新・悟りを求めて~

自由が故に退屈化し得る現代社会での日々へ、
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生徒からよく聞かれる事~

2023-06-24 14:47:38 | 旧・「悟りを求めて…」ブログ記事
2013年01月13日
生徒からよく聞かれる事~

つい先日、生徒から聞かれた。これは過去にも多くの生徒から聞かれた事であるが…

その言葉とは、「先生!数学を勉強して何の役に立つの?」である。

この疑問に私は以下のように答えた。

「バスケット・ボールをやっていて何の役に立つの?!~
普通の人の日常生活で相手にボールを投げたり、相手からボールを受けたりしない!でしょう?

でも…シュートやドリブル、フェイント等の技術の習得・向上を目指して、腕立てやランニング、持久走…等で養成した体力は十分に役立つでしょう~

数学を勉強するのも同じで、解の公式を暗記して二次方程式を解くこと、三角形の合同や相似を証明すること、は普通の人の日常生活でほとんどあり得ないでしょう~

でも…数式が因数の形に分解できる=全体がより小さい部分に分解できること、ある条件に従って結論を得る為に論理的に考えてゆくこと…等は、思考過程の習得になるのでしょう~

また、数学が嫌いで苦手、苦手で嫌いな人ほど、数学を真面目に一生懸命やりなさい!そうすれば、自分の嫌でやりたく無い事への取り組み方をマスターできるし…」

以上のような事を想いながら答えたが…ここまで言葉で表現できていたか?また、私の想いの通りに理解してくれたか?~は謎である~

ここでの「思考過程の習得」は普通に学校の教科での数学の学習だけでは無理なのだろう?!と私は感じている…

「思考過程の習得」には、数学での「思考過程」をより一般化して、そこから自分の具体的体験、経験的事実と重ね合わせる事の繰り返しを通してはじめて役に立てられるものとなるのだろう~

仮定⇒結論⇒証明、一般的には、現在の私の周囲の状況・主体的条件⇒自分の目標⇒どのような努力をどのように続けたら目標を達成できるか~と考えてみたが…果して正しい思考過程なのだろうか…

ここで数学の問題と大きく違うのは以下である。

数学の問題の仮定は変えられないもの、追加できないものである。もっとも問題に文字化していない仮定も図形から見つけ出すことは可能である。

一方~目標達成の為の自分の周囲の状況・主体的条件は、今は無ければ、足りなければ創り加えることが可能である。

しかし、成長期に児童・生徒・学生なら…ともかく、成長しきった大人が現在の自分にないものを自分だけの努力で新たに創り上げることは、至難の業なのだろう~








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