大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

大橋むつおの高校ライトノベル・レーゼドラマ『ダウンロード』後半

2011-09-05 07:53:04 | 小説

レーゼドラマ『ダウンロード』後半

大橋むつお

ライトノベルの新分野レーゼドラマ第二弾『ダウンロ-ド』の後編です。前編を先にお読みください。

ノラ一人に照明がのこり、モーツアルト、フェードインする。気づくと、もとのノラのハンガー。

ノラ  ……ありがとう、つれて帰ってくれたのね……憶えてない……暴走しかけて、フリ-ズしてしまったの……
お母さんは? ああ、バグと認識して最初から動いてない……さすが大手のモリプロね……
ごめん?……もういいわよ。早く消してくれる、この子の、幸子のパーソナリテイー(ノロノロと柱のマシンへ)え……メモリーに焼き付いて、消去できないの……
もうそろそろ寿命かな……ねえ、オーナー。オーナーはどうしてこんな仕事してんの?
……男一人食うのにちょうどいい……
自分で働いたら?
……え、マネージメントやメンテナンスで、けっこう働いている?……ほんとかな……
ね、このマシンの中にもブロックされたメモリーがあるんだけど……このハンガーのシステムメモリー?
……え、わたしが勝手にいじって、キッチンなんかつくってしまわないようにブロックしてあるって……え、オーナーにもわからない? 
ああ、奥さんが使ってた中古。これも?
……え、次の仕事!?
だめよ、わたしまだ幸子のパーソナリテイーのままなんだから。
今日はもうやすませて、お願い……(マシンから衣装が転がり出てくる)
もう……わたしはね……
これ、「ローマの休日」のオードリーのコスチューム……
新作ゲームのCMの依頼……「ローマの休日をもう一度」
……チープなギャルゲーね……わたしのこと、すりきれるまで使うつもりね……
いいわ! このブルーな気持ちを少しでも紛らすことができるなら……もともとオードリー似だものね、幸子は(間、着替えの動きとまる)
……え、あ、ごめんなさい。ちょっと考え事……しかたないでしょ。わたしのメモリーは幸子のままなの。その幸子がオードリーを演じるの!
よいしょっと……ハハハ、お婆さんみたいね……え、いつも言ってる? 中古だものね……さ、行くわよ……

マシンから、仕事のメモをとり、ドアを開けて飛び出し。撮影現場に着く。

ノラ  お早うございます。
オードリーをやらせていただきます、松田幸子と申します。
ええ、アンドロイドです。オードリーのパーソナリテイーはダウンロードしてませんので、そっくりというわけにはいきませんが……
え、そのほうが……はい、ありがとうございます……
これが台本(ぱらぱらとめくる)わかりました。
ハハハ、ロボットですもの理解は早いです。相手役の方は……
ああ、CGのハメコミ……いっそ、わたしのもモーションキャプチャーにしたら……
ああ、アナログの新鮮さで勝負。それにわたしのイメージが……
苦悩を内にひめた無邪気さが。ハハハ、ありがとうございます。おほめいただいて。
……いきなり本番!? リハーサルなし?……ドライもカメリハも。……その方が新鮮……
はい。でも、だめなら撮り直してくださいね(いきなり、後ろからアイスクリームをさしだされ、驚く)
わ……アイスクリーム!(無対象) ありがとうございます。差し入れですか?……え、小道具。ほんとシリコンゴムだ…… 
ああ、スペイン広場のシーンですね……
はい、本番(BGM入る。ノラは、階段の手すりを示す柱に腰掛けて、アイスクリームを舐める。後ろから階段を下りてきたグレゴリー・ペックが声をかける)
あら!……また、お会いしましたわね……え、ええ、今日は、もう学校お休みしようと……抜けだしてきちゃったから。だって、こんなに空は青いし、雲は白いし……とってもすてきな朝でしょ。
あなたにはわからないでしょうけど、自分の思うように、いろんなことがしたいの。だれにも束縛されないで。アイスクリーム舐めたり、カフェに座ったり、ウィンドショッピングしたり、雨の中を歩いてみたり。
……親が心配?……一日だけのことだから。それに、父も母も忙しくしているから……気が付きませんわ。
親の仕事?……んー……一種の広報係です。父も母も……その……人を接待したり、あいさつしたり。
……愛情は……ええ、もっていてくれていると思います……でも、とても古風で、厳格な家庭だから……
あなたは……もう、お仕事の時間……
え、あなたも時間が空いていらっしゃるの!? ほんとうに!?
ええ、ぜひ!……ああ、ちょっと待って……(アイスクリームのコーンのヘタを、ゴミ箱の投げ入れる)やったー! ストライク!
……OK?
ちょっとメーク直しますね。
次は祈りの壁、続いて真実の口……
はい、本番……(長い壁を見あげつつ歩く)……これが……祈りの壁。お花がいっぱい……そう……空襲で火に追われて、ここまで 逃げた母子が、神様に祈り続けて命がたすかった……それが、この壁の下。ここね……それで聖地のようになって、お祈りする人が絶えない……いいお話しね……(なにごとか祈る)……内緒です。
……ここは……古いお堂のよう(鉄の柵を開ける音)……かびのにおい……「真実の口」?……嘘つきが、この口に手を入れると食いちぎられる?……え、わたし?……大丈夫、わたし嘘つきじゃないから……(一二度ためらって手を差し入れるが、すぐにもどす)
エへ、エヘヘ……次は、あなたの番よ……そう、嘘つきじゃないんでしょ、あなも……(グレゴリー・ペックの動きをドキドキしながら見守る。突然手をかまれるグレゴリー・ペックの悲鳴! オードリーは悲鳴をあげ、渾身の力で彼の腕を引き抜く)
キャー! 手、手が……え!?(上着の袖からニョッキリ手が 出てくる)袖の中に手を隠していたのね。バカバカバカ……本気で心配したじゃないの!……OK?
……んー……でしょうね。ここはやっぱり相手役がいないと。モーションキャプチャーでも……そう、明日撮り直します? はい、わたしはかまいません。同じ時間にここで……はい、おつかれさまでした。

くるりと振り返り、ギョッと驚く。

ノラ  見ていたの?
そう……手を見せてくれる。こう、広げて……ちゃんとあるのね……とっくに食いちぎられていると思ったわ、お父さんの手。
……そう、幸子のままよ、わたし。メモリーがどうにかなっちゃって、消去できないの。
……お話し?……あまりしたくない(去ろうとするが、父の一言で立ち止まる)……!?……うそ、お父さんもロボットだなんて……
本物は四十五年前に死んだ……
カリスマだったから、ロボットの影武者で……
そう……後継者が育つのを待って交代する予定だった……
四十五年待って……とうとう百二十五歳。
……ボデイの能力はプラスマイナス二十歳……そうでしょうね。わたしでもプラスマイナス十歳……いつまでも化けていられないわね。お父さん、ギネスブックにものっちゃったものね……
(父が何か小さなものを手渡す)なにこれ?……最高級のルーター!?……お父さんの!?
……そりゃ、これがあれば、どんなブロックも解除して接続できるけど。お父さん、ボケちゃうよ……
いらない?……だってお父さん、松田電器の……会社のむつかしいこと処理したり、決定したりできなくなるわよ……もういい。
……そりゃ、百二十五歳の現役なんて不自然だけども。いいじゃない一人ぐらい、そんなスーパー老人がいたって。
……人が育たない?
そんなの人間のせいでしょ。幸子や、お父さんが責任持たなくても、人間がもっと努力すればいいことでしょ!
……そのためにも。
……どうしたの、ひどく顔色が。
……動力サーキットをブレイク!?
……死んじゃうわよ、お父さん!
……昨日わたしと会って決心がついた。
……そんな、そんなの悲しいわよ、悲しすぎるわよ!
わたしのハンガーに来て、わたしのマシーンにコネクトすれば、わたしの動力サーキットが使えるわ。
……お父さん、しっかりしてお父さん!
……え、名前を聞いて覚えて欲しい。お父さんのほんとうの名前?
……アダムっていうの、お父さん。
アダム……とってもいい名前よ! 
……わたしにだけに覚えていてほしい。
……うん、忘れはしないわよ。忘れはしない。
死んじゃいや! 死んじゃいや!  お父さん! アダム……!

暗転、なにかを消去するような電子音。明るくなると、ノラのハンガー。三角座りした膝の間に頭を埋めるようにして、グッタリしたノラ。ノラの手には、マシンからのびたケーブルがつながれている。

ノラ  ……だめ。やっぱりわたしは松田幸子。
……消去できない。
……いいのよもう(ケーブルをはずす)なんならスクラップにして新しいアンドロイド買ったら……
わたしなら、もういいの……もう疲れちゃったし……
へん? ロボットがこんなこと言うなんて……
優しいのね……って言ってあげたいけど。オーナーも余裕ないんでしょ? キッチンひとつつくれないんだものね。
わたしが、本当にスクラップになったら、どうする気?
オーナーのことなにもわからないけど、あまり前向きな人じゃない……
でしょ……中古のアンドロイドの稼ぎで生活してるんですもんね。
……いいわよ、今夜はもう休んでちょうだい。わたしは、とりあえず明日はこのままでいけるから、幸子の演ずるオードリーで。
……うん、わたしもスリープモードにして、お肌の疲れを癒すわ。
……じゃあ(オーナーとの交信を切る)
……あ、流れ星……
あれ、お父さん……アダムだ。
……ロボットが星になったて……いいよね。
……アダムのルーター(しばらく見つめているが、そっと自分の耳に装着する)
……さすがに最高級品……振動もショックもない。
……あ、アダムのメモリーに繋がった!?(一度抜いて、再びためらいながら、耳に入れる)
……このバーチャルファミリー、本物の孝之助さんがつくったんだ。最初は半分ジョークのつもり……事業に成功して……ずっと独身だったから、人からいろいろ縁談をもちこまれて……まあ、お金持ちのお嬢さんやら、タレントさんやら……
ハハハ、それを断るためにバーチャルファミリーをこさえて……
そして、あの地震で死んだことにしたんだ。
……すごい、一日ごとに家族三人の生活を書き込んでる……習慣とか、細かい体の特徴とか……八歳で盲腸。
……うん癒着して大変だったんだよね。
……え、わたし出ベソ!?(自分のおヘソをさわる)
……ほんとだ。出ベソのオードリー……フフフ。
……このケーブルつないでリセット押したら、ブロックが解けて、わたしの本来の記憶がよみがえる(つなぐ、電気の流れる音がする)
……すべてのサーバーが起動した……血の流れる音に似ている。
……この状態で全てオフにしたら動力サーキットを切ることもできる。
……自殺回路だ。
お父さん、これにタイマーをかけたんだ(いったん、ケーブルを抜く。電流音とまる)
どうしよう……ようし、星が一つ流れたら、ブロックを解除する。二つ流れたら、このまま何もしない。三つ流れたら……自殺回路……

間、じっと夜空をにらむノラ。やがてキョロキョロと夜空を探す。

ノラ  そんなに都合よく星は流れてくれないよね……
それにハンパよね「このまま」という選択肢をいれるのは……
よし、コインの裏表で決めよう! 
表が出たらブロック解除。裏が出たら自殺回路……
背水の陣、ケーブルでつないでおこう(電流音)
いち、にの、さん!……(勢いが強すぎ、天井につきささる)
天井にささちゃった……
もう一度、別のコインで。いち、にの、さん!……
ハッ! ハッ! ハッ!(無意識のうちに、曲芸のように空中でコインをさばきつずける)
……わたしって、やる気あるのかしら……
あ!(コインに気をとられ、よろめいて、マシンのリセットボタンを押してしまう)押しちゃった!
……リセットボタン……すべてのブロックが解除される!

 唸りをあげてフル稼働するマシン。ランプが赤や黄色に点滅する。いつもに倍するスパークと振動音……ゆっくり顔をあげ、目を開くノラ。その顔に幸子の面影はない。不思議な笑みをうかべつつ、ブラウスを脱ぎ、スカートを落とし、ノラ本来の姿になる。いたずら好きな少女のようなイデタチ。同時に、ハンガーのあらゆる開口部に、防護シャッターの降りる音。モニターが起動し、慌てふためいたオーナーが現れた様子。

ノラ  起こしちゃったわねオーナー。
ごめんなさい、ブロックを解除しちゃったわ。不可抗力だけどね……
松田のおじいちゃんから、ソミーのハチロクXのルーターもらってたの。
どんなブロックかけたサーバーでもコネクトできるやつ。どう、これがわたしの本来の姿。
……正体はなんだって? 
それは、ひ・み・つ……
いろいろ実用試験をやって、ボコボコになったあと、ジャンク屋に引き取られ、あなたのところへきたの。
……そこの換気扇の防護シャッター忘れてるわよ(シャッターの閉まる音)こんなシャッター何の役にも立たないけどね。ソミーのベースにオンダのムーブメント。人工骨格はオマツ。ターミネーターの三倍は強力よ。
……そう、シャッター閉鎖と同時に、警察にダイレクトに警報が……ロボットが暴走したときのセキュリテイーよね……百も承知よ。
非常回路が働いて、このマシンが警察のコンピューターとリンクしたのよね。そして、わたしの情報が全て警察に伝わってる。性能やら弱点やら、あらゆるスペックが。
ただしブラックボックスを除いてね。
……フフフ……何がおかしいって? 
あのね、あなたに関する情報もね、伝わってるのよ。
え、やましいことは何もない?
ブロックを解除したら、いろんなことがわかったわ。
わたしって、プロトタイプだから、かなり余裕を持たせた能力になってるの。特にここ(頭を指す)
あなたの奥さんね、亡くなる前に、このマシンに自分に関する情報を入力していたわ。
そう、あなたの知らないファイルに圧縮して。そして、奥さんの死後、最初にリンクしたコンピューターにダウンロードされるように設定されていたの。
だから、わたしのここ(頭を指す)には、奥さんの全てが入っているの。
むろん、今の今までブロックされていたけど。解除したてのホヤホヤ……
なんなら、今ここで、奥さんに変身してあげようか?(ソケットに指を近づける)
遠慮しなくてもいいのよ。奥さん身の危険を感じて、ピアスにカメラを仕掛けていたの。右と左で3Dの立体録画。
ええ、それも、警察のコンピューターとリンクしたときにロードされてるわ。第一級殺人の証拠としてね。
……ほら、誰かがドアをノックしてるわよ……だめ、窓の下にも三人張り付いているわ。
後一分足らずで、そのドアは蹴破られるでしょう。抵抗しちゃだめよ、撃ち殺されるわよ……
じゃ、ロボットの情け、逮捕の瞬間だけは見ないであげる。
スイッチ切るわね……
永遠に……

マシンの回路をつなぎ変え、数回キーをうつ。シャッターは、ゴロゴロ音を立てて開く。

ノラ  開いた。これでセキユリテイーのつもりだったのね……ってか、わたしのスキルってすごいんだ。
……さよならマシン。これからは、あなたのお世話にならない生活をおくるわ。
……キッチンを買うわ、自分でね。
じゃあ……(ドアに行きかけて、あることに気づく)
わたしの名前……本当はなんて言うんだろう。
……きっと、コードネームとか、タッグネームとか……(マシンのボタンをいくつか押す)仕様書は……001S。シリアスナンバーA-0001。こんなの名前じゃない。
……整備日誌……技術屋さんの落書きみたいな……こういうところに……
あった……え? やっぱり「ノラ」
どういうつもり、わたしは生まれながらのノラロボットか……
ハンガーコード「人形の家」……これはフェイクだ。
……ちょいちょいと解除。
……ハンガーネーム「エデン」
……タッグネーム「イヴ」……わたしって?
(パトカーの音、多数接近)ん、なに?……わたしもつかまえようっての?……わたしが無害なのはデータで分かっているはずなのに……飼い主を売ったロボットは許せないってか。

    窓ガラスを破り、一発の銃弾が、ノラの頬をかすめる。

ノラ  神さまは、その身に似せて人を創りたもうた。
人は自分のなにに似せてわたしを作ったのか……
それを知るのが怖いのね……                 
マシン、ちょっと目をつぶっててね(サスが、目の高さにモニターを浮かび上がらせ〈無対象でもよい〉ノラが操作する)
ハンガーの候補地を十万カ所にしちゃった。第一候補は首相官邸。ごめんなさいね総理大臣、ちょっとばかしゴタゴタするでしょうけど。
……ほら、みんなコンピューターの指示には従順ね(大量のパトカーが去る気配して、ノラ、ルーターの入った耳に触れる)
アダムとイヴの再出発……
マシン、最後のお願い。BGM、なにか旅立ちの歌にしてくれない。モーツアルトもビートルズも聞きあきた(マシン、旅立ちの歌を奏でる)
……うん、さすが古いつきあい、わたしの好みをよく知ってるわね。
……え、フェリペの卒業式。それにシンクロさせただけ……でも、イージーだけど、ぴったりよ。
……じゃあ、いくわ。わたしたちだけのエデンを探しにね。
……それは、どこかって? 
それは……あなた(観客)の家の隣かもね。
三月だもの、だれが越してきても、不思議じゃないわ。引っ越しのご挨拶は、とびきりの笑顔で、そいでちょっと気の利いたキッチンにしていたら、それがわたしです。もちろん顔も名前も、声もこれじゃなくってね。
ま、この季節、そんな子は何万人もいるでしょうけど……
そうかなって、思ったら。妙な詮索はしないで、どうかいいお隣さんになってくださいね……
さ、とりあえず、あの雲の流れる方へ……

旅立ちの歌フェードアップそれに和して花道を去るノラ……幕

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大橋むつおの高校ライトノベル・レーゼドラマ『ダウンロ-ド』前半

2011-09-05 07:26:32 | 小説

レーゼドラマ『ダウンロード』                             大橋むつお

ライトノベルの進分野、レーゼドラマ第二弾

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    時   二十一世紀末
所   日本のある都市
人物  ノラ(中古アンドロイド)

モーツアルトのBGMが流れている。中央上手よりに、人の背丈ほどの高さと座卓ほどの高さの柱。大きい柱にはいくつかの大きさの違うソケットやランプがついている。今は緑のランプが鼓動のように点滅している。ややあって、派手な動作音をたてながらノラが帰ってくる。SFの宇宙服のような姿で、いかにもロボットめかしく動いている。ドアを開ける動作をして(実際のドアはない)入室し、柱のソケットに手の人差し指を入れる。スパークと同時に体がコミカルに振動する。振動がとまると、長いため息とともにロボットらしさが消え、長い残業を終え、自分のワンルームマンションにもどってきたOLのようになる。ジロっと目を上げ、客席側にある(という設定)モニターに話しかける。

ノラ  これ、もう買い換えたほうがいいよ。ロードする時ショックが大きすぎる。イカレかけてる証拠だよ。
……言ってみただけ。その気もないよね(ロボットの衣装を脱ぎ始める)
でもさ、オーナー。
ひとつだけ、今日みたいな仕事はもうよしてくれない。
ギッコンギッコンして、おとぎ話のロボットみたいな動きは疲れんのよ。
わたし、これでもアンドロイドなんだからさ。
今日みたいな、レトロロボット博の客寄せなんて……
うん、プライドあんのよこれでも。 
「美少女アンドロイドでーす」ってポーズつくって、MCのヨシモトに頭をはられて。
「ロボット博のオモロイドでーす!」
……百年前のギャグでしょ、わたしってお笑い系じゃないのよ。
それと、このモーツアルトのBGM……これも百年前の癒し系でしょ。もう耳にタコ。
わたしには癒し系じゃなく、嫌系なの。
……通じないのよね、あなたにはこういうギャグ。
ま、いいか。

鼻歌交じりに柱の後ろにまわって、トレーにのった食事を取りだし、小さい柱をテーブルにして食事をはじめる。

ノラ  食事もね、悪かないんだけど……昔のレトルトと違って、よくできてるけどさ。
作る手間がね、多少はあった方がね。
たしか、お料理……動詞「料理」するっていうのよね。
……したほうが、よりおいしく……
おかしい? 人間くさい?
ハハハ、人間がそう作っちゃったのよ、わたしたちのこと。中身はチタン合金の骨とマシンだけど、皮とか肉はバイオだからね。ちゃんと気持ちよく食事しないと、すぐ肌荒れとかになっちゃうの。
ターミネーターの映画監督うらむわ。絶対あれがヒントになってんのよ。
へへ、個人的にはシュワちゃん好きだけどね。
……ああ、やっぱ食欲ない。
キッチンつくってよ、キッチン。大昔はワンルームマンションだったんだからさ、ここ。
……消防署の許可?……だろうね……登録は、ここ倉庫だもんね。
本火はつかえないってか……そこをなんとか。
……その分稼いだら考えてやる。
……あ、そう。
……で、もう次の仕事。
……はいはい……

柱のところへ行き、出てきたクエスト(任務情報)をとる。

ノラ  これだけは気にいってるのよ。モニターじゃなく、プリントアウトしてくれるの。
わたし、これ、全部残してんのよ。時々読み返しては……
なによ、笑うことないでしょ。そういうことを懐かしめるほどよくできたアンドロイドなのよ、わたしは。
もっとも、あなたに拾われる前のメモリーはブロックされててわかんないけどね。
いっそ消去しときゃよかったのにね。なまじブロックされてるだけだから気になるのよね。元々のわたしはなんだったんだろうって……
わかってる。わたし、なにか特別なロボットのプロトタイプ(実用原型)だったのよね。
ヘヘ、それくらいわかる。とても具合のいいとこと、なんでー!? ってとこがあるもん。
きっとメモリー消しちゃったら、わたしのアビリティーに関する情報も消えちゃうんでしょうね。
……どのアビリティーかって?……そりゃあ、もちろんわたしの魅力に関する……あ、また笑った!
……はいはい読ませてもらいますよ……

クエストを読む。

ノラ  え!? うっそー……百歳のおばあちゃんになるの!? 
無理だよ。わたしのナイスバデイーは二十五歳、プラスマイナス十歳だよ。
……え、よく読め?……あ、なーる……婆ちゃんの誕生日に、若いときの婆ちゃんの姿を見せてあげる……よしよし……八十年前の高校生ね。
オッケー……チョイチョイ、チョイっと(柱のボタンをいくつか押してから、中から衣装などをとりだす)
ええ!? なに、このチョッキ。スカートの丈も。
……やっぱ、このマシンこわれてるよ。サイズおっかしいよ!
そっちでもチェック……してんの? フフフ、あわててるあなたって、かわいいわよ。心臓の音モニターしてみよっかな……うそうそ。
……え、こわれてない。本当にこれ着るの? 
いいけどね……なんか違和感……(器用に着替える)よいしょっと……こうやって……うんこらしょっと……靴下はいいけど……チョッキツーサイズ大きい……スカート短すぎ。
下着が見える……見えてもいいの?「見せパン」……変なの。
……でもさ、この婆ちゃん、どうして十九歳で高校生やってたの?
……あ、落第……よし、じゃあ、ダウンロード……

ソケットに指を入れる。スパークと振動。おさまると、ガラッと性格がかわっている。ポケットから二十一世紀初頭の携帯電話を取りだしてかける。

ノラ  ……ドモ、うん、あたし……ってゆーか、サヤカ。うん、そう。八十年前のあんたのお母さん。タクマでしょあんた? あたしの息子。うん……今からいくからね。オッケー、待っててね!

ウォークマンをシャカシャカいわせながら、ハンガーを出る。モーツアルトのBGMカットアウト。舞台をルンルンで半周し、現場につく。

ノラ  オッハー、サヤカでーす。よっろっしっく!
え、声大きい? だって地声だもんあたし、しかたないでじゃん。
え、病院? ここ? おじいちゃんタクマだよね。あたしの息子。
こっち……嫁さん? ウッス……ヘヘずいぶん若い嫁さんじゃん。
え……孫の?  オバチャン娘さん。ミナミだよね、むかしBKB47にいた……見る影もないね……よけいなお世話。だよね。
ま、ヨロシク、エブリバディー!
こっちね、サヤカ?……ん、アイシーユー。
……ってなに? 
え、気にしなくっていい?
よっしゃ!(入る)
ウッス! 元気してる?
……んなわけない。ヘヘ、病院だもんね。
ここ個室でいいけどさ、なんか機械ばっかね……
どォ……なつかしい? 
昔のサヤカだよ、かわいいだろ。
え、肌が荒れてる? しかたないよ、昔のサヤカはこうだったんだから。
ね、このケータイ見てよ。ほら、ここ押すと……
ヘヘ……サヤカが援交してたオッサンどもの一覧表。
なつかしいだろ!?
こいつこいつ、裁判所のエライやつだったんだけど、へんなクセあってさ、割り増しもらってんの。
……こいつ、見かけマジメなサラリーマン風なんだけどさ、ナントカって病気うつしたんだよ、あたしに。
ん……なんかアラーム? 
大丈夫だよね、サヤカ? 
ね、右のまぶたのキズおぼえてる?  ほら、あたしもここに……
あったりまえだよね、同一人物だもんね。
ここ、ヨシミとタイマンはったときのキズ。
あいつのケリがまともに入っちゃて、目のとこにドカッとさ。
ハハハ、マジきれちゃったよね!
どうやったかおぼえてないけど……うん、たぶん頭突き……かな?
ヨシミ、川の中おっこちゃったんだよね。
ほっときゃ自分であがってくるとか思って家帰ったら、三日ほどして水死体であがっちゃったんだよね。
つかまっちゃうかなって、ビビっちゃたけど、けっきょく事故死ってことでェ……
アハハ、ボケてるよね、あのころのケーサツって。
ね、聞いてる、サヤカ?
でもさ、あのおかげで彼氏とりもどしたんだよ。
ね、コギャルの意地ってか?
タクマその時できた子だもんね。死んだダンナは自分の子だと思っていたかもしれないけどさ。
ヘヘ、まさにツナワタリってか!
……アラームうるさいね。切っとこうか。
どう、サヤカ、思い出した?
……そう、嬉しいのか……涙流しちゃって。
横アリでコンサート最前列で見てて気絶しちゃった時みたい!
コーフンしちゃったよね!
あたし、嬉しさのあまり、ケーレンして、おしっこちびっちゃって!
……サヤカ、聞いてる?
(モニターが、ツーというメリハリのない音をだす)……そう、眠っちゃった?
ウフフ……サヤカからサヤカへ、おめでとう、百回目のお誕生日!
バンザーイ!!

「チャンチャン」的音して暗転。モーツアルト、フェードイン。マシンの音、スパークの光して、明るくなる。ソケットに指をいれて振動しているノラ。やがて解除。おわってグッタリへたりこむノラ。

ノラ  あのね……病人さんの相手する時は、最低の医療知識ぐらいロードしといてよね。サヤカ婆ちゃん、死んでしまったわよ。
わたし、アイシーユーも、心臓のモニターもわからなかったわよ……
え? 先方さんはよろこんでた!?
……そう……あの……ノラって名前、なんとかならない?
うん、わたしの名前。ノライヌ、ノラネコ、ノラロボット……なんかおちこんじゃうのよ……
え? いずれはイプセンのノラみたいにたくましく独立してもらいたいから? 
よく言うよね……ずいぶん健康的に笑ってくれるわね……白い歯してんだ、あなたって……
ううん、なんでも……ね、どうして、この部屋のこと、ハンガーっていうの? なんだか洋服ダンスの中の洋服か、航空母艦の中の飛行機になったみたいで……せめて、ルームとか、ネストとか……聞いてる? 
次? もう次の仕事……はいはい。
(マシンが、はきだしたプリントを見る)……あのね、わたしの能力は、二十五歳プラスマイナス十歳だって言ったでしょ! 
なにこれ!? 五歳の女の子、それも三つ子!?
わたし、体ひとつっきゃないのよ!
……え……現場には行かず、モニターで……でもね……わかったわよ。
秋園くずは……若手の女優さんね……
三つ子の隠し子がいたの!?……火星ツアーに出る前に娘たちに会っておきたい……マネージャーの気配り。
……でも、この三つ子、日本とドイツとアメリカに里子にだされてるんでしょ。わたしの言語サーキット、パンクしちゃいそう……(柱のボタンを押す)
ね、どうして本物よばないの? モニターに出るんだったら、簡単じゃない……会いたくないって?……三人とも……ふーん……

柱から衣装を出し、着替える。三人を演じ分けるため、ベースの服は同じ(サヤカの衣装から、リボンをとって、スモックを着ただけ)だが、帽子、めがね、マフラーなどがついている。

ノラ  よいしょっと。これって、三人分のギャラ出るの?……内緒?……働くのはわたしよ。もうかったら、キッチンつくってよキッチン……さて、ダウンロード……

スパーク、振動。上から、モニターの四角い枠がおりてきて(黒子が運んできてもいい)ノラの上半身をおさめる。モーツアルト、カットアウト。最初は黄色の帽子をかぶっている。

ノラ  お母さん、元気? ミミだよ。なつかしいね、ちょっとまってね……(くるりとまわって、帽子なし、めがねをかけている)
ハーイ、マミー。アイム、モモ。アーユーファイン?……オー、アイム、ファイン、トゥー。アイム、ハッピィー、トゥー、スィー、ユー。ジャスト、モメント……(くるりとまわって、めがねなし、マフラーとクマのぬいぐるみつき)
グーテンターク、ムーテイー。イッヒ、ビン、メメ。ダスイスト、マイネン、クマチャン。ヤー、ダスイスト、マイネン、オタカラ。クマチャンプッペ、イスト、マイネン、オタカラ。ヴァルテン、ズィー、ビッテ……(ミミになる)
うん、こっちのお母さんも優しいよ。でも、ないしょだけど、ちょっと甘やかしすぎ。わたし、今も、お母さんの子だと……(モモになる)
ジャスト、ナウ。アイム、ゴーイング、トウー、ヨウチエン、ウイズ、ソー、メニーフレンズ……トム……メアリー……シンデイー……キャンディー……クリントン……ブッシュ……オバマ……(ミミになる)
ないしょだけど、お母さんの写真、ロケットにいれてんの。ロケットっていうと、お母さん、今日乗るんだよね、火星行きのロケット?……(モモになる)
アー、ユーゴーイング、トウー、マース?  フォー、イベントツアー?  オー、エキサイティング!……(メメになる)
ムーテイー、フェアガイスト、ホイテ?……(ミミになる)
えー!  とうぶん帰ってこないの!?  ミミ淋しいよ……(モモになる)
オー、アイム、ソーロンリー!  マミー……ホワット?……
(メメ)エス、イスト、ツアイト!?……ムーテイー、アウフビーダゼーエン……
(モモ)アイ、ラブ、ユー、グッドバイ……
(ミミ)さよなら、さよなら、さよなら……

モーツアルト、フェードインして素にもどる。モニターの枠あがる。

ノラ  ……と、こんなもんでよかった?
うん、今のは演技。ダウンロードしても、あの子たちの心の中には、お母さんも、マミーも、ムーテイーの記憶も愛情もなにもないのよ。赤ちゃんの時にほっぽりだされちゃったからね。だからテキトー。
あの秋園くずはも相当いいかげん……ひきうけてくるオーナーも……
嫌みいう前にマシンを見ろ?……新発売の美肌ドリンクじゃない!?
これ高いんでしょ、出たばっかしで……ありがたくいただくわ……
ん?……試供品……ケチ……いえ、ひとりごと(ドリンク片手に窓辺へ)
あ……裏のビル取り壊したのね……気がつかなかった……ぐらいこきつかわれたのね……ううん、なんでも……
大通りが見える……こんな時間に……ああ、卒業式の予行か……意外に近かったんだねフェリペって……
あそこ、創立以来百九十年、制服かわってないんだよね。中身は現代の子なのにね……
ハハハ、歩きながらJポッド。マンガだろうねケラケラ笑って……
あの子は三つ編みほぐして……本当は好きほうだいしたいんだろうね、自由にさせてくれって……
でも、今のまんまでもそうとう自由なんだぞ、君たちは! 
こんなマシンにダウンロードされることもないし。なんたって自分のキッチン持ってるんだからね……
え……着てみないかって……あの、制服?……フフ、ヘタなふりかた。どうせ仕事でしょ……はいはい……
(マシンから服とプリントをとりだす)……え、また年寄りの相手!?
松田電器の会長、松田孝之助……この人、ギネスブックにのってるんでしょ、世界最高齢のサラリーマン……百二十五歳!?
……それが近ごろ元気がない?……当然でしょ、このお歳なんだから。
で……この人の娘さんに? あのね、何度も言うけど、わたしは、二十五歳プラスマイナス十歳……よく見ろ……フェリペの制服と、キュートな猫顔のポートレート……ちょっとオードリー・ヘプバーンに似てるわね……でもこれって、大昔の写真でしょ。昭和生まれの九十八歳……よく読め……だから、九十八……ああ、生きてれば……
八十年以上前に死んでるんだ。なーる……(着替えはじめる)お母さんといっしょに……社員の人たちのアイデアで、一日、妻と娘をプレゼント。お母さんは?  モリプロ……ああ、大手のロボットプロに……で、娘役がうち。どうして?……
ノラの魅力がピッタリ?……モリプロにも、こんなのいないって?……ヘタね、のせるの……まあ、いいけど……
え、窓の外……大通りのカフェテリアのおじいちゃん……あ、あの人がそうね、わかったわ。じゃ、ダウンロードして……

着替えおわり、マシンに接続。スパークと振動。おさまると、モーツアルト、カットアウト。ノラはドアを開け、大通りのカフェテリアへ。テーブルとイスがセットされている様子。会長の背後に近寄り、後ろから目かくしをする。

ノラ  だーれだ!?
……だめだめ、あてなきゃ許してあげません。
アケミ?……レイラ?……カルーセル!?……ユキエ?……それって、みんな銀座のオネエサンたちでしょ!
……わ・た・し……最初からわかってた!?
……そう、社長さんとか重役の人たちに無理矢理休めって?……ハハハ、会社の玄関にも入れてもらえなかったの? それで、このカフェテリアで座って待ってろって……
で、察しがついた? さすがお父さん!
……でも、わたしが来るとは思わなかった? それも突然後ろから目かくしされるとは……ハハハ。
……そう……小学校の入学式でも、わたし、そうしたんだ……お父さん仕事で、入学式も何もかも全部終わってから来たんだよね。お母さんに肩車してもらって、後ろから目かくし……その時のこと思い出したんだ。
……今日、何の日だか憶えてるよね?……記念日……そうだよ。何の?……春分の日?……サラダ記念日!?……結婚記念日だよ、お父さん。九十九回目! 知ってた?
お母さんも昔のお家で待ってるよ。お料理いっぱいこしらえて。きっと、お父さんの好物のたこ酢とか……少し歩く、弥生坂のあたりまで?
……うん。でも、大丈夫? お父さん百二十五歳だったのよね。
フフフ、とてもそうは見えないけど……きっと、わたしとお母さんの分まで長生きしたんだよね……そう思うと嬉しい。
……フェリペの入学式は、お父さん、ついてきてくれたよね……この坂道の土手……ずうっと桜並木で……見とれてるうちに、お母さん、迷子になっちゃって……その日はお母さんのほうが遅刻……
あのころは携帯電話もない時代だったから……わたし、ちょっと背伸びしてフェリペにはいっちゃったでしょ。最初の中間テストで欠点三つ。二学期の期末テストで、ようやくとりもどして……え、もういい?
……そうだね……お父さん、あやまることないよ。
神戸に行きたいって言ったのは幸子の方なんだもん。北野の異人館が見たいって……まさか、あんな地震が……
ああん、ごめん! こんな話しするつもりじゃなかったのに。幸子って、いつまでたってもおバカね……はい(ハンカチを差し出す)そんなに水分だしたら、ミイラになっちゃうよ。ちょと待ってて……
(ソデに入り、ホットの缶コーヒーを持ってくる)アチチ、ハンカチ貸しちゃったから……ハハハ、ほんと、わたしってアトサキ考えないのよね……もー、お父さんが笑うことないでしょ。はい、糖分控えめ……え、アトサキなんか考えない方がいい? ああん、わたしにも、一口……お父さん……ハハハ、わたしもうつちゃった(手の甲で涙をぬぐう)
お母さんは、桜とか花水木(はなみずき)が好きだったけど。わたしは、こういう春の木漏れ日がいい……柔らかい光のシャワーみたいでしょ。
ね……この坂を下りて曲がったところにドイツ人のおじさんがやってるケーキ屋さんがあるわ。そこでケーキでも買って……え、何十年も前の話しだろうって? 失礼ね。ちゃんと、今もあるのをチェックしてあります。マスターは四代目で、どこから見ても日本人なんだけど、名前はちゃんとヤコブさん。奥さん、フェリペの卒業生なんだよ。すごい美人。うん、わたしの次くらいに……
アハハハ、そいで、そのケーキ屋さんからはタクシー拾ってお家へ行こう。お父さん、元気そうに見えても、百二十五歳なんだもんね。お母さんの待ってる銀座九丁目に。
……どうしたの、疲れた?
……え。
……銀座は八丁目までしかない。
……八丁目のむこうは海。
……だってわたしたちの家は九丁目のギンザシーサイド……でしょ。
ベイエリアのマンションめっけて、お父さん、惚れ込んで買ったんだよ。バブルの最中だったから、それこそ億ションでさ、お母さん目を三角にして……でも、お父さん、飛ぶ鳥を落とす勢いだったから、即金で……朝起きると、目の高さにヨットのマストとかユリカモメとか……
窓辺のリビングでお父さんと、ほら、ミンゴル2で勝負したのよ、憶えてる? お父さん十八番ホールでボギーたたいて、わたしが勝っちゃったの!
……あの時代にプレイステーションはまだなかった……?
……わたし……!?
……シュミレーションした架空の家族。
……うそ!?……一度も結婚なんかしたこと……ない!? うそ! うそよ!!
わたし、ちゃんと憶えているもの。小さいときのことも、お母さんのことも……この坂道も、この柔らかい木漏れ日も、角のケーキ屋さんも、ちゃんと記憶にあるよ。わたし、この道を、死ぬ二日前まで歩いていたんだから……
それ……全部、お父さんが、コンピューターで立ち上げたバーチャルファミリー……フィクション……それを社員の人たちが本物と思った……お父さんへのプレゼントに。
……それをダウンロードされたわたしが本当と思った……お父さん……こっちむいて……それ、ほんと? ほんとのほんと?……こっちむいて……(父の正面に行く。父、顔をそむける。チャンネルが変わったようにノラの表情が変わる)
……おもちゃじゃないのよ、ロボットは……
特に、わたしみたいな人材派遣用ロボットは、その時その時、いろんなパーソナリテイーや、スキルをダウンロードされて……でも、その一回一回のパーソナリテイーは、わたしにとっては本物なんです。生身の本物として生きているんです……だから、だから、そうでないと言われたら……意識の居場所がありません。
パーソナリテイーのダウンロードは、CPUにも、ボデイーにも、大きな負担になるんです……
ふつうロボットは、生まれたときに、その役割にあったパーソナリテイーを一度だけダウンロードされます。
わたしたち人材派遣ロボットは、それを毎日くりかえすので、劣化が激しく、ひどく寿命が短いんです。
わたし、もともと中古で、下取りの時に、元のメモリーとパーソナリテイーをブロックされているんです。いっそメモリーごと消去されていれば……
むろん消去されていたら、こんな人間的な動きや、感情表現はできません……
お父さん、お願いこっちを向いて……わたし、あの地震で死んだときのような気持ちよ……激しい揺れに足をとられ、民宿のドアに手をかけた、そのとたんに、壁が崩れて……お母さんと二人下敷きになり、早回しのビデオのように短い一生が思い出され……思い出しながら遠のいていく意識……最後に憶えているのは、握ったお母さんの手のぬくもり……その……手のぬくもりさえ、本物じゃなかったのね……みんな、お父さんがこさえた戯れのバーチャル……

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