大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想『白洲正子「西行」』

2016-12-31 07:14:52 | 映画評
タキさんの押しつけ読書感想
『白洲正子「西行」』
       


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している読書感想ですが、もったいないので転載しました。


ねがはくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ

 まだ暫く正子ちゃん(白州正子)が続きそうです。正子ちゃんにしてみれば軽い読み物のおつもりでございましょうが、こちらにしてみれば毎回 我が古典教養の無さかげんを思い知らされるばかりです。

 よく大学の学部を「文学部」かと聞かれるのですが、「経営学部」です!

 何でかっちゅうと、当時は この古典ってのが限りなく「うっとおしかった」からです。バチ当たりでございました。ゴメンナサイ。
 さて、「西行」って人は数多くの伝説に包まれた謎の人であります。それだけに断片的にはその業績(?)を知ってはいても西行本人の人生は知られていないんだと思います。

 源平盛衰の時期の生き証人でもあり、後半生 旅の中にあった人ですから伝奇ミステリー作家にしてみれば格好の登場人物です。
「孔雀王伝奇」では、高野山修行中に死体をつなぎ合わせて反魂法を使って子供を作り、その子供が鬼のように育ち 義経と出会って弁慶に成る……なんてな扱い。雨月物語(だったよな)で崇徳院の大怨霊(日本一の大怨霊)と会ったりしていますから“反魂法”なんかお手のもの?
 数多の歌が残っており、中には作法無視して吐き出したようなものが有るため 西行研究者の間でも解釈が分かれる歌が有ります。この激動の時代、旅に明け暮れた人ですから、その行動に政治的意図を読み取ろうとする研究者もいらっしゃいます。確かに坊主というのは、ある種身分が保証されるため行動の自由が担保され、古今 縦横家として生きたり、間者的役割をはたした人が大勢います。
 しかし、西行に関して こういう見方は間違っていると正子さんはおっしゃっています。彼女は西行の足跡を時代を追って自ら歩き、彼の歌を 詠まれたその場所で味わってみる事を通して西行の人生に迫っていく。
 元北面の武士が出家したわけですが、一途な修行者ではなく“数奇”の心を生涯無くす事は無かった。 待賢門院(たいけんもんいん)への恋情、崇徳院への憐情、桜へのこだわり、すべて個人的な“あはれ”“いとをし”の情に突き動かされての旅であった事が その歌を通して明らかにされて行く。
 事あるごとに「仏門帰依」を勧めてはいますが仏教にとらわれるのではなく、その精神は自由です。
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高校ライトノベル・ライトノベルベスト・『美男高校他球防衛部』

2016-12-30 07:14:44 | ライトノベルベスト
ライトノベルベスト
『美男高校他球防衛部』
        


「おい、あいつら全員野球部に入れちまえ!」

 監督の伊藤が、唾を飛ばしながらキャプテンの野々村に叫んだ。
 監督は実力の割に声がでかいので、メガホンを通した声は場内放送のマイクも拾って、市民野球場全体に響き渡った。

 なんといっても、3対0で迎えた9回裏の攻撃で、臨時で入れた他球防衛部の連中が出撃。あっと言う間にノーアウト満塁でホームランをかっ飛ばしたのである。まさに奇跡の救世主である。こんな連中を放っておくのはもったいない。

「だめです監督、あいつらとの契約は、この試合限りっすから。明日は、あつらサッカー部の助っ人です」

 そう、花田充(みつる)を始めとする五人の他球防衛部は、名前の通りピンチに陥った球技部のお助けをやるという変わったクラブなのだ。
 ボールを使うクラブなら、野球から卓球部まで、なんでも来いの助っ人クラブだった。創部は去年だが、もう九クラブを敗北の縁から救っている。
 変わったところでは壊滅寸前の演劇部まで救った。演劇部は文化部の玉であるとして臨時部員となり、去年のコンクールでは関東大会まで進出。惜しくも選外であったが、その審査に不服を申し立て、信じられないことに東京地方裁判所で係争中である。

「花田、これで間に合うか……?」

 副部長の角野が、こっそり聞いた。
「野球はポピュラーな分得点が低い、なんとかしなくちゃ、時間がない……」
「演劇部で全国大会までいけたら、ギリギリなんとかなったんだが」
「あたしたちだって、がんばったのよ」
 女子部の瑠璃は聞き逃さなかった。美男高校と異名をとる宇宙(そら)学園高校の中でも紅一点の美人と言っていい。今日の試合は長い髪をショ-トボブにして、胸をサラシでつぶして参加していた。
「裁判の結果を待っているわけにはいかない。なにか手を考えなくちゃな」
「しかし、悔しいわよ。だれが観たって、あたしたちの芝居がピカイチだったのに」
「あそこまで、演劇の審査がいい加減だとは計算外だったな」
 角野が瑠璃に同調すると、他の部員たちも大きく頷いた。
「だいたい、大阪から来た審査員が……」
「言うな、過ぎたことだ。夏までにもう50ポイントは稼がなきゃ、あれは……救えない」

 他球防衛部のメンバーは眉間にしわを寄せながら駅への道を急いだ。で、パチンコ屋の前で瑠璃の足が停まった。

「どうした瑠璃?」
「うちの生徒がパチンコしてる」
「みのがしてやれよ、制服でやってるわけじゃないんだから」
「ううん、待ってて!」
 瑠璃は一人制服を着ていない(なんたって、男ということで、今日の野球部を助けてやった)のでズカズカと店に入り、負けのこんでいる三年の滝川の横に座った。で、あっという間にフィーバーになった。やっと滝川が気が付いた。
「おまえ……他球防衛部の瑠璃、おまえパチンコの腕ハンパないぞ……」
「玉半分あげるから、質問に答えて」
「な、なんだよ……」
 滝川は、緊張と感心で汗が流れてきた。

「パチンコ、部活にしない?」

 宇宙高校は、美男が多く真面目で通っていたが、裏に回れば滝川みたいなのもいる。仲間が4人いると聞いて、その場で宇宙高校パチンコ部にしてしまった。むろん非合法部活である。ただ大事なのは青春を賭けた部活であるという自覚であった。

 あくる日曜のサッカー部の試合を勝利で終わらせると、全員私服に着替えて、夜の9時まで掛けて合計50台のパチンコ台を終了させてしまった。

 希少部活(日本でただ一つ)のポイントは高かった。一気に30ポイントを稼いだ。

「これで、オレたちの星も、地球も救われる……」

 花田が感無量で呟いた。

 他球防衛部は、11万光年先のミランダ星から地球に送り込まれていた。地球もミランダも気候変化や自然破壊に晒されていた。
 宇宙の神が言った。
「地球に宇宙高校を作った。そこの球技部を助ければ、そなたたちの誠意と認め、破滅寸前の両方の星を救ってやろう。ただ地球の方が寿命が短い。一年で成し遂げなければ、この話はチャラじゃ」

 他球防衛部は、みごと使命を果たし、夏休みには母星に帰って行った。ただ瑠璃だけが、しばらく地球に残った。
 去年の演劇部の審査の裁判結果を見届けるためである。結果は勝訴だった。

「やったー!」

 しかし、演劇部の全国組織は即時上告した

 あまりのアホらしさに、瑠璃も帰途に就いた……。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想『おかしなジパング図版帖』

2016-12-30 06:35:46 | 映画評
タキさんの押しつけ読書感想
『おかしなジパング図版帖』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している読書感想ですが、もったいないので転載したものです


 好きなんですよねぇ……この類の本。

 本書は1669年、オランダ人モンタヌスが著した『日本誌』の挿し絵を中心に『ファンタジー アイランド ジパング』がどう描かれたのか……というビジュアル本です。
 とはいえ、モンタヌス自身は訪日した事が無く、フリシウスの『江戸参府日記』を基に、当時ヨーロッパで流行していた未知の地への旅行記を出版した。
 ヨーロッパ人の日本発見が1500年台 フロイスの『日本史』やリンスホーテン、カロンなど先行する出版は割と多いが モンタヌスの画期的な点は90以上の新しい挿し絵で紹介した事にある。
 ただ、前述のように彼自身は来日経験無し、報告書からの書き起こしで 文章そのものにも勘違い、誤り、中には「妄想」もある。 挿し絵職人はそれの又聞きで描く訳だから……こりゃあ一体どこの国? いや、そもそも地球上のどこかかい? ってな挿し絵のオンパレード。
 それでも、当時の知りうる限りの情報・資料を基に、最もリアルな日本を描こうとしたのであって まさに海の彼方にワンダーランド・ニッポンがあったのである。

 今の私たちからすれば極めてユーモラスな図版の連続、当時の日本人が目にしてもぶっ飛んだであろう事は間違いない。
 どのような絵なのか、とても口では説明出来ない。今なら平積みしている本屋もあるので立ち見をオススメいたします。
 マルコポーロ以来、東方に黄金の国・ジパングが有ると考えられたが、17世紀当時 ニッポンとジパングは分けて考えられたらしい。日本はすでに金輸出国では無くなっていて、ジパングを信じる人々は さらに東方に存在すると考えられたらしい。
 マルコポーロの『黄金の国・ジパング』は中国人からの聞き取りで、例えば奥州藤原と宋との貿易話が伝わったとも考えられる。中尊寺・金色堂やまだあたらしい金銅仏を見れば いかにも黄金の国に違いない。これが伝言ゲームに乗っかって、最後にマルコポーロが聞いたなら、さてもいかなる話になっていたやら……タイムマシンができたなら、是非とも一緒に聞いてみたい会話の一つです。
 時代はモンタヌスから200年以上、外国人には門戸を閉じたため、図版に現れる日本はシーボルトまで封印される。シーボルトの図版はリアルではあるが どこか陰鬱であり、ここに『幻のワンダーランド・ニッポン』は姿を消す。
 著者はこれを指して「日本は二度発見された」と書いています。これは政治、軍事、文化等 対ヨーロッパの歴史の中で必ず言われる表現で、何を取っても日本はワンダーランドだったのでしょうね。まぁ、未だに理解されない部分もありますから… さて、次はどこを発見してくれるんでしょうね。

 明日は、アクション映画二本、押し付けます。お楽しみに〓

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大人ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想『岳飛伝五』

2016-12-29 06:22:54 | 映画評
タキさんの押しつけ読書感想
『岳飛伝五』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している読書感想ですが、もったいないので転載しました。



さても ご婦人方には またしばしご辛抱の程を、 北方謙三「水滸伝シリーズ、第三部、岳飛伝 第五巻」です。
 
 例によってストーリーは遅々として進まんのですが、大展開としては南宋対金の戦闘が終了。最後まで男の在り方をかけて闘った岳飛とウジュも痛み分け。
 秦檜は岳飛を南宋軍の中に組み込もうと画策するが 岳飛は軍閥の立場を維持する構え、梁山泊では呉用が死に際に「岳飛を救え」と言い残す。一体 呉用は何を見据えていたのか。
 張朔は平泉で秀衡から思いがけず「船の購入」を持ちかけられる。
 韓成は西遼に足場を築き、それは交易に止まらず、モンゴルの一部部族の信頼を得るに至る。安南(現ベトナム)に赴いた秦容の事業も軌道に乗りそう。

 さぁて、物語世界は非常にきな臭い展開を前に着々と準備を整えているように思えます。  
元々、山東に起こった「宋江の反乱」が膨らみに膨らんだのが「水滸伝世界」、たまたま現シリーズが史実に近い展開になっているだけで、本来は荒唐無稽な小説……岳飛が暗殺されずに梁山泊の首領になろうが、源義経が大陸に渡ろうがかまわない。
 さて、北方謙三さん! どこまで書くつもりなんでしょうねぇ。本来の水滸に集った百八人の英雄達も、残る所 後九人。それぞれに後継者がいるとはいえ、ここで岳飛の参入やら、義経の参加があるなら、それはもはや「水滸伝」じゃ無くなるのでは…いや!梁山泊が存在して、そこに替天行道の精神がある限り 水滸伝世界は続いて行くのか。 呉用は、死に際して「替天行道の旗」と共に葬れと遺言した…今後、これが象徴的な意味を持つのかもしれない。さて、次巻の進行やいかに……?

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想『探偵はひとりぼっち』

2016-12-28 07:00:27 | 映画評
タキさんの押しつけ読書感想
『探偵はひとりぼっち』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 この読書感想は、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流しているモノですが、もったいないので転載したものです


 迷ってましたけど、結局読んじゃいました。

「探偵はBARにいる 2」の原作。 作者:東直己は1956年生まれ、北大文科中退後、ススキノでその日暮らし……結構アナーキーな生活を経て92年「探偵はBARにいる」でデビュー。ススキノ探偵“俺”は作者の生き様を反映して映画よりアナーキーな存在……映画は「原作物」と言うより古沢良太がインスパイアされて脚本化、大泉/松田が自分達のニュアンスで命を吹き込んだと言えそうです。

 原作中の“俺”と映画の大泉では背負っているものが違います。いずれの“俺”もニヒルな自分を演出しようとしながらそうは成りきれない。どちらも内に熱い塊を持っているのだけれど、その背に見えるペーソスが違っている。
 事実上、原作は今から20年前の作品、作中年数は出てこないが80年代らしき書き込みがある。映画は現代の話になっているからニュアンスの違いは致し方ないが、それだけでは捉えきれない変更がある……だから、原作ファンは全く別物と思って見た方がいいと思います。

 さて、小説です。いわゆる探偵物カテゴリーよりも、ミッキー・スピレーン的ハードボイルドに分類した方がピッタリきます。
 船戸与一のような汗臭さはなく、探査手法は行き当たりばったりだが 結構スタイリッシュである。荒事の腕前は、トーシロー2人相手が限界、そっち方向は映画と同じく 高田にお任せ。
 今作では高田が早々と骨折でリタイア、なんの展望も無いままにそこら中で跳ね返ったため、複数正体不明のグループから付け狙われる……あらあら、これじゃ命がいくらあってもたまったもんじゃない。そこんところをなんとか切り抜けて行く訳ですが、それなりに納得いくストーリーになっていて、ラストの謎解きで全部“落ち”がつくかたちになっている。
 ススキノの裏も表も、それなりに見て来た作者ならではのリアリズムと言える。 映画と小説が補完しあっていると言うのではないので、どちらかのファンという形になる。
 私としては、映画/小説どちらとも言えず、ちょうど真ん中にいる感じ。今すぐ全シリーズ購入一気読み……までの“ノリ”は有馬線なぁ。
 映画を見ていて あんまり思わなかったのですが、“社会党国会議員の橡脇”という重要キャラが登場します、読んでいて「これって露骨に道知事から国政に出たY路じゃないの?」と思っていたら……解説の所に「道民なら一目瞭然のモデルがいる」と書いてある。もとより虚実ない交ぜと断ってあるのですがぁ~。 これって“実はホモ”ってのは虚? “身を守るに手段を選ばず”が実?
 最近あんまり名前が出ませんが……さて、どうなんでしょうねぇ。北海道の政治ってのは 中川一郎にせよ、鈴木のおっちゃんにせよ ミステリアスですからねぇ。ひょっとしたら各作中にそんなネタが転がっているんでしょうか? ちょっと興味ありますなぁ。
 こういうジャンルは読者にこだわりがあるので 特にオススメはいたしませんが、作者の腕前は確かです、この点は保証します。


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高校ライトノベル・ライトノベルベスト・『僕たちは戦わない』

2016-12-27 07:08:12 | ライトノベルベスト
ライトノベルベスト・
『僕たちは戦わない』
           


 沖縄が独立した……たった二日と十時間で

「どうしよう、バイトがパーだぜ」
 あたしたちは、サークルごと沖縄のホテルで一夏バイトするつもりだった。ギャラは高くないが、シフトを工夫すればバイトをしながら、マリンスポーツがエメラルドグリーンの海で楽しめるはずだった。一馬なんか、その間にスキューバダイビングのB級コーチのライセンスを取るつもりでいた。
 あたしは、少し切羽詰っていて、後期の学費を稼ぐために、アゴ付きのバイトは魅力的で、寝る時間と正規の休憩時間以外休むつもりは無かった。そして別の理由が一つ……。

 だから、バイトの動機としては、サークルのメンバーとは天と地ほどの隔たりがあると思っていた。

「すごいぜ、警察も放送局も独立派が占拠だって。やりたい放題じゃんよ!」
 健介が無邪気に時めいている。

 始まりは、去年民協党が絶対多数で政権を握ったことだ。衆参両院で多数を握っているので、なんでもあり。

 あろうことか、一番最初に決めたのは日米安保の廃止を決めたことである。マスコミや文化人は偉そうな言葉で賛否両論戦わせたが、どれも机上の空論。実効性ゼロのものばかり。
 日米安保は、日米のどちらかが破棄を通告すれば、一年後に自動消滅することになっている。
 中国脅威論が右派の人たちから言われたが、中国は静観……どころか、南西諸島方面には近づかなくなった。
――あくまでも日本の国内問題なので、中国は、ただ静観する――

 文字通り中国は動かなかった。それまで増加傾向にあった中国軍機へのスクランブルも大幅に減った。

 そして、あろうことか、尖閣諸島の領有権を撤回した。

 国内で中国脅威論を唱えていた人たちは立場を失った。
 先月には嘉手納基地が返還され、辺野古の工事は中断された。

 夢のように平和な一年間が過ぎた。

 そして三日前、市民たちによる独立デモが起こり、その規模は本土のシンパも含めて十万人に達した。平穏なデモだったので、油断があった。
 今日、昼過ぎに、デモ隊の一部が武装し、警察、マスコミ、一部移転し始めていた自衛隊を襲った。その規模一万と言われた。

 沖縄は、今日の午前十時をもって、琉球民主共和国になった。
 瞬時に、中国を始めとする二十数か国が沖縄の独立を認めた。
 日本には、国の一部が分離独立することに関しての法的な規定が無い。だから優先されるのは国際法で、独立が宣言され、それを承認する国が現れ、その数が多くなれば、事実上も国際法的にも合法的な独立ということになる。

 中国は、尖閣は琉球領であると言いだし、臨時琉球政府も、そう宣言した。

 ここにきて、お目出度い民協党も気が付いた。
 数年前から、かなりの数のスリーパーが沖縄に送り込まれ、日本人の活動家といっしょになって一斉蜂起し沖縄の独立をやりとげたことを。
 さすがに、民協党は追い込まれたが、いったん握った政権はなかなか手放さない。民協党以前の日本政府が、いかに沖縄を冷遇してきたかをばかり強調し、臨時琉球政府と話し合うべく、政府専用機を飛ばしたが、沖縄の北で領空侵犯ということで撃墜されてしまった。
 乗っていた民協党の副総理は「とにかく話し合いましょう!」と撃墜される寸前まで、衛星放送を通じて呼びかけた。

 この間抜けさかげんに、日本国民の心は民協党から離れ、半月間、毎日五十万という人々が、国会を取り巻き、大昔の安保デモの規模を超え、民協党は政権を放り出した。
 手続き的には衆議院の解散になり、選挙で民協党は大敗。どの党も絶対多数を握ることはできなかったが、挙国一致内閣ができあがり、沖縄県奪還のために自衛隊が出動。ここまで決めるのに、三か月が浪費された。
 その間に中国を中心に、国際琉球防衛軍が守りを固めたので、自衛隊も一回の出撃で沖縄を奪還することはできなかった。人的な損失も二十一世紀の感覚では容認できない数になり始めた。

 政府は半年をかけて自衛隊を増強、自衛隊への志願を募った。

「あたし、自衛隊にいく……」
 あたしの宣言に、サークルのみんなは背を向けた。
「……僕たちは戦わない」
 一馬がぼそりと言った。
「もう一度言ってみなよ……」
「僕たちは……」

 そこまで、聞いたとき、あたしは一馬をはり倒していた。一馬はまるでアナ王女にはり倒されたハンス王子のように無様にひっくり返った。他のみんなは、ただ驚いたようにあたしと一馬を見比べるだけ。

 アナ雪なら、これでハッピーエンド。だけど、あたしの戦いは、ここから始まる。

 親の反対を押し切って本土の大学に進んだ沖縄女は、ここから戦うんだ。もう一つの理由のために……。

            この物語はフィクションです 

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想『キャパの十字架/天の血脈』

2016-12-27 06:41:51 | 映画評
タキさんの押しつけ読書感想
『キャパの十字架/天の血脈』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは悪友の映画評論家・滝川浩一が、個人的に身内に回しているものですが、もったいないので転載しました

☆キャパの十字架
 キャパはスペイン戦争で“くずれおちる兵士”という おそらく世界一有名な写真を撮ったカメラマンとして知られる人です。

 しかし、随分前から この写真は本当に銃弾に倒れた兵士を撮った物ではない、当初言われていた兵士の名前も場所も間違っている、それどころか これはキャパの撮影ではないと訴える人びとがいた。
 ただ、これまでは状況証拠ばかりで確定にはいたらなかった。 本書は、撮影の日時と場所をほぼつきとめ、撮影の状況の推理も展開している。キャパはこの当時“ライカ”と“ローライフレックス(カメラを腰だめに構えて上から覗くようにして撮影するカメラ)”の2機のカメラを持っていて、キャパがライカを 同行していた恋人がローライフレックスを持っていた。
 ライカで撮影された写真は“くずれおちる兵士”と前後すると思われるシーンが残っており、それが有力な証拠となる。この経緯と結論は最高の推理小説が裸足で逃げ出す程の面白さ、敢えてここでは触れないでおく。カメラマン沢木ならではの探索と推理は唸るばかりではある。
 ただ、本書を読んでも納得いかない所が二点。
(1)丘を駆け降りる兵士が銃撃されたとして、写真のようにのけぞる事はあり得ない、運動の法則からして前のめりになるんじゃないのか…としている点、確かに首から下の着弾ならそうかもしれないが、唯一 頭部に正面から着弾したとすれば状況は全く変わる。当時の銃器/銃弾の性能及び想定される狙撃者との距離から沢木の推理は妥当と言えるが……。
(2)写真がライカではなくローライフレックスで撮られたのは ほぼ間違いないとしても、カメラマンがキャパであった可能性は無いに等しい可能性ながら 残されるのではないかと思える点(書いていて“無理臭い”と我ながら思うが) いずれに判断するのも本書を手にした人次第ではあるが……書いてしまえば(本書の評判を知っている方には周知ではあるが)沢木はこの写真がキャパの撮影ではないと結論している。
 ただ、沢木は“真実を暴き出す”姿勢で調査執筆したのではなく、同じ戦場カメラマンとして この世界一有名な写真に迫ろうとしている。時には沢木のペン先に彼の涙さえ感じる。
 毎度 半端な書評ではあるが、興味の有る方はどうか本書を手にしていただきたい。単に写真の事ばかりではなくキャパの内実にも迫った名著だとおもいます。


☆天の血脈
「天の血脈」は安彦良和の「ナムジ」「神武」に続く古代史漫画の最新刊です。かねてから予告されていたように“神功皇后”について語られるようですが、まだ二冊目、しかも日露戦争前夜の満州近代史と絡まり、内田良平やら、まだ馬賊のターランパだった張作霖や 好太王碑文調査隊なんかが出てきて、これらがどう絡んでいくのか不明、詳しくは3巻4巻を見てからにします…てえ事は数年後です。先行する「ナムジ」「神武」は山本常治の「日本古代史」(学会からは相手にされていないが、日本中の神社古伝を調査した労書)を底本に安彦の独自視点を加えた伝奇ロマンで 読み応え有ります。

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト・〔ライトノベル奇譚〕

2016-12-26 07:44:41 | ライトノベルベスト
ライトノベルベスト
〔ライトノベル奇譚〕



「またライトノベル……」

 帰ってくるなり、ピーコートもろとも上着を脱ぎながら、真子ネエが言った。ま、いつものことだけど。
「大橋むつお……この人、劇作家でしょ?」
「ラノベも書いてんの。エンタメで文学性もあるし……」
 と、口ごたえして、あたしは、もう後悔し始めた。真子ネエの目が本気モードになってきたから。
「文学書の百冊も読んでから言いなさいよ。せめてね、筒井康隆とか小松左京とかなら文学へのとば口になんだけどね『はるか ワケあり転校生の7カ月』……うちにも配本されてきたけど、バックヤードオキッパで返本しちゃったよ」
「中身も読まないで?」
「日に何十冊も来る新刊本なんか読んでらんないわよ。新聞とかの書評見て並べんの。良い本なら、一定の書評とかネットへの投稿とかあるもんよ。だいたい小説のくせして挿絵多すぎ。これでも読みな」
 真子ネエが机にドンと置いたのは『サラバ!』の上巻。直木賞とって本屋大賞にもノミネートされてる。あたしにも、それくらいの知識はある。だってラノベって本屋に行かなきゃ買えないもん、自然と目につく。
 真子ネエは、そのままスカートも落とした格好でお風呂に行った。ま、こうすりゃ着替えのパジャマだけ持ってればいいわけで、時間的にも空間的にも節約にはなるんだろうけど、女同士とは言え、もう少しデリカシーないと、一生独身だ。
 と、聞こえないように毒づく。

「ねえ、音楽は音が楽しいって書くのに、文学はなんで文を学ぶって堅苦しくかくのさ」

 風呂上がりの真子ネエに一矢報いようと、無い知恵を絞って絡んでみる。
「萌恵、ほんとバカだね。文に楽しいなんて書いたら『文楽(ぶんらく)』と区別つかなくなるじゃん」
「文楽なんて、歳よりくさいもの関係ないわよ」
「決まってるもの変えられるわけないじゃん」
「でもさ、芸者って、今と昔じゃ意味が違うんだよ。知ってた?」
「芸者は、昔からのプロコンパニオンのことでしょうが」
「昔はね、武芸者のことを言ったんだよ。だから宮本武蔵なんかは、剣豪じゃなくて、名芸者って呼ぶべきなのよ」
「そんなの初めて聞いた。どうせライトノベルのデタラメでしょ」
「そんなこと……」
 続きを言おうとしたら、さっさとベッドに潜って、あろうことかオナラで返事。

 朝は萌恵が「オナラで返事するな!」と朝食の席で言う。たとえ親の前でも言っていいことと悪いことも区別できない。ラノベ漬け女子高生の不届きな感性にへきえき。
 今日は後期試験の合間なので、シフトをフルにしてもらって、朝からJ書店の女性スタッフ。書架から取次に返本する本の抜き取り。そのあとを本職の売り場主任が、昨日の売り上げやら情報で、本の並び替えをやっていく。大橋むつおの本も、一度は最上段に並んだけど、まあ、取次への義理。一週間でバックヤード。萌恵に言ったことと大差ない扱いだった。

 交代で遅い昼食。バイト代が安いので休憩室でコンビニ弁当。休憩室にはレンジもあるので、ホカホカにして食べられる。
 食べながら、夕べ萌恵が言ったことが頭をよぎる。スマホで「芸者」を引く。以外にも萌恵の説明が正しいことが分かる。MMM……対抗策として、近代日本語で反論と決める。今の日本語のほとんどは、明治になってからの造語だ。明治時代には「芸者」は、すでに今の意味で使われている。よし、これでラノベ少女を言い負かせる。

 そう思った時。火災報知器が鳴った。

「え、うそ、どこ?」
「やだ、こんなの初めて!」
 などと言っているうちに電気が消えて非常灯になる。
「早くお客様を誘導しなくちゃ!」
「早く逃げよう」を、そう意訳した本職のあとについてバックヤードから売り場へ。火元はこの店か、その近く、非常灯もかすむほどの暗闇に煙が充満。ハンカチを口と鼻に当ててしゃがみこむ。
 書架が幾重にも重なって、いつもなら目をつぶっても歩けそうな売り場が、まるでラビリンス。
 やがて、彼方の方で火が見える。本屋は薪の山のようなもの、延焼してきたら目も当てられない。
「スプリンクラーが作動しないよ」
 本職のオネエサンが泣き声で言う。バイトのあたしたちはパニック寸前。

 すると、近くの書架が光りだした!

 あんなところに非常灯!?
 痛む眼で、その光を見つめる。視力はいいほうだ。光っているものの正体はすぐに分かった。ライトノベルのコーナーのラノベたちが光っているのだ。
 その中で、一番強い光を放っているのが大橋むつおの『はるか ワケあり転校生の7カ月』と分かった。
「みんな、あっちの方!」
 ラノベコーナーは西出口に近い。あたしたちは、なんとか助かった。

 救急隊員に助けられながら気が付いたライトノベルのLIGHTも、明かりのLIGHTも同じスペル。

 あたしはラノベの神さまに感謝した。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書評『愛と憎しみの豚』

2016-12-26 07:12:15 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評
『愛と憎しみの豚』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは悪友の映画評論家・滝川浩一の個人的読書感想ですが、もったいないので転載しました。

         

 長らく ユダヤ、イスラムの人々が何故「豚肉」を食べないのかについて興味があった。
 勿論、それが宗教的忌避である事は知っている。旧約聖書には ハッキリ「豚は食べるな」と記されており、ユダヤ教から別れたイスラムが豚肉を忌避するのも解る。なら、同じくユダヤ教から出たキリスト教が 取り立てて豚肉を嫌わないのは何故なのか、新約聖書にも豚を忌避するごとくの表記がある。旧約聖書程 明確には表現されてはいないが 感覚的にあまり好ましくなさげな書き方がされている。この点に関しては「内閣法制局憲法解釈的」な弁明しか聞いた事がない。 人間だって 究極の飢餓状況下では共食いする、それに比べれば たとえ宗教的禁忌であろうとも豚を食べる事などなんでもない。
 イスラエルにロシア/ソ連邦から難民が大量流入した時(大きく二回ある)、 豚の飼育が始まった記録が有り(流入してきたのはユダヤを名乗る人々であるにも関わらす) それは現在においても「キブツ」やキリスト教徒の居住区に受け継がれている。要するに、時の政治的要請やら社会状況に応じて食物禁忌はいとも簡単に変化するのであって、狂的なまでの宗教指導のもとにない限り 平和で食物が充分に有る状態においてのみ守られる掟なのだといえる。

 ならばこそ、未だに強固な宗教的禁忌たりうるのか…う~ん、面白い。さっぱり解らない。

 前置きが長くなりました。以上のような興味で“それらしき”本を見つけると読んでみるのですが、未だかつて答えてくれる本に出会った事はありません。この本は 何かの雑誌に書評が載っていて、その書評からすると私の疑問に答えてくれそうな気がした。 わざわざ取り寄せて購入したのだが……結果、止めときゃよかった。まるっきり期待外れ。まぁ、女性一人旅の徒然の記としては 楽しめる読者もおられるでしょうが……早い話が こんなもん、旅行記ブログを本にしただけです。一応 漠とした“豚”というテーマはある物の何を追いかけたいのやら不明。こんなので 北アフリカからイスラエル、東欧諸国から果てはシベリアまで出かけて行くのだから……いやはや大した度胸と行動力ではあるが、あまりにも準備不足、無謀の極み……シベリアに着いた所では 旅程の終わりが近づいているにも関わらず「まだ一頭も豚を見ていない」と嘆いている。極寒のシベリアにおいて、彼女の旅は破綻する。
 自己の問題提起が曖昧だから事前に何を調べるべきかも判然としなかったのだろう。旅行ライターでもあるようなので ある種の海外事情には通じているようだが 途中で信じがたい無知を露呈している。
 出先での偶然の出逢いに期待するか インターネット情報によるかの旅行で、おおよそ“ルポ”をおっての旅ではない。序章を読んだ段階でこんな事は全部判ったが、取り寄せた手前「いらん!」 とも言えず 購読した次第。全くの金と時間の無駄でした。

 誰が書いたんやあの書評!

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想『岳飛伝-4-』

2016-12-25 06:55:57 | 映画評
タキさんの押しつけ読書感想
『岳飛伝-4-』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している読書感想で、北方謙三などの水滸伝などに興味のない方にはチンプンカンプンですが、マニアの方には、面白い書評だと思いますので転載いたしました



 北方謙三 水滸伝サガ 第三部 岳飛伝の第四巻であります。
 さぞかし女性各位におかれては 何の興味もわかないかもしれませんが、そこはご勘弁。
 さて、シリーズは殆ど時間の経過もなく、金国のウジュと、立場上南宋軍を預かった形になってしまった岳飛の会戦が本格化します。岳飛は金に占領されている淮河(黄河と長江の間)以北を奪回することが大義となっており、この思いは南宋の政治とは関わりが無い、元々 軍閥としてはじめた戦いだという思いが強い。
 しかし、南宋軍を押し付けられた段階で、いつか政治的に中止の指図が来るかもしれないくらいには感じている。榛檜は榛檜で そろそろ岳飛が邪魔(金との停戦交渉するにあたって)になるだろうと思い始めている。
 ここで、今回から官僚の許礼がいきなりクローズアップになってくる。なんでか解らんが この許礼がやたらと戦の情勢や岳飛の心中について核心を突いている。軍事担当で 短期間の間に南宋軍がまがりながらも使える軍勢になったについては許礼の功績なのだが、何かいきなり洞察力が120%ア~ップしとります。

 史実として岳飛は榛檜に毒殺されるのですが、まさか榛檜が直接手を下した訳ではないだろうから この許礼がやっぱり実在の人物で主犯って事なんですかねぇ。この辺りの史実は何を読みゃあええんですかねぇ、まだそこまでは追っかけていません。
 岳飛と梁山泊の間に、本人達の自覚の有る無しない交ぜにして紐帯が深まりつつあります、物語として今後そこまで突っ込んで行くのか否か、興味を引いていきそうであります。  
 梁山泊メンバーの考え方にも変化が現れ、己のレーゾンデートルを語るのに“夢”という言葉が使われ始めている。思えば楊令も心中を語るに「追えぬもの梁山泊の将来に見ているのかもしれない」なんぞと言うとりましたなぁ……これって「夢を見ている」と同義語ですよね、楊令の死後 漸く彼と同じ視線を持つ者が現れ出したという事です。 また 誰かサンに笑われそうですが、どこを読んでも涙腺にジンワリ来ます。
 後数年で総てがモンゴルに蹂躙されて跡形も無くなる。しかし、人々は今日一日を必死に生きている。物語を鳥瞰している者の傲慢な思いであるとは自覚しているが…一人一人が愛おしくって仕方がない。 う~~ん、やめられまへんなぁ〓

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想『64 ロクヨン』

2016-12-24 06:46:02 | 映画評
タキさんの押しつけ読書感想
『64 ロクヨン』文藝春秋・横山秀夫
    

この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している読書感想ですが、もったいないので、本人の了解を得て転載したものです。



 長い事かかったなぁ~ 別に何冊も同時読みしていた訳でもなく…まぁ、時間があんまり無かったんですが……要するに、初めあんまり乗って来なかったんですわ。
 この作家、結構ベストセラー作家だし、「このミス大賞」だし、「極めつけ警察小説」とかコピーが付いているので まぁ 二日も有りゃあ読んでしまうだろうと読み出すと……なんとまぁ、まるで退屈な私小説なんだよなぁ。それでも どこかで大ドンデン返しが有るんだろうと思いきや……ツータラツータラ 日常が続いて行く。 元刑事が なんの因果か警務部広報に回される、刑事と警務の中が悪いのは 警察小説ではお約束、本店・支店(キャリア対ノンキャリア)がいがみ合うのと同じ……。
 主人公は、着いた以上は広報官を務めるつもりながら、心の底には“刑事魂”が燃えている。何か有ったらケツまくるつもりが実はそうはいかない事情がある。 彼自身は鬼瓦のごとき面構えで カミサンは美人、娘がいるが なんの因果かオヤジに似た。彼女はそれが嫌で……まぁそれが元で家出して帰って来ない。そこは察官、伏せた形ではあるが日本全国に捜索の網が広がっている。ところがこれが一向に見つからない、だから手配はずっと継続されているので この恩義から金縛りになっている。
 時効寸前の誘拐殺人絡みでややこしい下仕込みを命じられ、折から事件の被害者の実名を公開するしないなんてな事で記者クラブと揉めている。上司は阿呆のくせに肝心の情報を明かさない、上司の腰巾着は何やら蠢いている。刑事は端から敵対視して何も言わない。
 なんて事ぁない、言うなれば中間管理職の悲哀じゃないかい。てな話がちんたら延々と続く。
 いかに進まんと言えど、ページ数は消化され、とうとう残り30頁余り、はぁ~このまま終わるんかい。  と、諦め気分で読んでいると……新たな誘拐事件発生! アホな……そんなご都合展開が有るかいな……ところがギッチョン! ここから一気に急展開! 何もかもがビタッと嵌って立派に警察ミステリーに成っちまうからアッチョンブリケ!
いやあ、やられた!メッチャ面白い、この落ちは“極大射程”のラストのカタルシスに繋がる!なぁるほどねぇ。一読オススメ!!
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想・『ライアンの代価』

2016-12-23 06:52:09 | 映画評
タキさんの押しつけ読書感想
『ライアンの代価』
    

この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、悪友の映画評論家、滝川浩一が個人的に流している読書感想ですが、もったいないので本人の了解を得て転載したものです。


 年末から読み出して、漸く文庫四冊読了、本を読む時間が殆どなかったので、えらく時間を食っちまいました。
 
 トム・クランシー(マーク・グリーニー共著)の“ジャック・ライアン 新シリーズ 第二弾”…ハリソン・フォードの「パトリオットゲーム」「今、そこにある危機」の原作シリーズです。
 原作は映画(「レッド・オクトーバーを追え」 アレックス・ボールドウィン主演 も含む)三本の後も続いており、「今、そこにある危機」でCIA副長官になったジャックは大統領にまで上り詰める。新シリーズ 一作目「デッド オア アライブ」では、引退して回顧録の執筆を始めているが、自分の後の現大統領・キールティ(おそらく民主党、白人だがオバマを思わせる)の政策が全く気にくわない…で、とうとう再選に打って出る。その間、クラーク、ディンゴ、ジャックjr達 ザ・キャンパスはテロリスト(ヴィン・ラディンを思わせる)を追う。

 前作では、少々 もたついた雰囲気があったが(キャラクターがそれぞれ歳を食い、その分jrが成長しているので、どうしても説明調子になる) それも払拭されて、クランシー本来の語り口調が戻った。
 大統領選もたけなわ、ジャック優勢で推移しているが、キールティのパトロンである富豪が、ジャックとクラークの過去のいきさつに気づき、クラークを陥れて それにジャックを絡めて追い落とそうと画策する。クラークは絶体絶命の窮地に……同時進行でクーデターを目論むパキスタンの将軍とタジキスタンの原理主義者がとんでもないテロを画策、クラークのいないザ・キャンパスはこの陰謀を食い止める事ができるのか……と言うお話。

 正直 ラストにとんでもない御都合主義が飛び出すが、往年のストーリーテリングと構成の巧みさでグイグイ引っ張って行く。本作の続編、アメリカでは昨年末既に発売されており“THREAT VECTOR”直訳したら「脅迫のベクトル」とでもなるんですかね。今度の相手は中国! いや、人事(ひとごと)ではありませぬゾ!御同輩。
 しかし、日本語タイトルの陳腐はどないかならんのかい! 本作の原題は“LOCKED ON”……こっちの方がよっぽど内容にマッチしている。いやはや、映画の宣伝部といい、出版社の企画室といい、何でこんなにセンスが無いんでしょうね~。次回作のタイトル…何とつけるやら、想像するに「ライアンのウンタラ」になるんですかねぇ、やめてほしいなぁ。
 クランシーは執筆にあたり、まず現世界情勢のデータを並べ(殆どは新聞、雑誌から得られるデータだが、彼の元には情報機関からの生データも集まると言われる) それらが有機的に繋がった時に執筆を始める。「今、そこにある~」の時、意図的にCIAが情報を提示したが、見事にその裏を読み解かれたという事もあった。この当時の政権が民主党(カーターだったと思う)だったってのが笑わせる。 日本人はケネディの幻に騙されている人が多いので、民主党=リベラル=正義なんぞと素朴に信じている阿呆が大半なのだが……そういう人はアメリカ史を読み返してみると良い。アメリカが戦争を始める時の政権は殆どが民主党であり、共和党はその尻拭いをさせられている図式がクッキリ浮かぶはずだ。アメリカン・リベラルの主張は絶対鵜呑みにしては成らない。
 
 日本人の大多数が未だに信じている「地球温暖化」の大嘘も 元をたどればゴアが「不都合な真実」なんてな本とフィルムで作り上げた大嘘なんだって事、今や常識でっせ! いつまでも寝とったらアカンよ~!!  何も「クランシー絶対」「クランシーは神の視線だぁ」なんぞと言うつもりはないし、民主党より共和党の方が正しいと言う気も無い。(日本人にとっては共和党政権の方がやりやすいのは確かだけどネ) ただ、民主党の一部には「お前、コンミイか?」ってな奴らが多いのも確か……日本のアメリカ占領時代をみても、GHQの中でも「民政局」なんてなアメリカ本国にいられなくなった左翼のたまり場だったのは今や自明、そいつらが日本で何をしたか……まぁ 色々な本を読んで下さい。
 国際政治の現場は国益がぶつかり合う所、何が正しいのか一概には断定出来ない。立場が異なる人々の思惑の絡まりが読み解ければ理解はできる。クランシーの小説は“国際政治の読み解きツール”として使える。この点に関して、あまりアメリカの価値観に偏った見方をしていると警戒する必要は無い。勿論、読み方にもよるが、まぁ そこは常識ってやつです。
 本作で言えば、パキスタンと言う国が「テロ支援国家」呼ばわりされながらも、片足は西側民主主義に置いていて、日本の新聞だけから情報を取っていると訳が解らなくなるのだが、その辺りの事情が良く解る。 とことんアメリカ大嫌いな向きには「何 言ってやがる」ってなもんでしょうが、そういう偏見の無い人には池上彰張りに分かりやすく、しかも最高のエンタメ作品です。一読オススメ〓

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想・『カジュアルベイカンシー』

2016-12-22 06:45:52 | 映画評
タキさんの押しつけ読書感想
『ハリーポッター』の作者が書いた『カジュアルベイカンシー』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 JKローリング(ハリー・ポッター・シリーズ作者)の初の大人に向けての作品。

 題名の意味は「偶然できた空席」……イギリス とある田舎町 その町の評議員の一人が心臓発作で亡くなる。
 物語は、この死んだバリーの議席を巡るスッタモンダを中心に、このド田舎町の名士達(?)の内情をえぐって行く。最後は、ある悲劇を通しての大団円(????)になるのだが………
 一読、これはローリングの怨念の小説だと感じた。
 気取って「ルサンチマン」などとは書かない、まさに、“ハリー・ポッター”が成功する以前の彼女の人生に対する、イギリス社会に対する『怨念』の書だと感じた。
 彼女の自伝は読んでいないが、シングルマザーであり、子育てのかたわら カフェの一隅で“ハリー”を執筆していたとは読んでいる。本作は、その当時のローリングの生活に裏打ちされている(確信する)。
 日本人気質が「島国根性」(最近あまり言わない?死語?)と言われるように、イギリス人には、未だに残る身分制度に端を発する人間感があり、これがある種の尊大なイギリス人気質の基になっている。
 これは、裏を返すとイギリス国内での“持たざる”人々の恨みともセットであり、どうやらロンドンなんてな大都会よりも田舎町に顕著に見られるようだ……なんぞと見てきたように書いているが、イギリスはもとよりヨーロッパのどこにも行った事はない。
 ただ、イギリス人の書いた本を読むと、まるで判で押したように同じ光景に出会う。こういうのを読むたびに「イギリス人とは付き合えね~」と思ってしまう。それほど、本作の登場人物達は「嫌な奴」だらけです。人間の内面を覗いてみれば、大なり小なり本書に書かれているような物なんだと思いますが、ようまあ ここまでネチネチ書けるもんだと感心します。
 本屋で手に取って見て下さい。帯に絶賛の辞が多数載っています。否定はしません、そうも読めるでしょう……私ゃひねくれ者ですから「怨念」を軸に全部ひっくり返した評価になってしまいます。“ハリー・ポッター”のような物語を構築するエネルギーはどこから湧いてでるのか……答を見た気がします。
 ハリーの中にある ある種の「反キリスト」 ハグリットあるいはハーマイオニーに向けられる蔑視は、イギリスのどこにでも有る風景であり、ローリングはまさにこの中にいる。ローリングの怨念はヴォルデモートとその一党、魔法議会の支配層に向けられ、自ら求めた救済をハリー、校長以下学校の教師達に託したのである。
 作家と言う人々は、一度は自身の怨念をはっきり形にしたいと思うものらしい。その意味で、本作にはローリングというストーリーテラーの怨念で満ちている。“ハリー”の中に、ベルトを解くと噛みついてくる教科書が出てくるが、本書はまさにあれです。
 これを読もうとされる方にアドバイス…登場人物の一覧表が挟まっています。これに各人物のデータをメモしながら読むとわかりやすいですよ。なんせ一気に全員次々に登場しては交代して行きます。アタシャどうも最近 記憶力に難が出とりまして(誰が昔からやねん!!)、 最初 誰が誰やらサッパリワカメで 読んでは戻りの繰り返しでした。 ローリングが自身を仮託している登場人物を特定しにくいのですが、重要キャラとして登場する5人のハイティーンに少しずつ入っているんじゃないかと思います。
 ラストに向かって、キャラクター達が交錯し、そして終幕になだれ込んで行く。まるで映画を見ているようなビジュアルが浮かんで来るのはさすがですが……このラストにある種の救い(カタルシス)を読み取れるか否かで 本書に対する評価は別れます。

 私は「結局 嘘で固めるんだ」と思いました。でも、それが「社会智」ってか「人間知」ってもんです(「痴」「稚」と変えるのはあまりにもシニカル?)
「うぜぇ~」と思いつつも結局 結末が気になって最後まで読まされました。やっぱり力のある作家なのだとの評価に揺るぎはありません。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ読書感想『横道世之介』

2016-12-21 07:04:10 | 映画評
タキさんの押しつけ読書感想
『横道世之介』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

 『横道世之介』(よこみち よのすけ)は、吉田修一による小説で、これを原作とした映画が2013年2月23日に全国公開予定です。悪友の滝川浩一君が、個人的に仲間内に流してくれた読書感想を、本人の了解のもとに転載したものです。



 吉田修一って人は、「悪人」といい、本作といい、読んだ後 妙な気分を引っ張らせる作品をかきますねぇ。 

「悪人」では、誰が一番悪人なんだと考えさせられた。常識上は直接の殺人者がトップに来る訳ですが……ちょっと待て 本当にそうなのかいって作りでした。日常に隠れている悪意だとか、生活上のちょっとした判断が自分や他人に影響していく……そんな事が多層に重なった所で事件が起こる、そこからの判断で、いくらでも転落して行くんだ……。
 と翻って本作、これと言って なぁ~~んも事件なんぞ起こらない。
 田舎から 東京の大学に出てきた18歳の横道世之介(本名)の1年間の生活を語って行く。大学での出会い、ちょっと大人の恋、プチ暴走ってか…冒険にもならないが、本人にしてみればちょっとショックな出来事やら。別に大学に行かずとも18~9に有りがちな、アラカタは経験不足と優柔不断による事件(???)の数々。
「世之介」だから、勝手に色っぽい話かな? 位の感覚で読み出したんですが…考えてみりゃ吉田修一がそんなもん書く訳ゃぁ無い。
人格ってやつは 当然生まれながらに持ってるもんじゃなく、色々経験するうちに形成されるもんですよね。誰しも 後から考えてみると、自分の生涯に決定的な影響を与える一瞬てか、1日 あるいは一年ってのがあるんだと思います。
 本作主人公「世之介」にとっては大学一年生の一年間がその時期だったようです。世之介のその後の人生は全く語られず、どんな死に方をしたかが書かれているだけです。しかし、世之介が命終えるまで、どのような人間であったかはちゃんと解るんです。それは、読者が10万人いれば10万通りの人生なのです。
 つまり、読者が世之介と考え方を共有するのではなく、殆ど「郷愁」としか呼びようのない感覚に包まれるからで……ただし、これは青春を過ぎて、暫くしている年代でなければ解らない感覚だとは思いますね。  
この人の書く物語は、単に「郷愁を覚える」だけにとどまらず、読者の人生がどこかに投影されて、それが引っかかりとなり、考えさせられたり、人によっては苛つかせたり、泣く人もいるんでしょうねぇ。もし、自分の死ぬ日が解るなら その時もう一度読んでみたい…そんな気にさせる一冊でした。

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・『クリスマスには還る』

2016-12-20 09:10:57 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト
『クリスマスには還る』
                 


 還るって字に期待した。帰るというお気楽な字ではないから。

 帰還の還だぜ。昔なら兵隊さんが戦争に行って、男の戦いをやって帰って来るときに使った言葉だぜ。ネットで調べたんだけど、昔シベリアに抑留されていた軍人や軍属の人たちが日本にかえってくるときに『シベリア帰還兵』なんかに使った言葉だ。帰を前座に、真打ちにドッシリと構えた『還』だ。「還御=天皇・上皇などの貴人が外出先から居所に帰還することを言う」ってのもあった。とにかく、強い決心、尊い、そんなイメージをまとった言葉だ。

 その言葉を使って、あんたは言ったんだ。「クリスマスには還る」って……。

 あれから、もう十か月。

 でも、あんたは還ってこない。連絡もアネキにだけだ。なんで、あのクソアネキにだけは連絡してんだよ。もう二十四にもなろうって女が、セーラー服まがいのチャラチャラしたの着て、短いスカートひらりさせてパンツなんか見せやがって。弟として恥ずかしい。

 昨日はブログの更新の日だったんで、思いっきり書いてやったぜ『セーラー婆あとオレ』ってさ。どうしようもねえ姉弟の有ること無いこと書いてやったら、アクセスPV:2500、IP:875だぜ。さすがに、イニシャルにしてやったけどさ。こんないかれた姉弟ねえもんな。
 世間は、自分よりアホな奴と、ひでえ境遇見たり読んだりして喜んでんだよ。

 チ……またあいつが覗いてやがる。

 三つ隣の田中って家の黒猫。子猫のときはかわいがってやった。あそこの美紀とはクラスがいっしょだったから。

「もらってきたネコなんだけどカワイイでしょ!」
「お、やっと目が開いたぐらいじゃん。あ、名前当ててやろうか!?」
「え、アッチャンにわかるかなあ?」
「あのな、前から言ってるけど、その呼び方すんなよな。オレはAKBじゃねえんだから」
「だって、敦夫君なんて、小学生みたいでしょ? アー君……」
「アハハハ!」

 思わず笑っちまった。あのころのオレは隙のあるハンチクな男だったからな。

 で、子猫の名前は一発で分かった。『ジジ』だ。美紀はジブリファンだったから、黒の子猫と言えば、それしかない。
「当たった、すごい。アッチャン!」
 で、名前の由来を説明してやると、笑いやがんの。
「いつまでも、魔女の宅急便じゃないわよ。この子ね、鳴き声がオジイチャンみたいなの。それで『ジジ』」
「ほ-」
 そう言って、頭を撫でてやると、なるほど年寄りみたいな声で鳴きやがる。

 そいつが、大きくなって、ベランダづたいに時々通る。そして、おれが、その気配に気づくのを待ってやがる。それからは、にらみ合いだ。おれは、ジジの「なにもかも知ってるぞ」という目が嫌いだ。一度ブチギレて、ベランダの手すりから帚で落としてやったことがある。残酷? 死にやしない。ここは一階だもん。

 飼い主は、この一年ほど口をきいていない。ゴミホリなんかで一緒になっても(オレって、割にきれい好きなんだぜ)微妙にタイミングずらして、目を合わせないようにしやがる。フェリペなんて、名前だけのお嬢学校に行くからだ。

 オレは、二回目の二年生。それも留年確定。ま、いいじゃん、選挙権持ってる高校生なんて、そうザラにはいない。そこまで勝負してやるぜ。

 めずらしくアネキが早帰り。キャップ目深に被って、やっぱ世間の目が気になるんだろうな。二十四にもなって、セーラー服まがい。まともにお天道様おがめねえんだろ。でも、アネキといえど女だ。オレは優しく声を掛ける。
「お姉ちゃん、風呂入るんだったら、用意するけど」
「ありがと、お願いするわ」

 で、オレは、セーラー婆あのために風呂掃除して、湯を張ってやる。入浴剤を入れて完ぺきに仕上げて洗面にいくと、アネキが早くも、ほぼスッポッンポン。
「いくら姉弟でも、たしなみってのがあるだろ」
「だったら、ジロジロ見ない」
「もう、今の稼業考えなよ」
 閉めたカーテン越しに言う。
「アッチャンには、分かんないの、お姉ちゃんなりに……」
 あとは、くぐもった鼻歌とシャワーの音で聞こえない。

「明日から博多、二日は帰らないから、アッチャンお願いね」
「ああ、いいよ」
「それから、あのブログ傑作だったね!?」
「あ、バレた?」
「バレルよ。イニシャル出てんだもん。文才あるって、秋吉先生も言ってた。今夜、セーラー婆あってバラして、ブログにしとくわね……」
 そう、オレ……いや、ボクは文章にだけは自信があった。定期考査の問題を添削して国語の先生に見せたら嫌がられた。あのときも……翻りて、と、翻してで顧問ともめた。で、あれが、学校から足が遠のく原因になった。ボクは、もう高校演劇はこりごりだ……。
「ねえ、聞いてる。今度ブログまとめて単行本にするの。アッチャンのも載せていいよね。出典が明らかにならないと面白くないもんね。並のアイドルの本にはしたくないのよ。ひょっとしたらAKRの小野寺純としては……」

 その時、ドアのチャイムが鳴った。

「アッチャン出てよ」
「え、あ、うん」

 玄関ホールには、待ちきれない十か月遅れのサンタクロースが立っていた。
 
 山核諸島を日夜警備している、白にブルーのストライプを入れた船の船長が還ってきた……。

 この人には、並の言葉は通じない。本当は、もっとたくさんの言葉をシャウトしたいのに。

「ただいま」
「おかえりなさい……」

 親子の会話は、それだけだった。リビングでは父と娘が邂逅を喜び合っていた……。
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