいっしょに考えてくれたが、千代子にはまるで分からなかった。アリスは文章をヒラガナにしてもらい、むつかしい単語は千代子に聞いた。千代子にも分からないものは、検索してみた。

○ 堺は、当時有力な商業都市であった。

○ 奉行所というのは、今の警察である。

○ 新撰組、幕府が雇った京都や大阪の治安部隊で、傭兵部隊のようなもの。

○ 紀州=和歌山と紀州の間の地図とにらめっこ。

○ 奉行所の幹部は、同心とか与力とかがあった。

 千代子は、三時のお八つどきには降参した。それから三十分ほどして、アリスは叫んだ。
 
「分かった、ウチ分かったでえ!!」

 さっそくアリスは、答を伯父さんに送った。折り返し「ご名答!」のメールが返ってきた。

 さて、読者のみなさんは、お分かりであろうか?

 答は、次号で発表……!
 
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魔法少女マヂカ・125『脱いではいけない聖メイド服』

2020-01-28 15:15:02 | 小説

魔法少女マヂカ・125  

『脱いではいけない聖メイド服』語り手:安倍晴美 

 

 

 じろじろ見るんじゃないッ!!

 

 ダークメイド討伐のために魔法少女たちを集めたのだが、この視線には耐えられない。

「だったら、いつもの格好にしとけばいいのに……」

 ノンコの言葉に他の魔法少女たちもジト目になっている。

 

 ダークメイドを封印するため、大塚台公園の秘密基地にみんなを集めたのだが、ノッケからバイ菌を見るような目つき。

 理由は分かってる。

 わたしが聖メイド・バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世のコスで現れたからだ。

 ここまでのいきさつを知っている読者には分かっているだろうが、この聖メイド・バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン……長い! 略して聖メイド服は、十四年前、アキバでメイドクィーンとして活躍していたころのコス。今ではアキバの聖遺物とされる、いわば神の衣なのだ。

 いや、神の衣とかはいいんだけども、なんたって十四年前だ……つまり、サイズが合わない。

 腕や腹、太ももからはみ出ているのは見た目通りのハミ肉。背中のジッパーは閉まらないのでゴムひもをかけ、ベストを着ることでごまかしている。むろん、ベストの前も閉まるわけはなく、飾りのチェーンをかけて帳尻を合わせている。

 では、なぜ、そんなに無理して聖メイド服を着ているかと言うと、ミケニャンがこう言うからだ。

「聖メイド服を着ていないと、聖メイドの力が発揮できないばかりか、聖メイドの自覚も忘れるニャ」

「でも、アキバではサイズピッタリだったぞ」

「それはニャ、ダークメイドの危機を目前にして聖メードパワーがマックスになって体形まで昔に戻したからニャ。黄泉平坂まで行って緊張したら、十四年前のスタイルに戻るニャ」

「そ、そうなのか(;'∀')」

 

「おう、みんな、戦闘配食ができたぞ!」

 ブリンダがトレーに載せたハンバーガーのバリューセットみたいなのを運んできた。ブリンダの後ろにはテディ―たちが、同じものを人数分持って運んでくれている。

「隊長も食ってくれ、黄泉平坂に着いたら、すぐ戦闘の可能性が高いからな」

「うん、ありがたいんだが……」

「あ、ああ……」

「よせ、そんな憐れみで見るような眼差しは……」

 

『出発準備よーし! 各員出航配置に着けえ!』

 

 チーフテディ―の指示があって、メンバーは配られたばかり戦闘配食を持ったり口にくわえたまま配置に着く。

 ヨッコラショっと……ビリ。

 ウ……スパッツが破れてしまった(;゚Д゚)

「見セパンだけなら、脱いで繕えばいいニャ」

「そ、そうか……」

 

 動き始めた高機動車北斗のコマンダーシートで裁縫することが、最初のミッションになってしまった。

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