昨日より少し寒さの和らいだ朝でした
ひめちゃんと獅子丸は、堀之内を北に出ます。
岩神沼には、何もいませんでした。
高縄の摩崖仏は、参道に農業用資材が置いてあって、通行不可です。
もう逢えないかな?
摩崖仏の裏から、雪を頂いた信州の山々が見えます
ひめちゃんたちは、更に上の蕨沢川源流・新沼&童沢貯水池を目指します。
新沼は静かでした。
隣の童沢貯水池は、いつものように奥の方にカモがいます
帰り道、巨大な庚申塔があります。
今朝は、左に相応寺の文字が見えます
相応寺、かつてここらへんに存在した寺かな?
柴町八幡神社から帰ろうとして、ふと見ると門柱があって松並木が続いています。
史跡がありそう。
通れるかな?
松並木の参道を進みます。
泉龍寺です。
応永元年(1394)那波城主大江宗広が白崖宝生禅師を招いて中興開山としました。~(中略)~寺宝の白崖宝生禅師画像は、県指定重要文化財になってます。
白崖宝生禅師画像の説明板もあります。
どんな画像なのでしょう?
お目にかかるのは無理でしょう。
伊勢崎市教育委員会で出している「伊勢崎市文化財ハンドブック」にありました。
この方です
境内の入り口には、巨大なお地蔵様が左右に3体、合計6体おいでです。
六地蔵という事かな?
佐波伊勢崎観音霊場なのです。
もともとは柴町にあった密厳院から移した観音堂の聖観音とあります。
御朱印が出そうですけど、今の時節、又の機会にしましょう
まだ紅葉が鮮やかです
この日は12月13日でした。
古い石仏が積み上げられています。
りっぱな宝篋印塔もあります。
本堂は新しそうですね。
さっき平成10年の建立とありました。
読経の声が聞こえてきます。
法事があるようです。
静かに目立たないように、境内を散策です。
子安観音かな?
小さな六地蔵です。
覆屋の下に、古い石仏です。
延命地蔵菩薩並薬師如来です。
延命地蔵菩薩は、室町時代の応永年間(1394~1437)の造立とあります。
そうすると、中興当時の造立ということになります
名和(那波)の歴史を見つめ続けてきたんですね
左の薬壺を持っている薬師如来は、やや時代が下がるとあります。
奥に赤い屋根のお堂があります
大本山円覚寺百観音霊場と旗めいています。
失礼します。
厄除観世音とあります。
お姿はうかがえません。
でも、厄除けよろしくお願いします、合掌
左の方には、真っ赤な鳥居と社です
説明板があります。
正式には稲含荼枳尼天(いなぶくみだきにてん)といいます。五月の八十八夜が縁日で、以前は養蚕と農家の豊作を祈る人々で大変にぎわいました。
懐かしい日本の風景ですね
さらに奥は墓地でした。
墓地を少し探しましたが、那波氏の墓は見つかりませんでした。
法事で人がいるので、邪魔をせずに捲土重来を期して、退却します
戻る途中、鐘楼堂あります。
森の中にすっかり溶け込んでいて、さっきは気づきませんでした。
あれ、松って横にも延びるんだ
松並木の参道を帰ります
あの右奥の建物の隣が、柴町八幡宮です
思いがけず、那波氏中興のお寺に参拝できました
七海ママのふるさと、名和(那波)の那波氏の記憶です