時かける少女・59
『お彼岸最後の日』
昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子(みなこ)は、密かに心に想う山野中尉が、沖縄特攻で戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメた。死と時間の論理をすり替えて、その三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ湊子の時間軸は崩壊して、時のさまよい人。時かける少女になってしまった……今度は、正念寺というお寺の娘の光奈子になり、演劇部員。今日は、お彼岸、最後の日だ。
大きな花が電柱に寄り添うように活けられているので、光奈子は驚いた。
「ああ、あんたS高の子ね?」
生地屋のオバサンが、ちょうど新聞をとりに表にでてきたところにでくわした。
「はい、亡くなったひなのとは、同じクラブです」
手にしたお花が貧弱に思え、光奈子は、持て余していた。
「あ、そのままじゃ、直ぐに萎びちゃう。ちょっと待って……」
オバサンは、店の中に入ると小さな花瓶を持ってきてくれた。
「これ、オバサンが……」
「せっかくのお花だもの……あ、花は違う人。花瓶だけがあたし」
「そうなんですか。ありがとうございます」
そう、言いながら、花の主は誰なんだろうと、思いをめぐらせた。
「さあ、あんたのは、これに生けようね」
オバサンが、花を活けてくれ、二人で手を合わせた。
ふと気配を感じて振り返ると、五十代後半ぐらいの女の人が、花を抱えて手を合わせていた。
「あら、奥さん。お花なら、まだ二日はもちますよ」
「今日、お彼岸の最後の日ですから……」
「じゃ、お預かりして、明後日にでも生けかえさせていただきます」
「そうですか、あいすみません」
「……あ、こちら亡くなった、お嬢さんのお友だちです。えと……」
「藤井光奈子と、申します。いっしょに演劇部にいました」
「坂田と申します。ひなのさんを……」
「加害者の身内の方ですか?」
言ってしまってから、加害者というトゲのある言葉を口にしたことを後悔した。
「はい、ひなのさんの命を縮めた者の祖母です」
「お孫さんが、その……分かった時から、毎日来てくださってるの」
「ありがとうございます。ひなのの仲間としてお礼を申し上げます」
「孫は、見栄っ張りで、気の弱い子で……」
「奥さん、そう何度もおっしゃらなくても……」
「いえ、こちらのお嬢さんには、初めてですから」
「許してやってください……とは申しません。一生をかけて償わせます」
「お孫さん……未成年なんですね」
「はい、危険運転で、今は鑑別所におります」
「ご両親は?」
「恥ずかしいことですが、気の回らない親達で。せめて、わたしがと思いまして……」
女の人は、嗚咽をもらして、言葉にならなかった。
電柱の影の先に人がいるのに気づいた。
「まなかちゃん……」
「もう、涙もお花もいい。お姉ちゃん返して!」
「ごめんなさい。まなかさん」
もう初老と言っていい女の人が、心から中学生のまなかちゃんに、深々と頭を下げた。
「……光奈子ちゃんも、早くしないと、学校遅刻するわよ!」
そう言うと、まなかちゃんは、さっさと三叉路をYの下に向かって、早足で歩き出した。
この日、アミダさんの美保とは、学校でも会わなかった。
自分で悟れと、言われたような気がした。どうにもならない。光奈子には、そこまでしか分からなかった。
『お彼岸最後の日』
昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子(みなこ)は、密かに心に想う山野中尉が、沖縄特攻で戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメた。死と時間の論理をすり替えて、その三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ湊子の時間軸は崩壊して、時のさまよい人。時かける少女になってしまった……今度は、正念寺というお寺の娘の光奈子になり、演劇部員。今日は、お彼岸、最後の日だ。
大きな花が電柱に寄り添うように活けられているので、光奈子は驚いた。
「ああ、あんたS高の子ね?」
生地屋のオバサンが、ちょうど新聞をとりに表にでてきたところにでくわした。
「はい、亡くなったひなのとは、同じクラブです」
手にしたお花が貧弱に思え、光奈子は、持て余していた。
「あ、そのままじゃ、直ぐに萎びちゃう。ちょっと待って……」
オバサンは、店の中に入ると小さな花瓶を持ってきてくれた。
「これ、オバサンが……」
「せっかくのお花だもの……あ、花は違う人。花瓶だけがあたし」
「そうなんですか。ありがとうございます」
そう、言いながら、花の主は誰なんだろうと、思いをめぐらせた。
「さあ、あんたのは、これに生けようね」
オバサンが、花を活けてくれ、二人で手を合わせた。
ふと気配を感じて振り返ると、五十代後半ぐらいの女の人が、花を抱えて手を合わせていた。
「あら、奥さん。お花なら、まだ二日はもちますよ」
「今日、お彼岸の最後の日ですから……」
「じゃ、お預かりして、明後日にでも生けかえさせていただきます」
「そうですか、あいすみません」
「……あ、こちら亡くなった、お嬢さんのお友だちです。えと……」
「藤井光奈子と、申します。いっしょに演劇部にいました」
「坂田と申します。ひなのさんを……」
「加害者の身内の方ですか?」
言ってしまってから、加害者というトゲのある言葉を口にしたことを後悔した。
「はい、ひなのさんの命を縮めた者の祖母です」
「お孫さんが、その……分かった時から、毎日来てくださってるの」
「ありがとうございます。ひなのの仲間としてお礼を申し上げます」
「孫は、見栄っ張りで、気の弱い子で……」
「奥さん、そう何度もおっしゃらなくても……」
「いえ、こちらのお嬢さんには、初めてですから」
「許してやってください……とは申しません。一生をかけて償わせます」
「お孫さん……未成年なんですね」
「はい、危険運転で、今は鑑別所におります」
「ご両親は?」
「恥ずかしいことですが、気の回らない親達で。せめて、わたしがと思いまして……」
女の人は、嗚咽をもらして、言葉にならなかった。
電柱の影の先に人がいるのに気づいた。
「まなかちゃん……」
「もう、涙もお花もいい。お姉ちゃん返して!」
「ごめんなさい。まなかさん」
もう初老と言っていい女の人が、心から中学生のまなかちゃんに、深々と頭を下げた。
「……光奈子ちゃんも、早くしないと、学校遅刻するわよ!」
そう言うと、まなかちゃんは、さっさと三叉路をYの下に向かって、早足で歩き出した。
この日、アミダさんの美保とは、学校でも会わなかった。
自分で悟れと、言われたような気がした。どうにもならない。光奈子には、そこまでしか分からなかった。