銀河太平記・048
胸が痛むね……
そう言いながらも、殿下はチーチェのPCを無力化されていく。
チーチェは、ペットロボットが野生化したものであるが、自己増殖能力を持っている。
火星のあちこちに散らばっているマース戦争の残骸や遺棄兵器を加工して自分たちの子どもを作るのだ。
原材料の電子パーツは火星各地の古戦場にいくらでも転がっている。マース戦争のころは、まだ実装弾が使われていたからな。
実装弾というのは、レーザーやパルスなどのエネルーギー弾ではなくて、昔ながらの銃弾・砲弾の形をしている。
実装弾の弾頭にはマイクロチップが埋め込まれていて、それが、微妙な弾道修正から敵味方の識別までやってのける。
はるか三百年の昔、米軍が日本軍の特攻機対策に作ったVT信管が起源だと言われている。VT信管というのは、砲弾の中に極小の真空管が仕込んである近接信管だ。ドップラー効果にによって、目標のエンジン音が低くなった瞬間(最接近した瞬間)に炸裂するようにしたもので、従前の時限信管に比べて有効率は十倍以上に跳ね上がった。
マース戦争時のそれは、銃弾で数十センチ、砲弾だと数メートルから数十メートルの弾道修正をやってのけ、味方への誤射だと判断すると、軌道を外すだけでなく、信管の無効化までやってのける。口径の小さい銃弾には炸薬が入っていないので、炸裂することが無く、そう言った不発弾や使用済みの弾丸が数千億とも数兆とも言われる単位で散らばっている。
チーチェは、その実装弾の弾体とICチップを加工して子供を作るのだ。
この機能は、開発者であるマス漢(マース漢、中国の火星植民地)の若い技術者が開発したもので、そのアイデアは、ニ十世紀末に日本で大流行したタマゴッチが元であると言われている。
キューー( ノД`)
パルスナイフでチップを無効化しようとすると、チーチェは首だけになっても、断末魔の鳴き声を発してハンターの心を揺さぶる。
「なんだか、自分が虐殺者になったような気にさせられますねえ……」
「それが、チーチェたちの手です。躊躇は禁物ですよ、殿下」
「大丈夫ですよ、殿下はちゃんとやってらっしゃいます」
「今はまだ小動物のフォルムですが、これが大型獣や人型になると厄介ですねえ」
「それは、言葉にするだけでも悪夢です(^_^;)」
「そうですね、さっさとやっつけてお昼にしましょう」
三人で、それぞれ最後のチーチェの無効化にかかった時に、元帥とヨイチが帰ってきた。
「変異体がいるようだぞ」
「「「おお」」」
元帥の馬の鞍には、通常の1・5倍ほどのチーチェが括り付けてあった。
ヨイチが外して地面に置いたそれは、形こそチーチェのそれではあるが、中型の成犬のような大きさで、成犬と子犬がそうであるように、大きい分可愛げには乏しい。
「これは、持ち帰って精密検査しなくちゃいけませんね」
コスモスが結論付けると、ヨイチがテキパキと処理して、自分の馬の鞍に結わえ付けた。
「獲物が食べられると、駆除も捗るんだろうけどな。もも肉なんか、見た目には美味そうなフォルムだが、ただのアルミ合金の外骨格に過ぎんからな」
「では、あの岩陰でランチにしましょう。ヨイチさん、手伝っていただけます?」
「承知しました」
律儀に敬礼を返すヨイチ、満州戦争以来の副官の挙措動作には無駄も無ければ愛嬌もない。
銀河の空賊である俺には物足りない男だが、正規軍の下級将校としては、申し分ないんだろう。
コスモスとは相性がいいようで、将来、彼女に一方面を任せるとしたら、いい相棒になるような気がする。
馬を岩陰に寄せると、もう、大昔のゆるキャンのように、昼食の準備が始められていた。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信