大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

REオフステージ(惣堀高校演劇部)156・秋風を予感して

2024-09-19 10:30:43 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
156・秋風を予感して 松井須磨 




 瀬戸内美晴を凹ませて体育館の外廊下に出る。


 スチールの扉を開ける時、秋風を予感した。

 だって、窓から見えた空、たたなづく秋の叢雲は風を予感させたから。

 あ、たたなづくは山とか八重垣の枕詞だっけ。まあいい、今のわたしは、空の雲さえ、おごそかに言ってみたい気分。

 だけど、風の向きなのかグラウンドに面した外廊下にはソヨとも風は吹いていない。

 こんな凪のようなグラウンドでも、ヘリコプターが不時着した時はオズの魔法使いのつむじ風よりも凄かった。慌てたわたしとミリーはうまく車いすが操作できなくて、啓介がバットを放り出して駆けつけて、千歳をお姫様ダッコして中庭まですっ飛んで行った。

 学校も人間も、外からの風にあおられないと本気では動き出さないものなのかもしれない。


 一般の生徒は教室に戻って授業だけど、わたしはタコ部屋に戻る。

 急ぐことは無い、授業が待っているわけじゃないからね。


 美晴には、ああ言ったけど、けして悪いことじゃない。十代は大いに悩めばいいのよ。

 啓介と千歳と伊藤香里菜。

 どうくっついても、傍から見ている分には面白い。別れても面白い。

 いろいろドラマチックにはなるだろうけど、それで人は鍛えられていくんだ。あとで振り返れば、人生のいい肥やしになっているさ。

 ミリーは、ちょっと深刻。

 田中さんのお婆ちゃんが亡くなって、シカゴの家族はテキサスに引っ越す。

 テキサスなんて、ミリーにとっちゃ外国同然なんだろうね。

 中学から留学生で大阪に来てる。田中さんのお婆ちゃんに鍛えられて、大阪弁なんか、わたしより達者だもんね。彼女、頭の中で考える時も英語じゃなくて大阪弁でやってると思うよ。

 ミリーは、あと5年とか10年のスパンで日本にいればいい。

 めちゃくちゃ不安なんだろうけど、啓介もいることだしね。付き合いの長さからいったら、啓介にいちばんお似合いなのはミリーなのかも。保健室でカマをかけた時のリアクションは千歳と変わりない。

 保健室のミリーを見て「わたしもね、来年卒業するんだ」と、あっさり口をついて出た。卒業は山梨に行くことなんだ。こんなあっさり口にするとは思わなかった。ひい祖母ちゃんはミリーに感謝すべきだ。

 階段を下りると、時計塔の前で朝倉さんがハイス薬局のおじさんと話している。なんか要領を得ないという感じなので、傍まで寄ってみる。

「あ、スマちゃん」

 同級生時代の愛称で呼んできた、やっぱり持て余してる。

「どうかしたんですか?」

「薬局のおじさんがねぇエリ-ゼって人形をどうとかで……」

「あ、エリ-ゼのこと?」

 そう聞くと、二人とも安心した顔になって、朝倉さんは「ごめん、授業の用意があるから」と校舎に戻って行った。

「アレが、どうかしたんですか先輩?」

 薬局のおじさんは、演劇部の古い先輩でもあるんだ。

「いやね……ちゃんと作り直そうと思って」

「完成じゃなかったんですか?」

「いや、そうなんだけどね。ミイラのまんまやろ」

「あ、そういうネライで作られたんじゃ」

「前にも言うたけど、あれはうちのカミさんがモデルでなあ」

「ああ、みんなでイメージ言い合いしてるうちにグチャグチャになって……」

「ヤケクソでミイラいう設定にした」

「アハハ、あの時は大騒動だった( ´艸`)」

「いや……あれから、シミジミうちのカミさん……エリーゼを見てきたんやけどな。なんや、うちのハイス薬局と商店街にすっかり馴染んでしもてなあ」

「あ、それは思う。遠目に見たら総堀屋のケメコさんと区別つかないかも」

「うん、いつの間にか、あいつの方が儂らに合わせてくれた感じやなあ」

「あ……」

「あんたは飲み込みのええ子みたいやなあ……せやねん、あのころ感じてたエリ-ゼの姿にしてやろ思てなあ。それを見たら、カミさんもちょっとは……惣堀でしみついたもんはおいそれとは抜けへんやろけど、ちょっとはなぁ」

「うん、いい考えですね。じゃあ、タコ部屋に置いてありますから」

「あ、いや、引き取るのは下校時間になってからにするわ」

「あ、そうか、ニオイが凄いですからね」

「消臭剤のええのんもってくるさかいに」

「はい、じゃあ、部長や他の部員にはわたしから」

「ほんなら、また。ありがとう」

 大先輩は、少し頬を染めて、それでも安心した笑顔で校門を出て行った。

 タコ部屋に戻る前に、もう一度グラウンドに戻ってみる。

 たたなづく叢雲の下、少し強めの秋風がバックネットを飛び越えて吹いてきて髪を押える。八年前の体育祭、障害物競走で飛び損ねたハードルを思い出した。


 昼休みに、瀬戸内美晴から、部室棟は予算をつけ直し、来春から保存修理が再開されると聞いた。


 ちょっと恩着せがましく言うところが笑いそうだった。



 REオフステージ(惣堀高校演劇部) 完

 

☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口 織田信中 伊藤香里菜
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)  藤岡(養護教諭)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
  
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)155・伝達表彰式

2024-09-18 09:39:46 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
155・伝達表彰式  瀬戸内美晴 




 生徒会の任務は多岐にわたるけど、地味に重要な任務がある。

 全生徒のモチベーションを高いポテンシャルで維持すること――惣堀生でよかった!――という気持ちにさせることよ。

 文化祭や体育祭だけじゃなく、学校行事や学校生活に規制があるのは当たり前。集団生活にはルールが付き物。たとえば、定足数に満たない部活を同窓会に降格させたり、部室棟と呼ばれる旧校舎の建て替えに向けて演劇部とかのクラブを追い出すこととかね。

 時には強権発動的なこともしなくちゃならないんだけど、そのためには、生徒会は、部活が優秀な成績を残したとか、生徒がいいことをしたとかのチャンスを捉えては、イッチョカミするわけよ。

 ふつう、そういういいことがあったら、伝達表彰って言うんだけど、校長先生がステージで代読しておしまい。校長って地味がスーツ着てるようなものだから、全校集会の挨拶とか講話のついでにやられたら誰も聞いてない。

 そこで、そういう表彰めいたことは、生徒会がプロディュースする。

 放送部でアナウンスコンクールで入賞経験のある女子にMCをやってもらって、吹部や軽音にBGMやら、表彰状を渡す瞬間にはドラムロールとかをやってもらって、時にはくす玉を仕込んで『祝 〇〇部~優勝!』とかの横断幕をステージの上に出す。時には、生徒会長がお祝いのスピーチをやるんだけど、この一年は不肖、副会長の瀬戸内美晴の独壇場。

 まあ、才能的にもビジュアル的にも当然なんだけどね。

 で、今日は演劇部の小山内啓介の表彰なのよ!

 先月、南河内温泉で人命救助をやった。その感謝状と表彰状が学校に届いた。

 普通なら、ミス放送部のMCと吹部のBGMで伝達表彰という段取りなんだけど、ちょっとした仕掛けをした。

「校長先生から、南河内消防本部からの伝達表彰をしていただきました。続きまして、小山内啓介君に蘇生措置をしてもらって一命をとりとめた藤堂佐和子さんからの感謝の言葉です。佐和子さんは、まだご療養中ですのでお孫さんである、本校一年生の伊藤香里菜さんに代わって述べていただきます。伊藤さんどうぞ!」

 吹部が結婚式の披露宴かというような、聞いているだけで感謝や幸福を予感させるBCMを奏でる中、伊藤香里菜が頬を染めてステージに上がった。


「お婆ちゃんが心肺停止の状態で病院に運ばれたと聞いた時は、目の前が真っ暗になり、地球がグズグズに崩れていくような気がしました。仕事で忙しい両親に代わって保育所の送り迎えや、病気をした時には、それこそ寝ずの看病をしてくれたお婆ちゃんです。そのお婆ちゃんが仲間といっしょに南河内温泉にいって倒れてしまいました。たまたま、隣の男湯に入っていた小山内先輩は、女湯のただならぬ気配に気づいて、すぐに駆け付けて人工呼吸と心肺蘇生措置を施してくださいました。「初期対応が適切だった」とお医者さんに告げられ、それが、自分もかつてやっていた演劇部の部長だと聞いて、お婆ちゃんはとても感激していました。そして、その救助をしてくださったのが、わたしの通う惣堀高校演劇部の小山内先輩だと聞いて、今度はわたしがビックリしました。先輩と演劇部のみなさんの姿は文化祭の舞台でも拝見し、とても素敵だと思っていました……小山内先輩、ほんとうにありがとうございました! そして、こうやって皆さんの前で感謝の言葉を述べる機会を与えてくださった、学校と、運命の神さまに感謝です! ほんとうにほんとうに、ありが……とう……ございましたあ(˚ ˃̣̣̥⌓˂̣̣̥ ) 」

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……!!

 全生徒と教職員と入り口のところに来ていたA新聞の人たちから感動の拍手が巻き起こる。

 そして、一年生の列には車いすの沢村千歳が複雑な顔で、それでも拍手している。

 フフフ

 我ながら、意味深な愉悦が沸き起こるのを押えられなかった。はた目にはサキュバスみたいな表情だったかもしれないけど、大丈夫、舞台袖から見ているのはわたし一人なんだから。

「罪なことをやったものね、瀬戸内美晴」

 ゲ!?

 声に振り返ると袖幕から半身を覗かせた松井須磨がジト目で立っていた。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口 織田信中 伊藤香里菜
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)  藤岡(養護教諭)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)154・音楽の授業を遅刻した理由

2024-09-17 08:28:39 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
154・音楽の授業を遅刻した理由 千歳 




 惣堀はバリアフリーのモデル校で、車いすのわたしでも移動に不便を感じることは少ない。

 でも、ときどき不便なことがある。

 それが芸術の時間。

 音・美・書の特別教室は、惣堀がモデル校になる前に建てられた芸術棟なので、いったん玄関を出て、芸術棟に行ってエレベーターに乗りなおさなきゃならない。

 エレベーターに通じる吹き抜け廊下にさしかかったとき、下の玄関ホールから織田先輩が友だちと話してる声が聞こえてきた。

『織田も、来年は移動が楽になりそうだな』

『ああ、芸術は二度もエレベーターに乗らなきゃならんものなあ』

 あ、織田先輩も芸術(たしか美術)だったんだ。

『手術、うまくいくといいな』

『ありがとう、大丈夫さ』
『ジイもやっと肩の荷が下りまする』

『だってさ』

『織田の腹話術も聞き納めかぁ』

『いやいや、足が治っても平手のジイは、永遠の守り役じゃぞ』
『ま、まことでござるか!?』 
『ああ、足が治れば本格的に腹話術をやるぞ』

『吉本でもいくんかい(^_^;)』

『ああ、織田信中の戦国腹話術! ウケると思わねえか?』
『お濃も楽しみにしております(^▽^)/』
『だってさ』
『市も応援してますわぁ』
『おうおう、愛い奴じゃ(^▭^)』
『兄上ぇ(^^♪』
『よしよし』

『あ、それは気持ちが悪いかも(^〇^;)』

 チーン

『お、エレベーター来たぞ』

 
 あ、ヤバイ。


 エレベーターの前を離れる。ここで出くわすのは、ちょっと気まずい。

 先輩たちをやり過ごしてからエレベーターに乗る。

 おかげで、音楽の授業は遅刻してしまった。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口 織田信中 伊藤香里菜
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)  藤岡(養護教諭)
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)153・藤岡先生と織田信中の話を聞いてしまう

2024-09-16 08:06:27 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
153・藤岡先生と織田信中の話を聞いてしまう 須磨 




 ギシ カチャ

 椅子に座る音と車いすを停める音がして話が始まった。

「それで、手術はいつやのん、織田くん?」

「はい、年末には。手術後もリハビリがあるので三学期は休むことになると思います」

「そうか、出席日数は大丈夫やねんね?」

「はい、今年度は今のところ欠席ゼロですから、学年末テストも受けられそうですし、まあ、成績は下がりそうですけど」

「まあ、学年の成績は二学期まででほぼ決まりやし、留年するようなことにはなれへんのやろ」

「はい、それは無いと思います」

「そうか、それなら大丈夫やろねえ、ええと……ほんならこれが意見書。いちおう学校として病院に知っておいてもらいたいことが書いてあります」

「ありがとうございます」

「まあ、学校のアリバイみたいな書類やけど、学校と病院との連携の証しやさかい。入院の時に主治医の先生に渡して」

「ありがとうございます。なんだか内申書みたいですねえ」

「いちおう公文書やからね、無くさんようにね」

「はい」

「そうか、これで、春からは車いす無しで生活できそうやねえ……」

 プルルル プルルル

「はい、保健室……あ、はい、今から伺います。ごめん、校長さんから呼び出しやから」

「はい、ありがとうございました」

 カチャ ギシ……再び椅子と車いすが軋む音がして、二人は出て行った。


「いまの、織田君ですよね、近ごろ千歳と仲のええ?」

「なんだか手術して歩けるようになるみたいだねえ」

「千歳、どう思うかなあ……」

「あ、ミリーも思った?」

「え、あ、ちょっとだけ」

 わたしも思っている。

 千歳と織田信中が仲良くなったのは、互いの個性もあるんだろうけど、同じハンデを背負っているところが大きいと思う。

 それに、二人の出会いはエレベーターの前で車いす同士が絡んで身動きが取れなくなったことがきっかけだ。織田君の担任が駆けつけるのが遅れて、三十分ほどもそのままだったらしい。

 千歳自身も至近距離で放置プレーみたくなって、アタフタドキドキしたと言っていた。

 まあ、一種の吊り橋効果。

「まあ、お節介にならない程度に見守ってやりますか」

「そうだね……ん、なんだか血色戻ってきたみたいだねえ」

「え、あ、アハハハ(^〇^;)」

 毒リンゴで死にそうになっていた白雪姫が王子さまにキスされたみたいに元気になっていたミリーだった。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)152・保健室にミリーを見舞う

2024-09-15 09:46:45 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
152・保健室にミリーを見舞う 須磨 




 ここのところ、演劇部はいろいろある。


 啓介が野球部の助っ人をやったかと思うと、9回の裏でヘリコプターが不時着、車いすがトラブって千歳が身動き取れなくなった。ミリーと二人でおたついていたら、バッターボックスから啓介が飛んできてドラマチックに救助。

 ちょっといい雰囲気の二人……と思ったら、その千歳は二年の車いすの男子と仲良くなった。

 対する啓介も、下足ロッカーに手紙を入れるというテンプレ的手法で屋上に呼び出した一年女子といい仲になった。
 なんでも、南河内の温泉に行った時に、マウスツーマウスの人工呼吸で助けたお婆さんの孫らしい。

 伊藤香里菜という、その子はヘリコプターの一件も見ていた。陰ながら思いを寄せていた彼女にしたら、これは積極的に前に出なければと思って、ロッカーレターと屋上での告白という攻撃に出たんだ。一見大人しそうな子だけど、ヘリコプター事件の二人を見て、敵わないと思うのではなく前に出てくる。おもしろい子だ。

 演劇はやらない演劇部だけど、日常生活が劇的で面白い。

 もうひとつ面白い事件……と言っては不謹慎なんだけど、今度は、ミリーが人生の師とも仰ぐ、田中さんのお婆ちゃんが危篤になってシカゴに戻った。なんとか臨終には間に合ったみたいだけど、学校のある身なので、お葬式には出ずに帰ってきた。

 そのミリーが、休み時間中に具合が悪くなって一人で保健室に行くのを見かけてしまった。

 
「ねえ、わたし、入っていいかい?」


 一言声をかけて、仕切りのカーテンを開けると、毒リンゴを齧った白雪姫みたいにミリーは寝ていた。

「あ、松井先輩……」

「疲れが出たんだね、とんぼ返りだったし、大好きなお婆ちゃんだったし」

「あ、すみません。ひとりで抱えてるのがしんどくて、つい先輩にメールしてしまいました」

「いや、嬉しかったよ。こういう時に頼りにしてくれて……お婆ちゃんは残念だったね」

「うん、でも、亡くなる前の晩、ゆっくり話せたし」

「そうだったね……メールにも書いてたけど、もう、シカゴには戻れないんだって?」

「はい、治安がめちゃくちゃ悪いんで……」

「そうみたいだね……でも、まだ高校二年なんだし、焦ることは無いわよ」

「はい」

「わたしもね、来年卒業するんだ」

「え、本当ですか( ゚Д゚)!?」

「うん、田舎の山梨に戻ってお婆ちゃんの手伝いというか、見習いやるんだ」

「見習い?」

「あ、みんなには言ったことないんだけどね……うちの家は、昔から林業とかいろいろやっていてね。じつは、文化祭の後、山梨に戻ってね……」

 山梨の一件を話すと、ミリーは目を丸くして驚いた。

「そうだったんですかぁ……なんか、大河ドラマみたいですねえ!」

「あはは、未だに『お屋形さま』とか『姫さま』の世界だからね。しばらくは見習いだけど、面白そうだし。もし、その気になったら、山梨へおいでよ、仕事ならいっぱいあるし、ミリーが来てくれたら助かるし」

「ありがとうございます」

「まあ、大学とかに行く手もあるし。いっそ、日本人の嫁になれば永住できるよ」

「え、山梨でですかぁ!?」

「ああ、それもいいけど、手近に優良株がいるじゃない」

「……!?」

 白雪姫の頬っぺたがリンゴみたいになった。

「どうよ」

「あ、あきませんよ! あいつには伊藤香里菜とかおるしぃ、千歳かて、どこか相思相愛みたいやしぃ……」

「アハハ、あんなのは、まだまだ予行演習、子どもの恋愛ごっこ! まあ、そこからゴールインすることもあるけどね、余裕よ余裕!」

「先輩、なんか、ものすごく貫録ですねえ」

「……そういや、ミリー、ちょっと敬語になりすぎ」

「え、あ……」

「学年はいっこしか変わらないんだぞ」

「一つ聞いていいですか?」

「ん、なに?」

「卒業目指すということは、教室に戻る気ぃなんですか?」

「え、あ……もちろん!」

「あ、いま、躊躇しましたよね!?」

「もう、先輩をおちょくるんじゃない」

 ミリーも少し元気になった……かと思ったら、保健室の戸が開いて、養護の先生と車いすが入って来る音がした。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口 織田信中 伊藤香里菜
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)

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REオフステージ(惣堀高校演劇部)151・シカゴを離れる

2024-09-14 09:11:12 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
151・シカゴを離れる ミリー 



 お葬式まで居りたかったけど、前夜式の明くる朝にはシカゴを後にした。

 前夜式いうのは日本でいうお通夜。

 さすがに式を取り仕切ったのはクラークのお父さんやったけども、クラークも助祭として立派に役目を果たしてた。

 遺品の整理とかはお葬式が終わってからやねんけど、一足先に日本に帰るわたしのためにミチコさんは一つの写真をくれた。

「ああ、これ……!?」

 それは、生まれて間もないわたしを抱いて笑顔いっぱいのお婆ちゃんの写真。

「身内やご近所で赤ちゃんが生まれると抱っこさせてもらうのが楽しみだったのよ」

 フレームの下には、わたしの生まれた二日後の日付。

「病院から戻って来るのを待ち受けてね、家の前で撮ったのよ」

 お婆ちゃんとの写真は、家にもお婆ちゃんとこにもいっぱいあるけど、これを見るのは初めてや。

 
 その写真を膝に置いて飛行機に乗ってる。


 正面のモニターには遠ざかるシカゴの街、背景には子供のころから馴染んだミシガン湖が朝日を照り返して輝いてる。

 小学校のころ、お婆ちゃんは『キャンディーキャンディー』のコミックを貸してくれた。キャンディス・ホワイトいう孤児の女の子が成長していくビルドゥングスロマン。そのキャンディーがいた孤児院がミシガン湖の畔にあるという設定で、キャンディーと同じツィンテールにしてお婆ちゃんと湖の畔を歩いた。めちゃめちゃええストーリーやねんけど、日本に来て知ってる子ぉはおらへんかった。

「あ、オレ知ってるで!」

 啓介は、お母さんの愛読書やったいうのんで覚えとった。

「え、ほんま!? もっぺん読みたいわぁ、貸してもらわれへん!?」

「あ、ごめん、前のオカンのやから(^_^;)」

「え、あ、ごめん……」

 啓介の家庭事情を知った瞬間やった。

 もう、この街に戻ってくることは無い。

 うちの家も空港まで送ってくれた伯父さんもテキサスに引っ越してしまう。

 前夜式に来た人も何人かはシカゴを離れる予定やという。

 こんど戻ってくるときはテキサス。

 シカゴよりはうんと安全なんやろうけど、南部訛の母国語は大阪弁よりも遠い言葉や。

 ……もうこのまま日本に住み着こうか。

 惣堀を卒業したら留学ビザが切れてしまう。

「大学の留学も調べておくよ」

 車の中で伯父さんが言ってくれた。

 でも、大学へいっても最大四年や。

 いずれは日本で異邦人になってしまう。

 いっそ、日本に帰化する……言うほど簡単なことやない。

 なんか仕事を見つけて……わたしになにが出来んのやろかぁ?

 
――だれか、ええ人はおらんのんかいな――


 お婆ちゃんの言葉が蘇る。

――え、あ、それは……――

 あの時、頭に浮かんだのは啓介……あかんあかん、なんちゅう短絡!

 飛行機が水平飛行になって、そのまま寝てしもた。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)150・タナカさんのお婆ちゃん

2024-09-13 09:20:10 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
150・タナカさんのお婆ちゃん ミリー 



 そのあと、ミチコさんが「ママ、ミリーがもどってきたわよ」と手をさすりながら呼びかけていると、意識が戻って、少しだけならとお婆ちゃんのベッドの横に座った。

「……あれぇ、ミリーやんか。冬休みにはまだ間があるやろぉ?」

 頭はしっかりしている、わたしのことも、今の季節のことも分かってるみたい。

「あ、うん、ええとね……」

「そうか、だれかがミリーに教えたんやねぇ」

「え、あ、まあ……」

「いやあ、しばらく見んうちに女らしなってからに……嫁に来たころのソフィー(わたしのお母さん)にソックリや」

「え、あはは、そうかなあ(^_^;)」

「うん、そうやって恥ずかしがったら、眉毛が垂れるとこなんか、そのまんまや。怒ったら、逆に閻魔さんみたいに逆さになるんや、ようクラークがおちょくとった」

「うん、さっきリビングで会った。いっちょまえに司祭服とか着てて、笑えたわぁ」

「フフフ、クラークなあ、彼女がでけたんやで」

「え、ほんまぁ!?」

「うん、いっこ年上やけどなあハイスクールの同級生やったんや」

「へえ、姉さん女房なんや……て、ちょっと気が早いか」

「ううん、一回だけカノジョ連れてきよったけど、感じのええ子やった。ミチコも気に入って、カレッジ出たらうちの会社に入れよて言うてる」

「うんうん、ミチコさんも、ますます元気そうで」

「うん、ミチコは父親似やねんけど、うちに似たんか、あんまり太らへん体質でなあ、おかげでゴードンミルズ(お婆ちゃんの会社)の小麦粉で作ったパンやらケーキは食べても太らへんいう評判なんや。お金のかからん広告塔や」

「フフ、そうなんや」

「……懐かしいなあ、あんたの大阪弁」

「あはは、ついさっきまでは英語に戻ってしもてたんやけどね」

「……ミリーの花嫁姿見たかったわあ」

「ええ、まだ十七やでぇ、あたし」

「だれか、ええ人はおらんのんかいな」

「え、あ、それは……」

「友だちは居てんのんか?」

「あ、それはもちろん!」

 スマホを出して、下宿先の渡辺さんの家族、演劇部のみんなや学校の仲間の写真を見せてあげる。

「あ……このニイチャンええなあ」

「え、あ……」

 ええも悪いも無い、写真に写ってる男は、文化祭の時の以外は写ってるのは啓介ひとり。

「うちの演劇部、男子は一人だけやしなあ。けど、そんなええとこあるぅ?」

「パソコン前にして、なんや真剣に仕事してて、できる男いう感じやんか」

「あ、こいつがやっとおるのはエロゲ!」

「エロゲ?」

「あ、スケベエなゲーム」

「あはは、男はスケベエなくらいがええねん。男がみんな聖人君主みたいになってしもたら、人類は滅亡するでぇ……いやぁ……ほたえてる(ふざけてる)写真もあるやんかぁ……青春やなあ……この子の名前は?」

「あ、啓介。小山内啓介」

「小山内言うたら、小山内薫といっしょやなあ」

「オサナイカオル?」

「築地小劇場や、日本の新劇の父と言われた人や」

「え、そうなん?」

「名前は啓介……啓介は漫才師でおったなあ」

「プ、漫才師か」

「漫才バカにしたらあかんでえ、英語ではスタンダップコメディー云うて、高等な芸術やでえ」

「いやいや、バカになんかしてへんよ。啓介もそういうギャップがあって面白いところはあるんやけどね」

「あ、いつかミリーの髪の毛『冷やし中華』言うてたのん……」

「そう、この啓介なんやけどもね……」

 それから、千歳の奮闘ぶりに感心し、須磨先輩はこれまた往年の新劇大女優と同じと同じ名前で、これで演劇をしないのはもったいないと面白がられ、ミッキーのことでも、意外なほど大きな声でケラケラ笑ったり。

 ひょっとしたら、お婆ちゃんは、わたしを呼ぶためにひと芝居うったんちゃうかいうくらい元気やった。


 けども、明くる朝、ミチコさんに手を握られ、みんなに見守られながら、お婆ちゃんは神に召されていってしまいました。


 
☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口 織田信中 伊藤香里菜
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)





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REオフステージ(惣堀高校演劇部)149・シカゴに戻った

2024-09-12 09:56:01 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
149・シカゴに戻った ミリー 



 

 助手席から見える風景に気持ちが萎えた。

 伯父さんが運転する車は、子どもの頃と同じなんだけども……速い。速い割には時間がかかっている。

「……道が違うようだけど」

「ああ、ワシントンパーク周辺を避けてるからね」

「あ、そうなんだ……」

 シカゴは急速に治安が悪くなっている。その速度はSNSとかで知っていた状況を超えている。

「民主党大会のころは最悪だった」

「そうなんだ……」

 去年、来日した時の伯父さん(031・マシュー・オーエンとは別人のように表情が固い。

「実はテキサスに引っ越そうと思ってるんだ」

「テキサス……」

「マイクも同じ」

「お父さんも?」

「ああ……」

 去年行ったサンフランシスコよりも状況は悪いみたい。

 その後は、家に着くまで、わたしも伯父さんも無言だった。


「なんだ、思ったより元気そうじゃない!」


 そう言うつもりだった。

 でも、自分の親よりも先に会いに行った田中さんのお婆ちゃんは、様態が悪かった。

「お婆ちゃん……」

 呼びかけてみたんだけど、酸素マスクのシューシューいう音だけしか返ってこない。

「でも、少し血色がよくなってきたみたいよ」

 懐かしい声がしたかと思うと、ミチコさんだ。

 ミチコさんはおばあちゃんの一人娘。東京タワーができた年に生まれた。

 父親似で、見かけはほとんどアメリカ人なんだけど、まだわたしが子どもだったころとちっとも変わらないのは、お婆ちゃんの血なのかもしれない。

 気が付くと、お母さんもそばに居て――こっち来て――と目配せした。

「ごめん、お母さん。まっすぐこっちに来てしまって」

「いいのよ、さあ、リビングへ」

 お婆ちゃんの家はリビングが広い。

 近所づきあいを大事にしたお婆ちゃんは、ミチコさんが生まれた年に増改築してリビングを広くしたんだ。

 ダグ(お婆ちゃんの旦那)は朝鮮戦争の時に日本にやって来てお婆ちゃんと知り合い、双方の反対を押し切って、戦後にシカゴにお婆ちゃんを連れて帰った。

 ダグが亡くなったあとも、お婆ちゃんは家業の製粉会社と、この家を守って、わたしが生まれたころには、この町では大文字のグランマと言えばお婆ちゃんのことだった。お婆ちゃんは芳子という日本名で呼ばれるよりも、帰化した時に付けた洗礼名と同じアグネスという名前を大事にしていた。

「おお、ミリー!」「お帰りミリー」「よく帰ってきたね」「待ってたわアグネスの孫娘」「夢みたい!」「間に合ったんだミリー!」

 懐かしい声がリビングに入るなり、わたしに浴びせられた。

「あ、ごめんなさい、わたし、お婆ちゃんの部屋に真っ直ぐ行ったもんだから(^_^;)」

「わたしたちもそうだよ。みんな、真っ直ぐグランマの顔を見て、ここに集まってるんだよ」
「やあ、久しぶりぃ」
「さあ、ここに座って」
「いま、お茶を淹れるわね」

 矢継ぎ早に掛けられる挨拶や言葉はとても懐かしい。

 でもね、この明るさは、お婆ちゃんが重篤だっていうことの証明でもあるんだ。みんな、ここで帰ったら、その間にお婆ちゃんが神に召されるんじゃないかと立ち去れないんだ。

 小さいころに、司祭さんが重篤になった時も、司祭館に見舞いに行った人たちは帰ろうとしなかった。

「あの時、祖父さんは息を吹き返したしね(^_^;)」

 わたしの気持ちを代弁するように言うのは、司祭さんの孫のクラーク。三つ年上なだけなんだけども、イッチョマエに司祭服を着ている。

 淹れてもらったお茶を飲みながら気が付いた。

 シカゴに着いてからの自問自答というかモノローグが英語に戻っている。

 
☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)148・ミリーの憂鬱

2024-09-11 09:27:14 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
148・ミリーの憂鬱 ミリー 




 ああ……なんやろうねえ……どうでもいいことなんやけど。

 カチャ ガラガラガラ~

 ここのところ部室のカギを開けるのは、わたしの仕事になってる。

 いまの部室は二階の仮部室。

 部室棟が建て替えのために使えんようになって、須磨先輩が使ってるタコ部屋に移ったのが一学期の五月の終わりころ。
 ミッキーが入部して手狭になって、一時期図書室に替わったけど、喋られへんしお茶もでけへんので、本館二階の空き部屋を臨時に使わせてもらってる。

 たいていは啓介が職員室まで鍵をとりにいってるんやけど、ここのところは、わたしの仕事。

 まあ、ええねんけどね。

 ここのとこ、啓介にはカノジョができた。

 一年生の伊藤香里菜とか言うらしい。二学期も終わりに近いというのに、まだ一年生らしい初々しさを残してる、かいらしい子。

「あ、それは恋をしてるからやで(^_^;)」

 セーヤンが言う。

 どうやら、二人が付き合うについては、このセーヤンとトラヤンが後押しというか、多少のきっかけを作った……と睨んでる。

 まあ、ええけど。

 部室に入って、啓介のノーパソを開けてみる。

 カメラを指で隠してエンターキーを押すと、スリープになってるノーパソが点く。

 レイラとかアケミとかいうメイドたちが、思い思いに寛いでるというか準備中。お茶を挽いてるというほどやないけど。

 いっしゅん指をどけたろかと思う。

 指をどけてカメラが活動し始めると、この『グローバルクラブ』は営業中ということになって、カメラの前の人物に気が付いて『お帰りなさいませぇ、ご主人さまぁ♡』とゲームが再開される。で、顔認証でご主人様の啓介やないことが分かると、メイドたちはパニックになって、最悪ゲームオーバーになる。

 ノーパソをそっ閉じしてお茶の用意をしようと思うと、流しの三角コーナーが出がらしのお茶でいっぱい……。

 夏やないから、すぐに臭うということは無いけど、ゴミ箱に出がらしを捨ててゴミ袋の口を結んでゴミ捨て場に持っていく。部室はくつろぎの場やから、きちんとしとかならあかんしね。

 西側の階段を下りて校舎の外に出るとゴミ捨て場への道。西側の階段は渡り廊下の隣で、瞬間、渡り廊下を横切ることになる。

 あ

 視野の端に二つの車いす。

 そうや、このごろ千歳は車いすの男子と話してることがある。相手の車いすは織田とかいう二年生。

 千歳は真面目な子やから、ゴミ袋ぶら下げてるわたしのことに気が付いたら「すみませーん」とか言うて部室に直行しよる。

 階段までは一秒ちょっと。さり気なく歩いて階段を下りる。

 帰りは東の階段を使おう。

 
 ブン!


 ゴミをほる手に勢いがついてしまう。

 あ!

 下手をするとゴミ袋が弾けて悲惨なことになる!……ああ、なんとか無事にゴミ袋は先客の間に収まった。

 やれやれ……部室に戻ってお茶でも淹れようか、須磨先輩もそろそろ姿を現すだろうし。

 踵を返して部室に戻ろうとすると、ポケットでスマホが震える。


 着信ありをクリックして……え!?


 足が震えた。


 田中さんのお婆ちゃんが危篤!!?



 
☆彡 主な登場人物とあれこれ
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)147・香里菜が遅れた理由

2024-09-10 08:29:08 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
147・香里菜が遅れた理由 啓介 




「アハハ、そうやったんか(^□^)」

 かえって話しやすくなった。

 伊藤香里菜は、約束場所の屋上に来るについてツインテールを解いてロン毛にしてて時間がかかったらしい。

「鏡を見たら、なんか子どもっぽくって、先輩に会うんならロングにしようって、思ったのはいいんですけど、クセが付いてしまって。あ、朝シャンして、十分乾かさないうちにツインにしたからなんです。あ、こんなこと先輩には関係ないんですけど。それで、水で濡らしてブラシ掛けてたら、ちょっと時間がかかってしまって、遅れてしまって、すみませんでした(>▢<)!」

「いいや、それはかめへんよ、こうやって間に合ったんやから」

 我ながら優しい。これがミリーとかやったら「冷やし中華一杯の貸しやぞ」くらいの文句は言うてる。

 いや、じっさい、予想外のロン毛の姿を見ると、ツインテールよりも清楚系の美人に見える。いや、本人に自覚は無いのかもしれへんけど、この方が魅力的やと思うぞ。

「あ、あ……それで、それで、用件なんですけど」

「あ、うん」

「せ、先輩のことは、文化祭の『夕鶴』も観てました、あ、たまたまなんですけどリハーサルから見てました。文化委員で設営係りにあたってましたし、すごくリーダーシップのある人だと感心しました。こないだの野球部の件とかも、男らしい対応をされて、ヘリコプターが不時着した時も、身を挺して沢村さんを助けて、すごく立派だと感動しました!」

「あ、そうなん? あ、まあ、あれは、まあ、あの立場であそこに居たら、まあ、一応部長やしなあ」

「食堂の件も知ってるんです! て、いうか、あの時先輩の後ろに居ましたし」

「え、あ、ああ……」

 そうか、俺の後ろに並んでて田淵に横入りされてた一年の女子!

「横入りされたのはわたしたちの方なのに、先輩は毅然としてらっしゃって……」

「え、あ、いや。オレも、腹減って気ぃ短なってたしなあ(^_^;)」

「でも、あのあと野球部の窮状を知って、ピンチヒッターを引き受けられたのは立派です!」

「あ、ああ」

 ああ、尊敬のまなざしで見てくれてる。なんかワタワタしてきた。

「それに、河内長野の温泉で人命救助もされたじゃないですか!」

「ええ、それも知ってんのん!?」

「はい、あの時、先輩が人工呼吸して助けたのは、わたしのお祖母ちゃんなんです!」


「え、ええ!?」


 あ、たしか『サワちゃん』と呼ばれてた……あ……目の前の伊藤香里菜のプックリした唇と、もう忘れようとしていたサワちゃん婆さんのお湯でふやけた唇が重なって、クラっとしてしもた……。


 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)146・どれが伊藤香里菜や?

2024-09-09 09:11:58 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
146・どれが伊藤香里菜や? 啓介 




 ええ……どれが伊藤香里菜や?


 放課後の屋上に来てみると、十人ちょっとの先客がおって、その全てが女子!

 ベンチに腰掛けてスマホをいじってるやつ、本を読んでるやつ……なにやら楽し気に喋ってるやつ……ボーっと金網の外の景色を眺めてるやつ……昼に食べ損ねたんか弁当を食べてるやつ……友だち同士で喋ってるやつ……いろいろ。

 たまたまなんか、そういう傾向なんか、完全に女子の憩いの場。

 ああ、思い出した。

 まだ演劇部に入部したての頃、三年の先輩らと発声練習をしにきたことがある。あの時は吹部も練習しとって男子が二人ほどおったけど、いまは、その吹部もおらへん。気象天文部というのもあって、あそこも活動場所は屋上のはずやけど、マイナーなクラブやから潰れてるんかもしれへん。

 とにかく、今の屋上は全員女子。

 そして、そのうちの五人がツインテール。

 一人は友だちと喋っとおるさかい、除外して、残りの四人のうちの一人。

 セーヤンが写真見せてくれてたから見当はつくと思たんやけど、ピンボケやったし、これは分からへん。

 おーい、伊藤香里菜!……叫ぶわけにもいかへん。

 ジロジロ見てるわけにもいかへんので、金網の外に目を向けると本館前の時計塔が約束の時間を5分超えてるのを示してる。

 あ……ひょっとして担がれた?

 いまごろ、友だちらとスマホをズームにして「アホが、その気になって待っとおる(*`艸´)」と笑っとおるのかもしれへん。なんせ、この本館の屋上は北館からも南館からもお見通しや。

 あ……なんか、キョドってるねんやろなあ、チラチラこっちを見てる奴もおる。

 時計塔を見ると、もう十分以上も経ってしもてる。

 これはいったん戻るか。一階降りた階段のとこで待っててもいっしょやろし。

 そう思って、回れ右すると足早に階段室の方に向かった。

 ドシン! キャ! ウワ!

 開け放たれた扉から出ようとしたら、思い切りぶつかってしもた!

 後ろ手ついて倒れてるのはロン毛の女生徒。

「ご、ごめん!」

「こ、こっちこそ……あ、ああ、小山内先輩!」

「え、ええ?」

「遅れてすみません、伊藤香里菜です(#>д<#) !」

 ロン毛がワタワタと顔を真っ赤にする。

 は……?

 すぐには分かれへんかった。

 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)145・セーヤンとトラヤン

2024-09-08 09:13:26 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
145・セーヤンとトラヤン 啓介 




 手紙には『突然の手紙でもうしわけありません、放課後屋上でお待ちしています。一年一組伊藤香里菜』とあった。

 惣堀には三つの校舎があって、生徒が自由に使えるのは本館の屋上や。南館と北館に挟まれて死角が無いので昼休みと放課後に解放されてる憩いの場所。

――ええ、どうしょうか……――

 これがラインとか、手紙であってもパソコンとかで打ち出した手紙やったら無視したかもしれへん。

 せやけど、レターセットの淡い桃色の便せん。そこに、けして上手い字やないけど、短くもていねいに書かれた言葉と文字。

 それに、右端の方が微妙によれてる。これは、時間をかけたんで、手の汗でちょっとだけ便せんがふやけた痕と思われた。

 つまり、一生懸命勇気を出して書いた手紙やろと推測されて、無視はでけへんという結論に達しかけた。

セーヤン:「こんな子ぉや」

 セーヤンとトラヤンが前に立ってスマホを突き出す。

 スマホには廊下を歩いてくるツインテールの女子が映ってる。慌てて撮ったんやろ、手前の男子の肩に焦点が合って、ちょっとピントが甘い。

啓介:「お、おまえら!?」

トラヤン:「友だちの一大事や、休み時間に調べといた」

セーヤン:「啓介、休み時間のたんびに手紙広げて考えてんねんもんなあ。これは親友として放ってはおけんやろ……と、トラヤンと意見が一致した」

トラヤン:「わいは、千歳ちゃんやと思うねんけどな」

啓介:「ち、千歳は……」

セーヤン:「オレは、見極めならあかんと思うぞ」

啓介:「見極める?」

トラヤン:「自分の気持ちやがな!」

セーヤン:「啓介、おまえは自覚ないかもしれんけど、おまえを意識してる女子はけっこう居てるねんぞ」

トラヤン:「うらやましい」

啓介:「そんなん無いて(^_^;)」

セーヤン:「いや、オレもトラヤンも小学校からの付き合いや」

トラヤン:「よう分かってる」

セーヤン:「けして興味本位とちゃうんや」

トラヤン:「せや、啓介が野球止めた時、もったいないなあて思たけど、こないだのピンチヒッター見ても思た」

セーヤン:「啓介は野球でもじゅうぶんやれるやつやった」

トラヤン:「おまえは、わいらよりも才能とチャンスに恵まれとる。ただ、サバサバしすぎて、身の回りのことに無頓着というか未練なさすぎ」

トラヤン:「なさすぎ」

セーヤン:「会うだけ会って、もうちょっと深いとこで決めたらええと思うぞ」

 けっきょくは、俺の心の揺れをトレースしただけみたいやけど、それも友だちやからこそのお節介やと思う。

 
「すまん、部活いくのん遅れるかもしれへん。カギ渡しとくわ」


 昼休みにミリーに鍵を渡す。

「あ、そ」

 めちゃくちゃ愛想ないミリーやった。

  

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REオフステージ(惣堀高校演劇部)144・セーヤンといっしょの朝

2024-09-07 09:23:13 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
144・セーヤンといっしょの朝 啓介 




 週に二回ぐらいセーヤンといっしょになる。

 お互い朝の地下鉄は、たいてい同じ電車に乗ってる、俺は上りでセーヤンは下り。谷六での到着時間がいっしょなんで「おう」「おっす」てな感じで声をかけて、学校までのらりくらりと歩いていく。日本の鉄道は時間が正確なんでSNSとかで外人さんがビックリしてる。せやけど、30秒以内の狂いというのはあるもんで、ドンピシャいっしょになって「おう」「おっす」になるのは週に二回ぐらいというわけなんや。

「このごろ、じぶんとこの千歳ちゃん、織田と時々喋っとおるなあ」

「え、織田と?」

「ああ、なんかエレベーター出たとこで車いす同士が引っかかって、担任の田中先生に来てもろて引き離してもらう間に仲良ぉなったいう話や」

「へえ」

「田中先生、会議の途中やったとかで忘れてしもて、三十分も引っ付いたままやったらしいでぇ。それで、織田のやつ、いろいろ話して、気まずならんようにしとったんやて」

「ああ……」

「車いす同士絡んでしもたら、こんな距離やろ」

「顔寄せんなぁ(^△^;)」

「アハハ、すまん」

 千歳は、元々は学校を辞めるために演劇部に入りよった。部活までやってがんばったけど、やっぱり惣堀は合わへんいうことにして一学期いっぱいで辞めるつもりやった。
 でも、どういうわけか演劇部が気に入って、文化祭にも出たし、今でも機嫌よう部活に来とおる。めでたいこっちゃ。

 織田は、中一の時に事故に遭うて車いすになりよったらしい。もともとルックスのええ陽気な男で、バリアフリーやら共生を売り物にしてる惣堀では、なんちゅうか成功例のサンプルみたいなやつや。

「そうや、田中先生が到着した時には、なんか、ええ雰囲気やったらしいぞ」

「そ、そうか」

「しかしなあ、車いす同士の付き合いいうのは難しいやろなあ」

「そんなことはないやろ」

「せやかて、デートするんでも大変やろ」

「あ、ああ……」

 電車でも車いすの人が乗ってるのはよう見かける。でも、それてたいがい一人、付き添いが居てることもあるけど基本一人や。
 よう分からんけども、二人が乗ったら、ちょっと迷惑思て遠慮してはるんかもなあ。

「まして結婚生活とか考えたら……」

「け。結婚(゜Д゚)!?」

「夫婦二人とも足が不自由いうのは、かなりきついやろなあ……」

「セーヤン、おまえ考えすぎ」

「あはは、せーやんなあ(ああ、そうだなあ)」

「せーやせーや」

「せやけど、啓介」

「なんや(*'へ'*)?」

「千歳ちゃん、ええ子やからなあ」

「お、おう」

「ほっといたら、とられてしまうでえ」

「なに、言うとんねん、俺はぁ!」

「俺はぁ?」

「うっさい!」

 ブン!

 カバンをぶん回すと、親友は慣れた感じで躱しやがる。

 ちょうどハイス薬局の前やったんで、掃除してるオッチャンに「アハハ、青春はええのう!」と笑われる。


 そして、学校について上履きに履き替えようとロッカーを開ける。


「え?」


 ロッカーの中には『小山内啓介先輩へ』と書かれた薄桃色の封筒が入っていた。

「お、ますます隅に置けませんなあ、御同輩!」

 相棒に冷やかされて、裏を返すと知らない女子の名前が書かれていた。

 キーンコーンカーンコーン……

 ちょうど予鈴が鳴って、相棒と二人、段飛ばしで階段を走って上がった。

 

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  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)143・織田センパイとの出会い

2024-09-06 09:40:57 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
143・織田センパイとの出会い 千歳 




 話は少しさかのぼるけど、文化祭が終わって数日のころ、こんなことがあった。

 
 ガチャン!


 エレベーターを降りてすぐ、車いすの男子と衝突してしまった。

 で、なんの拍子か、ハンドルだかブレーキだかが絡んで身動きが取れなくなってしまった。

「あ、ごめん!」「ごめんなさい!」

 お互いのお詫びも重なった。

「え……」「あ……」

 どういう絡み方をしたのか、ギシギシ動かしても離れなかった。

 ギシギシやりながら、相手が二年生の車いすの人だと分かった。

 学校には車いすの人が三人いる。学年に一人ずつ。

 あ、ミリー先輩が足のケガで乗っていたころは四人だったけどね。

 学年も違うし、共通項は車いすということだけで知り合うことも無かった。

「これは、人に来てもらわないと無理っぽいね(^_^;)」

 見ると、ちょっとイケメンのその人が言う。

「ですね」

 まあ、放課後とはいえ学校だ、すぐに誰か通りかかる……と思ったら、周囲には誰も居ない、通りかからない。

「先生に来てもらおう……」

 そう言ってイケメンさんはスマホを出して電話する。

「……はい……はい、そういうわけなんで、よろしくお願いします。すぐに来てくれるって」

「は、はい」

 アクシデントなんで仕方ないんだけど、ほんの40センチほどの距離に男の人の顔があるというのは落ち着かない。

「きみ、一年の沢村さんだろ」

「あ、はい」

「文化祭見たよ。面白かったね」

「え、あ、見てくれてたんですか!?」

「うん、新聞にも出てたしね、ネットでも動画が出てた。あ、むろん、本番も体育館で観たんだけどね」

「あ、ありがとうございます(;'∀')」

「舞台用の車いすがあるなんて初めて知ったよ、木製なんだね」

「あ、あれは室内用に作られた試作品みたいなもんで、姉が借りてきてくれて……」

「あ、そうなんだ」

 ふと見ると、その人の車いすには平手正秀と名前のシールが貼ってある。

「平手さんておっしゃるんですか?」

「え、ああ……これは車いすの名前」

「え、車いすの?」

「俺は、織田信中っていうんだ」

「織田信長!?」

「織田信中、ほれ」

 生徒手帳を出して見せてくれると『織田信中』とある。

「信長にあやかってね、でも、信長じゃ名前負けするだろうって、ちょっと短くして『信中』っていうわけ」

「フフ(* ´艸`)、あ、ごめんなさい」

「で、この平手正秀というのは信長の守り役の名前でね」

「あ、聞いたことあります。信長が無茶ばっかりするんで、切腹して諌めたってお爺さんですね」

「へえ、知ってるんだ!」

「お姉ちゃんが『信長の野望』とかやってたんで」

「ああ、そうなんだ」

 いい人なんだ。

 助けの先生がやってくるまで、気まずくならないように和ませてくれてるんだ。

『平手でござる。守り役でありながら、とんだ不調法をいたしました。申し訳もござらん、千歳殿』

 え?

「ジイは黙っておれ」

 あ、腹話術。

『いや、これはジイの不調法でござる。ここは、このシワ腹かっさばいてお詫びを』

「バカモン、車いすに腹を切られては、この信中、身動きがとれないではないか!」

『あ、いや、それもごもっとも』

「アハハハ」

「ハハハ、面白かった?」

「あ、はい。織田さんも(^○^)」

「それはよかった」


 すまん、遅くなったぁ!


 見覚えのある二年の先生がやってきて、車いすを引き離してくれる。

『では、さらばでござる』

 先生がキョトンとして、織田さんは「アハハハ」と笑って行ってしまった。

 
 それから、廊下や学食で出会ったら「やあ」とか「どうも」とか、演劇部以外で、あ、生徒会の瀬戸内さんは別にして挨拶する初めての上級生になった。


 
☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘

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REオフステージ(惣堀高校演劇部)142・学食の自販機前にて

2024-09-05 07:20:26 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
142・学食の自販機前にて 千歳 





 昇降口を横目に殺して廊下を進むと学食に通じるスロープになる。開け放ったドアから自販機のサンプルをチラ見。よし、午後の紅茶無糖は残っている。

 スロープは健常者用の四段の階段に対し直角に付けられている。

 二段分下りたところでクニっと360度折り返して、さらに二段分下りて学食の前に着く。

 折り返しのところは生け垣のスペースと被って、学食の入り口からは死角になって見えなくなる。

 その折り返しの所で止まってしまった。

 自販機の前に啓介先輩が立ってしまったのだ。

 ちょっと気まずい。昨日のヘリコプター不時着事件で先輩にお姫様抱っこされて、その時のドキドキがまだ残ってるから。


 先輩が行ってしまうまで待とう。


 ゴトン……カチャ カチャ スタスタスタ…………

 ペットボトルを取り出す気配がして足音が遠ざかる。

 よし。

 車いすを超真地旋回(ガルパンで憶えた言葉)させて、下りの勢いのまま自販機へ。

 百円玉二個を握って……固まってしまった。

 ウソ……午後の紅茶無糖は無情の売り切れ赤ランプ。

 啓介先輩が最後の一個を買ってしまった……。

 ショック…………ついさっきまで買えると思っていた午後の紅茶無糖が売り切れてしまったこと。そして、最後の一個を買ったのが啓介先輩だったこと。

 なんだかドキドキしてきた。

 悲しいから? お目当ての午後の紅茶無糖が無くなったから? それとも?

 え……なんで涙が?

「あ、これ欲しかったのか?」

 声が降ってきたので二度ビックリ! 見上げると啓介先輩。

「え!?」

「あ、ボンヤリしてて、もう一つ買うの忘れてて……俺は、どれでもええから、ほれ、これは千歳にやるわ」

「あ、いや(#'∀'#)」

「俺は、これ……っと……」

 先輩は缶コーヒーを二つ買って「んじゃ」と顔も見ないで行ってしまった。

 
 数秒、ボーっとして気づいた……お金渡してない。


 車いすを超真地旋回させて校舎に戻る。

 先輩が向かったのは三年生のブロックだ。

 エレベーターに乗って、三年のフロアを進む。

 二つ目の教室で発見。

 声をかけようと思ったら、先輩の他にもう一人。

 え……須磨先輩。


 さっきよりもドキドキしてきた……。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
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