黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

インド紀行 23(アワド藩王国の首都・ラクナウにて)

2020-03-11 21:39:52 | インド紀行

晴れました

ひめちゃんと獅子丸は、堀之内を北に出てお散歩してきました。

赤城山も春の雰囲気です

 

 

インド最後の宿泊は、ラクナウのクラークス・アバドホテルです。

ラクナウはウィキペディアによれば、

インドウッタル・ブラデーシュ州の州都である。18世紀、アワド藩王国の首都として栄えた。ニューデリーの南東約500kmにある。

午後8時近くに到着です。

 

あれ、華やかな空間があります

結婚式があるのです

それにしても華やかな空間です

とりあえず夕食ということで食事をしていると、「花婿さんが来ましたよ」という声がします。

食事を中断して、多くの人が駆けつけました。

まるでムガール帝国の王子様のようです

インドの結婚式は派手だと聞きましたけど、すごい

集まった人々の衣装も華やかです。

子ども達も華やかです。

ふと、観光地のバスの入り口で、手を出していた子どもの姿を思い浮かべてしまいました。

同じ国に同じ時代に生まれたのに

 

 

翌日2月15日の朝、インドに来て初めてゆっくりの朝です

 

窓のカーテンを開けると朝日が昇る所でした

カメラの記録時間は、6:44です。

線路があります

朝日が昇ってきます

通勤電車?

駅が近くにあるのです。

 

朝、余裕の時間があるのは、初めてのことです。

ちょっとだけ、ホテルの外に出てみました。

街がきれいな感じ

旅慣れたおじさんは、もうそこらのイスラムの寺院まで行ってきたとか

旅慣れていないおばさん達は、遠出はせずにホテルにもどります。

 

あれ、結婚式のパレードの車です

車にどうやってくっつけるのでしょう?

接着剤使ったら車が傷むでしょうし

 

ロビーにあった肖像画です。

もしかしたら、ラクナウが一番華やかな時代のアワド太守?

ここラクナウには、「ムガール帝国、アワド太守時代の壮麗な史跡が残っている(ウィキペディア)」ということです。

今回はお釈迦様の聖地を廻る旅なので、ラクナウの史跡巡りは無しです。

ラクナウ空港からデリーに向かうのです

 

 

 

 

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インド紀行 22(コーサラ国の都跡・遺跡群と殺人鬼のストゥーパ)

2020-03-10 17:19:41 | インド紀行

雨の一日です。

ちょっと雷っぽい音もして、獅子丸は恐怖を感じて騒いでます。

夕方のお散歩までに小やみになるといいのですけど。

写真は昨日の昼散歩です。

末っ子のひめちゃんと獅子丸は、高齢の七海ママにあわせた、そこらまでのちい散歩を楽しんでいます

ママも末っ子達との、ちい散歩を楽しんでいます

明日天気になーれ

 

 

 

インド最後の訪問地は、古代コーサラ国の都・マヘト(舎衛城跡)です。

 

こちらはコーサラ国の都跡です。コーサラ国とは古代インドの16国のうち最も力を持っていた国です。巨大な国だった為、まだ発掘されていない遺跡がたくさんあると言われています。コーサラ国のプラセジト王はもともとジャイナ教でしたが、仏教に深く帰依しました。(添乗員さんの旅の記録より)

 

都の跡といっても、まだまだ発掘途中のようです。

ここでもさっそく、犬のお出迎えです

ここにも金箔が貼ってあります

むこうは何かを放牧しているような?

それにしても、いったい何枚のレンガを使っているのでしょう

発掘されたのは、ほんの一部のようです。

道の向こうにも同じような遺跡があります。

門の外では、物売りと物乞いの人々が待ってます。

観光バスが到着すると出現し、バスにもどるときにも待ってます。

どこだったか、子どもが生まれたての赤ちゃんをあやしながら、手を出していた事もありました

観光地(史跡)には、必死に日本語を覚え使い売ろうとする人と、ただ手を出すだけの人が、ともに自然に出現していました

 

 

 

道の向かい側にも、遺跡があります。

殺人鬼アングリマーラーのストゥーパといわれている史跡です。

アングリマーラーはバラモンに仕え、その妻にも可愛がられました。主人に関係を怪しまれ、追放され、往くあてのないアングリマーラーは悪魔にそそのかされ、次々と人を殺し小指を集めるようになりました。100人目にブッダに会い回心して弟子になります。(添乗員さんの旅の記録より)

 

ここにも金箔です

一周しましたけど、この洞穴は向こう側から通じています。

何でしょう?

こちらもしっかり金箔が付いています。

コーサラ国の都跡は、未発掘の遺跡群ということです。

でも、それなりに観光客がやって来て、物売り物乞いの人々も集まります。

 

 

あすはいよいよ日本に帰ります。

ラクナウのホテルまでの道々の情景です

 

 

駄菓子屋さんかな?

子ども達がいます。

牛の放牧です。

黒毛の牛もいます。

こちらは何だろう?

水牛?

奥にいるのは何だろう?

家族3人の微笑ましい風景?

アパートの前で、牛の放牧

商品のカリフラワーがめだちます。

たくましく商売しています。

初めて貨物列車以外の車両に会いました。

大河に出ます。

川の中にいるのは何だろう?

夕方なのでおうちに帰るのでしょう。

夕日が沈みます

明日は、いよいよインドともお別れです。

 

 

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インド紀行 21(祇園精舎に鐘はなかった)

2020-03-09 21:19:48 | インド紀行

ひめちゃんと獅子丸は、堀之内を北に出て、蕨沢川(わらびさわがわ)が流れ出す新沼&童沢沼に行ってきました。

帰り道、赤柴ラッキーくんちのそばを通りました。

「不審犬じゃあ、わんわん

蕨沢川の東をくだります。

たくみ橋のたもとには、サクランボの花が満開です

あの石造物は削り取られて、なにもないはずですけど、姿が浮かび上がってます

やはりあそこには、如意輪観音がいたのです。

おはようございます。

削り取られて、さぞかし痛かったことでしょう

でも、広い深い心で衆生(犬も含めて)をお守りくださいね

 

 

14:00 祇園精舎跡(サヘト)に到着です。

「平家物語」の冒頭で有名な祇園精舎の跡を訪れました。こちらはブッダの教えに心を動かされたコーサラ国のスダッタ長者がブッダをお迎えするために環境の良い土地を手に入れる為、コーサラ国の王子の土地に目を付け「黄金を敷き詰めた分だけ売る」という意地悪に果敢に挑み手に入れました。ブッダが説法していたといわれる7F建ての寺院は残って居ませんが、代わりに金箔ピカピカの置物がありました。また他にもブッダ入滅後に代わりとして植えられた菩提樹もありました。お釈迦様は冬には竹林精舎、夏の雨期にはこちらを行き来しておりました。(添乗員さんの旅の記録より)

 

早速インド犬のお出迎えです

どうも、男の子のようです。

背中の毛が浮いています。

換毛期に入っているのかな?

 

中に入ります。

遺跡の全体図があります。

お釈迦様が、24か25の雨期に滞在したとあります。

 

今度は別の子です。

こちらも男の子です。

 

この人達は、修行しているお坊さんでしょうか?

 

やはりレンガいっぱいの遺跡です。

おや、ごく自然に猿がいます。

個室の僧房跡でしょうか?

 

修行僧のようですけど、帽子かぶって靴も履いてる

 

あの金色の置物がある所が、ブッダが説法していた7階建ての寺院があったところです

ここが祇園精舎のメインの場所だったのですね

奥はなにがあるというものではありませんけど、少し高くなってます。

訪れたお金持ちが金箔を付けています。

ちょっと上から見下ろしました。

疲れたおばさん達は、下で待機の人もいます。

修行なのでしょうけど?

ずいぶんと猿の姿があります

ボス猿かな?

こちらは女の子のようです。

 

 

次に向かったのは、お釈迦様の代わりの菩提樹です。

こちらもたくさんの人がお参りしています。

根本には金箔が付けられています。

 

広い遺跡ですけど、この2ヶ所がメインのようです。

 

たくさんの人と犬と猿を見ながら、祇園精舎を去ります。

 

「祇園精舎に来たんですねえ」、みんな満足してバスにもどりました。

 

あれ、鐘はどうした?

確か日本から「祇園精舎に鐘がなくては」と、鐘を贈ったという話でした。

でも、ガイドさんから鐘の話は出ませんでした。

もともとインドの祇園精舎には鐘はなかったのですから、必要なものではないのです

 

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。 (『平家物語』)

琵琶法師によってもの悲しく語られて、しっかり日本人にしみこんだの祇園精舎のイメージとは違います

 

お釈迦様の聖地を廻って、ブッダの教えとは、「死後いかに極等浄土に行くかではなく、いかに生きるべきかの哲学だったのでは」と思えるようになりました

 

 

 

 

 

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インド紀行 20(天界のマヤ夫人を説法・オラジャール)

2020-03-08 20:19:07 | インド紀行

ここのところ、ハイシニアの七海ママと小次郎パパには、ちょっと厳しい寒さになってます。

ついに、小次郎パパも、ママと同じ服を着ています

先日ジョイフル本田に行ったら、なんと¥1000でセールしていました

ママのを買ったときは、確か¥2500だったと思います

価格って、わからないものです。

 

この寒さが来る前に、サクランボの花は満開です。

それなりの木でしたけど、今はわずかな部分だけ生きています。

でも、毎年けなげに花を咲かせて実をならせます

昔はここら辺がサクランボのなる南限だったとか。

花が早く咲き始める実家の方では、咲いた花が寒さに負けてしまうということでした。

今では、品種改良が進んでいるようですけど。

 

 

2月14日、5:40にホテルを出発です。

今日は国境をスムーズに越えることができました。

目指すは、祇園精舎(サヘト)です。

 

途中、オラジャールに寄ります。

お釈迦様のお母様マヤ夫人はお釈迦様をお産みになって7日後に亡くなりました。お釈迦様は35歳で悟りをお開きになりその半年後、天国のマヤ夫人の元へ行き3ヶ月も説法をされました。ここ、オラジャールは天界で昇った出発点とされます。(添乗員さんの旅の記録より)

 

ガタガタ道をオラジャールへ走ります。

街中に自然に牛がいます

黒毛ではなく、多彩になってます。

 

果物がみごとに積まれています

バイクがいっぱい

歩きスマホしてる

黒衣のイスラムの女性です。

学生さんかな?

おじさんはスパイス売っているのかな?

こっちでも、バイクと歩きスマホ

 

このあと、昼食でした

添乗員さんの旅記録によると、「ロータスニッコーホテルでインディアンビュッフェの昼食」とあります。

旅行中、ビュッフェにはよくリンゴがでていました。

日本のより小ぶりで、歯が丈夫ならば、皮ごとかぶりついて食べるのでしょう。

残念ながら、かぶりつくほど歯に自信がなかったので、インドのリンゴが味見していません

ここには少しですけど、民芸品などを売っている売店がありました。

ドルOKということで、少しお土産を仕入れました

 

再びバスに揺られて、オラジャールへの道です。

のどかな田園風景です。

乾期なのに、あふれそうなくらい水をたたえた大河を渡ります。

 

オラジャールに到着です。

あの山(丘)のてっぺんから、お釈迦様は天界に昇っていったんですか

今回のツアーは、ここはおまけで、ちょっと寄っただけということです。

でも、多くはないけれどそれなりに、観光客は来るようです。

 

ところで、天界でお釈迦様はお母さんにどんな説法をしたのでしょう?

3ヶ月もの長きに渡って、親子はどんな話をしたのでしょう?

 

オラジャールについては、検索してもわかりません

そうだ、永平寺で修行した常広寺の和尚さんなら、きっと知っているでしょう

教えてくださいね、よろしくお願いします

 

 

 

 

 

 

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インド紀行 19(夜のマヤデヴィ寺院・お釈迦様の生誕地)

2020-03-07 16:09:59 | インド紀行

ひめちゃんと獅子丸は、堀之内を北に出て、久しぶりに岩神沼(いわがみぬま)・新沼(しんぬま)をめぐってきました。

まず岩神沼に到着です。

赤城山は、一番東の峰にまだ雪が残っています。

今朝は、いつもいるカモの姿もありませんでした。

 

さらに北上して、新沼を目指します。

このガードレールの向こうが新沼です。

獅子丸は、情報収集です

道標の多くは、大正天皇の即位の礼を記念して、大正4年に建てられたそうです。

ここは大正7年ですけど、たぶん同じ意図から建てられたものでしょう。

「北 板橋・梨木」とあります。

この道も赤城山頂に至る一つのルートだったのです。

左折して帰ります。

何かいるかな?

こちらは、カモがいました

でも、白サギやアオサギの姿はありません。

大風で芦原のアシがなぎ倒されて刈り取られ、サギの住処がなくなってしまったのです。

どこに行ったのかな?

 

 

 

2月13日(木)、最後の訪問地は、マヤデヴィ寺院でした。

もう薄暗くなってます。

カメラの記録時間は、18:11です。

バスはここまで入れません。

日本ではすでにない、オート三輪の乗り合いでここまで来ます。

4人乗りだったかな?

 

かなりの距離を歩きます。

ライトアップされていて、いい雰囲気です

あれ、こんな時間にこんなところで犬がいます

 

何か見えてきました

 

天上天下唯我独尊のポーズのお釈迦様です

 

このあと受付で、カメラの持ち込み料を払います。

さほどの金額ではなかったと思います。

ビデオはちょっと高かったかな?

 

マヤデヴィ寺院です。

時間的に、内部の拝観はありませんでした。

池のむこうに菩提樹が、ライトアップされています。

寺院の脇で、ガイドさんの説明があったと思います。

巡礼の人々がいますね。

ここには、あのアショーカ王の石柱があります。

ここに記された文字によって、釈迦がこの地で生まれたことが確認されたといいます。

なんとなく、文字があるような?

 

さて、あの木の方に生行きましょう。

手前の池は、お釈迦様のお母さん、マヤ夫人が沐浴したとか、お釈迦様の産湯に使ったとか言われています。

 

神や仏が宿っているような雰囲気がある、巨大な菩提樹です

木のうろ(空洞)に何かあります。

仏像のようにも見えるのですけど?

別の角度からもライトアップされています。

 

寺院の方を望みます。

夜のマヤデヴィ寺院の、なかなか雰囲気がありました

昼間も訪れて見たいものです。

 

お釈迦様のお母さんの名前は、マヤなのですね

優しさと慈悲に満ちたいい名前ですね

マヤの名を持つ人は、間違っても夜叉になったりしませんね

マヤ、いい名前です

 

帰り道にはさすがにもう犬はいませんでした。

生まれたてのお釈迦様の後ろ姿です。

天上天下独尊とは、添乗員さんの旅記録によると、
本来の意味は「自分という存在は誰にも変わることのできない人間として生まれており、この命のまま尊い」=現実の世界に置き換えると、人間の命の尊さは名誉・地位・学歴・能力・財産などの有無を超え、そのままで尊い『自分』を見出すことの大切さを教える言葉。他人と比べて優越感に浸るべきでないし、劣等感を感じる必要もない。

そうなんですか

さようなら、またお会いしましょう

 

 
 

 

 

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