仕事の「後始末」

2010年08月04日 | 仕事 -

一昨日の理不尽な仕事の後処理。
「一時は、どうなるものか」と思ってたが、現況 どうにか収拾がついたような状態だ。


昨日、私は、深夜作業の仮眠後、朝8時には処理メールの長文を書いていた。
そうしたら、誰かからのメールを着信。
  「昨日は、あなたにあたってしまってごめんなさい」という謝りの羅列が・・・。
  「あなたに怒っていたのではないことだけは、わかってほしいです」などなど。
  「いえいえ、そんなぁ・・・とんでもない」と即座に書きつつ、私の心は凍っている。


私の立場は、其々の間の潤滑油なのだ。
 (はがれたものをくっつける接着剤のようなモノ)
すべて「仕事」として割り切って、それでいながらも、自分の自尊心を尊重しながら、
日々の歩みをゆったりと 進めていくしかない。
優先順位を考えつつ、且つ、一番大事なことを落とさないように気をつけながら・・・。


あのような一日もまた、何らかの経験としてプラスになっているのだろうか。
単純な疑問と、気恥ずさが、私の心を、ささ~っと渡り鳥のように すりぬけて行く。


「謝る」ことは、勇気のいることだと思うし、一日過ぎて冷静になったのかもしれないが、
「一度起こってしまったことを、無かったことにはできない」のが、「現実」だ。


私の中にも、ほんの少しだけ、冷静に「分析しようとする気持ち」が 働いている。
そんなもの、これからの私には、全く必要ないのに・・・・。


最期のお別れ

2010年08月04日 | 出来事 -

今、深夜の二時。
最終の電車で帰宅して、コンビニでだらだらと歩き回って・・・・ミルクを買った。

訃報をうけて、本日の午後3時、荼毘にふされる人の自宅に出かけていった。
斎場に行けないので、夜八時すぎに会社を飛び出し、電車に乗り込み、タクシーを拾って、
やっとの想いで、駆けつけた。 (31日に逝かれたという)
この俗世界から、人を送るというのは、本当に悲しい儀式である。

化粧をしていたのに、いつのまにかドロドロになり、素顔のような状態になってしまって、
頭の中もぼぉ~っとしていた。
暑いし、辛いし、身体も追いついていかない。
           (昨夜の作業も禍している)


しかし、行って良かったのは・・・・
15年以上ぶりに会うような、懐かしいメンバーが、顔をそろえていた。
声をかけてもらっても、最初わからなかったりして、年月の流れは不思議なものだ。
いたるところで、「何処に住んでいるの?」「今、何しているの?」と、お互いの
近況を、廊下の隅などで話し合っている。
私は、終始、亡くなった方の奥様に寄り添って、話を聴いていた。
 (彼女には息子さんがいるが、先妻のお子さんで、ご自分としては複雑な状況なのだ)

半身不随になってしまっているその人は、「天涯孤独になってしまったわ」と嘆く。
「私も、そうですよ」
「そうなの。 時々、寂しくなるでしょう?そのとき、どうしているの?」と、
私に尋ねてくる。
「電話で友達に話をして、聞いてもらいます」
「そうなの。ためてたら、よくないものねぇ」
喪主として、気丈に頑張っているものの、とても疲れているような・・・というよりも、
かなり落胆しているような感じがした。
私と会って初めての言葉は、「死んじゃったわ・・・」だった。

皆が集っている内は良いが、きっと全てが終わった後には、
どっぷりと疲れ果ててしまうことだろう。



私は、どうしても“横たわっている人”と最期の別れはしないタイプだったのに、
昔の仲間は本当に優しいのか、残酷なのか・・・・無理無理に・・・・
私を抱え込み、後から支えてくれて、その人の目の前に連れ出してくれた。
背中を押され、引きずり込まれたような感じだった。
人前での久しぶりの「嗚咽」は、恥ずかしくも無く、辛い気持ちをそのまま放置したまま
さらしていたら・・・・お酒を飲んでいたり、雑談中の昔の仲間達が私の周りに集合し、
男女問わず、皆が涙をためたり、泣き出したりしてしまった。
結局、私は、外国の「泣き女」のようになってしまった・・・・。
私が、そそくさと霊前から離れたら、仲間達は昔話や晩年の話をしはじめて・・・
それぞれに故人を慈しんでいた。
いろいろな葛藤が、個々の胸の内にはあっただろうけれども、年月がそれを打ち消して、
まるで「同窓会」のような状態になって、「ハグ」と「握手」の嵐だ!

あらためて、私の青春時代の未熟な時期を、リフレインした感覚は、とても新鮮で、
どこか すっぱくて・・・・切なかったなぁ、やっぱり。


いつも思う。
こんな機会じゃないと会えないなんて、なんかとても複雑な感覚だ。


「生きる」ということは、本当に簡単なようで、奥深い人間の営みである。

人が、どのような評価を下そうとも、自分は自分らしく、最期を迎えたいものだ。
決して無理をすることなく、自分らしく・・・・。



「会っておいた方がいいよ」
先輩から さりげなく言われた一言が、心にしみたから・・・自分の決め事を壊して、
最期のお別れをしたが、「やっぱり、私にとっては、耐え難い悲しみが襲ってきた」。
今、思い起こせば・・・・ただ泣くだけで、ちゃんとした言葉をかけてこなかった私は、
本当にダメな態度だったと思う。
でも、息子さんが、「そうだよね、君は特別だったから、当然だよね」と言ってくれ、
涙で慰労してくれたのは、有難かった。

今年の春、体調が悪くなったとき、無理をしても・・・会いにいくべきだった。
昨秋の弾んだような電話の声が、今も私の耳には残っている。
「いやぁ~久しぶりだな。会いたいな~」


心からご冥福をお祈りいたします。