せやさかい・189
お婆さまは危機を感じている。
まず、コロナでしょ。コロナって中共ウイルスのことなんだけど、バイデンが中共ウイルスっと言ってはいけないという大統領令を出したので使用を控えているのよ。
べつにヤマセンブルグ公国はアメリカの属国じゃないんだけどね、弱小国はアメリカを立てておかなきゃならないしね。
コロナの事は、お婆さま自身が高齢者なんで、本人も周囲の人たちも心配。
なんせ、ヤマセンブルグの跡継ぎは正式には決まっていない。
理由は簡単。
わたしが日本国籍を放棄していないから。国王の二重国籍は認められない。お婆さまにもヤマセンブルグの国民にも申し訳ないんだけど、わたしは、まだ母の国の国籍を捨てられない。
そのかわり、お婆さまの言うことはきちんと聞いている。
高校に進学するときに専用のガードを付けるのに同意した。正式にはベテランガードのジョン・スミスなんだけど、身長が190もあって、胸の厚さがわたしの肩幅よりも大きいマッチョに付きまとわれるのは願い下げだから、わたしと同い年のソフィアについてもらっている。
ソフィアは、ヤマセンブルク王家に代々仕えている魔法使いの家系で、わたしをガードすることが人生の全てを掛けた使命だと思っている。この子の使命感は筋金入りで、日本に来ただけじゃなくて、同じ聖真理愛女学院に入学して同じクラスで、部活も、最初は剣道部に入っていたんだけど、わたしが散策部を作ると、剣道部に籍を置いたまま散策部に入ってきた。
その散策部も、コロナが心配なお婆さまの意向で休部状態。
年が明けてからは、コロナと警備の問題で、とうとう自宅を領事館に移されてしまった。
週に一回はPCR検査受けさせられて、そのたびに綿棒を突っ込まれるんで、鼻の奥の粘膜は三年物のスルメみたいに丈夫になったわよ(^_^;)。
親類のイギリス王室に頼めばワクチン接種もしてもらえるんだけど、お婆さまは自分はワクチン打ってもらったのに、わたしが打つことは許さない。
「なんでよ、ワクチン打ったらお祖母ちゃん(プライベートではお婆さまとは呼ばない)だって安心でしょうが!?」
画面に怒鳴ったら、こう答えた。
「それについては、ジョン・スミスにお聞きなさい」
「なんで!?」
「ネットは情報を盗まれる恐れがあるからよ。じゃ、お祖母ちゃんは、もう寝る時間だから。ジョン、そこに居るんでしょ? よろしくね」
そこまで言うと、一方的にクソババアは通話を切った。
「なんで、わたしはワクチン打てないの!?」
綿棒を持って構えているジョン・スミスを詰問した。
「確率は低いのですが、深刻な副作用の可能性があります」
「副作用なら、クソバ……お婆さまのほうが心配でしょ!?」
「女王陛下は、もうお世継ぎをお産みになることはありませんから」
「え、それって……(#゚Д゚#)!?」
16歳の純真少女としては、それ以上のツッコミが出来なくなってしまう。
グニュ!
油断していると、いつものように綿棒を突っ込まれ、不覚にもクシャミが出てしまう。
ヘプチ!
かろうじて、女の子らしいクシャミに留めると、反動でポタポタと涙がこぼれる。
「では、殿下、如来寺に行くことは禁じられていませんので、参りますか?」
ジョン・スミスが妥協案(たぶん、お婆さまとは示し合わせてるんだろうけど)。
そこへ、前回に出ていたさくらからの電話があったというわけ。
あの角を曲がれば、ちょっと久しぶりの如来寺。
着く前に車のノーズに掛けた小旗を引っ込めてくれないかしら。
わたしだって恥ずかしいわよ、いちいち王家の王女旗をはためかせられるのは!