オカブが知っている中で最も住みやすい地はオーストラリアのシドニーの辺りだろう。
南緯度のそう低くないオーストラリアの沿岸部は冬は温暖、夏は清涼である(尤も季節は北半球の日本と真逆であるが・・・)。
先進国でも豊かな国なので街は整然として清潔である。
見るべきモニュメントは多く物価もそう高くない。
そういう訳で、少なからぬ日本人がオーストラリアに移住している。
日本人だけではない。
住みやすいとあらばどんな人でも事情が許せば移り住むだろう。
白豪主義などというものも過去のものとなった。
そういう訳でシドニーも昔と比べて治安も悪くなったし、物価もそれほど安くないらしい。
世の中ままならぬものである。
林なき平の原の家虎落笛 素閑
うつくしや虎落笛にて葉の舞える 素閑
駅よりの坂を上がりて虎落笛 素閑
虎落笛太宰の墓所を通りけり 素閑
陽の落ちて暮れもまたよし虎落笛 素閑
虎落笛電車の走る店の先 素閑
頭には毛帽子つけよ虎落笛 素閑
深代の蕎麦屋の旗や虎落笛 素閑
闇夜にていくかた知れず虎落笛 素閑
街頭に出てくしゃくしゃに虎落笛 素閑
闇の中星も飛ばさむ虎落笛 素閑
鉄のごと重き雲走り虎落笛 素閑
ここのところ睡眠障害気味である。
昼夜逆転した生活が続いている。
それに伴って、体調も少しおかしい。
今に始まったことではない。
3年ほど前に、あることがきっかけで、こんなことになった。
それが、ここへ来て、極端になったという話である。
薬も効かない。
どうしたものか?
夜になったら温かいものを食べ、温かいものを飲み、温かい風呂に入って寝てしまうに如かずである。
どうも歳を取ってくると碌なことがない。
寝て起きて眠れぬ夜の蕎麦湯かな 素閑
脚冷えぬ寝床の脇の蕎麦湯かな 素閑
おほむかし祖母の振る舞ふ蕎麦湯かな 素閑
世の荒び蕎麦湯の温き椀とかし 素閑
夜を吹きて蕎麦湯の風の窓辺かな 素閑
蕎麦湯の夜いじけたじじひとなりにけり 素閑
川の瀬や音もしじまに蕎麦湯かな 素閑
いぶせき家背もこごまりて蕎麦湯かな 素閑
ただ森々夜も更けぬる蕎麦湯かな 素閑
神の世を待ちにし夜の蕎麦湯かな 素閑
後世に名を残すということに執着している人はいるのだろうか?
昔、といっても戦国時代や封建時代の昔には、命よりも名を残すということが美徳だった。
しかし、今は情報過多の時代、何かしでかせば、あっという間に実名が広がるかわりに、美名は後世まで残らない。
だいたい、高名な人に限って、何かしでかしているのである。
世知辛い世の中になったが、こういう情報はネットや週刊誌、その他のメディアであっという間に広がる、
一部のメディアが事挙げて美名を広めようとしても、必ず他方からネガティブな情報がもたらされる。
本当に人の足を引っ張る世の中のようで嘆かわしいが、世の実態を知らざるを得なくなったという点においては良いんだか悪いんだか?
ただ、世を斜に眺めていてもいいなあ、と思うこの頃である。
町静かあけ染めたれり冬至かな 素閑
往来の猫に事問ふ冬至かな 素閑
問ふ人もなきあばら家の冬至かな 素閑
古はがき冬至の庭に燃やしけり 素閑
寄る辺なき子も恵みあれ冬至かな 素閑
蓬髪といへぬ禿げ頭冬至かな 素閑
川越せず問わず語りの冬至かな 素閑
良き夢や冬至の園の花ざかり 素閑
疾く去れと叫ぶ冬至の明けの夢 素閑
暮れてなほ冬至のひかり世を照らす 素閑
ツィードのジャケットを4着ほど持っている。
カサが張るし仕舞うのに不便だが、冬は何かと重宝である。
ウールの厚手の生地だから着ていて暖かいし、またセーターと違ってそれなりに気を遣うところにも着ていかれる。
ハリス・ツィードのものが2着だがイギリス紳士と見られなくもない。まあ、それは言い過ぎだが、ジャケットだからセミフォーマルで通る。
オカブは着道楽のようだがそんなことはない。
ただ、身に着けるものは身に着けなくてはならないので、どうせならセンスの良いものを身に着けようとしているだけである。
コストは変わらない。
コーディネートはネットでこれはセンスがいいなあ、という写真に出会うとすぐ真似る。
大抵、手持ちのもので済ませられる。
とにかく流行のものを追って、今どきの黒一色のスーツをいい歳をしたおっさんが着ているのだけは願い下げである。
冬園や山門入らずの碑は立ちぬ 素閑
山がらすどこを惑うて冬の園 素閑
よみがへる黄河の景の冬の園 素閑
山水も須いずと枯れ瀬田の園 素閑
をともなく鈍く日の射す冬の園 素閑
枯れた園夜の紅蓮の炎かな 素閑
蹴球の試合を終わりて冬の園 素閑
峠越し里に至るや冬の園 素閑
狂乱のアリアも醒めて冬の園 素閑
暮れ時の戸を閉ざすころ冬の園 素閑
僧堂の香華も無きや冬の園 素閑
世の中、理不尽が罷り通るというのはご承知であろう。
どんな立場でも、どうも解せない、腑に落ちないということが大手を振って練り歩いている様相は誰しも経験したことだ。
しかし、それがこの世というものの本質であり、変えがたい事実なのだ。
だから、そのことに、そんなに目くじらを立てることも無い。
そんなことへの恨みつらみを離れて、気楽に過ごしたほうが得だ。
仕送りに添えた便りやぬる行火 素閑
ふるさとの山を売りたり行火かな 素閑
六十を過ぎて母の子行火かな 素閑
詫びを入れ行火くるまる諍ひや 素閑
亀のさま行火したしむ四畳半 素閑
巣に帰る鳥うらやまし行火かな 素閑
稲畑のおもひまぶたに行火抱く 素閑
行火抱き軒の雨だれ数えたり 素閑
明日香路の荒れたるはたの行火かな 素閑
妖艶の女の夢の行火かな 素閑
携帯電話の海外通話が普及していなかったころ、海外旅行に行って日本と通話するのは、もっぱらホテルの客室電話か、あるいはホテルの電話手数料を節約して外の公衆電話からかけるのが普通だった。
そこで海外通話用の国際テレフォンカードなども売られていた。
ガラケーの海外ローミングが普及して、もう海外に行っても公衆電話など利用する必要はなくなった。
そしてスマホの時代、フェースブックの利用者同士ならメッセンジャーの電話機能を利用して無料で電話が掛けられる。
ただし、これは日本から行く場合、一般的には海外SIMを現地でレンタルするか、WIFI環境のあるところでしか利用するか、あるいは日系キャリアの海外旅行者向けオプションサービスを利用するしかない。
「利用できない」といっても、そんなに条件の制約が厳しいわけではなく、「一定の条件」の下に普通に使えるといったほうがいいだろう。
便利な時代になったものだ。
便利すぎるのも困りものだが・・・
岸壁や船より上がる大まぐろ 素閑
雨に濡れ波に打たれリまぐろ船 素閑
板前に分厚く切れと本まぐろ 素閑
見積もりを見て納得やまぐろ食う 素閑
外は風伊万里に盛りたるまぐろかな 素閑
やさぐれのまぐろ商ふあるじかな 素閑
荒海の大間のまぐろ男かな 素閑
暁の海に出ていくまぐろ船 素閑
荒波の浜に捨てらるまぐろ船 素閑
競り終わり河岸のまぐろの姿なし 素閑
大クレーン鉤に吊るさるまぐろかな 素閑
「初恋の人」というのがある。
60の爺が戯けて言うことだから笑って聞いてほしい。
これなりに恋もした。
言うも恥ずかしい事であるが。
どれも片思いであった。
所詮叶う恋ではなかった。
最後にかーたんに恋をした。
そんな熱烈な恋でもなかった。
しかし恋は叶ったし、なによりも最も相応しい恋であった。
かーたんとはその後、家庭を持ち、子をもうけ、大いなる幸を得た。
世の配剤は分からぬものである。
しかし神のみ心は常に最善をなしてくださる。
初鰤に難波の夢もしらじらと 素閑
初鰤を道に水まき迎えるや 素閑
初鰤の目にも麗し下町や 素閑
初鰤や遠き北国磯の岸 素閑
初鰤や人波凄し上野の市 素閑
初鰤や宝光とせむ朝の日や 素閑
ひもすがら初鰤の荷を家に持ち 素閑
丘も越え山越え日影の初鰤や 素閑
頭をも猫に取られし初鰤や 素閑
初鰤やあしたの日影あらたなり 素閑
雪の便りが次々に届いている。
今年の冬は暖冬だと思っていたら、とんでもない寒さがやってきた。
雪も例年よりも多いだろう。
とは言ってもまだ12月も中盤ではあるがまだクリスマス前だ。
スキーをするにしてもどこのスキー場でも十分な雪があるわけではない。
正月休みを待たなければ、スキーどこでもOKにはならないだろう。
しかし昔は「ドカ雪」という言葉があった。
豪雪のことである。
ドカ雪は雪国の日常生活を悩ませるばかりではなく、冬山を目指す登山家にとっても恐ろしいものである。
体力も装備も食糧も十分であっても、一発のドカ雪で行動不能になってしまうことなど昔はよくあった。
特に雪深い剣・立山・後立・上越方面ではドカ雪の影響による遭難事故が多発したことがある。
そのドカ雪に備えて、旧式の登山家は「デポ」というのを秋の雪のない時期にやっていた。
行動不能や登山の日程が長引くことに備えて、前もって行程の途中に食料や燃料を置いておくことである。
もちろん豪雪を予測してだから、山小屋の中に置いたり、高い木に荷物を括り付けておくのである。
装備も軽量化し、食料もフリーズドライなど軽量なものが発達した現代の登山ではこんなことはやらないであろう。
嗚呼、昭和は遠くなりにけり、である。
仲冬の豊かなる老ひ日々ありて 素閑
冬最中時の人なる漫才師 素閑
冬半ば楢林うつ灰色や 素閑
廃屋を取り壊す町冬半ば 素閑
冬半ば疎林を抜ける細道や 素閑
仲冬の朝日に喪中の札のあり 素閑
こごまりて古紙焼ける冬半ば 素閑
稜々と白き山立つ冬半ば 素閑
冬半ば茶柱立つと朝の妻 素閑
筆置きて日の射す窓や冬半ば 素閑
すぐそこに正月を迎えたと思ったら、あっという間に暮である。
本当に、老いると時の過ぎるのが早い。
年々言っていることである。
しかし、今年は特にその念が強い。
かーたんの病気など色々あった。
その対応で、あっという間に時が過ぎてしまった。
心理的な反応であろう。
物理的には時間の経過は一定である(現在の地球上での場合。特殊な場合を除いて・・・)
まぁ、後はお迎えが来るのを待つだけである。
しゃくゎいなべ日の暮れ時に通り過ぎ 素閑
社会鍋喇叭のコートの毛玉かな 素閑
百円を惜しと社会鍋入れぬるか 素閑
広辺の恵みにあづかり社会鍋 素閑
社会鍋屋台の釣りを寄進せむ 素閑
社会鍋レプタを入れたやもめかな 素閑
社会鍋中央線にて帰りけり 素閑
社会鍋辻の屋台にもう一軒 素閑
社会鍋しゃかいのそこに棲みけるや 素閑
社会鍋山奥暮らしのいもふとや 素閑
昔『恍惚の人』という小説が話題になり、売れたことがあった。
作者は有吉佐和子である。
オカブが高校に通っていたころであろうか?
作者は後に不意の最期を遂げたが、それは措いておいて、その作品のモチーフの取り上げ方に有吉の慧眼を感じざるを得ない。
これは、まさに老人性認知症とその家族の悲劇であり、40年以上たった今でも、現代的なテーマである。
人間の命の尊厳とは言うが、一方で「尊厳死」という言葉がある。
命永らえるだけ生きて惚けていくか、自分の意思の明確なうちにきっぱりと死すか、どちらが「厳か」かは分からない。
現代医学の進歩は死病の無い人なら、究極まで生き永らえさせる。
その環境・状況の中で人間の尊厳とか、幸福を考えるのは容易なことではない。
まさに生老病死の苦界である。
雪囲い晴れの湯の里神の里 素閑
雪囲いなして猟銃磨きけり 素閑
雪囲い胸病む人の居る家や 素閑
古竹を集めて雪のかこひなす 素閑
雪囲い三日外出ず丸まりて 素閑
雪囲い終えたる村の静けさや 素閑
鳥も去る雪囲いの居独り建つ 素閑
雪囲い都のうわさ聞きもせず 素閑
雪囲いむらをさ酒を好みけり 素閑
腫物のひどくなりけり雪囲い 素閑
雪囲い北海越えて吹く風や 素閑
北国や枯れ田の向こふに雪囲い 素閑