逢魔が時・5
『かみきり』
ロンゲがありがたい季節になってきた。
ロンゲは朝夕の冷え冷えとした空気から首筋を守ってくれる。
中学の頃、一度ショ-トにしたことがある。ちょうど今みたいな季節で、摩子は首筋から風邪をひいて一週間ほど寝込んだ。
それから、また髪を伸ばしはじめ、この秋には腰の上10センチまでの長さになった。
体育の時間や部活のときはひっつめやポニテにしている。
クラブが空中分解してからは、体育の時間以外、髪は下ろしたままだ。廊下で何度か森本や顧問と出くわした、二人ともなにか言いたそうにするが、部活の摩子と様子が違うので、今のところ声をかけられることがない。
――……やっぱりなあ……でも……どうしよう……ま、これでもいいか……――
気が付くと横断歩道の前に来ていた。
渡ると、またあっちの世界に行ってしまう。一瞬たじろいだ摩子の足許をすり抜けて、猫が横断歩道を渡っていった。
横断歩道の向こうに着くと、猫は振り返り、ニャーと一声鳴いて路地の方へ。路地の角に両の手が、猫は、その手にすくい上げられる。
猫をすくい上げた手は、すぐに消えたが、摩子にははっきり分かった。
――あれは、もう一人のあたしだ――
横断歩道を渡り、路地に踏み込むと、猫も、もう一人の摩子の姿もなかった。振り返ると、道の向こうは真っ黒な闇。
「行くしかないか」
そう呟いて、摩子は路地に足を踏み入れる。
人気がないという以外、摩子の世界と同じ世界。
目だけ動かして、まわりに気を配る。今日のこちらがわの世界は、なんの気配もしなかった。
今までは、なにかしら気配があって、それが気になる。気になったからと言って怪しげなものに会いたいわけではないけど、それなりに手順というものがあった。
「いきなりというのは、ごめんだな……」
学校カバンをゆすりあげ、摩子は路地、路地から表通り、そして、また路地と歩いた。
そうやって黄昏の街を歩いていると、少しずつ街の音がもどってきた。街のかなたに電車が走る……通りの向こうに子どもたちが遊んでいる足音と声、お豆腐屋さんのラッパ、家々からはテレビの音声や、夕飯の用意をする音。
「懐かしいなあ……」
そう思っていると、なんと、お味噌汁や揚げ物、カレーやなべ物などの夕飯の香りがしてきた。
「ああ、お腹へった……」
家の晩ご飯が恋しくなった。なったからといって、こちらは向こう側、あやかしの世界。じっさいに家に帰って夕飯を食べられるわけではない。
でも、それまでと違う穏やかさ、温もり、空腹にひかれ、家の前までやってきた。
「あら、おかえり。腹ペコな顔して」
「……お母さん」
「ちょうど晩御飯の用意ができたとこだから、さっさと着替えてといでよ」
母は回覧板を手に家の中に、家の中には父の気配もした。
「ラッキー、今夜はすき焼きなんだ!」
着替えてキッチンに行くと、テーブルのすき焼き鍋の中で牛肉がジュージューおいしそうな音を立てて焼けていた。
「ネットで、近江牛のいいのが出てたから、夕方に着いたとこだ。三人で食べるのは久しぶりだな」
父が、昨日までの遠慮した様子ではなく、ニコニコ顔で、すき焼きを取り仕切った。
「昔の御手洗家がもどってきたね!」
摩子も、ニコニコ笑顔で玉子をかき回した。
一時間以上かけて、楽しい夕飯になった。
「ああ、お腹いっぱい!」
お腹も心も幸せになり、摩子はゴロンと横になった。
「まあ、行儀の悪い。牛になっちゃうわよ……」
母の言葉を途中まで聞いて、摩子は本格的に眠ってしまった。
襟首の涼しさで目が覚めた。
「ん……ここは?」
摩子は街はずれの空き地で横になっていた。
「あ……あたしの髪?」
襟首に回した手は髪には触れなかった。慌ててカバンから手鏡をだした。
手鏡には、ショートカットの摩子が写っていた。
「ええ……どうして!?」
「かみきりにやられたんだよ」
声をした方を見ると、例の猫。
「かみきり……?」
「寝ている間に髪の毛を盗っていく妖怪。手が込んでるね、摩子をだまして寝かせつけたんだ」
それだけ言うと、猫はスタスタと夜の闇の中に消えていった。
摩子は、またいっそう逢魔が時の世界に入り込んでしまったようだ。
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