大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

連載戯曲・クララ ハイジを待ちながら・6・お嬢さま!

2024-10-12 17:52:16 | 戯曲
クララ  ハイジを待ちながら    

大橋むつお 
 
※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最終回の最後に記しておきます




6 お嬢さま!

時   ある日
所     クララの部屋
人物    クララ(ゼーゼマンの一人娘) シャルロッテ(新入りのメイド) ロッテンマイヤー(声のみ)




 明るい曲が流れ、クララはモニターのアナタとともに歌いながら踊る。踊り終えて、なぜか涙ぐむアナタとクララ。


クララ:ああ、おもしろかった。またやりましょうね。どうしたの、どうして泣いてるの?……え、わたしも……ほんと変ね、こんなに楽しいのに、こんなに友だちなのに……ちょっと暑い。

 こっちの窓も開けるわね……トドの雲もどこかにいっちゃったんでしょうね、方角から言えばこっちのほうなんだけど。

 ……あ、飛行船! 

 わあ、あんなに低くゆっくりと……シャルちゃん。ロッテンマイヤーさん。飛行船よ、飛行船! 

 テラスからお庭に出てみて。今、教会の上のあたりだから……あ、アナタには見えないわね(カメラの向きを変える)……どう、見えた? 

 ツェッペリンね……昔はもっと大きいのがあったそうよ……あれの何倍も大きいのが……追いかけてみたらって……うん、いつかはね……追いかけていって、きっと乗せてもらうわ。雲は流れて行ってカタチを変えてしまうけど、飛行船はカタチを変えないわ、検索したら、乗り方だってわかるし……それに、今日は大事なお友達が来るんだもん……え、なんか言った?……なんでもない……へんなの。

 ……飛行船、グルーっと街の空を一周するのね。まるで、わたしのことを待ってくれているみたい……。

 このとき陽気な口笛が聞こえる。

クララ:あの口笛……ハイジだわ!

 ……カメラもどすね、わたし着替えなきゃならないから。

 だって、この服はアルムで初めて立てたときに、ハイジとお揃えで買ってもらったままだもの。なにか新しい服でなくっちゃ……ハイジは、昔のままよ「わたしはアルプスの子です」って、全身で自己主張してるみたいな、トロコンハイジ。

ロッテンマイヤー:お嬢様。ハイジが、ハイジが来ましたよ!

クララ:わかってる、口笛が聞こえたわ。

ロッテンマイヤー:じゃ、お早く。

クララ:服を探してんの……。

ロッテンマイヤー:ハイジは忙しい子なんですから、お早く!

クララ:分かってるわ、ロッテンマイヤーさん!

 シャルロッテがやってくる。

シャルロッテ:お嬢さま、お手伝いいたしましょうか?

クララ:あ、ありがとう、適当にひっぱりだして見せてくれる。

シャルロッテ:……これなんか、いかがでしょう、シックなブルーでお嬢さまにぴったり。

クララ:ありがとう。でも、もすこし明るいものでなくっちゃ、ハイジに負けちゃうわ。

シャルロッテ:……じゃ、これは?

クララ:それじゃ郵便ポスト。

シャルロッテ:じゃ、こっち。

クララ:サンタクロースの孫じゃないのよ。

シャルロッテ:……じゃ、思い切ってこんなのは!?

クララ:いいけどナントカ48みたい、ちょっとセンスがね、わたし的じゃない。

シャルロッテ:じゃ、こっち!

クララ:いまいち!。

シャルロッテ:じゃ……思い切ってこんなの!

クララ:あ、ミリタリー。   

シャルロッテ お気に召しまして?

クララ:……でも、それって日本の自衛隊。専守防衛って、引きこもりのイメージ。

ロッテンマイヤー:お嬢様、ハイジ先に行きましたわよ。

シャルロッテ:お嬢さま!

クララ:大丈夫。わたしの家の前一本道だから、交差点につくまでに間に合えばいいの。

シャルロッテ:じゃ急ぎましょ!

クララ:うん!

シャルロッテ:これなんか……お嬢さま……?

クララ:……シャルちゃん、それ脱いで。

シャルロッテ:え?

クララ:クララの再出発! 一からやり直しますって気持ちでメイドのコスなんかいいと……思っちゃったぞ!

シャルロッテ:こんなの、昔のアキバですよぉ。

クララ:あんなマガイモノじゃない。だって、シャルちゃんは本物のメイドなんだもの。わたしメイドインクララになる。お脱ぎなさい!

シャルロッテ:お嬢さま……。

クララ:脱げぇ!

シャルロッテ:きゃー!

 クララ、シャルロッテを追いかけ回す。やがて捕まえて、シャルロッテに馬乗りになり、メイド服を脱がせようとする。

シャルロッテ:や、やめてくださいぃ……お嬢さまは、お嬢さまは、シャルロッテでもなく。ハイジ様でもなく。お嬢さまなんですから! クララ・ゼーゼマンでいらっしゃるんですから、クララ・ゼーゼマン!

クララ:わたし……クララ・ゼーゼマン……あ、ちょっとクラってきちゃった!

シャルロッテ:はい、クララでいらっしゃいます! なにもコスチュームなんかでごまかすことなんかありません!

クララ:そう、そうよね……クララはクララのままで!

シャルロッテ:はい、さようでございます。お嬢さまはお嬢さまであるままで!

クララ:ありがとうシャルちゃん。そうなんだ、簡単なことだったんだ。わたしはわたしのまんまで……ありがとう、このままで、あるがままのクララで行くわ! じゃあね!

 駆け去るクララ、ホッと胸をなで下ろすシャルロッテ。

シャルロッテ:ああ、やっと行ったぁ。

 クララ、駆け戻ってくる。

シャルロッテ:お嬢さま!?

クララ:髪の毛ぐらいかしていかなくっちゃね(鏡に向かって髪を梳かして)ごめん、後のことはお願いね!

シャルロッテ:はい、お嬢さま!

クララ:じゃ、行ってくるね、シャルちゃん。ロッテンマイヤーさんも、バーコードの彼氏によろしくっ!

 駆け去るクララ。しばし呆然のシャルロッテ。

ロッテンマイヤー:シャルロッテ!

シャルロッテ:行かれましたよ、今度こそ……。

ロッテンマイヤー:ああやって、時間をかせいでいらっしゃるのよ。ハイジが交差点まで行って行方が分からなくなるまで……そして「間に合わなかったわ」って戻ってきては、この繰り返し。

シャルロッテ:そんなことありません。さっきはセーラー服でしたけど、今度は……今度は、ご自分のまんまで出かけられましたから。ね、そう思われるでしょアナタ様も(片づけようとする)

ロッテンマイヤー:放っておきなさい、それくらいご自分でできるようにしていただきます!

シャルロッテ:だって……。

 窓の外、この家に向かって来る男に気づく。

シャルロッテ:あ、あのバーコード!……ちょっと、おじさーん! うちのロッテンマイヤーさんに御用ですかぁ!? え、通りかかっただけ? そんなこと言わないでぇ、ちょ、待って! ロッテンマイヤーさーん、バーコ……バルコニーの下に彼氏さんっすよ! 早くしないと行っちゃう!

ロッテンマイヤー:え、あ、ちょ、いま手が離せなくて、て、テーブルクロスとかね……(''◇'')ゞ

シャルロッテ:ああ、もう手がかかるなあ。おじさーん! そこらへん一周してから戻って来てぇ! あ、アナタ様も、コンビニに行くついでにお散歩とか(^▽^)。じゃ、切りますね。えと、パソコンはむずいなあ……これかぁ?

 陽気なテーマ曲カットイン。

シャルロッテ:あ、ちがったぁ! ああ、もうあとあと! ロッテンマイヤーさん、わたしやりますからあ!


 シャルロッテそでにハケ、テーマ曲流れるうちに幕。

 

※ 本作は無料上演である限り作者名「大橋むつお」を記していただければ自由に上演していただいてけっこうです。上演許可も取らなくてかまいません。チラシやパンフレット、中高生の場合はコンクール等で連盟に提出する書類等に作者名「大橋むつお」を明記してください。連盟から上演許可書を求められる場合はメッセージなどでご連絡ください。書類を返送用の封筒を同封のうえ送っていただければ必要事項を記入して返送いたします。
 大幅な脚色、たとえば、登場人物が増えるとか減るとか性別が変わるとか、劇中のエピソードや台詞が変わる時は脚色者を記していただければ幸いです。


 2024年10月 大橋むつお

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連載戯曲・クララ ハイジを待ちながら・5・窓を開けるクララ

2024-10-10 16:48:42 | 戯曲
クララ  ハイジを待ちながら    

大橋むつお 
 
※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最終回の最後に記しておきます




5 窓を開けるクララ 

時   ある日
所     クララの部屋
人物    クララ(ゼーゼマンの一人娘) シャルロッテ(新入りのメイド) ロッテンマイヤー(声のみ)







 窓を開けるクララ。いつしか曲は止まって鳥のさえずりが聞こえる。


クララ:あ、ピーちゃんだ! 

 あれ、見える!? 見えてる!? 

 時々この窓辺にもやってくるのよ。鳥のことはよくわかんないけど多分インコ……おいでピーちゃん、こっちだよこっち。ほら、エサあげるから、ピーちゃん!

 ……行っちゃった……アルムのハイジのとこじゃ、牧場で、手をのばすだけで小鳥がやってきたものよ……うん、分かってるわ。

 あのピーちゃんは「あなたの方こそ外に出てらっしゃい」って言ってるの。

 ……わたし、ハイジとアルムの自然のおかげで、こうやって歩けるようになった。ほら、もうスキップだってできるわ。

 去年の体育祭じゃリレーだって出たのよ。フフ、信じられないでしょ。人を抜くことは、さすがにできなかったけど、順位を落とすようなことはなかったわ。持久走だってこなしたし、ランナーズハイてのも体験したわ……あれって、走り始めて三十分くらいたたないとやってこないのよね。最初の三十分までは「なんでぇ……」ってくらいきついんだけど、それ過ぎると、どこまでも、いつまでも走っていけそうな爽快感。

 そのくらいにクララは回復したの……人生も同じよね、ランナーズハイがある。

 アルムから帰って、三年くらいはそうだった……でも気づいたの。リレーとかで走るのは、ゴールがはっきりしている。でもでも、人生のゴールって自分で見つけなくっちゃいけないのよね。

 わたしたちにはそれが無いのよ……こないだね、アンがやってきたの。

 知ってる? アン・バーリー……あ、結婚する前はアン・シャーリー。そう『赤毛のアン』のアン。もう歳だけどね。わたし、娘さんのリラのほうが仲がいいの。ほら、この写真。こっちの娘さんのほうがリラ、かわいいでしょ。こっちのキリっとしてるおばさんがアン。長いこと学校の先生をやってたの。

 わたしもね、学校の先生になろうって思ったことがあるのよ……だってステキじゃない。いつまでも若い子達の弾むような感性の中で泣いたり笑ったりできるなんて、それこそ永遠の青春! 

 わたしはハイジじゃないからね。アルプスの自然から立ち上がる力は、もらえたけど。あそこはハイジの世界。

 わたしの世界は自分で見つけなくっちゃ。アンは言ってた「わたしは、いい時代に先生がやれて幸せだったって……雲が流れていくわ……アルムじゃね、あの雲はハイジを待ってくれるの……この街じゃ、あの雲はわたしを待ってはくれない。知らん顔して、流れていくだけ……え、あのハイジのブランコはどれくらいの長さがあるかしらって……フフフ、わたしも考えたわ。うん、ハイジの真似をしてみたの……ハイジって、なんでも知りたがって、くちぐせは「おしえて」だったものね……で、わたし、計算したの。振り子の周期から、あのブランコの長さは三十七・八メートルだって。で、ハイジに教えてあげたの。きっと驚くだろうって思って「わー、クララってすごい!」って言ってくれるだろうって……ハイジはなんて言ったと思う……不思議そうな顔をしてね「なんで、そんなこと計算するの?」……ハハハ……ハイジはね、ただブランコに乗ってみたかっただけなの、流れる雲の上に寝そべってみたかっただけなの。雲がハイジを待ってくれている。その感動を表したのが「おしえて」。

 わたしは、その「おしえて」を勘違いしていた。

 だから、いっそうハイジの「おしえて」がうらやましい……え……うん、大丈夫。なんでも聞いて。

 ……アハハ、遠慮してたの?……アナタって、デリカシーありすぎ。気疲れするでしょ、いつもそんなじゃ……イジメにあったことがあるかって? あなたは……あ、わたしから話さなくっちゃいけないわよね。

 イジメはないわ。ハイジに会うまでは学校にもいけなかったし。ウフフ、ロッテンマイヤーさんにはしょっちゅう叱られてたけどね。あの人はただ注意してるつもりなんだけど、口調がきついのね(かすかにクシャミ聞こえる)ウフフ、根はいい人よ……学校に行ってからは……うん、あんまりお友達はできなかったな。だれもがハイジみたいに心を開いてくれるわけじゃないし、だれでもハイジに対するように心を開けるわけじゃない。でも、その代わりイジメられるようなこともなかった。

 こんな言い方ダメかもしれないけど、イジメって、根本のとこでは、相手に対する興味の現れだと思う……ね、わたしのいたずらも同じよ。ロッテンマイヤーさんとかが反応してくれるからやってんの……アナタはぁ?

 ……いいのよ、言いたくなった時に聞かせてくれたら。

 ……あ、もう雲流れていっちゃった。さっきヒツジさんみたいな雲があったんだけどね……あれかなあ……トドみたいになっちゃったけど……わたしたちの心も雲みたいね。あっという間に流れて変わっちゃう。アルムの雲だって流れるんだけどね、ハイジは、雲がハイジを待ってくれてるように思えるわけ。

 ……あの感性にはまいっちゃう。なかなかあんなふうにはね……フフ、落ち込んでなんかいないわよ。ただ、「ちがうんだ」って思っただけ。で、わたしは、わたし自身の「おしえて」を持てばいい。そう思い直したの。

 だからこれ……この本たち。まあ、大半は図書館から借りてくるんだけどね……それにしてもすごい量? 

 う~ん……でも二千冊くらいよ。服とかも多いから。あんまり、お部屋の中ゴチャゴチャにしときたくないの。ゴチャゴチャは、頭の中だけで十分。

 ……アナタの部屋って、よく見るとステキじゃない……ううん、そんなことない。ベッドの枕のほうに机があって、パソコンとかモニターとかすぐ側なんでしょ。床に一見散らかってるように見えてる服も、ベッドの足下から、キャミとか下着、ブラウスにベスト……あ、そのジャケットとると鏡なんだ。

 起きたら順番に着て、最後は鏡で確認して出かけられる。機能的じゃない! あなたって、印象よりも合理的な人なんだ……あ、今なに隠したの!?……だめ、見ちゃったんだから、ちゃんと見せなさいよ。

 ……ステキ……それってダンスかなにかの衣装?……そうか、さっき言ってたの、そうなんだ! 言ってたじゃない、演劇部の後に入ったクラブがあるって……そうなんだ、ダンス部だったんだ!

 ……え、部員がみんなやめちゃってアナタ一人に……そう、それでもがんばろうとしたんだ……先生も忙しいもんね……授業と会議とパソコンばっかだもんね……え、IDカード……先生が首からぶらさげてる……わたしも、あれキライ。なんだかスーパーとかコンビニの商品の品質表示みたいでしょ……え、バーコード? ナイショだけど、ロッテンマイヤーさんの彼もバーコードよ(ロッテンマイヤーのくしゃみ)……頭じゃなくって、IDカードに……え、時々産地偽装してるみたいな先生も……アナタってウィットの感覚いいわよ。もっと本とか読んで感覚磨くと……アハハハ、わかった、わかったって。もうお説教みたいなこと言わないからさ……ね、ダンスのレパートリーどんなのがあるの?

 ……あ、それわたしも知ってる。ユーチューブで覚えた! ね、いっしょに踊ってみようよ……すごーいもう、コスに着替えたの!?……うん、とてもステキよ。待って、シンクロさせるから……よし、いいわよ!

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連載戯曲・クララ ハイジを待ちながら・4・体験学習感想文最優秀賞!

2024-10-08 16:39:07 | 戯曲
クララ  ハイジを待ちながら    

大橋むつお 
 
※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最終回の最後に記しておきます




4 体験学習感想文最優秀賞!

時   ある日
所     クララの部屋
人物    クララ(ゼーゼマンの一人娘) シャルロッテ(新入りのメイド) ロッテンマイヤー(声のみ)



 好きな曲をかけて紅茶を入れるクララ。

クララ:スイスの紅茶って、正直いってまずいわ……ウェー(まずそうに舌を出す)……でもね、アルムの紅茶は別よ。
 なぜだか解る? ミルクティーだからよ。アルムのヤギさんのミルクが入るとね……ガゼン別物になっちゃう。あまりの美味しさにうなっ茶う……ウウウ(幸せそうに、うなる)……分かる、今の?……うなる前よ。
「なっちゃう」と「うなっちゃう」……そう、今のが韻を踏むってこと。あ、また笑ったぁ。

 アナタって、いつから引きこもってるの……ちがうよ、外に出なくなるのは結果にすぎないの。

 実際の引きこもりは、もっと前から始まってるのよ。人の話が心に響かなくなったとか……うん、そう。人の声がなんだかテレビから流れてくる声みたいによそよそしく聞こえちゃったりするの。

 アナタは……そう、よくわかんないか……いいわよ、思い出したら教えて。わたしはね学校から行った職業体験学習……うん、介護付き老人ホームに行ったの。

 お掃除したり、食事のトレーを運んだり……ううん、直接介護に関わることはやらせてもらえない、見学だけ。お話はさせてもらえたわ。でもね、通じないのよね……「おじいちゃん、おいしい?」とか「若い頃はなにやってたんですか?」とか精いっぱいの笑顔で聞いてもね、無視する人とか……むろん認知症の人もいるから仕方ないんだけど、「おいしいよ」って笑顔で応えてくれたおばあちゃんの目の中にわたしが映ってないの。

 ペーターのお祖母さんの時みたいには心が通じないの……おばあちゃんは毎年のことだから、マニュアルどおり「おいしいわよ」……え、そうよ三日間。うん、三日間でどれだけのことが分かるってもんじゃないんだけどね……ハイジならもっと……ううん、なんでもない。

 わたし、そこで見ちゃったの。そのおばあちゃん、トイレの帰りにこけちゃって、骨折。

 大騒ぎだった……しっかりしてそうなおばあちゃんだったから、ヘルパーさんたちにも油断があったんでしょうね。娘さんがとんで来てね「要介護三の母なんです。一見しっかりしてるように見えてるけども。統合的な行動はできないんです。トイレに行って、パンツを下ろす、座る、用を足したらウォシュレットのボタン押す。パンツを上げる、手すりにつかまって立ち上がる。いちいち言わなきゃわかんないんです。入所のときにそう申し上げたはずです」穏やかにはおっしゃってたけど、目は怒ってた。
 ケアマネさんやヘルパーさんはむつかしい専門用語使って説明してたけど、言い訳してんのはわたしにも解った……娘さんは、おばあちゃんを後ろから抱きしめて「お母さん、ごめんね……」って、そして一言「安心してください。訴えたりはしませんから」……施設の人たちは、その一言でほっとした。わたしにも分かった。
 気がついたらわたし、娘さんを追いかけて「ごめんなさい、ごめんなさい……」って謝ってた。わたしって関係ないんだけどね、謝らなきゃって、居ても立ってもいられなくなったの。そしたら所長のオッサンに……おじさまに「余計なことは言うな!」って腕をひっぱられて……で、そのことを感想文にそのまんま書いたら担任の先生に書き直ししなさいって……これ見て! 

 ジャ~ン「体験学習感想文最優秀賞!」 うん、うそ八百のお涙頂戴の完全フィクション。

 笑っちゃうよね。そこからなんだか、大人と話すのがイヤになっちゃって、友だちにも谷崎潤一郎でどん引きされちゃうし……でも、不思議ね、こうやって話してみるとやっぱ違う。スルっと手からこぼれ落ちちゃうのよね……窓開けるわね、空気入れ替えなくっちゃ……え……いいわよ、アナタのお話聞いてからでも……え、首を吊ったこと!? ないない、ないよそんなこと……アナタ……やったの?……でしょうね、成功してたら、わたし、幽霊とチャットやってることになるものね……え、最初は肩が痛くなるの? 首じゃなくって……上からひっぱられてちぎられるみたいに……で……目の前が一瞬で真っ暗に……そこで怖くなって……そうなんだ。

 うん、いいわよ。聞く聞く……え、あなたって演劇部だったの。ステキじゃない!……そっか、居場所が無かったのね、学校とかで、友だちとかも……それで演劇部でやっと……え、予選で最優秀。

 やったー! 

 で、本選は……そっか、残念だったわね……それでクラブがバラバラに……それはもういい……そうよね、また来年がんばればいいんだもんね。
 演劇部の後、ほかのクラブに……それは、まだナイショ? 
 いいわよ……え、自殺防止の授業。そんなのがあるんだ、アナタの国の学校でも! 
 で、お決まりは「命の大切さ」ハハハ、ハモちゃったね。それって「平和の大切さ」と同じくらい無責任でナンセンスよね。だって、目の前に首くくろうとしたアナタがいるのにね。アハハハ……それに気づかずに「命の大切さ」笑っちゃうわよね……空気入れ替えるね。

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連載戯曲・クララ ハイジを待ちながら・3・クララのいたずらリテラシー

2024-10-06 18:06:31 | 戯曲
クララ  ハイジを待ちながら    

大橋むつお 
 
※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最終回の最後に記しておきます




3 クララのいたずらリテラシー

時   ある日
所     クララの部屋
人物    クララ(ゼーゼマンの一人娘) シャルロッテ(新入りのメイド) ロッテンマイヤー(声のみ)




 シャルロッテが口を押えながらやってきて、部屋に入った堰を切ったように途端笑いだす。


シャルロッテ:アハハハハ、ああ、おっかしい! アハハハハ……お嬢様、今の最高でしたよ!

クララ:シャルロッテ、あなた見てたの?

シャルロッテ:ええ、おっかしくって。ここまで来るのに、笑いこらえるの必死でした!

クララ:でも二度目じゃね、インパクトないわよ。

シャルロッテ:いいえ、ロッテンマイヤーさん、三十秒はオロオロなさってましたわ。

クララ:え、すぐに気づいたんじゃないの?

シャルロッテ:いいえ、受話器たたいたり、電話線ひっぱったり。わたしはなんのことやら……でも受話器のポッチのとこにセロテープ貼っとくなんて、よく考えつきましたわね。あれじゃ、いくら受話器とっても鳴りやみませんものね。

クララ:ハハ、そうなんだ。シャルロッテ、今度はもっとすごいこと考えてんのよ。

シャルロッテ:どんなことなんですか?

クララ:新案特許よ。トイレの便座の一番下のとこにね、ラップを張っておくの。わかる? トイレで用を足そうとして一番上のフタを上げるでしょ、そして座って、なにをね、しようとしたら……。

シャルロッテ:まあ、それって……。

クララ:シャルが最初にひっかかったら、かわいそうだから言っとくね。あ、まだ実行するってとこまでは思い切ってないから(モニターに)アナタも、そう思う「やりすぎ」だって……う~ん……わたしの心の中にも、そう、心理的にね「いたずらリテラシー」ってのがあってね。今、審理中なのよね、ただ単なるドッキリの追求でもだめだしぃ、そこには審美的な要素もね、だからね、わたしの中で悪魔と天使が審理中……。

シャルロッテ:ウフフ……。

クララ:え、なにかおかしい?

シャルロッテ:だって、心理と審理と審美をかけたシャレでございましょう?

クララ:アハハ、あのね……。

シャルロッテ:あ、もう行かなくっちゃ。ロッテンマイヤーさんに叱られます!(いったん袖に駆け込む。派手に階段を転げ落ちる音と悲鳴。少し間を置き、腰をさすりながら登場)おトイレ入るときには気をつけますね(去る)

クララ:ああいう子なの。フィーリングはいいんだけど、わたしのことソンケーしすぎ。偶然にゴロが合っても、わたしのウィットだと思ってくれちゃうの。
 あ、こないだのアナタのホメゴロシ、ちょっとムズイよ……え、相手には通じた?そりゃ、相手は専門のローリング族だもん「さすがはセダン。ゆっくり走ってもサマになる」通じて大爆笑でしょうけど、車のこと知らないと、ちょっとね……なによ、ちょっと顔がたそがれてるわよ……え、「なんでもない」?
 フフ……こんなことばっかやってる自分が、ちょっと虚しくなってきたんでしょ。
 だめだよ。引きこもっててもハートはちゃんとチューンしとかなきゃ。いつかは、外へ出なくっちゃいけないんだからね。
 ……そうね、今日はわたしがお話する番だったわね(パソコンを操作する。ホリゾントに映像が出るといい)これがアルムのオンジのお家。後ろにあるのがモミの木。
 そう、有名な『アルムのモミの木』よ。ここでわたし歩けるようになった……すてきなわたしの思い出……ううん、ジャンプ台……わたし、自分が歩けるようになるなんて思いもしなかった、ほんとよ。
 自分の足で立てることさえ夢だと思っていた……そう、みんなハイジのおかげよ。そこまではアナタも普通の人でも知ってるでしょ。
 ……え、アハハハ、そんな学校の読書感想文みたいなこと言わないでよ。「ハイジを育てたのはスイスアルプスの豊かな自然だった。その自然とそこに育つ心こそがクララを立たせ、歩かせた!」
 そりゃそのとおりだけどね。あなたの国の憲法の前文みたいなものよそれって。「平和を愛する諸国民の公正と真義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した……で、国際社会に名誉ある地位を占めたい」アナタも覚えてんだここ……え、ハハハ……停学になったとき課題で十回も書かされた?
 なんで停学になったの……え、先生に「こんにちは」って挨拶しただけ……なんで……側にいた友だちがタバコ喫ってた……それで、ソバテイ? おソバの定食? おソバと五目ご飯がいっしょになってるような……え、同席規定……タバコ喫ってる友だちの側にいただけで停学に。
 そうなんだ……「喫うな、喫わすな、喫ったら離れろ」……なんだか火の用心の標語みたいね。
 あ、あのね、アルプスの自然は豊かじゃないの。言うたかないけど……わかる? あ、笑った! おやじギャグなんかじゃないのよ、韻を踏んだのよ韻を……あのね、同じ音を重ねることによって、言葉や、文章にリズムが出てくるって、格調高い表現なのよ。
 さっきの偶然のゴロ合わせのほうがおもしろい? ええと、なんだっけ……そうそう、アルプスの自然は言うたかないけど、豊かじゃないの。つまり食えない国だったのよ。
 ……その「くえない」じゃないわよ。スイスって、したたかでくえない国だけど、それは食えない国だったから……つまりね、昔は貧しくって食べていけない国だったの。
 そう、文字通りよ。だから昔から男が体を売って……って、へんな想像しないでよね。
 ……そう、一種の出稼ぎ。傭兵よ、傭兵。外国に雇われて、兵隊になること。アナタの国にもいるでしょ、外国から来た人が介護士やら、看護師やってんの。あれの兵隊版。
 そう、かっこよく言えば外人部隊。時にはスイス人同士が敵味方に分かれて戦うこともあったのよ。
 フランス革命でバスティーユ牢獄が襲撃されたとき、バスティーユを守っていたのもスイス人の傭兵たち……え、世界史の授業みたい? 
 我慢して聞きなさい。この傭兵制度は1874年の憲法改正で、禁止されたんだけどね。
 あ、バチカンだけは例外。ローマ法王がいらっしゃる世界最小の国。サンピエトロ大聖堂ってのがあって、今でもここの兵隊さんだけ、例外的にスイス人のオニイサンがやってるんだけどね。
 まあ、それだけスイス人傭兵って信用があったのね。で、ハイジんとこのオンジがね若い頃やってたらしいの。オンジって分かるわよね。ハイジのおじいさん。へんくつ者で通ってたけど、オンジには、そういう背景があるのよ。
 でも、その心の奥には責任感と、人と自然への豊かな愛情があるの。ハイジにはそのオンジの血が流れてる……その心に支えられて、このクララは立って歩けるようになった。ちょっとお茶を淹れるわね。

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連載戯曲・クララ ハイジを待ちながら・2・クララのいたずら

2024-10-04 14:19:29 | 戯曲
クララ  ハイジを待ちながら    

大橋むつお 
 
※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最終回の最後に記しておきます




2 クララのいたずら

時   ある日
所     クララの部屋
人物    クララ(ゼーゼマンの一人娘) シャルロッテ(新入りのメイド) ロッテンマイヤー(声のみ)


クララ:聞こえちゃった……でしょうね。聞いちゃったもの仕方ないわよね……そう、わたしはクララ・ゼーゼマンよ……え、知らない!?(ズッコケる) 
 あなた、『アルプスの少女ハイジ』知らないの? ハイジは知ってるけど、クララは知らない……って? 
 ほら、ハイジがフランクフルトの街でゼーゼマンて、わたしんちだけど、そこにわたしの話し相手にって連れてこられて……そうそう、ハイジが夢遊病になったり、ペーターのお祖母さんに白いパンを持って行こうとして叱られたり、わたしが『七匹の子ヤギ』の話で、ハイジを慰めたり……うん、ハイジにアルムの山に連れて行ってもらって、歩けるようになった……なんだ、知ってるんじゃないの。
 え……でも、その子がクララだってことは忘れてた? ううん、いいのよ、わたしって脇役だものね……でもね、あなたも引きこもってるんなら、もうちょっと勉強したほうがいいわよ。
 だって、時間は腐るほどあるけど、人生の長さって、引きこもっていようが、ハイジみたいに飛び回っていようが変わりはないんだからさ。本くらい読みなさいよ。
 図書館くらいいけるでしょ……え、コンビニには行くけど図書館なんか行ったことない……図書館って税金で出来てるんだから、行って少しは取り戻さなきゃ損よ……税金なんて払ってない? 
 そんなことないわよ。あなたが使ってるパソコンだとかネットの使用料だとか、スマホとかパケットとか、それこそ着てる服とか、吸ってる空気にだって税金かかってるんだから……ごめん、責めてるつもりじゃないのよ。
 わたしって銀行員の娘だから、そういうとこシビアなの(本をとりにいく)ほら、これなんかいいわよ『西の魔女が死んだ』わたしたちと同じ引きこもりの子の本なんだけど、とても……なんてのかなぁ、ファンタジーなの。
 最後なんか泣けちゃって、ジーンときちゃって……だめだめ、中味は自分で読みなさい。検索しなさいよ、どこの図書館にもあるわよ(かすかに電話の鳴る音)
 あ、それから、赤川次郎。これもいいわよ。ちょっとブルーな時でも軽く読めちゃって元気でるから。『三毛猫ホームズシリーズ』とか『三姉妹探偵団シリーズ』とか、古いとこじゃ、『探偵物語』『セーラー服と機関銃』とかおすすめよ。『シリーズ』なんかもいいわよ。年に一回出るんだけど、主人公が毎年歳をとっていくの。爽香が十五歳で始まって、今は四十前後……

 え、電話? 

 ハハハ……あれ鳴りやまないの。ちょっとね……それからね……(本を探す)えーと……これこれ、谷崎潤一郎、ちょっとハマっちゃったけど、出てくる女の人みんなマゾなんだもんね。たまに行った学校で「好き」って言ったら、みんなにどん引きされちゃった。
 え、アナタも知らない……じゃあ、これなんかどう『魔女の宅急便』。ううん、アニメじゃないの、原作よ原作。角野栄子さんの本でね、全六巻あるの。キキが結婚して子供たちが、旅立つまで、二十四年もかかってんの。なんか、爽香シリーズに似てるでしょ。もっとすごいの、エド・マクベインの八十七分署シリーズ。五十年も続いたのよ……う~ん、イマイチ……じゃあ『ワンピース』のお話でも……。

ロッテンマイヤー:お嬢様ですね、このいたずらは!?

クララ:さすが、ロッテンマイヤーさん。もう気がついた!?

ロッテンマイヤー:二回もひっかかりませんよ!

クララ:え、わたしって、もうやっちゃってたっけ?

ロッテンマイヤー:ええ、三カ月と三日前。

クララ:よく覚えてたわね?

ロッテンマイヤー:ええ、わたしの誕生日でしたから。

クララ:ああ、五十歳の……。

ロッテンマイヤー:いいえ四十九歳でございます!

クララ:同じようなもんじゃない。

ロッテンマイヤー:いいえ、ものごとは正確に記憶しなければなりません。

クララ:はいはい。

ロッテンマイヤー:「はい」のお返事は一回でけっこうでございます。

クララ:は~い。

ロッテンマイヤー:お嬢様!

クララ:はい!

ロッテンマイヤー:あ、そうそう、今のお電話、お父様からでございました。

クララ:え、お父様!?

ロッテンマイヤー:お客様がおいでになるけれど、ハイジとか、お友達が来られたら、遠慮せずに遊びにいきなさいって、おっしゃっておいででした。

クララ:はい。

ロッテンマイヤー:わたしも、そう望んでおりますので。では。

クララ:はい……はい(モニターに向かって)?……え、今のいたずらアナタも覚えてた? わたし、話したんだっけ?
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連載戯曲・クララ ハイジを待ちながら・1 クララの秘密

2024-10-03 17:18:21 | 戯曲
クララ  ハイジを待ちながら    

大橋むつお 
 
※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最終回の最後に記しておきます




1 クララの秘密

時   ある日
所     クララの部屋
人物  クララ(ゼーゼマンの一人娘) シャルロッテ(新入りのメイド) ロッテンマイヤー(声のみ)



 ヨーデル明るく流れる中、幕が上がる。中央にクララの椅子。あとの道具は全て無対象。クララがヨーデルに合わせ鼻歌を口ずさみながら取り散らかした衣装を片づけている。やがて点けっぱなしにしていたパソコンのモニターの大画面(客席)に気づく。


クララ:あ、点けっぱなし(スイッチを切ろうとして)あ、そっちも点けてたのね。やだぁ、わたしってこんなに散らかしっぱなしで……え、アナタも似たようなものなの? カメラ回してよ……アハハ、ほんとだあ。似たもの同士ね。もう一カ月……え、三週間? まだそんなものかなあ……「ニコプンサイト」で知り合ってぇ、チャット始めてぇ、すぐにボイチャ。カメラ付けたのは三日前……かな?(この間、ノックの音が数回するが、クララは気づかない)


 このとき下手からメイド服のシャルロッテがやってくる。


シャルロッテ:失礼します、お嬢さま……あ、お手伝いいたしましょうか?


クララ:あ、いいのよいいのよ、いつもこうなんだから。

シャルロッテ:でも……あ、チャットやってらしたんですか?

クララ:ああ! ナイショナイショ!

シャルロッテ:あ、はい。はいです……フフフ。

クララ:フフフ……ま、見られたんじゃ、しようがないか。あ、この子、先週うちにやってきたばかりのシャルちゃん。メイド服、初々しいでしょ!

シャルロッテ:(モニターに向かって)あ、えと……わ、わたし、先週からここでお世話になっている新入りのメイドです。お嬢さまはシャルって縮めておっしゃいますけど。い、いちおう、そういうことでご承知おきくださいませ。

クララ:ほんとはシャルロッテさん。

シャルロッテ:あ……。

クララ:で、シャルちゃん。わたし、ちゃんと人には敬称つけるんだからね。よくお笑いタレントさんたちのことを呼び捨てにする人いるけど、わたしはキライよ。人を粗末にすることは自分も粗末にすることなんですもんね。クララの人生リテラシー!

シャルロッテ:あ、あの、お嬢さま、チャットでリアルネームは……。

クララ:わたし、きちんとしたいの。むろん相手によりけりよ。この人は信じていい人。だから、リアルネーム。でもむろんファミリーネームは非公開。住所とかもね、わたし個人の信条でやってることだから。

シャルロッテ:この方のハンドルネームはぁ?

クララ:アナタ。

シャルロッテ:アナタ?

クララ:穴ぼこの穴に田んぼの田。

シャルロッテ:アハハ、おもしろいハンドルネームですね。

クララ:ウソウソ、普通の三人称のアナタ。わたしがそう決めたの。ほんとは別のハンドルネーム使ってらしたんだけど。わたしが、そう提案したの。もう元のハンドルネーム忘れちゃった……いいのよ。今さら言ってもらわなくても。もし、いつかリアルネーム教えてもらえたら、そのときはね。

ロッテンマイヤー:(声) シャルロッテ、お嬢様のおじゃまをしてはいけません。

シャルロッテ:はい、ロッテン……。

ロッテンマイヤー:どうかしたの?

シャルロッテ:いいえ、すぐにまいります。

ロッテンマイヤー:そうしてちょうだい。今夜は旦那様がお客様をお連れになってこられるんだから、ゼーゼマン家として恥ずかしくない準備をしなくてはならないんですからね。

二人:あ……!

ロッテンマイヤー:ゼーゼマン家は、この街でも由緒正しい……なにかございまして、お嬢様?

クララ:ううん、なんでも(シャルロッテをインタホンから遠ざけて)チャイルドロック外して、チャットやってんのはロッテンマイヤーさんにはナイショだからね。

シャルロッテ:はい、承知しました。

クララ:あの人に知られたら、お父様には百倍くらいに誇張して言いつけられちゃうから。バレたら、クララはパソコン取り上げられるし、シャルちゃんはここに居られないかもよ。

シャルロッテ:は、はい、お嬢さま!

ロッテンマイヤー:シャルロッテ!

シャルロッテ:はい。今まいります! じゃ、お嬢さま。わたしで役に立つことがございましたら、いつでもどうぞ(モニターに)アナタ様も、お嬢さまのことどうぞよろしく。で、さっきのおばさんの声は聞こえなかったってことで……(下手に去る)
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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・12

2020-04-12 06:33:58 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・12     

時   現代
所   東京の西郊

登場人物

瞳   松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生


 
美保: だけど……。
瞳: だけど
美保: わたしの人生なんだから、その……自分で見つけなきゃ。
由香: ……。
美保: そうさせてください……。
瞳: 美保……。
美保: 先生……!
瞳: よく決心した。
美保: うん。
由香: よかった!(拍手。感動的なBGMが入ってもいい)
瞳: と……ドラマだったら、美しく終わるんだろうけど、そうはさせないわよ。
二人: え……?
瞳: あたしのこと、一発シバキな。
二人: え……?
瞳: いいから、そうしないと幕が下りない……いいから、こうやって(美保の手を取る)
美保: いいよ……先生。わたしの中じゃ、帳尻あってっから。
瞳: あたしの中で帳尻があわないんだよ……あたしは、あたしは……美保のことを……。
美保: 辞めさせるための、アリバイ指導……だったから?
瞳: ……分かってたの?
由香: あなた……。
美保: 優斗も拓也も香弥奈も、辞めてった。みんな知ってるよ。
 あたしたち、そのへんはバカじゃないから……ううんバカだから、ちゃんと、わたしたちのこと見てくれてるかは分かるんだ。
瞳: 美保……。
美保: そんな顔してたんじゃ、生徒は寄ってきてもオトコは寄ってないって……みんな本気で心配してたんだよ。
由香: プフ……。
瞳: 笑うなあ!
美保: だから、だから……あたしは一人でやっていくから。
瞳: あたしのオトコの心配なんて百年早いわよさ。
由香: でもこの子の指摘は確かだよ。
瞳: でも、今の美保の決心なんて、朝になっちゃえば忘れっちまう。
 そんな無責任な幕は下ろさせないからね。美保は、わたしといっしょにペンションに行く。いいな!
美保: でも……。
瞳: でも……?
美保: そこまで先生に頼りたくない。
瞳: 頼りたくなくても、頼りないぞ。ヘタレだぞ、美保は。
美保: ヘタレにもヘタレの意地があるから……。
瞳: 美保……。
由香: じゃ、ジャンケンで決めたら!
二人: ジャンケン……?
由香: 恨みっこ無しのジャンケン。
二人: よし!
由香: 三本勝負……いくよ。
二人: おお!
由香: 最初はグー……。
二人: ジャンケンポン! 
瞳: 勝った!
美保: もう一本!
瞳: おーし!
由香: 最初はグー!
二人: ジャンケンポン! ポン! ポン!
瞳: 勝った!
美保: 先生、強いなあ……!
由香: さすがチョキの……。
瞳: オホン。教え子を思う教師の真情よ、真情……最後のね。
美保: 先生……でも……。
瞳: この期に及んで、まだ「でも」かよ。
美保: でも、その……ペンションが気にいってしまったら……。
瞳: そうしたらずっとそこにいたらいいじゃん……そして……
 そして何か開けたら、その時はその時。素直にさ……美保の紅茶、ペンションの名物になるかもしれないよ!
美保: 先生……。
瞳: なんか文句ある?
美保: あ、ありません!
由香: わあ……見てごらん、むこうの雲が晴れて都心の方まで見わたせる。1300万人分の明かりだ……。
二人: うわあ、きれい……。
由香: 1300万分の二のエピソードの……新しい始まりだね……。
美保: 胸の内さらけだしちゃった。
由香: だね。
瞳: まだまだ、ここは一発叫ぼうよ、胸の内をひっくり返してさ。
美保: はい。
瞳: いくぞ……。
由香: わたしも入れて!
瞳: トギュアザー!
美保: じゃあ……一、二、三!
三人: うわー!!
瞳: 記念写真撮ろう、三人揃って!(デジカメをとり出し、三脚にすえる)
美保: 写真撮るんだったら、もうちょっとましなナリしてくるんだったな。
瞳: それで十分。あるがままの自分でいいよ。
由香: 今度は三脚大丈夫でしょうね?
瞳: バッチリ……だと思う。いくよ!

 タイマーがかかりカシャリとシャッターが切れる。
 この少し前からエンディングテーマFI、三人無邪気に写真を撮りあう。ここで急速にFUしつつ幕。
 

 
 
 
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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・11

2020-04-11 06:43:37 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・11    
 
 
※ 無料上演の場合上演料は頂きません。最終回に連絡先を記しますので、上演許可はとるようにしてください。
 
 
時   現代
所   東京の西郊

登場人物

瞳    松山高校常勤講師
由香   山手高校教諭
美保   松山高校一年生
 



美保: バイトしながら考えたの……バイトは休んだことない。
 バイトだったらがんばれる……ゼロじゃない、十にも二十にもなれる……なれるんです。
 だけど学校ではゼロ。なぜだろうって……給料もらえるから? 友達がいるから? 仕事が楽しいから?
 ……全部答えのような気がして、だけど全部答えじゃないような気もして……
 けっきょく一言で言えるような答えは出てこなかった。だけど学校ではゼロ。
 あたし気が弱いから学校続けるって言ったけど……ゼロの場所にいても仕方がない。
 「がんばります」って言うたびに空しい、自分がカラッポになってくばっかで……
 自分にも先生にも嘘ついてるばっかで……そんなことばっか思ってたら、久々にバイトで失敗して……
 トレーごと片づけてた食器ひっくりかえしちゃって(傷ついた手を隠す)
 店長に「どうしたんだ?」って言われて、心がそこにない自分に気がついて……(涙が頬を伝う)
由香: それがどうして、水汲むことにつながっちゃっうの?
美保: 学校辞めようって、その時思った……そのことを、この気持ち大石先生に伝えたいって思って。
 そうしたら、店長が手当をしてくれながら「それじゃ、この紅茶持ってって、先生と飲みながら話してこいよ」って。
 そうしたら、水は、ここの水が一番合うから汲んでこいって……教えてもらった……もらったんです。
瞳: ……そっか。
美保: お母さんに電話で話したら、それがいいって言ってくれて……先生、家にも電話したんだね?
瞳: ……うん。
美保: ちょっと前か、他の先生だったら、ただチクられたって頭にくるだけだっただろうけど。
 夕方先生と話したら……ああ、上手く言えない。
由香: ストレートでいいわよ。
美保: うん……何もかも、ストンと心の中に落ちた。そんで、先生に会いたかった!
瞳: 美保……。
美保: あたし、こう見えても、紅茶の出し方店で一番うまいんだ……いっしょに飲んでください。
瞳: うん。じゃ、あたしも素直に言うね……あたしもね、あたしも二学期いっぱいで学校辞めようと思って……。
美保: 先生……。
由香: ……。
瞳: 姉ちゃんがダンナといっしょに長野でペンション始めるから、そこで働こうと思って……。
美保: そんな……先生は先生でいて欲しい……大石先生はやっぱ先生だよ。
 先生は……先生だけでも、先生でいてほしいよ。辞めるあたしが言うのも変だけど……。
瞳: 話は最後まで聞いてくれる。
二人: え?
瞳: 今の美保の話聞いて、三学期いっぱいいっぱい居ようと思ってきた。
美保: 先生!
瞳: でも三学期までね、契約だから。
美保: 本雇いになる夢は?
瞳: もう三回も試験に落ちたし、あたしまだ二十四歳だし……。
由香: 今夜限りだけどね。
美保: 先生、明日誕生日だったの?
瞳: そーよ、その記念すべき日の退学生があんた。二十四の瞳も今夜限りよ……。
美保: 二十四の瞳……。
瞳: ハハ、……いろんな意味でね。
美保: あたしと七つしかかわらないんだ。
瞳: それが、どうかした?
美保: あたし……決めた、決めたんです。
 二十四ぐらいまでは、自分探すためにいろいろやってもいいって。
 お母さんも、今の仕事で身をたてるって決心したのは二十四の時。
 だから、お母さんも二十四ぐらいまでにって……だから先生も二十四だったら、
 まだ色々自分の道をさぐっていてもあたりまえじゃない。お互いしっかりがんばろうよ!
瞳: はあ……って、なんであたしがなぐさめられんだよ!
三人: アハハハ……
瞳: そうだ! ねえ美保、三学期まで今のバイト続けて、その後いっしょにペンションで働かない?
二人: え!?
瞳: ささやかなペンションだけど、一応株式会社、あたしもちょびっと出資してるから取締役の一人なんだ。
 だから従業員一人決める権限くらいはある。そうしよう、お父さんお母さんには、あたしから話したげるから! 
 そこで、お互い次の道をさぐればいい。そうしよう!

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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・10

2020-04-10 06:28:20 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・10   
 
 
 
時  現代
所  東京の西郊

登場人物

瞳    松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生



瞳: 目の下、すぐに学校が見えるでしょ?
由香: え、ああ……校舎の一階、まだ電気がついてるよ。
瞳: ああ、生指の部屋。また何かあったんだろうね。
由香: ……大変なんだねえ。
瞳: 由香は、この仕事定年までやってるつもり?
由香: ……あんまり考えてない。瞳の学校みたいなとこ行ったらもたないかもしれない。
 でもさ、その時はその時。さっさと異動希望出して、どこへなと渡り歩いていく。
 そして、ちょっと小ましなとこに行けたらドンと腰を落ちつけて……。
瞳: オバンになっていくか……。
由香: ハハハ、酒はまだ半分残ってる。チビチビといくわ、わたしは。
瞳: いい性格してるわよ、あんた。
 
 この時、一台のオートバイが近くに停車する音がする。

由香: やだ、こんなとこに族?
瞳: 一人みたいね……他にいるかも……。
由香: ポリタンに水汲んでる……普通の人かなあ?
瞳: いや、あの排気音に、あのバイク。族か、ジュニア……。
由香: あんまりジロジロ見るんじゃないわよ、インネンつけられるよ。
瞳: あの体つき、女の子ね。首まわして、肩揉みほぐしてる。
由香: メット脱いだ……。
瞳: あ、あいつ!(下手に駆け込む)
由香: あ、瞳!

 瞳が投げ飛ばされて下手から現れる。美保がそれに続く。

由香: 痛ってー……!
瞳: どういうつもりだ、夕方話したばっかりじゃないか!
美保: ……。
瞳: 先生、十日はもつかと思ったよ、それが半日ももたないか! 夕方の美保はまだゼロだった。
 いや、まだ素直に話聞いてたから、〇・五くらいはあった。
 それがどーよ、半日もたたないうちに多摩丘陵をバイクで走りまわるか!? 開いた口が塞がらないよ!
美保: あたしね……
瞳: 腐った言い訳なんかすんじゃねえよ、この……!(思わず手をあげる)
由香: だめ! 生徒に手をあげちゃ!(瞳を羽がいじめにする)
瞳: 放せ、由香! 一発くらわしておかないとこいつの性根は……。
由香: 瞳、教師が感情に走っちゃだめなんだって!
瞳: ここで感情に走らなきゃ、どこで走るのよ!
由香: ……首都高とか……山手線とか……グルグルっと……。
瞳: くっ……。
由香: ……もう、大丈夫?
瞳: 大丈夫、由香の下手な洒落で落ち……(由香の羽がいがとける)
由香: 落ち着いた?
瞳: 落ち込んだ……これがあたしのダメなとこ……十分わかってたはずなのに……
 明日退学届送ってやるから、サインしてハンコついて持っといで……
 さ、行こっか(車に乗り込む)由香、さっさと……。
美保: ……(物言いたげに瞳を見ている)
由香: 瞳、話だけでも……。
瞳: 必要なし! あたしにだって限界ってものがある。
 せっかくのバースデイイブが台なしだ、さっさと乗って! 行くぞ!(アクセルを踏む)

美保: あたし、先生のために水汲みに来たんだ!

瞳: !(ブレーキをいっぱいに踏む)
由香: イテッ!
瞳: (車から降りて)今、なんつった?
美保: ……。
瞳: なんて言ったって聞いてんのよ?
美保: もういい、どうせ学校辞めるんだから!(駆け去ろうとする)
瞳: 美保!
由香: せ、先生のために水汲みに来たんだって……言ったんだよね?
瞳: どーいうことよ……。
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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・9

2020-04-09 06:31:23 | 戯曲

連載戯曲

エピソード 二十四の瞳・9        

 

時  現代 所  東京の西郊
登場人物
瞳    松山高校常勤講師 由香  山手高校教諭 美保  松山高校一年生 



 
 
瞳: 左右の景色、よく見てみ~。
由香: え……ああ車が……五、六、七……もっといる。ここってデートスポットだったんだ。ねえ……車の間隔がほとんど等間隔。
瞳: カップル同士の自然の間隔。
 お台場のカップルなんかも自然に等間隔になるって言うよ(双眼鏡を出す)夜間の生徒の行動監視用……。
由香: こんなことまでやってんの?
瞳: という名目で、生指部長が持ってたのを預かってんの。
由香: ……とりあげたんだ。
瞳: 見てみ~。
由香: ……みんな、よろしくやってる……ちょっ邪魔!(運転席の瞳を押しのける)
瞳: イテ!
由香: ……あの車、揺れてる(生つばを飲み込む)
瞳: その手もとの赤いボタン押すと解像度があがって、よりはっきりくっきりと……。
由香: ……もういい!
瞳: ちょっと刺激的すぎた?
由香: もう、他の場所に行こう!
瞳: いいじゃん、こっちが気にしなかったら何でもないんだから。
由香: だって……。
瞳: いっぺん気にしたら、どうしようもないってか?
由香: もう、瞳!
瞳: 何につけ、人間の心ってそういうもんだよね……。
由香: 早く車出して!
瞳: へいへい、じゃ別のスポットに……(バックで車をもどし、本線にもどる)
由香: 瞳、平気なの、ああいうの?
瞳: 補導で時々見かけるからね、あのカップル達は距離といい、たしなみといい、行儀のいい方だよ……
 距離って言やあ、昔はもっと離れていたよな……。
由香: 何の?
瞳: 学校対生徒と親……それぞれのポジションと距離があった、さっきのカップル同士みたいにね。
 それが、今は違う。ピッタリ距離をつめて、息の仕方から、身のふるまい方まで教えなくちゃならない……
 三脚の脚一本でカメラを支えているようなもの。できるもんかそんなこと! 
 だからやってるフリをする。しつこいほどの家庭訪問、コンビニみたいに品数揃えた総合学習、選択授業。
 うちの生徒なんか、その移動教室覚える前に辞めてっちまう。
 そして辞めていくまでカウンセリングに進路指導……できるもんか……。
由香: 瞳……。
瞳: 今、由香がカップル同士の車の中で耐えられなかったように、今はともかく……
 将来は必ず耐えられなくなる。うちの正担任の小沢先生みたいに、体か心のどこかがイカレてしまう。
 知ってる? 教師の寿命って、他の業種よりも短いって……。
由香: ほんと?
瞳: こんなのもあるんだよ、ILOの報告(雑誌を渡す)。
由香: ええと……国際労働機関。
瞳: そこの報告によると、教師の現場でのストレスは、戦場における兵士のそれに匹敵するって。
由香: ほんと?
瞳: ほんと……って言っても、辞めるって決心したあたしが言うんだから、
 アハハ、負け犬の遠吠えだけどな……ほい、穴場中の穴場。ちょっと揺れるよ(ガックン、ガックン)
 どーよ、この景色。気に障るアベックもいないし、いいとこだろ?(車から降りる)
由香: うん、さっきの倍ほどいいじゃんか!
瞳: 昼間に来るとね、あのへんに湧き水があって、お地蔵さんとかがあるんだ。
 なんでも、ナントカ上人が八百何十年か昔に、ここらへんが水飢饉だった時に、杖でポンと突いたら湧き出した水なんだって。
 昼間はコーヒーやらお茶の水用に汲みに来る人が、ちょくちょくいるよ。
由香: 最初から、ここに来ればよかったのに。
瞳: あたしは、さっきのとこで由香の情操教育をしてあげようって思ってさ。
由香: なによ、わたしの情操教育って?
瞳: 教師は独身の率も高いからね。
由香: アー、知ってて連れてったってわけ? 余計なお世話!
瞳: アハハ、怒るな怒るな……ほんとうは、ここ、あたしあんまり好きじゃないんだ。
由香: どうして?

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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・8

2020-04-08 06:47:25 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・8    

 
時  現代
所  東京の西郊

登場人物

瞳    松山高校常勤講師
由香   山手高校教諭
美保   松山高校一年生
 
 
 
 
 
 瞳のミニクーパー。BGMが、タイヤのソプラノに変わって明るくなる。

瞳: ヒヤッホー! 聞いた!? 
今のドリフト! タイヤのソプラノ!……
 ほら、もういっちょうS字カーブ(右に左にドリフトし、タイヤがキュンキュン、歓喜の声をあげる)たーまらん!
由香: た、頼むから、もうちょっと穏やかに走ってもらえない。
 わたし、車弱いとこへもってきて、アルコール入ってるから……ウップ。
瞳: 仕方ないわねえ。ほらヘド袋、車の中汚さないでよ。
由香: ……大丈夫、飲み込んだから。 
瞳: うわあ、息がヘド臭~い。ほら、ウーロン茶と口臭消し。            
由香: ありがと……。                              
瞳: 大丈夫?
由香: うん、普通の運転になったから大丈夫。
瞳: つまんねえなあ……。
由香: つまんないのは、こっちだわよ!
瞳: へいへい、安全運転安全運転……。
由香: ねえ、さっき言ってたペンションの話って、本気?
瞳: あたりきしゃりきにブリキのバケツ!
由香: 真面目に。
瞳: あたしは、いつも真面目ー。
由香: それじゃ言うけど、ペンションって御客つくまでが大変だって言うよ。
 こんなこと言って失礼だけど、軌道に乗るまでは海のものとも山のものとも……。
瞳: 山のものってきまってるじゃん。
由香: え?
瞳: だって長野県だもん、山しかないよ。
由香: 真面目に。
瞳: だから真面目だって。
 姉キのペンションは、前のオーナーが歳くって引退するからそのあとを譲り受けての経営。
 だから、固定客が最初から付いてんの。あたしも姉キも元を正せば、その固定客の一組だったんだけどね。
由香: なるほどね、瞳なりの固い計算があった上での話なんだ……。
瞳: あたりまえじゃん、一回ポッキリの人生だもん、いろいろ考えた末の結論よ、
 ヘラヘラしてるようでも考えるとこは考えてんのよ……ほい着いた(急ブレーキ)。
由香: ゲフ……痛いでしょ、急ブレーキかけたら。シートベルト食い込んじゃったよ。
瞳: 見てみぃ、この山頂からの夜景……。
由香: うわあ……。
瞳: もちょっと晴れてたら、都心の方まで見えんだけどね。

 

瞳: あたし、この夜景見て決心したんだ。
由香: この夜景で?
瞳: うん、この夜景の下にあたしはいない……。
由香: え?
瞳: だって、見てるあたしは、この山の上。
由香: ハハ、そういう意味? でも、そんなの簡単じゃん。
 山から下りて、家の明かりの一つもつけたら、この素敵な夜景のワン・ノブ・ゼムになれるじゃん。
瞳: 千三百万分の一のね……デジカメの画素以下。あたしなんか、いてもいなくてもいっしょ。
由香:タソガレ通り越して、暗闇じゃんよ。
瞳: 違う、楽になれたのよ。
由香: え?
瞳: あたし一人が抜けても、この夜景には何の影響もない……
 だったら、あっさり抜けちゃってもいいんじゃないかって。
 それなら、学年末まで義理たてなくても、きりのいい二学期末でおさらばしてもいいんじゃないかって……
 あたしがいなくても辞めてく奴は辞めてく。
 多少もめることにはなるかもしれないけど、この千三百万の明かりの、ほんの一つのささやかなエピソード
 (歌う)ケ・セラ・セラ、なるようになる……と、アララ……。
由香: どうしたの?

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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・7

2020-04-07 06:06:21 | 戯曲

連載戯曲

エピソード 二十四の瞳・7        

 
 
 
 
時  現代
所  東京の西郊
 
登場人物
 
瞳    松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生
 
 
由香: よし、今度は瞳の採用試験合格を祈って……!
瞳: それはいい。
由香: え?
瞳: あたし、もう辞めようと思ってんの。
由香: ……どういう意味?
瞳: 教師になるのやめようと思って……。
由香: なに言ってんのよ、らしくもない。たった三回試験に落ちたぐらいで。
 たった今わたしを励ましてくれたところじゃないの! 自信を持とうよ、自信を!
瞳: 違うの。教師って仕事そのものに魅力を感じてない、感じなくなった。
 写真見てつくづく思った。まあ、もともと車に乗るための金と時間欲しさのデモシカだけどね。
 見ると聞くとで大違い、三年やって、場違いだってのがよくわかった。
 さっきも言ったけど、教育は掛け算なんだよ。
 ゼロやらマイナスの子たちばかり相手にして、空っぽの卵のカラだけいじくりまわしてると……
 なにか、自分の持っている数字まで小さくなっていくような気がしてね。
由香: 考えすぎだよ、そんなのやってるうちになんとかなるって。
瞳: 由香は感覚が違うのよ。学校も、山手みたいな温泉学校にいるから。
由香: 瞳だって、試験に受かって正式採用になれば変わるわよ。
瞳: 夕方、グチこぼしてたのはだあれ?
由香: グチぐらい誰でもこぼすでしょ。みんなグチこぼして、なけなしの元気を絞り出してやってるんじゃない。
瞳: あたしのはグチじゃあないの。
由香: じゃ、なんなのよ?
瞳: 魂の慟哭……。
由香: ドーコク?
瞳: 聞こえない? あたしの心臓が血の涙流して泣いてんのを!? 
由香: お酒も飲まないで、よくそんな台詞が出てくるね。
瞳: 言ったでしょ。由香とあたしは感覚が違うって……ちょっと、このチューハイ半分まで飲んでくれる?
由香: え……うん(半分飲む)これでいい?
瞳: この半分のチューハイを、由香はどう表現する?
由香: え……そうだなあ、まだ半分残ってる。
瞳: だろうね、由香は、のび太君みたいな性格だもんね。
由香: それって? 
瞳: 依頼心は強いけど、憎めない楽観主義で、いつも人が助けてくれんの。
由香: それって……。
瞳: 誉め言葉のつもりだけど。だって、人柄が良くなきゃ、だれも助けてくれないよ。
由香: じゃ、瞳は?
瞳: もう半分しか残ってない……あたしの心もちょうどこのくらい。その残った半分の心が、もう決めちゃったのよ。
由香: 何を?
瞳: あたし、二学期いっぱいで辞めよって決めた。
由香: 辞めて……どうすんの?
瞳: この秋から、姉ちゃんがダンナといっしょに長野でペンション始めたの。
 あたしもちょこっとだけ出資してんだけど、そこで働こうかと思って。
 姉ちゃんも、アルバイト使うよりは、身内のほうが気楽だろうし。
 ちょっぴり大きめのペンションだから、人手もけっこう大変なんだ。
由香: だけど……。
瞳: だーかーらー……夜の山道ぶっとばそうよ!
由香: えー、ローリング族とか出るんじゃないの?
瞳: 大丈夫よ、週末じゃないし。
 そんな奴らが走らない道だし、制限速度は三十キロしかオーバーしないから。
 そのために、あたしウーロン茶しか飲んでないんだよ。ね、山頂からの夜景は絶品だよ!
由香: いや、だけど……。
瞳: あたし車とってくるから。由香は、お勘定の方よろしくね(伝票を渡して去る)
由香: あ、ちょっと! 瞳い!

 暗転

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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・6

2020-04-06 06:46:35 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・6     
 

 

 
時  現代
所  東京の西郊

登場人物

瞳   松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生


 BGMがかかって飲み屋。ビール、チューハイ、ウーロン茶とサカナが並んでいる。瞳は先ほどの写真を見ている。

由香: ごめんね、わたしばかり飲んじゃって。
瞳: いいよ、こういう雰囲気じゃないと話せないこともあるし……こうして見ると、どれも今いちだな。
由香: わたしのせいじゃないわよ。
瞳: なにかがハンパなのよ。
由香: え?
瞳: ……やっぱポーズや表情じゃごまかせないか。
由香: え、そんなにブスに写ってるの?
瞳: 失礼ね、みんなかわいく写ってるわよ……ただ……。
由香: ただ……?
瞳: どれもこれも空元気……空回りの上に個性が……(ない)
由香: けっこういけてるように思うよカメラマンの腕がよかったから。
瞳: こんなステレオタイプじゃなくって、生きざまが写るようになんなきゃなあ……かけらでもさ。
由香: わたしのせい?
瞳: 違う、あたし自身のことよ、大石瞳の……もう二十五にもなろうってのに……ね、あとでぶっとばそうよ!
由香: え、あの年代物のミニクーパーで?
瞳: そうだよ。さり気ないけど、見えないとこでギンギンにチューンしてあるんだからね、
 タイヤもエンジンもサスもミッションも……。
由香: あいかわらず走り屋やってんの?
瞳: 昔ほどじゃないけどね。合法よ、合法。
 高速だって三十キロ以上はオーバーしないようにしてるし、市内なんか、タクシー並の安全運転だったっしょ?
由香: うん、だからとっくに卒業してんのかと思った。
瞳: 車は素直だからね。こっちの腕さえしっかりしてたら、手を加えたぶん、きちんと応えてくれる。
 ところが学校とか生徒とかはね……。
由香: 美保って子の指導なんか立派なもんだったじゃない。
 あの子も素直に聞いていたし、ベテランの本職に見えたわよ。
瞳: アリバイよアリバイ。生徒の指導も親への連絡も、無事に退学をかちとるためのね。
 うちで三年もいたら自然に身につくテクニック。
由香: そう? そばで見ていたら、ちゃんと生徒に愛情持った、いい指導に見えたけどなあ……急にわたしにふったこと以外は。
瞳: 百人も辞めていく生徒にいちいち愛情なんかかけてらんないわよ。
 フリはしてるけどね、愛情持ってるフリは……今日説教した美保も、
 まあ、十日も効き目があったらいい方だろうね……明日は、まあ来るね。土日挟んで、まあ十日。
 そのたんびに「よくやった! よく来たな! 明日もがんばれよ!」そして、十日たったら元の木阿弥……
 期末テストで欠点のオンパレード。
 できたらそこで引導渡してやりたいけど、美保は性格の弱い子だからさあ、きっと学年末までねばるだろうね。
 それで学年末で「お世話になりました」の一言も言わせて、シャンシャンシャン。
 校長も主任も「大石先生ごくろうさん!」それで美保もあたしもお払い箱……だろうね。
由香: 常勤講師は一年契約だもんね。
瞳: 違う! 長い短いの問題じゃあない……! 
 自分の一生を掛けた仕事として確かかどうか……たとえば、由香の実らないまま消えていった恋。
由香: なによ急に!?
瞳: 山のように編んだセーター。
由香: 夕方の蒸し返し? どうせわたしは夢見る夢子ちゃんですよ。
瞳: そんなことはない! 由香の愛と情熱はいつかは報われる。
 この編み目の一つ一つに、その確かさを感じる。自信持っていいよ!
由香: そっかな……。
瞳: そだよ、由香の想いはいつかはかなう。いつか必ず由香の良さを分かってくれる男が現れる。
 その確信が由香の目を輝かせているんだもの!……キラキラキラ……あん、まぶしい!
由香: よしてよ。
瞳: バカ、真剣だよ真剣。
由香: 真剣?
瞳: そう、自信持って。ほらほらほら、グッといって、グッと!
由香: そだよ、そおだよね。わたしだって、いつかはきっと……わたしの魅力に気づかない男共のバカヤロー!
瞳: バカヤロー! そして、いつかは実る由香の恋に乾杯!
由香: そおおだよね、わたしにだって、わたしにだって……! 
 ありがとう瞳、もつべきものは親友、自信がわいてきた! 
瞳: なんだったら、セーター返そうか?
由香: いいよ、明日っからもっとスンゴイセーター編んじゃうんだから!
瞳: その意気や良し! その由香の自信にもう一度……。
二人: 乾杯!

 

 

 

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連載戯曲・改訂版 エピソード 二十四の瞳・5

2020-04-05 06:59:31 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・5   

時  現代
所  東京の西郊

登場人物

瞳   松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生



 
瞳: 言っただろ、教育は掛け算だって!
 先生が十のこと教えて、あんたたちが十なら答えは百、一だったら十。
 そんで、ゼロだったら答えはゼロだよゼロ。覚えてる?
美保: あたしゼロ?
瞳: ゼロだ!
美保: はあ……。
瞳: だけどなあ、美保はマイナスじゃない。
美保: え?
瞳:マイナスの数字は、どんな正数を掛けても答えはマイナス。そういう奴は、今の美保みたいに素直な話もできない。
 だから、そういう正直なとこが美保のプラスのとこだ。さっきも言っただろ。
美保: うん……。
瞳: 先生はな、美保が勉強の面でプラスだろうがマイナスだろうが。
 そんなことで、善し悪しを計ろうなんて思ってないぞ。
美保: ……どういうこと?
瞳: 場所を変えたら、美保の気持ちはプラスに変わる。
美保: え……。
瞳: 違う学校に行ってみるとか、働いてみるとかしたら……きっと美保にもゼロではない、プラスになれる場所があると思うんだ。
美保: それって……。
瞳: こら、詐欺師見るような目で見るんじゃないよ。
美保: だけど、あたし学校にはいたい……先生、あたしのこと辞めさせたいんじゃない?
瞳: バカ、それなら、ちゃんとプラスになって学校に来いよ。ちゃんと授業うけろよ。
 な、そうだろ、先生間違ったこと言ってるか(由香に)ね?
由香: え……うん……。
瞳: だろ?
美保: う、うん……。
瞳: これ、今日家まで行って美保に渡そうと思っていたんだ。
美保: え?
瞳: うち、選択授業が多くって、教室の移動が多いじゃんか。
 美保、あんまり学校来てないから、自分が受ける授業……教室もよくわかってないだろ、迷子の子猫ちゃん。
 辞めさせたかったら、こんなサービスしないよ。
美保: ありがとう先生……。
瞳: これでもう「教室わからないんだも~ん」って、言い訳はさせねーからな。
 数字の上では、ちゃんと学校に来てきちんと授業受けたら、カツカツで道はひらけないこともない。
 そのためには、自分を変えなくっちゃな!
美保: プラスにならなくっちゃだめなんだよね。
瞳: そうだ。難しいぞ、自分を変えるというのは。
美保: うん。
瞳: できるか?
美保: う……うん。
瞳: ちゃんと先生の顔見て!
美保: ……うん。
瞳: ……だめだった時の覚悟も心に置いとくんだぞ。
 その場しのぎにイイコチャンぶっても、問題先延ばしするだけだからな。
美保: うん。
瞳: ……。
美保: じゃ、もういい?……バイトの時間迫ってるから。
瞳: おう。それから……なあ美保。
美保: うん?
瞳: 夜中、バイク乗り回すのはやめときな。
美保: ……どうして?
瞳: 懇談の時、一人一人に聞いた。美保にも聞いたでしょ?
美保: あたし、免許もバイクも持ってないって!
瞳: 反応でね、美保とお母さんの反応で……
 今みたく、ムキになったり、目線が逃げたり……で、こいつは乗ってるなあ……と、あたしの勘。
 それで警察に問い合わせたの。多摩と府中の警察で、一回ずつ世話になってるわね。
美保: ……。
瞳: ほれほれ、また詐欺師見るような目ぇしちゃって。
 今さら問題にして、どうこうしようなんて思ってないよ。
 バイクそのものも悪いとは言わない、あたしも車大好きだから。
 だけど、今はそのバイクとダチとの付き合いが美保の足をひっぱてるんだ。
美保: それとこれとは関係ないよ!
瞳: ある! 夜遅くまでバイク乗って、朝学校に来られるわけないだろ……それに、乗ってるだけでは済まないようなことも……。
美保: 分かってるよ。
瞳: ……そこまでは詮索しないけどなあ、今は、そこんとこ手を切らなかったら進級なんかできねーぞ。
美保: 先生、あたしは……。
瞳: まだ、このうえゴチャゴチャ言わせてーのか!
美保: ……。
瞳: 分かったか? とりあえず進級のメドがつくまでは……いいな……そうでないと、またコブラツイストかけっぞ!
美保: う、うん。がんばるよ……じゃ……先生。
瞳: うん?
美保: 何でもない(駆け去る)
瞳: いいか、バイクはやめとくんだぞ!
由香: ……瞳、あんたすごいね……。
瞳: もうちょっと待っててね……(携帯をかける)……ああ美保のお母さんですか?
 はい、松山の大石です。いま、お家まで行こうと思ったら東公園のとこで美保に出会いまして……ええ、説教しときました。
 今日で音楽が切れてしまって、残りの日数も十六日です……
 はい、本人もがんばるって言ってますけど、最悪アウトになる覚悟は……恐縮です。
 今度落ちたら二度目。二回落ちて卒業した子はいませんから、ええ……それとバイクのこと……
 ハハハ、申しわけありません、勘で……ええ、ピンときて、警察のほうにも照会させてもらいました……
 いや、特に問題にして処分しようとは考えてません。ただ、美保の足をひっぱってるのは確実にバイクと、その仲間です……
 ええ、本人にもメドのたつまでは縁切れって……ええ、本人も飲み込んだ様子ですので……
 お家の方でも、そのへんよろしく……性根までは腐った子じゃありませんから、まだ信じてやりたいと思います……
 じゃ、どうぞよろしく(切る)おまたせ、家庭訪問なくなっちゃった。どっか行こっか?
由香: え?
瞳: 由香の希望どおり、あたしのバースデイ・イブってことで。もち由香のおごりでね。
 フランス料理にしようかな……イタメシもいいし……あ、自転車のうしろ乗って。立ち乗りでいいよ。
 近くの駐車場までだから……いくよ!
由香: あ、ちょ、ちょっと……。

 由香が瞳の自転車を追いつつ去る。黒子による明転。 

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連載戯曲・改訂版 エピソード 二十四の瞳・4

2020-04-04 06:27:23 | 戯曲

連載戯曲

エピソード 二十四・4   
       

時  現代
所  東京の西郊

登場人物

瞳   松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生


 下手(しもて)でなにやらもめる気配。すぐに美保が投げ飛ばされてきて、瞳が続いて馬乗りになって美保の首を絞める。


瞳: オラアアアアア! 今日は、どうして休んだあ!? 今から美保の家へ行くとこだったんだぞおおお!
美保: ……し、死ぬ~。
瞳: 死ねえええええええええ!
由香: ひ、瞳!
美保: ま、まいった、まいった~あ(;゚Д゚)! ロープ、ロープ、ロープ!
由香: はい、えと、ああ、タオル、タオル!(タオルを投げる)
瞳: 由香あ~(タオルが投げられたので、美保を解放)!
美保: 助かったあ……あ、あんた?  
瞳: 友達。山手高校の鈴木先生。
 美保の家へ行く前にこの公園で立ち話してたとこ。先生の同業者だから気にしなくていい。
 ごめんな由香。
由香: ううん。    
美保: 山手……偉い学校の先生なんだ。大石先生より賢いの?
瞳: そうね、あたしと違って本雇いの先生だからな。
美保: ああ、先生って、一年契約の先生だもんね。こっちの先生は一発で通ったの?
瞳: そうよ、あたしが三回もすべった採用試験を一発で……(カメラをたたむ手が一瞬止まる)
 美保、今あたしを見下しただろ?
美保: いや、そんな……。   
瞳: 正直に言え! 正直さだけが美保の取り柄なんだからな。
 口で違うことを言っても表情には正直に出るんだよ……正直に言った方が身のためだぞ……。  
美保: いや、あの……うん。
瞳: よし、正直でよろしい。
美保: じゃあ……大石先生って、ほんとうはバカなの?
瞳: バカだよ……って、なんでそうなるんだよ!?
美保: だ、だって正直に言えって……。
瞳: 試験だけが教師の値打ちを計る物差しじゃねえよ。こっちの先生とあたしは総合的には甲乙つけがたいくらいにエライんだよ。
美保: そう……でも先生は……。
瞳: 何だよ……。
美保: そんな……絡まないで……。
瞳: なんだと……。
美保: 今日の分は、おしまい……。
瞳: タオルの分残ってるんだよ(指の骨を鳴らす)
美保: 先生……(;゚Д゚)。
瞳: オリャー!(コブラツイストをかける)
美保: ……イテエエエエエエ!
由香: 瞳! よしなさいよ、瞳!
瞳: あのう、つっこみはもうちょっと早めにしてもらえる?(美保を解放する)
 それにもうちょっと気の利いたつっこみしてもらわないと、ボケようがないでしょ。
由香: すみません……て、なんでわたしが謝らなきゃなんないのよ!
美保: ごめんなさい。大石先生とはいつもこうなんです。
 由香……っていうんですね。あたしの妹と同じ名前。妹もがんばったら山手高校ぐらいいけるかなあ……。
由香: 美保ちゃん、あなた、学校で人の優劣を考えちゃだめよ。
美保: だけど、松本高校はバカな学校でしょ?
由香: そ、そんなことないわよ、ねえ瞳。
瞳: いや、ある(二人ズッコケる)由香の言うとおり、うちはバカの学校だよ、偏差値測定不可能のバカ学校だよ。
由香: 瞳……。
美保: そうだよねえ……。
瞳: だけど、バカなのは勉強のことで、人間のことじゃない。人間性は偏差値で測れねえからな
 うち卒業したり中退したような子たちでも、立派な大人になってる奴はいっぱいいるからな。
美保: そうなの?
瞳: そうだよ。卒業してもいい。中退してもいい。だけど中途はんぱにブラブラしてる奴は一番ダメだ。
 それは、うちの学校でも山手高校でも同じこと……今日はなんで休んだ?
美保: ……なんとなく。
瞳: なんとなくか……それも正直でいいけどさ。先生懇談でも言ったろ。
 なんとなくで休んじゃだめだって……今日で音楽切れちゃったよ。音楽は……。
美保: 十三時間でパー。今日で十四時間だもんね。
瞳: 日数も厳しいよ……あと十六日でアウト……二度目のダブリはきついぞ、死ぬぞ、血吐いてウンコ垂らして死ぬぞ。
美保: う、うん。
瞳: 十三単位でアウト、わかってるよね? 音楽二単位でアウト決定だから、残り……。
美保: 十一単位でおしまい。  
瞳: そおだよ。そのへんは懇談でちゃんと説明したよな?
美保: これから……がんばる。
瞳: う~~~信じてやりたいけどなあ……。
美保: 今までが、今までだから?
瞳: おう。だけどこの世の終わりみたいにとっちゃだめだぞ。血吐いてウンコ垂らしても、生きてりゃ道はあるからな。
美保: うん……。

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