後世に名を残すということに執着している人はいるのだろうか?
昔、といっても戦国時代や封建時代の昔には、命よりも名を残すということが美徳だった。
しかし、今は情報過多の時代、何かしでかせば、あっという間に実名が広がるかわりに、美名は後世まで残らない。
だいたい、高名な人に限って、何かしでかしているのである。
世知辛い世の中になったが、こういう情報はネットや週刊誌、その他のメディアであっという間に広がる、
一部のメディアが事挙げて美名を広めようとしても、必ず他方からネガティブな情報がもたらされる。
本当に人の足を引っ張る世の中のようで嘆かわしいが、世の実態を知らざるを得なくなったという点においては良いんだか悪いんだか?
ただ、世を斜に眺めていてもいいなあ、と思うこの頃である。
町静かあけ染めたれり冬至かな 素閑
往来の猫に事問ふ冬至かな 素閑
問ふ人もなきあばら家の冬至かな 素閑
古はがき冬至の庭に燃やしけり 素閑
寄る辺なき子も恵みあれ冬至かな 素閑
蓬髪といへぬ禿げ頭冬至かな 素閑
川越せず問わず語りの冬至かな 素閑
良き夢や冬至の園の花ざかり 素閑
疾く去れと叫ぶ冬至の明けの夢 素閑
暮れてなほ冬至のひかり世を照らす 素閑