大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

勇者乙の天路歴程 030『生麦事件・2』

2024-10-29 15:40:29 | 自己紹介
勇者路歴程

030『生麦事件・2』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




 瞬時に判断した。


 男一人は袈裟懸けに切られて落馬している。こいつは助からない。

 別の男は女性に「Run awey!(逃げなさい!)」と叫び、女性は馬首を巡らせて疾走していく。残った二人はあちこち切られながらも女性が逃げた反対方向に走っていく。女性を追わせないためだろう、わめきながら行列の注意を一身に集めている。

「ビクニ、おまえは侍たちを足止めしろ! スクナは付いて来てくれ!」

「了解!」「お、おお!」

 ビクニは後ろ向きの空中二回転ジャンプで侍たちの前に着地、 少佐の姿だし、なんとか時間を稼いでくれるだろう。

 わたしはスクナといっしょに駆ける! 

 小柄な上にナース服なので、オンブしてやらなければ……と、思ったが、なかなか、ちゃんと付いて来ている。

「スクナ、ガマンメンタムで治せるかい?」

「まかしといて! ガマンメンタムも効くけど、スクナの治癒魔法はレベル99だからね!」

「おお、それは頼もしい。あ、あれだ!」

 一里塚を過ぎたっところで、馬と一体化した男の姿が見えた。

 馬と一体化と言ってもケンタウロスというわけではない。出血が多いのだろう、馬の首にすがるように伏せて動かなくなっている。もう一人は、なんとか逃げおおせたのだろう、姿が見えない。よし、この男を助けよう!

「あ、落ちる!」

 スクナと同時にダッシュして、落馬寸前の男を抱えて杉木立の後ろに運ぶ。

「き、君たちは……?」

 苦しい息の中、わたしたちのことを訊ねる男。意識はあるんだ、助かるだろう。

「通りがかりの者です。まず、止血をします……」

 男のシャツを破って止血帯にしようと思ったが、スクナが包帯を出してくれる。

「じっとして、回復魔法をかけるから……大地に満ちたる命の息吹、この者の傷を癒し、命の火を繋ぎ留めよ……」

 詠唱とともに両手で〇を作ると、〇の中から光が出て、男の傷を照らして、みるみる傷口を塞いでいく。

「君は……ナースかと思ったら、魔術師なのか?」

「もう少しで、失血した血も復活するから、大人しくして……」

 ヤガミヒメの館からこっちの印象と違って、ものすごく真剣な様子に、ちょっと感動する。
 そう言えば、エプロンを取れば黒を基調としたナース服は修道女に通じるものがある。 

「……よし、これで、八割がた戻った」

「全部戻さなくてもいいのか?」

「あとは、ちゃんと食べて寝て、自然に直した方が体にいい」

 おお、やっぱりしっかりしている。

「あ、ありがとう、もうここで死ぬんだと覚悟したところだった……あ、女性の方は!?」

「だいじょうぶ。もうひとり仲間が助けに行っている。女性は無事に逃げたと思う。男性の一人は傷は負っているが助かると思う。落馬した一人は残念だが……」

「そうか……いや、ほんとうにありがとう。あやうく、この世界線で死ぬところだった」

 世界線?

 わたしもスクナも手が停まった。この時代の人間に世界線の概念などあるはずがない。

「君たちも違う世界線から来たんだろ? 君は円卓の騎士のようなナリだし、このお嬢さんはナースのナリはしているけど、魔術師のようだ」

「あなたは?」

「ジョン・タイター」

「え……ジョン・タイター!?」

 スクナは「え?」という顔だが、わたしは包帯を巻く手が停まってしまった。

 

☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • ビクニ        八百比丘尼  タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • ヤガミヒメ      大国主の最初の妻 白兎のボス
  • スクナ        ヤガミヒメの新米侍女
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 029『生麦事件・1』

2024-10-22 16:54:07 | 自己紹介
勇者路歴程

029『生麦事件・1』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




 やっぱり居た!


 いや、居たどころの騒ぎではない。生麦村に続く街道沿いの田畑、あぜ道、林の際、鎮守の境内、沿道の百姓家の庭先などに結構な人間が集まっている。

 さすがは幕末に屈指の雄藩として名をはせた薩摩の大名行列。在地の百姓や町人、街道をゆく旅人たち、数は少ないが横浜居留地の外国人たちも混じって行列が通りかかるのを待っている。

 待ってはいるが、みな、この時代の作法を心得ていている。街道よりも高いところで待っている者はいない。

 田畑やあぜ道は街道の路面よりも低く、普通に立っていれば見下ろすというような無作法なことにはならない。人家の二階や屋根や築地の上から覗くような者も居ない。わんぱく盛りが二三人木に登ろうとしていたが、周囲の年かさたちに叱られて降りていく。外国人たちも、そういう日本人の作法を見て笑いながらも倣っている。

「この分なら大丈夫なんじゃないですかねえ」

 白兎が楽観的なことを言う。

「課長代理、姫の事以外はいい加減じゃない?」

 スクナが意地悪を言う。

「そ、そんなことはない!」

「そう? なんか緊張感なくない?」

「ないよ! そうでなきゃ、裏街道をここまで全力疾走なんかしないよ!」

 そう、我々は始まりの村を通過している大名行列を避けて、裏街道を駆けに駆けてここまで来たんだ。行列が差し掛かるには、もう少しありそうだ。

「ちがう! もう始まっているぞ!」

 ビクニが駆けだした。

「ビクニ!」

 来たばかりの裏街道を駆け戻る!

 裏街道は表街道に並行しているわけではない、いま駆け抜けてきたところは弓形になっていて、二つ目の張り出しを過ぎたところで混乱が見えて来た。

 馬に乗った四人の英国人が行列を縫って先に行こうとしている。

 そうだ、英国人たちは散歩のついでに大名行列を見物しようとしたんだ。

 当然、先触れの侍は「脇へ寄れぇぇぇぇ…………」と声を上げながら進んでくる。言葉は分からずとも、避けるか退避すべきと思うはず。

 しかし、彼らは、そのまま行列を遡行するように進んでしまい、久光の籠近くまで近づいた。
 お供の薩摩藩士の殺気にようやく怖気を振るって馬首を逆さにして戻ろうとし行列を乱してしまう。

 産婆と飛脚以外は横断してはいけない大名行列を乱してしまったのだ。それも、日本一勇猛で知られた薩摩の行列だ!

 チェストー!

 薩摩示現流の裂ぱくの声が聞こえたかと思うと、一丁先の行列の中で血しぶきが上がった!

 ヒヒーーン! ウワァアア! キャーー! オオ!

 人馬の悲鳴と雄たけびが響く!

「英国人たちを助けるぞ!」

 叫びながら走った。

 生麦事件では死者二名負傷者一名が出て大騒ぎになる。英国は、この事件の損害賠償を求めて明くる年には薩英戦争が起こる。

 いや、誤解のために起きようとしている惨劇、今なら間に合う。

 止めなければ!

 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • ビクニ        八百比丘尼  タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • ヤガミヒメ      大国主の最初の妻 白兎のボス
  • スクナ        ヤガミヒメの新米侍女
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ
  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 028『島津の行列ということは!?』

2024-07-01 10:35:31 | 自己紹介
勇者路歴程

028『島津の行列ということは!?』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




 脇へ寄れぇぇぇぇ…………脇へ寄れぇぇぇぇ…………


 先触れの徒士(かち)二人が物売りのように、よく通るが、けして威嚇的ではない声を上げ、その後ろに延々数キロにわたる大名行列が続いてくる。

 村の住人は、おっかなびっくりではあるが土下座はせずに、道の両側に寄って珍しそうに見物している。

「あれが殿さまか?」

 スクナが行列の先頭を指さす。

「指さすんじゃない」

 さすがに無礼なので注意した上で説明してやる。

「役の名前は忘れたが、あれは家来の中で最も大名の格付けに詳しい者なんだ。他の大名行列と出くわした時に、すぐに家格が上か下かを判断して後ろに伝える。自分より上の時は道を譲らなくてはならないからな」

「上か下かって、どこで判断するの?」

「先駆けの後ろの奴さん、あれが持ってる毛槍のデコレーションと、後ろの旗印の紋所だ。先駆けの者は日本国中の大名を暗記していて、瞬間に判断して後ろの本隊に連絡するんだ。大名同士でも上下の区別はうるさかったからね」

「へえ、そうなんだ」

 言ってるうちに先駆けは通過してしまい、弓隊・槍隊・鉄砲隊・御徒士・騎馬隊・騎乗の上級武士・馬周り組・近習・その他いろいろの行列が続いていく。

「島津の行列は始めて見たなぁ」

 ビクニが呟く。少佐の軍服を着ているので、自衛隊のパレードを見に来た外国の駐在武官のようだ。

「何百年も生きてきたんだから、大名行列なんて飽きるほど見ただろう」

「毎年参勤交代をやっていたのは江戸時代でも最初の百年ちょっとだ。それに、街道沿いの町や村にいなければ見ることはないしな……」

 まあ、それもそうだろう。大名行列を見るために長生きしているわけでもないだろうし。

 子どものころ、母の田舎で花嫁行列を見た。

 親類や縁者の人たちに前後を固められて花嫁が行く。祖父さんたちは裃姿に菅笠を被って、行列のほとんどは紋付羽織の和装で、目の前を行く大名行列に通じるものがあった。そうそう、村の左義長祭りの行列も、スケールは違うがこんな感じだった。

 そんな思い出と重ねて観ていると、花嫁行列でも村祭りでも見なかった丸に十字の紋所に目がいった。

 わたしよりもビクニの方が先だった。

「ん……」

「どうかしたか、少佐殿?」

「この薩摩の行列、主は島津久光と言っていなかったか?」

「え……」

 あ!?

 気づくのは二人同時だった。

「ちょっと訊ねますが……」

「は、はい?」

 村長は行列に目を向けたまま首を捻ってくれる。

「この先の村はなんと言いますか?」

「え……あ……生麦村ですが」

 生麦村!?

 二人同時に決意した。

「スクナ、おまえも来い!」

「え、ちょ!」

 ビクニがスクナの腕をとり、行列や村人の邪魔にならないよう、家々の裏側を通って村を抜けた!

 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • ビクニ        八百比丘尼  タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • ヤガミヒメ      大国主の最初の妻 白兎のボス
  • スクナ        ヤガミヒメの新米侍女
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 027『大名行列対処法』

2024-06-25 11:12:42 | 自己紹介
勇者路歴程

027『大名行列対処法』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




「いえ、旅の者ですが」


 正直に答えると、村長は不安と安心の入り混じったような顔をした。

 よそ者が関わり合うべきではないとは思ったが、スクナの一言でそうもいかなくなる。

スクナ:「焼き芋屋でも来るのお?」

 薩摩守→薩摩芋→焼き芋、単純な奴だ(-_-;)。

村長:「滅相もない、 従四位下の薩摩守様ですよ!」

中村:「ひょっとして、島津の殿さまですか?」

村長:「はい、お大名の御行列が通るのは初めてのことなので、とりあえず思いつく限りのことをやってるんですが、もう分からないことだらけで困惑して……」

中村:「ここは始まりの村、薩摩様のご支配地ではないんですから、道の脇に寄って邪魔をしなければ大丈夫です」

村長:「え、そうなんですか? 土下座とかしなくてもいいんでしょうか?」

中村:「はい、大声を出すとか行列を横切るとかしなければ、なにも問題ありません」

ビクニ:「島津は72万石だから、行列は1000から1500、人足を入れると3000ちょっとというところか」

 さすがは八百比丘尼、引退教師の俺よりも詳しい。

村長:「3000……間には荷車や籠も入るでしょうから、総延長5キロとか6キロというところでしょうか」

ビクニ:「うむ、そんなところかな。まあ、勇者の言う通り露骨に邪魔をするとか横切るとかしなければ咎められることもない」

 いつの間にか、周囲に人が集まり始めて、ちょっと戸惑う。

村人1:「でも、よそで土下座したって話も聞くぞ」

村人2:「5キロ6キロの行列っていやあ、通過するだけで3時間くらいはかかるべ」

村人3:「行列って言うのは遅えから、もっとかかるべえ」

村人2:「うええ」

ビクニ:「飛脚と産婆は横切ってもお咎めなしだぞ」

村長:「そうなんですか!?」

中村:「土下座は支配地の領民にしかさせません。大丈夫ですよ。まあ、軽く掃除をして打ち水でもしておけばいいんじゃないですか」

村長:「いやあ、そうだったんですか。それを伺って安心いたしましたぁ(^_^;)」

『村長ぉ! 来たあ! 大名行列が来たずらぁ! いま、峠を越えて来たぁ!』

 教会の塔に上っていた見張りが大声で広場のみんなに告げる。

「よし、西門から東門まで打ち水するぞお、撒きすぎて水浸しにせんようになあ! ゴミの取り残しやら犬のウンコとかも気を付けてなあ!」

 おお! がってんだ! まかしといてぇ!

 いろんな声が上がって、あっという間にやり遂げて、静かに薩摩守の行列を待ち受ける始まりの村だった。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • ビクニ        八百比丘尼  タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • ヤガミヒメ      大国主の最初の妻 白兎のボス
  • ヒコナ        ヤガミヒメの新米侍女
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 026『始まりの村風の広場にて』

2024-06-18 10:52:11 | 自己紹介
勇者路歴程

026『始まりの村風の広場にて』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




 画像生成AIに―― 始まりの村 国籍不明 ――と打ち込んだら出てきそうな村だ。

 
 村の入り口には焼き肉屋の前にありそうな道祖神風の石像があって、ビギナーの冒険者に「覚悟はいいか」と脅している。
 家々の屋根は切妻か入母屋の和風だが、棟や軒端が微妙に反っていて、軒端にランタンが吊ってあるところなど中国風。いくつかの家は白壁にオレンジ色の瓦が載って南フランスを思わせるが、あちこちに立っている幟やランタンの文字は漢字風やらチベット文字風でFFⅩの門前町と見紛う。
 
 村の中央あたりには教会の尖塔と五重塔が並んでいるが、よく見ると、尖塔の先には九輪と水煙、五重塔には十字架とチグハグ。

 道祖神風の脇を通ると、なぜか穴が掘ってある。

「落とし穴かなあ?」

 スクナが首をかしげると、少佐のビクニが向こうの広場の方に目を向ける。

「なにか揉めているようだ」

「え、なんかお祭り!?」

 初めての村でうかつに動くのは憚られ、広場の入り口で様子を見る。

『やっぱり、鳥居が無いと締まりがねえ』

『だから、村の入り口に』

『あそこには、もう道祖神があるべ』

『入口なら、広場の方がよかんべ』

『村の入り口なら、もう穴掘ってあるべ』

『穴なんか埋めちまえばいいべ』

『したども、五人がかりで丸二日かけて掘った穴だぞ』

『先走って掘っちゃダメだべや』

『したども……』

 どうやら、鳥居をどこに立てようかと相談している様子だ。十人余りの男たちが数本の角材やら丸材、おそらくは組み立て前の鳥居を前にして深刻そうに話をしている。真ん中で村長風が腕組みして困っている。

「あまり見ない方がいい、我々はよそ者だ。それより情報を収集しよう」

 ビクニが指差して、向こうのギルド風の二階建てを目指す。

「あ、だんご屋!」

「あとだ」

「テイクアウトすればいいだろぉ!」

 ナース服の腕をブンブン振って抗議するスクナ。赤十字の腕章がグルグル回って可愛い。

「食い意地ばっかりの奴は置いていくぞ」

「じゃ、あっちのクレープ屋! タコ焼き屋でもいい!」

「引っ張るな」

 ペシ

 手を払いのけるビクニ。少佐になると容赦がない。

「ム~、可愛くないよ、お宮に連れてきてたJKの方が可愛かった」

「アハハ、同一人物なんですよ」

「え、ほんとか( ゚Д゚)!?」

「フフ、ガキナースに見透かされるほど安くは無い。いくぞ」


 ビクニが言い切ると、男たちの中から村長風が駆け寄ってきた。


「あのぉ、もし、あなた方は薩摩守(さつまのかみ)さまの御先駆けの方々でしょうか!?」

 え?

 我々を見る村長風の目は困惑と畏れに満ちていた……。

 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • ヤガミヒメ      大国主の最初の妻 白兎のボス
  • ヒコナ        ヤガミヒメの新米侍女
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 025『スクナとガマンメンタム』

2024-06-12 11:51:15 | 自己紹介
勇者路歴程

025『スクナとガマンメンタム』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




「悪気が無いのは分かっているよ」


 最初に、そう言ってやると、不貞腐れた表情に少しだけ緩みが出てくる。

 相手に少しだけ逃げ道を残しておくのが生徒指導の要諦だ。

 見るからにメンドクサソウな顔をしたスクナは、通り一遍のお願いでは協力してくれないような気がしている。
 さりとて、力技で従わせるのも面倒だし、教師人生の半分を生活指導でやってきた勘が――まずは穏やかに――と言っている。

 それに、スクナを捕まえてきたビクニは気弱な静岡あやねの姿では無く強気の少佐の姿だ。二人ともがプレッシャーをかけては頑なになるばかりだろう。

「あそこはさ、裏口だけど、開けたら自動で閉まるようにできてたのよ。ドアの上にシリンダーみたいなの付いてるっしょ。それが、八十神たち……大国主の兄貴どもが帰っていくときに乱暴に開け閉めしたんでバカになっちゃってさ。フラれた腹いせなんだろうけど、いい迷惑よ。ソロっと開けたら閉まるんだけどさ、目いっぱい開けたら閉まらなくて。ソロっとやったつもりなんだよ、いや、ソロっとだったよ」

「あれが、ソロっとか!」

「こ、怖えなあ」

「ビクニ、取りあえず東に向かおうと思うんだけど、ちょっとあの岩の上から様子を見ておいてくれませんか」

「あ、ああ、そうだな」

 ビクニも状況は掴んでくれたようだ。

「ところで、スクナは少彦名さんのお身内じゃないのかい?」

「か、関係ねえよ……」

「そうですか、名前とかが似てるもので。いや、違っていてもいいんだ。見たところ地元の人という感じでしょ。バイトというのはどこかの医院で看護助手とかかな?」

「あ、これは違くて、軟膏の販売員」

「ああ、メンソ〇ータム」

「じゃなくて、課長代理が作ったのを……」

「あ、そうか。皮を剥かれて治した時の……」

「うん、あのガマの穂の成分で作った軟膏……ほら」

 カバンから出して見せてくれたパッケージには『ガマンメンタム』とある。

「そうか……でも、一人で売るのは大変でしょう」

「え、あ、まあ……」

「じゃあ決まりだ。この旅が成就すれば……」

「成就すればぁ?」

「きっといいことがある」

「……なんかあやしい」

「じゃあ、やめとく?」

「ううん……姫さまが宮殿の中まで招き入れた人だしなあ……」


『中村ぁ、東南の方角に村が見えてきたぞー!』


 ビクニが呼ばわって、旅の続きは三人になった。


☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • ヤガミヒメ      大国主の最初の妻 白兎のボス
  • ヒコナ        ヤガミヒメの新米侍女
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 024『また飛ばされる』

2024-06-06 11:17:15 | 自己紹介
勇者路歴程

024『また飛ばされる』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




 高床式の裏口から吸い出されると、巨木の森の内側をルーレットの球のようにグルグル回る!

「め、目が回る~(๑﹏๑)」

 ビクニが目を回してしがみついてくる。

「結界が張ってあるんでぇ~₍ᐢ>𖥦<ᐢ₎!」

「外へ出るのもブロックするのかぁ(≧▢≦)!?」

「突然なことで、結界もビックリしたんですぅ! ちょっと待ってくださ~い₍ᐡ > ·̫ <ᐡ₎!」

 エイ!

 掛け声とともに、白兎は右の耳を間近の巨木にひっかける!

「「「ウワアアアアアアア!!」」」

 衝撃で結界にほころびができて、三人は明後日の方向に飛び出してしまう。

 ピューーーーーーーーーーーーーン


 ドサ


 ………………………………………あれ?

 わりに穏やかに着地できたかと思うと、ビクニも白兎の姿も見えない。

 途中で振り落とされたか……見渡すと起伏の多い草原で彼方に山並みが霞んで、その上はマーブル模様に空が歪んでいる。

 ウルトラQのタイトルみたいだ……古希らしい感想が浮かんでくる。

――あれは、ヤガミヒメとスセリヒメの矛盾で歪んでいるんです――

「え、白兎、どこにいるんだ?」

――ここです、ここ――

「え、どこ?」

――ここです!――

 目の前にプルンと震えるものがあると思ったら、横に伸びた兎の耳の片方だ。付け根の方は霞んで空間に溶けている。

――巨木の梢に引っかかって、片方の耳しかそっちに行けてないんです――

「え、大丈夫?」

――アハハ、なんとか。とうぶん動けそうにないんで、こっちの耳だけそっちに伸ばしておきます――

「千切れないようにな。ところで、ビクニの姿も見えないんだけど」

――こっちにはいませんよ、あ……そっち、だれか来ますよ――

 え?

 振り返ると、少佐の姿のビクニとビクニに掴まえられたナース服の少女がいた。

「捕まえてきた」

「え?」

「あのスクナとかいう侍女だ」

 そうだ、こいつが裏口を閉め忘れて、こんなところまで飛ばされたんだった!



 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • ヤガミヒメ      大国主の最初の妻 白兎のボス
  • スクナ        ヤガミヒメの新米侍女
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 023『ヤガミヒメの境遇』

2024-05-31 11:53:38 | 自己紹介
勇者路歴程

023『ヤガミヒメの境遇』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




「ええと……いちおう確認しておきたいんですけどぉ」

「はい、なんでしょうか?」

「勇者乙さんは、わたしのことを、どの程度ご存知なんですか?」

「あ、はい……」

 ちょっと面映ゆい。

 神話世界の話は古希を迎えたわたしでも学校では習っていない。『因幡の白兎』程度のことは紙芝居やアニメなどで大方の日本人は知っているだろうが、それ以上のことはほんの断片的にしか知らない。それも、いろんな映画や小説、アニメなどで知ったもので、どこまで確かなものかは自信が無い。

 まして目の前で小首をかしげているのは本物の神話世界の神なんだ。例えば、プロの歌手の前で、その歌手の持ち歌を歌うようなもので、めちゃくちゃ緊張してしまう。

「あ、そうよね、緊張しちゃいますよね(^_^;)。じゃ、かいつまんで……分からないところとかがあったら、遠慮せずに聞いてくださいね。あなたたちもね」

「あ」「はい」

 白兎とビクニも返事して、ヤガミヒメの問わず語りが始まった。

「ええと……オオクニヌシ君が白兎を助けて、めでたく彼とわたしが結婚したところまでは……白兎に聞いて知っているのね」

「あ、はい、そうですが。ひょっとして、わたしの頭の中覗いてます?」

「アハハ、まあ、それは置いといて。ヌシクンはねえ……あ、結婚してからはヌシクンて呼んでたの。ヌシクンはねえ、気が多いと言うか節操がないというか、わたしと結婚した後も、あちこちふらついては彼女を作っちゃって……腰の落ち着かない男だったの。古事記や日本書紀に出てるだけで10人、あちこちの伝承まで入れたら100を超えるんじゃないかしら……ハァ~(*´Д`)」

 深いため息をついたかと思うと、頬杖付いたままドンヨリするヤガミヒメ。

「あ、姫さま、薬の時間でした!」

 パンパン

 白兎が手を叩くと、御簾のうしろからお盆に薬とコップの水を捧げ持った侍女が現れる。

「あ、またキミか……ええと……」

「はい、先週から入りましたスクナです、課長代理」

「新人さんに押し付けてぇ、ごめんね」

「あ、いえいえ(^_^;)」

「ごくろうさん、キミもこのあと上がっていいからね」

「はい、ではお薬を」

 侍女からお盆を受け取って姫に薬を飲ませる白兎。課長代理というよりは付き人、いやマネージャーという感じだ。侍女はやっと解放されたという感じで宮殿の裏口から退出していった。

「ええと、全部話してたら一年かかっちゃうから、いちばん問題なのを一つだけね。スセリヒメというのを知ってるかしら?」

「ええと……たしか大国主命の……正妻ですよね」

「ええ、最初の妻であるわたしを差し置いてね……」

「あ、歌を唄っていますね『八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を 』って、めちゃくちゃ妻を愛して大事にするって意味で……」

「あ、それは素戔嗚尊(スサノオノミコト)、クシナダヒメをお嫁さんにした時、感激のあまり詠った歌よ」

「ああ、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)やっつけた後でしたからね、感激もひとしおだったんですよ」

 白兎が付け加える。

「ああ、失礼しました(;'∀')」

「先生、汗が……」

 ビクニが静岡あやねのノリでハンカチを渡してくれる。

「いえ、いいんです。教科書にも載っていませんからね……というか、その素戔嗚尊の情熱を結実させたのが、ヌシクンの正妻のスセリヒメ」

「スセリヒメは素戔嗚尊の娘なんですよ」

「え、ちょっと待って、大国主は素戔嗚尊の七代目かの子孫のはず?」

「いや、そこなんですよ」

 白兎とビクニの議論になりそうなのを手で制するヤガミヒメ。

「ここは、わたしが」

「姫さま……」

「ここなのよ、素戔嗚尊の七代目子孫のヌシクンと二代目のスセリヒメが結婚ておかしいでしょ? ヌシクンにとってスセリヒメは腹違いだけどヒイヒイヒイヒイヒイお婆ちゃんになるのよ! あり得ないでしょ!」

「え、そうだったっけ」

 タカムスビノカミが設定してくれたインタフェイスを開いてググってみる。

「……ほんとうだ」

 大国主は七代目の子孫で、スセリヒメの母親については不明だが、素戔嗚尊の娘になっている。人間で言えば令和の男が江戸時代にタイムリープしてご先祖の女性と結婚するようなものだ( ゚Д゚)!

「まあ、こういうところがこの世界の歪みの元になっているわけ……それで、その歪みを勇者乙さんに正してもらいたいの」

「あ、はあ、それはタカムスビノカミさんからも頼まれていますから」

「まあ、こちらの世界にやってきたばかりでしょうから、しばらくは休んでくださいな。この巨木の森に居る限りは安全ですから」

 え、さっきまでヤガミヒメ隠れていなかったっけ?

「ま、大したことは起らないから、ましてあなたは勇者です。なにも起きません……」

 ギギギギ……グニャリ! ベコン!!

 なんだか凄く不快な音がして平衡感覚が狂う。

「あ、歪が森にまで!」

「裏口が開いているわよ!」

「あ、さっきの侍女が締め忘れたんですよ!」

「わたしの気弱さが漏れ出てしまって、矛盾が一気に……」

「すみません勇者乙さん、一刻の猶予もありません! すぐに旅立ってください! お願いします!」

 白兎がめを真っ赤にして懇願する!

 ビョオオオオオオ!

 ウワアアアアアア!

 宮殿の中にまで風が入って来て、あっと言う間に裏口から吸い出されてしまった。

 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • ヤガミヒメ      大国主の最初の妻 白兎のボス
  • スクナ        ヤガミヒメの新米侍女
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 022『ヤガミヒメとフェイクたち』

2024-05-26 16:40:35 | 自己紹介
勇者路歴程

022『ヤガミヒメとフェイクたち』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




 高床式の前に立つと、恭しく一礼する白兎。


 なんだか、神主に先導されてお参りしているようで、自然と倣ってしまう。

 パィーーーーーーン……

 手のひらを微妙にすり合わせるような所作も神主風で、軽く打ったにもかかわらず、森の巨木たちをピリッと震わせ、余韻を残しつつ空気を引き締めていく。

「かむながらの世界だ……」

 思わずつぶやいて、下げた頭が上げられない。視野の端に、わたし以上に畏まったビクニが見える。

 十秒あまりそうしていただろうか、やがて、階(きざはし)の上の扉が静かに開いた。

 ゴクリ

 息をのむこと数秒……なんだか真珠湾攻撃に際し天皇陛下から出師のお言葉を賜る山本大将……トラトラトラ!

 ……古希を迎えると例えも古くなる。

 こっちよ……こっちこっち。

 え?

 後ろから囁きがして、白兎が振り返る。

 つられて振り返ると、背後の巨木の陰から形のいい手がヒラヒラとわたしたちを招いている。

「ああ、もう、姫さま、警戒のし過ぎ!」

「だってぇ、何があるか分からないでしょ」

「そうですけどねえ」

「文句はあとで聞きます。とりあえず、中へどうぞ」

 誘われて階を上る。みんなが上り終えると階は地中に収納されてしまう。

「いざという時は、この高床式ごと格納することもできるのよ。はい、中へどうぞ……」

 おお!?

 見た目は、それこそ登呂遺跡の高床式倉庫ほどだが、扉を潜った中学校の体育館ほどの広さがある。
 上中下三段になった床は全体に板張りなのだが、中央には朱色の絨毯が敷かれ、両脇には幾重にも薄物の幔幕がひかれて最上段の御座を荘厳している。

 下段の幔幕の下には、ヤガミヒメに似た装束の侍女たちが、中段にはそれより身分の高そうな侍女が四人……そして、驚いたことに、上段の玉座にはヤガミヒメそのものが、スポットライトに照らされたよう。神々しくも女王然と笑みをたたえて収まっている。

 これは……?

「あ、これはフェイクです。敵が侵入してきたときは、万一に備えて、ね白兎(^_^;)」

「もう、姫さま。フェイクたって、ギャラ払ってんですからね。みんなお疲れさま、今日はもういいよ。これは再来月の振り込みになるからね」

 ええ、再来月ぅ!?

 白兎の説明に口を尖らせるフェイクたち。

「20日締めの25日払いだから、帰りはちゃんとタイムカード押してねえ」

「もう、割増しつけてよねぇ」「新しい服買ったのにい」「来月もコンビニ弁当」「あたしはのり弁」「あたしは、一食減らさなきゃあ」

 愚痴を言いながら消えていくフェイクたち。

「あはは、みんな式神なんですけどね。姫さまの趣味で女子大生風の設定にしてますんで、いやはや(^_^;)」

「さあ、お二人とも、こちらへ」

 中段の間に座椅子が四つ現れ、笑顔で誘うヤガミヒメ。

 姫に倣って席に着くと、下段の幔幕の陰で姫のフェイクにヘコヘコ頭を下げている白兎。

「ほんとうに式神なんでしょうかぁ……」

 ビクニが心配そうに、でも、少し面白がって呟いた。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • ヤガミヒメ      大国主の最初の妻 白兎のボス
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ
 
 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 021『巨木の森』

2024-05-22 11:27:58 | 自己紹介
勇者路歴程

021『巨木の森』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者



 おそらく神社めいたところだと思った。

 ヤガミヒメは日本有数の神さまである大国主の最初の妻。

 だから、彼女も神さまに違いない。神さまは神社に居ますもので、神社とは森の中にあるものだ。

「ひょっとしたら、糺の森くらいあるかもしれませんね!」

 ビクニも興奮気味に呟く。

 ここに来るまでに糺の森に似たところを抜けてきた(011『視界が開けると糺の森に似て』)ので想像してしまう。

「はい、おそらくはおっしゃる通りなのですが……」

 ちょっと奥歯に物が挟まったように言う白兎。

「まだ遠いのかい?」

 森ならば遠くからでも見えるだろうが、ヤガミヒメの森は草原の道の先に兆しも見えない。

「あ、ひょっとして結界とか張って外からは見えなくなっている?」

「あ、いえ、もうそろそろ……」

 白兎が言葉を濁すと、草原と青空の狭間に、最初は数本、進むにしたがって糺の森どころではない数と大きさの巨木の森が現れた!

 ウワアアア…………( ゚Д゚)( ゚Д゚)

 ビクニと二人間抜けな歓声をあげてしまった。

 高校の英語で『アメリカの巨木』というのを習った。そこに出ていたジャイアントセコイアの森に似ている。
 高さは50メートル以上、一クラス分くらいの人間が手を繋いで、やっと取り囲めるくらいに太いのが雑草のように生い茂っている。たいていの木は根元が分かれて、トンネルになったり洞窟になったりしている。

 これだけの巨木の森なんだ、描画するだけでテラバイト級のポリゴンが必要だろう……いや、オープンワールドのゲームじゃないんだろうけど、そう思うと納得できてしまうほどにすごい。

「ご存知とは思うのですが、ヤガミヒメは大国主さまとの間にお子様がおられました」

「あ……ああ、たしか正妻のイワナガヒメにいびられて出ていくときに置いていっちゃうんだ」

「はい、まだ赤ん坊だったお子を木の股に置いていかれたんです」

「うう……なんか要保護者遺棄です。せめて赤ちゃんポストに託すとか」

 ビクニは、この辺のところは知っているはずなのに、静岡あやねの姿をしているとブリッコになってしまう。

「はい、それで、お子は『キマタノカミ』とよばれるんですが、いずれは、また木の股から戻って来るとお考えになり、これだけの木を植えてお待ちになっているんです」

「それにしても大きすぎません? 多すぎだし」

「そうだねえ、大きい木の又は大魔神でも通れそうだよ」

「ヒメさまは愛しておられるのですよ、大国主命さまのこともキマタノカミさまのことも。それで、このことはヒメさまも気になさっておられますので、お触れにならないでくださいますようお願いいたします」

「そうか、わかりましたよ。ねえ、ビクニ」

「はい、心得ました」

「それでは」

 白兎に先導されて巨木の森を行く。

 巨木の中を抜けたり脇を通ったり……二分も歩くと、どこを通ってきたのか分からなくなってしまう。

「大丈夫です、所どころに標草(しるべぐさ)があります」

「しるべぐさ?」

「この草です」

 示してくれたのは、どの木の根方にも茂っている雑草で、とても道しるべになるとは思えない。

「あ、こんな感じです」

 兎が振り返って一歩後退すると、いま通ったばかりの木の標草が黄色い矢印型の花を咲かせる。木のトンネルの向こうにも花が咲いて、それをたどって戻ればいいようだ。

「もう少しです、先に進みます」

「うん」

 そうやって、森の中を10分あまり。

 少し小振りの木を潜ると、神社の本殿のような高床式の家の前に出た。

 

☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 020『角が引っ込んだ白兎』

2024-05-17 16:48:45 | 自己紹介
勇者路歴程

020『角が引っ込んだ白兎』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




「因幡の白兎って言えば、あの因幡の白兎なんだよね?」

「え……あ、そうです(”^▽^”)!」

 シュポン

 一瞬でとびきりの笑顔になったかと思うと、頭の角も引っ込んだ。

「え?」「ツノ?」

「え、あ、ちょっと最近疲れ気味でして、お恥ずかしながら耳の手入れが行き届きませんで二股に分かれてしまうことがあるんです。いえ、なに、すこしシャキッとしますと、このように元に戻りますんで。アハハ、お見苦しいものを見せてしまいました」

「で、課長代理さんなんですよね(^_^;)」

 めずらしそうに首をかしげるビクニ。

「あ、そうです女勇者さん。いやあ、管理職の端くれなんですが、実際はカスタマーサービスといいますかネゴシエーターと申しましょうか……」

「学校で言えば教頭か首席と言ったところかな」

「アハハ、まあ、そんな的な、みたいな、っぽい感じでしょうか?」

「なんだか、わたしたちのことを待っていたような……」

「あ、夢にアメノミナカヌシさまがお出ましになりまして。あ、アメノミナカヌシと申しますと……」

「知っているよ、この世に最初に現れた神さまだ」

「うんうん、たしか姿はないんですよね。すぐにカミムスビとタカムスビの神さまと入れ替わりになる」

 自分が居候している神さまなのでビクニも話が早い。

「そうですそうです。いやあ、近ごろではイザナギ・イザナミの神さまさえあやふやだって人もいますからね、ご奇特なことです。いや、そのアメノミナカヌシさまが『男女二人の勇者が現れて、そなたらの悩みを解決してくれるであろう』とお告げになったのです!」

「そなたら……というと、他にもお仲間がいるんですね!?」

 長年タカムスビの神のところで引きこもっていた反動で、新しい者との出会いが嬉しいようなビクニ……いや、もう一つの顔は少佐だからなぁ、油断はならない、ブリッコかもしれない。

「はい、わたしのボスはヤガミヒメさまです」

「「おお!」」

 予想はしていたが、実際にウサギからその名を聞くと胸がときめく。

 むかしむかし、因幡の気多の岬にヤガミヒメという美しい女神が居て、そのヤガミヒメを口説いて妻にしようと、八十神(ヤソガミ)という80人の男の神さまたちが口説きに行った。
 その途中でサメに皮を剥かれて泣いていたのが目の前の因幡の白兎。八十神たちは、でたらめな治療法を言って、白兎を死ぬような目に遭わせてからヤガミヒメにアタックして、全員がフラれてしまった。

 そのあと兄たちの大荷物を持たされて、末の弟の大国主がやってきて、正しい治療法を教えてやる。すると白兎は元の姿に戻ることができて、ヤガミヒメも大国主の求婚を受け入れてメデタシメデタシの大団円。

 つまり、白兎はヤガミヒメの使い魔みたいなもので、あらかじめ、男神たちの性根を調べるリトマス試験紙の役割を担っていた。

「それで、アメノミナカヌシさまは、お二人をボスのところにお連れするようにおっしゃっていたのです。勇者さま、ご案内しますので、ヤガミヒメさまにお会いになってください!」

「お、おお!」「はい!」

 八十神? 大国主? どちらの扱いを受けるのか、まあ、兎の事をイジメてもいないし、神話のノリのままヤガミヒメに会うことになった。

 
☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 019『兎に角』

2024-05-10 10:14:55 | 自己紹介
勇者路歴程

019『兎に角』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




「あ……えと……ここはどこなのかな?」

「来たばかりでよく分かりませんけど、神話世界のどこか……あるいは、そこから枝分かれした亜世界」

「異世界?」

「いえ、異ではなくて亜です。亜世界……どう言ったらいいんだろ……なりそこないの世界、尺とかの関係で脇に置かれたプロット的な……」

「ああ……要はボツになった?」

「う~ん、そうとも言えますが、異世界と違って、本編の神話や歴史と通い合っている部分が大きいと思います。でも、まあ……」

「あまり言葉にはしない方がいいのかな」

「アハハ……言霊ということもありますからぁ(^_^;)」

 それなら……と、インタフェイスをメモ帳にして書いてみた。

――兎に角、ここで、問題を解決しろということ?――

「兎に角(ウサギにツノ)?……ああ、トニカクって読むんですね。え、まあ、そういうことです」

 インタフェイスを消そうと思ったら『兎に角』の文字が抜け出し、ビクニと二人、目で追うと、草原の向こうに落ちて光を放った。

 シャララ~ン

「え、なんだ?」

 草をかき分けて道に出て見ると、ウサギが大急ぎで走ってくるところだ。

 大急ぎのウサギに関わるとろくなことが無い。

 ビクニも同感のようだが、ちょっと変わったウサギなので、つい声に出てしまう。

「ウサギに角がある!?」

 しまった。と、ビクニは口に手を当てるが、振り返ったウサギと目が合ってしまった。

「わたしの角が見えるんですか……というか、わたしのことが見えているんですね」

「あ、偶然よ偶然、ごめんなさいね、声を上げてしまって」

「ああ、どうぞ先に行ってくれたまえ」

 そう言ってやると、ウサギは、ポンと手を打ち、角を引っ込めて近づいてきて、二人をジロジロと観察する。

「あの……」「えと……」

「そうか、あなたたちが探し求めていた勇者なのかもしれません!」

「「ええ?」」

「あ、申し遅れました。わたし、こういう者です」

 慣れた営業マンのように両手で名刺を差し出すウサギ。

 名刺には『因幡の白兎課長代理』と書かれていた。



☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
  • 因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 018『手応えが無い』

2024-05-04 11:41:51 | 自己紹介
勇者路歴程

018『手応えが無い』 
 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者




 落ちたところにも手応えが無い。

 磁石の同極同士が反発し合うような感じでバウンドし、数回上下に揺れてから制止した。

「うぉっと(;'∀')」

 膝を立てて立ち上がろうとするが、目に見えないスポンジを踏んでいるように落ち着かない。

――ジョウゲ ノ クベツシカナイ ヘタニウゴクナ――

「あ、ああ……で……次に何をすればいい?」

――トリアエズ クウキ サンソ ダ――

「酸素からかぁ……」

――ハヤクシロ ボンベ ハ ノコリ ジュップンホド――

「10ッ分!?」

 酸素なんて、どうやって作るんだ……小学校でやった水の電気分解しか知らないぞ。だいいち、ここには水も存在しないんだからな。

――マワリヲミロ――

 え?

 見渡すと、四方から無数のシミが現れたかと思うと、数秒で数字と大文字小文字のアルファベットになって、わたしの周囲を取り囲んだ。

「え……」

――ハヤクシロ――

「え……あ……ひょっとして……」

 手近に漂っていた『O』を二つ掴まえて並べてみる。酸素の化学式はO2だ。

 ……が、なにも起こらない。

――ソレハ『オー』デハナクテ『ゼロ』ダ――

「あ、そうか(^_^;)」

 なるほど、よく見ると『O』と『0』を並べて見ると全然違う。気を取り直して『0』と『O』を置き換える。

 ユラユラ……

 置き換わったO2はユラユラ揺れて姿を消し、とたんに露出した手足の肌感覚が楽になる。

 そうか、皮膚呼吸もしてるからなあ。

――ツギハ ミズ ダ――

「お、おお」

『H』の横に『O』を二個付ける。

 H2O

 ユラユラ揺れると、フワリと霧散して空気に潤いが混ざる。とりあえず水蒸気になったようだ。ボンベを外しても楽に呼吸ができる。

――ツギハ タンソ ト チッソ――

「分かった」

 Cを二つ並べる……くっつくこともなく、フワフワ漂ってしまう。

――タンソハ イッコデイイ――

 え、あ、そうだったか。化学は苦手だったからなあ。

 Cを一つ目の前に据えると、ピタリと動きを止め、すぐに消えた。

 次は窒素、ええと…スイヘーリーベー……中学以来のお呪いを思い出しN2に思い至る。

 N2……プルプル震えると消えて、空間に活気が現れたような気がした。

――ツギニ……――

「待ってくれ、ひょっとして、全ての物質の化学式を思い出せって言うのか?」

――アトハ シゼンニ カッセイカ スル メヲツブレ――

「あ、ああ……」

 目をつぶると、今までにない振動が起こって遊園地のエアハウスで転がっているようになる……数十回バウンドすると、突然ドサッという感触を背中に受けて制止する。

 柔道の授業で受け身もろくにできないまま投げ飛ばされた時のように息ができない。

 ウ……グググ……

 目を開けると、青い空に雲が流れ、どこかで鳥のさえずりがして、露出した手足や頬にトゲトゲの草が触れる。

「大丈夫ですか、先生?」

 覗き込んだ顔は静岡あやね……いや、あやねの姿形をしたビクニだった。

 


☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒

 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 017『空気も無ければ上下もない』

2024-04-29 10:20:23 | 自己紹介
勇者路歴程

017『空気も無ければ上下もない』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者




 ドップーーン…………と、予想した水音はしなかった。


 まるでVRの仮想現実のようにリアリティーがありながらも実感が無い。

 手で水をかき、足でけっても手応えも足応えも無い。

 見上げると水面はすでに遠く、水圧も感じなければ水の実感も無い。口に咥えた酸素ボンベで呼吸しているのにあぶくも出ない。

 なんだこれは…………お、おい、ビクニ!

――アワテルナ ココハ スベテノハジマリダ――

 だれだ、おまえは!? ビクニはどこだ!?

――コレガビクニダ スベテノハジマリ スガタハナイ――

 ……なぜ姿が見えない? 声も変だぞ?

――アルノハ ナカムラ オマエヒトリダケダ――

 そ、そうか……しかし、無重力で上下の感覚も無いぞ。

――スベテノハジマリダカラナ――

 ……そうか……なんだか眠くなってくるなぁ……

――ネムルナ ネムレバ ナニモハジマラズニ スベテガオワッテシマウ――

 そうなのか

――ココデ タシカナモノハ ナカムラガ カンガエテイルトイウコトダケダ コギトエルゴスムダ――

 われ思うゆえにわれあり……か。

 それで、何をすればいい?

――ウエトシタ――

 ウエトシタ……飢えと舌? 上戸彩? あ、上と下か。

 でも、どうやって……?

 考え始めると、二つの矢印が現れてフワフワと漂い始めた。

 これでなんとかしろというのか?

――ヤジルシハナカムラノカンセイダ、ナントカシロ――

 なんとかしろと言われても……

――ナントカシナケレバ エイエンニ ココデ タダヨウダケダ――

 それはかなわない(;'∀') もう、少し酔いかけている。

 息子とコミニケーションをとろうとして、VRゴーグルを買った時のことを思い出す。レースゲームをやったらコースを一周もせずに酔ってしまって、なけなしの父親の権威は五分も持たなかった。

――ガンバレ ソウイクフウダ――

 ソウイクフウ……ああ、創意工夫か……と言われてもな……。

 矢印を重ねてみたり、逆立ちさせたり……二つあることがミソなのだろうと、先っぽをひっ付けて見たり逆にしたり。時計の針のように回してみても何も起こらない。

 クソ

 少しイラっときて振ってしまうと、矢印はバラバラの三本の棒になってしまった。もう一つを手に取ると、同じようにバラバラになる。

 グヌヌ

 なんだかパズルだ。苦手なパズルだ。

 なんだか息苦しい……ひょっとして酸素ボンベが切れてきた?

 待てよ……水の中でもないのに酸素ボンベって必要あるのか?

 そう思って、酸素ボンベを外してみる……。

 ハーーハーー

 え、苦しい、ひょっとして空気が無い!?

――オチツケ ボンベノサンソハジュウブンダ オチツイテヤレ――

 わ、わかった(-_-;)

 気を取り直して矢印をこねくり回していると『T』の縦棒に残りの一本がひっついて『下』の字になった。横棒を軸にひっくり返すと『上』の字に変わった。

 ユーレカ(´⊙◇⊙`) !!

 アルキメデスの喜びの文句が湧き上がり、『上』を頭の方に『下』を足もとに投げた!

 ん……ウワアアアアアアアア( >▢<)!

 真っ逆さまに『下』の方に落ちていってしまった!

 


☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
 

 

 

 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勇者乙の天路歴程 016『川を遡る・2』

2024-04-23 11:46:28 | 自己紹介
勇者路歴程

016『川を遡る・2』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者




 ギーコ ギー……ギーコ ギー……


 三途の川は見通しがきかない。

 長江並みの川幅であることに加えて、一面の霧だか靄のため数十メートルの見通ししかなく、まるで濃霧警報の海を行くようだ。

 ギーコ ギー……ギーコ ギー……

「……あの時も、こんな感じだったなぁ」

 ビクニが呟く。

「前にも来たことがあるのか?」

「あるさ。いま思い出したのは三途の川ではなくて江戸前の海だがな」

 江戸前の海と言うからには、百年以上は昔のことか。

「吉田寅太郎が密航を企てた時のことだ」

「トラタロウ……ああ、吉田松陰のことか」

「弟子と二人でペリーの船に乗り込んで、アメリカへ連れていけと談判しにいったんだ。浦賀でペリーの黒船を見て、その瞬間『攘夷などは無理だ、まずは学ばなければ!』と切り替わった。おもしろい奴だ」

「結局は、ペリーに断られて戻って来るんだがな」

「あの時、舟がボロで、力任せに漕いだものだから艪杭が折れた」

「ハハハ、そうだったな、それで慌ててフンドシで括って間に合わせたんだ。この話はウケたなあ」

「そうか、授業の小話にも使ったんだな……しかし、中村、お前の読みは浅い」

「そうなのか?」

「ああ、フンドシなど使わなくても刀の下緒(さげお)を使えばいい。丈夫だし手っ取り早いからな。それをわざわざ袴の裾から手を突っ込んでフンドシを解いて使おうなんて、ちょっと変態だろ」

「いや、あれは荷物から着替え用のフンドシを出して……」

「いいや、思い立ったらスグの男だ、荷物の準備なんかしとらん」

 ギーコ ギーコ……

「腰の刀など、目に入らなかったんだ……」

「刀とか、そういう武士的なものは眼中には無かったんだろ」

「アハハ、尊敬しすぎ。ただの変態……で悪ければおっちょこちょいだ」

 ギーコ ギー……ギーコ ギー……

「……でも、なんで知ってるんだ。ビクニはタカムスビさんのところで引きこもっていたんだろ?」

「あのころは、まだ少しは外に出ていた」

「ビクニも乗っていたのか?」

「いいや、別の舟で着かず離れずにな。それにも、トラのやつは気が付かなかった……」

「トラ……(^_^;)」

 親しみを籠めた愛称というのではない響きが感じられて、ちょっとたじろいでしまう。

「さあ、そろそろだ」

「黒船に乗り換えるのか?」

「そんな簡単なものではない……これを使え」

 ビクニが取り出したものはスティック型の糊のようなモバイルバッテリーのようなものだ。

「なんだ、これは?」

「小型の酸素ボンベだ」

「ああ、007とかスパイ大作戦とかに出ていた! 忍者部隊月光とかでも使ってたかなあ!?」

「懐かしがってる場合じゃない、いくぞ!」

「おお!」

 船べりで中腰になり、水に飛び込む姿勢をとった……。

 

☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする