大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・029『友里の新テクニック』

2019-05-31 14:35:58 | 小説
魔法少女マヂカ・029  
 
『友里の新テクニック』語り手:マヂカ   

 

 

 ジャーーーン、これを入れまーす!

 

 友里が目の高さに掲げたものを見て、ブルってしまった。

 友里が掲げているものは、わたしの目の錯覚でなければマヨネーズだ。

「大丈夫よ、マヨネーズの主成分てタマゴだからね、卵焼きの材料になってもおかしくないのさ!」

 いやいや、マヨネーズの中には酢も入ってるんだぞ、酸っぱい卵焼きなんてありえないだろ!

 ノンコは、ホーーって顔して。清美は、そう言う手があったかと感心している。二人は、友里の指示に従って、ガスコンロに卵焼き器とフライパンを温めている。

「いっきまーす!」

 宣言した友里は、それぞれ卵が一個入った器にマヨネーズをムニュッと入れた。

「じゃ、素早くかき混ぜて焼いてちょうだい!」

「「お、おう」」

 ノンコと清美は、受け取った器を、器用不器用の差はあるが、かき回して、スクランブルエッグと卵焼きを作り始めた。

 わたしが知っているものとは微妙に異なるニオイをさせながら卵料理ができあがってくる。

 

 ま、こんなもんかな? という表情で、二人とも焼き上げる。マヨネーズが入ったぶん、普通に一個だけで焼いたものよりも大きい。かといって綾香姉がつくる二個分のよりは小さくて、お弁当のおかず用にはピッタリの大きさ。

 

「食べてみようよ!」

「「おう!」」

 割り箸を持って、スクランブルエッグと卵焼きを味見する。

「どう?」

「おお、ちゃんと卵焼きだ!」

「アハハ、ちょっと、マヨネーズがきついとこあるけど、イケてるよ」

「でも、言われなきゃわかんないかも、マヨ入りだなんて」

「フフフ、魔法みたいだな」

 自分で感心しておかしくなる。

「これで、真智香のお弁当問題は解決だな!」

 これを綾姉に伝授すれば、わたしのお弁当問題は解決だ。

「お母さんに、よろしく言っといてね」

「うん、じゃ、記念撮影するよー!」

 四人で卵焼きを捧げ持ちながらの記念撮影。わが調理研のレパートリーも、少しずつ増えてきた。毎日やる部活じゃないけど、こうやってレパートリーが増えてくると、なんだか達成感で嬉しくなってくる。

 料理なんて、ちょっとイメージしたら目の前に出現させられる魔法少女なんだけど、こういう喜びはアナログならではだ。

 

「う~~ん、もう少しかき混ぜた方がいいわね」

 

 サンプルを徳川先生に試食していただいた。さすがは家庭科のボス。一瞬でかき混ぜが足りないことを見破った。

「ホイッパーを使うと短時間で効率よくかき混ぜられるわよ」

「ホイッパーって、何ですか?」

 ノンコが首をかしげると、清美がかき混ぜる仕草をする。

「ああ、かき混ぜ器!?」

「でも、洗い物が増えちゃいますね」

「だったら、お箸を五六本持ってやってもいいのよ。使い終わったら水に浸けて、あとで洗えばいいから」

「「「「なるほど」」」」

「卵焼きは、好みにもよるんだけどね、あんまりかき混ぜちゃダメだわよ」

 それは矛盾だ。

「そうね、もっとかき混ぜろって言ったところだわね。でも、和食の卵焼きなら混ぜ過ぎは禁物」

「どうすればいいんですか?」

「暇な時に作っておいて、冷凍庫で凍らせておくの。凍ったままお弁当に入れたら保冷材の代わりにもなるしね」

「「「「な、なるほど!」」」」

 正直に感心すると、先生はとびきりのドヤ顔になる。

 お礼を言って準備室を出る。

 廊下に差し込む夕日は、思いのほか傾いていた。

 日暮里を音読みして日暮の里という響きが似合っていると思った。

 

 

 

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連載戯曲 すみれの花さくころ(宝塚に入りたい物語)・3  

2019-05-31 06:38:04 | 戯曲
連載戯曲 すみれの花さくころ 
(宝塚に入りたい物語)・3 
※ 無料上演の場合上演料は頂きません。下段に連絡先を記しますので、上演許可はとるようにしてください

 
すみれ: え……?
かおる: あ……見えないんだ、すみれちゃんには……買って間がないから、まだ持ち主になじんでないんだね……
 いろいろできるんだよ。情報の端末になってて、買い物したり、占いしたり、好きな場所の映像とりこんだり。
 これで宝くじ買ったんだよ、ゴーストジャンボ!
すみれ: え、幽霊にも宝くじがあるの?
かおる: もちろんよ。生きてる人の世界にあるものはたいていあるわよ。だって、もとはみんな生きてる人間だったんだから。
すみれ: 一等は、やっぱ三億円?
かおる: ううん、生まれかわり!
すみれ: 生まれかわり?
かおる: 幽霊って、めったに生まれかわれないんだよ。だって、死んだ人って、生きてる人の何千倍、何万倍もいるんだからね。
すみれ: そうなんだ。
かおる: そうだよ。特にこのごろは少子化の影響で、めったに生まれかわったりできないんだよ……
 見て、今日の占い! あ、見えないんだ……。
すみれ: なんて出てるの?
かおる: 今日は、あなたの死後で一番のラッキーデーでしょう。運命の人との出会いがあります……すみれちゃんのことだよ!
すみれ: あたしが!? ちがうちがう、あたしそんな運命的な人なんかじゃないよ。
かおる: ううん、絶対そうよ! この占いは絶対だよ。だって、阿倍野晴明さんが占ってるんだよ、本物の。
すみれ: アハハ……本物か。そうだよね。
かおる: あ、メールが入ってる。
すみれ: 阿倍野晴明さん!?
かおる: まさか、そんな偉い人が……お友だちよ……え……
 アハハ(道路の電柱一本分むこうに声をかける)そんな近いところからメール打つことないでしょ。
 直接声をかけてくれればいいのに……え……もう石田さんたらテレ屋さんなんだから!
すみれ: 誰と話してるの?
かおる: 石田さん。わたしの友だち。メール打ったり、いっしょに宝くじ買ったり。
すみれ: あ、かおるちゃんのカレでしょ!?
かおる: 違うよ、女の人だよ。婦人……女性警官。ほら、去年パトロール中に死んじゃった女性警官の人、いたでしょ?
すみれ: ああ、暴漢におそわれた子供を助けようとして、刺された……
 気の毒に亡くなったんだよね、お母さんなんかウルウルだったよ。
かおる: あはは、照れてる……行っちゃった……今でも、ああしてパトロールやってんの。
すみれ: 一人で?
かおる: うん。今日は迷子の男の子の手をひいてる。
すみれ: 迷子……幽霊の?
かおる: けんちゃん。二日前に死んだばかりで、まだ自分が死んだってことが分かってないんだ……
 お母さんがわりかな、しばらくは……あたしもね、宝くじ預けてるの。
 あたしって忘れ物の名人だから。今まで三枚もなくしちゃったのよね。
すみれ: あは、そそっかしいんだ。
かおる: 失礼ね、大らかなのよ、人がらが。
すみれ: そうなんだ。でもさ、だいじょうぶ人に預けたりして?
かおる: どういうこと?
すみれ: だって、万一当たりくじだった時にさ。すり替えられちゃったりしたら、分かんないじゃない。
 どうせ自分のくじの番号なんか覚えてないんでしょ?
かおる: そりゃ……覚えてないけど……失礼だよ、そんなふうに考えるのは。
すみれ: ちがうよ。そういう貴重品はちゃんと自己管理しなくちゃ。
かおる: 自己管理!?
すみれ: そう、自分の物は自分で責任持たなくちや。
かおる: それって、人を見たら泥棒と思えってこと?
すみれ: まあね、学校でも自分の物には自分で責任もてって言ってるよ。
かおる: 学校で!?
すみれ: 常識だよそんなこと。
かおる: 常識って、教育勅語習ってないの?
すみれ: キョウイクチョ……。
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高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・048『進行方向の星たちは闇夜の誘蛾灯』

2019-05-31 06:21:42 | ノベル2
高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・048
『進行方向の星たちは闇夜の誘蛾灯』



 光速を超えると星々は進行方向にしか見えない。

 背後の星々は、その発する光がカワチの速度に追いつかないからだ。

 進行方向の星たちは闇夜の誘蛾灯のように蠱惑的である。
 星々の中央にはカワチを光速の10倍で牽引しているプロキシマbがあり、正体が分からない今は怖れでしかないはずなのに目がいってしまう。
 人間というのは自らを万物の霊長などとうそぶいているが、こういうところは誘蛾灯に集まる虫けらと変わりはないように思える。

「虫けらなのかもしれないね、おれたちは」

 艦コーヒーを愛しむように掌(たなごころ)の上に転がして呟く艦長。
「一寸の虫にも五分の魂と言います」
「そうだね、五分の魂は光速の10倍でも、プロキシマbに引きずり込まれるのは五カ月も先だと教えてくれる、ガツガツすることはないね」

 ペシ

 そう呟いてしまうと、少し肩の力が抜けてプルトップを開けた。
 不思議なもので、千早姫が近くに居ると開き直れる艦長だ。

「副長はどうしていたんだい?」
「父の苦労は見過ごしにできませんので……思いのほか時間がかかってすみませんでした」
「正成さんだね」
「ええ、帝がなにもかもご自分でなさろうとされるものですから」
「後醍醐天皇……だったよね」
「はい、建武の新政です。ご本人は建武の中興とお呼びですが」
「たしか、後醍醐という諡号も御在位のうちにお決めになったんだよね」
「はい、東宮さまも践祚のあとは後村上と諡号をお決めになっています」
「延喜・天暦の治(えんぎ・てんりゃくのち)を至高の治世と思われてるんだね。日本史で習ったよ」
「大仰なものではないんですけど、帝の目でご覧になると、そう見えるんです」
「わたしがプロキシマbからの牽引ビームに慌てふためいたのと逆だね」
「帝は至尊でなければなりません、至尊はじかにマツリゴトに手を染めてはならないんです……ま、やれるだけのことはやってきましたし、これからはカワチの副長職に邁進します」
「ありがとう、きみがいるだけでぶれずにすみそうだ」
「では、提案です。牽引ビームがかかっているうちは速度も方位も自由になりません、当面なにをすべきかを乗員に示しましょう」
「なにを示すんだい?」
「それを考えるんです、真正面に星々が輝いているうちは大丈夫ですから」
「そうだね、周囲いっぱいに星が見えると言うことは光速を離脱してプロキシマbに取り込まれた時だろうからね」

 二人は進行方向の星々を一瞥してから艦内に戻った。

 星々は、希望の徴のようにも禍々しい凶星のようにも思えた。
 
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高校ライトノベル・時かける少女BETA・14《アナスタシア・10》

2019-05-31 06:13:26 | 時かける少女
時かける少女BETA・14  
《アナスタシア・10》                   


 
 北樺太とウラジオストクは一か月で、アナのロシア帝国に帰属した。

 もともとがロシア帝国の領土であり、ソヴィエトの力も、ここまでは及んでいなかった。この地域に住んでいたロシア人は帰属する国家が消滅し、オロオロしているところに、アナが艦隊を引き連れて現れたのである。ほとんど何の抵抗もなくアナは掌中に収めることができた。

「東郷提督、ありがとうございました」

 無事入港を果たしたとき、デッキに一緒に立った東郷平八郎に、改めて礼を言った。
 日本は第一次大戦が始まると、同じ連合国として日露戦争で鹵獲した艦船の半分をロシアに返し、それらは事故で失われたもの以外はソヴィエトのものになってしまっていた。
 そこで、残りの6隻の艦船をアナの新生ロシア帝国に返還、急きょロシア極東艦隊が再編され、いまこうして、ロシア海軍旗を掲げ、ウラジオの港に入港している。むろん日露戦争から10年以上もたち、戦闘艦としては陳腐化していたが、新生ロシア帝国の威容を誇るのには十分だった。アナが乗っているレトウィザンを始めロシア艦隊の後ろには日・米・仏の艦隊が控え、瞬間的ではあるが、東洋一番の艦隊になっていた。
 港では残留していたロシア人、西からウラル山脈を越え、はるばる逃れてきたロシア人、在留外国人たちが歓呼の声で、この東洋一の艦隊を出迎えた。
「登舷礼ヨーイ、総員上甲板」の号令がかかった。
 東郷は、この日のために日本中から亡命ロシア人の若者を集め即席のロシア海軍の軍人したてようとした。しかし亡命者の中には老若取り混ぜて本物のロシア軍人がかなり混じっており、各艦の大半は彼らで占められた。
 ただ、各艦ともに相当改造されており、ロシア人の慣熟には時間が足りず、運用の実態は日本海軍が担った。
 そして、レトウィザンには東郷始め各国の提督が並び立ち、新生ロシアは各国と協力して再建されることを目に見える形で人々に示した。中でも東郷の存在は、かつての敵将であったにも関わらず、ロシア人を奮い立たせる力があった。

「アナ、大事なことはこれからよ」

 歓迎レセプションを終え控室に戻ったアナをアリサは急き立てた。
「分かってる」
 一言言うとアナは、ローブデコルテを脱ぎ捨て、軍服に似た女帝事業服に着替えた。
「歩きながら説明するわ、実は……」
「え、ほんと!?」
「ええ、早く手を打たないと、みんなソヴィエトに持っていかれるから。善は急げよ」

 アナは、まだ宮殿を持っていなかった。樺太でもウラジオでも、ホテルを借り上げて仮宮としていた。それには深慮遠謀があった。

 会議室には、ロシア軍やコサックの部隊長、各国の派遣軍司令官と参謀、それにユダヤ資本を始めとする財界人たち、そしてウラジオ周辺に移住してきたチェコやポーランドの代表者たちが混じっていた。
「わたしはロシアのくびきでもなく専制独裁者でもありません。ただの文鎮です」
 アナは、紙の束の上に文鎮を載せてみた。
「文鎮があれば……(紙の束を吹いて見せた)このように紙の束は吹き飛ぶことはありません。でも……コサックのヘトマンさんこちらへ」
 傲然としてはいたが、隅の方でひかえていたコサックの部隊長ヘトマンは少し驚いたが、アナの前に出て敬礼した。
「あなたが吹いてみてくださる。思い切り」
「……よろしいんですか陛下?」
「ええ、思い切り!」
「ハ、仰せのままに」
 コサックの巨漢が肺一杯に空気を貯めて吹き飛ばすと、紙束はささやかな文鎮もろとも吹き飛ばされてしまった。
「では、ヘトマンさん。この文鎮でお願いします」
 アナは、一キロほどの重たい文鎮を紙束に乗せた。さすがのコサックの巨漢でも、これは吹き飛ばせなかった。
「ありがとう、ヘトマンさん。さてみなさん……わたしは、この小さな文鎮です。コサックのヘトマンさんのひと吹きで飛んでいきます。しかし、この少し大きめの文鎮なら吹き飛ぶことはありません。ここに無骨なモーゼルという拳銃があります。これを置くと紙は吹き飛びませんが、上の何枚かの紙を傷つけてしまいます。少しの間、わたしを大きめの文鎮にしていただけないでしょうか。けして紙を傷つけることはありません。それに……」

 アナは、悠然とモーゼルを構えると、テーブルに乗り、紙の束を真上から撃った。

「ご覧のとおり、モーゼルと言えど、この文鎮にまとめられた紙の束を打ち抜くことはできません」
 モーゼルの弾は上から20センチのあたりで見つかった。貫通はしていない。このことで同席の者すべてがアナの非常大権を認めた。
「まず、ハバロフスクまでの治安と主権を回復します」
 地図を示した。異議が出た。
「ご無礼ながら陛下、我々の力をもってすれば、イルクーツクあたりまで一年でとりもどしてみせますが」
 イギリスの司令官だった。
「いいアイデアです司令官。わたしも同じ意見です。ただ、あまり人の血を流したくないんです。もうロシア人同士……いえ、人類の血を流したくないんです。バートル・ダルハンさん入ってください」

 正面の扉から、一人のモンゴル人が入ってきた、なにやら横綱の入場を思わせる風格があった……。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・21』

2019-05-31 06:03:29 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・21


 
『第三章 はるかは、やなやつ!3』

 その週末は『ドラマフェスタ』の通し券を、タロくん先輩から借りて、お芝居を観に行った。

 由香も誘ったんだけど、土日はお店が忙しく、家事は由香の仕事である。頼めば大学生のお姉さんもやってくれるらしいんだけど、この日は就活のガイダンスでアウト。
「ごめん、タイミング悪うて。また誘ぅてな」
 スマホの向こうで洗濯機の音がした。
 通し券では一人しか入れない。二人となると、一人分の当日精算券をワリカンにしなくてはならない。
 いくらになるのかなあと、当日精算の受付を横目で見る……。
 え、三千五百円! ワリカンで千七百五十円……映画の学割より高いよ。
 由香を誘えなくてよかったかも。今度由香と遊びに行くときは映画にしよう。

 土曜のマチネーで混んでいたけど、一人なのでなんとか座れた。
 演目は、ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』
「へえ、ブレヒトか……」
 という大橋先生から、本を貸してもらって読んだり、ネットでブレヒトを調べたり。
 迫力はあった。大勢でいっぺんに同じ台詞をしゃべったり、突然大阪弁の漫才みたくなったり……ああ、これが「異化効果」なのかと思ったりしたが、正直「それでどうなのよ」である。

 その前は、タイトルは忘れたけど「イジメと自殺」のお芝居。
 上手いんだけど。こんなことで自殺する? 
 で、その子の遺書にイジメた子の名前が書いてあって、その親たちが責任のなすり合い。最後に親たちが和解してカタルシス。
 ああ、最初にこのカタルシスがあって、そのカタルシスのために組み立てたストーリーだな……と思った。
 正直イジメはある。
 東京にいたころもあったし、大阪に来るときは、自分自身のこととして心配もした(現にクラスの何人かからはシカトされてもいる)
 でも、死んだりしない。死なないで苦しんでいるのが大多数だ。
 わたしなら、いじめられて、泣いたり、いじけたり、ときには戦ってボロボロになっていくところを書く。そこにこそドラマがあるからだ。
 和解のカタルシスのために、その子を死なせるのは、やっぱ変だと思った。

 その前は『西遊記』をもじったコメディーだった。とても上手い人と下手くそな人がいた。
 でも、なんで上手く、また下手くそに感じるのか、説明はできない……。
 そんなことを思っているうちに、ブレヒト芝居はカーテンコール。満場われんばかりの大拍手。白けてんのはわたしひとり。
 やっぱ、わたしって、芝居には向いていないのかなあ……さっき思い出したお芝居も、けっこうお客さんたちは喜んだり感動したりしていた。やっぱ、わたしって演劇オンチ?


 劇場を出て駅に向かう。ケータイの着メロ。
「あ、吉川裕也……」
――今どこにいる?――
 どこったって、説明なんかできないよ。大阪の地理なんて、まだよく分かんない。
 仕方がないので、「T駅へ向かう途中」……とメールを打ったら、打たれた。
 肩を軽くポンポンと。

「あ」

 振り向くと、吉川裕也がニコニコとイケメン顔で立っていた。
「もう、側にいるんだったら直接声かけてくださいよ」
「だって、怖い顔して歩いてんだもん。声かけづらくってサ」
「考え事してたから……ヘヘ」
 急場しのぎのホンワカ顔になる。
「デートしようぜ」
「デート、今から!?」
「うん、今から。だって前から言ってただろう」
「う、うん」
「それとも、なんか先約でもあるのか?」
「ないない、ありませんけど……」
「じゃあ、決まり。これから大阪の原点を見にいこう」
「大阪の原点?」
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高校ライトノベル・せやさかい・021『修学旅行のお土産』

2019-05-30 13:42:45 | ノベル
せやさかい・021
『修学旅行のお土産』  

 

 

 部活にお茶は欠かせません。

 

 いっつもダージリンとかなんちゃらの紅茶。

 味覚が子どもなんで、スティック一本の砂糖をいれます。それが、今日は入れませ~ん。

 なんちゅうても、目の前に因島の八朔ゼリーともみじ饅頭があるから。

「キーホルダーとかもあったんだけど、カバンとかにつけられないしね」

 校則で、カバンにチャラチャラ付けるのは禁止されてる。むろん厳しい禁止ではなくて、常識的に一つ二つ付けてるのは言われへんねんけど。

「美味しいもの食べて、お喋りしてるほうがいいもんね」

 というわけで、頼子さんの修学旅行のお土産を広げてお茶してるというわけ。

「文芸部でよかったですぅ」

 留美ちゃんが小さく喜ぶ。小さくいうのは感激が薄いわけやない。留美ちゃんは、こういう感情表現をする子なんです。

「せやね、教室でやったら、お茶まで出してはでけへんもんね」

「八朔ゼリー、おいしいです」

「ほんとは、夏蜜柑丸漬 (なつみかんまるづけ)を買いたかったんだけど、萩でしか売ってないんで、それは、また今度ね」

 修学旅行のコースに萩は入ってない。行ったことないけど、文芸部の三人で行けたらええなあと思う。

「デバガメ捕まえたってほんとうですか?」

「頼子さん、カメ捕まえたんですか?」

「あ、うん、お風呂場で」

 わたしは、風呂場に迷い込んできた亀を思い浮かべてる。

「その、亀じゃないよ」

「え?」

「覗きだよ。お風呂場覗いてた男子捕まえたって……」

「湯船に浸かってると、窓がカタカタいうのよ。直観でうちの男子。いっしょに入ってる子たちには先に出てもらってね、思いっきりよく窓を開けてやったの」

「あ、開けたんですか!?」

「こういうのは、明るく景気よくやらなきゃ後味悪いからね」

「開けて、どうなったんですか!?」

「いっしゅん目が合ってね。手にスマホ持ってたから、思わず手を掴まえた」

「『キャーーー』とか『痴漢っ!』とか?」

「叫んだよ」

 そうだろ、こういう時、女子は叫ぶ!

「相手がね。で、ものはずみで、そいつは湯船の中に落ちて来てね、もう大騒ぎ。私は、騒ぎにするつもりはなかったんだ。でも、そいつが叫んで、バッシャバシャ音立てるし。すぐに先生が飛んできて……」

「犯人は、だれだったんですか!?」

 女の敵許すまじ!

「アハハ、気が動転してて忘れちゃった」

 これは、嘘だ。バッチリ見たはずなのに庇ってるんや。

「スマホは湯船の中に落ちてオシャカになったしね。いやいや、咄嗟のことって、やっぱ、抜けちゃうんだね」

 いやはや、女豪傑や。

 

 そして、下校時間いっぱいまで喋って、校門を出る。

 ここのところ聞き慣れた、元気のいい廃品回収の車が一つ向こうの通りをいく。

「ああ、来週は市長選挙だねえ」「ですね」

 頼子さんが呟き、留美ちゃんが合わせる。

 選挙とかに関心のないわたしは、それが選挙カーやいうのに気ぃついてなかった(^_^;)。

 ポーカーフェイスしといたけど、頼子さんが、あたしのほう見てクスリと笑う。

 ほんま、頼子さんはかないません。

 

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら      この物語の主人公 安泰中学一年 
  • 酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
  • 酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主
  • 酒井 詩        さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
  • 酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
  • 榊原留美        さくらの同級生
  • 夕陽丘・スミス・頼子  文芸部部長
  • 瀬田と田中       クラスメート
  • 菅井先生        担任
  • 春日先生        学年主任
  • 米屋のお婆ちゃん
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高校ライトノベル・連載戯曲 すみれの花さくころ(宝塚に入りたい物語)・2

2019-05-30 07:05:57 | 戯曲
連載戯曲 すみれの花さくころ
(宝塚に入りたい物語)・2 

※ 無料上演の場合上演料は頂きません。下段に連絡先を記しますので、上演許可はとるようにしてください

 
すみれ: 気味が悪い。新手のキャッチセールスかオタクか、変質者か……それで、夢中で土手を駆け下りて。
 三つほど角を曲がった自販機の横で、やっと息をついて(ぜーぜー言う)思わずジュースを買って……振り返ったら……また!
かおる: (首から下げた自販機のダミーを外して)アハハ、ごめんね。あたし慣れないもんだから、やっぱり驚かしちゃったよね。
すみれ: あ、あなた、いったいなんなのよ!?
かおる: だから、幽霊。
すみれ: うそよ。こんなまっ昼間に出る幽霊なんか……。
かおる: あたし、暗いとこ嫌いなの。
すみれ: そんなズッコケ言ったって信じらんないよ。
かおる: ほんとうだってば……そうだ、ちょっと見ててね。

 自販機をソデに放り込み、交差点の真ん中に出て、大きく手をひろげる。

すみれ: あ、赤信号……あ、あぶない。ダンプが……キャー!!

 ブレーキもかけず、クラクションも鳴らさず、ダンプはかおるの体をすりぬけ何事もなかったように走り去る。

かおる: 分かった?
すみれ: な、なんなの、今の?
かおる: だから幽霊。一度死んじゃってるから死なないの。実体がないから、すり抜けちゃうし、運転手の人からも見えないの。
すみれ: うそ……。
かおる: なんなら、今度は電車にでも飛び込んでみせようか?
すみれ: だって……。
かおる: あなとは霊波動があう適うから見えるの……分かった?
すみれ: ……い、いちおう。
かおる: よしよし。
すみれ: で、でもさ……あたし、小さいころからあの土手道は通っているけど。会ったことないよ……あなたって、浮遊霊?
かおる: んー……地縛霊かな、どっちかっていうと……その本のおかげなのよ、こうやってお話できるの。
すみれ: この本?
かおる: うん。本とか物体にも霊波動があるの。人とは違うけどね。それが鍵になって、二人をこうして結びつけてくれるの。
 それも、もともと二人の霊波動が適うからだけどね。
 ほら、占いとかで、ラッキーアイテムってあるでしょ。何月生まれの人は何々を持っていると幸運がやってくるとか。

 すみれ、まが禍々しそうに、本を投げ捨てる。

かおる: それはないでしょ! 本には罪はないのよ。それに、今さらこれを捨ててもわたしは消えたりしないわよ。
 もう鍵は開けられたんだから(本を、すみれに返す)
すみれ: その幽霊さんが何の用?
かおる: かおるって呼んでくれない。あたし、あなたのこと、すみれちゃんて呼ぶから。
すみれ: どうしてあたしの名前?
かおる: アハハ、小さい時から知ってるもの、すみれちゃんのこと。あなたも言ってたでしょ。
 あの土手道は、しょっちゅう通っていたって。ほら、五年生の夏。あの春川の土手で昆虫採集やったでしょ。
 若い担任の先生がはりきっちゃって、昆虫採集しろって。こんな都会の真ん中で……。
すみれ: うん。でも、たくさんとれたよ。カブトやチョウチョ。あの夏だけは鼻が高かった……あ!?
かおる: 分かった?
すみれ: あれって……。
かおる: そう、あたしが手伝ったの。ひょっとしたら通じるんじゃないかと思って。
すみれ: ありがとう……。
かおる: いいのよ。あれって、あたしのあせりみたいなもんだったんだから、
 アハハ、タラララッタラー(思わずタップを踏んだりする)
すみれ: 明るいのね、かおるちゃんて。
かおる: 幽霊が暗いなんていうのは、生きてる人たちの偏見です! 
 ちゃんと二本の足もあるし、昼日中でも出てくるし……そうだ、スマホだって持ってるんだよ。ほら!
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高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・047『しばらく留守にしていました』

2019-05-30 06:46:25 | ノベル2
高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・047
『しばらく留守にしていました』




 プロキシマbは最も太陽系に近い天体である。

 地球からは4.2光年離れている。

 突如、そのプロキシマbから強力なトラクタービームで牽引されてしまった。
 トラクタービームは非常に強力で、アンカーを打ったタイタンの公転速度を落とすぐらいである。
 あれから二日がたった。
 トラクタービームを断ち切るために色々試してみたが無駄であった。

 そこまで書いて、艦長は航海日誌を閉じた。

 丸二日寝ていないが頭は冴えている。
 冴えてはいるが、あと二三時間が限度だろう。いま飲んだお茶が妙に渋い、サクラが淹れてくれるお茶の味は安定している、渋く感じるのは味覚が変になってきたからだろう。このままでは艦長としてまともな判断が出来なくなる。

――もう休んだ方がいいわよ――

 誰の声かと振り返ると、いつの間に交代したのかメグミ一曹が不安を隠しきれない笑顔で立っているのが目に入った。
「なにか言ったかい?」
「いいえ……お茶淹れ直しましょうか」
「いや、ブリッジに戻るよ」

 そう言ってテーブルに手を着いて立ち上がる。体が軽い、いや軽すぎる。やはり疲れから来る異常な感覚なのだろう。ランナーズハイに近いなと思った。

――副長と交代した方がいいわ――

 今度は分かった。
 これはカワチのメインCPのアマテラスだ。緊急の時には直接艦長の頭に呼びかけるようになっている。
 仕組みとしては理解していたが、じっさい声を聴いてみるとお節介な女性上司という感じだ。
――あら、もっと萌え~っちゅう感じが良かった?――
「いや、それで……」
――アマテラス心配だよ~、おにいちゃ~ん――
「勘弁してくれ、わたしに妹属性は無い」
――だったらブリッジに行く前にデッキで頭冷やしたら。五番の自販機、まだ当たりは出てないから――
「そうなんだ……」

 五番の自販機にコインを投入……ピコピコピッピピー🎵と当たりの電子音。

 疲れていても当たりは嬉しい、もう一本微糖を獲得してラッタルを上がる。
「ウヮオッチ💦」
 不覚にもラッタル最後の段を踏み外しそうになる。

 ガシ

 虚空を掻いた手が、細くもしっかりした力で掴まえられた。
「や、すまん」
 掴まえてくれた手を掴み返して見上げると、そこには純白の第二種軍装をまとった千早姫副長が立っていた。

――すみません、しばらく留守にしていました――

 副長の声はアマテラス同様、直接心に響いてきた……。

  
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高校ライトノベル・時かける少女BETA・13《アナスタシア・9》

2019-05-30 06:36:53 | 時かける少女
 時かける少女BETA・13
《アナスタシア・9》               
 
 
 
 歓声とともに一発の銃声がした……!
 
 アリサは身をもってアナを庇った。庇いきれずに、弾はアナの袖をかすめていった。アナは一瞬顔をしかめたが、直ぐに亡命ロシア人たちに向かって、こう叫んだ。
 
「だめ! その人を殺してはいけません!」
 
 犯人を袋叩きにしかけていた群衆は、その言葉に動きを止めた。かつて自分を暗殺しかけた人間の命を助けた皇族がいたであろうか。
 
「殺してしまえば、モスクワやペトログラードで、革命を叫んで破壊の限りを尽くしている人たちと同じになります。日本のお巡りさん、その人を、わたくしの前に」
 
 ボルシェビキの暗殺者と思われるロシア人の青年は、憲兵と警察官に拘束されて、アナの前に引き据えられた。

「ここはロシアではありません。あなたは日本の法律で裁かれます。もう会えないかもしれないけど、一度ゆっくり話がしたいものです」

 右の袖には血が滲んでいたが、アナは構わずに話し続けた。
 
「まず話し合いましょう。そして新しいロシアを作るのです。革命を起こした人たちとは戦いになるかもしれません。でも、話し合い、法によって前に進んでいきましょう。かつて大津事件で父ニコライは負傷いたしました。でも日本の方々はロシアをむやみに恐れず、犯人を裁判にかけました。日本は小さな国ですが、法と正義の実現では、わたしたちロシアよりもはるかに大国です。その日本や世界の国々から学んで、知恵を出し合って……知恵ですよ、けして拳ではありません。わたしは、みなさんがバラバラにならないように文鎮になれれば、それで本望です。今わたしの右腕から流れているロマノフ家……いいえ、ロシア人の血にかけて、わたしは誓います。そして温かくわたしたちロシア人を受け入れてくださった天皇陛下、日本国民の皆さんには心よりお礼を申し上げます」
 
 皇居前広場に集まった日露の人たちから、鳴りやまぬ歓声と拍手がおこった。
 
 日本政府は、東京に臨時ロシア政府を置いてはと勧めたが、アナは南樺太を希望した。アナは少しでもロシアに近いところに臨時政府を置き、ロシアの再興をはかりたかったのだ。
 
「アナ、日本政府の力だけ借りていてはいけないわ」
 
「分かっているわ、とりあえずサハリンに集まったロシア人の力で北サハリンを取り戻すわ」
 
「むろん先頭に立つのは、ロシア人。でも、この戦いは長くなりそうだし、資金も、まだまだ要るわ」
 
「でも、少しでも早くロシアを解放したいの。そして、お父様たちを助けたい」
 
「いま各国が、ロシアの革命政府を倒そうとシベリアに出兵している。名目はチェコ軍の救出だけど、本心はロシアでの自分たちの権益を勝ち取るため。日本も例外じゃない」
 
「じゃあ、どうすれば?」
 
「ハバロフスクを目指しましょう」
 
「ええ、あんな東の外れ!?」
 
「シベリアでは戦争はできません。冬は極寒、夏は沼地と蚊の群れ。損失が大きくなるわ。小さくともハバロフスクを中心に豊かなロシアを再建するの。革命ロシアよりも豊かで立派なロシアを。そうすれば人もお金も集まる。家族を思う気持ちは分かるけど、ロシアを再建できなければ元も子もなくなるわ」
 
「……分かったわ」
 
「それから、ポーランドの人たちがシベリアに二万人抑留されている。シベリア鉄道で孤児たちを少しずつウラジオストクに集めている、日本政府がね。これはアナを助けたのと同じ純粋な気持ちから。でも、その後ろにはどす黒い欲望がある。日本を悪魔にしないためにも東シベリアは臨時政府が取るべき」
 
 アリサの指摘はさらに続いた。ポーランド独立の承認、ユダヤ資本の導入(それは実質的にはアメリカの援助と資本流入を示す。アリサは、これで長期的には日米の衝突を回避しようという狙いがある)によるハバロフスク周辺の工業化、ウラジオストクの中継貿易……それらの実行で、樺太を合わせても日本ほどの面積の国にしかならなかった。しかし、小さくても豊かな小ロシアにロシア人たちは集まり始めた。
 
 そうして、季節は夏から秋に替わり、ロシアのウラル山脈の西で史実通り10月革命がおこり、革命政府はボルシェビキが掌握。本格的な共産国家ソヴィエトが生まれた……。
 
  ただ史実と違うのはシベリアの東端にアナスタシアを女帝と仰ぐロシアが急成長していることだった。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・20』

2019-05-30 06:19:21 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
真田山学院高校演劇部物語・20  


『第三章 はるかは、やなやつ!2』

 
 演劇部は……まだペンディングです。
 
 おもしろいからペンディング。
 なんだか矛盾……わたしって臆病だから。
 バスルームに映った自分の体は、思いの外、大人びていた。でも、体に乗っかっている顔は、荒川に越してきたばかりのガキンチョの頃のように怒っているように見えた。

 吉川裕也、こないだのメールでアカラサマ。
――デートしようぜ!――
 思い返すと、わたしの彼に対するホンワカには、そう言わせる「媚び」があったのかもしれない。
 ま、いいか、悪い人じゃなさそうだし、一回ぐらい大阪の名所案内してもらうのも。
 
 湯おけを逆さにして湯船に沈める。湯船に沈めるときの抵抗感がおもしろい。湯船の底に着いたところで、ホワーンとひっくり返す。
 ポッカーン! と大きな泡が、目の前で爆発。快感!
「アハハハ……」
 笑ってみる。ガキンチョのころよくやった。
 もっとも、そのころは、泡の向こうにお父さんか、お母さんがいたんだけどね。
 成城のころはお風呂も大きかった。荒川に越してからは、両親ともども忙しかったことや、お風呂が狭くなったこともあって、お風呂では、お母さんに髪を洗ってもらうくらい。
 このポッカーンは、あまりやる機会がなかった。

 寝る前に、広辞苑の蓋をとってみる。
 マサカドクンが、例のポッカーンをやっていた……。
 これ以上真似されてはたまらないので、あらためてドスンと広辞苑で蓋をした。
 
 のっぺらぼうのマサカドクンと目が合ったような気がした。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・19』

2019-05-29 06:30:26 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか真田山学院高校演劇部物語・19


 
『第三章 はるかは、やなやつ!1』


 早くも明くる金曜日にはキャストが発表された。一回本読みをしただけであっさりと。

 その前に『ノラ』ってお芝居を簡単に紹介しとくわね。

 話は二十二世紀。ガタが来たロボットを廃棄場まで、連れてくって、大橋先生の『好子ノラの原点(旧題 ロボット)』ってお芝居の拡大版。
 捨てられるロボクンがタロくん先輩。捨てに行く女子高生好子の役が、なんとわたし! なんと主役!
……原型の『好子』ではね。
『ノラ』では、脇役です、はい。
 実は、捨てに行く好子の方がロボットってかアンドロイド。
 いい、好子がアンドロイド! 
 で、オーナーである進一のお母さんが、このアンドロイドを細工して亡くなった娘「好子」そっくりに不法にプロミラミング。
 その無理がたたって、好子は故障ぎみ。放っておくとCPUが暴走するので、廃棄と決心。

 しかし自分を人間と思いこんでいる好子を廃棄家電のように扱うのも忍びない。
 そこで、息子(好子の兄)の進一がロボットに化け、その進一が化けたロボットを人間としての好子が廃棄の道行きという設定。

 ラストで真実が分かる。

 ロボットを廃棄するように見せかけて、好子の動力サーキットのスイッチが切られ、ああ、悲劇のドンデンガエシ! 
 好子はかくしてスクラップに……後悔にむせび泣き、ロボットのコスを脱ぐ進一。
……だが、ここで奇跡が起こった! 
 なんと、みんなの愛情が好子のCPUを丈夫にさせていて、修理可能なことがわかりハッピーエンド!

 先生はこの原型の『好子』に手を加え、もう二つドンデンガエシを加え、キャラも六人に増やし、なんと全員がキャスト!
 まあ、全員がキャスト希望だったから、希望どおりっちゃ、希望どおりなんだけど。こんなのスタッフ無しでやってけんのかなあ、と思いつつ台本を置いた。心配する心の隅で、演劇が楽しくなり始めている……。

 と、そこで着メロ。由香からだ……。

――ごめん、花屋のオニイチャンに聞いたら、扱ってはいないけど、今は青いバラもあるんだって。で、新しい花言葉は〈奇跡〉〈神の祝福〉〈夢かなう〉てのもあります!――

 さすがは由香。あのバラ園でのショック、上手く隠したつもりだったんだけどね。
 わたしも、あの後ネットで調べた。洋酒メーカーが開発に成功したって。
 でも、その青は群青からはまだ遠い。
 
 大阪に来て十冊目の本を、ベッドでひっくり返って読んでいると(わたしはじっとして本を読めないタチで、時に他人様にお見せできない格好で読んでいる。で、単にひっくり返ってとだけ描写しときます)机の上に気配……。
 なんと、マサカドクンが同じ格好で寝そべって……やおら立ち上がると、なにやら持つ格好をして、なんかドアを開けるしぐさ……ん?
 なにやら服を脱ぐしぐさ……なんかしっくりいっている。
 あ……これは、わたしのお風呂の入り方そのもの!
 髪の洗い方、泡のたてかた、そして……。
(中略)
 左足から湯船につかるとこまで。
 キサマ、そんなとこまで見てたのか! 
 やつが湯船代わりに入っていた菓子箱を愛用の広辞苑(いまどき、こんな物を持っている女子高生も珍しい)で、ドスンと封印してやった。

 それから、お風呂に入った。いちいちマサカドクンがやった通りにやっているのがシャクに障る。

 最初は「湯船には右足から入ってやるぞ!」と決意したんだけど、「おっと……」と思ったときには、左足が湯船につかっていた。
 でも、お風呂の入り方に、こんなに自己観察をしたことはない。思わず芝居の基礎練習をやってしまった。
 湯船で沈没することはなかったが、大阪に来た二週間あまりがポワポワと頭に浮かんでくる。
 ホンワカビューティーはおおむね成功……してはいたが、十日もたつと一部のクラスの子からは、東京のタカビーと思われてしまい、その子たちからはシカトされている。
 仕方ないよね、わたしは未熟な坂東(関東地方の古い呼び方)の東エビスなんだからさ、でも大阪に来て「坂東」になってしまった。皮肉だね、世の中。
  でも、由香という親友を得られたことには、運命の神さまに感謝。目玉オヤジ大明神に会えたこともね。
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高校ライトノベル・時かける少女BETA・12《アナスタシア・8》

2019-05-29 06:11:24 | 時かける少女
 時かける少女BETA・12
《アナスタシア・8》            


 
「すごいお堀!」

 馬車から見える皇居を見て、アナはびっくりした。クレムリンの高い塀も大概だが、この深くて広いパレスの堅固さに驚いた。
「これは防御のためじゃないの。先帝の時代に政権を取っていた幕府が、お城ごと献上したのよ」
「革命が起こったの……?」
 アナは、自分自身がこうむった革命の恐ろしさを思い出し、声を潜めてアリサに聞いた。
 身震いしていた。
「多少の血は流れましたが、フランスやアメリカほどではありません。このお城に関して言えば無血開城です」
「その……前の皇帝は……どうなったの?」
「今は公爵に列せられ、相応の待遇を受けておいでです」
「そう……………………よかったわね!」

 心の底からの声であった。自分の家族もそうあってほしいという願いがこもっていた。

 天皇への拝謁は短いものであったが、労りと励ましに溢れていることがアナにはよくわかった。
 そのあとは、一つ年下の皇太子殿下とを含む三人の少年皇族との話になった。真面目で寡黙な皇太子であったが、アナは好感を持った。侍従が「我が皇室は二千年の歴史があります」と流ちょうなロシア語で言うとアナは驚いた。ロマノフ家は高々300年にしかならない。
「わたしは、そんな昔から生きていたわけではありません」
 皇太子殿下は真面目な顔で付け加えられたれた。
「なぜ、日本の皇室はそんなに長く続いておられるのですか?」

 殿下は、少し考えて机の上の料紙に目を向けられた。

「あの紙の上の文鎮のようなものです」
「あのペーパーウェイトですか?」
「そうです」
「……ううん」
「直ぐにお分かりにならなくともけっこうです。今度またお会いしてお答え頂ければ幸いです。これで再会することができます」
 殿下はメガネの下で、かすかに微笑まれた。

「ねえ、アリサ。殿下がおっしゃったペーパーウェイトってどういう意味?」
「さあ、自分で考えなさい」
「もう、アリサったら!」
 言い合いをしているうちに馬車に乗って二重橋を出た。そこで馬車は止まってしまった。目の前に何万人という群衆が集まっていた。そして、前列の何千人かの人たちが「ウラー」という声でロシア人であることが分かった。
「そこにアナの舞台が用意してあるわ。今こそ、ロマノフの皇女として声を掛ける時よ」

 アナは感極まって言葉が無かった。

 宮中は日本人ばかりで、ロシア人は一人もいなかった。革命騒ぎで大使を始め身分のあるものは雲隠れし、逆にロシアからは革命を逃れてたくさんのロシア人が日本に亡命してきていた。その大部分の人たちがここに集まったのだ。

「みなさん、よく生きてここに集まってくださいました。わたしアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァも生きています。日本のみなさんのお蔭で。そしてわたしは、ここで皆さん方に会って、さらに生かされました。神に与えられた任務を遂行します。偉大な祖国ロシアを共に再建しましょう。再建の主人公はあなたがた当たり前のロシア人です。ロシア人は誇り高い寛容な国民です。たまに飲みすぎて我を忘れることがありますが」
 どっと、笑いと拍手が起こった。
「ロシア人は、寛容で粘り強い民族です!」

 大歓声になって収集が付かなくなった。

「……もう、ちょっと聞いて!」

 オチャッピーな言いように群衆がしんとした。
「わたしははっきり自覚しました。ロシア人一人一人は紙です。ぱっと火が点きやすいけど、すぐに燃え尽きてしまうわ。でも、その一枚一枚が大事なんです。集まって大きな束になれば銃弾も貫くことはできません。まとまって火が点けば、樫木よりも長く燃えていることができます。わたしはそんな紙の束が風に吹かれてバラバラになって飛んでいってしまわないように、ささやかな文鎮になります。けして重石ではありません。みなさん、風に飛ばされないように団結しましょう!」

 ダーーーーン!

 その時歓声とともに一発の銃声がした……!
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高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・046『トラクタービーム アンカービーム』

2019-05-29 06:02:28 | ノベル2
高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・046  
『トラクタービーム アンカービーム』




 牽引されています!

 ブリッジのドアを開けると航海長のツバキが飛んできた!

「牽引!? どこからだ!?」
「ケンタウルス座の方角ですが絞り込めません」
「舵がききません!」
「後進強速!」
「すでに後進強速いっぱいです」
「強力なトラクタービームです!」
「直近の惑星! いや、衛星でいい、アンカービームを打ち込め!」
「タイタンが近いです、打ち込みますか!」
「打ち込め!」
「了解!」

 返事をすると、航海長は館内放送のスイッチを入れた。

「タイタンにアンカーを打ち込む! 総員衝撃にそなえよ!」
 ブリッジのスタッフもシートに着きシートベルトをした。
 艦内各科から縛着完了のサインがあがってくる。
「アンカービーム発射5秒前 4 3 2 1 発射!」
 艦尾が振動してマックスのアンカービームが発射されたことが知れた。
 直後艦内の総員が艦首方向にもっていかれそうになる、タイタンにアンカーが撃ち込まれた衝撃だ。
 カワチは相当程度の衝撃を吸収して乗員や艦体に影響が出ないようにスタビライザーが組み込まれているが、ツクヨミとの激突同様に、その限度を超える衝撃であったのだ。
 ただ、ツクヨミの時とは違って予報がされていたので人的被害はゼロである。
「……総員、縛着のまま、縛着のままとせよ!」
「どういうことだい、航海長?」
「艦が完全には停止しません、まだ10ノットの速度で引っ張られています」
「タイタンの公転速度が落ちています」
「とてつもない牽引力です」
「カワチは丈夫な艦だがタイタンをぶら下げたまま飛べるほどじゃないぞ」

 艦長の言葉がスイッチであったかのように、カワチの艦体がギシギシと軋み始めた。

「このままでは艦がもちません!」
「タイタンの表層が千切れ始めています!」
「艦長、どうしますか」
 
 ギギギーーー

 艦体が悲鳴を上げる。
「艦を捨てましょう! このままではアンカーを切っても、その衝撃で艦内はグチャグチャになります!」
「……アンカーを切ろう」
「しかし」
 それ以上は言わなかった。艦長の命令は絶対であるのだが、それ以上に艦長の判断に信頼があるのだ。
 地球を出発して三月ほどになるが、その間に築いた信頼は大きいものがある。
「アンカーを切る! 総員艦尾方向への衝撃に備えよ! 艦尾方向への衝撃に備えよ! 5 4 3 2 切断!」

 とてつもない衝撃が来ると思われたが、衝撃は車の急発進程度であった。

「これは……」
「牽引ビームには意思がありますね、こちらを観察していてライブで操作しているようです」
「乗っかっていくしかないか」
「ビームの発生源がわかりました、プロキシマ・ケンタウリの惑星プロキシマbからです」
「プロキシマb?」

 プロキシマb、 それは地球に最も近いと言われる水のある惑星であった。

 カワチは光速の10倍の速度でプロキシマbに牽引されて行くのであった……。
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高校ライトノベル・連載戯曲 すみれの花さくころ(宝塚に入りたい物語)

2019-05-29 05:49:51 | 戯曲
連載戯曲 すみれの花さくころ・1
(宝塚に入りたい物語) 



※ 無料上演の場合上演料は頂きません。下段に連絡先を記しますので、上演許可はとるようにしてください
 


          

時  ある年のすみれの花のさくころ
所  春川町のあたり

人物 すみれ  高校生
   かおる  すみれと同年輩の幽霊
   ユカ   高校生、すみれの友人
   看護師  ユカと二役でもよい
   赤ちゃん かおると二役


 人との出会いを思わせるようなテーマ曲が、うららかに聞こえる。すみれが一冊の本をかかえて、光の中にうかびあがる。

すみれ: こんちは。あたし畑中すみれです。
 これから始まるお話は、去年の春、あたしが体験した不思議な……ちょっとせつなく、ちょっとおかしな物語です。
 少しうつむいて歩くくせのあるあたしは、目の高さより上で咲く梅とか桜より。
 地面にちょこんと小さく咲いている、すみれとかれんげの花に目がいってしまいます。
 その日、あたしは春休みの宿題をやるぞ! 
 というあっぱれな意気込みで図書館に行き、結局宿題なんかちっともやらないで、こんな本を一冊借りて帰っていくところ。
 あーあ、机の前に座ってすぐに宿題はじめりゃよかったのに。
 つい、なにげに本たちの背中を見てしまったのが運のつき。
 だから、この日、うつむいて歩いていたのは、いつものくせというよりは、自己嫌悪。
 だから、いつもの大通りを避けて、久しぶりで図書館裏。
 春川の土手道をトボトボうつむいて歩いていたのです……
 ところが、そこは春! 泣く子も黙って笑っちゃう春! 
 そのうららかな春の日ざしを浴び、土手のあちこちに咲きはじめた自分と同じ名前の花をながめている。
 ふいに母親譲りの鼻歌などが口をついて出てくるのです。
 春川橋の手前三百メートルくらいに差しかかった時、それが目に入りました。
 保育所脇の道から土手道に上がってくる、あたしと同い年くらいの女の子。
 セーラー服に、だぶっとしたズボン……モンペとかいうのかな。
 胸には、なんだか大きな名札が縫い付けて、肩から斜めのズタブクロ。平和学習で見た映画の人物みたい、一見して変! 
 近づいてくると、もっと変!……あたしと同じ鼻歌を口ずさんでいる! 
 まるで学校の廊下でスケバンのキシモトに出くわした時みたいな気になり。
 目線をあわさぬよう、また、不自然にそらせすぎぬよう、なにげに通りすぎようとした、その時……。

 舞台全体が明るくなり、ちょうど通りすぎようとしている少女、かおるも現れる。
 すれ違った瞬間かおるが知り合いのように挨拶する。


かおる: こんにちは……。
すみれ: こんちは(蚊の鳴くような声だが、かおるにはしっかり伝わる)。
かおる: こんにちは……!
すみれ: こ、こんにちは。
かおる: 通じた!……あたしのことが分かるんだ!?
すみれ: あ、あの……
かおる: わ、わ、通じた!通じちゃった!通じちゃったよ!!
すみれ: あ、あの……。
かおる: あ、あたし、あたし、咲花かおると申します。あたし、ずっとあなたみたいな人が現れるのを待っていたの!
 急にこんなこと言われたって信じられないかもしれないけど。あたし幽霊なんです!
すみれ: ゆ、ゆうれい!!??
かおる: 驚かないでね。人にも幽霊にも、霊波動ってものがあってね、血液型みたいに型があるの。
 あたしの霊波動はめったにない型、RHのマイナス型。百万人に一人ぐらいかな。
 この型に適う人でないと、あたしの姿も見えないし声も聞こえないの。
 人によって幽霊が見えたり見えなかったり、霊感があったりなかったりっていうのは、つまり、つまり、そういうことなの。
 そうなの、あなたの霊波動もRHのマイナスで、しっかりあたしのことが見えて、聞こえるわけなの……わかってもらえた? 
 やっぱり驚かしちゃった?
すみれ: あ、あの、あたし急いでいるから!
かおる: ま、ま、待って!

 すみれ駆け出し、かおるが追う。 



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高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・028『卵焼きだけがおっきい』

2019-05-28 14:12:04 | 小説
魔法少女マヂカ・028  
 
『卵焼きだけがおっきい』語り手:マヂカ   

 

 

 綾姉がお弁当を作ってくれる。

 

 姉妹二人の生活なんだから、当たり前っちゃ当たり前。

 人間だったらね。

 綾姉の正体は、地獄犬のケルベロスだ。友里の一件以来東池袋で姉妹の触れこみで生活し始めたんだけど、リアリティーを出すために、なにごとも普通にやろうとする。たしかに、ゴミ出しにしても、きちんと生活感のあるゴミが入ってなきゃ勘ぐられてしまう。

 妖(あやかし)もそうなんだけど、意外と近所の人間が問題なんだ。

 たとえ区指定のゴミ袋でも、その佇まいから、中身が何かを察するくらいはご近所のオバサンたちには朝飯前だ。むろん、それっぽいゴミをでっちあげたり、オバサンたちの記憶を操作することもできるんだけど、魔法を使うと魔力残滓が残る。そこから嗅ぎつけられるのもご免だ。

 なにより、綾姉が人間の暮らしを楽しみ始めている。本人は認めないけどね。

 それで、綾姉のお弁当が続いているというわけよ。

 

「真智香のお弁当、おっきくなったわよね」

 ノンコが感心する。

「綾姉がつくると、こうなるの」

 ケルベロスは大食いなのだ。それでお弁当を作っても、つい多くなってしまう。

――大家族で育ったからさあ――なんて出まかせを言うと、その大家族と言うことで、いろいろでっち上げなくてはならなくなるので、苦笑いで済ます。

「適量のサンプルだよ」

 四日目の朝、大塚台公園で出会うと、友里がノートをくれた。

「わ、お料理ごとに写真付き!」

「うん、グラムとか書いても分からないだろうって、写真なら一発でしょ」

 実は、友里のお母さんが気の毒に思って指南書を作ってくれたのだ。まあ、要海家がうまくいってることの現れなので、ありがたく頂戴して置く。

 大塚台公園を左に折れて都電の坂道を下る。パラパラめくって、このとおりやれば適量のお弁当になることを確信。綾姉も「これは役に立つ!」と喜んだ。

 ささやかなことだけど嬉しくなってくる。

 友里の家がうまく収まり、調理研の友情も麗しい、綾姉の人間的生活も増々充実。

 フフ、アハハハ……。

 坂道下りながら、どちらともなく笑いがこみ上げる。大人だったらウフフ(*´艸`*)くらいで収まるんだろうけど、そこは女子高生、笑い出したら増幅してしまって、都電通りにこだますように笑ってしまう。

 ああ、これが普通に生きていることの喜びなんだ。休眠から覚めて初めての充足感が胸に満ちた。追い越していくOL風さんもニッコリしている、小学生がキョトンとしている、男子高校生が――なにがおかしいんだ――と、頬を染めている。普通に生きていることが普通に人の心をささやかに温めているんだ。

 大げさかもしれないけど、人間として生きていることの幸せを感じてしまったんだ。

「うわー、卵焼きだけおっきい!」

 ノンコが笑って清美も吹きだした。

 綾姉は指南書を見て「なるほど!」と、さっそく作ってみた。でも、卵焼きだけが変えられないのだ。

「一個だったら貧相でね、二個は使わないと卵焼きらしくならないのよ」

 おまけに、向かいの奥さんに勧められたとかで「健康なんたら~」とかいうLLの卵を買ったものだから、他のおかずが小さくなったお弁当箱の中で、その存在感を増してしまったのだ。

 これも、ビックリしたあと三人で笑っちゃって楽しくなったんだけど、やっぱ、どうにかしなくちゃということになった。

「きっと、友里のお母さんなら上手い解決法知ってるよ!」

 料理が苦手な清美は、友里のお母さんが魔法使いのように思えるんだ。

「そうそう、お母さん、きっと燃えるよ!」

 ノンコも焚きつけることで、友里の親子仲が良くなるだろうと感じてる。

「うん、ま、聞いてみるね」

 照れながら友里は頭を掻く。

 ちょっと面白くなってきた。

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