今年の桜は遅かった。
おかげで、去年の倍以上忙しかった年度末のあと、年度初めの「出かけるついで」で、千鳥ヶ淵での花見ができた。
淡い桃色は、清楚で儚い薄幸の美少女のようだ。誰もが気にかけ、見守る存在になっている。
東京では満開になったのが4月上旬だったため、この美少女が、新入生を迎える式典に色を添えるに違いないと期待していた。
「今年の入学式は桜の下で記念写真が撮れるんじゃないですか」
「楽しみですね」
職員室では、ことあるごとに、そんな会話が交わされていた。
しかし、暗い顔をして話しかけてくる職員もいる。
「笹木先生、ちょっといいですか」
よくない話というものは、話し前からわかるものだ。「やっば~」というオーラを全開にして、職員の声やしぐさの端々から凶兆がにじみ出ている。気圧され、二歩後ろに下がって聞いた。
「……何かありました?」
「今、体育館に行ってきたんですけど、舞台の袖の幕が破れているんですよ」
「ええっ」
何という名の幕なのかわからないが、どの幕を指しているかはわかる。急いで現場に駆け付けると、見事に「パックリ」と切断された幕が力なく垂れ下がっていた。
「ひええええ~!」
そんな! あと3日後には入学式だというのに何たることか。
破れ具合を確認したら、生地自体が経年劣化で薄くなっていた。刃物で切ったわけではなく、外から力がかかり、裂けたようである。いずれにせよ、こんなボロ幕を下げて、「新入生の皆さん、おめでとうございます!」などとお祝いできるはずがない。
「えーと、ガムテープあるよね」
新しいアイデアを生み出すことは苦手だが、都合の悪い事実を誤魔化すことは得意な私である。縫うよりも貼り合わせる方が美しく仕上がると感じた。頭の中にはプレビュー画面が見えてくる。幕の裏からイメージ通りにガムテープを貼り、15分ほどで元通りに直した。
「はー、これで入学式は大丈夫でしょう。やれやれ」
達成感でいっぱいだった。でも、誰も気づかない。連絡をくれた職員だけしかわかってくれないのが残念だ……。クソッ!
無事に入学式を迎えられると思ったら、天気が味方をしてくれなかった。この日にかぎって風が強く、土砂降りの雨も降っているではないか。屋外の、桜の下での記念撮影はもはや絶望的。式典の間中、窓の隙間から悲鳴のような風音や、屋根に叩きつける雨粒の音が響いていた。窓から見えた空に視線を動かし、胸の内で「裏切りおって~」と罵倒した。
式典が終わり、司会が今後の連絡をする。
「本日の記念撮影は悪天候のため、体育館で行います。このあと準備をしますので、教職員は手伝いをお願いします」
拍手で退場した新入生がクラスごとに戻り、舞台を背景に撮影を始めた。
「あっ、直した幕も写るみたい。やったね!」
どんな形であれ、自分の仕事が記録に残るのはよいものだ。
とはいえ、ガムテープでは卒業式まで持つかしら? ドキッ!
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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
おかげで、去年の倍以上忙しかった年度末のあと、年度初めの「出かけるついで」で、千鳥ヶ淵での花見ができた。
淡い桃色は、清楚で儚い薄幸の美少女のようだ。誰もが気にかけ、見守る存在になっている。
東京では満開になったのが4月上旬だったため、この美少女が、新入生を迎える式典に色を添えるに違いないと期待していた。
「今年の入学式は桜の下で記念写真が撮れるんじゃないですか」
「楽しみですね」
職員室では、ことあるごとに、そんな会話が交わされていた。
しかし、暗い顔をして話しかけてくる職員もいる。
「笹木先生、ちょっといいですか」
よくない話というものは、話し前からわかるものだ。「やっば~」というオーラを全開にして、職員の声やしぐさの端々から凶兆がにじみ出ている。気圧され、二歩後ろに下がって聞いた。
「……何かありました?」
「今、体育館に行ってきたんですけど、舞台の袖の幕が破れているんですよ」
「ええっ」
何という名の幕なのかわからないが、どの幕を指しているかはわかる。急いで現場に駆け付けると、見事に「パックリ」と切断された幕が力なく垂れ下がっていた。
「ひええええ~!」
そんな! あと3日後には入学式だというのに何たることか。
破れ具合を確認したら、生地自体が経年劣化で薄くなっていた。刃物で切ったわけではなく、外から力がかかり、裂けたようである。いずれにせよ、こんなボロ幕を下げて、「新入生の皆さん、おめでとうございます!」などとお祝いできるはずがない。
「えーと、ガムテープあるよね」
新しいアイデアを生み出すことは苦手だが、都合の悪い事実を誤魔化すことは得意な私である。縫うよりも貼り合わせる方が美しく仕上がると感じた。頭の中にはプレビュー画面が見えてくる。幕の裏からイメージ通りにガムテープを貼り、15分ほどで元通りに直した。
「はー、これで入学式は大丈夫でしょう。やれやれ」
達成感でいっぱいだった。でも、誰も気づかない。連絡をくれた職員だけしかわかってくれないのが残念だ……。クソッ!
無事に入学式を迎えられると思ったら、天気が味方をしてくれなかった。この日にかぎって風が強く、土砂降りの雨も降っているではないか。屋外の、桜の下での記念撮影はもはや絶望的。式典の間中、窓の隙間から悲鳴のような風音や、屋根に叩きつける雨粒の音が響いていた。窓から見えた空に視線を動かし、胸の内で「裏切りおって~」と罵倒した。
式典が終わり、司会が今後の連絡をする。
「本日の記念撮影は悪天候のため、体育館で行います。このあと準備をしますので、教職員は手伝いをお願いします」
拍手で退場した新入生がクラスごとに戻り、舞台を背景に撮影を始めた。
「あっ、直した幕も写るみたい。やったね!」
どんな形であれ、自分の仕事が記録に残るのはよいものだ。
とはいえ、ガムテープでは卒業式まで持つかしら? ドキッ!
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
応急処置は見事でしたね。頼りになる先生って事がよくわかりました。幕には色々あると思いますが寄贈された物ですかね?卒業した小学校の体育館の幕には寄贈した人の名前が刺繍されてたような?
笹木砂希の名前が刺繍される事は。。。。まさか?そうなると目立つ事間違いなし!(笑)
せっかくの入学式は悪天候で残念でしたね。
まさに裏切り…。
はい、同窓会からいただいた幕です。
いくつかセットになっているようですね。
買うのであればウン十万円するそうです。
とても手が出せない!
個人名が刺繍された幕は見たことないかも……。
某蕎麦屋さんの名が刺繍された幕は見たいわぁ~(笑)
こんな好条件に恵まれたのに嵐ってどういうことでしょう。
前の日も次の日も晴れていました。
何だって、式当日に荒れるかなぁ。
臨機応変! いい言葉ですね。
去年だったかはソッチで見ましたが、今年は中央、総武線を挟んで反対側で桜を楽しみましたわ。
幕、綺麗にバッサリと切れてるように見えたから、故意かと思っちゃいました。劣化がカバー出来て、またその修復成果が記録に残ってよかったですね。
でも、壇上に上がった方々にはバレたんじゃないの?
はい、壇上からはガムテープがしっかり見えたと思います。
お恥ずかしい限りで……。
噂によると、生徒が踏んで破いちゃうみたいです。
故意でなくても連絡はしてほしいわぁ。
今年の桜は短かったですね。
風や雨にさらされ、気づいたら葉桜になっていました。
そんな中、砂希さんのような臨機応変の対応が
できる方は、貴重ですね。
どうか卒業式は、好天に恵まれますように。
そして幕も、応急措置の更新を♪
わが目を疑うとはこういうなのだとわかりました。
どうも生徒が踏んでしまったようです。
言ってくれればいいのに~。
基本的に修理できないほど傷んでいるので、買い替えるしかないみたいです……。
卒業式は考えないといけませんね。