レーゼドラマ『ダウンロード』後半
大橋むつお
ライトノベルの新分野レーゼドラマ第二弾『ダウンロ-ド』の後編です。前編を先にお読みください。
ノラ一人に照明がのこり、モーツアルト、フェードインする。気づくと、もとのノラのハンガー。
ノラ ……ありがとう、つれて帰ってくれたのね……憶えてない……暴走しかけて、フリ-ズしてしまったの……
お母さんは? ああ、バグと認識して最初から動いてない……さすが大手のモリプロね……
ごめん?……もういいわよ。早く消してくれる、この子の、幸子のパーソナリテイー(ノロノロと柱のマシンへ)え……メモリーに焼き付いて、消去できないの……
もうそろそろ寿命かな……ねえ、オーナー。オーナーはどうしてこんな仕事してんの?
……男一人食うのにちょうどいい……
自分で働いたら?
……え、マネージメントやメンテナンスで、けっこう働いている?……ほんとかな……
ね、このマシンの中にもブロックされたメモリーがあるんだけど……このハンガーのシステムメモリー?
……え、わたしが勝手にいじって、キッチンなんかつくってしまわないようにブロックしてあるって……え、オーナーにもわからない?
ああ、奥さんが使ってた中古。これも?
……え、次の仕事!?
だめよ、わたしまだ幸子のパーソナリテイーのままなんだから。
今日はもうやすませて、お願い……(マシンから衣装が転がり出てくる)
もう……わたしはね……
これ、「ローマの休日」のオードリーのコスチューム……
新作ゲームのCMの依頼……「ローマの休日をもう一度」
……チープなギャルゲーね……わたしのこと、すりきれるまで使うつもりね……
いいわ! このブルーな気持ちを少しでも紛らすことができるなら……もともとオードリー似だものね、幸子は(間、着替えの動きとまる)
……え、あ、ごめんなさい。ちょっと考え事……しかたないでしょ。わたしのメモリーは幸子のままなの。その幸子がオードリーを演じるの!
よいしょっと……ハハハ、お婆さんみたいね……え、いつも言ってる? 中古だものね……さ、行くわよ……
マシンから、仕事のメモをとり、ドアを開けて飛び出し。撮影現場に着く。
ノラ お早うございます。
オードリーをやらせていただきます、松田幸子と申します。
ええ、アンドロイドです。オードリーのパーソナリテイーはダウンロードしてませんので、そっくりというわけにはいきませんが……
え、そのほうが……はい、ありがとうございます……
これが台本(ぱらぱらとめくる)わかりました。
ハハハ、ロボットですもの理解は早いです。相手役の方は……
ああ、CGのハメコミ……いっそ、わたしのもモーションキャプチャーにしたら……
ああ、アナログの新鮮さで勝負。それにわたしのイメージが……
苦悩を内にひめた無邪気さが。ハハハ、ありがとうございます。おほめいただいて。
……いきなり本番!? リハーサルなし?……ドライもカメリハも。……その方が新鮮……
はい。でも、だめなら撮り直してくださいね(いきなり、後ろからアイスクリームをさしだされ、驚く)
わ……アイスクリーム!(無対象) ありがとうございます。差し入れですか?……え、小道具。ほんとシリコンゴムだ……
ああ、スペイン広場のシーンですね……
はい、本番(BGM入る。ノラは、階段の手すりを示す柱に腰掛けて、アイスクリームを舐める。後ろから階段を下りてきたグレゴリー・ペックが声をかける)
あら!……また、お会いしましたわね……え、ええ、今日は、もう学校お休みしようと……抜けだしてきちゃったから。だって、こんなに空は青いし、雲は白いし……とってもすてきな朝でしょ。
あなたにはわからないでしょうけど、自分の思うように、いろんなことがしたいの。だれにも束縛されないで。アイスクリーム舐めたり、カフェに座ったり、ウィンドショッピングしたり、雨の中を歩いてみたり。
……親が心配?……一日だけのことだから。それに、父も母も忙しくしているから……気が付きませんわ。
親の仕事?……んー……一種の広報係です。父も母も……その……人を接待したり、あいさつしたり。
……愛情は……ええ、もっていてくれていると思います……でも、とても古風で、厳格な家庭だから……
あなたは……もう、お仕事の時間……
え、あなたも時間が空いていらっしゃるの!? ほんとうに!?
ええ、ぜひ!……ああ、ちょっと待って……(アイスクリームのコーンのヘタを、ゴミ箱の投げ入れる)やったー! ストライク!
……OK?
ちょっとメーク直しますね。
次は祈りの壁、続いて真実の口……
はい、本番……(長い壁を見あげつつ歩く)……これが……祈りの壁。お花がいっぱい……そう……空襲で火に追われて、ここまで 逃げた母子が、神様に祈り続けて命がたすかった……それが、この壁の下。ここね……それで聖地のようになって、お祈りする人が絶えない……いいお話しね……(なにごとか祈る)……内緒です。
……ここは……古いお堂のよう(鉄の柵を開ける音)……かびのにおい……「真実の口」?……嘘つきが、この口に手を入れると食いちぎられる?……え、わたし?……大丈夫、わたし嘘つきじゃないから……(一二度ためらって手を差し入れるが、すぐにもどす)
エへ、エヘヘ……次は、あなたの番よ……そう、嘘つきじゃないんでしょ、あなも……(グレゴリー・ペックの動きをドキドキしながら見守る。突然手をかまれるグレゴリー・ペックの悲鳴! オードリーは悲鳴をあげ、渾身の力で彼の腕を引き抜く)
キャー! 手、手が……え!?(上着の袖からニョッキリ手が 出てくる)袖の中に手を隠していたのね。バカバカバカ……本気で心配したじゃないの!……OK?
……んー……でしょうね。ここはやっぱり相手役がいないと。モーションキャプチャーでも……そう、明日撮り直します? はい、わたしはかまいません。同じ時間にここで……はい、おつかれさまでした。
くるりと振り返り、ギョッと驚く。
ノラ 見ていたの?
そう……手を見せてくれる。こう、広げて……ちゃんとあるのね……とっくに食いちぎられていると思ったわ、お父さんの手。
……そう、幸子のままよ、わたし。メモリーがどうにかなっちゃって、消去できないの。
……お話し?……あまりしたくない(去ろうとするが、父の一言で立ち止まる)……!?……うそ、お父さんもロボットだなんて……
本物は四十五年前に死んだ……
カリスマだったから、ロボットの影武者で……
そう……後継者が育つのを待って交代する予定だった……
四十五年待って……とうとう百二十五歳。
……ボデイの能力はプラスマイナス二十歳……そうでしょうね。わたしでもプラスマイナス十歳……いつまでも化けていられないわね。お父さん、ギネスブックにものっちゃったものね……
(父が何か小さなものを手渡す)なにこれ?……最高級のルーター!?……お父さんの!?
……そりゃ、これがあれば、どんなブロックも解除して接続できるけど。お父さん、ボケちゃうよ……
いらない?……だってお父さん、松田電器の……会社のむつかしいこと処理したり、決定したりできなくなるわよ……もういい。
……そりゃ、百二十五歳の現役なんて不自然だけども。いいじゃない一人ぐらい、そんなスーパー老人がいたって。
……人が育たない?
そんなの人間のせいでしょ。幸子や、お父さんが責任持たなくても、人間がもっと努力すればいいことでしょ!
……そのためにも。
……どうしたの、ひどく顔色が。
……動力サーキットをブレイク!?
……死んじゃうわよ、お父さん!
……昨日わたしと会って決心がついた。
……そんな、そんなの悲しいわよ、悲しすぎるわよ!
わたしのハンガーに来て、わたしのマシーンにコネクトすれば、わたしの動力サーキットが使えるわ。
……お父さん、しっかりしてお父さん!
……え、名前を聞いて覚えて欲しい。お父さんのほんとうの名前?
……アダムっていうの、お父さん。
アダム……とってもいい名前よ!
……わたしにだけに覚えていてほしい。
……うん、忘れはしないわよ。忘れはしない。
死んじゃいや! 死んじゃいや! お父さん! アダム……!
暗転、なにかを消去するような電子音。明るくなると、ノラのハンガー。三角座りした膝の間に頭を埋めるようにして、グッタリしたノラ。ノラの手には、マシンからのびたケーブルがつながれている。
ノラ ……だめ。やっぱりわたしは松田幸子。
……消去できない。
……いいのよもう(ケーブルをはずす)なんならスクラップにして新しいアンドロイド買ったら……
わたしなら、もういいの……もう疲れちゃったし……
へん? ロボットがこんなこと言うなんて……
優しいのね……って言ってあげたいけど。オーナーも余裕ないんでしょ? キッチンひとつつくれないんだものね。
わたしが、本当にスクラップになったら、どうする気?
オーナーのことなにもわからないけど、あまり前向きな人じゃない……
でしょ……中古のアンドロイドの稼ぎで生活してるんですもんね。
……いいわよ、今夜はもう休んでちょうだい。わたしは、とりあえず明日はこのままでいけるから、幸子の演ずるオードリーで。
……うん、わたしもスリープモードにして、お肌の疲れを癒すわ。
……じゃあ(オーナーとの交信を切る)
……あ、流れ星……
あれ、お父さん……アダムだ。
……ロボットが星になったて……いいよね。
……アダムのルーター(しばらく見つめているが、そっと自分の耳に装着する)
……さすがに最高級品……振動もショックもない。
……あ、アダムのメモリーに繋がった!?(一度抜いて、再びためらいながら、耳に入れる)
……このバーチャルファミリー、本物の孝之助さんがつくったんだ。最初は半分ジョークのつもり……事業に成功して……ずっと独身だったから、人からいろいろ縁談をもちこまれて……まあ、お金持ちのお嬢さんやら、タレントさんやら……
ハハハ、それを断るためにバーチャルファミリーをこさえて……
そして、あの地震で死んだことにしたんだ。
……すごい、一日ごとに家族三人の生活を書き込んでる……習慣とか、細かい体の特徴とか……八歳で盲腸。
……うん癒着して大変だったんだよね。
……え、わたし出ベソ!?(自分のおヘソをさわる)
……ほんとだ。出ベソのオードリー……フフフ。
……このケーブルつないでリセット押したら、ブロックが解けて、わたしの本来の記憶がよみがえる(つなぐ、電気の流れる音がする)
……すべてのサーバーが起動した……血の流れる音に似ている。
……この状態で全てオフにしたら動力サーキットを切ることもできる。
……自殺回路だ。
お父さん、これにタイマーをかけたんだ(いったん、ケーブルを抜く。電流音とまる)
どうしよう……ようし、星が一つ流れたら、ブロックを解除する。二つ流れたら、このまま何もしない。三つ流れたら……自殺回路……
間、じっと夜空をにらむノラ。やがてキョロキョロと夜空を探す。
ノラ そんなに都合よく星は流れてくれないよね……
それにハンパよね「このまま」という選択肢をいれるのは……
よし、コインの裏表で決めよう!
表が出たらブロック解除。裏が出たら自殺回路……
背水の陣、ケーブルでつないでおこう(電流音)
いち、にの、さん!……(勢いが強すぎ、天井につきささる)
天井にささちゃった……
もう一度、別のコインで。いち、にの、さん!……
ハッ! ハッ! ハッ!(無意識のうちに、曲芸のように空中でコインをさばきつずける)
……わたしって、やる気あるのかしら……
あ!(コインに気をとられ、よろめいて、マシンのリセットボタンを押してしまう)押しちゃった!
……リセットボタン……すべてのブロックが解除される!
唸りをあげてフル稼働するマシン。ランプが赤や黄色に点滅する。いつもに倍するスパークと振動音……ゆっくり顔をあげ、目を開くノラ。その顔に幸子の面影はない。不思議な笑みをうかべつつ、ブラウスを脱ぎ、スカートを落とし、ノラ本来の姿になる。いたずら好きな少女のようなイデタチ。同時に、ハンガーのあらゆる開口部に、防護シャッターの降りる音。モニターが起動し、慌てふためいたオーナーが現れた様子。
ノラ 起こしちゃったわねオーナー。
ごめんなさい、ブロックを解除しちゃったわ。不可抗力だけどね……
松田のおじいちゃんから、ソミーのハチロクXのルーターもらってたの。
どんなブロックかけたサーバーでもコネクトできるやつ。どう、これがわたしの本来の姿。
……正体はなんだって?
それは、ひ・み・つ……
いろいろ実用試験をやって、ボコボコになったあと、ジャンク屋に引き取られ、あなたのところへきたの。
……そこの換気扇の防護シャッター忘れてるわよ(シャッターの閉まる音)こんなシャッター何の役にも立たないけどね。ソミーのベースにオンダのムーブメント。人工骨格はオマツ。ターミネーターの三倍は強力よ。
……そう、シャッター閉鎖と同時に、警察にダイレクトに警報が……ロボットが暴走したときのセキュリテイーよね……百も承知よ。
非常回路が働いて、このマシンが警察のコンピューターとリンクしたのよね。そして、わたしの情報が全て警察に伝わってる。性能やら弱点やら、あらゆるスペックが。
ただしブラックボックスを除いてね。
……フフフ……何がおかしいって?
あのね、あなたに関する情報もね、伝わってるのよ。
え、やましいことは何もない?
ブロックを解除したら、いろんなことがわかったわ。
わたしって、プロトタイプだから、かなり余裕を持たせた能力になってるの。特にここ(頭を指す)
あなたの奥さんね、亡くなる前に、このマシンに自分に関する情報を入力していたわ。
そう、あなたの知らないファイルに圧縮して。そして、奥さんの死後、最初にリンクしたコンピューターにダウンロードされるように設定されていたの。
だから、わたしのここ(頭を指す)には、奥さんの全てが入っているの。
むろん、今の今までブロックされていたけど。解除したてのホヤホヤ……
なんなら、今ここで、奥さんに変身してあげようか?(ソケットに指を近づける)
遠慮しなくてもいいのよ。奥さん身の危険を感じて、ピアスにカメラを仕掛けていたの。右と左で3Dの立体録画。
ええ、それも、警察のコンピューターとリンクしたときにロードされてるわ。第一級殺人の証拠としてね。
……ほら、誰かがドアをノックしてるわよ……だめ、窓の下にも三人張り付いているわ。
後一分足らずで、そのドアは蹴破られるでしょう。抵抗しちゃだめよ、撃ち殺されるわよ……
じゃ、ロボットの情け、逮捕の瞬間だけは見ないであげる。
スイッチ切るわね……
永遠に……
マシンの回路をつなぎ変え、数回キーをうつ。シャッターは、ゴロゴロ音を立てて開く。
ノラ 開いた。これでセキユリテイーのつもりだったのね……ってか、わたしのスキルってすごいんだ。
……さよならマシン。これからは、あなたのお世話にならない生活をおくるわ。
……キッチンを買うわ、自分でね。
じゃあ……(ドアに行きかけて、あることに気づく)
わたしの名前……本当はなんて言うんだろう。
……きっと、コードネームとか、タッグネームとか……(マシンのボタンをいくつか押す)仕様書は……001S。シリアスナンバーA-0001。こんなの名前じゃない。
……整備日誌……技術屋さんの落書きみたいな……こういうところに……
あった……え? やっぱり「ノラ」
どういうつもり、わたしは生まれながらのノラロボットか……
ハンガーコード「人形の家」……これはフェイクだ。
……ちょいちょいと解除。
……ハンガーネーム「エデン」
……タッグネーム「イヴ」……わたしって?
(パトカーの音、多数接近)ん、なに?……わたしもつかまえようっての?……わたしが無害なのはデータで分かっているはずなのに……飼い主を売ったロボットは許せないってか。
窓ガラスを破り、一発の銃弾が、ノラの頬をかすめる。
ノラ 神さまは、その身に似せて人を創りたもうた。
人は自分のなにに似せてわたしを作ったのか……
それを知るのが怖いのね……
マシン、ちょっと目をつぶっててね(サスが、目の高さにモニターを浮かび上がらせ〈無対象でもよい〉ノラが操作する)
ハンガーの候補地を十万カ所にしちゃった。第一候補は首相官邸。ごめんなさいね総理大臣、ちょっとばかしゴタゴタするでしょうけど。
……ほら、みんなコンピューターの指示には従順ね(大量のパトカーが去る気配して、ノラ、ルーターの入った耳に触れる)
アダムとイヴの再出発……
マシン、最後のお願い。BGM、なにか旅立ちの歌にしてくれない。モーツアルトもビートルズも聞きあきた(マシン、旅立ちの歌を奏でる)
……うん、さすが古いつきあい、わたしの好みをよく知ってるわね。
……え、フェリペの卒業式。それにシンクロさせただけ……でも、イージーだけど、ぴったりよ。
……じゃあ、いくわ。わたしたちだけのエデンを探しにね。
……それは、どこかって?
それは……あなた(観客)の家の隣かもね。
三月だもの、だれが越してきても、不思議じゃないわ。引っ越しのご挨拶は、とびきりの笑顔で、そいでちょっと気の利いたキッチンにしていたら、それがわたしです。もちろん顔も名前も、声もこれじゃなくってね。
ま、この季節、そんな子は何万人もいるでしょうけど……
そうかなって、思ったら。妙な詮索はしないで、どうかいいお隣さんになってくださいね……
さ、とりあえず、あの雲の流れる方へ……
旅立ちの歌フェードアップそれに和して花道を去るノラ……幕