通学道中膝栗毛・49
『二本マスト』
駅についても降りないわたしを同じ制服たちが訝しんでいく。
ギリギリで飛び乗ったわたしは、スカートをドアに挟んでしまった。
ちょっと引っ張っても取れやしない。電車の中でアタフタするのも気が引けて、とうとう駅についてしまった。
こちら側のドアが開くのは……七つも向こうの駅だ。
不可抗力とは言え、大幅遅刻確定だ。
ま、仕方ない。開き直って七つ向こうの駅までの景色を楽しむことにした。
東京はどこも同じような景色だけど、通い慣れた通学路を外れてしまうと、もう見知らぬ街だ。
スマホで検索すれば、どこをどう走っているかは、すぐに分かる。
でも、わたしは、このトラブルを楽しんでみることにしたのだ。一字かえればトラベルになる。そんなダジャレめいたことにも、なんだかワクワクする。
折り返しの駅に着いたら担任にメールを打とう。
そう対策を考えると、ちょっと安心。ドアに寄り掛かったまま、うつらうつらとしてしまった。
そして乗り過ごしてしまった!
七つ目の駅はとうに過ぎて、電車は江戸前の海の方角に進んでいる。
なんで、ドアが開いたことに気づかなかったんだ!? そうほぞを噛んだら、スカートは、あいかわらず挟まれたままだ。
わたしの間抜け! 気づかないばかりか再びドアに挟まれてしまうなんて……ちょっとパニクッていると、ドア横の注意書きが目に入った。
――ホーム改修のため〇〇駅ではこちら側のドアは開きません――
ずっと斜め前にあったのに、わたしは気づかなかったのだ!
やっと降りれたのは、海に面した終点の一個前。
海から入り込んだような入り江がプレジャーボートの船溜まりになったようなとこで、寄せる波に帆柱たちがユラユラ揺らめいている。
先日、加山雄三さんの船が炎上したのを思い出した。
船のエアコンは停めてしまうと結露ができてしまうので、ずっと点けっぱなしという贅沢さに驚いた、そのエアコンが原因とも読んだような気がするが、それはさておき、数百メートル先のボート群のデラックスさに驚いた。
その中にひと際大きな二本マストが目についた。
この連休にクルージングでもするんだろうか、デッキの上では数人の人たちが立ち働いていた。
その中の一人、黒の執事服……上着を脱いだ姿はほれぼれするようなプロポーションの女性だ。あのまま背中に孔雀みたいな羽を点けたら宝塚のトップスター……伝わったんだろうか、執事服が振り返って、数百メートルの距離で目が合った。
アケミさん……!?